ひたぎフェアリー 5 |
005
僕が図書館に着いた時、既に羽川は図書館に着いていて、何か作業を始めていた。
「お待たせ、羽川」
「あ、おはよう阿良々木君」
しかし、今更ながら平日昼間に高校の制服を来た男女が、図書館とはいえ学校の外で待ち合わせをしているというのは、周りの目にどういう風に映るんだろうか。
羽川の評判が少しだけ心配だ。
僕の方は征制服姿で学校をさぼるのは、結構慣れているんだけど。
「何をしてるんだ?」
「取りあえず探す場所の分担をしようと思って」
見ると羽川は、自由配布の図書館の見取り図に何かを書き込んでいた。
「阿良々木君、説明文と物語文なら、物語の方が得意だよね?」
「国語の話か? 確かに理系なのに何故かそっちの方が得意だな」
でも古文は苦手である。まあ幸い僕の受験に必要な教科では無いけど。
「あんまりこの場合、理系文系は関係無いんだけどね」
「それで、どうして今勉強の話なんだ?」
「別に勉強の話じゃないよ。うん、それじゃあ阿良々木君には文学とか、そっちの方を調べてもらう事にするね」
そう言って、羽川は僕に見取り図を渡してきた。
「なあ羽川、この丸がついてる所が僕の担当なのは解るんだが、こっちの尋常じゃないスペースをカバーしてる×印はなんだ?
まさかこの全てが、羽川の担当ってわけじゃあないよな?」
僕と羽川の読書スキルの差を考えても、これは分担として成り立っていない。
範囲が僕の分の50倍くらいある。
幾ら羽川でもこの範囲を一人で、というのは無理だろう。
すると羽川は慌てて訂正した。
「そんなわけないじゃない、それは既読分だよ。念のため、新しい本が入ってないかは確認してみるつもりだけど」
「それでも十分驚くべき事だけどな」
殆ど担当しているみたいなものじゃないか。
呼び出しておいてなんだけど、図書館において僕に羽川を手伝える事なんてあるのだろうか?
まあとは言っても、やるしかないんだけれど。
「というか調べる以前にさ、現時点で羽川は何か思い当たるような節は無いのか?
人間の記憶を奪ってしまうような怪異とか」
これだけの量の本を読んでいるのだ。
そういった話や、伝承みたいな物を結構知っていそうな感じだけど。
「うーん、あんまり人の記憶に対して干渉する、っていう話はピンと来ないんだよね」
「そうなのか? 知らない僕が言うのも変だけれど、そんなの、結構な数が居るもんだと思ってた」
「かなりマイナーな所までレベルを下げてしまえば、もちろん居ない事は無いんだけれど、それこそ数が多いからね。
結局そんな情報は役には立たないよ」
成る程。
データが無いというのと、データが多すぎるというのは、大して変わらないからな。
質の高い情報だけを拾ってこれればそれに越した事はないのだけど。
「そうは言っても阿良々木君、行き詰ったら本だけじゃなくて、インターネットなんかで調べるのも重要だと思うよ」
「ああいうのって当てになるのか?」
「インターネット上とはいえ、そういう情報があるって事は、少なくともそういう風に言い伝えている人がいるって事でしょう?
それならば、それが一般的に正しいかどうかはさておき、今回の場合、意味はあると思うけれど」
「確かに、そうだな」
「多かれ少なかれ、人々にその存在が伝わってさえいれば、怪異として成立するはずだから。
でもそういうのも入れると、本当に数が膨大になっちゃうんだけれどね」
「そうだろうな、でもそれじゃあ結局どうすればいいんだ?」
「だからかなりピンポイントに、今の戦場ヶ原さんの状態に近い物を探すべきだと思う。
似ている所がある、みたいなレベルだと収集がつかなくなっちゃうだろうから、条件を厳し目にして振るいにかけてね。
まあこの辺りのさじ加減が難しいんだけど」
「わかった」
「それと今更聞くけれど、忍ちゃんや神原さんは手伝ってはくれないの?」
「あー、それなんだけどさ。
忍の方は僕が戦場ヶ原に攻撃されてた時に、一度起きたみたいだったから、さっき手伝ってくれないかって頼んだんだけれど、こんな下らない事、儂は手を貸さんぞ。とか言って今はもう寝てる」
「そうなんだ、まあ彼女は完全に私たちの味方って訳じゃあ無いしね」
まあそうだけど、今日はやけに薄情な感じだった。
あんまり戦場ヶ原の事は、元から好きじゃないみたいな感じだったから、そのせいかも知れない。
「神原さんは?」
「そもそも電話に出なかった。授業中だったからかも知れないけど、折り返してこないあたり、多分家に携帯を忘れてる」
機械音痴のせいかもしれないが、結構あいつ充電を忘れたりとか多いんだよな。
最近は機能自体は使いこなせるようになったんだけど。
それに僕が言えたことじゃ無いが、あいつあんまり頭脳労働向きじゃないんだよな。
状況によっては、誰よりも頼りになるんだけど。
「それは仕方ないね、じゃあ取りあえずは私たち二人だけで探して見ようか」
「だな。それじゃあ早速始めるか」
「うん。解ってると思うけど、閲覧室の中ではお喋りは駄目だよ。
これもあんまり良いことじゃ無いけど、相談とか、何か気がついたことがあったらメールしてね」
なんて言って別れたのが3時間くらい前。
しかしこと羽川との勉強会以外では、あまり利用した事が無い僕にしてみると、この図書館というのは、本当に使い方が難しい施設であった。
第一あの本達はどういう基準で並べられているのだろうか?
大まかなジャンルで分かれているのは当然としても、それ以上はさっぱり判らない。
本の背表紙に「905」とか「シ」なんて書いてあるシールが貼られていて、数字に関しては周りの本も、近い数字が並んでいる所をみると、きっと並び順的に何らかの意味があるのだろう。
そういう物だと誰かに教わった記憶もあるのだが……。
まああんまり無い知恵を絞ってもしょうがないと思い、タイトルからそれっぽい物を選択して読んでいく事にしたのだが、結局それらしい記述を見つける事は出来ず、こうしてロビーで休憩していた。
「阿良々木君お疲れ、休憩?」
すると丁度羽川もロビーに戻ってきた。
「ああ……図書館っていうのはどうも疲れる。
羽川はよく1日中こんな所に篭っていられるな」
「何言ってるのよ、阿良々木君だって最近は私と1日中ここで勉強してるじゃない。
それに今阿良々木君が疲れているのは、図書館のせいじゃなくて、必死に調べ物をしているからだよ」
「まあ、それは」
必死になりもする。
もう少し休憩したら、今度はパソコンからも検索をかけてみるか。
「ん?」
そこでふと、カウンターの所に明るいオレンジ色で飾りつけがされているのが目に入った。
そういえば今日はハロウィンか。
別に日本では学校が休みになったりするわけでも無いので、特に気に留めてはいなかったんだけど。
「あっ……」
「どうしたの? 阿良々木君」
「妖精、なんじゃないか? 戦場ヶ原の記憶を奪った怪異は」
「妖精? 妖精ってフェアリーとかピクシーとか、そういう妖精?」
「ああ、その妖精だ」
「確かに妖精が森なんかで人の記憶を混乱させて、道に迷わせる何て話は聞いた事があるけど、決め手に欠けるというか……」
「普段ならそうだけどさ」
「? ああ、10月31日」
「そう、今日はハロウィンだから」
妖精、精霊や魔女が現れると信じられていた日である。
今日という日にその怪異が現れるのは、これ以上無くらしいと言えた。
あとは戦場ヶ原が言っていた子供の容姿が、妖精らしさを彷彿させるには十分だったのも大きい。
「そうだね、妖精なんて漠然としすぎて盲点だった。
確かに今日にふさわしい怪異と言ったら、それくらいしかいないかも。
でもよくそんな事思いついたね、阿良々木君」
「いやまあ」
偶然1年くらい前に、妹から無理やり読まされたライトノベルに、妖精が記憶を奪うような描写があったのだ。
この間アニメ映画化もされていたくらいに、結構有名な異能バトル物で、その手のジャンルに疎い僕にも結構楽しめたのだけれど、まさかこんな所で役に立つとは。
それこそ、トトロのキャラの名前じゃあないけど、何処で何が役に立つか解らない物だ。
けれど残念ながら、僕が覚えていないだけかもしれないが、とくに対処法や解決法みたいなものは、あの小説には載っていなかったと思う。
「うん、かなり良い線行ってるかも。
ちょっとそっちの路線で調べてみる。
妖精なんて、一冊図鑑が出来ちゃうくらいポピュラーな怪異だから、きっと対処法なんかも探せばあるんじゃないかな」
「だな、僕も引き続き調べて見る」
「ううん、阿良々木君はもう図書館はいいよ、慣れない作業で疲れているでしょう?」
「え、ちょっと待ってよ羽川さん、そんな戦力外通告みたいな」
確かに役に立ってはいなかったけれど!
見捨てないで、僕だってやれば出来る子なんだから!
「ううん、ここまで解ったら、やっぱり阿良々木君は、戦場ヶ原さんのそばに居てあげた方がいいと思う」
「戦場ヶ原の側に?」
「うん、今一番大変なのは、阿良々木君じゃ無くて戦場ヶ原さんだと思うから」
確かに、気がついたら記憶が無くなってるなんて、大変どころじゃない。
自分の事ばっかりで、戦場ヶ原自身の事を考えてやれていなかった。
「まあ阿良々木君も動揺してるのは判るけど、でも駄目だよ、ちゃんと自分の彼女を支えてあげないと」
そこまで羽川に言われたら首を縦に振らざるを得ない。
「わかったよ羽川、あとは任せた」
「任された。こっちも何か判ったら連絡するから、頑張って」
そして僕は図書館をあとに、戦場ヶ原の家へ向かう事にした。
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