あたしのルリ姉がこんなに可愛いわけがない その2
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あたしのルリ姉がこんなに可愛いわけがない その2

 

 

前回のあらすじ

 

 あたし、五更日向と妹の珠希はルリ姉の想い人を見るべく尾行を試みた。

 けれど、ルリ姉に巻かれて右往左往していた所で親切なお兄さんに声を掛けられた。

 あたしと妹は、イケメンじゃないけれど心が和むそのお兄さんに一目惚れしてしまった。

 そうしたらなんと、そのお兄さんこそがルリ姉の想い人である高坂京介くんだったのだ。

 

 

 

「それで貴方たち、何しにここまで来たの?」

 尋ねるルリ姉の瞳が普段より細く釣り上がっている。

 怒っている証拠だ。

 迂闊な返答はできない。慎重に答えを選ばないと。

「はい。姉さまの想い人を見にここまでやってきました♪」

 けれど隣で素直に答えてしまう妹(小学1年生)。

 うん。最悪だ。

「そ、そうなの」

 頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべるルリ姉。

 あっ、そうか。

 ルリ姉は普段珠希に嘘をつかないように教えている。

 だから正直に答えた珠希を怒ることができないんだ。

 これはラッキー。

「そう。だったら目的の雄はもう見たのだから家に帰りなさいね」

「雄ってあのな……」

 高坂くんが不満そうな声を上げる。

 ルリ姉らしい言葉遣いだけど、想い人相手にそんな言葉を使って嫌われないのかな?

「珠希はもっとお兄ちゃんと一緒にお話したいです」

 引っ込み思案な珠希がルリ姉の意見に反して自己主張するのは珍しいことだった。

「えぇっ?」

 ルリ姉は珠希の言葉に呆然としていた。

 全身をブルブル震わせながらカクカクした動きであたしに首を向ける。

 その瞳が『珠希が不良になってしまった』と伝えて来る。

 ルリ姉は珠希に対して異常なまでに過保護、親ばかならぬ姉ばかなのだ。

 そんなルリ姉に対してあたしは『違うよ』と目でメッセージを送り返す。

 あたしのメッセージを受け取り、ホッと胸を撫で下ろすルリ姉。

 ここであたしが『珠希は恋を知っただけだよ』と送信を加えればルリ姉は口から泡を吹いて倒れるに違いない。

 面白そうだけど、路上で倒れられるのは迷惑なのでそれはやらない。

 代わりに高坂くんに伺いを立てるようにアイコンタクトを送る。

「先輩、妹たちも一緒にお宅にお邪魔しても良いかしら?」

 珠希が不良になっていないことに安堵したルリ姉は何の疑問も抱かずに高坂くんに質問してくれた。

「ああ、勿論構わないぞ。黒猫の妹を無碍に扱う訳にはいかないだろう」

 あたしたちの訪問を笑顔で認めてくれた高坂くん。

 よっしゃぁっ! 初恋の人の家訪問ゲットぉ〜っ!

「へっ? 私は一体何を訊いていたの?」

 ルリ姉はようやく正気に戻ったらしい。

 けど、もう遅い。

「さあ、高坂くんのお家に行こう♪」

 高坂くんの背中を叩いて出発を急かす。

「おっ、おう」

 高坂くんはゆっくりと歩き出す。

 あたしたちはその後ろをウキウキ気分でついていく。

 ルリ姉だけはその場に留まってあたしを恨みがましい瞳で見ている。

 その瞳は『謀ったわね』と訴えている。

 あたしはルリ姉に見えないようにアカンベーして返してみせた。

 

 

「でっかいお家だねぇ」

 高坂くんの家は先ほどまで迷っていた場所から3分ほどの距離にあった。

 2階建てで大きく、庭もよく整備された家で五更家とはまるで別世界だった。

「そうか? 周囲にある家と比べて特に変わらないと思うが?」

 毎日住んでいる高坂くんは自分の家に特に何の感慨も抱いていないようだった。

 慣れているから当然のことかもしれないけれど。

「この地区一帯がお金持ちばっかりだから気が付かないんだよ」

 高坂くんの家はあたしから見れば高級住宅地の中にあった。

 だから周辺の家もみんな綺麗で大きな家ばかり。

 うちが貧乏だと自覚するようになってからそういう差がやたらと気になるようになった。

 気にしすぎなのはわかっている。けれど、経済的な事情で友達が遠ざかったりしたこともある以上無視もできない。

「ルリ姉はどう思うの?」

 先ほどから面白くなさそうに後ろについて来ている姉に尋ねる。

「私は、もう慣れたわ」

 そっぽを向きながら興味なさそうにルリ姉は答えた。

「そっか。ルリ姉は高坂くんの所にお嫁に行って、あたしたちを置いて1人だけセレブの仲間入りするんだもんね。慣れるに決まってるよね」

「「なぁっ!?」」

 ルリ姉と高坂くんの声が揃った。

 2人の息はもう夫婦と言って良いほどぴったりだった。

 なるほど。2人の絆は相当程度に深い。

「何で私がこんなヘタレで決断力がなくて甲斐性なしの浅ましい雄の所へお嫁入りしないといけないのよっ! そ、そんなのこの雄が10倍マシになってから考えることよ!」

「そ、そうだぞ。俺はまだ黒猫の告白に対してきちんと返事していない状態で……その、先のことなんか……嫌じゃ、ないけれど……」

「なるほど。なるほど。2人の関係がどういうものなのか今ので大体わかったよ。ラブコメの王道だね」

「「ななっ!?」」

 また声が揃う2人。

 あたしなりに2人の関係を整理してみるとこうなる。

 

 1 ルリ姉は高坂くんに相当熱を上げている。

 2 ルリ姉は高坂くんに愛の告白をした。あたしの知る限り、それはルリ姉初の快挙。

 3 だけど高坂くんはルリ姉の告白に対する答えを保留している。理由は不明。ルリ姉は嫌われてはいないみたいだけど。

 4 恋を諦めきれないルリ姉は高坂くんに自己アピールを続けている最中。

 

 煮え切らないラブコメ漫画みたいな展開をルリ姉は迎えている訳だ。

「……っ? どうしたんですか?」

 ちなみに珠希の耳は塞いでおいたのでルリ姉と高坂くんの言葉は聞こえていない。

 子供にはこういう男女の敏感な機微はまだ早すぎる。

「さあ、2人とも。玄関前にいつまでも突っ立ってないで中に入ろうよぉ」

 高坂くんの背中を押しながら家の中へと急かす。

「わ、わかったから押すなって」

 ルリ姉に頑張って欲しいと思いつつも、あたしにもまだ芽があることを知りちょっとだけ良い気分で家の中へと入って行く。

 さあ、面白くなってきたぞぉ。

 

 

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「へぇ〜、これが高坂くんのお部屋なんだねぇ……何だかとっても普通、だね」

「そりゃあごく普通の男子高校生の部屋だからな」

 初めて入った高校生の男の子の部屋。

 その印象は、何ていうかアニメに出て来る高校生の男の子の部屋と大差がない。

 受験生だからか参考書が多いなって思うくらいで後は普通。

 顔と同じでごく普通の部屋って感じ。

「ルリ姉、高坂くんのエッチ本の隠し場所は?」

 4人で床に座布団を敷いて座り、首を回しながら部屋の中を順に眺めて回る。

「ベッドの下に6冊と、タンスの下着段の二重底の下に2冊、机にテープで貼り付けているのが2冊、参考書に偽装したものが3冊よ。後、パソコンのハードディスクの“参考書G”フォルダーに画像が多数ね」

「隠し場所も普通だね」

 特に芸のない隠し方。

「何でそんなに細かく知っているんだっ!? 場所だけじゃなく冊数まで!」

「そんなの常識でしょ? おばさまも、ビッチもみんな知ってるわよ」

「俺にプライバシーは存在しないのかぁ〜っ!」

 嘆き悲しむ高坂くんは放っておく。

「じゃあ、エッチ本のジャンルは?」

「……90%以上がメガネよ」

 ルリ姉は面白くなさそうに横を向いた。その頬は漫画みたいに膨らんでいる。

 プライドを傷つけられたという所かな。

 ルリ姉そっくりの子が載っていたら怒り狂うくせに。

 ルリ姉のライバルはメガネっ娘かメガネ属性そのものということか。

「ねえ、高坂くんってそんなにメガネが好きなの?」

「そっ、そっ、そんなことはないぞっ! 俺はメガネの有る無しで人間の魅力を判断するような真似は断じてしないっ!」

 熱く語る高坂くん。

 ここまで熱く語られるとメガネが好きと言っているとしか思えない。

「じゃあ、高坂くんはメガネを掛けているルリ姉とメガネを掛けていないルリ姉のどっちが好き?」

「そんなの勿論メガネ黒猫に決まってるっ! メガネ黒猫最高〜っ♪」

 親指を立て、白い歯を光らせながら断言してみせる高坂くん。

「だってさ、ルリ姉」

「ほっ、ほんと浅ましい雄ね」

 ルリ姉は顔を真っ赤にしている。

 メガネを掛ける気満々になっているに違いない。

 あたしも視力が悪くなったらメガネにしようと思う。

 

 さて、後高坂くんの部屋に関して聞かないといけないことと言えば……。

「ルリ姉はこの部屋で高坂くんとゲーム製作をしていたんだよね?」

「そうだけど?」

 ルリ姉は首を捻った。

「ルリ姉、どこで作業していたの?」

 この部屋の中でノートパソコンを広げてゲーム製作できる場所はどこだろうと考える。

 ルリ姉はパソコンを使う時の姿勢に凄く拘る。

 この部屋の中でルリ姉が気に入りそうな場所といえば一つしか思い浮かばない。

 いや、でも、男の子の部屋の中でそんな場所で作業するなんてことはさすがに、ねえ?

「そ、それは……ど、どこだって良いじゃない」

 ルリ姉は口篭った。

 うん。怪しい。

 というか、疑惑が確信へと変わっていく。

「黒猫ならずっとそこのベッドの上で作業していたぞ」

 そして高坂くんは何の気なしにすっごいことを暴露してくれた。

「へぇ〜。男の子の部屋、しかもベッドの上でゲーム製作をねぇ〜」

 予想通りの結果。

 けど、あたしはもしかすると開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったんじゃ?

 手から嫌な汗が滲み出始める。

「男女が2人っきりで、ベッドの上でゲーム製作。しかもそのゲーム、確かエッチなゲームじゃなかったっけ?」

 喋れば喋るほど額から冷や汗が流れて来る。

 もしかしてあたし、小学生が知るべきじゃない鉱脈を掘り当ててしまったんじゃ?

 けれど、動き始めた口はこのまま止まることを許さなかった。

「もしかして、2人の仲はもう大人な関係だったりするのかなぁ〜?」

 とんでもない爆弾発言をしていることが自分でもわかった。

 もし肯定でもされてしまったら、ルリ姉ととんでもなく気まずいことになる。

 お願いだから否定してと思いながら回答を待つ。

 そして──

「そ、そんな訳がないじゃないのぉ〜〜っ! わ、わ、わ、私がこんな人間如きとどうこうする訳がないじゃないのよぉっ!」

「そ、そ、そうだぞっ! 俺は自分に有利なシチュエーションを生かして黒猫に手を出す様な卑劣な真似は断じてしてないぞっ!」

 2人から予想したよりも大きな否定の声が返って来た。

「それじゃあ、高坂くんはベッドの上で寝そべっているルリ姉の制服ミニスカート姿を見ても襲わなかったの?」

「襲わないっての! そりゃあドキドキはいっぱいしたけどさ」

「意外と意気地なしなんだね。据え膳食わぬは男の恥って格言知ってる?」

「ほっとけってのっ!」

 どうやら2人の間には本当に何もなかったらしい。

 まあ、考えてみればエッチなことにまるで免疫のないルリ姉がそんな展開に耐えられる訳がない。

 それに2人がそんな関係になっていたのならルリ姉の家での態度に変化が出たはず。

 ちょっと安心すると同時に余裕が出て来た。

 

 周囲を改めて見回してみる。

 すると、あることに気付いた。

 あるべきはずのものがない。

 正確にはいるべきはずの人間がいなかった。

「あれ? 珠希は?」

 いつの間にか妹の姿が部屋からなくなっていた。

「トイレにでも行ったのかな?」

 家の中なのだし特に心配する必要もない。

 あたしはそう考えた。

 けれど、ルリ姉と高坂くんの反応は違った。

「しまったぁ、桐乃ぉっ!」

「あのビッチがぁっ!」

 2人は慌てて部屋から駆け出て行った。

「ちょっと……?」

 呆然と取り残されるあたし。

 そしてまもなく隣の部屋から大声での応酬が聞こえて来た。

「やっぱり私の妹を拉致監禁してこの部屋で飼うつもりだったのね、このビッチっ!」

「だってこんなに可愛い幼女が家の中にいるんだもん。飼いたいに決まってんじゃん!」

「警察官の娘が犯罪犯してどうするってんだ!」

「可愛いは正義だからアタシは無罪なのっ! それより、この部屋には鍵を掛けておいた筈なのにアンタたちどうやって入ってきたのよ?」

「フッ。こんなこともあろうかと鍵穴に接着剤を流し込んで鍵が掛からないようにしたのよ」

「黒いののやってることだって十分犯罪行為じゃないのよっ!」

 隣は実に騒々しい。

 そして、このやり取りだけでルリ姉の親友にして高坂くんの妹であるビッチさんがどういう人物なのか理解できてしまった。

「類友なのかな?」

 色んな面でアウトっぽいという点でルリ姉とビッチさんはよく似ているのかもしれない。

「日向お姉ちゃん」

 溜め息を吐いていると珠希が1人で戻って来た。

「大丈夫だった?」

「隣の部屋のお姉ちゃんにいっぱい遊んでもらってました。楽しかったですよ」

 妹には誘拐犯に対する警戒から教えないといけないようだ。

 

それから5分ほどしてルリ姉と高坂くんが戻って来た。

「い〜い、日向、珠希。この家に出入りする時はこの性犯罪者の動向に気を付けないとダメよっ!」

「そうだぞ。お菓子あげるとか漫画見せてあげるって言われても絶対について行っちゃダメだからなっ!」

「あぁ〜やっぱり何度見ても可愛いよぉ〜珠希ちゃ〜ん♪」

 グルグルに縄で全身を縛られた女の子を連行して。

「もしかしてその人が、あの有名な……」

「ああ。性犯罪者が身内だとは認めたくないが、こいつが俺の妹の桐乃だ」

「このバカ娘が、私の………………と、友達の…………ビッチ桐乃よ」

 高坂くんは呆れ顔で、ルリ姉は恥ずかしそうに女の子を紹介してくれた。

「はいは〜い。アタシが珠希ちゃんの真のお姉ちゃんでご主人様になる高坂桐乃だよぉ〜♪ あ〜、そっちのロリ猫ちゃんも超可愛い〜♪」

 縄で縛られていなければあたしたちに飛び掛かってきそうな女の子。

 それがアタシとビッチさんとの初めての出会いだった。

 

 

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「いやぁ〜今日は充実した本当に良い日だったなぁ〜♪」

 帰宅して今日起きた出来事の感想を述べる。

 初恋も体験したし、ルリ姉の想い人にも会えた。

 危険だけど楽しそうなビッチさんとも知り合えた。

 刺激の少ない夏休みでこんなに楽しい日は今までなかった。

「私は…色々と疲れたわよ」

 大きく溜め息を吐くルリ姉。

 格好はいつものジャージ姿。

「ねえ、ルリ姉は高坂くんと結婚するの?」

 もうちょっと普段から色気について考えた方が良いじゃ?

 そんなことをふと思う。

「だから先のことなんかわからないって言ってるでしょ。まだ告白の返事ももらってないんだからっ!」

「否定はしないんだね」

「なっ!?」

 バッと顔を真っ赤に染めるルリ姉。

 あたしの実姉ではあるけれど凄く可愛い反応。

 美人だし、家事は上手だし言うことないんじゃないかと思う。

 胸は小さいけれど。

 高坂くんは何で交際オーケーしないんだろ?

 ……やっぱり邪気眼電波女だから?

 その可能性は高い、かな。

 まあ、何にしても。

「ルリ姉がもたもたしていると、あたしが高坂くんを盗っちゃうからね」

 ニッコリ笑ってルリ姉に宣戦布告。

「先輩の家での言動から薄々そうじゃないかとは思っていたけれど……ハァ〜」

 大きく溜め息を吐いてみせるルリ姉。

 あたしの高坂くんへの想いはバレていたみたい。

「五更家の女はあの顔に弱いんだよ」

 ルリ姉の心の健康の為に『珠希も』という部分は伏せておく。

 

 と、そこで電話が鳴った。

「はいはい。そんな自己主張しなくても今出るわよ」

 おばさん臭いことを言いながらルリ姉が電話へと寄って行く。

「はい、五更です」

 その時のあたしは考えもしなかった。

 

 この1本の電話があたしたちの今後を大きく変えることになるなんて。

 

「えっ? 松戸の社宅への引越しはなくなった? 夏休みが終わってもこの家に住み続けるですって? 急にそんなこと言われても困るわよっ!」

 

「えっ?」

 

 8月後半のとある蒸し暑い日の夕方、あたしたちは運命の大きな分岐点を迎えた。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
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