年中無休 |
端から見たら…いや、少なくとも私の目には、彼女は順風満帆、幸せの最中にいると思えるのに。
4つ年上の夫は、若くして某有名大手企業の係長。
まだまだこれからの昇進も期待されていて。
結婚4年目で、子供はまだだけれど…
生活に不自由している風も無く、寧ろ普通の人よりも良い生活をしていて、
稼ぎは全て旦那に任せて、自分は日中自由な時間を堪能しているし…
私のような毎日がある意味いっぱいいっぱいな独身女からして見れば、本当に…
羨ましくも思える境遇で。
だからこそ、
「主婦と娼婦ってさ、同じようなもんだよね」
…そんな言葉が彼女の口から出た事に、驚きを隠せなかった。
「…何、それ」
私は彼女の目を見ずに、前に置かれたケーキをフォークでつつきながら吐き出すようにそう答えた。
「だってさぁ?あれよ。相手に稼いでもらってさ、それなりにお金貰って…、
それで夜は抱かせてあげてる訳でしょ?同じよ」
心底嫌そうにそう言った彼女は、この世の終わりかのような溜め息を吐いてから、一口紅茶を飲んだ。
眉間に皺が寄ってる。
…そういえば、彼女結婚してから皺が増えたな…
同じ年なのに、私よりも大分老けて見える。
「…幸せじゃ、無いって事?」
愚痴を聞かされる為に呼び出されたのか、と少しうんざりもしたけれど、
こうなったらもう洗いざらい聞いてしまおう、と腹を括り、問い掛ける。
「幸せ?そんな訳無いじゃない」
彼女は大袈裟に手を振って、また吐き出すように言ってきた。
「主婦なんてさ、毎日毎日何の変化も無くて。
もう毎日同じように、食事やら掃除やら洗濯やらやらなきゃならなくて…、
あ、そう考えると娼婦の方が楽ね、家事はやらなくて良いんだから」
思い付いたように言ってから、彼女は嘲笑した。
「独り身に戻りたいわよ、あんたみたいに…仕事一筋、の方が良いわ、自分の為に過ごせるんだもの」
「…それは、嫌味?」
「違うわよ、心から羨ましがってるの」
言って彼女はケーキを一口頬張った。
ちっとも美味しそうに見えない顔で。
「…あーあ、もうちょっと気楽に過ごしてたかった…急ぎ過ぎたわ」
「早い方が良い、って言ったの、誰だったっけ?」
「あの時はね、そう思ってたのよ。若気の至り、ってやつ?…愚かだったわ、私」
言ってまた一段と大きい溜め息をわざとらしく吐く。
…何だかなあ…
私は返す言葉を探さずに、ケーキを口に運んだ。
甘くて、美味しい。
「…自分で働いてるうちはさぁ、ちゃんと休みがあったじゃない?今もう、私は毎日が仕事な訳よ」
…休みの私と一緒に、喫茶店に来ているのに…
それは言わないでおこう。
「あー、もう。やだやだ、主婦なんて何の徳もありゃしない」
非難否定の言葉しか出さない彼女を見て、
…ふと疑問が頭を過ぎった。
「……………」
「…何?」
丸い目でじっと彼女を見つめたら、不思議がってそう問い掛けてきた。
問われたからには、聞いておこうかな。
「…でも、…夫婦じゃない」
「ん?何それ、そりゃまあそうだけど…何?」
首を傾げる彼女を真っ直ぐに見て、
「…愛情はどうしたの?」
私は率直に聞いた。
「…ふっ」
彼女は小馬鹿にしたような笑いを見せる。
「な…、何で笑うのよ」
「……………」
彼女はまた、大きな溜め息を吐いて。
「だって、愛し合ってたからこそ、結婚したんでしょ?
娼婦には愛情無くても良いけど、主婦はそういうものじゃないじゃない」
早口で言った私に、彼女は何とも言えない嫌な視線を向けてきた。
「…あんた、まだ『結婚』に夢見てるの?」
「…え?」
何だか酷く馬鹿にされたような気がして、私は少しばかり腹立たしくなるのを感じたんだけれども。
「だってそりゃ、…結婚した事、無いし」
彼女から目を逸らしながら、そう言った。
「駄目よ、駄目駄目。そんな考えじゃ、あんた一生結婚出来ない」
…既婚者から言われるその言葉は、凄く嫌な感じ。
「…じゃ、そっちはどうなのよ」
幸せじゃなく、不満だらけの彼女だって、結婚に向いていたとは思えない。
「愛する人と一緒になれたんだから、幸せなはずじゃない?」
「…愛する人、ね」
彼女は無造作にケーキの上にあったイチゴをフォークで刺し、
まるで苦虫を噛み潰すかのような表情でそれを頬張った。
「愛情なんて、随分前に無くなったわよ」
言ってまた大袈裟な溜め息。
「あんな…仕事一筋で、機械みたいな人。どこを愛せば良いって言うの?」
…結婚前…
まだ恋人同士だった時は、あんなに…
浮かれていたのに。
本当、見てるこっちが恥ずかしいくらいに。
「なんかさー。ホント、自由だった独身時代に戻りたいわ…」
「そこまで今に不服なら、離婚すれば良いじゃない」
開放を望んでいるなら…
それが一番だと、思うけれど。
「……簡単にそれが出来たら、愚痴らないわよ」
言いながらこくりと、紅茶の最後の一口を飲んだ。
「それにさ…、またますます忙しくなるのよ、私」
「何?働くの?」
「そんな訳無いじゃない、主婦業だけで手一杯よ」
「じゃあ、何…」
「…その主婦業が、更に忙しくなるの」
…その彼女の言葉は、私にはあまり理解出来なかったんだけれど。
「あー、もうこんな時間。帰らなきゃ…」
腕時計をちらりと見て、彼女は言った。
…なんか、高そうな腕時計。
旦那はかなり、稼ぎが良いんだな…
「ごめんね、付き合わせちゃって。ありがとう」
「ううん、別に…、暇だったし」
彼女は伝票を掴むと、
「私が出しとくわ。ホント、ありがと」
素早く立ち上がる。
私もその後に着いて、その場を後にした。
…後日、あの時の彼女の言葉の意味を知った。
子供が、できていたらしい。
…今年の彼女からの年賀状に、生まれたての赤ちゃんの写真が載っていた。
正直あまり可愛いとは思えなかったけれど。
彼女はこれから更に、主婦としての仕事に追われる事になる。
あの時彼女は言っていたけれど。
…愛情が無いなんて、嘘だったと思う。
抱かれていたのなら、愛されている事、…感じていたはずだから。
私は…
まだ、独り身で。
彼女が言っていたように、気楽に自分の為だけに生きるのも良いかな、と思う反面、
ああして主婦業にうんざりして愚痴を零すのにも、少し憧れたりしているのだ。
少なくとも、私の目には、
…彼女は幸せの最中にいると思えるから。
説明 | ||
2004年4月13日に書いた短文。 | ||
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