魔剣 |
伝説の魔剣。
それを手に入れれば世界はひれ伏す。
古えより数えきれぬほどの人間が我が物にしようと挑み、誰一人として帰ってこなかった。
いやこの国を統べた何人かの王は、手に入れたのかもしれない。
手に入れてそして王座を奪ったのかもしれない。
表向き王は世襲となっているが、三代続けて同じ血筋の者が王座に就いたことはないからだ。
内紛あり、外敵あり。
それに病が加われる。
そして誰が王になっても民の暮らしは良くならず、逆に安定せずに悪化するばかりだった。
魔剣を手に入れんとする男が、噂を頼りに旅をしていた。
年の頃は三十前後。
王座に座るには若いが、精神も肉体もピークを迎える頃だ。
ただ一人、険しい山を登る。
王から魔剣を盗み逃げた男がこの辺りで絶命したという噂があったからだった。
いや、それと同様の噂のある場所は数十もあった。
戦が絶えず、剣を持った一人旅の男がいれば、その男に違いないと噂がたつからだ。
過度な期待をせず登り続ければ、立ち枯れの木々の向こうから水音が聞こえてきた。
(こんな荒れた山で水音?)
不審に思いつつ辺りの様子を伺いながら水音のする方へと進む。
身の隠しようのない枯れ木の間から垣間見れば、小さな沼の中に人影を見た
(女―――)
長い黒髪を頭の上で纏めた後ろ姿は、なだらかな肩の線といい、そこから続く柔らかなカーブといい、女に間違いはなかった。
沼の畔に女の服を見つけ、男は駆け寄ると剣を抜いて服の隣に突き立てた。
ハッとして振り向いた女は、天使とも悪魔とも言えるほど美しく艶めかしかった。
「何をしている」
「―――見ればおわかりになるはず」
女はついと視線を逸らし、水浴びですと付け足した。
「こんな汚い沼でか?」
「それ以上に汚れてしまいまして」
「成る程。沼の方がまだましというわけか。それで荷物は何もないようだが? といって近くに村もない。旅人ではなさそうだ」
「掠われてきたのです」
「ほう」
本当かどうか疑わしいが、それならば身一つの説明がつく。
害はなさそうだと男は自分の荷物の中から布を取りだし差し出した。
「身体を拭くものもないだろ?」
ニヤと笑みを浮かべる。
男にしては持って来い持って行かない、投げろ投げないの楽しい押し問答を期待していたが、女はあっさり沼から出てきて布を受け取った。
細身の身体はすぐに布で隠されたが、男の脳裏に焼き付いた。
「奴隷か?」
まっとうな女ならば躊躇どころか、出てこようとしないだろう。
人気のない山の中、助けはない。
「そのようなものです」
女の返答のふぅんと顎を撫でながら答え、服を身につける女の動作をじっと見つめていた。
「これは、このままお返ししてもよろしいかしら?」
纏めていた髪を下ろした女が布を手に尋ねる。
「ああ」
手を差し出し、女が渡そうとした手を掴み引き寄せ抱いた。
「布の貸料をご所望ですか?」
「いや。個人的な感情故だ。お前は魅力的な女だ」
「立ち枯れの木の中では、そう見えても当然のことでしょう」
「枯れ木と比較するとは面白い女だ」
「一時の快楽と生涯の権力。どちらがお好みでしょう?」
謎めいた女の問いに男は眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「あなたもお探しでしょう? 剣を」
「どうしてそれを!」
「こんな山にやってくるのは、噂を確かめようとする者だけ。すなわち剣を求める者のみ」
「もしや……剣の在処を知っているのか?」
「ええ」
女は誘惑の笑みを浮かべた。
「どちらをお取りになります?」
艶やかな唇、柔らかい肌。
その微笑に甘い香りさえ感じる。
(この女をものにして、それから剣を……。いや、剣を手にしてから女を……)
双方を手に入れる手段を探る。
「……剣を」
「頼もしいお方」
女は腕の中からするりと抜け出し、手を取って誘った。
「沼? その中なのか?」
「ええ。水浴びをしていて見つけたのです」
「そうか!」
沼の中に走り入って底を足で探る。
「どの辺りだ?」
「先程私がおりました辺りです」
「分かった」
懸命に探すが見つからない。
いっそ潜ってしまおうかと思った瞬間、鼻腔を血臭がくすぐった。
「………?」
辺り一面が真っ赤に染まっていた。
「どういう……」
視線を上げれば、女は再び服を脱ぎ、沼の中に入ってきた。
女の肌に鮮血がまとわりついてゆく様は、狂気を目の当たりにしているようだった。
「………」
女は微笑を浮かべたまま無言で男の腕の中に滑り込む。
「さあ、お抱き下さい」
理由も分からず女の身体を抱く。
「―――血に濡れた道を歩むがいい」
女が甘い呪文のように囁く。
と男は目眩を感じ、元に戻った時には一振りの剣が腕の中にあった。
説明 | ||
その剣を手に入れれば世界がひれ伏す。 何人もの男が探し求め、手に入れたとも入れられなかったとも噂されていた。 とある男もまたこの剣を探しやってきた――。 |
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