双子物語-10話-
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 ガヤガヤガヤガヤ

3時間目が終わり、休み時間の間。クラスの生徒たちの賑やかな会話が混じり雑音が

聞こえてくる。そんな中でひときわ明るく入ってくる彩菜と春花。ちょっとした

疑問を私に聞いてきた。

 

彩菜「ねぇ、県先生ってけっこう謎な部分が多くない?」

雪乃「そうねぇ…」

 

 確かに幼稚園や保育園の先生からすぐに小学校の先生に変わるって普通に考えて

不可能なんだけど、どうやっているのだろう。それとどんな考えで動いているのかも

わからなかった。

 

雪乃「わからないけど、良い先生なんだから別に探らなくてもいいんじゃない?」

彩菜「ん、まぁ。そうなんだけどね」

大地「それより、昨日のあれ見た?」

 

――――――――――――――県サイド――――――――――――――――――

 

県「ヒロー、お邪魔するよ」

 

 体育の授業をこなしてきた私は一番近い保健室へと顔を出した。すると、ちょうど

悩みを抱えている生徒のカウンセリングをしていたところだった。なるべく聞こえない

ように一時外へと退散してから間もなく、暗い表情だった生徒は少し表情が柔らかく

なって廊下の向こう側へと歩いていった。見届けた後に私は再び保健室へと入る。

 

県「お見事ですな。さすが小鳥遊先生」

ヒロ「もう、やめてよ」

 

 ふぅっと、色気のあるため息を吐くと。目の前にある紙にサラサラと簡単に

書き加えていく。肩より少し下の背中にかかる髪が換気のために少し開けていた

窓から吹く風になびいているのが、なんかかっこよくてずっと見ていたくなる。

 

ヒロ「で、何の用ですか?」

 

 書き加えが終わると背中を向けていたヒロは私の方に向き直って少し疲れた表情で

笑みを浮かべて聞いてくる。ヒロとは大学時代に出会ってここまで親友として

つきあっていた。だから大体のことは私にだって理解もできるし、何かしてあげたい

と思うわけだ。

 

県「つれないなぁ。…ヒロの顔が見たくなっただけだよ」

ヒロ「ふ〜ん」

 

 まるで信用していない。その上、子供を見るような眼差しで見られるのは勘弁して

ほしいものだ。でも、少し余裕のある表情を見ていて安心した。数年前の彼女には

冷や冷やしたものだから。彼女には子供がいてそして、すごく良い旦那がいた。

しかし、子供が生まれてすぐに交通事故で亡くなり。ヒロはひどいショックを受け

ノイローゼみたいになっていた。

 

県「それでさぁ」

 

 私が駆けつけた時には子供すら放置していた状況で、ヒロは自殺を図ろうとした

ところで私が必死に止めた。そのころからカウンセリングの仕事はしていたが

もう仕事なんかできる状況じゃなかった。落ち着くまで、ヒロがその気になるまで

私が子供の面倒を見ることになって、今じゃ親子並みの仲のよさになったけど。

 時間があっては子供を預けて、ヒロの様子を見に行って。長く険しく終わりそうも

ないように感じたけど、今では根気よく続けてよかったと思える。

 

県「叶ちゃんのことでね」

ヒロ「随分長い間、預けちゃったわね。でも、ごめんね。長い間見てもらっちゃって」

 

 よくなってきた頃にはヒロの娘の叶ちゃんも大きくなっちゃって、今では小学生。

4年に上がった彩菜と雪乃の一つ下くらいかな。少しよくなってきたときから

ヒロは娘に会いたくなり、私が定期的に連れてきては一緒に話をしたり遊んだり

していたが、未だにヒロは自信を持てずに娘を私に預けていた。

 

県「いいよ、叶ちゃんといると私も楽しいし」

ヒロ「まだ、自分が母親としての自覚が持てなくて…自信もないし」

 

 ヒロには言わなかったが、叶ちゃんは今、柔道をやっていてがんばっている。

聞いてみたところ、自分が強くなってお母さんを守るんだとか健気なことを

家で言うもんだから、感動しちゃうよね。でも、まだ言わないで欲しいと叶ちゃんから

聞いた私は約束を守ることにした。本当は実母のヒロには相談しないといけないとは

思いつつも、約束を破るのは人としていかがなものかと思い、子供の気持ちを尊重して

その口約束を守っている。ちなみに叶ちゃんはここではないどこかの別の学校に通って

いてがんばってる。

 

県「今日、久しぶりに呑みにいかない?」

 

 杯を傾ける仕草をしながらヒロを誘うと呆れたようにため息を吐いて距離を縮めてきた。

 

ヒロ「叶をほっといて?」

県「勘違いしないで。今日は叶ちゃん、信頼ある人に預けてあるから」

 

 うっかり道場の集まりのお泊り会なんて言いそうになった私はすぐに言葉を切り替える。

しかし、変なところで勘が鋭いヒロは目つきを鋭くして私を睨みつける。

 

ヒロ「どんな人よ」

県「ん〜」

 

 私は頭の後ろをポリポリ掻いた後にヒロを抱きしめ、頭を撫でてやる。そして頭の匂い

も嗅いでやる。いきなり好き勝手なことをしていたら力づくで引き剥がされ、ヒロに

叱られてしまった。

 

ヒロ「もう、髪が乱れちゃったじゃない〜…」

 

 乱れた髪を戻す仕草が可愛くて、直したらまためちゃめちゃにしたくなる衝動を

抑えて一言ヒロに告げる。

 

県「だいじょうぶだから、私を信じて?」

ヒロ「わかったわよ。で、今日どこ行くって?」

 

県「今日、野球倶楽部の試合があるのだよ。私そこの監督でね」

ヒロ「最初と言ってることが違う…!」

 

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――――――――――――――ヒロサイド ――――――――――――――

 

 なんだかんだ言って結局ついてきてしまった。土手近くのグラウンドで野球をやるため

少年少女たちが集まっていた。その中でも見覚えのある子もいるけど。いつもどこでも

騒がしい澤田姉と静かな妹と愉快な仲間たち…。不思議とこの子たちを見ていると

どこかリラックスしている自分がいるように感じる。

 

県「みんな集まれー!」

 

 監督ベンチに腰をかけて相手のチームが来るまで基礎練習を簡単に行い、体を

慣らすのだそうな。私は野球のことはさっぱりわからなかったから、やっぱり

見ていてもわからないけど。むしろ、子供のときは嫌いだったな。

 父が帰ってくるといつもテレビを独占されて見たい番組があっても、すぐに

プロ野球中継に変えられたから。でも…。

 

雪乃「こんにちは、先生」

ヒロ「あらっ、あ…そうか。あなたはやらないのよね」

 

雪乃「ええっ、残念ながら」

 

 そういえばこの子は激しい運動とかすると貧血を起こしていた気がする。

基本はいつも見学なのにそれでも時々、体育に参加して8割がた保健室に

運ばれることがある。大変だとわかっているのにこの子はなんでこんなに

がんばれるのだろう。

 

ヒロ「残念とか言いながら嬉しそうね」

雪乃「彩菜やみんなが楽しそうだから…は嘘っぽいですよね」

 

ヒロ「うん」

 

 むしろ、自分がこんな体なのに見せ付けられるのは逆に苦痛のはずだ。

 

雪乃「言葉にしがたい感情なんですよ。なんですかね、コレ」

ヒロ「…」

県「どうかな、我がクラブは」

 

ヒロ「楽しそうね」

県「でしょう、それだけが取り柄だから」

 

 実力は全然だけどね。と笑いながら言う県監督。そんなんでいいのか。

でも彼女はその後も続けて言っていた。練習は最初こそ厳しいけど、慣れれば

それが楽しく感じてくる。上手くなれば尚更さ、って。だけど、辛いことが慣れると

楽しくなるなんてそんなことがあるのだろうか。私にはわからなかった。

 

 

やがて、相手チームも来てリトル達の野球が始まった。プレイボールの掛け声で

試合が動き出した。ピッチャーは澤田彩菜。大地くんはライトを守っている。

他の子供たちはよく知らないし、もしかしたら別の学校の子もいるかもしれない。

相手バッター思い切り振っていき、バットの先端に当たり高い打球が大地君の方へ

飛んでいく。

 

大地「わっ…わっ」

 

 ぽとんっ

 

少し高かったせいか、完全にうちとれるボールを落としてしまった。

大地君は肩を落としてしまうが、そこですかさず県が声を張って大地くんに声をかけた。

 

県「ドンマイドンマイ、まだ始まったばかりよ!」

 

 励まされて少し元気を戻してきた大地くんはもう一度守備位置に戻って構える。

ボールが飛ぶたびにエラーを出すが、相手のランナーはホームに戻ることなく

後半を迎える。そこまでのアウトをとった大半が彩菜による三振や、打たされた

ゴロで凌いでいた。途中で1点を取った県のチームは9回表、ランナーが2塁3塁で

2アウト。ヘマしたら逆転されて負けてしまう。

 

 息が詰まる。それは見ているよりもやっている本人が一番それを感じているはず。

プレッシャー。見えぬ重圧に耐えぬくことができるのか。まるでスローモーションの

ように大地くんに近づいていくライトフライ。狙いをつけて両手で構える。

 

大地「…!」

 

 ポスンッ…

 

 目を瞑ってから少しして自分のグローブの中身を確認する大地くん。こわばっていた

その表情からみるみるうちに笑顔に染まり、グローブの中から入っていたボールを

取り出した。アウトのコールにゲームセットと宣言され、見事に県が率いるチームが

勝利した。まるで優勝したチームのように喜び合うナインたち。

 県もどさくさにまぎれて私を抱きしめて同じように喜んでいた。私は始めての観戦で

小さい選手たちに思い入れもないからあんまり興奮はしなかった。ホッとはしたが。

 

ヒロ「ちょっと、県…!」

県「ねぇ、最後まで諦めなかったから…」

 

ヒロ「え?」

県「人間、最後の最後まで。諦めなければなんでもできるんだよ。叶ちゃんのことでもね」

 

ヒロ「…」

 

 急ぐことはない。失敗しても、かっこつかなくても何の問題もない。そう、県に小声で

囁かれて私のプレッシャーも少しほぐれたような気がした。最後に彼女がこういった。

 

県「私がずっとついてるから」

ヒロ「県…」

県「たとえ、嫌がられてもね」

 

 長い付き合いでも何の考えもなしに近づいていると思って警戒していた私の

閉じこもった心を彼女なら溶かしてくれるのではないかと期待をしてしまう。ただでさえ

県には負担をかけているというのに。でも、そんな私の気持ちも素直になってそのまま

県に身を任せていた。いいのだろうか、夫は私を許してくれるのだろうか。

 新しく、道を進んでしまっていいのだろうか。私は静かに心の中で夫に謝罪をして

それと同時に、少しの間だったけど私を幸せにしてくれて、カワイイ子供を授けてくれて

感謝をした。子供たちの勝利のはしゃぎ声がまるで私と県を祝福しているかのように

聞こえて何年かぶりに私は生きていることを感じていた。

 

 

 本当にゆっくりと、時間をかけてここまで辿り着いた。学校を休んで娘の学校へ

一人で歩み続けて。桜舞い散り花が地面に染まり絨毯として広がっていく。

あれから数年後。ようやく私は娘の前に出る資格ができた、という気持ちが出て

また不安になる前に進むことにした。黙って立っていたところで何にもならないから。

 長い卒業式の間、遠くにいる娘の表情は読み取れないがちゃんと流れの通りに

順調に進んでいき、卒業式はトラブルもなく無事に終わって私は校門の卒業式と

書かれた看板の前に立っていた。大勢の中からはっきりと別の足音が聞こえてきて

その足音は私の前に現れた。私は作り物じゃない自然に出た笑顔で迎える。

 

ヒロ「卒業おめでとう。叶」

叶「お母さん…」

 

 そのっ、と遠慮がちにためらう娘の姿に私は尋ねる。どうしたの、と。

 

叶「その、ハグしてもいいかな?」

ヒロ「ん、どうぞ」

 

 静かに両手を広げて娘を受け入れる姿で待っていると娘は勢い良く飛び込んできた。

そういえば、去年辺りに叶は柔道辺りのをやってたとかなんとか県から聞いたな…。

思い返しながら腹にきた衝撃を受け止めながら娘を抱きとめた。ちょっとお腹痛い…。

それでも嬉しい気持ちの方が強かったりする。こんなことなら早くするべきだったなとか

余計なことを考えてしまう。これから色々覚えていかなきゃいけないこともあるから

楽しいことばかりってわけでもない。

 

ヒロ「こんなお母さんでごめんね。これからはずっと一緒よ」

叶「うん」

ヒロ「私と、叶…。それと、県もね」

叶「うん…!」

 

 お腹に顔を埋めながら嬉しそうに頷く叶、だけど。少し服が湿っぽくなってるのは

言わないでおこう。卒業式に似合う青空と早咲きの桜が周りの人たちにも演出として

活躍していた。

 

 

説明
*昔の作品で書き直していないため、読みにくいかもしれません*今回は先生の県と妹の雪乃が中心のお話。ここから徐々にサブキャラも関わる話が入ってきます。
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