14歳の解放戦線
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あの時、僕達はなんでも出来る。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

うだるような熱気が僕を包む。今年は猛暑だとテレビはいっている。毎年そうだとおもうが。

コンクリートが熱を持ち、その熱が肌へ伝わる。日差しが体に焼き付いていくのが分かる。

白い校舎、緑の花壇。その間を陸上部とサッカー部、野球部が競うようにランニングをしている。

僕は彼等とは真逆の方向。人気のない校舎裏へと進む。

深い緑の林。ツタだらけの屏を抜けた先に目的地はあった。

「高速帰宅部 HSHはこちらです。」

マジックで書かれた汚い文字。木製の古ぼけたプレートの掛かったプレハブ小屋があった。

僕はプレートの掛かったドアをガラッ、と一気に開けた。

中からはひんやりとした冷気が流れてくる。

「おっ、ようやくきたな大樹!」

そういって一人の高身長の男が僕の方を向く。

彼の手元には晩報の書かれた鉛筆。そして古ぼけた机の上にすごろく用の紙が置いてあった。

彼は高田純一。小学校からの僕の悪友。

「全く、ダイキったらこんな日に呼び出してなんなの!?せっかくの夏休みだってのに。」

向かいに座っている彼女は桐江葵。家が近い上幼稚園から一緒というひどい腐れ縁だ。

「…佐藤の事だ何かある。」

奥でヘッドフォンをしながらノートパソコンをいじっているのは杉田清。純一と同じで小学校からの悪友だ。

「そうだ、清の言うとおり。皆にひと夏のいい思い出をと思ってね。」

そう言って僕はカバンから薄っぺらいクリアファイルを取り出し、その中からホチキスで止められたプリントを引っ張り出す。

「コレだっ!」

バンッ、と机の上にプリントを叩きつけて見せる。

僕たち幼馴染4人は高速帰宅部。

そんじょそこらの帰宅部とは違う。

 

僕たちはなんでも出来る気がしてたんだ。

 

 

 

「…これ…何?」

葵が首を傾げながらプリントをのぞき込んだ。

「うっはぁ…漢字だらけで読めねぇ…」

純一は最早問題外。

といっている僕もよくわからない。

わかるのは重要な事件について書いてあるということ。

僕の父親はこの小さな町の警察署の副署長をしている。だとしたら何か重要なモノのはず。

もちろんこれはその書類をコピーしたものであり本物ではない。本物を盗んだら僕は父親に軽く殴られているだろう。

「…待て、これは…」

口を開いたのは先程までPCを弄っていた清だった。

ヘッドフォンを耳から外し、PCはスクリーンセーバーが起動している。

「この事件…まさか…」

そう思った矢先、清はキーボードを叩き始めた。

僕たち3人はディスプレイをのぞき込む。

「…都市伝説に過ぎないけどもしかしたら…」

Enterキーを押すと有名な電子掲示板のオカルト系のスレッドが表示された。

『生導会総合スレ』

そう書かれたページを見せて清は言う。

「もしかしたらだがこの組織に関係しているかもしれない。最近噂になっているオウムの再来って言われてる新興宗教。」

僕はその名前に少々心当たりがあった。父の書類の中に書いてあった気がしたのだ。

僕はもう一度隈無くプリントをみる。しかしそのような記述はなかった。

「で、大樹はそれがなんだってのよ?」

葵は口を尖らせながら僕に言う。

「簡単さ、この事件を僕たちで解決するのさ。」

そういった後、少々沈黙が続く。

それから約5秒。

「ハァ!?」

声を上げたのは純一だった。

続けて葵も冷めた目で僕をみる。

もう頼めるのは清しかいない。僕は部屋の奥を見た。

「いいな、実にスリリングな夏の思い出だ。」

良かった、やっぱり清は僕のことを分かってくれた。

「という訳でHSHはこれより事件現場の捜査を行う。行くぞ!」

そう言って僕はプリントを持って扉をあけた。

熱い風が僕の頬を撫で、蝉の鳴き声が僕を迎えてくれた。

 

一旦家に帰ったあと、僕らは部室という名のプレハブ小屋に再度集合した。

あの書類によると事件が起きているのは学校裏の山らしいからである。

そのため僕らは一旦自宅で準備をした後にここに集まったというわけだ。

部室(プレハブ小屋)は学校裏にあって裏山とも近いので遊びに行ったりしてたし、こっちからのルートは詳しいので何かと便利だったのだ。

僕は準備といっても水筒やタオル、ちょっとした食べ物程度で熱中症対策程の荷物だった。

そして僕らHSHの中で荷物が一番多かったのは意外や意外、清だった。

「…なあ清、そのリュック小学校の林海学校で使ったやつだよな…」

今の清はどうみても登山家にしか見えなかった。そこまで僕の提案に本気で答えてくれると嬉しいような恥ずかしいような

「この中には秘密兵器が入っているのさ。」

「どうせいつものパソコンだろ?」

純一が割って入る。

「違う、それよりもずっとスゲーもんだ。」

「じゃあ見せろよ。」

すると清はそっぽを向いて

「それじゃ秘密じゃねぇだろ。」

そう言った。それに対して長身の純一がケチだのなんだのとグチグチ言っている。

「何よあの二人…結局いつもと同じじゃない。」

「なんだって?」

二人が息を揃えて葵の方向へ振り向く。それはもう鏡を合わせたかのようにピッタリと。

「はは、二人は相変わらず仲がいいよな。」

「だーれーが、こんなやつと!」

またも息ピッタリだ。口では嫌っててもこの二人は結局仲がいい。

「あー…ほら、見えてきたよ!」

このままでは僕に火の粉が降りかかりそうだった。そのタイミングで見事に目的地が見えてくれて僕はホッとした。

地図によればこの先にある古びた小屋がどうやら事件と関係があるそうだが…

「これは近づくのは危なそうね。」

「…確かに警察が動いてない筈ないしね。」

すると後ろで清がカバンを降ろす。

「おっ、ようやく秘密兵器のご登場かい?」

純一が煽るように言う。

ゆっくりとファスナーを開け、まず最初に飛び出したのはいつも清が使っているパソコン。そして次に出てきたのは、

「こいつが秘密兵器だ」

取り出されれたのはラジコンだった。だが普通の車や戦車とかのラジコンとは違って骨組みというかアルミが丸見え、そしてその丸見えの骨組みの中には機械がつまっている。

「それ…何?」

「自作偵察機さ」

清は地面に座り込み、胡座をかくと膝の上にパソコンを乗っけて起動した。

僕と純一、葵の三人はその画面を食入いるように見ていた、

それから少ししてパソコンにはカメラか何かの映像が映される。それには僕たちが写っていた。

「…偵察機ってこいつカメラついてんの!?」

途端、純一が興奮し始めた。昔からこういうラジコンだとかが好きだったからだろうか。

「ああ、多少のタイムラグ…とはいっても1秒足らずだがネットを介して映像が送られてくる。」

すると純一はラジコンをまじまじと見つめながら「すっげー」とひたすらに連呼している。先程の喧嘩腰は何処に行ったのやら。

「それだけじゃないぞ、万が一に備えて威嚇用に高音を大音量で流すスピーカーもある。まあ、気休めだけどな。」

「じゃあ早速こいつに潜入させちゃう?」

「だな、はじめよう。」

清は純一にラジコンから離れるように促す。

なんだか本格的になってきて僕も楽しくなってきた。今、僕の頭では前にテレビで見た特攻野郎Aチームのアノ曲が流れている。

「…ねぇ、大樹。」

途端、葵が僕のTシャツを引っ張る。

「なに?」

「いや…これ、犯罪?捕まらない?」

そのとき僕はすぐになんて返せばいいかわからなかった。好奇心で全て済まされることではないと知っているからだ。

「悪い連中を退治すんだから関係ないだろ?」

そう言ったのは純一だった。

その通り、僕らは悪を退治しにきたんだ。

「なら…それならいいけど。」

葵の顔は少し曇っていたけど僕は気にしなかった。それよりも好奇心が強かったからだ。

「皆、偵察機の準備が終わったぜ。」

パソコンから手を離した清が言う。

「よし…では、HSH活動開始!」

清がキーボードを叩くとラジコンは勢いよく草むらの中へ飛び込んだ。PCに映し出される映像も勿論葉っぱだらけだ。

ガサガサと音を立て、僕たちの偵察機。正確には清のものだが、我らがHSHの偵察機はグングンと目的地である家へと進んでいく。

幸いにも扉は開いていて偵察機は難なく入る事が出来た。問題はここからだ。

カメラから送られてきた家の中の映像はホラー映画で出てくるような雰囲気を醸し出していた。

たまった埃や人形、昔のオモチャなどが転がっていて怖かった。

「おいおいこんな所で何の事件が起きてるってんだよ」

純一が画面をのぞき込みながら問う。

「僕だってわかんないさ。清、なんかめぼしい物はあった?」

「…シッ!」

清の顔が急に引き攣る。いつになく真剣。いや、怖がったというべきか。HSH一の知識人である清は肝試しとかやってもそうそう怖がらない。こんな顔を見たのは正直6年以上付き合ってきた中で初めてかもしれない。

「ねぇ、何かあったの?」

葵が問いかけるが依然清は顔を引きつったまま体をピクリとも動かさない。

「…何やってんの?」

「うわああああぁぁぁぁぁッ!!」

僕たち4人は一斉に尻餅を付き、驚いた。後ろからアロハシャツを着た男に声を掛けられたからだ。

「あの…あなたは?」

「あー…通りすがりのイケメンかな?」

一斉に僕らは黙る。その間10秒ほど。

「…まあいい、君たちは何をしてたの?」

「いや…それは…」

葵が言葉を濁す。正直にこのことは言えないからだ。

いざ真実を話したならば『何故事件について知ってるのか?』とか聞かれることだろう。

「いや…あの…部活で作ったラジコンの試運転を…」

「へぇ…でもなんでこんなとこで?」

「それは…」

そこまでは考えてなかった。僕は言葉がつまる。

「広いところで様々なテストをするためですよ。」

清が僕をフォローする。清は僕に向け、アイコンタクトをする。これは明日ジュースを奢らなければ…

「ああ、確かに俺のガキの頃もこうやって遊んだもんだわ。」

良かった。この人はしっかり騙されてくれたようだ。僕は安堵し、ため息を着く。

だが、そうもいかなかった。

「拳隆、どこで油を売っている?」

後ろから黒いスーツ姿の男性が声をあげる。

「あー、ちょっと地元の子供たちとね?」

「・・・ちょっといいか」

スーツの男性は僕たちに近づく。

その目は冷め切っていて、まるで死んだようというか何かを狙っているというか

「君たちはここの子供たち?」

「えっと…まあ、はい」

「そうか、残念だがここには二度と近づくな。」

スーツの男は僕の顔を睨め付け、威嚇するように言い放った。

その言葉は僕の考えていたひと夏の思い出を消し去ると共に新たな事件の幕開けを意味していた。

 

結局僕らはあの男性の言われるがまま下山した。

葵と清は黙って口を利かないし純一も不機嫌そうに歩いている。

ただでさせ汗ばんで気持ち悪いのにストレスのせいか嫌な汗がダラダラと溢れてくる。

こんなことになってしまった事、みんなを巻き込んでしまったこと。僕は生まれて初めて『責任』ということを知ったのかもしれない。

 

僕らの住む街はそこまで発達した都市でもない。どっちかといったら田舎だ。

近所にスーパーがあるが大きな店はそこだけで他はスーパーというか野菜の直売所に近い。

僕らは今、その大きなスーパーを横切って各々の家に帰る途中だった。

「…なぁ、ダイキ」

純一が口を開く。だが先程までの静寂が消えたわけではない。

「あの…さ、すまなかった。あの程度でイライラしてさ、夏休みだってまだまだこれからなんだし。これから楽しんできゃいいと思ったんだ。」

いつもお調子者の純一がここまで真剣に話すことはそうそう無い。そういった時はいつも誰かを心配してくれた時だ。今回はその相手が僕らしい。

「…そうだね、夏の思い出なら他にも作り方なんて山ほどあるもんね。」

「おぉ、それでこそ我が部長!」

途端、純一は僕の肩に手を回す。

「今日は俺が奢ってやるぜ!みんな、なんでも好きなものを言いやがれえぇッ!」

「じゃあ、俺はコーラ。」

まっさきに手を挙げたのは清だった。全く抜け目の無い奴め。

「あー、私アイス。あの新商品の」

「おう、任せとけ!ダイキは何がいい?」

「うーん、そうだな…」

僕は考える。何か食いたい物なんてあったかな。

腕を組んで、首を傾けて。

「…あっ、あれがいい」

僕は目線の先を指さした。さっきのスーパーの目の前の屋台。

「たこ焼きか。いいチョイスじゃねぇか。」

純一がさらに近づく。暑いから離れるよう言うが長身の純一はなかなかどこうとしない。

葵にチョップをされ、ようやくたこ焼きを買いにいった。

 

 

「ねぇ、大樹」

「なに?」

外は暗くなり始めていた。純一と清は途中で別れ、家が隣りの葵とは一緒に帰ってきた。

電灯が付き始め、いよいよ本格的に暗くなる。

「大樹はあの時裏山で会った人たちをどう思う?」

「どうって…」

そのとき僕は思い出す。清の言っていたことを

『もしかしたらだがこの組織に関係しているかもしれない。最近噂になっているオウムの再来って言われてる新興宗教。』

「…やっぱり清の言っていた宗教の一員なのかな…」

「そう…ね」

すると葵は足を止める。もう家の前だったのだ。

「じゃあ、また明日」

「うん、またな」

そう言って僕は自宅に入ろうとする。

「あっ、そうだ」

「…なんだよ家に入る直前に」

「いや…その…ちゃんと寝なさいよ」

「俺はお前の子供か!」

そう言い放って僕はドアをガシャンと閉めた。

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Side by Hound dog

 

ドバイの一件から約1年。事件が解決した直後、民政党は解体され崩壊。実質的に運営不能となった。

それに対し生導会に関しては政府からの情報統制の影響により世論。つまりは批判すら無い。いや、存在すら分かっていないのだから。

それにより生導会は解体はされたものの『残党』として各地を転々としていた。

今回、ハウンドドックが動き出したのは生導会残党の潜伏場所が判明したからである。

 

Then. 3days ago.

「全く、よーやく見っけたわよ」

俺達はまたいつもの雑居ビルに呼び出されていた。何か重要な事が分かったということらしい。

まず、課長は俺たちに資料を差し出した。相変わらず小奇麗にまとまったこの資料は恐らく大辺がまとめたものだろう。

「いーい?残党は何か巨大な組織と絡んでることが分かっちゃたの。それも世界規模ぐらいの。」

「それが今まで逃亡できていた理由だと?」

「ザッツライ。」

俺を指差し、そう言った。

「アイツらがが潜伏してっと思わうのは藤見市。まぁこっからすれば結構な田舎ね。潜伏するには丁度いいわねー」

残党は何かと絡んでいる。前々から一年も逃亡できていたのは不審に思っていた。

当然だ。最盛期の生導会の力ならなんとかなったかもしれないが指導者を失い、資金、軍事力、政治的影響力も失った彼らには打つ手がない。

彼ら残党にはそれらを持った『協力者』が必要で、それがなければここまで逃亡することなど不可能だったということだ。

「で、早い話俺達はその藤見市に捜査に行けっつーことっすよね?」

拳隆が頭を掻きながら問う。

「ええ、そのとーり。バックの組織については大辺ちゃんが捜査してっからお二人さんはちゃっちゃと残党を潰しちゃって下さい。はい、よろしくー」

 

Now.

「いいのか」

「何がだ」

山からスコープを片手に俺は街を見ていた。それはちょっとした息抜きでもあり、仕事でもある、

「亜久、流石にあの子達に悪いと思わないか?」

アロハシャツを風になびかせ、拳隆は俺に問う。

「あの時期の子供はああでも言わないとダメなものだ」

「へぇ、お前の口からそんな言葉が出てくるとはな」

俺はファイバースコープを一旦カバンに入れ、ホルスター内の銃をチェックする。

「俺だって慈悲の心ぐらい持ち合わせているさ」

「へぇ…」

拳隆はつまらなそうな顔をして口笛を吹いた。

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外が暗くなり僕は夕食を食べ終えた頃、僕の家に一本の電話がかかってきた。相手は純一。

純一は夏といえば肝試しだろ?とか言い出して僕がまともに話す間も無くいつもの部室に集合と約束を取り付けてきた。

どうやらその電話はHSH全員にかけられていたようで隣の家の葵がガラッと窓を開け、向かいの家の一室。つまり僕の部屋に向かって屋根伝いにやってきた。

「で、あんたお母様には相談したの?」

「いや、どうせ母さんはダメって言うし父さんは帰ってこないし…」

僕はうつむきながら答えると葵は自分の腰に手をあて言った。

「はぁ、じゃあ内緒で行くのね。私と一緒。」

そういうと葵は僕の手をつかみ、窓際へ誘う。

「ちょっ、葵!」

「飛ぶわよ!」

そして僕たちの体は宙に浮いた。

 

「おー、やっと来たか」

集合場所であった部室には既に清と首謀者である純一が立っていた。

「ったく遅ぇぞ…って、ダイキ。顔色悪くね?」

ぜえぜえと息切れする僕をのぞき込み、純一は話しかける。

「いや…なんでもないから…はやく説明を…」

「あー、わかったわかった。んじゃ説明すんぜ」

すると純一は胸を張って説明を始める。

「そう、事の始まりは去年八月。清主催の肝試し大会だった。」

そう言われて僕は思い出す。去年の八月もみんなで夜中にコソコソ集まってこうして肝試しをしたことを。

去年の肝試しの主催者は意外にもそういった事に興味がなさそうな清だった。だが、その勝手な推測が僕たちを地獄に突き落としたのだ。

去年の肝試し。内容的にはそれほど怖いものではなかった。通学路にあるお寺。その中のお墓を通り抜け、林を越え、目的地にあるカードを取って戻ってくる。

この肝試しの参加者はHSHだけでなく、各部活対抗というのが清の企画した物だった。それ故高速帰宅部4人で参加したということだ。

だが、それが最大のトラップだった。

お墓を通りがかった途端、清は

 

「なぁ、知ってるか。この寺には古くから伝わった幽霊の伝説があってな…」

「おい、確かここって昔交通事故があってな…」

 

「って、こんな感じに怖い話連発しやがって俺はチビッちまったんだよ!!」

「…」

そう言われたもののなんと返せばよいのやら。僕たちはただ黙って純一をみている。

「…だーかーら、俺は今年。清を震え上がらせてみせる!」

そう高らかに宣言されても…

「わかった、その勝負受けてたとう。」

「フッ、それでこそ我がライバル。」

二人は謎の握手を交わしている。つまり僕と葵はそれに付き合わされたのか…

「ルールは簡単だ。ここから裏山の噂の心霊スポット。例の民宿まで行って、セットされたカードを持って帰ってくる。」

例の民宿。最近学校で流行ってる心霊スポットでずっと昔からあって今では廃墟になっている民宿だ。

数か月前、その民宿で男の死体が発見されて話題になっていた。

「じゃあペアは俺と清。ダイキと葵でいいか?」

僕は黙って頷く。清は壁に寄りかかったまま頷く。

「私と…私と大樹がペアなの?」

葵はなんだか慌てていた。腕をぶんぶん回しながら純一に問う。

「だってそうしなきゃ清の怖がった顔をしっかりチェックできないだろ?」

「それは…それはそうだけど…」

葵はうつむき、もじもじとしていた。僕はそれがなんのかよくわからなかったが清が気を聞かせたのか純一の肩をつかんだ。

「じゃ、先行くから。」

清は肩をつかんでいない左手を僕たちの方へ振って二人は闇へ消えていった。

 

 

時刻は九時を軽く過ぎ、既に十時さしかかろうとしていた。

このままノコノコ家に帰ったら親にこっ酷く怒られるのは分かっていたがそれよりも目先の楽しみを優先した。

清と純一が闇に入っていってから既に5分。僕らは10分経ったら来いと言われている。残りは半分だ。

「…ねぇ、大樹。本当に幽霊とかでないよね?」

葵はさっきの元気っぷりはどこに消えたのかやけにおどおどしていた。長いこと喧嘩相手みたいに付き合っている葵でもこういうときはやっぱり女の子なんだなと実感する。

「出るわけないだろ?科学的根拠がない。」

「そんなこと言っても科学が通用しないことだってあるかもしれないじゃない!」

必死になって反論する。お前は幽霊が居て欲しいのか?

「大体なぁ、あんなのは全部プラズマで説明がつくんだよ!…って、大槻教授が言ってた。」

「誰よ、大槻教授って…」

「なっ、お前大槻教授を知らねぇのか!?」

「知らないわよ!誰よそれ?」

僕はやれやれと肩を降ろす。

父さんから貰った電波時計は刻々と過ぎ行く時間を無慈悲に表していた。

 

 

「へっ、なかなかやるじゃねぇか」

「そっちもな。てっきり今年もちびると思ってた」

二人は暗闇で懐中電灯を銃のように構えて常に臨戦態勢である。

墓場は既に越え、今は林の中腹。あと少しで例の民宿だ。

「へへっ、だがお楽しみはこれからだぜ?」

「フッ、そうやって虚勢を張っていられるのも今のうちだ。あとでちびっても俺は助けんぞ」

「へっ、ちびんのはどっちだかな…行くぜッ!」

その声を合図に二人は一斉に走り出す。林に落ちた木など踏み潰し、飛んでいく鳥や虫などを振り払いながら。

「おいおい、何走ってんだ。怖いのかな?」

「抜かせ。お前が走るからそれに付いてきただけだ。」

二人は一気に林を駆け抜ける。

運動は得意な純一だが清にあわせてか本気はださなかった。最もこんな所で思い切り走って転んだらそれこそ清に笑われてしまう。

息が荒くなる。木々が開けていくのが目に見える。

段々と開けたところに近づき、そして目的地が見えてくる。

そう、例の民宿。本物の幽霊はここにいると純一は確信していた。

 

左腕にはめた父さんから貰った腕時計は純一達が民宿へと向かってから丁度10分後を指していた。

僕たちもそろそろあの深い闇の中へと入っていくのである。

去年の肝試しは清の怖い話のせいで確かに地獄のような経験だったがある意味それは清に頼っていて、こうして自分が先立って闇の中へと入っていくのは少々怖かったりする。

「じゃあ葵…いくよ?」

「うっ、うん…」

葵の手を引っ張り、墓地へと進んでいく。

目の前は本当に真っ暗で懐中電灯を消してしまえば何も見えない。都会ではあちらこちらに街頭があるけど僕たちの住む藤見市はそんなに発達した町ではないので該当の一切無いところというのは探せばいくらでもある。

墓地から林への道はさほど足場が悪くないのが幸いだ。でもこれから先の林ではそうは行かない。

僕は葵の手を少し強く握り締めた。

 

 

どれくらい林の中を歩いただろうか。僕たちの目の前に光がふたつ点々と光っていた。あれは言うまでもなく純一と清だろう。

僕は夜中に迷惑だとは思ったものの心の中ではこんな辺鄙なところだからいいやと無理矢理理由を作り、大声で純一達を呼んだ。

返事に二人はライトをチカッチカッと点滅させてみせた。

「葵、いくよ?」

「えっ、…ええ分かってるわよ!」

葵はちょっと強ばった表情をしたものの僕に手を取られ、林の奥へと進んでいく。

二人は既に民宿に行ってきたようで純一が勝ち誇ったようにカードを持っていた。

「二人はもう行ってきたんだ?」

僕の質問に対し純一は「まあな」と自慢げに答える。一方清はちょっぴり不服そうだった。

「えーっと…もしかして…純一が勝った?」

「違う!佐藤、それは断じて違う!!」

途端、清は血相変えて僕に反論した。きっとまた純一がせっこい手をつかったんだろう。

「いやぁ、最後までどっちもチビらないからさ、どっちが先にカードを手に入れるか勝負になったの訳。」

なるほど。と、僕は納得する。インドア派な清がバリバリのスポーツマンである純一に勝てるはずがない。それに清はプライドが高いから勝負をふっかけられたら断るに断れなかったのだろう。

「まあ、お前等もせいぜいチビらねえようにな?」

純一が僕の肩をポンポンと叩いて林の入口へと戻っていく。

清の後ろ姿はなんだか寂しそうだった。

「…さて、」

僕は二人を見送ると目的地のある方向へと視線を移す。

すると葵が震えながら先を見つめていた。

「どうした、葵?」

「だっ、だだっ、大樹あれ…」

僕は葵の指さした方向をみる。またまた凝った演技だなぁ、と思いながらその先を見てみると…

肩幅が広く、胸板の厚い男が歩いており、そしてゆっくり、ゆっくりと僕たちの方を向く。

まるで死んだような目で男は僕たちを凝視する。瞬きもせず、ただただ見つめている。

「あっ、葵。この場合ってどうすりゃいいかな?とっ取り敢えず110番かな?」

「そっ、それよりじっ、自分の心配をしたほうがいっ、いいと思うよ?」

僕たちの声はガクガクに震えている。目の前にいるのだ、男が。きっとあれは民宿で見つかった男の幽霊に違いない。

「あっ、葵。にっ、逃げようか?」

「そっ、そそそそっ、そうね。にっ、逃げましょうか?」

声だけでなく体全体も震えている。

僕たちはその震えた体を無理矢理動かし、林の入口へと足を動かした。

「出たあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

そう叫びながら。恐怖を叫びで押さえつけながら僕らはただひたすらに走った。

「おっ、おいダイキ!何があったてんだ!?」

僕たち二人が先程すれ違ったばかりの純一たちに追いつくのはそれほど掛からなかった。

僕は足を止めず、葵の小さな手を引っ張りながら通り狭間に言う。

「だから出たんだよ!本物が!!」

左手の親指を立て、後ろに向けて何回か振ってみせる。僕と葵は見たんだ。がたいの良い男がゆっくりと振り向いた姿を。

思い出すだけで僕の背筋を何かが這うような感覚がする。ゾワゾワという寒気が体中に迸る。

「…おい、清…」

「ハァ?」

視力の良い純一には大分遠ざかっているとは思うが見えたようでメガネを掛けている清はどうやら見えなかったらしく何度も目を擦っている。

「おい!清、逃げるぞ!」

純一が目をこすっている清の腕を無理矢理引っ張ると力任せに林の入口へと走っていく。

僕らより後から走り始めたのにさっさと僕らの目の前を通り過ぎていく。その速さはとんでもないもので、純一の「うおおおおぉぉぉォォッ!」という叫び声がドップラー効果が聞いているように思えた。因みに清はというと思いっきり引きずられて砂埃を上げていた。

僕と葵も二人に負けじと全速力で走る。と言っても幽霊を見たせいか葵は半分気絶しかけていて純一に引きずられる清と大差無かった。

砂埃を上げ、闇夜を駆け抜けていく。恐怖によるものか、それとも曇っているせいか何だか肌寒く、また虫達が鳴く真っ暗な林が恐怖を掻き立てる。

僕は汗を流しているというのにも関わらず体全体に寒気がして異様な感覚に陥っていた。

林を抜け、墓場にまでたどり着く。ここまでくれば部室まではそんなに距離はない。

葵の手をぎゅっと握り締めて僕はラストスパートに入った。

 

 

部室に着いた頃には葵は意識が戻っていた。訳が分からないまま引きずられていた清への説明も既に終わっていた。あとは解散するだけである。

「いや…まさかマジで出るとはな…」

純一が頭をポリポリと掻きながら言う。

僕もまさか本当に幽霊なんてでてくるとは思わなかった。

「…私、早く家に帰りたい…」

意識は戻ったものの葵の体は依然、震えており。声もいつもと比べたら限りなく小さい。

「…あんなもの幽霊のはずがない。」

そう断言したのはHSHで一番オカルトに詳しい清だった。

清は持ってきたパソコンをカタカタと打ちながら話す。

暗闇の中、ディスプレイの光が清の顔にあたって何だかあの幽霊を思い出させる。

「あんなの…幽霊のはずがない…」

いつも会話の絶えない僕らの間に沈黙が訪れる。あんな事が起きているから無理もない。にしても今日は厄日だと僕は落胆する。

「…じゃあ、もう遅いし解散で…いいかな純一?」

「そう…だな。ゆっくり休んでくれ」

そう言って僕はガラガラと部室の引き戸を開ける。

「葵、帰るぞ?」

「わかってるわよ…」

葵の声は依然小さい。

未だに僕の頭からは男の顔が離れない。それはHSHの皆もそうだろう。

男は確実に僕らを見ていた。思い返すだけでゾッとする。

暗い電灯が照らす帰り道。僕は恐怖から逃れようと必死に男の顔を忘れようとしていた。

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Side by Hound dog

 

俺と拳隆は下山した後、俺のBMWZ4に乗り、現地の警察署。つまりは藤見市警へと向かっていた。

田舎町の農道の風景は一年前、生導会に関する全ての発端となったあの時を思い出させる。

終わってしまった事件は懐かしいものであの時感じていた鮮烈な恐怖は感じなく、ただ心地の良い懐古をするのみである。

夏の日差しが照りつけるガラガラの農道を黒い車が走っていく。たまに通り過ぎる農夫の乗った農薬を散布するための赤いスピードスプレーやが心地良い風を生み出していく。

晴れ渡る夏のクソ暑い日にこんな片田舎まで出張とは余りいい気分ではない。

ようやく農道を抜け、町のメインストリートとなる。助手席の拳隆は頬杖をついたまま窓から街並みを眺めている。

ハンドルを切って左折する。荒く曲がったので拳隆の体は少し右に倒れかかっていた。

 

藤見市警察署へはメインストリートに入ってから間も無くだった。近くには住宅街や市営のマンション。商業施設などこの近辺にあらゆる施設が集中しており、他は先程のような農道が広がっているようだ。

俺は警察署の駐車場へ堂々とZ4を停めて入口へと向かっていく。玄関で一旦引き止められたものの警察手帳を見せると直ぐ様姿勢を正し、敬礼で俺たちを出迎えた。

俺達は彼等のような支店。つまり地方の刑事ではなく。本店、つまりは警視庁の直属の組織というのが表向きの顔である。相手からすればキャリアだとか思われてるだろうがそれは俺たちにトップであるあの飲んだくれであり、俺達はドイツのGSG-9だとかSAT、FBIとかの方が近い。

外の暑さとは打って変わって署内は涼しかった。だがそう涼んでる暇もない。

入口のホール。つまり俺たちが今いるこの場には御丁寧に署内の地図があったので俺は有り難くそれを利用させてもらう。

俺たちが用があるのは此処の署長。本件の捜査の為の情報を提供してもらいに来たわけだ。

小さな町ということもあって藤見署はさほど大きくなく、4階にある署長室までは階段だ。これはいい運動になりそうだ。

 

どうやら俺達は。いや、拳隆が相当目立っているようで周りから注目の的だった。アロハシャツの男とスーツの男が並んでいたらそれは不審であろう。

また、既に本店から刑事が来たとか噂になっているらしく何か重い事件が起きたのでは無いかとヒソヒソと話しているのが聞こえる。全くその通りだ。さっさと残党如き殲滅して東京に帰りたい所だ。

だが、そうもいかない。俺は足早に署長室へと歩きだした。

コンコンと二回ドアをノックした後、部屋の中から50ぐらいの男性がドアを開ける。彼が資料にあった藤見署の署長、大原敏夫か。

俺は大辺の作った資料の内容を思い出す。彼はもうちょっとふくよかではなかったか?

「貴方が藤見署長の大原さんですか?」

「いえ、大原は現在出張でして代わりに私、佐藤が。」

「そうでしたか…」

そう言いつつ俺は簡易的な応接室となっている椅子に腰を掛ける。拳隆は周りをうろついている。

「数日前に警視庁から通達は行っているはずです。約束の物を。」

「ええ、ご用意しております。」

すると佐藤は拳隆の居た付近の棚から一冊のバインダーを取り出す。青色のバインダーはパンパンになるほどの資料が挟まっている。

『約束のもの』というのは昨今この藤見市で起きた事件で怪しい物をプロファイリングしたものだ。こんなんにあるのかと考えると今回の出張は大分長引きそうだと落胆する。

「こちらの事件が生導会残党に関与していると思わしき事件です。」

佐藤はバインダーからある程度の資料をつかんで渡す。どうやらあれが全てでは無かったらしい。

俺は渡された資料に目を通す。正直事件というか町内のいざこざレベルだがこんな田舎ではそうそう大きな事件は起きないのだろう。まあ、起きてしまっても困るが。

「では連中の潜伏場所については?」

「いえ、私共では何も掴めていない状況でして…」

潜伏場所については既にハウンドドッグの方で独自に調べ、大体の目星はついてはいるが一応聞いておいた。現地の者にしか分からない場所というのもあるからである。

となると残党の潜伏場所は例の山の周辺ということでいいだろう。

「有難う御座いました。ご協力感謝します。」

俺は席を立ち上がり、一礼する。向こうも深々と礼をすると拳隆はようやくこっちを向いて「もう終わったか?」とアイコンタクトをしてくる。

そして俺は署長室のドアノブをまわし、廊下へと出た。

 

「なあ、亜久。気になる事があるんだが。」

一階へと向かう階段を降りる途中、拳隆が話しかけてきた。なんだと言うかわりに俺は顔をそちらに向けてみせる。

「実はさ、あの山にいた少年たちが何かを知っているようでならないんだけど」

「その事か。実は俺も気になっていた」

あの山中は本来立ち入り禁止の場であり、子供たちがそうそう簡単に遊びに行くような場所ではない。遊ぶとしたら麓に大きな公園があるし、中学生がそんな山で遊ぶというのも少々怪しい。

彼等はラジコンのテストと行っていたがあんな山奥にいかなくてもいくらでも場所はある。

そこで俺は思い出す。生導会はもともと子供たちに洗脳地味た事をやっていたことを。

残党がいるとしたら彼らが生導会に絡んでいる可能性は低くはない。いや、むしろ高いくらいだ。

「そうだな、彼等にもう一度接触する必要性がある。」

藤見署の玄関をでる。入口の警備員が敬礼をする。俺たちはそれに敬礼を返すと駐車場に止めておいたZ4に乗りこんだ。

-5ページ-

 

HSHに休みなどない。僕たちは何かに引き寄せられるように部室。というか単なるプレハブ小屋だが…。に集まる。

今日もまた皆がここにあつまる。何かがあるから。そんな気がするから。

中学生的な青臭い事だってのは十分わかってる。けど、僕らはその空気が、臭いが。HSHという空間自体が好きなのだ。

そして今日もHSHの活動は始まる。

「聞け、諸君!いいニュースと悪いニュースがあるぜ!!」

そういって引き戸を壊れそうになる勢いで開け、部室に入ってきたのは純一。

僕たちの活動は大体純一の提案で始まる。今日もまた何かがあって来たらしい。

「で、なんなのそのニュースって?」

机に頬杖を突き、呆れたような表情で葵が尋ねる。

「桐江、そういうのはまず良いニュースを聞くか悪いニュースを聞くか答えるのが定石だ」

奥でパソコンを弄りながら喋る清。相変わらず彼は分かっている。

「じゃあ良いニュースから」

こういう場合は良いニュースから聞くのが道理ってもんだ。昨日テレビで見た洋画もそうだった。まあ、その洋画の影響で僕は寝不足な訳だが。

「いいだろう。ではいいニュースから…」

そういうと純一はポケットに手を突っ込む。ジャージの『高田』と書かれたところのすぐそばにあるポケットだ。

そして純一は紙切れを取り出し、それを僕たちに見せる。

「ふっふっふ。実はな、昨日サービスしたお客さんがフジミサマーランドの管理人さんでよぉ、無料入場券を頂いちゃった訳よ」

フジミサマーランド。この町で唯一…という訳ではないが。この町にある大きな屋外プール施設だ。その無料入場券というと小学生が貰えるもので、僕ら中学生は貰えないのである。

「んで次に悪いニュースだ…」

ゴクリ…。と皆息を飲む。

「実はな…」

汗が額からにじみ出る。

「この入場券、3枚しかねぇんだ…」

純一がそう言った途端、皆の目つきが一瞬にして変わった。そう、それは獲物を狙う狩人の目。

「まさか、レディーから入場券を奪うなんてマネは出来ないわよね?」

葵が腕を組み、高笑いをするかのように言う。

「レディー?葵はどっちかっていうと男みたいな性格なんじゃ…」

「あん?」

入場券へと向かっていた目は途端に僕へ向けられる。不味い、この状態の葵なら部室を壊しかねない。

「あっはっは、そうだよね。レディーに親切にするのがジェントルメンってもんだよな?なー、純一?」

ギロリ、と今度は僕が純一を睨む。すると純一は俺に振るなと腕をブンブン回しながらアピールする。

「どっちかっていうとレディーというよりレヴィだがな」

「はい?」

清が何か言ったが僕は聞き取れなかった。葵も聞こえていないようで、もしこれが火に油を注ぐような言葉だったら間一髪だったろう。

「まあとにかく葵には入場券を。女子の水着姿を拝むためにもね?」

ドンッ。

後頭部が痛い。葵の右ストレートが見事に炸裂している。

「…では、ここは公平にじゃんけんで。異論は?」

後頭部を抑えながら僕は問う。

「無し、とっとと決めてしまおう」

「ねぇよ」

二人の承諾は得た。それ即ち第一次無料入場券争奪じゃんけん戦争の始まりを意味する。

純一は指をバキボキ鳴らして臨戦態勢。純一は冷静にパソコンをシャットダウンしている。

「それじゃいくぞ…」

僕も関節を鳴らし、威嚇する。フジミサマーランドの入場料は中学生の僕らには痛い出費だ、ここは勝たねばならない。

僕は何も考えずに流れに身を、いや手を任せる。

 

 

「最初はグー、じゃんけんポイ!!!」

 

 

 

 

第一次無料入場券争奪じゃんけん戦争結果報告。

 

本日、〇八一〇時勃発。敗者ニハ重イ賠償金ガ課セラレル。

杉田清、グー。

佐藤大樹、グー。

 

 

 

 

高田純一、チョキ。

 

 

 

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉッ!なんで入場券持ってきた俺が負けるんだぁぁぁぁぁッ!」

純一は頭を抱えて体をクネクネさせている。それだけくやしいという事だ。

「悪いね、もらってくよ」

僕は古ぼけた机の上から入場券をいただいていく。

「まあ、そんな時もあるという事だ」

続いて清もいただいていく。

「よーし、それじゃ8時半に水着やらなんやら持って集合。ってことでいいかしら大樹?」

「いいよ、それじゃ一時解散!」

部室の床に倒れる純一を哀れに思いながらも僕らは部室から出ていった。

 

 

フジミサマーランドに無料入場券を使って入る。後ろで泣きながら財布から小銭をかき集めて入場券を買っている純一がなんだか哀れだったが葵が純一の事を気にせず中に入ってしまったので僕と清も荷物を持って更衣室へと向かった。

後ろから呻き声と共に財布とにらめっこをしている高身長のジャージ野郎がいるが気にせずにロッカーへと手を伸ばした。

Tシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着を脱ぎ。男の着替えはマッハで終わるものだ。学校で使っている競泳用の水着を予め着ていたという事もあるが物の数秒である。さっきまで呻いていた純一も既に着替え終わっている。

「さて、男がプールに来たらすることと言えば?」

純一が急に元気になって僕に問う。

…まさか。

「・・・アレ…か?」

すると純一は腕組みをして無言で『もちろん』と答えている。

「おいおいおい、流石にあれはマズイだろ」

「ハァ?アレをやんなきゃ始まんないだろ?いや、アレをやらなきゃ寧ろ彼女たちに失礼だ」

これほどキッパリと言い切った純一を僕は初めて見た。これが中二特有の『アレ』か。

「いやでもさ、アレは犯罪じゃない。心の目で見ようよ、心の目」

なんとか僕は純一を止めにかかる。僕まで火の粉が掛かるのは御免だ。

すると清がビーチボールやら浮き輪やらをカバンから出しながらある物を取り出す。一見ダンボール箱のような何かを。

「だったら、機械の目でみないか?」

そう、清が取り出したのは例の偵察機の改良型。名付けてスネーク一号だった。

「待て、なんでダンボール?」

「は?おい佐藤。今まで何人の工作員がダンボールに助けられたと思ってる?」

つまりダンボールに偽装して更衣室に突入ってことか。

「ふっ、久々に気があったな清。」

「俺はこいつのテストがしたいだけだがな」

二人はガッチリと腕を交わす。こういった団結力の矛先が不純な物じゃなければ賞賛したのに。

だが、正直なところ僕も見たくない訳じゃ。いや、自分に嘘をつくのはやめよう。

「清、純一。HSH活動開始だ。」

「おう!」

純一は力こぶを作って見せ、清はパソコンを起動させる。

そして僕らのスニーキングミッションが始まった。

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Side by Hound dog

 

八月の朝。俺は上が用意したビジネスホテルでそれを迎えた。

別に寝起きが悪い訳では無いがこの季節は本当に面倒だ。シャワーでも浴びようとベッドから抜け出すとテーブルに置いてあった携帯から電子音が流れる。画面には大辺未来と書いてある。昨夜、山中であった少年達について調べろと言ったのでそれのことだろう。

メールが一件。業務用でしか無いこの携帯には大辺の無機質な連絡事項やらあの飲んだくれの無駄に絵文字だらけの到底仕事に関する事には見えないメールがたまっている。

真ん中の決定を押してメールを開く。内容はやはりあの少年達の事で詳しくは電話しろと書いてある。

時刻は朝の7時。彼女には失礼かも知れんが俺は何の躊躇いもなく電話帳から大辺の番号を探し出し、コールした。

大体何回ぐらいコールしただろうか。もうお留守番サービスにでも繋がるんじゃないかと思った所で大辺が電話にでた。

「…もしもぉし?」

その声から眠っていた事が容易に判断できる。

「例の少年達の事について報告を、」

「あー?あのことねぇ、ちょっと待ってねぇー」

何だか課長と話しているような錯覚に陥る。やはりシャワーを浴びてから電話をしたほうが良かったか。

「調べによると、彼らは藤見市立藤見中学校の二年生ね。名前は…っとぉ」

カタッとキーボードを叩く音がする。これは徹夜でもしたな。

「佐藤大樹、桐江葵、高田純一、杉田清の四人ねー。んで彼らには共通点があって、その共通点てのが皆帰宅部。つまりは部に所属してないってこと」

「ますます怪しいな。部活に所属していない方が時間はあるのだからな。で、彼等の居場所は?」

「…まだです。」

俺は頭を掻く。これでは午前中はプロファイリングされた事件を片っ端からあたっていく事となる。

「わかった、詳しい事が分かったらまた連絡してくれ。」

そういって俺は電話を切る。

窓からは朝日の強い日差しが照りつける。俺はさっさと汗を流そうとシャワーへと向かった。

 

 

スーツに着替え、適当に朝食を済ませると既にフロントで拳隆が待っていた。

「んで、子供たちの居場所は掴めたって?」

「いやまだだ。だが彼等が生導会と絡んでる可能性はやはり否めんな。」

「えー、じゃあファイルに載ってた事件片っ端から当たるの?」

それは俺だって文句が言いたい。毎度大きな事件の隠蔽をやってきたというのに何故今になって田舎の窃盗事件だの何だのを捜査せねばならん。本当はもっと重要な事件があるんじゃないかと思う。

すると俺の携帯が鳴る。もう彼等の居場所がつかめたのだろうか。

だがかかってきた電話は非通知となっていた

「…亜久だ」

返答は無い。いたずらか?そう思った矢先だった

「お前たちはこの事件の本質を理解出来ていない」

低い男の声。ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか。ピッチの低い声だった。

「…お前は誰だ」

「ホイッスルブロワー。とでも言っておこうか」

「内部告発者…どういう意味だ」

「そのままの意味だよ」

そして通話が終わる。画面には通話時間が表示されている。

「誰からだったんだ?」

拳隆が尋ねる。誰と言われても俺には分からない。

「ホイッスルブロワー」

俺はただそれだけ答えた。

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僕たちは好奇心というか探究心というか。本能的なものに駆られてスネーク1号を女子更衣室へと送り出した。

無論、僕らがこんな事をしている事がバレてはならないので男三人、更衣室にギュウギュウ詰めで入っている。

汗臭さがかなり際立っているが清のパソコンにこれから映し出される花々の前にそれは通用しなかった。

「…でもさ、これ葵とかに見つかったらやばいんじゃない?」

僕は不安を口にする。ノリノリの雰囲気を壊すようで悪いが正直不安がないとは言えない。

見つかる可能性が無いとは断言出来ないからだ。

「なんだ?もしかして葵の裸でも見たいのかー?」

純一が僕をおちょくる。顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。

「おーおー、いい反応だ部長。清、スネーク1号を葵の方へ」

「了解」

パソコンに映し出される画面が回っていく。方向転換を始めたのだ。

「おいおい葵のまな板みたいな胸なんて見てもつまらないだろ!?」

「またまたー顔を赤くしちゃってぇ。…っておい清、方向ちがくねぇか?」

僕もあれっ?と思って画面を凝視する。これって僕らのいる更衣室に向かってないか?

「大丈夫だ、俺は任務をこなしている。」

…まさか。

ガラッというカーテンを引く音が響いた。目の前には鬼のような形相をした葵。

「だーれーがーまな板ですって!?」

「待て待て葵、ここ男子更衣室!女の子hがNG!分かる?」

「ええ、でもね今はそれより一発殴りたいの。一発だけ。いいわよねー?」

「あの…葵さん?」

葵の目は瞬きもせずに僕を狙っていた。まるで獲物を狙うワシのように。

「いいわよね?」

「ハイドウゾオネガイシマス」

スコーンッと僕は壁の方へと殴り飛ばされる。なんというか自分で発しているのかわからなくなるような素晴らしい打撃音とともに転がり、そして壁に激突する。その音はプールサイドにまで響いたという。

 

 

「さて、二人には罰ゲームを受けてもらうわ」

葵はその競泳水着によって押さえ付けられたまな板のような胸を張りながら言った。

「えー僕んとこ殴ったのに許してくれないのー」

「つか清はいいのかよ」

僕と純一は不満でいっぱいだ。まあ確かにアレが公になって警察沙汰になるよりかはマシかもしれない。藤見署副署長の息子が盗撮で逮捕なんて笑い事ではない。

「当たり前じゃない。清はアンタ達に無理矢理やらされたんでしょ?」

清はブンブンと首を縦に振る。アイツめ…

「おい、協力者も同罪じゃ…」

「黙れ変態!」

一喝されてしまった。そう言われては反論は出来ない。

「じゃあどうしたら許してくれるんだよ…」

「そうね…」

葵は不敵な笑みを浮かべる。…不味い、これはよからぬ事を考えている。

「私の右ストレートを掛けて三本勝負なんてどうかしら?負けた方は鳩尾に一発。」

おい、想像しただけで冷や汗が出るぞ。だが問題はそこではない。葵の言う三本勝負が最大の問題である。

「…なあ葵、その勝負の内容ってのは…」

「そうね、…そうだわこうしましょう!」

葵は青空に向けて人差し指を上げて言う。

「一つ、飛び込み台の一番高い所からの飛び込み対決!」

いきなりハードな対決だ。このフジミサマーランドの封印されし伝説の飛び込み台、通称「天国への踏切板」

高さ10mからの落下なので高いといえば高いが一番の恐怖ポイントはそこでは無い。老朽化した設備にある。

そのギシギシと鳴る踏切板はいつしかその名で呼ばれていた。

「そして二つ目!」

空に向けられた葵の指の本数が二本になる。

「ウォータースライダーレース。勿論一筋縄では行かせないわ。私のタイムを下回ったら負け確定ね。あっ両者負けもありだから」

鬼だ、ここに鬼がいる。去年、その流線的な体(つまりは胸がない)を活かし、その速さを学校中に轟かせた葵。最低でも彼女に勝てというのだ。

これはおとなしく殴られた方が…

「三本目!」

そして指も三本目に

「持久力対決!5km泳いで貰うわ」

「ごっ、5km!?」

思わす純一は目を丸くした。ここの競泳用プールは25m。つまり単純計算して100往復しろというのだ。

「無謀だ、無謀すぎる…」

「あぁ?変態覗き野郎が文句言えんのか?」

「ハイッ、スミマセンでした葵様!」

僕と純一は瞬時に姿勢を正し、葵に向かって敬礼した。

「よし、それじゃ飛び込み台までダッシュだ!走れ、ウジ虫ども!」

「イエスマム!!」

なんというか葵はすっごいノリノリだった。

 

 

 

正直言って怖いとか危ないとかそういうレベルを超越している。少なくとも僕はそう思った。

何を隠そうこの10mの飛び込み台、使用禁止なのである。なので監視員のオジサンに見つかった瞬間アウトだ。

つまりそれはオジサンの目を盗み、ダッシュで飛び込み台までかけ上り、迷わずジャンプする。

迷ってる暇などない。まず先攻は僕らしいので階段へと行く道で僕はクラウチングスタートのポーズを取る。

「戦う理由は見つかったか?相棒」

清が僕に確認をとる。

ああ、見つかったともさ。もう迷わないさ。

その覚悟は正直覗きをしようと思った時の覚悟とは比べ物にならないとおもう。

僕はじっと向こう監視員のおじさんを見る。まだだ、まだ。

おじさんはこっちを見ている。まだだぞ大樹…

自分の胸に言い聞かせる。

「今よッ!」

葵が叫ぶと同時、僕はダッシュする。ペチペチというマヌケな音を鳴らし階段を駆け上がる。

ゴンゴンゴンという音が階段全体に響いていく。

踏切板まであと少し。

古ぼけた木製の、今にも折れそうな飛び込み台。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

叫び、走る。

そして右足を大きく宙に上げ、僕は飛んだ。

まるで空を駆けるようなその体験はとてもスリリングだ。まあ又やりたいかと聞かれたら全力で「NO」と答えるが。

必死にもがいて水面へと這い出でる。沈んだ深さがその落下の高さを物語っている。水面にでるのにこんな苦労したのは初めてだ。

「よくやったわ大樹。んじゃお次は純一ね」

うーいと気だるい返事をして純一はスタート位置につく。

「結果は?」

「76.3」

結構高得点なのだろうか…

「んじゃさっさとやるぜ」

何だか純一からは余裕が感じられる。僕はあんなに怖かったというのに。

「ダイキ、今日はお前にプレゼントをやるよ。葵の愛の篭った右ストレートをよッ!」

そう言って純一は走り出した。流石HSH一番の運動神経の持ち主というべきだろうか僕とは違って軽やかに階段を上がっていく。

「これは高得点が期待できそうだ」

清がメガネの位置を戻しながら言う。そもそも点数の基準が謎だが。

「いっくぜえぇぇぇぇぇぇぇッ!」

間も無く踏切板に差し掛かる。純一は減速することなく木製の板へ、これはヤバイかもしれん。と、思ってると。

「コラァァ!何してんだ!!」

「やべっ!?」

純一が思わず仰け反る。するとその仰け反った体が後ろに倒れ、そして言うまでも無く転んだ。

それはまさに昭和でいうズコーッって奴だ。綺麗に転け、背中から落ちる。嗚呼、何とも痛ましい。

それから数秒して純一は顔を真っ赤にして上がってきた。因みに同時に現れたおじさんの顔も真っ赤だ。

その後、純一がこっ酷く怒られたのは言うまでもない。

 

 

 

「お次はスライダー対決よ!」

ウォータースライダーをバックに葵が高らかに言い放つ。

このフジミサマーランドのウォータスライダーは田舎の特性を十分に生かした。即ち、山の斜面に沿って作られた荒々しいというかワイルドなウォータスライダーだ。

難点としては滑るために山に設けられた階段を素足で歩いていかねばならないという事であろうか。

まず最初に葵が滑る。最初にあった説明の通り彼女の記録を下回った瞬間アウトだ。つまりすべては今日の彼女のコンディションに掛かっている。

「行くわよ」

白く塗装された古い手すりに掴まった葵が言う。ゴクリ、と僕と純一が同時に息を飲んだのが分かった。

そして葵は水の流れへ飛び出す。その無駄のない動きは着水する飛魚のように、美しく滑り込む。

スタートからゴールに掛かる時間は平均的には10秒そこら。その記録は清の持っている小型のパソコンとそれに繋がれたストップウォッチが物語っている。

因みに清は着替えている間にパソコンを防水、防塵、耐衝撃の高そうな無骨な奴に変えている。全く、その金はどこから出ているんだ。

とかなんとかしている内に葵はゴール地点の浅いプールに到着している。

僕らは食入いるようにパソコンの画面をのぞき込む。

「7.35」

清は下の葵に向かって叫ぶ。

「あっちゃー、今日は調子悪いわね」

いや、結構な記録だよ。平均から2秒以上減っているだけでも大したものだ。だが僕らはそれを超えなければならない、確実に。

失敗すれば純一曰く『葵の愛の篭った右ストレート』がプレゼントされる。

「じゃーあ、大樹からねー!」

大声を上げ、手を振りながら叫ぶ。その笑顔が実に憎らしい。

まあ、仕方ない。僕は手すりに手を掛け、考える。無論速く滑る方法について。

滑るってことはそれだけ重量があれば早くなるんじゃないか?じゃあどうやって重量を…

そして僕はひらめく。

 

 

「よし、立って滑ろう。」

 

 

そして僕は立ったまま手すりから手を離し、滑り始めた。

さっきのおじさんとは違って気弱そうなバイトの青年が「ちょっとちょっと!」と言っているがもう止められない。

急カーブ。いつもは滑って行くが今日は違う。今日の僕は波に乗っているのだ。

体重をずらし、カーブする。流石にこのカーブには歓声が上がった。

波に乗るように、サーフィンの如く…

 

そして僕は見事に最後の最後で足を引っ掛け、顔からダイブした。底に当たった鼻がズキズキと痛む。

僕は上の清を見やる。これで7.35以上だったら泣くしかない。

プールに入っているというのに汗が伝っていくのが分かった。

頼む、葵の記録を超えていてくれ…

 

「7.23」

コンマの差だった。立ったまま滑る作戦が功を奏したのかは謎だが結果が全てだ。僕は誇らしげに腕を組んで葵の方を見てニヤリと笑った。

 

 

次は清だ。例えバカな純一でも葵には一筋縄では勝てないということは分かっている筈だ。

じっと、純一を見守る。純一には負けて欲しいが、それと同時に親友としての期待感というかある種の同情のような物があった。

「あの構えは!?」

葵の目付きが変わる。僕はそれを聞いてもっとよく純一のほうを見る。

手すりの持ちかたがおかしい。普通は前に手を出して持つはずが純一は手を後ろに、体を突き出す形で手すりを持っている。正直監視員のお兄さんも困惑している。

「はっはっは、みせてやるよ。秘奥義ってやつをな!」

そして、手すりから手を離した。

体はそのまま前に倒れ、スライダーの水を腹で受け止める形になる。

「嘘…純一の奴わたしでさえマスター出来なかったペンギンスライディングを!?」

葵が妙な所でテンションが上がり又、純一の高笑いがプール全体に響く。

あっという間に純一はゴールし、その日に焼けた肌を僕らに見せる。

「…っと、清!タイムはー?」

階段を降り、キーボードを叩きながら清は言う。

 

「6.89、新記録だ」

 

純一は大きくガッツポーズをとり、葵がその場に落胆する。僕もボケっとはしていられない、この後5km泳がねばならないのだから。

そしてそこで勝たねば純一曰く『葵の愛の篭った右ストレート』がプレゼントされる。

僕は妙な決心を胸に、入口付近にある競泳用プールに視線を動かした。いや、その前に別のものに視線を奪われた。

「お客さん、待ってくださいよ」

黒いスーツの男とアロハシャツの男。着替えもせずに入ってきた男が監視員のおじさんに道を阻まれている。

だがそれもすぐ終わり、監視員のおじさんは蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。

僕はあの男たちを知っている。そして葵達も知っている。

男二人は僕らのいるスライダーの方へ歩いてくる。まさか僕らに用があるのか?

そして、男は僕らの前で足を止め、ポケットから何かを取り出す。黒っぽい、財布のようなもの。男はそれをパカッと開いて僕らに見せる。

金色の桜の代紋が描かれている。

「警視庁の亜久と、拳隆だ。少し話がある」

男は警察手帳を見せ、そう言い放った。

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現時刻より2時間前

 

ホイッスルブロワー名乗る人物から電話が掛かってきた。彼は俺たちが事件の本質を理解できていないと言い、そして通話を切った。

それが何を意味するかは東京に残っている大辺と課長が調べている。

つまり俺達は連絡が車ではこの街で小さな事件を片っ端から当たっていくということだ。

俺と拳隆はホテルから出ると駐車場のZ4に乗り込む。熱帯夜の中、そして朝の日差しをあびた車内は想像を絶する暑さだった。

さっさとエンジンをスタートさせ、クーラーのスイッチを入れる。ハードトップを開けて所謂オープンカーにするのもアリだが正直この暑さは耐えれない。

エアコンの生み出す冷気が気持ちよかった。

拳隆が助手席に乗り込もうとするとポケットからオイルライターを取り出そうとする。

「拳隆、車内は禁煙だが」

「あー、そうだったな。」

そういうと拳隆はクソ暑い外にわざわざ出て、タバコを吸う。別に俺はタバコが嫌いな訳では無い、健康オタクってわけでもない。

よくある戦争映画とかだと軍人の多くがタバコを吸っているが俺はそのような趣味はない。害を成す物は必然的にいらないと判断しているだけだ。

拳隆が一服し終わって車に乗り込む。時刻はまだ8時ぐらい。

そして俺はアクセルを踏み込んだ。

 

そして俺達はまず一番近くの事件があった所。この町の魚屋に来ている。

なんでも交通事故があってその事故を起こし、入院中のやつが元生導会メンバーだったらしい。

そして俺達は事故現場であり、被害者である魚屋の店主のいるここに来たわけだ。

高田鮮魚店。店の看板には荒々しい筆文字でそう書いてあった。

俺はそれに何かがひっかかる。

「…では向こうがただ単にブレーキとアクセルを間違えただけだと?」

「あー、そうだ。別に故意だとかそんな気はしなかったぜ」

気前の良いハチマキをした50ぐらいの男性。如何にも魚屋という出で立ちだ。

「では…」

やはり俺は気にかかる。何かが引っかかるのだ。

「高田さん、あなたに子供さんは?」

高田純一。俺はそれに引っかかっていた。はっきり言って可能性は低いが。

「あー、倅は純一って言ってな」

「ほうほう、んで高田さん、息子さんはどちらか分かりますかねー?」

拳隆が察したのか俺よりも先に質問した。

「ああ、確か今フジミサマーランドっちゅうプールに友だちと行ってるよ、確か純一は…」

「ご協力感謝します」

俺は話を半ば強引に打ち切って車の方へ戻る。思わぬ収穫があった、これで事件もようやく進展する。

すると俺の携帯が鳴り出す。大辺からだ。

「子供たちの居場所が分かったわ、場所は…」

「フジミサマーランド」

Z4のドアに寄りかかりながら俺は答えた。日差しを受けた黒いドアは衣服越しにも十分に熱が伝わる。

「どこでそれ知ったのよ…まあいいわ、場所を車の方へ送っとくから」

「助かる、では又連絡があったら」

そういって俺は通話を切る。

「誰からだ?」

「大辺から」

俺はドアを開き、運転席に座る。少し開けていただけなのに車内は熱くなっていた。これだから夏はあまり好ましくない。

俺はエンジンをスタートさせ、エアコンがついたのを確認するとアクセルを踏み込んだ。

-9ページ-

「その…話というのは…」

あの後亜久さんと拳隆さんは立って話すのもアレだと言ってプールサイドにある小さな飲食店の一室に僕らを座らせた。

「ああ、先日君たちと山で遭遇したのは覚えているだろう?」

「はい、ラジコンの…」

あまり深くは詮索されたくは無かった。相手が警察なら尚更。

僕は副署長である父の資料を非合法にコピーをとったのだから。そしてその事件に関わろうとして貴方達と出くわしたなんて口が裂けても言えない。

「では、君たちは昨今この街で何が起きているか知っているか?」

「何かってなんですか?」

清が答える。正直言って亜久さん達の質問は曖昧だ。この人たちは本当に警察なのだろうか。映画の見すぎだとか言われてしまいそうだがそう思えてならない。

すると亜久さんは頭を抑えて何かを考え込む。この人たちは何故ここに来たのだろう。警視庁の刑事がわざわざ来るということは何か大きな事件が起きているということだろうか?

いや、だとしたら父さんの帰りがいつも通りではないはずだ。じゃああの人たちは何なんだ。

すると今まで黙っていた拳隆さんが売店で買ったもつ煮を片手にこちらを向く。

「あー、何かってのはなぁ…」

パクリと蒟蒻を口に入れる。

「君たち、生導会って知ってるか?」

「おい、」

途端、亜久さんの顔が険しくなる。組んでいた腕に力が入り始めるのが僕から見てもよくわかる。

「いいだろう?さあ、教えてくれ。君たちの知ってることをさ」

机にもつ煮のカップを置くと両手を机に当てて言う。

「私は子供を殺めるのはお断りだぞ」

亜久さんは怖いことをポロッと言いながらトントントンと貧乏ゆすりをしている。

「その…何も知りません…何なんですか貴方達は?」

口を開いたのは葵だった。葵はこういう胡散臭いことは好きじゃないので恐らく嫌気が指したのだろう。

「…知ってますよ」

口を割ったのは意外にも清だった。

「おい、清!」

純一が止めさせようとするももう遅い。

「生導会。オウムの再来と言われる革命を謳う信仰宗教。違いますか?」

「その通りだ」

貧乏ゆすりを止め、亜久さんは質問に答える。

「では貴方達は…『ハウンドドッグ』ですか」

途端、二人が驚いたような顔をする。それから少しして亜久さんは頭を抱えて何かをしゃべっている。

「亜久 聖さん、僕らは生導会に関する独自の情報を持っています。交渉と行きませんか?」

清の目は座っていた。そして警察にバレたらとオドオドしていた僕らと違ってその警察に交渉まで申し込んだ。

「いいだろう、問題はその情報の内容だが」

「藤見署にあった生導会の居所に関する資料。これでどうです?」

すると亜久さんは一瞬深く考え込むような顔をした後、交渉を快諾した。

 

ハウンドドッグ。彼の口からその言葉が出た途端、俺と拳隆の顔は一瞬強ばった。

機密組織が中学生に何故バレているのか。ただの聞き間違いなのだろうか。あらゆる可能性を疑い、あらゆるパターンを考慮した。

「いいだろう、問題はその情報の内容だが」

俺の回答は間違っていなかったと思う。

それは彼らの持っていた資料を見てしまえば一目瞭然だ。

大樹君が一旦更衣室に戻って持ってきた薄っぺらなクリアファイル。その中の資料の価値は薄っぺらくは無かった。

かろうじて理解出来るかできないかのレベルで書かれた日本語。事件との関連性を示唆するような記述。どれをとっても本件の関係の無い物とは言えない。

「では、条件にしたがって話してもらいますよ。」

メガネの少年。杉田清が俺に言う。

そう、交渉の条件とは俺たちが追ってる事件について教えろという物だった。無論、その条件に乗るわけには行かない。

「分かった、俺たちが追っている事件について話そう」

俺は嘘をつくのだ。拳隆は居心地が悪いのか一人で席に付き、モツ煮を頬張っている。

「俺たちが追っているのは生導会ではない、生導会は実態のない組織だ。俺たちが追っているのは政府に生導会という実体のない組織の名をちらつかせ、違法を行なっていた議員を確保すること。そしてその議員がここに隠れているというわけだ。」

在り来りな嘘。彼がハウンドドッグについて名前だけしか知らないという事はないだろうしこういった在り来たりな内容を話した方が後々面倒にはならない。

それよりも俺は目先にある暗号文が気になっていた。恐らく置換法か何かを利用したものだと思われる。俺は解読は出来ないが大辺なら確か出来たはずである。俺は事件の解決を急いでいたのだ。

清君は納得したのか俺に質問をしてこない。

俺は一旦ではあるが落ち着いた、だがそこに俺の携帯の着信音が響く。大辺から、実にいいタイミングで。

「大辺か、今どこにいる?頼みたいことが」

すると携帯からは大音量で雑音が流れ出す。大辺は何か叫んでいるようだがまったくもって聞こえやしない。

「大辺!今どこだ!」

俺も焦りのせいか叫ぶ。そばにいた大樹君たちを驚かせてしまったがそれよりも速く解読をしてもらわねばならない。

「今、藤見市上空!もうすぐ着くわ!」

「着くってお前まさか!?」

俺は空を見上げる。憎らしいほどの晴天、青空。その中に現れる黒い点。それは段々と大きくなり、プールサイドの大きな広場へと着陸する。

黒塗りのAS332。その中から案の定、大辺が降りてきた。

 

「なんでわざわざ連絡も無しに?」

「あら、メール送ったはずだけど?」

言われて携帯を見ると受信ボックスに一件の新着メールがあった。大樹君たちと話している内に忘れていたのだ。

「だがお前は本部でサポートだと」

そういうと大辺は俺の方を見てため息を着く。その後何回か目をこすった後、話を再開する。

「アンタって素直じゃないわねぇ。課長に言われたのよ、そろそろ私の出番だって。その暗号文、私がいなくちゃ解読出来ないでしょ」

なんというか丁度良いというか。だがこれで一々スキャナーを使って送る手間は省ける。

俺は先程手渡された暗号文を大辺に渡す。

「…ふーん、随分古い置換法ね…」

「解けそうか?」

「当たり前でしょ?私に任せてアンタは現場に行くの。」

そう言うと俺をヘリの方へと促す。俺は一応腰の辺りのホルスターを触って銃を確認しながらヘリへと歩みよる。

一歩、一歩。そのたびに汗が流れていくのが分かる。やはりスーツは失敗だったか。

続いてもつ煮を食べていた拳隆が急いでカップを店主のおばちゃんに返し、早足でヘリえと向かう。

そして俺がヘリのタラップに足を踏みかけた。

「待ってください!」

後ろから声がする。

少年が俺に向かって叫んでいるんだ。

「僕も…僕たちも協力させてくれませんか?」

汗を滲ませながら彼は言っている。

「あのね佐藤君、これは君たちが関わっていいことじゃないの。」

大辺が説得する。拳隆はやれやれと頭をなで下ろしている。

「…関わるな」

俺は彼の元へと歩く。相棒を、銃を引き抜きながら。

そして彼に突きつける。

「いいか、君たちは口封じをされても良いところまで踏み込んでいる。あんまり舐めた事を言うな」

吐き捨てるように、見下すように俺は言ってのけた。

 

-10ページ-

「亜久、やっぱりあの子達にきつく当たりすぎじゃねぇか?」

そう言われても仕方ない。俺はそう言われて当然のことをしたのだから。

「子供相手に銃突きつけるなんて、お前らしくないぜ?」

「わかってる」

俺は銃を触りながら窓を見た。ヘリから眺めるのどかな田園風景はとても美しかった。

まるで無限に広がっていくかのような山々が俺を吸い込んでいくかのように。

「なあ、所でどこへ向かってんのよ」

「どこって…場所以外私分からないわよ」

「はい?どういうことだよ大辺ちゃん」

「どういうことって…」

「上が用意したってことだろ」

俺は窓から景色を眺めたまま答える。視線はずらさない、ただ外を見ている。

「そういうことよ、機材はあるらしいからそこで私はアンタ達のサポート。で、アンタ達が捜査に」

「了解した」

あの文が解読できればある程度目星は付くだろう。だが気にかかることは山ほどある。

彼らが何故この文書を持っていたのか。バックについていた組織とはなんなのか。

仮にこの文書が本物で事件を解決に導いたとしても彼等が何故持っていたかという疑問が浮上する。

「…なあ、大辺」

「なにー?」

ヘリのローター音のせいか大辺は叫ぶように話す。

「あの子供たちの中に身内に怪しい繋がりがあったりする家庭はなかったか」

「怪しい…ねぇ…」

大部はレバーを持ったまま考え込む。

「やっぱあの文書のことか?」

「ああ、なぜ彼が持っていたかがわからん」

「だよな…」

拳隆は苦笑いをしてごまかす。まあ、俺でさえわからんのだし仕方あるまい。

「…あーそうそう、確か藤見警察署副署長の息子さんがいたわ」

「藤見署副署長って…あん時あったオジサンか?」

「いや、だとしたら警察の機密文書を彼らが盗んだと考えられるが…」

だが、俺達は事件に関するファイルを全て要求した。それでこの文書が警察の物だったとしたら軽く職を炙られるだろう。

だが、今現在この文書とつながりがあるのは警察のみ。

「…この事件思ったより裏がありそうだ」

俺は途方に暮れながらも頭を抑え、外を眺めた。

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『いいか、君たちは口封じをされても良いところまで踏み込んでいる。あんまり舐めた事を言うな』

確かに、僕らは知ってはいけない事を知ろうとしていたんだと思う。好奇心によるものにしてはあまりにも危険な、僕たちが立ち入ってはならないもの。ひと夏の思い出が何だとか正直そんなものはどうでもよくなっていた。

足が震え、座り込む。腰が引けて立つことも出来ない。

「おいダイキあんなの偽物に決まってんだろ?」

純一が僕を励まそうとする。でも、そんな事を言われても困る。

「いや、あれは本物だ。エアガンやモデルガンはマニュアルセーフティを絶対に付けなければならないが、あの銃はもともとマニュアルセーフティは無くトリガーセーフティのみ。そしてあの人の銃にはマニュアルセーフティが無かった」

「えーっと、専門的な事はよくわからないけど取り敢えず本物を突きつけたってこと」

葵が清に問う。清はその通りだと言って椅子に腰掛けた。

「にしても妙だな…」

「妙って何がよ?」

「いや、確証はないんだが」

清は机の上のおにぎりを頬張り、お茶を飲むと話しを再開する。

「生導会って組織は一年前にドバイでリーダーが殺された筈なんだ」

「殺されたとかドバイとか日本からしちゃ掛け離れた話だな」

僕はこのときようやく震えが収まりだし、普通にしゃべれるようになった。でもまだ腰は引けたまま、立つことは出来ない。全く、事件を解決するとか言ってた奴がこんな弱虫なのかよ。

「そうでもないぞ?」

清はひょうひょうとして答える。

「その生導会と争ってたのが政府の秘密組織、『ハウンドドッグ』て話し。まあ、ソースもしっかりしないネットの情報だけどな」

「ねぇ、そのハウンドドッグって…」

「ああ、さっきの人たちだな」

そこで僕は理解した。この街で起きてる事件は違法行為をした政治家がいるとかそういうことじゃない。そもそも秘密組織が組織の事はおろか任務の内容まで教えるハズなんてないと。

「ねえ清、僕わかったよ。この事件、全部ハッタリだよ」

「はっ?おい佐藤、何が分かったんだ」

「簡単さ、彼らはハウンドドッグでも何でもない。それどころかハウンドドッグなんて実際はない都市伝説なんだよ。そして彼等の正体は警察でもなんでもない、犯罪者だ。そして彼らは何か秘密、父さんの持ってた資料を警察に握られた。そして彼等は僕の持つ資料をコピーと知らず奪い返すため、都市伝説を使って接近した。違うか?」

「…無くは無いな話だが、問題はだからどうするか、だ」

「決まってるだろ。」

僕は震えを必死に抑えて立ち上がる。

「彼らを追っかける。HSH、活動再開。」

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「いい、私が暗号を解読し終わったら連絡するからそれまでは今まで潜伏していたと思われてる山に行って。いいわね」

了解だ、と俺は答えロープを手にする。時間は丁度2時ぐらいで一番熱い時間帯だ。微妙に西に傾いた日の光が眩しい。

「行くぞ、」

そう言って俺はロープを持ったままヘリから降りる。激しい風が俺を吹き飛ばすかのように通り過ぎてゆく。

大体10秒そこらで地上まで降下し、ロープから降りる。次に拳隆が降りる。

俺はその間に携帯で地図を確認、位置を把握する。ここからそんなに遠いわけでは無いが一応相手にヘリの事を知られないためにも目的地より遠目に降下している。これから何キロか歩くことになるということだ。

俺はG33をホルスターから抜くと左手で首元をつかみ、ネクタイを緩める。これならばコンバットスーツでも着る方が頭が良かったかと少し後悔する。

その間に拳隆は既に地上に降りていた。

「では、移動するぞ」

そして俺達は山の中の草の生い茂る道を歩きだした。

 

何分歩いただろうか。ようやくお目当ての潜伏場所を見ることが出来た。白い、少し嫌な雰囲気の漂う民宿。どうやらここの周りの人々からは有名な心霊スポットとして知られており、つい最近もここで死体が発見されたとかで死んだ人間の怨念が篭ってるとか言うらしい。まあ俺にいわせればそんな物はたわいもない噂で根拠も無い作り話に過ぎない。

「…なあ亜久」

「なんだ?」

俺は拳隆の方を向く。いや、その前に少々心当たりはあった。

「なあ、あれってもしかして…」

拳隆の指さした先。民宿の入口、そこにいる人影と何か黒い影。隠れろ、と俺は言い茂みに身を隠す。ファイバースコープを取り出してゆっくりと人影に向かい、ズームさせていく。

何か黒い長細い袋にくるまったような物とそれを持つ二人の男性。俺はその顔に何か見覚えがあった。どこかであったような気がしたのだ。

「…待て、あれはCIROの連中じゃないか」

CIRO

サイロ

Cabinet Intelligence and Research Officeとは内閣情報調査室。つまるところ内調と呼ばれる所謂政府のスパイ機関である。

俺たちハウンドドッグにとってはあまり好ましい組織ではない。彼らにとって俺達は調査の対象で国家の反逆者だとかなんだかで潜入調査などを行なっおり、一年前の生導会の一件も彼らが一枚噛んでいたと聞いている。そのCIROが何故こんな田舎街に。やはりこの事件の本質を俺達は未だに理解できていないという事か。

するとマナーモードになっていた携帯が震え出す。画面には非通知と書いてあり嫌な予感というか気持ち悪さを感じた。

「…もしもし?」

「やあ、どうやらそろそろ分かってきたみたいだね」

男の声は今回もボイスチェンジャーを使っているようでよく分からない。俺はジェスチャーで拳隆に大辺に逆探知をさせるよう連絡しろと伝える。果たしてそれが伝わったかどうかとして彼が今度は何を言い出すかだ。

「君たちに暗号はわたっているだろう?」

「ああ、今解読中だ」

「思ったより遅いね」

男は笑いながらそう言い放つ。

「いいか、君たちはこの事件の本質を掴み掛けている。解決するためにはもう少し努力が必要だ」

「待て、お前は一体…」

そこで通話は切れた。今回も奴は自分の事は何とも言わず、勝手に通話を切ったのだ。

「拳隆、逆探知は?」

通じていたかよくわからんが俺は一応聞いてみる。

「いや、どうやら奴さん相当の手練らしいぜ」

「どういう事だ?」

「通話の電波信号が警察や軍隊の取り入れている暗号通信に似ていて全く解析が出来なかったとさ。こりゃ本当にやばそうだな」

「…そうだな」

俺はもう一度民宿を見やる。そこにはもうCIROの連中の姿はない。

「仕方ない、取り敢えずあそこに行ってみようか」

俺は携帯をしまうともう一度歩きだした。

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民宿の中は異様な臭いで充満していた。でもそれは初めて嗅いだ臭いではない、俺達みたいな人間にとっては何回も嗅いだ香りだ。

腐乱臭。民宿は腐った臭いで満たされていた。しかもそれは入口から既に臭っている。何人もの老人の死体が転がっているのだ。辛うじて黒い袋に入っていることにより臭いは少しだけ抑えられてはいるがそれでも臭いは強烈で俺の鼻腔を劈くような臭さだ。

そしてこの袋、どう考えても先程ここにいたCIROの連中が持っていた物としか思えない。元々この事件は政府からの依頼で俺たちハウンドドッグが捜査しているものだ。それなのに何故、政府方のCIROがこの件に関わっている?

「拳隆、死体のDNAサンプルを採っておけ。これでCIROとの関係性が分かれば何か事件が進展するかもしれない。」

「あいよ、」

少し嫌な感じの受け答えをしながらも拳隆はしゃがみこみ、ポケットから小さな透明の袋を取り出した。そして死体の前で一回てを合わせると黒い袋のジッパーを開き、死体の顔を出させる。

やはり臭いは強烈で死後何日かとか専門的なことは分からないが取り敢えずかなり腐敗は進み、慣れた俺でも思わず鼻を抑えるような臭いだった。

「ごめんな婆さん、仕事だから許してくれ」

そう言って拳隆は老婆の死体から毛髪と皮膚の採取、そして念のため指紋の採取も行なっておいた。こういう場合血液サンプルが取れれば良いのではと思うかもしれないがどれも腐敗の進んだ死体ばかりで血もしっかり採れるかどうかも分からないのだ。そのため毛髪と皮膚を採取した訳だ。

「さて、あとは鑑識し調べて貰えばいいが、」

無論、そんな鑑識に送り、結果を待つ。なんて余裕はない。事件はもうかなり深い所まで進んでいると俺の勘は訴えている。CIROまで出てきたら何かあるとしか考えられない。

すると又、電話が鳴る。今度は非通知ではなく大辺からだ。

「どうした、解読できたか」

「ええ、その通りよ、落ち着いて聞いて頂戴」

俺は左手で持った携帯を一旦耳から離し、右手のG33をホルスターに仕舞う。そして聞き手の右に携帯を持ち直し俺は大辺に続きを話すように促す。

「いい、アンタ達のいる所は隠れ家でもなんでもない、只の民宿よ」

「待て大辺、只の民宿に老人の死体が転がっているか?」

「えっ、死体?」

その様子から察するにどうも暗号にはこのことが記載されていなかったらしい。

「まず私の話からね。実はその山の反対側に大きな洋館がある、そこがどうやら潜伏場所らしいわ。」

「そうか、じゃあそこに」

「待って、」

珍しく大辺が大きな声を上げる。

「問題はそこじゃないの、その次の文。『生導会残党ハ実在スル組織デハ無イ』そう書いてあるの」

「どういうことだ、彼らはバックに大きな組織との繋がりがあり、未だに政府転覆を狙っていたんじゃ…」

「私も分からないわ、ここに書いてあるのは場所とさっきの言葉だけ。それ以外は全部ダミーだわ。じゃあそっちはどうだったの?」

「ああ、先程CIROがこの民宿に死体を廃棄する瞬間を目撃した」

「内調が?」

「そうだ、もしかしたら俺達は本当にこの事件の本質を全く理解できていないのかもしれない」

-14ページ-

「でもダイキ、いったいどうやって追いかけんだよ?場所もわかんないしさ」

「まあ…そうだけどさ」

正直なところ思いつきというか衝動に駆られたというかあんな大胆な推理をして行動に移すなんて馬鹿馬鹿しいことをやってのけるのは普通の人間じゃやるようなことはない。それに僕らは二回もあの人たちに関わるなと忠告されている。それを無視する事はおろかそれを否定してまでやる価値はあるのか。正直疑わしい。でも僕は今自分がやりたいことはきっと勉強や遊びよりもこういうことなんだと直感的に思えた。

「まあ落ち着け、そういうと思ってこんな物を仕掛けておいた」

清はノートパソコンから何か画面を見せる。そこに映っていたのは藤見市の地図、そしてそこに映し出される赤い点。

「まさか清…」

「ああ、そのまさかさ。発振器をヘリコプターにこっそり付けておいた、これなら連中を追えるだろ?」

「ナイスだぜ、流石清!」

純一が清の肩を掴み、背中をバンバンと叩く。正直痛そうで見てるこっちも背中が痛くなってきた。

「ねえ、でもさ」

葵あ口を開く。

「なんだよ、今更おじけづいたのかよ?」

純一が煽るように言う。

「いや、そうじゃなくってさ。例え位置が分かっても向こうはヘリで移動、こっちはさしずめチャリンコよね?」

一瞬、空気が静まり返る。鳥のさえずりとミンミンゼミの鳴き声だけが響きわたる。

それから約5秒、僕と純一、清の3人は一斉に大きなため息をつく。その音はまわりのセミにも負けてなかったと思う。

「なっ、何よこの私が悪いこと言ったみたいなムード?私は真実を言っただけじゃない?」

「…葵、空気読めよ」

純一がジト目で葵を見つめる。僕もそんな目をしていたんでと思う。

「空気嫁」

清だけ発音のニュアンスが違った気がするがそこは敢えてスルーとしておこう。

「あー、もういいぜ。この高田純一さまに掛かればヘリコプターごときチャリンコで抜かしてやらあ!」

そして純一が吹っ切れる。なんというかさっきまであんな暗かったのが嘘のようだ。

「じゃあ清、今あの人たちはどこにいるの?」

「ああ、待ってくれ」

清はさっきの純一の吹っ切れっぷりへの笑いを必死で堪えながらキーボードを叩き始める。

「多分ここだから予想進路は…」

カタッとEnterキーを叩くと赤い点の先から点線が伸び始める。これには流石に皆「おおっ」という声があがった。

「なあ葵、この辺って何かあったっけ?」

僕は清のパソコンの画面を指さしながら言う。

「えっとぉ…そうだ、昔ちっちゃい頃雨宿りした大きなお屋敷がなかった?」

そう言われてぼくは思いだす。小学生のときもみんなでこうして山へ行ったこと。そしてその日の夕方、所謂ゲリラ豪雨ってやつに引っかかって家に帰れない時に雨宿りをした大きな家のことを。でも僕はそこまで思い出しても何か大切な事が思い出せなくてならない気がした。とりあえずその違和感はただの勘違いと僕は本能を否定した。

「じゃあ僕らHSHはその山の突撃でいい?」

「いいぜ、純一様の本気を見せてやる」

そう言って力こぶを作ってみせる純一はなんだか頼もしかった。

「OK、それじゃ着替えていつもどおり部室に集合でいい?」

「待て、この場合進路は田んぼから行った方が早い。時間を短縮するなら着替えて自転車を持ってきたら佐藤の家に集合するのがベストだ」

「わかった、じゃあ自転車持って僕の家に集合。」

そうして皆は深く頷く。

「よし、では改めて…HSH活動再開!」

 

暑い。いや、暑いを通り越して熱い。炎天下37度越えの熱地獄。こんな日に雲ひとつない青空とか真剣にやめて欲しい。

僕らHSHは僕の家の前で自転車を持って集合した。僕と純一は普通のママチャリにも関わらず葵と清はなんだか高そうなマウンテンバイクを持ってきていて相変わらず何処にそんなものを買う金があるのかと思ってしまう。そして僕たちは山に向かってペダルを漕ぎ出したのだ。

でもそのペダルを漕ぐ足が段々と弱くなっていくのが僕には明白にわかった。この炎天下と上り坂は殺人的な暑さを生み出す。清と葵は自転車の性能か僕よりは涼しい顔をしていた。純一は如何にも気合で乗り越えてると言わんばかりの形相で一々こぐたびに「ふんっ、ふんっ」と言う声が聴こえる。

ひたすらに円になっている坂道を走り続ける。山だから仕方がないが如何せんこれはどうにもキツイ、もう意識が朦朧とする。

「大樹ぃ…大丈夫?」

葵がマウンテンバイクを僕のママチャリ並走させながら言う。

「まだ行けるとは思うけど…ちょっときついかな」

いや、もはやちょっとなんてれべるじゃない。今にも僕は倒れそうな勢いでペダルをこいでいたと思う。

「その、よかったら飲んで」

葵が僕に何かを手渡す。それはスポーツ選手とかがよく使ってる水筒だった。こういうのを持ってくるあたり用意周到だなと思い、発案者の僕が何も持ってこないあたり少し残念な気持ちになる。

僕は小さく礼をすると本能的に水筒を口に近づけ、一気に飲んだ。結構な量飲んでしまったのではないだろうか。確かに喉も潤ったけどこれはちょっと葵に失礼かなと思いおそるおそる水筒を手渡した。

でも葵の反応は僕と相反して頬を赤らめて恥ずかしそうに受け取っていた。僕はなんでそんな反応をしたのか全く理由がつかめないが取り敢えず怒られなかったのでホッとした。

 

 

さて、問題はここからだ。洋館へと続く道は山の中腹にある。とは言っても結構な距離登るのだが。そして問題というのはこの草木の生い茂る道をどう進めば目的の洋館にたどり着くかということだ。

先程の炎天下、アスファルトの放射する熱の篭った道路と比べたら林の中はとっても涼しい。それはクーラーの効いた部屋と効いていない部屋の差ぐらい。といったらオーバーかもしれないけどそれぐらいに思えた。

僕らは林の入口で立ち止まっていた。どっちに行けばいいかわからないからだ。なので清に某会社の衛星写真やらを駆使して道を探してみているわけだがそれが結構難航している。もうあの人たちも着いていてもいいという時間だ。

そこで僕は過去の記憶を思い出す。昔ここで遊んだ記憶を。清以外の皆は必死で思い出し、清は必死で道を探す。正直もうちょっと用意周到にやってればよかったと後悔する。

あの岩、ひょろ長い木、大きな朽木。どれも見覚えはある。なのに思い出せない。あの時僕らはどうしていたんだろう、必死に思い出す。

洋館、雨宿り、老人…

「…そうだ!」

僕は思い出した。全てを、あの時あったことを

「清、もういいよ。道を思い出した。皆こっちだ」

そういって僕は誰もいないような獣道を歩きだした。

-15ページ-

途端、僕らに戦慄が走った。理由は目に見えている、追ってだ。スーツを着た怪しげな男が何人か僕たちに向かって大声を発している。彼らが何と言っているのか僕には分からない、逃げるのに夢中なのだ。

「おいダイキ、こりゃ本格的に不味いんじゃないか?」

追ってとの距離は段々と縮まっている、大人と子供じゃ体力的のも身長的にも勝てるハズはない。依然、男たちは僕らを執拗に追っている。無理もない、僕らはわざわざ二度も忠告してくれたにも関わらずそれを否定してまでここにいる。もう捕まってもいいような覚悟は出来ていると言えば嘘になるかもしれないけど好奇心が。いや、正義感が僕らを駆り立てるのだ。

「ダイキ、お前は先にいけ」

「えっ?」

僕は思わず速度を緩める。純一が足を止めたのだ。

「純一!早くしないと!」

「いい、俺をあまりナメんなよダイキ。すぐ追いつくさ」

そう言って純一は後ろを振り返る。そこには何人もの黒服の男。どれも僕らを追ってきている。

純一との距離が段々と離れていく。まるで電車から景色を眺めているかのように。サァッと風景は過ぎ去る。

「全く」

すると又、誰かが足を止める。大きなリュックを地面に降ろすメガネの少年。

「清ッ!お前まで何を、早くしないと!」

「ははっ、素手で大人に立ち向かうバカを放っておけるほど俺は鬼畜じゃないんだ」

そういうと清は鞄の中から何かを取り出す、それが僕には小さくてよくわからなかったが声だけはしっかり聞き取れた。純一と、清のこえ、僕らに向けた声が。

「ダイキ、葵!お前の…いや、俺たちHSHの正義ってのを見せびらかしてこいッ!」

「佐藤、桐江。真実はお前たちと共にある。」

力強い言葉、僕の拳には自然に力が入ってくる。

「いくよ葵!」

そういうと僕は葵の小さな手を取り、再び走り始める。

「でも、二人が…」

「いいんだ、二人は大丈夫だ。」

確信は無かった。証拠も、何もかも。恐怖や恐れがないわけじゃない、二人が居なくなる恐怖はひしひしと感じている。でもここで行かないと僕はもっと大事な物を失ってしまう。そんな気がしてならなくて、怖くて、辛くて。気を紛らわすためかもしれない。そんな酷い理由かもしれない。けど僕はただただ葵の手をとり走った。

 

 

 

「随分用意が周到なことだ」

「それが俺のセールスポイントでね」

清が取り出した物、それは女性がよく防犯グッズとして購入するもの…という名目で売られているかなり無骨な銃の形をした催涙スプレー、そしてスタンガンだった。純一は一体そんなものどこで買ったんだと頭を掻く。でももうそんな暇はない。敵は目前なのだ。

「清、骨は拾って親に速達してやるよ」

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」

そういうと清はスタンガンを純一に手渡し、スプレーを構える。

相手が銃とかナイフとか、どう考えても勝てないような武器をもっている。それを否定する材料はない、それどころか実物を一度みせられている、正直無謀だ。でも無謀だと分かってても、無茶だと分かっててもただ突撃した。それは彼らにもある種の正義が行動へと駆り立てたのだろう。

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林が開けた途端、僕の耳にはある音が響いた。それは唐突に聞こえ始めた訳ではない、前から響いていたと思うが僕の耳に入っていなかったのだ。僕は逃げることに夢中で、純一と清が心配で、何より隣の葵が心配で周りなど見えていなかった、聞こえていなかった。そしてその音というのは僕らがハウンドドッグと呼ばれる人たちに再び会えた事を示していた。ヘリのローター音、僕は清ほど知識は無いからどんなヘリに乗って手かとかは分からない。色が同じ黒だったから、それだけの理由で僕は確信した。そしてその確信は現実となる。黒いスーツを着た男とアロハシャツを来た男、そしてスーツの女性。そして彼らも僕の存在に気づく。

「…俺は関わるなと忠告した筈だ。君に三度目の正直は通用しないのか?」

「二度あることは三度ある。そういうことですよ」

口上だけは勝った気がしていた。でも問題はここからだ。

「貴方達、本当にハウンドドッグなんですか?」

僕がそういうと亜久さんは黙ったまま僕を見る。冷徹に、心のない眼で。

「何がいいたい」

「僕は思ったんです、貴方達は本当は犯罪者でその暗号文を手に入れるために都市伝説をつかって僕らから奪った。ちがいますか?」

一瞬の沈黙。僕は生きた心地がしなかった。つい一時間前、僕に銃を突きつけた人に喧嘩を売ってるのだ僕は相当な命知らずだろう。すると亜久さんは僕の予想とは大きく違った反応をした。

「ほう、面白い推理だ。確かにそうも考えられるな」

僕は亜久さんが煽っているのかとでも思った。けどそれはどうやら違うようだ、ヘリの影で木に寄りかかった件拳隆さんが手を口に当てながらくすくすと必死に笑いをこらえている。

「あの…違うんですか?」

この時の僕は相当マヌケだったとおもう、味方の葵ですらちょっぴり苦笑いをしている。

「でも、僕の友達は貴方達の仲間に追われて…」

その途端、亜久さんと拳隆さんの表情が変わった。前にあった時よりもさらに緊張を持ったような顔に、

「待て、その追っ手はどんな格好をしていた」

「どんな格好って、あなたと同じスーツでした。仲間じゃないんですか?」

未だに僕はこの人に喧嘩を売っているがさっきの一件で少し緊張が緩み気味である。

「…やはりCIROか」

亜久さんはでこに手を当てて考え考える人のようなポーズになる、座ってはいないが。

「いいか、君たちは勘違いをしている」

「勘違い…勘違いって何ですか?」

「…いいのか、知ったら君たちは最後まで付き合うか、口を噤んだ人形になるか、もしくは二度と動かない人形になるかだ」

その言葉が何を意味するかはわかっていた。僕らは本当に踏み入れちゃいけない事をやっている、忠告を聞いていればこうはならなかったと。でもぼくは、それでも

「聞かせてください」

「…それは君たちの総意と解釈して構わんか?」

亜久さんは葵の方を向いて言う。すると葵はゆっくりと首を縦に振った。

「――いいだろう。まず君たちはハウンドドッグは都市伝説といったが此処に実在している。具体的な事は話せないが俺達は生導会と呼ばれる組織の残党を逮捕、もしくは殺害するためにここへ来た。そしてもう一つ、君たちを追っていたのはハウンドドッグではない。内閣情報調査室、内調、またはCIROと呼ばれる政府のスパイ組織だ。」

「じゃあ貴方達は…」

「そうだ、俺たちがハウンドドッグ。もう本当に戻れないぞ、いいんだな?」

僕と葵はもう一度深く頷く。

「――分かった、俺たちに付いてこい。友達を助けたいんだろ?」

僕は拳を強く握り頷いた。

「ではこちらも一つ聞かせて貰おうか」

すると亜久さんは組んでいた手を崩すと僕らの方へゆっくりと歩く。

「君はどこでこの事件を知り、どこであの文書を手に入れた?」

「それは…事件についてはよくわからなくって…文書は父の書斎で…」

僕がそう言うと亜久さんは頭を掻きながら「やはりか…」と呟く。

「では、君たちは生導会と関わりはないんだな?」

「ないというか、存在すら知らなくって」

「――そうか、それならいい」

そう言うと亜久さんは銃を引き抜いて道の方へ歩いていく。左手の手招きをするような動作は速く来いと言っていた。

 

 

あの時は僕は固く強い決意をしたつもりだったかいざとなると恐怖というのは高まっていくもので段々と近づいていく木々に隠れた洋館を見るたびに心臓の鼓動が早くなっていく事が分かった。

「どうした、怖気付いたか?」

まるで僕の心情を掴み取ったかのように亜久さんは言う。僕は葵と顔を見合わせ、一度頷くと大丈夫だと応えた。足の震えは止まらないけどこれが僕に出来る精一杯の気合、自分を騙して真実に近づこうとしていた。それに二人の切り開いた道を僕らが無駄にするなんて二人に失礼だ。

洋館が段々とその豪華な姿を現していく。緑あふれる自然と中世的な建造物はミスマッチに見えて意外にマッチしていてそれがさらに恐怖を駆り立てる。

僕はあそこにいったことがある。これは二人の為でもあり、自分に向き合う行為、自分の為でもある。

怖さは感じる、でも不思議と足は止まらない。好奇心が、正義感が僕を突き動かす。

「――二人とも下がれ。」

途端、亜久さんが低い声を出した。そして左手を差し出してそこにいろと促す。

「拳隆、お前は俺と来い。大辺はここで二人を見ていろ」

そういうと亜久さんと拳隆さんは銃を引き抜いて洋館の方へと歩いていく。

「やっぱり内調か…」

大辺さんがそう言いながら僕らを茂みの方へと連れていく。どうやらこの人も銃を持っているようで左手だけで僕らを押している。

「いい、絶対動かないでね。これ以上は命の保証はないわ」

軽々しく口にしたその重い言葉が僕の心へずっしりと沈み込む。

「ねぇ、大樹…」

葵の手が僕の手に触れる。僕はそれを黙って握り返した。

-17ページ-

「で、内調相手にどうすんのよ?」

「事情を無理やりにでも聞き出すしかあるまい」

俺は草むらを走っていた。目の前には何十のいう数の黒服の男。政府機関である内調を敵に回すのはいささか気が引けるが今はそんなことは構ってられなかった。急所さえ外せばなんとかなる。実に無理やりな考えだがそれなりの実績を上げてきたつもりだし、今になってようやく掴んだ尻尾を自ら離すなんて阿呆なことはしたくない。

G33のチャンバーには既に弾丸が装填されている。俺はいつでも目の前の男達を殺すことができる。

「拳隆、左側は任せた」

「おうよ!」

そういうと俺は足を右側にずらす。

「何だお前たち!?」

驚きの声を上げる男たち。でも俺はその問いに答える間も無く彼らの足に鉛を撃ち込んでいく。一人、また一人。走りながらなのでグルービングは最悪だが着実にCIROのエージェントは態勢を崩していく。

「拳隆!あといくつだ!?」

「もう終わる!」

叫び、走り、傷つける。その野蛮で、暴力的で、潜在的な物があっという間に行われる。既に敵は壊滅的だろう。所詮エージェントとはいえ平和な国のスパイ、特殊警官には敵わないという事だ。

「最後か――」

そう言って俺は逃げようとする最後の一人の太ももに銃弾をねじ込ませた。

 

洋館の前にある庭園には悲鳴が響きわたっていた。苦痛に悶え、苦しみそして叫び狂う男達の声に満たされていた。そんな中聞きなれた金属音が響く。ジャキッ、という金属の音。中のスライドを引いた音だ。俺はその音の方向に向けてG33を突き出す。案の定、銃を持った黒服の男がいた。

「…お前たち、ハウンドドッグか」

黒服の男が言う。サングラスに隠されたその目からは隠しきれないほどの殺意の詰まった視線を感じる。

「そうだ、本件は我々ハウンドドッグの管轄だ。内調が何故介入する」

「…なるほど、リークされたか」

「どういう意味だ?」

「お前達には関係ない、これは内閣総理大臣の決定だ。お前たちは大人しく汚い事件の処理でもしていろ」

男は吐き捨てるように言い、目線をリアサイトへと移す。

「では、そうさせて貰おうか。汚い事件の処理とやらを、」

そう言って俺は拳隆にアイコンタクトを取ると姿勢を屈めながら奴へと接近し、銃を片手にナイフを取り出す。相手の懐へと飛び込む。

「…おとなしくしろ」

バンッ、という音が響いた。でも俺は発泡していない、発砲したのは向こうだ。小さく煙を上げ、硝煙の香りを匂わせるその銃口が何よりの証拠だった。

俺が脇腹を見るとスーツには穴が開き、ワイシャツの奥まで侵入している事が分かる。

「タイミングを誤ったな、猟犬?」

「いや、そうでもない」

そう言って俺は脇腹を抑えた俺を見て勝利を確信した彼の肩に鉛を放った。それから一秒も無いうちに肩からの出血が始まり、手に力が入らなくなって銃を落とす。

「貴様、どうして…」

「悪いな、諜報機関と一緒にしないでくれ」

俺は上着を脱ぎ、ワイシャツのボタンを外していく。その隙間から見えていくのは黒い装甲のような光を放った服。

「防弾使用の特殊作戦用インナースーツだ。勝ち目の無い勝負などしない。」

そういうと俺と拳隆は彼の頭に銃を突きつける。

「答えろ。内閣は何を考えている?」

「ハッ、答えるとでも…」

バンッ!

答える前に足に一発。無論この程度で人間はくたばらないが拳隆は俺のやり方が気に食わないのか少し引きつった顔をしてみせる。

「わかった、話す。話すから撃つな!」

「ならば速く話せ」

簡潔に答え、銃をもう一度頭に突きつける。

「もう一度聞くぞ。内閣は何を考えている?」

「何って…革命だよ」

「革命?現政権が革命を望むのか?」

「そうだ、この事件には少々カラクリがあるんだ」

 

 

「そのカラクリってのは何だよ?」

拳隆がいつにもましてドスの効いた声で問う。先程の俺のやり方が気に食わなかったのだろう。何だかんだでコイツは正義感が強すぎる。それが彼の証書でもあり、短所でもある。

「衣笠はそもそも自分のやってきた事が長続きしないってことは分かっていたんだよ。お前たちみたいな組織が世間に露呈してみろ、内閣はあっという間に倒れる。不信任決議など必要無いほどにな」

「では、それがこの事件と何の関係がある?」

「知らないのか?衣笠は元々民政党議員だったってこと。とは言ってもまだまだ名のしれない新人の頃だったらしいがな、ある程度生導会との面識もあったらしい」

「…革命を起こすのは生導会か」

俺は分かりきった質問を問う。でもこれが確実ならば民生党が与党になったとしても生導会とコネがあるということは衣笠は裏から政治に関与出来るということとなる。

「そうだ、分かったんだろ?衣笠が何を考えているか。奴がどんな切れ者でもクソったれってことを」

「…では何故俺たちを狙った」

「簡単さ、俺たち内調が作戦を開始するよりもずっと前にお前たちの上司が何も知らない裁判所から令状もらってきたからだよ。総理はそれを良しとせず、お前たちが計画完遂まで邪魔をしないよう足止めをさせていた」

「でもそれは果たせなかった」

「そうだ。まあ、どのみち生導会も最早実体のない生き残りの老人たちの集まり。実権を持っているのは衣笠。これからは全て奴の一人芝居さ。民政党が与党になり、お飾りの総理を出し、裏から奴が権力を握る」

俺はため息を着く。今回の事件は一年前の一件から引き続き生導会を捜査する形で課長独断で決めたもの。総理はいくらでもそれを止める余地はあったはずだ。確かに怪しまれるかもしれないが俺達はあくまで『政府の犬』だ。

だとすれば彼らは俺たちを敢えて野放しにし、端から排除する気でいたのではないか。ではホイッスルブロワーとは誰だ。内調の人間か。しかしコイツはリークされたと言っていた。では誰が、

途端、俺の携帯が鳴る。俺は渋々銃を持ったまま左手で携帯を取り出す。画面には非通知、実にいいタイミングだ。

「ホイッスルブロワーか?」

「そうだ、そうやら事件の本質は理解きたようだな」

「ああ、だが生導会自体はもう実態の無い組織だ。俺たちが介入する意味はもうない」

俺がそう言うと彼はボイスチェンジされあ低い声でゆっくりとため息をつく。

「そうか、事件の本質は理解できてもお前たちの本来の役目は理解できてないか」

「何が言いたい、まさか衣笠の計画を止めろと?」

「その通りだ」

予想よりも早い回答に俺は少々驚くが平静を取り戻し、会話を続ける。

「確かに俺も出来るならやりたいが無理だろう。それにこの組織自体長くは無いと分かっていた」

「…それがお前の正義か」

「どういう事だ?」

「…洋館に入れ。大辺未来も、佐藤大樹と桐江葵も連れてな」

俺はその名が出た途端なにか引っかかったような気がした。彼、佐藤大樹の父はこの藤見市の警察署副署長。そしてこの事件は誰かがリークしている。そして二人の少年、高田純一と杉田清。

「…わかった、いいだろう」

そう言うと俺は耳から携帯を離し、それと同時に内調のエージェントの脇腹に一発鉛を食らわせた。

-18ページ-

僕と葵は茂みに隠れていた。心臓の鼓動の速さは今まで経験したことのない程の速さで脈打っている。それが恐怖によるものか、はたまた違う要因かはさておき茂みに居た僕らに途端、声が掛けられた。一瞬敵に見つかってしまったのかと思い方がビクンと跳ねたがそのあと直ぐに亜久さんだと分かったのでホッとして肩をなでおろした。

「二人とも付いてき欲しい」

それだけ言って亜久さんは振り返る。さっきまで来ていた黒いスーツは脱いでいて少しはだけたワイシャツを着ている。弾痕の残ったそのシャツや、ちょっと茂みを抜けた途端に聞こえ出す悲鳴が戦いの熾烈さを物語っている。僕らがついさっきまで皆で遊んでいたのがまるで幻想とでも思わせるような光景だ。

葵は思わず口に手を当てている。僕だってこの光景は恐怖を覚える。でも今は僕らを助けてくれた純一と清の為にもおじけづいてなんてられないと思った。だから僕はもう一度葵の手をギュッと握った。

 

連れてこられたのはやはりあの洋館。この玄関、廊下。やはり僕は一度ここに来ている。どのくらい前か、何歳ぐらいだったか、どの季節かさえ僕は覚えていない。ただ一つ覚ているのは…

「どうしたの大樹?」

僕は葵の手を見つめる。僕の手と絡み合っている葵の手を。

「別になんでもないよ」

僕はごまかして言う。でも本当は思い出していたんだ。あの時もこうやって葵と手を繋いでいて、それを純一と清が冷かしたりして葵が怒っちゃって…そして…

その途端、僕の目に懐かしい物が映った。白髪の老人がベッドに横たわる姿。このままでは普通は性別の判断は出来ないが僕ははっきりとあの人が『おばあちゃん』だと分かった。そしてもう一人、僕の知っている人物がいた。

「…やはり貴方がホイッスルブロワーでしたか」

亜久さんが小さく声を漏らす。その先には僕が一番良く知る人物が居た。そして僕の一番の仲間たちがいた。

「そうです、私がホイッスルブロワー。――いや、大樹の父。あなたたちには副署長と言うべきでしょうか」

「貴方が内調の情報を私たちにリークした」

亜久さんが父さんに近づきながら話す。父さんの手にはリボルバー銃、そして縛られて身動きの取れない純一と清。

「待ってよ父さん、なんでこんな事してるんだよ!」

僕は意味が分からなかった。後悔していた。事件の解決とか舞い上がって、入ってはいけない所に踏み入れて、二人を傷つけて。後悔してもしきれないほどだった。僕が馬鹿だったんだと。

「…大樹、お前は責任を感じる必要はない。全て私の計画通りだったのだから。あなたならわかるでしょう」

そう言うと父さんは亜久さんに向かって顔を向ける。

「正義感の暴走――違いますか」

「当たりです。私は…左翼なんだろうな。こんな年にもなって青臭い衝動に駆られて息子を使ってあなたがたに情報をリークした。大樹、全ては私の責任なんだ」

「じゃっ、じゃあ書類を僕が盗んだのも…」

父さんはゆっくり頷く。

「それじゃ、幽霊とかも…」

「あれは死体を捨てている内調だ。ここの老人たちのな。見てきたんでしょう?死体の山を」

亜久さんが渋い顔をしながらため息をつく。

「じゃあ、あそこで死体がみつかったっていうのは…」

「ここの老人たちの死体だ。元々は総理が生導会という隠れ蓑を消させない為に会員の老人たちの死亡届けを出さない様、一旦あの民宿に集められていた。けど私たちがそれを発見してしまいそれ以降政府から圧力がかけられるようになった。今回もそうだ、秘密裏に協力するように言われた。だが私はそれが気に食わなかった」

「だから私たちにリークした、総理を止めさせるためにも」

「そう、なのに貴方達はそれを断った」

すると父さんは前に向けていた銃を突然縛られた純一達に向ける。二人は睡眠薬か何かの影響で起きる気配はない。

「だから、取引だ。総理を下ろすことはお前たちにとっても好都合だろう?それに私も息子の友人など殺したくない」

「…。どうせ口封じに殺そうとしていた子供だ。勝手にしろ」

僕はその言葉に驚きが隠せなかった。さっき一緒に助け出そうと言ったのに。やはりここに正義なんてないんだ。

「いいのか…いいんだな!?」

ゆっくりと亜久さんは頷く。

「父さんやめて!お願いだよ!」

でも父さんは僕の話を聴きはしない。トリガーにゆっくりと指をかける。

「やめろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そして銃声が鳴った。

-19ページ-

僕の顔に何かが当たった。水のような赤い液体、血だ。普通なら恐怖で叫んでしまったり悲しくて泣いたりするようだが僕は何とも思わなかった。

眼前には腹を抱えて横たわる人間。それあ純一と清ではない、白髪の老婆だ。ベッドに横たわっていたはずのおばあさんが清たちの盾になっていた。白い服を赤く濡らしてシワだらけの顔をさらに渋めながら僕を見つめている。

「大きく…なったね…」

おばあさんはそう言って僕の方へと手を伸ばす。それに答えるかのように僕と葵の体は吸い込まれるようにおばあさんへと駆け寄った。

「クソっ、間に合わなかったか」

亜久さんが声を漏らす。よく見ると父の手に銃はない。父さんのリボルバーは接着剤のようなものでワイヤーに繋がり、そのワイヤーは亜久さんの持っている白い銃のようなものへと繋がっている。

「何故だ…何故お前たちは正義をなそうとしない…」

父さんはその体を地面へと倒し、うなだれる。でも今の僕には純一たちとおばあさんの方が優先だった。

「大樹くん…だったよね」

おばあさんは僕の頭を血で濡れた手で撫でる。なんだか懐かしい感覚、それで僕は全てを思い出す。この洋館で昔おばあさんに遊んで貰ったこと。このおばあさんに遊んでもらっていたこと。

「私は覚えているよ、あの時迷子になった子供たちとみんなで遊んだことを。もうじいさんもばあさんも死んじゃったけどさ」

おばあさんは笑いながら、微笑みながら僕にそう言う。でもきっとそれは嘘で、作り笑いで苦しみをこらえている。時折むせる際に口から吹き出す血や段々と細くなっていく声からもうおばあさんも後がないんだと推測できる。でも不思議と悲しみは感じない。何年も忘れていたハズなのに、何年も会ってないのに綺麗にお別れが出来る気がした。

「クソっ、死に損ないが邪魔して!」

父さんは僕と葵をかき分け、おばあさんへと近づく。そしてまた銃声が響く。今度は父さんの足に一発、亜久さんの撃った弾丸が命中している。

「やはり政府の犬か、警察の癖に悪事を働くなど…」

「それは貴方の言えたことではない」

再度銃声が響く。父さんは両足を撃たれ動けなくなる。

「俺たちと貴方は正義とか悪とかそういう根本的な問題じゃなくってプロセスが違っていた。貴方の負けです、殺人未遂で逮捕します」

そういうと亜久さんは父さんへ手錠をかける。

「大樹君、これで友達を」

僕は亜久さんからナイフを借りると清たちを縛っている縄を解く。まだ昏睡状態だがひとまずは安心だ。問題はその清たちの盾になってくれたおばあさんだった。

「亜久、一応救護班には連絡をしておいたが…ばあさんは」

「――長くはないだろう」

僕もそれを否定は出来なかった。拳隆さんに頼んでお医者さんに見てもらえばいいけどこのおばあさんは既に呼吸器を無理矢理引きちぎっている。そこまでして僕らを守ってくてたのに何もしてあげられないなんて申し訳ない。

「…今は安らかに眠らせてあげよう。あとは俺たちが責任を持って他のメンバーと一緒に埋葬しておく。そのおばあさんもそっちの方が嬉しいだろう」

僕はゆっくりと頷く。すると外には既に葵医療用のヘリが到着しており黒いビニールの袋をもった人たちがおばあさんの死体をその中に入れる。

「犯人はそっちだ、内調は政府方に任しておけ」

「了解です」

そういうと二人の男が肩をつかんで父さんを引っ張り出す。父さんの顔はぐったりとしており何もかも絶望したかのような顔だった。

足から血を流した父さんが僕の前を通りすぎる。

「――待って!」

僕は思わず声をあげる。聞きたかったのだ、父さんに。いろんなことを

「なんで父さんは…」

その時僕は泣いていたかもしれない。悲しみとも、怒りとも、感動とも言えない感情に突き動かされていた。

「――いいか大樹、自分の正しいと思ったことをやれ。やらずに後悔するより、やって後悔しろ…それと、」

そう言うと父さんは僕から目を外して

「母さんを頼んだぞ。馬鹿な夫でゴメンって」

「うん…うん…」

僕はただ頷いていた。それしか出来なかった。ただ父さんを黙って見送ることしか出来なかった。

 

 

 

あれから数週間。夏休みは終わった。

僕らは警察に色々聞かれたけど亜久さんに「何も言うな、言わなかったらこちらでなんとかする」と言われたので警察に対しては何も答えなかった。

父さんが何故捕まったのか母さんは知らない。でも元々夫婦仲は良くなかったので母さんは直ぐに立ち直ってしまった。夫婦というのは怖いものだ。

そしてあの事件は総理大臣の陰謀を阻止しようとした父さんの正義感の暴走で起きた事。というのが真実だが一般では何事も無かったかのように社会は進んで行き総理も下ろされる事は無かった。きっと亜久さんたちが何かをやったのだろう。

そして僕たちの一夏の思い出も終わり、学校が再び始まった。

-20ページ-

放課後、吹奏楽部の演奏と運動部の掛け声が入り交じる中僕と葵は二人で部室へ向かっていた。

ガラガラと古ぼけた引き戸を開けると既に清も純一も中にいた。

「おう、遅かったな。ホームルームが伸びたか…って」

純一はある一点をじーっと凝視する。そこで僕は葵と手をつないでいたという事に気づき急いで離した。

「じゅっ、純一これは誤解だよ誤解!」

「はっはーん」

純一はにやけながら両手をアメリカ人のように『ワカリマセーン』とやってくる。

「本当よ、本当!」

葵も結構ムキになっている。

「吊り橋効果…か。興味深いな」

「だから違うってば!」

僕と葵は声を揃えてそう言った。その後純一が冗談だと葵をなだめるが怒りを沈めるには結構時間が掛かったと思う。

 

 

「んで、今日は何の用なんだ部長?」

純一が古ぼけた机に頬杖を付きながら言う。

「私にも何も言ってくれないの?」

葵が不満をグチグチと言っているが僕は気にせずカバンからファイルを取り出した。緑色の使い古したクリアファイルを。

「佐藤、あまりスリリングすぎても困るぞ」

「わかってるって」

そう言うと僕はファイルを机に置く。

 

『――いいか大樹、自分の正しいと思ったことをやれ。やらずに後悔するより、やって後悔しろ…』

 

あの時の父さんの声が僕の中で再生される。わかってるよ父さん、僕らの信じる正義をやってみせる。

そしてぼくはプリントをファイルから取り出した。

 

『14歳の解放戦線』

そう書かれたプリントを。

僕等が世界を変える。僕らが信じる正義を、父さんの言っていたことを――

 

 

 

 

 

 

その時、僕達はなんでも出来る。そう思っていた。

 

 

 

 

 

The End.

 

 

説明
中学二年生の夏。 自称高速帰宅部(HSH)部長の佐藤大樹は父の書斎である書類を見つけ出す。 それが彼らの掛け替えのない夏休みの始まりだった。
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