ひたぎフェアリー 3
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  戦場ヶ原と最後に会ったのは27日の金曜日のことだった。

 普段学校のある日は戦場ヶ原の家に行く事は無いんだけれど、そろそろ目標としている大学の模試があることもあって、臨時の勉強会が行われていた。

「どうしても、阿良々木君は英語が他の教科の足を引っ張ってしまうわね」

「申し訳ない、どうしても暗記教科はな……」

「ある程度の英単語と熟語、特に動詞周りに関しては力技で覚えてもらう他無いわ。今でもある程度の文法問題は解けるようになってきてるけれど……」

「長文だよな、問題は」

「ええ、どうしても読むのが遅いわね。でもそれは今は覚えていない単語の意味を、周囲から推測しようとしてるからだと思うのよ。

 もちろんそういう能力も重要だし、後は周りが知っているような単語さえ覚えてしまえば問題無いと思うわ」

「悪いな、迷惑かける」

「いいのよ、好きでやっている事だし」

「……」

 そんな風に言われると、本当に頑張らないと思う。

 僕としても戦場ヶ原と4年間一緒に大学に通いたいし。

「まあ、これで今日のノルマはおしまいよ。日曜日までにここだけやってきて頂戴ね」

「終わったー……」

 思わず脱力する。

「お疲れ様、今紅茶を淹れるわ」

「ありがとう、戦場ヶ原」

 夏休みは夕食を振舞ってくれる事も多かったが、二学期になってからは平日は控えるようになった。

 あまり連日で遅くなると、妹をはじめ家族からの風当たりが強くなるのだ。

「阿良々木君、一人で勉強を頑張るの苦手よね」

 ふと、戦場ヶ原はケトルに水を入れながらそんな事を言った。

「まあそうだな。でもそれを言ったら誰だって、誰かが見てる方が勉強するんじゃないのか?」

「そんな事ないわよ。私は一人のほうが集中できるわ」

「ふむ」

 戦場ヶ原にそう言われると何となく納得。

 この辺りは個人差なんだろうな。

「でも英単語なんて、人に教えてもらって覚えるようなものじゃあ無いのよね」

「そりゃあまあそうだけれどな。

 ああ、ところで戦場ヶ原、あのゲームとかで英単語なんかを覚える奴ってどうなんだ?」

 何となく、以前千石に任天堂DSのゲームを借りた事があったのを思い出したので聞いてみた。

「全く効果が無いわけじゃあないとは思うけれど、どうかしら、私はあまり意味がないと思うわ」

「でもああやって楽しく勉強した方がいいっていうのは、いろいろな所で言われていないか?」

「勉強が楽しければ、自発的にやる時間が伸びるとかその程度のものよ」

「そんなものなのか?」

「つまらなく普通の勉強をするより、楽しくやったほうが効率がいいというのは……そうね、インプットの仕方の差かしらね」

「は?」

「勉強っていう認識で入った知識かどうか、という話よ。

 例えば英語で五月の事をMAYと言うけれど、確か阿良々木君、これをトトロに登場する姉妹の名前から覚えていたでしょう?」

「ああ、そういえばそうだな」

 勉強を教えてもらった初期の頃に、そんな話をした気がする。

「それって、最初はそんな意味があるとも知らずにあの二人のキャラクターの名前を覚えていて、後でご両親や友達に、あの二人の名前は実は両方共5月という意味だ。

 という風に言われて知ったのだと思うのだけれど、違うかしら?」

「ああ、違わない。そうだった気がする」

 確か妹のどっちかが自慢げな顔で、頼んでもいないのに教えてきたのだ。

 そんな事知ってるよ、なんて見得を張ったような覚えがある。

「そんな風に勉強と関係の無い所から得た知識を、勉強と結びつける覚え方は、ある意味ではとても有効ね。

 そうして別の分野と関連付けて得た知識は、勉強に限らず得てしてよく覚えているものなのよ。

 断片的でなく、他との関連で覚えているかしらね」

 ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぎながら戦場ヶ原は続ける。

「化学の有機に出てくるギリシャ数字を覚える時も、3のtriはトライアングル、4のtetraはテトラポッド、5のpentaはアメリカのペンタゴン、そんな風に関連させて覚えたでしょう」

「ああ、というか羽川からそうやって教わった」

「そういう風に勉強とは関係の無い方法でインプットした知識を、後から関連付けてやれば、覚える量が減るだけでなく、強く印象に残るから覚えやすいし、思い出しやすいのよ」

「……でもそれなら、やっぱりゲームで勉強するのは意味があるんじゃないのか?」

「阿良々木君、その勉強をするゲームを、勉強じゃないと思ってプレイできるかしら?」

 ……まあそう言われれば、そんな事はないかと思うほかない。

「それにこうやって、本来関係のなさそうな物同士を関連付けて覚える勉強法が絶対にいいとは言えないの」

「そうなのか?」

「特にゲーム等のエンターテイメント性の強い媒体から得られる情報は、全てが全てという訳ではもちろんないけれど、どうしても信憑性が低いわ。

 それにこういう風に得た情報は、なまじ強烈に覚えてしまう分、間違っていたら面倒なのよ。

 もともと関連性の無いはずのカテゴリーから引っ張ってきている訳だし、似ているだけでまるで違うなんて事も多いわ。

 語源は同じでも、オクトパスの足は8本、オクトーバーは10月、一緒に覚えて、同じような意味だろうと思い込んでしまったら目も当てられないわ。

 ……うん我ながら美味しい」

 そういって自分で一口口をつけたマグカップを渡してくる。

「有難う」

 少しだけ照れくさかったりもするが、受け取ってその紅茶を飲んだ。

「しかしそっか、まあ何にせよあの千石から借りたDSは、あんまり意味が無かったんだな」

「……千石ちゃんから借りていたの」

「何かガハラさん千石の話題になるとテンション下がるよな、苦手なのか?」

「苦手という訳では無いのだけれど……」

 どうにもハッキリしない戦場ヶ原。

 そういえば戦場ヶ原と千石は、直接はまだ会った事がないのだっけ。

「ああでもどうも年下、というか子供には慣れないわね」

「そういえば前もそんな事も言っていたな」

 台所を片付けた戦場ヶ原は僕の隣に、寄り添うようにして座った。

 最近の定位置である。

 照れくさい、というかくすぐったいけれど、もちろん不快では無い。

「一昨日の事なんだけれど、公園に一人ぼっちで佇んでいた子供が居たのよ」

 ん? もしかして八九寺の事だろうか。

「いえ、多分違うと思うわよ。

 何だか凄まじくボロボロの帽子を深く被っていたし、やっぱりお洒落にしては切れ込みの入りすぎた服を着ていて、パッと見かなり風変わりな格好をしていたわ」

 それじゃあ違うな。

 八九寺は始めてあった時から、ずっと同じ服装をしている。

 正直最近、あの軽装は見ているこっちが寒いくらいだ。

「阿良々木君に習って、私もちょっとお節介をしてみようと思ってね。

 声をかけてみたの」

「僕に習ってお節介っていうのは、どういう意味だよ」

「深読みしないでよ、褒めているのよ? それが阿良々木君の良い所じゃない」

「いや、まあ……」

 そうやって、面と向かって言われるととても照れる。

 こういう事を、さらっと言ってくる辺り、戦場ヶ原は相変わらずだ。

 尤も、以前と違って無表情では無く、うっすらと優しく笑みを浮かべてはいるが。

「どうしたんですか、もしかして迷子ですか、大丈夫ですか? と声をかけたら、お前なんだか変な奴だな、と言われて逃げられてしまったわ」

「何で子供相手に敬語なんだよ」

 抜けている、というより力が入りすぎている。

「あの位の子供って、子ども扱いされるのを極端に嫌いそうな気がしたのよね」

「まあそれは、解らないでもないけれど」

 それにしたって極端すぎる。

「やっぱり阿良々木君みたいに上手くはいかないわね」

「僕を見本にしようとするな」

 僕だって、マトモに上手くやれた試しはあんまり無い。

 後から考えれば結果オーライ、みたいな事が多いだけだ。

「さて、そろそろ帰るよ。紅茶ご馳走さま」

「ええ、また明後日」

「じゃあな」

 これが、戦場ヶ原と交わした最後の会話である。

 

 

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