レッド・メモリアル Ep#.08「抽出」-1
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4月10日

6:25 A.M.

『ジュール連邦』 《ボルベルブイリ》から200kmの地点

 

「お父様が待っていらっしゃる。早く行動しなければ!」

 シャーリは携帯電話の通話をオフにするなりそう言った。

「お父様の所に行くの?」

 と、無邪気な顔でシャーリの姿を見上げていた、レーシーが言って来た。彼女の眼だけ見ていると、シャーリの感じている気持など、まったく分からないといった様子だ。

「ええ、そうよ。あの親子を連れてね。さっさと行動するわよ!」

 シャーリはすぐに廊下を歩きだし、部下へと指示を出した。

「車を用意しなさい!あの二人をトラックへと連れ込むわ。あと、付近の衛星をすべてチェックして、誰にも追跡されないようにしなさい!」

 シャーリは言い放ち、部下達はすぐに行動し始めた。

「ねえ、シャーリ」

 シャーリの背後でレーシーが何かを渋りながら言ってくる。

 急がなければならなかったが、シャーリは彼女の方を振り向いた。

「何よ?どうしたの?」

「お父様は、あたしの事も褒めてくれるかなぁ?」

 と見上げたレーシーの顔は、とても心配そうな表情をしている。まるで親の顔色をうかがう子供のように。

 レーシーは危険な子供だ。多分、善悪の区別もつかないどんな子供にも『能力』を持たせたら、このレーシーのようになってしまうだろう。

 そんな彼女も、お父様を思う気持ちだけは、シャーリと共通していた。シャーリもその気持ちだけは分かる。

「褒めてくれるに決まっているじゃない。あんたがいなければ、ミッシェルとアリエルは捕らえられなかったんだから。お父様もご存知よ。きっと褒めてくださる」

 と、シャーリがレーシーの頭をなでながら言うと、彼女は満面の笑みで返してきた。

「本当?やったぁ!」

 この子が、普通の子だったら、自分も同じように喜んでやれるんだけれどもな。とシャーリは思うのだった。

「さあ、お父様の元へと急ぐわよ」

 そう言うなり、シャーリ達は行動し出した。

 

 俄かに周りが騒がしくなっている。一体、何が起こっているのだろうか?アリエルは自分が閉じ込められている、密閉された箱のような部屋から周囲の様子を知ろうとした。

 だが、アリエルが閉じ込められている場所からは周囲の様子はつかめない。ただばたばたとした物音が聞こえてきているというだけで、他の様子は全くつかむことができない。

 アリエルの頭に襲いかかって来ていた頭痛も、だんだんと引いて来ている。だが、頭痛が引いていくにしたがって、腕や足から突き出していた、刃もだんだんとその大きさを小さくしていっていた。

 目覚めたばかりの時は、腕から現われていた刃を、自分の体の中へと収めることができないでいたのだが、今はそれができる。

 刃はアリエルの腕の中におさまり、彼女の腕は、本当にそんな刃が突き出していたのかと、疑ってしまうほど元通りになっていた。

 自分は、これからどこかへと連れていかれてしまうのだろうか?

 シャーリは、自分と母を、お父様の元へと連れていくと言っていた。お父様とは、一体どんな人の事を言っているんだろう?

 だが、シャーリはテロリストだ。もうそれは疑いもない事実だとアリエルは自分に言い聞かせた。テロリストに誘拐され、更にどこかに連れて行かれるなんて、絶対に最悪の出来事が起こってしまうに違いない。

 だが、彼女は母も一緒に連れて行くと言っていた。

 母もこのアジトか何かの中に一緒にいるに違いない。

 母を連れて、この場所から逃げるしかないのだ。多分そうしなければ、自分達は殺されてしまう。

 アリエルは何としてでもこの場から脱出したかった。だが、鉄扉がふさがり、まるで自分は金庫の中にいるかのようだった。

 腕から刃を突き出して、アリエルは、それを鉄扉に叩きつけた。だが、彼女の刃を持ってしても、まったく傷つける事はできない。

 いくら人間離れした『能力』を持ってしても、刃は刃でしかなく。頑丈な鉄扉には対抗できない。

 錠も固く閉ざされているらしく、錠も硬かった。

 だけれども、何としてでもここから脱出しなければ。

 そう思ったアリエルは、急いで思考をめぐらせた。

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「あんたに一緒に来てもらうわよ。無駄な抵抗をしなければ、あなたを傷つける事はしないし、娘も無事。いい?」

 ミッシェルの元へとやってきたシャーリは、レーシーを後ろに立たせ、彼女に言い聞かせていた。

 ミッシェルは、黙ってシャーリの言う言葉を聞いていた。

 シャーリは、どうしても、相手を説得して言い聞かせるという事が得意ではなかった。無理矢理相手に言い聞かせてしまった方が、ずっと楽だというのに。

 だから、さっさとミッシェルには言い聞かせて連れて行きたかった。

「私の娘、じゃあなくって、アリエルでしょう?あなたの大切な幼馴染で、同級生。忘れちゃった?」

 恐れる様子も無しに、ミッシェルは言ってきた。

 シャーリにとっては、まるで幼い子供に言い聞かせるような言い方が気に入らなかった。自分が年上だからと言って、優位に立たれている。

 これでは自分の癪に障るばかりではない。お父様にとっても害を及ぼす存在になってしまう。

「ええ、同級生で、幼馴染よ。でもあの子もあなたもジュール人。それは変わらないわ!」

 シャーリは自分を何とか押さえてそのように言った。

「だったらどうだって言うの?あなたが手に持っているショットガンで、私を脅す?それもいいわね」

「いい加減にしな!あんたが優位に立っているんじゃあないわよ!あんたはただの人質!いいわね?あんたが従わなければ、わたしが脅すのはあんたじゃあない!アリエルよ!いい?分かってんの?」

 ショットガンの銃口を構え、シャーリは言い放った。

 背後ではレーシーが呑気で当り前のような顔で見ているが、シャーリとミッシェルの間には緊張が走った。

「そう。やるんだったら、そのぐらいやるのね。じゃあなきゃ、私を脅すことなんてできない」

 と言うミッシェルの言葉に、シャーリは思わず鼻を鳴らした。

「さっさと立ちなさい。お父様のいる所へと案内するわ」

 シャーリはミッシェルをベッドから立たせた。ショットガンを背後から突きつけ彼女を歩かせる。

 シャーリは続いて、アリエルを連れ出さなければならなかった。あっちの子の方が簡単にいくだろう。シャーリはそう踏んでいた。

 シャーリはミッシェルを歩かせたまま、レーシーとともにアリエルを閉じ込めている独房へと向かう。

 ミッシェルは壁際に立たせたアリエルは、部下を呼んで、アリエルを閉じ込めている独房を開かせた。

 すると驚いた事に、そこには誰もいなかった。空の独房がそこにあるだけだ。

「アリエルはどこに行ったの!」

 シャーリは思わず声を上げた。

「鍵はしっかりとかかっていたはずです」

 と、シャーリの背後から部下が言ってくる。

 シャーリはすかさず独房の中を覗き込んだ。どこかに隠れているのか?と思いショットガンを天井へと向けようとした。その瞬間、シャーリの頭上から誰かが飛びかかってきた。

 シャーリの首元に刃が付きつけられる。飛びかかってきた何者かは、シャーリの背後に回り込み、背後から彼女の首に刃を付きつけるのだった。

「シャーリ。もうこんな事はやめて。お母さんと私を解放して!」

 と背後から言ってきたのは、アリエルだった。

 彼女は天井に蜘蛛のように潜んでおり、そこから飛びかかって来たのだ。

 だが首元に刃を突き付けられても、シャーリは思わず微笑するだけだった。そして、

「いい度胸ねぇアリエル。可愛い脅しじゃあない」

 と言うだけだった。

 アリエルはすかさずシャーリと自分の体を、独房の入口へと向けさせ、独房の外にいるシャーリの部下達に言い放った。

「お母さんを放して!さもないと、この子がどうなるか分からないよ!」

 シャーリに突きつけられた刃は、どんなナイフよりも長く、剣にも匹敵する長さを持っていた。

 アリエルがそれほど力をかけずに刃を引くだけで、シャーリの息の根を止める事ができただろう。

 だが、シャーリの部下達はアリエルの母であるミッシェルを捕らえたままだ。

 特に一番前にいるレーシーなど、呑気な表情でこちらを見ているだけでしかない。

 それに、シャーリは首元に刃が当たっていても、まるで動じる事はなかった。むしろ、この状況が面白い。

 何が何でも母と自分をここから脱出させたい、アリエルの必死にあがく姿が。

 見ていてとても、面白い。滑稽にしか感じられない。

「アリエル、あんた、ちっともわたし達の事を分かっていないねぇ。わたしの命だとか、そう言った事は、わたし達の間じゃあ、どうでもいい事なんだよ」

 だが、シャーリの言葉を遮って、アリエルは言い放つ。

「そんな事はどうでも良いから!さっさと、私とお母さんを解放して!」

「あっはっは。解放なんてしないよ」

 今度はシャーリが言葉を遮って言う。

「そんな事をしたら」

「あたしを殺すんでしょう?いいじゃあない。そうしてみれば?あんたのママもただじゃあ済まないわよ!」

 と言い放つなり、シャーリは、アリエルの体に肘を突きだした。

 それはハンマーのように彼女の体に襲いかかり、アリエルは一瞬怯んだ。

 その隙に、シャーリは素早くアリエルの背後へと回り込む。彼女が怯んだ、一瞬の間の出来事だった。

「ほ〜ら。あなたが、どうあがこうとも、結局はこうなっちゃうんだから、ねえ」

 シャーリは片手だけでアリエルの両腕を押さえ込み、締めあげる。刃には触れないように気をつけつつも、しっかりと拘束した。

「は、放して!」

 アリエルは腕を強い力で締めあげられ、声を上げる。その声も、シャーリにとっては非常に楽しかった。

「ほうら、もっと声を上げてごらんなさい」

 シャーリがアリエルの腕を締めあげると、アリエルは更に苦痛に声を上げた。

 すかさずシャーリはアリエルの腰に背後からひざ蹴りをくらわせて、その場に膝をつかせる。そして、背後からショットガンの銃口を押し付けた。

 その時、

「止めなさい!」

 と、独房内に響き渡る声があった。

 シャーリの部下達に拘束されているミッシェルの声が響き渡ったのだ。

「もう良いでしょう?そこまでにしなさい。私も、アリエルも、あなた達に付いていくわ。大人しく従うから、これ以上誰も傷つけない。いいわね?」

 ミッシェルがその場を仕切るかのように、周りの者達に言い聞かせる。彼女の言葉は鶴の一声であるかのように、混乱するその場を粛した。

 アリエルを取り押さえるシャーリさえも彼女の方を向く。

「お、お母さん」

 アリエルは意外そうな顔をして、母の方を見た。

「アリエル。あなたもよ。大人しく従っていなさい」

 ミッシェルは臆することなくそのように言った。

「ふうん。物分かりが良いようね。まあ、いいわ。さっさと連れて行くけれども、もし抵抗するようならば、あんたじゃあなくって、娘を傷つける。この娘が暴れ出せば、今度はあんたを傷つける。お互いいいわね?」

 とアリエルとミッシェルにシャーリは言い聞かせた。

 ミッシェルは黙っている。おそらく了承したのだろう。シャーリは部下達に、彼女らを連れて行くように指示した。

 そして、アリエルには背後から耳打ちでもするかのように言う。

「ママに感謝しなさい」

 そしてアリエルも独房から連れ出すのだった。

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8:51 A.M.

 

 シャーリ達がトラックにアリエル達を乗せ、アジトから出発した時には、すでに日は大分登っていた。

 アリエル達は目隠しをされて、歩かされてトラックに中に入れられた。だが、目隠し越しに、日の光が入ってきているという事だけは分かる。おそらく、トラックに載せられたままどこかに連れていかれるのだ。

 そのどこかがどこか、という事が分からない事が、アリエルにとっては不安だった。

 国内ならまだしも、海外へと連れられて行くんじゃあないだろうか?いや、シャーリは、自分たちが、『スザム共和国』の出身だと言っていた。

 お父様に言われて、こんな事をしているんだと言っている。お父様とは、『スザム共和国』で出会ったと言っていた。

 もしかしたら、『スザム共和国』まで連れていかれるんじゃあないのか。

 『スザム共和国』。日々、『ジュール連邦』からの独立を目指し、紛争を繰り返している国だという。考えただけでも恐ろしい。

 もしかしたら、自分も、シャーリと同じように、がらりと考え方も、心も変わってしまうんじゃあないのか?

 アリエルは身を震わせながら、しばらくトラックの荷台に揺られていた。かなり揺れている道がしばらく続いたが、やがてその揺れも収まり、道路に出たんだという事が分かった。

 トラックのエンジン音にまぎれて、誰かの声が聞こえる。

「お父様、もう少しです。頑張ってください」

 シャーリの声だった。誰かと話している。

「お父様、いや!そんな事、そんな事、おっしゃらないで下さい!」

 かなり必死なシャーリの声だ。こんなシャーリの声は聞いた事がない。さっきまでの妖しいまでの姿をしたシャーリの声とは明らかに違う。

 本当にシャーリの声なのかと、疑ってしまうほどだ。

「シャーリ様」

 今度は運転席の方から声が聞こえてきた。

「お父様!気をしっかりと持って下さい!」

 再び必死な声でシャーリが言っている。

「シャーリ様!」

「何だ!」

 シャーリは半泣きの声で声を上げていた。トラックの運転席から聞こえてきていた声も、一瞬それに怯んだ。

「検問です。検問が敷かれています」

 運転席からそう声が聞こえてくる。

「何ですって。普段ならこんな事しないくせに!随分と必死ね!」

「どうなさいます?相手は装甲車もいます。このトラックでは突破できません!」

 検問?装甲車?突破?何が自分の周りで起こっているのか、アリエルは必死に頭を回転させて知ろうとする。

 目隠しをされていて視界は開けず、どんどん恐怖が募る。

「お父様が待っていらっしゃるのよ!このまま引き返すことなんてできない!」

 シャーリは声を上げた。

「し、しかし!」

 運転席の方からおびえたような声が聞こえてくる。だが、シャーリは全くそのようなことなど気にせずに言い放った。

「レーシー!外に出るわよ、ここを突破する!」

 と、シャーリの声が響きわたり、彼女らは外へと出ていこうとする。さらにそれに続いて、トラックの荷台の上を、シャーリより幾分も体重が軽い誰かが歩いていった。

「は〜い。シャーリぃ〜。本当にやっちゃうの?お父様の所にいくまでは、大騒ぎしちゃだめだよって、言われているんだよ」

 その声は、さっきシャーリと一緒にいた、あの小さな娘の声だ。そうに違いない。

 彼女もテロリストと一緒に行動をしているのだ。あんな小さな娘が。

「しかし、シャーリ様!」

 という声が聞こえるのが早いか遅いか、シャーリ達は外へと出ていってしまった。

「ここは検問所だ。車に戻って、検問を受けなさい!」

 というスピーカーからの声が聞こえてくる。アリエルは目隠しをされていたから、その声が余計に頭に響き渡って聞こえてくる。

「おい!聞こえないのか?もし言う事を聞かないのだったら、発砲する許可が下りている。一般人相手でも同様だ!分かったか?」

 乱暴な声が聞こえてくる。

 どうやら、外に出たシャーリ達は銃を向けられている。

 その時、突然、大きな発砲音が耳をつんざいた。何度か聞いた気がする。あれは、シャーリがショットガンから撃った発砲音だ。

 前に聞いた時はバイクに乗っていた時に発砲されたから、雑音も多かったが、今はアイドリングしているトラックの中だ。大分違う音のようにも聞こえる。

「銃器を持っている!発砲を許可する!」

 スピーカーからそのような音が聞こえ、激しい銃撃音が静かな山奥の国道に響き渡った。

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 シャーリは何もためらわずに、検問を張っていた軍の人間を撃ち倒していた。人間なんて、ショットガン一発撃てば簡単に倒すことができる。

 遠距離では大して効果のないという散弾銃だが、当たり所が悪ければ、銃は銃。ただの人間にとっても致命的な一撃になる。

 だが、シャーリは違った。検問を張った軍の連中が、たとえ彼女に銃弾を当てることができたとしても、致命的なダメージにはならない。それが彼女の最大の強みだった。

「止まれ!止まらんと!」

 装甲車、トラックなどで物々しく検問を張っていた、ジュール連邦軍の連中。

 だが、所詮はただの人間達でしかない。《ボルベルブイリ》の市街地でやったように、彼らを完膚なきまでに倒してしまえば、どうせ簡単に突破できる。

 お父様には、大騒ぎするな。可能な限り、軍に行先を突き止められるなと言われているけれども、この際は仕方がないのだ。

 それにこっちには、レーシーもいる。軍の連中と同じように、ただの人間でしかないテロリストの部下達だけじゃあないのだ。

 シャーリとレーシーは、検問の兵士達の銃撃を、道路の両サイドに逃れる形でよけていく。

銃弾は次々と、シャーリ達の脇をかすめて行った。

 シャーリは道路の真ん中に立っていたから、銃弾の嵐を受ける形になっていたし、現に何発かは銃弾を受けていた。

 しかしそれはシャーリにとってダメージにはならない。すべて皮膚上で受け止められていた。

 レーシーの方も同じだ。彼女の持つ『能力』が、銃弾などただの豆鉄砲でしかない存在としている。

 道路脇は針葉樹林となっている。その隙間を切り開かれて作られた国道だからだ。

 シャーリとレーシーは森の中に入って、検問の兵士たちの攻撃をかわし、素早く相手の方へと近づいていく。

 シャーリはショットガンを使い、木を背にして、次々と兵士たちを打ち倒していった。

 シャーリ達が兵士たちを倒して行くと、その背後にあった装甲車から、巨大な重機関砲が出現する。その重機関砲は、シャーリの方に向けられ、構えられた。

 シャーリは素早く飛び退る。激しい銃撃音とともに、重機関砲からは弾丸が吐き出され、それが、シャーリが背にしていた木々を打ち砕いていく。

 あの重機関砲の前では、木を背にしてしのいでいく事は出来ないだろう。あんなものをまともに食らったら、シャーリであってもひとたまりもないかも知れない。

 重機関砲は次々とシャーリを追い詰めていく。一方的にやられていくだけだが、シャーリには、頼りになる味方があった。

 道路の反対側の森を移動していたレーシーが、ロケットランチャーを構えている。

 シャーリが眼で合図をすると、レーシーは、ロケットランチャーからミサイルを発射した。ミサイルは、シャーリに向けられている重機関砲に襲いかかり、爆発とともに粉々に破壊するのだった。

 シャーリはにやりとする。国道に張られている検問など、この国の軍では、どうせこの程度のものだ。装甲車の中にも何人か兵士がいるようだったが、どうせ簡単に始末できるだろう。

 シャーリは重機関砲が、完全に破壊された事を確認して、道路へと出た。そして、装甲車の周りにいた残りの兵士達をも次々に打ち倒して行く。

「シャーリぃ。本当はこんな事しちゃあまずいんじゃあないの?」

 シャーリと同じように森の中から姿を見せたレーシーが言ってくる。彼女は手とロケットランチャーを一体化させたままだった。

「いいのよ。お父様には、邪魔する連中は全て始末するように言われているんだから」

 シャーリは、ショットガンを肩に担ぎながらそう言った。

「それはさておきなんだけど、あの子たちは部下に任せておいちゃって、平気だったの?シャーリ?」

 レーシーがシャーリに大きな瞳を見せつけながら言ってくる。

「わたし達二人が出ていかないと、どうせ部下達じゃあ相手にならないのよ」

 と、シャーリは言い放ったが、そのとき、彼女たちは、自分たちがやってきた方向からも軍のトラックがやって来ている事に気がついた。

「じゃあ、あっちから来るトラックはどうすれば良いの?」

 トラックは、アリエルとミッシェルを乗せたトラックの背後からやってくる。

「しまった。検問で挟み撃ちをする気だったのね!レーシー!急ぐわよ!」

 

 停車したトラックの荷台のすぐ近くにトラックが2台停車する。そして、誰かが荷台に近づいていくる。アリエルはそれを、物音を聞きつける事で感じ取った。

 アリエルの聴覚は鋭くなっており、その音をはっきりと聴き取る事ができていた。

「おい、お前たち!さっさと荷台から降りろ」

 攻撃的な声で誰かが言ってくる。トラックの荷台を見た時に、彼らは、目隠しをされて縛られているアリエル達の姿を見ただろうか?

「助けて…!」

 アリエルが叫んだ。荷台に響き渡る声。

「おい!お前達!一体そこで何をしているんだ!荷台から降りろ!」

 そう行った刹那だった。突然、アリエルの耳をつんざくように、銃声が荷台の中に響き渡る。荷台の中にいる誰かが発砲したのだろうか?それとも、外にいる誰かが発砲したのか?

 トラックの荷台の外で、誰かが倒れる音が聞こえる。

「早くトラックを出せ!」

 荷台の中で響き渡る声。

 トラックは急発進して、荷台の中でアリエル達は激しく揺さぶられた。

 今、誰かが助けてくれるかもしれないチャンスだったのに。アリエルは早くこの場から脱出したかったが、手を拘束されていては何もできそうにない。

 そうだ。もしかしたらと思い、アリエルは、手足から伸びる刃を突き出した。その刃を使い、アリエルは走行するトラックの中で、まずは自分の目隠しを切り落とそうとした。

 だが、目隠しはなかなか切り落とせない。手が背中側で縛られているせいで、刃を幾ら伸ばそうとしても、顔の位置まで登ってこないのだ。しかも走行するトラックの中では、その刃で自分の体をも傷つけそうになってしまう。

 数秒もした時、何とか刃を自分の顔の位置にまで持ってくる事ができた。そして、刃を使い、アリエルは何とか、自分の顔から、目隠しを外すことができた。

「おい!おとなしくしていろ!」

 誰かが叫ぶ。両腕は拘束されていたままだったが、アリエルは、その場の状況をいち早く察知できた。

 トラックの中には男が3人いる。そして母もいた。彼らは皆、走行するトラックの中でマシンガンを持ち、アリエル達をトラックの中から逃さまいとしている。

 アリエルは走行するトラックの中で、立ち上がると、マシンガンを向けて来ていた者一人へと、素早く前蹴りを繰り出した。すると、彼の体は、トラックの幌を突き破って荷台の外へと飛び出して行ってしまう。

「何、何が起こったの?アリエル!」

 ミッシェルが叫んでいる。

「さあ、お母さんも早く!この場から脱出しなきゃ」

 アリエルも叫んで、母の拘束を解こうとした。だが、一人の荷台にいるテロリストがアリエルへとその銃を突き出してくる。

「駄目。あなただけでも逃げて!」

 ミッシェルが声を上げる。

 だが、アリエルは、

「嫌!嫌だよ!絶対にお母さんもここから脱出させてあげるんだから!」

「おい!おとなしく座っていろ!」

 テロリストが、アリエルへと銃を突き出す。

 だが、アリエルは、銃を向けてくるテロリスト達に向けて言い放つのだった。

「撃つならば、好きに撃ってみれば!あなた達は私を必要としている!だから、撃つ事なんてできないんでしょ?」

 と、アリエルは凄んで見せた。しかし、

「いいや。抵抗されれば話は別だ!さあ、さっさと座っていろ」

 だが、アリエルは、もうこれ以上彼らに従う事は出来なかった。このまま連れていかれるわけにはいかない。母も自分も。

 そう思った彼女は、体が素早く本能的に動き出していた。

 アリエルは素早く蹴りを繰り出して、目の前のテロリストの体を、荷台の奥側へと突き出した。彼の体は、運転席の窓から中へと突っ込んでいってしまう。

 アリエルは、母、ミッシェルの言っていた言葉を思い出していた。

 “『能力者』は、人間では考えられないほどの身体能力を発揮する”

 それが、自分にも備わっているのだ。

 アリエルはそう判断すると、すでに行動を始めていた。

 残った一人のテロリストが、トラックの荷台の中で銃を発砲してくる。しかし、アリエルはその銃弾をことごとくかわした。

 前にも何度かあったが、アリエルは、人の眼ではとても認識することができないものを、確かに素早く認識することができる。

 アリエルは、さらに一人のテロリストの銃を蹴り払い、トラックの奥へと叩きつけた。

 荷台のテロリストは一掃した。今すぐこの場から、母とともに脱出しようとアリエルが行動しようとしたその時、トラックは突然停車する。

 その急ブレーキのおかげでアリエルは体をトラックの荷台に投げ出され、ミッシェルの体も荷台の上へと転がった。

 急ブレーキの衝撃からすぐに立ち直ろうとするアリエルだったが、まだ立ち上がらない彼女の背後で、トラックの荷台に誰かが踏み込んでくる音が聞こえる。

「まったく、世話を焼かせてくれて!あんたがどうあがこうが、わたしから逃れる事はできないんだよ!」

 という声と共に銃が自分へと向けられる音が聞こえた。アリエルはすかさず立ち上がり、声の方を向く。

 シャーリがそこにいた。彼女は停車したトラックへと、ショットガンを構えて乗り込んできており、銃口をアリエルへと向けてきている。

「お父様は、あんたなんか必要としていない。厄介もので、面倒ばかりかけるあんたを、お父様のもとに連れていく事なんてできないね」

 アリエルが見るシャーリの顔は、脅しをしているようには見えなかった。彼女は何のためらいもなく、銃の引き金を引くつもりだ。

「アリエル。大人しく従いなさい。この娘は本気よ」

 ミッシェルがそのように言ってくる。だが、アリエルは、

「あなたのお父さんが、一体だれなのか、それを知らないと、私はあなたに協力する事なんてできない!」

 と言うのだった。

 アリエルがそう言った瞬間、シャーリのショットガンの銃口が火を噴き、散弾が吐き出された。

「アリエル!」

 ミッシェルが銃声と共に叫ぶ。

 アリエルはとっさに、自分の刃が生えた腕で、そのショットガンの弾を防ごうとしたが、彼女の体はトラックの荷台の幌を突き破って、外へと飛び出してしまう。

 アリエルの体は、停車したトラックから、幌を突き破って外のアスファルトの地面を転がった。

「死んだかどうか、確認しなさい。レーシー」

 煙が立ち上っているショットガンを構えた姿勢のまま、シャーリはレーシーに言う。

「あなた。何て事を!」

 目隠しをされたままの姿勢のまま、ミッシェルはシャーリ向って、怒りを込めた声を上げる。しかし、

「無駄な抵抗をするなら、あんたも容赦しないよ。お父様は、危険な存在は自分には近づけないのよ。たとえそれが、自分にとって大切な相手だったとしてもね」

 シャーリはそのように言うと、今度はミッシェルへとショットガンを向けた。

「ねえシャーリ?」

 トラックの外から、レーシーが言ってきた。

「何よ?どうしたの?」

「あの子。いないよ。トラックの外に転がってなんていない」

 その時シャーリは眼をそらしてしまう。その瞬間、トラックの天井の幌を突き破って、アリエルの刃が、シャーリに襲いかかってきた。

 シャーリは自分の頭上から襲いかかってきた刃に、目を見開く。それが自分の首筋へと走らされた衝撃で、彼女は背後へと尻もちをついた。

 アリエルは頭上から、シャーリへと襲いかかっていた。彼女が振り下ろした刃は、間違い無くシャーリの急所を走っていたし、いくらアリエルが、ナイフの名手とは言えずとも、それは致命傷になるはずだった。

 だが、シャーリは自分の喉元を押さえたまま立ち上がる。

「ショットガンで、外に吹っ飛んでいったふりをして、素早くトラックの幌の上によじ登って、奇襲を仕掛けようっていう考え。まあ、それなりに効果があるのかもしれないけれども、わたしには通用しないわよ」

 シャーリが喉元を押さえていたのは、ただの確認のためでしかないようだった。彼女の喉には傷一つついていない。

 確かに刃はシャーリを傷つけたはずだった。しかし、アリエルは刃を下した瞬間、まるで硬い金属へ叩きつけたかのような感覚を味わっていたのだ。

 更に、刃を通じて痛覚さえ感じる。刃が刃こぼれしているのだ。普通の人間には無いはずの感覚だったが、腕と一体化しているアリエルの刃は、確かに感覚を持っていた。

 アリエルの刃が刃こぼれすることで、確かな痛みを感じる。

「分からず屋ねぇ、アリエル。あんたみたいな奴は、やっぱりお父様には会わせられないわぁ。今ここで、殺してあげたいもの」

 シャーリは立ち上がると、再びショットガンの銃口を向けてきた。

 しかしその時、

「随分と、お痛が過ぎる子に育ってしまったようね。シャーリ。人質は丁重に扱えと、あなたのお父様に習わなかったの?」

 荷台に後ろ手に座らされていたミッシェルが、一言放った。

「テロリストに成り下がった理由は何?」

 と、さらにミッシェルが言葉を続ける。

 その言葉が、シャーリの頭に血を上らせてしまったらしく、彼女はショットガンの銃口をミッシェルへと向ける。

「また、テロリストと言ったな!わたし達はテロリストなんかじゃあ!」

 シャーリがショットガンをミッシェルへと向けてきた瞬間、後ろ手に縛られ、目隠しもされていたミッシェルが、突然、シャーリのショットガンを蹴り上げた。

 突然の蹴りに、シャーリはショットガンを握った腕をも、高く上げてしまい、そこに大きな隙を作った。

 これは養母が考えた作戦なのだと、いち早く気づいたアリエルは、素早くシャーリの体へと体当たりをしかけ、彼女の体をトラックの荷台から外へと押しやった。

 シャーリの体は、まるで金属の塊のように硬く、しかも重かったが、アリエルは全力でシャーリの体をトラックの車外へと突き落とす。

「運転手を!トラックを奪って!」

 ミッシェルから指示が飛ぶ。アリエルは、まるで押し倒すかのようにシャーリをトラックの荷台から外へと突き落としていたから、急いで起き上がり、運転席へと飛び込んでいった。

 アリエルは、非常に危機感を感じている自分が、驚くほどのスピードで行動している事に気がついた。

 シャーリが起き上がって、再び荷台へと乗り込んでくるのよりも早く、

 アリエルは運転席の方へと飛び込んでいき、荷台と運転席を隔てている窓を突き破った。そして、運転手をトラックの扉を突き破りながら、車外へと蹴り出し、ほとんど飛び込むようにしてトラックのアクセルを踏み込む。

 エンジンがかけられたまま停車していたトラックは、急激にアクセルが踏みこまれた事によって動き出した。

「駄目!私、トラックの運転なんてした事無い!」

 アリエルはアクセルが踏みこまれ、トラックが走りだした瞬間、我に返ったようにそう言った。彼女は、わけも分からない様子だったが、

「バイクの運転と同じ感覚よ!あなた、バイクの免許は持っているでしょう?」

 と、ミッシェルは言ってくるのだが、アリエルは当惑して答えるしかなかった。

「実は、無免許で」

 そうアリエルが言った瞬間だった。突然、トラックに背後から空を切り裂くような音が響き渡る。

 アリエルはバックミラーをサイドミラーを見たが、その時見えてきたものは、炎を後ろから噴出させ、トラックへと突進してくるミサイルだった。

 ミサイルは、トラックの荷台に着弾し、爆発とともに、トラックの車体を吹き飛ばした。すでに急発進していたトラックだったが、ミサイルの着弾によって、ロケットエンジンでも付けられたかのように、再加速され、前部がつんのめる形になってしまう。

 アリエルは爆発の衝撃でハンドルを大きく切ってしまい、爆発時の加速もあいまってトラックは横転する事になってしまった。

 まるで天地がひっくり返ったかのようにアリエルの体は、運転席内で揺さぶられ、やがてトラックが停止した時には、彼女の体は運転席から投げ出されていた。

 頭を打ったのか、体を打ったのか、アリエルは自分でもよく分からなかったが、とりあえずまだ生きている。それだけは分かった。

 すぐにアリエルは肝心な事に気が付く。今飛んできたミサイルは荷台に直撃していた。という事は、荷台に乗っていた母はどうなってしまったのだろう?

 アリエルはとっさに自分が運転席から飛び込んできた、荷台への窓を覗き込む。

「お母さん!お母さん平気なの!?」

 横転したトラックの中はひどい有様だった。特に荷台など、原形を留めていないようだった。

「逃げなさい。アリエル」

 荷台の中から声が聞こえてくる。それは母の声だった。

「お母さん!お母さん!」

 アリエルは叫ぶ。

「大丈夫。私は大丈夫だから。ただ足が挟まって抜けないの。ここからは逃げられない」

 聞こえてきた母の声は決して瀕死の重傷を負っているような声ではない。しかし、トラックから逃げられない。それはアリエルにとって残酷な言葉だった。

「そんな、嫌だよ!私、お母さんと一緒じゃあなきゃ逃げられない!」

 アリエルが運転席に向かって叫ぶ。

「何を言っているの。あなたはもう立派に生きられるのに。それとも、あのシャーリに捕まりたいって言うの?」

 荷台からアリエルに向かって放たれてくる言葉は、痛烈な響きさえあった。

「そんなんじゃあ、そんなんじゃあないけれど。お母さんが捕まっちゃう!」

 アリエルは母に向かっていった。荷台を覗きこもうと思っても、中が原形をとどめていないので、どこに母がいるかも分からない。

 だが声だけは帰って来ていた。

「行きなさい!私は捕まったとしても、あなただけは逃げる事ができるでしょう?」

「そんな!私そんな事できない!」

 アリエルは必死になって言った。

「いいえ、行くのよ!行きなさい!そして、決して私を助けに戻ろうとしては駄目よ。シャーリ達にも、その仲間にも見つからないように逃げるの。私からのお願いよ!逃げて!」

 母の痛烈な叫び声が響き渡った。

 アリエルにはすぐに決断することはできなかった。だが、シャーリ達はこのトラックへと近づいて来ていたし、もはや迷ってなどいられなかった。

 アリエルはもう何も考えないようにした。

 母が言ったように、ここから逃げ出すしかない。後は体が動くままに任せた。

 横転したトラックの運転席から、無理やり体を引っ張り出し、あとはもう、猛獣から逃げ惑うウサギであるかのように逃げ出すしかなかった。

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 アリエルはただその場から逃げ出すしかなかった。とにかく逃げるしかない。それしか考えられなかった。

 アリエルは国道から脱出すると、すぐに森の中へと分け入っていた。森はうっそうと茂る針葉樹林となっており、家の一つも見つける事が出来ない。

 ここは街からはかなり離れた場所だという事が分かっていた。だが、このまま森の中を進んでいったとしても、一体何を見つけることができるのだろう。

 仕方が無い。アリエルはあるものを取り出した。

 それはテロリストから奪った携帯電話だった。さっき、テロリストと戦った時、携帯電話を上手く奪い取る事が出来たのだ。

 アリエルは携帯電話を操作し、空間に画面を表示させた。携帯電話のサイズは非常に小さく、手に収まるほどのものしかない。だが空間に表示させる画面は、はっきりと文字を読み取れる程度の解像度がある。

 アリエルは、あるネットワークサイトにアクセスすると、素早い操作で地図を表示させた。

地図は、この近辺のものとなっている。アリエルはあるポイントを地図から見つけようとしたが、見つける事が出来ない。

 シャーリ達から逃げているアリエルは、更に画面を拡大し、より広域の地図を表示させた。

するとそこには赤いポイントが点滅していた。

 現在位置と表示されているポイントからは大分離れている。距離にしておおよそ50kmは離れた場所と表示されていた。

 しばらく時間がかかってしまうかもしれない。だが、やるしかなかった。アリエルは即座に携帯電話を操作して、“リモートコントロール”と書かれている表示を選択した。

 すぐに画面には“実行中”と表示された。

 アリエルはすぐに携帯電話の画面を非表示にし、電源をオフにした。

 携帯電話でネットワークサイトにアクセスし、通信をする事によって、逆探知なんかをされて、自分の居場所が特定されてしまうかもしれない。だが、今はこうするより他に方法が無いのだ。

 アリエルは携帯電話の操作を終えると、更に森の深くへと入っていく。とりあえず、GPSが携帯電話に付いていて、地図も表示する事ができるようになっているから、森の中に入っていっても遭難する事はないはず。

 だが、逆探知をされたら逆効果になってしまう。本当に遭難した時のために使わないでおこう。

 アリエルはすぐに携帯電話を自分のポケットに収めた。

 だが彼女は、携帯電話の電池が微弱な電波を発しているという事を知らなかった。

 

「アリエル。ふふふ、せいぜい逃げていなさい。あなたの居場所はすぐに分かるわよ」

 シャーリは、自分の手にした携帯通信機の画面を見ながらそう呟いていた。

 部下の携帯電話が無くなっている事にはすぐに気が付いた。アリエルは頭の良い娘だ。それだけは認めてやろう。だから携帯電話を素早く盗み取るだろうと言う事は、シャーリにも簡単に想像する事が出来た。

 しかし、アリエルもまだまだ甘い。スパイ映画の一つも観た事が無いのだろうか?携帯電話は電池さえはまっていれば、微弱な電波は常に発しており、簡単に追跡する事が出来てしまうのだ。

 部下達が倒されてしまい、今、アリエルを追跡する事ができるのは、シャーリと、レーシーの2人しかいなかったが、居場所さえ分かってしまえばこちらのものだ。

 シャーリは森を分け入り、素早く移動する。そして、アリエルの姿を見つけて素早くとらえてしまえばよい。

 できれば殺してやりたかった。それもじっくりと。

 それができると考えただけでも、思わずぞくぞくしてしまいそうなシャーリだったが、踏みとどまるしかない。

 何しろお父様の命令なのだから。アリエルは必ず彼の元へと連れ帰らなければならないのだ。

「ねえ!シャーリ!」

 背後からレーシーが言ってくる。彼女はジュール人形のドレスのような衣装を着ていたから、この森の中ではとても歩きにくそうだった。

 戦闘時になれば、あれほど危険な存在と化すのに、普段はとても緊張感が無く見える。それは時にシャーリさえも苛立たせた。

「ついてこれないんだったら車に戻っていな!応援は呼んだんだろうね?」

 シャーリはレーシーに向かって言い放つ。

「呼んだよ。でもすぐには来れないってよ!衛星の追跡もしているけれども、ここは駄目。木で隠れちゃっていてさ」

 とレーシーはいつもながらの口調で言っていた。

「ふん。携帯電話があれば大丈夫よ。あんたは、さっさとあのミッシェルをトラックの底から引っ張り出してやんなさい!」

 シャーリはそう言うなり、ショットガンをかつぎながら、先へと進んでいこうとする。

 シャーリ達にとって、任務のそもそもの目的であったミッシェルを、あの場で死なせるわけにはならない。

 あちらはレーシーにさっさと任せてしまいたかった。

「でもそれってアダになるよ、シャーリ。もしかしたら、携帯電話をその辺に置き去りにしてしまっている事もあるし、動物にくっつけられたら、動いているように見せかける事だってできるでしょう?」

 レーシーが背後から言ってくるが、シャーリには彼女の指摘にすぐに応える。

「さっさと、戻って、あのミッシェルをトラックから助けてやんなさいよ!」

「さっき、事故発生時に使う、圧力測定機っていうので調べたんだけれども…、あのトラックがミッシェルの方に崩れ落ちてくる確率は42パーセント。それでいて、崩れてくるまでにかかる時間は600秒らしいから、あと、300秒は大丈夫。ここでシャーリと180秒お話して、60秒で戻って、30秒で救出すれば!あらあら、30秒も余裕ができちゃうわ!」

 レーシーは何とも緊張感の無い声で言うのだった。アリエルが逃げなければ、このままシャーリも、大切な人質であるミッシェルの救出をしたかったが、このままアリエルを逃がすわけにもいかなかったのだ。

 このまま引き返して、ミッシェルの救出をするという手も考えられたが、レーシーの計算はほぼ間違いのないものだ。

 彼女の脳と直結している事故発生時に現場で使われる測定機は、レーシーの視覚情報から、事故の程度を割り出す。

 トラックの損傷具合や瓦礫の壊れ方から、下敷きになっている人物があとどのくらい無事でいられるのか、測定する事ができるようになっているのだ。

 レーシーがあと300秒はミッシェルが大丈夫と言うならば、彼女の言う通り、300秒。つまり5分は大丈夫なのだろう。

「あのねえ。アリエルにはある目的があるのよ。携帯電話を持っているって言う事は、ナビシステムもあるし、あの機能も使えるじゃあない?あの子はバイクが大好きなのよ。この国では買えないようなバイクも持っていてねぇ」

 とレーシーに言うシャーリは、まるでわがままな妹に言い聞かせるかのように言った。

「そのナビシステムに侵入すれば、アリエルが向かう場所も分かるっていうものよ。多分あの子は、わたし達から逃げようとするため、バイクを使うはずなのよ。

 たとえ居場所がばれても、あの子はバイクを使ってこの場所から逃げだそうとする。だってそれしかないものね。こんな森から逃げ出すためには」

 そのようにレーシーに言い聞かせると、彼女は自分の頭を人差指で指さし、何かを思考するかのようなしぐさをして見せた。

「と、思ってやっているんだけれどもね」

 彼女の頭の中には、ちょうどシャーリ達普通の人間が見ているような、コンピュータ画面のような映像が流れているはずだ。

「確かにあるね。ポイントがどんどん動いていて、それを追跡する形になっているみたい。あの子、ずいぶんこの手の操作をやり慣れているらしくて、細かい座標指定までしてあるみたいだよ」

「じゃあ、先回りしてその場所を抑えれば良いだけね」

 とレーシーは言うのだった。

「ああ。もう300秒切っちゃった。早く助けにいってあげないと!」

 ミッシェルは踵を返して、さっさとシャーリとは別の方向へと向かった。その方向には国道があり、レーシーの言う通りならば、あと300秒で、42%の確率でトラックの下敷きになってしまうミッシェルがいるはずだった。

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 アリエルはまだ森の中を走っていたが、ここはいくら森の中へと分け入って終わりが無かった。

 一旦国道の方に戻るしかないようだと思い、彼女は方向転換をする。

 バイクがやって来るまで、あと10分。逃げ切る事はできるだろうか。

 心臓が高なっている。シャーリ達には間違いなく自分の居場所がばれてしまっているはずだ。

 だから、バイクは早く自分の元に来てほしかった。

 シャーリ達が自分の元へと迫って来ているのは、眼には映っていないのにしっかりと感じられた。

 

 シャーリは確実にアリエルに追い付こうとしている事を感じた。

 思わずショットガンを握る力が強まり、興奮している自分を感じている。あんなに可愛い獲物を仕留めずにはいられない。

 アリエルの事を放っておいて、ミッシェルの救出に専念しろと言われようとも、アリエルを仕留めてやりたい。

 アリエルを殺してはならないと言うならば、彼女に言う事を効かせてやる方法はいくらでもあった。

 自分は狩人。獲物を仕留める事に、何よりもの快感を感じる事ができる。

 シャーリはその真っただ中にあった。

 携帯端末が表示している位置座標をチェックする。アリエルとの距離はもう100メートルも離れていない。自分が今いるポイントは、どんどんシャーリの元へと近づいてきていた。今、飛び込んでいって仕留めてやろう!

 そう思って、シャーリが駆け出そうとした時、突然森の中に携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 

説明
自分の”父親”と出会う事になるアリエル。不治の病に冒されている父はそれを治すために、アリエルの養母からある移植手術をさせる事に。
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