少女の航跡 第3章「ルナシメント」 2節「鉄檻の鳥」
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 カテリーナは麗人が着るようなゆったりとした服を着て、部屋の片隅に座っていた。こんなにゆったりとした服を着るのはいつぶりぐらいだろうと、カテリーナは思い出そうとしていた。

 騎士の礼服だって、女向けに作られたものを着ていたが、スカートなんて履くのも実に久しぶりだ。《シレーナ・フォート》にいた時は、いつも騎士の装束を身に纏っていた。それはスカートが付けられているようなものではなかったし、今着ているようなゆったりとした服でも無かった。

 カテリーナは奇妙な感覚に包まれていた。

 外の世界では何が起こっているか分からない。ただ、自分はこの場に監禁されていて、外の様子も知らないまま、ただ時間を過ごしているだけ。

 このままここにいるわけにはいかなかった。

 ここから脱出しなければ。

 カテリーナがそう思い始めた時、再び扉が開かれ、そこにはカテリーナがよく見慣れた男が姿を現した。

 ロベルト・フォードと名乗っていた男。『ディオクレアヌ革命軍』討伐と、その情報提供のため、カテリーナ達と同行した旅人の男だった。

 だが、何度も姿をくらまし、挙句の果てには、カテリーナをこの場へと連れ去ってきた、あの男。

 カテリーナも一時期は、ロベルトに対して信頼をしていたが、カテリーナをここに連れ去ってきた以上、もはや信頼もできない。

「何の用だ?」

 カテリーナはそこにロベルトが現れたという事を、特に気にしなかった。

 だが、今までの力さえあれば、ここで瞬時にこの男を打ち倒して、部屋から飛び出してやる事もできただろう。

 こいつらが付けた腕輪のおかげで今は、並の女の力しかもっていないカテリーナには、大柄なロベルトに対して今は何もできない。

「君に、話しておかなければならない事が幾つかある」

 ロベルトは口を開き、カテリーナにつぶやいた。

「あんたは、何も話してくれないんじゃあなかったのか?」

 と、カテリーナはロベルトを皮肉って言ってみた。だが、ロベルトは全く表情を変えることなく答える。

「なぜ、君が監禁されなければならないのか、知っておきたくはないのか?」

「当たり前だろう?」

 ロベルトの言葉に、カテリーナは彼を睨みつけて言い放つ。

 力を封じられていようと構わない。何も恐れない『リキテインブルグ』の女騎士としての姿を見せつけてやるのだ。

 そんなにらみを効かせてやったところで、このロベルトが引き下がらない事ぐらい、カテリーナは良く知っていたのだが。

「早く言ってしまえば、君が持っていた、その力が問題なのだ」

「私の力が?」

 察しは付いていたが、カテリーナは少し驚いた目を見せた。

「君は生まれた時から、普通の人間にも持っていない力がある。それぐらいは知っているだろう? 今は私たちが封じているのだがな」

 ロベルトは、まるで生まれたときから自分の側にいたかのように、そのように言って来る。

 だがそんな事は無いはずだ。この男を始めてみたのは、1年半ほど前で、それ以前の面識は一切無い。

 だが、随分、自分について深い事を知っている。

 誰かに聞かされたか? それとも、かげながら子供の頃からずっと見られていたのか。

「この力が何なのかは、私にも分からないが。持っていると、何か問題でもあるのか?」

 カテリーナは、ロベルトがなぜ自分の事を知っているのか、という事にはあえて触れずにロベルトへと目を向けた。

 ロベルトは、カテリーナに向って、彼女が尋ねなかった事に対してか、頷くと口を開く。

「その力は、ある者によって、意図的に付けられた力だ。どんな力か、という事は対して問題にはならない。君は例えば、稲妻を味方につけ、大精霊さえも召喚してしまう力だったのは意外だが、そこまでなくても、とりあえず、この地上にいる生命の中でも、驚異的な力さえあれば問題ない」

 ロベルトの話す言葉から、カテリーナはまた新しい彼らの意図を見つけた。

「まるで、私の力を欲しているのが、お前たちであるかのような口ぶりだな?」

「察しがいいな」

 どうやら図星だったようだぞと、カテリーナは思い、更に一層、ロベルトへの警戒を強めた。

「だったら、なぜ、私の力を封じるんだ? 扱いやすくするためなのか?」

「それは、当然と言えば、当然の事だ。君の力は、はっきり言って危険すぎる。君がその気になれば、一つの国ぐらい建てられる」

 ロベルトは、カテリーナの腕の腕輪がはまっている場所を指差した。まるで、そこでカテリーナの力が全て塞き止められているかのように彼女は感じていた。

「そうならないように、君を監視するのが、我々の目的だ。もちろん、君がそんな事をしないことくらい分かっているが、人は変わるものでね。

 特に君はまだ、18歳だろう? 君自身、まだまだ力が成長する可能性もあるし、それを人に利用されることもある…」

 ロベルトの、まるで話しなれているかのような口調。カテリーナはある事を察して、彼に向って言った。

「あんた達…。もしかしたら、こんな事を、何度もやって来ているのか…? まるで、私みたいな人間を何度も生み出して、扱い方に慣れているように思える」

 前々から感じていた事だが、ロベルト達は、まるで何手先も、カテリーナ達の行動、あのディオクレアヌ達の行動も見越しているかのようだ。

 それはつまり、同じような事を何度も経験しているからなのではないか、と察していたのだ。

 いつもはそれをはぐらかして来たロベルトだったが、今は話す時なのか、口を開いてくる。

「それに対しては、私からは答えられないが、君の力を利用しようとしている者は、扱いに慣れていると思って差し支えないな」

 ロベルトはカテリーナの目を見て言った。

 もし、ロベルトの言うとおりだったら。カテリーナにとって得る選択肢は一つしかないはずだった。

「ここから出してもらいたい。私は自分で、そいつにあがなってやる…」

 決意も露にカテリーナは言った。今のようなゆったりとしたドレスを着て、力も発揮できないような状態では、そんな決意もはっきりと表せないかもしれないが、

 言うだけの価値はあるはずだ。

 今すぐに窓を割って外に出てやるという素振りをカテリーナは見せる。拳を上げ、それを窓ガラスへと叩きつけるのだ。

 いつもなら、カテリーナの力によってその拳からは、人間の力からは想像も付かないような力が発揮され、窓ガラスは砕け散る。だが、今のカテリーナにとっては、逆に拳が痛くなるだけだ。

 窓ガラスは割れず、びくともしない。

「駄目だ。それだけはできん。君の力を欲している者は、君の力を利用できるだけの力を持っている。太刀打ちできまい」

 ロベルトは、当然の事のようにカテリーナに対して言うのだった。

「あんた達なら、それができるというのか?」

 拳の痛みなど構わず、カテリーナは尋ねた。

「いいや。だが時期によっては可能だ。私達は、その時期まで、君の存在を知られたくないだけなのだ」

「結局あんたも、私の力を利用したがっている者と、何も変わらないように見えるぞ」

 と、ロベルトの問いに対してカテリーナは答えるのだった。

 ロベルトは何も答えることなく、部屋から出て行ってしまった。

 頑丈な扉は重々しい音を立てて閉じられ、再びカテリーナは部屋へと監禁されてしまう。

 このまま、この場所にいつまでもいるわけには行かない。自分にかけられている“封印”というものをさっさと解いて、脱出しなければ。

 ロベルトのいう、危機が、自分の国に訪れようとしているのだったら、今すぐにもここから脱出しなければならない。

 すぐにでもカテリーナは行動しようとした。

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 監視をしていた。

 それは、一個人に対しての監視でもあったし、ひとつの街、そしてひとつの国の監視でもあった。

 彼の眼が見逃すものはない。この世界にある全てのものを、彼は見逃さない。

 彼は、人間やその他の種族が住んでいる世界とは、かけ離れた場所に住んでおり、彼らを見下ろしていた。

 彼が見ているものは、水の中に移りだす風景のようなもので、彼の位置からその光景を見下ろせば、全てが眼下にあるかのように見る事ができる。

 人間達が暮らしている世界は、あくまで下界にあり、彼の住む世界は、上の世界にある。

 彼が、下界を見下ろすことはできるが、下界から彼の姿を見る事はできない。

 全てが、絶対的な地位にあった。

「お父さま…、何を見ていらっしゃるの…?」

 彼の背後から、まだ幼い娘が姿を現した。彼は、薄暗い部屋で、川のように流れる風景を見ていたため、影のような姿にも見える。しかし反して、彼の背後から現れた娘は、ほんのりと白い光に包まれているようだった。

 娘は、彼を、お父さまと言い、近くに寄ってくる。

 銀色の髪が、足下に垂れさがるほど長く、白い衣装が彼女を精霊であるかのような姿に魅せる。

 人間たちに言わせれば、さながら人形のような姿。彼女を形容するのにはその言葉がふさわしい。

「人間達や、その他の言葉を持つ生き物が、どう行動するかを見ているのだよ…」

 彼は、自分を、父と呼ぶその娘に対して、そう口を開いていた。

 娘も、父と同じように、じっと川のように流れる光景を見つめた。

 そこには、さまざまな像が流れている。下界のさまざまな光景が。

 像には、人や生き物が映っていないものは一つもなく、一人であれ、多人数であり、必ず、生物を映していた。

 その内の一つに、燃え盛る城の像があった。

 燃え上がった城からは、多くの人が逃げ出している。燃え上がった城からは、どんどん炎が広がってきており、それは、街をも燃やして行った。

 次々と逃げ出す人々。成す術もなく、ただ混乱したように逃げ惑う。

 娘は、その像をじっと見つめていた。像はあくまで、川の中に流れて下界の様子を映し出しているものだったが、まるで、目の前で起こっている事であるかのように、現実感を持っている。

 娘は、やがて口を開いた。

「弱い…。彼らは、とても弱い…」

 人形のような彼女の表情は、人々の悲惨な姿を見ても、まるで変わる事はなかった。むしろ、強い興味を持っているかのようだ。

 目が見開かれ、その中にある、金色の瞳が、下界の様子を見つめている。彼女は、流れる像を顔をうずめるかのような近さで見つめていた。

「その通りだ。彼らは、確かに弱い。しかし、中には、強い者もいる。」

 彼は、下界の様子に興味を持つ娘を、別の像へと導いた。彼女の近くに、また違う像が流れ込んでいく。

 それは、閉ざされた部屋にいる、一人の若い女、この娘よりも幾分か大人びた女の像だった。

「この娘は、だぁれ?」

 その若い女にも興味を持ったようで、娘は像を覗きこむ。

「それが、今、私達が最も興味を持っている娘だ」

 と、彼は言った。

「この娘が…、へええ…」

 像の中を覗き込む娘は、若い女が映っているその像をずっと見つめていた。

 

 

 花瓶を割ったカテリーナは、その破片を手にした。

 恐怖はあまり感じなかった。だが、痛みに対する覚悟はしなければならないようだ。今の体は今まで持っていた自分の体とは違う。

 痛みに対する免疫も無いかもしれないし、どの程度まで血が出たら死んでしまうのか、分からなかった。

 だが、やらないわけにはいかない。腕に一体化している腕輪を取り除いてしまえば、元の力を取り戻すことは出来るはずだった。

 少なくとも、この場所から脱出するために、試してみる価値はあるだろう。

 カテリーナは、感情を全く込めない表情のまま、自分の右腕へと、花瓶の破片を振り下ろしていた。

 たぶん、たくさん血が出て、痛いんだろうな。そう思いつつも、カテリーナは、自分の腕から、腕輪を切り離しにかかった。

 

 

 カイロスは、どこからか隙間風が流れてくるのを感じ、背後を振り向いた。

 彼は居間にいて、テーブルの上に置かれた酒の瓶をそのまま飲み干していた。自分が人間達にとって、想像も付かない次元にいる存在とはいえ、やはり酒だけは欠かすことが出来ない。

 嫌な事も、どうしようもならない事に襲われるときも、やはり必要なのは酒しかないのだ。

 『ベスティア』の監獄に1週間も捕らえられていて、しかもその後の逃避生活1週間。ようやくありつけた酒だ。カイロスにとって見れば、特別な味わいを持っている。

 だが、そんな酒の味を全て忘れさせ、しかも、酔いさえも醒ますようなことが起こった。

 居間から素早く移動したカイロスは、館の玄関口の扉が開いているのを見つけた。

「おいおい、こいつぁもしかして…?」

 カイロスは足元をみた。そこには、血痕が点々と続いている。しかも、それは女の足跡の形を残している。血の上から靴で踏んだあとだ。

 この館の中に女は一人しかいないはずだったし、今、外へ出て行こうとするのもたった一人しかいなかった。

「おい! サトゥルヌス! 大変だぜ! 早く2階を!」

 館の奥の方に呼びかけるカイロス。

 すると、すぐにサトゥルヌス、カテリーナの前ではロベルトとしか呼べない男が飛び出して来て、2階へと向かった。

 2階のカテリーナがいるはずの部屋は、ロベルトに任せ、カイロスは、屋敷の外へと飛び出す。

 この屋敷の外はすぐ森になっていて、その森の奥へと血のラインは延びていた。明らかに相当に出血している事が分かる。

「どこ行きやがった…! この出血で森の中に迷い込んだら、ただでは済まないぞ…!」

 カイロスは屋敷から飛び出し、急いでカテリーナの後を追おうとする。しかしながら、それを背後から呼び止める男の姿があった。

「カイロス。来てみろ。どうせカテリーナはそう遠くへは行けん…。この森は、彼女にかけた、いわば第二の檻なのだからな。このまま追いかけるよりも、もっと効率的に追う方法がある」

 そこにいたのはハデスだった。彼は屋敷の扉に寄りかかり、あくまで冷静に言い放っていた。

「何だ? その効率的な方法ってのは…? オレは知らないぜ…」

「いいから来い。教えてやる」

 ハデスはそう言って、カイロスを屋敷の中へと引き戻していた。

 2人は、カテリーナを捕らえていた、鉄の扉を持つ部屋へと戻る。鉄の扉は一部が火に溶かされたかのように溶かされており、錠が外れていた。カテリーナがやったのだろう。

 『力』を戻したカテリーナがやったに違いない。しかし、彼女の力は腕輪によって封じられていた。

 自力で腕輪の呪縛からのがれ、扉を開く方法は一つしかない。

「おいおい、嘘だろ! あの女、本当でやりやがって…! 信じられねえぜ!」

 部屋の中に飛び込んだカイロスは、そこで凄惨な光景を目にした。

 思わず飲んでいた酒を噴き出しそうになった。何しろ、部屋の真中に置かれたテーブルの上には、どす黒くなるまで血が広がり、しかもそこの上には、白い腕だけが残されていたのだから。

 サトゥルヌスは、その腕をじっと見つめていた。肘よりも上の位置で切断された腕は、腕輪がはまったままだ。繊細そうな女の右腕が、ただ力なく置かれている。

「花瓶の破片だ。これだけ使って切断したらしい」

 サトゥルヌスが、血の溜まりの中にあった、手のひらほどの大きさの破片を手にした。

「おいおいおい。叫び声一つ聞かなかったんだぜ。オレは…。そんな、刃物でもないもので、切断するなんて、考えられないぜ…」

「ああ、だが、実際にやってのけた」

 サトゥルヌスが、真っ赤に染まった花瓶の破片を持ち上げる。そこからはまだ新鮮な血が滴っていた。

「腕輪だけでの封印で良いと言ったのは、お前だぞ、サトゥルヌス。いや、正確には違うがな…。ずっと眠らせておく事だってできた。

 あの娘なら、腕を落とすくらいやりかねないと、私も思っていた。もっと確実な封印法を使わなかったお前に責任がある」

 カイロスと共に2階に上ってきたハデスが言った。だが、この場の凄惨な光景を目の当たりにしても、顔色一つ変えずにサトゥルヌスは言った。

「言い争う場合ではない。さっさとカテリーナを見つけるぞ…。第2の呪縛はきちんと働いているんだろうな?」

 と、ハデスに向ってサトゥルヌスが言う。

「もちろんだ。私の力はお前のよりも幾分も優れているんでね…」

 眼光を光らせて、ハデスは答えていた。

説明
ロベルト達に囚われたカテリーナは何も抵抗する事が出来ないまま、その超人的な力を封印されてしまっているのでした。カテリーナは何とか脱出しようとするのですが―。
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