不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常2 『幸福』 |
「あ、そうだ」
「…………今度は何を思いついたの」
リコは、床に寝転んだ体勢のヤカを見て、嫌そうに言った。
窓からは夕陽が射している。やや赤みを帯びた光が、レースのカーテンの形を床に落としていた。情景溢れる光景ではあった。部屋がヌイグルミで溢れていなければ。
「クチル君の家の近くにさあ、凄く大きい公園があるじゃない」
言われたリコは、その大きい公園とやらを思い返す。
「ああ…………運動公園。敷地内の半分が山だから、確かに大きいわね。植物園も同じ敷地内にあるのだったかしら」
「そうよー」
だらけきった姿勢でだらけきった声を出されると、ヤカが真剣に話しているのかどうか不審に思う時がある。思い返してみると、彼女が話す事の大体が、真剣な内容では無いのだが。
「あの公園にさー」
「うん」
「ユニコーンが居るらしいよ」
「……………………」
リコは自分の耳がおかしくなったのかと、心配になった。頭を右手で押さえて、一度咳払いする。
ヤカの言葉をとりあえず反芻してみる。
あの子、ユニコーンが居るって言った? いやいや、まさかそんなはずは無い。だって運動公園からユニコーンにはどう考えても話が繋がるはずが無いもの。それともアレだろうか。私の意識が一時的にブラックアウトしていてその間に話の核心的な部分をすっかり聞き逃してしまったのだろうか。病院に行った方がいいかもしれない。そうで無いとしたら単純な聞き間違いだ。…………そっちの方の確立が圧倒的に高いかもしれない。ユニコーン…………間違える言葉ってなんだろうか。クレメンティーナ? それともクリスティーナだろうか。うん、なんだかそっちの方が文脈的にしっくり来る様な気がする。どうして運動公園にイタリア人女性が居るのか、とかそういう理由はどうでも良いとして。
「で、そのイタリア人女性がどうしたの?」
リコが完全に納得してヤカに言うと、
「? リコってたまに分けわかんない事言うよね。ユニコーンだよ、ユ・ニ・コー・ン。ってアレ? どうして私の肩を掴んでおもむろに振動させるの? 頭がシェイクされて不思議の国へ飛んでいきそう………あ、もっとやって欲しいかも」
「やらないわよ!」
ヤカの肩から手を離し、リコはうな垂れた。ヤカに『分けの分からない事を言う』と言われると人間として大切な物をドブに捨ててきた様な気がしてリコのプライドは今や浄水処理前の汚水の様にドロドロとしていた。
「…………で、そのユニコーンがなんだって」
なんとか気持ちを持ち直し、改めて問う。
「捕まえに行こうか」
「は?」
「だから、ユニコーン。捕まえに行こうか」
「…………あー」
ヤカは窓の外に眼をやった。相変わらず、眼が覚めるような朱の光が世界を包んでいる。
「明日で良いんじゃない? 土曜日だし。今日はもう暗くなるわよ」
そんなものは居ないだとか、そんなマトモな説得が通じる段階はすでに十数年前に過ぎて居るのだ。リコに出来るのは少しベクトルを変えてなるべく被害を少なくする事だけだった。
「むぅ」
ヤカは少し顔を顰め、寝転がった体勢からゴロゴロとリコの膝元まで転がってきた。そしてこちらに手を伸ばし、右手を掴んで来た。
リコの右手が左右にゆっくりと振られ、遊ばれる。
何をするのか、とリコは聞かない。何時もの事だからだ。
ひとしきりリコの右手で遊び終えたヤカが再び脱力して床に寝転び、一言。
「………………お腹減ったねえ」
「そうねえ」
どうやらユニコーンの話は上手く逸らせた様だった。どうせ明日、運動公園へ、確実に徒労に終わるであろう伝説的動物の捕獲作業に狩り出されるのだろうが。
「後少ししたら、晩御飯でしょ。我慢しなさいよ」
とはいえ、リコも小腹が空いては居るのだが。
「我慢できないしたくないー」
ヤカが床をゴロゴロと転がりだした。
テーブルにぶつかってピタリと止まる。
「ひぐぅ」
「…………なにやってんのよあんた
ヤカは顔を上げて、リコを見上げた。
「リコ、パンツ見えてる」
「見ないの」
やや恥ずかしくなり、ヤカのそれより圧倒的にフリルの少ない、というか皆無のスカートを手で押さえる。
「ああ…………そうじゃ無かった」
「なにがよ」
「冷蔵庫にプリンがあった気がする」
「そうだっけ?」
リコの家はヤカ宅の隣にあり、暇さえあれば互いの家を行き来している。なので、ヤカ宅の冷蔵庫事情なども把握しているのだった。
「食べよう」
ヤカの決然とした瞳を輝かせ、立ち上がった。
「私は今、世界中で一番幸せな気がする」
「アンタの幸せは、常人の幸福理論とは全く異なる構造で出来てるような気がするわ…………」
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