レッド・メモリアル Ep#.09「キル・ボマー」-1 |
『タレス公国』《プロタゴラス郊外》《オクタゴン住宅地》
γ0080年4月10日
7:42A.M.
ファラデー将軍の自宅には、リーが思っていたよりも早く辿り着く事が出来た。ファラデー将軍はまだ起きたばかりの姿をしており、家族と朝食を摂っている真っ最中だったようだ。
「一体何事かね?」
リー達軍の部隊が到着すると、ファラデー将軍は玄関口に立つなり、苛立ったような声でそう言ってきた。
だがリー達は必死である。今まさにここに『キル・ボマー』がやって来るかもしれないのだ。リー達からしてみれば気が気で無かった。
「ファラデー将軍。あなたのお命に危険が及んでいます。すぐにあなたを保護します。御同行をお願いします」
「避難しろと言う事か?家族も一緒にか?」
と、ファラデー将軍はリーに尋ねた。
「あなたとご家族はそれぞれ別の場所に避難していただきます。ご家族に危害が及ばないためです。ご理解ください」
リーはファラデー将軍に手早く説明する。リーとしては彼には早く避難して欲しい。さらに大切な事もある。
「避難すると言うのなら持って行きたいものがある。肌身離さず持っていなければならないものだ。それを取りに行くから待っていろ」
ファラデー将軍はそのように言って、一旦自宅の中に戻って行った。
リーはファラデー将軍の言う、肌身離さず持っていなければならないものについて、大体の見当をつけていた。
やがてファラデー将軍はスーツケースを持って戻ってきた。ジュラルミンでできているのだろうそのケースは物々しい印象で、まるで金庫のような姿を見せている。
「あなたの御命が狙われている可能性があります。ファラデー将軍。現在、軍は総力を挙げてあなたを保護しようとしています」
リーはファラデー将軍を軍用の装甲車に招き入れながら言った。ファラデー将軍の家の周りにはすでに物々しい姿の軍の部隊員がやってきており、戦場のような様相を見せていた。
ファラデー将軍やその家族は周囲で起こっている出来事に、戸惑いを隠せていない。
「何だ?一体どうしたというのだ?説明したまえ」
と、ファラデー将軍は言ってくる。
だが、リーはすかさず答えた。
「今朝、メリル将軍、テイラー将軍が襲われ、二人とも殺害されました。お二人とあなたは、『エンサイクロペディア計画』というものに従事されているのだとか」
そのようにリーが言うと、ファラデー将軍は足を止めて彼を振り向いた。
「何故、その名前をお前が知っている?」
ファラデー将軍が言ってくる。彼は軍の装甲車に乗る手前で足を止めていた。
「軍の記録にありました。ファラデー将軍、あなたと、マティソン将軍、テイラー将軍、さらにはメリル将軍が、その計画にアクセスしていたという記録がありました。計画のページにはトップページまでしかアクセスできず、我々は計画が何についての計画なのかは知りません」
ファラデー将軍は黙ったままリーの方を向いたままだ。彼のその表情からして、リー達が機密に触れてしまったのだろうと言う事を彼は直感した。
「お急ぎ下さい。すぐにも軍の本部へとあなたをお連れします」
ファラデー将軍が何も言わないので、リーは彼をせかした。
「ああ、分かった」
ファラデー将軍の後にリーが乗り込み、すぐに装甲車は発車した。
「ファラデー将軍。あなた達が計画なさってた『エンサイクロペディア計画』について、少しでも情報を頂ければと思います」
狭い装甲車の中でリーはファラデー将軍に尋ねていた。
ファラデー将軍は慣れない装甲車車内で居心地が悪そうにしながらも、手元にあるスーツケースを大切そうに持っている。
そのケースの中に何が入っているのか、リーは将軍の表情と照らし合わせながら伺っていた。
やがてファラデー将軍は話し始めた。
「私が、《プロタゴラス空軍基地》兵器管理部門の総括だと言う事は君も知っているだろう?トルーマン少佐?」
「はい。もちろんです」
リーははっきりとした口調で答えた。
「『エンサイクロペディア計画』というのは、私の部門にかかわる事だ。それ以上は言う事は出来ん。機密を漏らすわけにはいかないのでな」
と、ファラデー将軍は言うだけだった。
「ですが、あなたの御命がかかっています。同じ計画に携わっていた、2人の将軍が殺害された以上」
「ともかく。ここで君に話すわけにはいかんのだ。君の上官はゴードン将軍だろう?彼になら話す。それで構わないだろう」
リーの言葉を遮るかのようにしてファラデー将軍は言ってきた。
確かに彼の言うとおりである。今、リーと将軍の周囲には護衛の部隊員が装甲車内に詰めており、彼らにも機密が漏れてしまう事になる。
だが、リーは、
「そのスーツケースの中に、もしかしたら、『エンサイクロペディア計画』に関する何かが収められているのでは? テイラー将軍が襲われた自宅からは、金庫が丸ごと盗まれていたと言います。もしやあなた方は」
「ああその通りだ」
ファラデー将軍はリーの言葉を遮ってそう言った。
「このスーツケースの中には、『エンサイクロペディア計画』に関してのデータを収めたチップが入っている。私が言えるのはそこまでだ」
ファラデー将軍はそこまで言って会話を終えようとしたが、リーはそこで彼との会話を終わらせるつもりはなかった。
「『エンサイクロペディア計画』とは、テロリストがあなたの命を脅かしてまで手に入れたい。それほどの計画なのですか?」
と、リーは言ったものの、ファラデー将軍は何も答えようとはしない。
「もし、御命が狙われているのならば、我々はあなたの安全の為にも、計画が何であるかをすぐにでも知る必要があります」
「だから言ったように、新兵器開発に関する計画だ。詳しい事はゴードン将軍に話す。それでいいだろう?」
しかしリーは引き下がらなかった。
「あなたに護衛するのはゴードン将軍ではなく、この私です。テロリストに狙われているのは、あなたの命自身ではなく、おそらく、今あなたがスーツケースに入れているものでしょう。それを守る必要がある」
「ああ、そうか。だが、具体的にどのような新兵器開発かを言う事は出来ないな。それに、この一つのデータチップだけでは役に立たない」
スーツケースを見せつけるようにしてファラデー将軍は言った。
「と、申しますと?」
「私と、テイラー将軍、メリル将軍、そしてマティソン将軍は、それぞれ別々のチップを持っている。4つはそれぞれ断片になっていて、軍本部のページにアクセスする鍵にもなっているのだ。断片は一つ一つでは意味を成さない。
私達4人がそろって初めてデータにアクセスすることができる」
ファラデー将軍がそう言った事で、リーの顔にはまた別の考えが現れたというサインが浮かんだ。
「ですが、敵のテロリストはすでに2人の将軍を襲いました。と言う事は、テロリスト側にはすでに2つのデータチップが渡ってしまっていると言う事になる…」
「安心しろ…。2つのデータチップが渡っただけでは、本部への鍵にはならん。必ず4つ揃わなければ機能しないものなのだ」
ファラデー将軍はリーとは目線を外してそのように言った。
「本部のデータに、何が隠されているのですか?教えていただければ、テロリストが何を狙っているのかも分かるはずです」
だが、リーは引き下がらない。彼は目線を外すファラデー将軍をじっと見つめ、その心の中へと入り込もうとさえしそうだった。
「データだけではない。隠されているのは」
揺れる装甲車の中でファラデー将軍はゆっくりと答えていた。
「と、申しますと?」
「私は兵器の管理部門の総括だ。私の元には、君達軍人でも知らないような新兵器の情報屋、実際に製造された目録が次々に流れ込んでくる。それを管理するのが私の役目だ」
「では、『エンサイクロペディア計画』とは、具体的には何なのですか?」
そこでファラデー将軍はリーの方を向いた。今度はしっかりと目線を合わせてリーに言ってくる。
「君達もまだ知るまい。想像もつかないような兵器が、《プロタゴラス空軍基地》の地下格納庫に眠っている。
『エンサイクロペディア計画』は、そんな兵器の管理計画だ」
「具体的にどのような兵器が眠っているのです?」
リーもしっかりとファラデー将軍と目線を合わせて尋ねた。
「さあな?それは答えられん。ただ一つ言えるのは、とてもテロリストの手に負えるような兵器ではないと言う事だけだ」
「ですが、現に狙われているのですよ。我々は、更に『ジュール連邦』の『チェルノ財団』という慈善団体、国内の『グリーン・カバー』とテロリストとの関係をも掴んでいます。
もしや、その『チェルノ財団』『グリーン・カバー』が何らかの関係をしている可能性があります」
リーがそこまで言った所で、ファラデー将軍の顔色が変わった。
「『グリーン・カバー』だと?ううむ…」
彼は考えるそぶりをして見せる。
「『グリーン・カバー』は兵器開発の軍需産業の最大手です。もしかしたら『エンサイクロペディア計画』と何かしらの関係があるのではないでしょうか?『グリーン・カバー』がテロリストを使い、あなた方の計画を狙っているのでは?」
リーは更に迫り、ファラデー将軍に迫る。
「それが一体、テロとどう関係あると言うのだ?まさか、この兵器を使ってテロをするとでも言うのか?」
とファラデー将軍は言った。彼は自分の持っているスーツケースをもう一度確認するかのように見る。
「可能性はあります。全力を持ってあなた方を保護」
リーがそう言いかけた時だった。突然、走行車の外側から爆発音が響き渡り、まるで地震でも起きたかのように装甲車の車内は揺れ動いた。
装甲車は激しく揺さぶられ、ファラデー将軍が手に持ったスーツケースも車内に投げ出される。
「何だ!何が起こった!」
ファラデー将軍が叫んだ。彼は座席から放り出されそうになっていたが、護衛の兵士によって守られる。
「『キル・ボマー』だ。奴が襲ってきた」
リーが叫び、装甲車内の兵士達に注意を促した。
『キル・ボマー』は、自らが住宅地の道路の真中に立ち、迫ってきた車を次々と爆破していた。
その車の大半が軍用のジープであり、彼にかかれば一台の車を破壊するのも造作ない。だが、装甲車だけは違った。
『キル・ボマー』の爆発の『能力』を持ってしても、おそらくファラデー将軍が乗っていると思われる装甲車は破壊できなかった。
こんな事だったら、ファラデー将軍を自宅で襲うべきだったが、軍の護衛がやってくるまでに3人もの将軍を手にかけるのは、破壊活動になれた彼でも難しい事だった。だが、今度は『キル・ボマー』にも策があった。
彼自身が張った策では無かったが、あの方の援護は何よりも効果を見せてくれる。そして、意味のある事でもあった。
『キル・ボマー』が軍のトラックや装甲車に奇襲をかけた後、護衛に当たっていた軍の兵士達は次々とトラックやら装甲車から降りてきて、『キル・ボマー』にマシンガンを向けてきていた。
だが、『キル・ボマー』は恐れの感情を感じなかった。
姿を見せた兵士達に向けて、一発のロケット砲が発射され、それが着弾。何人もの兵士達が吹き飛ばされた。
突如、住宅を舞台にして激しい銃撃戦が展開される。軍の兵士達に『キル・ボマー』と共に奇襲を仕掛けたのは、あの方が送り込んだ私設部隊だった。
私設部隊とはいえ、長年地下に潜行してきて、しかも『グリーン・カバー』から支援された武器もあるのだ。何も恐れる事は無い。
むしろ奇襲をかけられた兵士達の方が動揺し、何をしたら良いのか分からない状態であるようだった。
応戦する兵士達に向けては、完全武装の私設部隊の兵士達がマシンガンを用いて応戦し、激しい銃撃音と共にあっという間に打ち倒していく。
兵士達は問題では無かった。だが、問題になったのは装甲車だった。
ファラデー将軍が装甲車の中で保護されていると言う事は、『キル・ボマー』にも察しがついた。
まるで守るかのように護衛されていた装甲車だったから、その中に護衛されるべき人物がいると言う事は察しが付く。
『キル・ボマー』の背後からやってきた二人の私設部隊の隊員が、立て続けにロケット砲を発射し、装甲車にダメージを与えた。
だが、装甲車が傾くだけで、まったく持ってダメージを与えられた様子は無かった。
「MRAP-Xタイプの装甲車だ。ロケット砲はまったく持って役に立たないと言える」
『キル・ボマー』の背後からやってきた兵士の一人が言った。
「ただ、所詮は車である事に変わりはない。運転席に装甲車を開く機能があるから、それを使えばいい」
「そうか、じゃあ、行動すればいい」
と、『キル・ボマー』は言い、彼は装甲車の運転席へと近付いて行こうとする。二人の兵士達が、『キル・ボマー』に従い、装甲車へと向かう。
装甲車の運転席にいた兵士はとっくに倒されており、『キル・ボマー』は、何の感情も見せずに運転席から兵士を引きずり出し、運転席に座る。
そして、自分が持っていた携帯端末に従い、あるスイッチを押そうとした。それは後部の装甲車のロックを解除するもので、リー達のいる装甲された、トラックで言えば荷台の部分を解放するものだ。
「おい、ロックが開かねえぞ。内側からもかけられていると出ている」
『キル・ボマー』は何度もスイッチを押してそう尋ねた。
「何だと。内側からもロックをかけやがった。これはもう内側から開かせるしかねえぞ」
と、『キル・ボマー』と一緒についてきた男が言った。
「どうするんだ?この装甲車じゃあ、オレの爆破でもとても破壊する事はできねえぜ」
『キル・ボマー』は装甲車の運転席と内部を隔てている鉄板を叩きながら言った。
「いずれ応援も来るだろう。早くあれを手に入れないといけないぜ」
「まあ、まて。このあの方からもらった、軍のデータがある。内側から緊急ロックをかけられた時は、この暗証番号を入力すれば開く。何らかの回路故障で間違ってロックがかかっちまった時の対処法だ」
男は『キル・ボマー』とは別の携帯端末を見せ、『キル・ボマー』はそれに従って数値を入力した。
「内側からロックをかけましたので、これでもう外から開かれる事はないでしょう」
リーは、ファラデー将軍を落ち着かせるためにそう言った。だが、ファラデー将軍はとても慌てている様相だ。今にもこの装甲車から逃げ出してしまいそうなくらいに。
「だが、このまま我々がどこかに連れていかれたらどうする?」
「この装甲車を開くには、核兵器でも使わない限りは無理です」
リーが言った。しかし、ファラデー将軍はそれでもまだ不安なようだ。外からはまだ銃声が聞こえてくる。『キル・ボマー』の単独ではなく、すでに《プロタゴラス》内には、多くのテロリストが潜んでいたようだ。
しかも、生半可な装備ではない。まるで軍の一個中隊に襲撃されているかのようである。
「もし、何かあったら」
ファラデー将軍が外の様子を伺うリーに言いかける。
「このスーツケースを、ゴードン将軍の元へと届けてくれ。頼む」
と言い、ジュラルミンで覆われた重厚なケースをリーの元へと差し出した。
「私の任務はあなたの護衛もあります。何かありましたら、私はあなたをお守りしなければなりません」
スーツケースは受け取ったが、リーはファラデー将軍にそう言うのだった。
「もしもの時のためだ。私より、君の方が」
ファラデー将軍がそう言いかけた時だった、突然、装甲車内に音が響き渡り、後部扉で電子ロックが外れる音が響く。
「何だと、しまった」
リーは叫んだ。
「一体どうしたというのだ?」
ファラデー将軍が言ってくる。
「電子ロックが外されました。内側からかけた電子ロックは、暗証番号が無ければ開く事が出来ないのに!」
「何故開いたのだ?暗証番号だと!」
ファラデー将軍は立ちあがって言い放った。
「ファラデー将軍をお守りしろ。何してでも死守する!」
リーは装甲車内にいる護衛の兵士達に言い放ち、自分も銃を装甲車の出口に向ける。
「何故、ロックが外されたのだ?この中にいれば安全なはずだろう!」
「いいから、将軍は下がっていてください。奴らが電子ロックの暗証番号を知っていた。それだけの事です」
リーはファラデー将軍を言い伏せ、彼を護衛の兵士達の背後へと座らせた。
「奴らはただのテロリストじゃあないんです。おそらくもっと組織化された存在。何しろあの『グリーン・カバー』も関わっていたんですからね。おそらく、電子ロックの暗証番号はそこから漏れたんでしょう」
「何とか、逃げる方法は無いのか?私の命よりも大切な情報が、そのスーツケースの中に入っている。君にはそれを持って逃げ、ゴードン将軍に渡してほしい」
まるで覚悟を決めたかのようなファラデー将軍の口調。
リーは、一瞬ためらった。自分のファラデー将軍に対しての任務を思い出し、次にしようとしている行動が適切なものであるかどうかを判断しようとする。
「敵の目的は、ファラデー将軍。あなたではなく、このスーツケースの中身。と言う事は、私がこれを持って奴らを引きつけていれば、あなたは安全。か」
独り言のようにリーは言ったが、それはファラデー将軍や、一緒に行動していた彼の護衛達にも聞こえていた。
「扉が開いた瞬間をついて、私は脱出する。お前達は、ファラデー将軍をお守りしろ。何に替えてもな」
リーは指示を出し、スーツケースを左手にしっかりと持ち、右手ではしっかりと銃を握り締める。
ただ、力はこめ過ぎないほどに。緊張の中でも自分を落ちつけようとする。
装甲車の防弾性、防爆性に優れた扉の電子ロックは開け放たれ、開こうと思えば開く事ができる。
敵は警戒しながら迫ってきている事をリーは知った。だが、自分の『能力』については知っているだろうか?
このテロリストたちには、自分の『能力』については知られていない。
装甲車の外から迫ってくるテロリストよりも早く、リーは装甲車の扉を開け放った。すかさず銃を外へと突き出し、視界を把握する。
テロリストたちは、内側から開け放たれる事を想定していたようだったが、突然の動作はリーの方が速かった。
彼は、素早く外にいる2人のテロリストに銃弾を撃ち込んだ。
彼らはマシンガンを持っていたが、リーは素早く銃弾を撃ち込んで、彼らを打ち倒した。次いで迫ってくるテロリストたちもリーに向かってマシンガンを向けてきた。
リーは素早く行動した。テロリストのマシンガンの銃弾から守るため、ファラデー将軍の護衛についている兵士達が、装甲車の車内から応戦する。
リーはその隙を突いて、周囲で燃え上がっている軍のジープの隙間を通って住宅地の中へとのがれようとする。
だがリーの行動よりも早く姿を見せる者があった。
リー達の乗っていた装甲車の運転席にいた『キル・ボマー』が素早くリーの傍に寄ってくる。
リーはその男に向かって銃口を向けた。
だが、その直後『キル・ボマー』の体からはオレンジ色の光が放出された。それが、彼の『能力』なのだといち早く察知したリーは、自らの『能力』をも発動させようとするが、それよりも早く、彼の体は背後へと吹き飛ばされた。
爆発の炎と衝撃が彼の体に襲いかかって来たのだ。
《プロタゴラス空軍基地》
《プロタゴラス空軍基地内》では、テロ対策センターでゴードン将軍が忙しく動き回っていた。次々と入ってくる情報に忙殺されつつも、今は最優先任務、4枚のチップの回収に動かなければならない。
これほどまでに緊迫した状況になるのは、ゴードンがこの役職に就いてからも初めての出来事だった。
何しろあの4枚のチップは、数十年来続いてきた、『ジュール連邦』と東側諸国『WNUA』との一色触発のバランスを崩してしまう事になりかねない。
血の流れない、静かなる戦争、静戦のバランスを崩すばかりか、それを本物の戦争にしてしまう可能性がある。
チップを奪い取ろうとしているテロリスト達が『ジュール連邦』側の人間。しかも、政府と繋がりのある組織が関係しているとなればなおさらだ。
「ゴードン将軍。ゴードン将軍」
忙しく局内を動き回るゴードン将軍の元に、一人の上級局員がやってきて、彼にファイルを手渡した。
「こいつが、その男なのか?」
「ええ、『ジュール連邦』側からも確認を取りました。ただ、現在同国とは情報のやり取りができにくくなっています。状況が、状況ですから」
ゴードン将軍を危惧するかのような口調で、その上級局員は言って来た。
「ああ、だろうな。すぐにこの男の捜索を開始しろ。チップ回収の次に優先したい」
その上級局員が行ってしまうと、ゴードン将軍はその場で声も高らかに言い放ち、更に対策本部の中央の大型モニターにたった今見た男の顔写真を表示させた。
「諸君。聞いてくれ。今回の一連の事件に対する、『グリーン・カバー』のテロ関与は現在では明白となっている。その『グリーン・カバー』に多額の資金援助を行っていた組織が、『ジュール連邦』に属する慈善団体『チェルノ財団』と言う事も明らかになりつつある。明確な証拠も入手することができた。
我々は、今後、この男を、『タレス公国』に対しての一連の事件の首謀者として捜索に当たる。もちろんチップの回収も優先して行う」
と、ゴードンは言うなり、指先に装着したコントローラーを使い、対策センターに、一人の男の顔写真を大写しにした。
スキンヘッドが特徴的で非常に面長の男。年齢は50歳くらいだろうか。がっしりとした体格で、顔彫りの濃い顔立ちは、『ジュール連邦』の中でも『スザム共和国』に近い人種の特徴だ。
「この男の名は、ベロボグ・チェルノ。『チェルノ財団』の設立者にして代表だ。彼は『チェルノ財団』の全てを担っている。資金の出入りから活動の詳細まで。現在、行方をくらましており、全力で捜査に当たっている。
ただ、『ジュール連邦』との関係が悪化している今、当局は情報を包み隠そうとするだろう。捜査は慎重に行え。向こうが隠そうとしている情報も全て引き出すんだ。事が大事にならないうちに決着をつけたい。
各部門の指揮官は、私に定期連絡を忘れるな。どんな些細な情報でもいい。この、ベロボグ・チェルノに繋がる情報があれば、すぐにこの私に連絡を入れるんだ」
と、ゴードン将軍が、対策本部にいる者達に言い放った直後、彼の元へとふたたび別の局員がやってきた。
「ゴードン将軍。ファラデー将軍達を救出に向かったトルーマン少佐ですが、謎の敵対勢力によって襲撃を受けた模様です」
「何だと!」
ゴードン将軍は息つく間もなく、次の行動へと移っていった。
『タレス公国』《オクタゴン住宅地》
爆発を自分のすぐ背後で起こされたリーは、その衝撃で乗用車のボディに叩きつけられた。だが、手に持ったファラデー将軍から渡されたスーツケースだけは決して手放さまいと、しっかりと手に握っている。
車に激突し、背中にまともに爆風を浴びた彼は、意識さえ失いそうになったが、今は意識を失うわけにはいかなかった。
体の中のアドレナリンを上昇させるつもりで、自らに気力を入れ、全身の筋肉を動かす。彼は、爆発で車に叩きつけられたのと同時にその行為をやってのけ、爆発の衝撃を利用して、車の反対側へと車の車体を飛び越えていた。
普通の人間ならばできない芸当。しかしながら、『能力者』ならできる。リーは、軍で訓練された『能力者』だったから、全ての動きにおいて完璧だった。
車の車体に体が激突した、その衝撃を利用して、逆に力の方向を体が上向きになるかのように移動させ、彼は自らの体を車の反対側へと飛ばす。着地まで完璧だった。リーにとっては全ての動きが、あたかもスローモーションで起きているかのように感じられ、何もかもの動きを正確に取る事ができたのだ。
だが着地に成功したとはいえ、リーに行きつく間は無かった。『キル・ボマー』と敵部隊は、リーが飛び越えた乗用車に向かって次々と銃弾を撃ち込んでくる。あっと言う間にリーの隠れた車はハチの巣状態にされ、彼の体は銃弾の衝撃を感じた。
これでは、まともに外に出ることさえできない。全ては自分が手に持っているスーツケースの中にあるチップの為か。
このチップの為に軍さえも敵に回して、ここまでやるのか。
リーは自分の銃を取り出すと、それを車の陰から突き出し、敵の方向に向かって2、3発発射した。
一人のうめく声が聞こえてきた。どうやら命中したらしい。だが、リーの目的はそれだけでは無かった。
リーが発射した弾丸は銃弾だけでは無い。光の塊を纏ったものだった。それはレーザーにも似た存在で、リーが発射したレーザーの塊のような存在は、弾丸としても機能したが、空間のある点で制止すると、途端に網が広がるように壁を作った。
それは光が織り成すネットで、襲撃者達の放ってくる銃弾は、そのネットによって完璧に受け止められるのだった。
完璧に受け止められる銃弾は、決してリーの方向へと漏れ出してくる事は無い。これが隙だった。
この隙をついて、リーは飛び出していき、『キル・ボマー』と彼の部隊達の銃撃から身をかわしつつ移動した。
車から飛び出したリーの方に発射されてくる銃弾は、リーが作り出した光のネットによって受け止められる。これは即席の防護壁で、銃弾10発程度なら受け止めていられる事ができるのだった。
リーは、応戦するために銃弾をさらに発砲する。そこからも光の塊が飛び出していき、それはネットになって彼の防護壁として活動する。
全ての銃弾は完璧に受け止められていた。決してリーの元に漏れ出してくるような事は無い。
リーはスーツケースを抱えたまま、住宅地の中へと飛び込んでいこうとした。
このスーツケースの中身は、何としてでも軍に届けなければならない。今、自分達を襲ってきている『キル・ボマー』いや、テロリスト達の手に渡るわけにはいかないのだ。
「野郎。厄介な『能力』を持っていやがるな。あんな『能力』を持つ奴がいるなんて、あの方の記録には無かったぜ。おい、ロケット砲を持って来い」
『キル・ボマー』は共に行動しているテロリスト達に指示を飛ばし、手元にロケット砲を持って来させた。
実際に対人でこの兵器を使うのは、『キル・ボマー』にとっても初めての事だった。『キル・ボマー』には『能力』があったから、銃火器を使う必要などは本来無かった。しかし、標的が遠く離れている場合は違う。
今まで、『キル・ボマー』が破壊活動を行う際は、十分に標的に近づき『能力』を発揮するだけでよかった。
そうすれば、どんな標的も跡形もないほどに粉々にすることができたし、家一軒ほどなら、丸ごと消失させる事だって出来た。
だが、今は標的が離れていっている。それを逃すわけにはいかない。
『キル・ボマー』は、あの方の私設部隊の元で訓練した、ロケット砲の発射手順を再確認しながら、逃げ行く軍の『能力者』へとその狙いを定めた。
奴が、いかに銃弾を防ぐネットを張る『能力』を有していようと、さすがにロケット砲までは防ぐ事は出来ないだろう。
『キル・ボマー』は何のためらいもなくロケット砲を発射した。スーツケースを持って逃げる男の背後を付けていくかのようにロケット砲は接近。そして、激しい爆発音とともに家一軒を巻き添えにして爆発が起こる。
爆発は『キル・ボマー』達の元へも届くほどに強烈なものだった。
だが、スーツケースは問題ない。軍の高官達が持っているスーツケースは、『キル・ボマー』の爆発の中でも耐える事ができる金庫と同じ強度を持っていると言うし、例えロケット砲を撃ち込まれたとしても、中のチップは何も損傷をしないと言う。
ただ、スーツケースを持っている人間は粉々になるだろう。ロケット砲は、『キル・ボマー』が自分の『能力』で起こす爆発ほどの威力があると言うし、実際に今も、家一軒を吹き飛ばしたのだ。
「よし、着弾したぞ。すぐにスーツケースを回収するぜ」
『キル・ボマー』は自身に溢れた声でそのように言った。初めて動く標的に向かって発射したロケット砲だが、それはきちんと着弾し、まったく持って問題ない。
『キル・ボマー』達はゆっくりとロケット砲を着弾させた男の方へと向かった。
危ないところだった。彼らがロケット砲を持っている事は知っていたが、住宅一軒を吹き飛ばしてまで自分を狙ってくるとは。
間一髪、ロケット砲から身を隠す事ができたリーは、住宅地の更に深くへと入り込んでいた。
奴らも事を大きくはしたくないはず。住民に向かって誤って発砲をしてしまう可能性のある住宅地の奥では兵器を使う事はできないだろうと判断したのだ。
だが、この者達は、ロケットランチャーを平気で発射した。どうやら、一般人の被害拡大や、目立ち過ぎると言う事に対しては何の抵抗も無いらしい。
最も厄介な相手だ。
リーは、スーツケースを抱えたまま、普段は閑静な住宅地の庭を疾走していく。相手はどのように出るだろうか。
スーツケースは、耐圧耐爆の性能を持つ軍用のケースだったから、リーに対してはロケットランチャーのミサイルを撃ち込んでも良いだろうし、銃撃を加えても問題は無い。つまり相手は全力を持ってリーに向かって攻撃を仕掛けてくるだろう。
もうすぐ、軍からの応援がやってくる可能性もあった。だが、それまでスーツケースを守りきれるだろうか?
リーは『能力者』ではあったが、完全武装の十数人を相手にする事ができる自信まではなかった。あくまで自分の『能力』は、身体的能力の向上と、光を操る事ができると言う力だけで、それ以上のものは無い。
リーは自分の頭から垂れてくる何かに気が付いた。走りながら触ってみると、それが血だと言う事が分かる。どうやら、さっきの背中側で起こった爆発によって怪我をしたらしい。
だが、頭から血を流している程度では、リーは怯まなかったし、動揺さえも起こさなかった。
自分の使命はスーツケースを守りきる事、ただそれだけしかないのだ。
リーはスーツケースを抱きかかえるように持ち、車を捜した。すぐに盗むことができて、馬力も速度も出るやつ。できる事なら、小回りが利くようなタイプがいい。
このスーツケースを、何としてでも《プロタゴラス空軍基地》まで届けなければならなかった。
プロタゴラス空軍基地
まだ、ファラデー将軍が襲撃され、リーがスーツケースに入ったチップを狙われていると言う事を知らない《プロタゴラス空軍基地》の対外諜報本部では、今後の作戦についての任務の移行で慌ただしかった。
局員たちが対策本部内をせわしなく行きかい、無数のデータが行きかう。その中でセリアは、ただ一人モニターに向かって、じっと思考を巡らせていた。
彼女の目の前の画面に表れているのは、リーから教えられた国防省のデータベースだった。その画面にリーによって渡されたIDとパスワードでアクセスしたセリアは、ある人物の特定を求めていた。
この操作は、リーにIDを教えてもらってから、もう何度もしている事だった。いい加減飽きてくるくらいだったが、セリアは諦めなかった。
何度も何度も、自分が納得できるまで、データベースにアクセスを続けていたのだ。
データベースは身元調査のためのもので、国内はもちろんの事ながら、国外も一部の地域までの身元を検索することができると言うシステムだった。
これは、軍に届け出がある人物だけではなく、住民票や、社会保障番号が役所に届けられている人物、住所不定者や行方不明者さえも追跡することができるシステムだった。
リーが念押しをしてこのシステムの凄さを語った事は、たとえ行方不明者であっても、その現在地を捜索する事ができるという機能を有している点だった。
単なる家出だったら、クレジットカード番号や、銀行の預金引き落としから、その追跡調査を簡単にすることができる。犯罪者だったら最優先事項として、国防省は追跡することができる。
だがセリアはこのデータベースのシステムでも太刀打ちできない世界へと足を踏み込んでいるようだった。
何度も表示された点滅の表示がセリアの目の前に現れている。
該当者なし
という表示。セリアはこの表示の前で門前払いを食らうかのようになっており、右にも左にも行く事ができないでいた。
セリアは頭を抱えそうになった。
このデータベースでは行方不明者。それも10年以上も経っている行方不明者の追跡も、10年以上も前の住民票から、戸籍、クレジットカードや携帯電話の記録などから追跡できるというが、セリアの目指すものに到達する事は無かった。
セリアはもう一度入力を試みた。
氏名、年齢、国籍、職業、人種など、トップ画面には様々なデータを入力するよう促す表示がある。
このデータを多く入力すれば入力するほど、目指すべき人物の追跡は楽になる。氏名など分かっていて、相手が偽名や、名前を変えていなければ、一瞬で身元を発見することができてしまうだろう。
だが、セリアがさがしている人物は、その名前さえも分かっていなかった。
分かっているのは、自分の娘だと言う事だけだった。
セリア・ルーウェンス そして、娘という探すべき対象だけを入力したセリアは、データベースが、そのデータを引っ張って来るのをしばらく待った。
もし一度でも、セリア・ルーウェンスの娘がクレジットカードなどを使った履歴があったら、ものの1秒もかからずに表示が出る。
だが、データベースは検索中のバーが表示され、データ収集中の表示が現れたままフリーズしていた。
そのまま1分ほど待つ。
だが、画面に表示されたのはいつもと変わらない表示だった。該当者なしと言う表示だ。このデータベースを使用しても、滅多に表示されないと言う表示。存在しもしない人物を無理矢理に検索させたときに表示されるメッセージ。
だが、セリアは自分の娘がいるという事は、誰よりもよく知っている事だったし、その娘がどこかで死んでいなければ、必ず会えると思っていた。
だからこうして検索データベースで調べようとしているのだ。
もしかしたら、何かが足りないのかもしれない。あのリーは、わざわざこの検索データベースを自分に使えるように取り計らった。もしかしたら、あのリーには何かが目的であるのかもしれない。
あのリーは、私の娘について何かを知っているのかもしれない。だから、今回の捜査にわざと私を指名してきたのかもしれない。
不確かなものではあったが、セリアは薄々リーを疑っていた。
他の局員たちが一斉にテロ事件の捜査に乗り出している間、セリアは一人、そのデータベースの画面に向かっていた。
どうせ、ここでやるべきことと言ったらもう、この自分の娘の捜査しか残されていないのだ。リーが戻ってきたら、もっと問いただしてみよう。もしかしたら彼は何かを知っているかもしれないのだ。
セリアがデータベースの、該当者なしと言う表示をじっと見つめていると、突然、ゴードン将軍が対策本部内にいる皆に向かって声を張り上げた。
「皆、注目だ!たった今、ファラデー将軍が襲撃された!襲撃者は『キル・ボマー』と、謎の襲撃部隊だ! ファラデー将軍はすぐさま保護されたが、肝心の『エンサイクロペディア』なるデータの一部をリーが持って逃走している。襲撃部隊はリーから、『エンサイクロペディア』の一部を奪い取るべく行動するだろう!以後、リーのバックアップに当たれ。彼を何としてでも、この基地へと連れ戻すんだ。そして、『エンサイクロペディア』のデータを保護しろ!
また、襲撃部隊の正体も探れ。軍の装甲車を破壊し、ファラデー将軍を保護した部隊を壊滅させている事から、相当な規模の襲撃部隊だと思われる。必ずバックに大物が隠れているはずだ!」
ゴードン将軍に皆が注目し、セリアも素早く身元調査データベースのウィンドウを閉じ、注目した。
事態が急激に緊迫している。ゴードン将軍の顔にも焦りの色が浮かんでいた。局員達も一斉に行動し出し、それぞれの調査に走る。
対策本部の中央に表示される光学画面には、ファラデー将軍が襲撃されたと思われる現場の写真が一斉に表示され、襲撃部隊と思われる人物達が次々と表示された。皆、完全武装をしている。
「おい。デールズはどうした?彼も、マティソン将軍の保護に向かったのだろう?」
ゴードンはデールズの、マティソン将軍保護のバックアップを行っている局員の元に行き尋ねる。彼の口調は早口で、いかにも焦っていると言う事が手に取るように分かってしまう。
「無事に保護を完了。現在、こちらに向かっています」
局員が即座に応えた。どうやらデールズの方の保護ば無事に進んでいるようだ。セリアは事の展開にいてもたってもいられず、その場から立ち上がると、すぐにゴードン将軍の元へと歩み寄った。
「どうなっているんです?」
ゴードン将軍はセリアに呼び止められ足を止めた。彼はさっさと次の行動に移りたがっているようだったが、セリアがその前に立ち塞がる。
「テロリストか何者かが、軍の機密情報を狙っている。リーからの報告によれば、それはこの基地で行われている極秘の兵器開発プロジェクトらしい。4人の将軍達が関わっていて、情報は4つに分割されている」
「リーは、そのうちの一つを持って逃げているのね?」
セリアがゴードンの目を見て確認を取る。だがゴードンはすぐにも次の行動に移っていた。
「リーの現在位置はどこだ? 奴から連絡は?」
ゴードンがリーのバックアップに付いた局員に向かって言った。
局員はすぐゴードン将軍の目に付く画面に地図を表示させ、そこにポイントを示した。赤いポイントは、《プロタゴラス市内》のオクタゴン住宅地の中を移動している。
「トルーマン少佐は、現在、オクタゴン住宅地の71丁目を移動しています。スピードは時速60kmですから、恐らく車で移動しているのでしょう。ですがこれは?」
局員が画面を凝視して言った。
「何だ?どうした?」
ゴードンも身を乗り出し、その画面へと見入る。
「道路では無く区画の中を移動しています。まさか車の中で住宅の庭を走行している?このスピードで?」
その違和感ある出来事に、ゴードンはすぐさま命じる。近くにいたセリアも、何事かとその画面に一緒に見入っていた。ゴードンはセリアの存在には気づいていたようだが、今は厄介払いしている暇さえない。
「トルーマン少佐に早く連絡を入れろ」
「今、かけています。トルーマン少佐?」
局員がヘッドセットを使いリーの携帯電話に連絡を入れる。するとすぐにリーの携帯電話には連絡が通じた。
「繋がりました!トルーマン少佐?ゴードン将軍が出ます」
間髪いれず、ゴードンが言い放った。
「おい!トルーマン少佐!一体どうした?ファラデー将軍が襲撃された報告が入っている。お前はチップを持っているのか?」
即座にリーからは返答が返って来た。
(たった今、何者かの襲撃を受けています!敵は大型車2台で私を追跡中!おそらく私がファラデー将軍から受け取ったチップを狙っての事でしょう!)
リーは声を上げ言い放った。激しい物音が聞こえてきている。リーがどのような状況下にいるのかは、ゴードンはすぐに察知した。
「襲撃してくる者達って何者なんですか?」
セリアがゴードンに尋ねたが、彼は彼女の介入を拒むかのように手を出してセリアを制止した。緊迫した表情でゴードンはリーに向かって言い放つ。
「おい、いいかリー。そのチップは何としてでも死守しろ。お前をたった今襲撃しているテロリスト共に渡すわけにはいかん。ファラデー将軍からの情報で、そのチップの中に含まれている情報は、軍の兵器開発に関わるものなのだな?」
さっき聞いた事を再確認するべく、ゴードンは言った。
(はい。現在開発中の極秘兵器開発プロジェクトの全てが収められています。テロリスト達にはすでに4枚中、2枚が渡っています。ですが、全て揃わなければ機能しません)
「よし、分かった。全力を持ってお前の帰還をサポートする!」
ゴードンはそれを先ほどリーから聞いていたが、彼の口から再確認することができ、ほっと一息をつく。
だが、まだ危機が去ったわけではない。テロリスト側にはチップが2つ渡っているわけだし、リーのものを奪われれば3つ。安全な保護下に保護をしたとは言うものの、もしデールズからもチップが奪われるような事があれば全てのチップが奪われる。
それはテロリスト達に、軍で行われている秘密の兵器製造の全てが漏れ出すと言う意味でもあった。
ゴードンも自分の立場や地位などなりふり構わず、何としてでもチップを回収したかった。
「全員全力でトルーマン少佐のバックアップへ当たれ。応援を派遣し、何としてでもチップを死守するんだ!」
《プロタゴラス》 オクタゴン住宅地
リーは、乗用車に乗り込み、チップの入ったスーツケースを助手席に置いていた。
空軍基地に連絡を入れると、すぐに次の行動に移る。彼は住宅地の庭を突っ切り、後ろからやってきたテロリスト達の大型車をやり過ごすと、急ハンドルを切って広い通りへと出てきた。
幸いな事にリーと共に走行している車は無かったし、対向車もまばらにしか見えない。住民たちは皆、連日の事件によって警戒心を強め、家に引きこもっているようだった。
リーの乗った車の背後のガラスが粉々に砕けた。同時に激しい銃声も響き渡り、次々と銃弾がリーの乗った車に撃ち込まれてきているようだった。
テロリストは何としてでもこのチップを奪いたがっている。それもリーに応援がやってくるのよりも早くだ。
軍から応援が来れば、事の重大さに、ゴードン将軍が一個中隊をけしかけてくるだろう。幾ら大型車と兵器を持っていようと、所詮は民間の軍でしか無い。もしくは雇われた傭兵集団でしかないだろう。
リーから何としてでも素早くチップを奪いたがっている事からして、彼ら自身もそれを理解しているようだ。
リーはアクセルを更に踏んで車のスピードを加速させた。時速100km以上。危うく横道から入りこんできた車とぶつかりそうになるが、リーは上手くハンドルを切ってそれをかわした。
テロリスト達のトラックがその車に突っ込みそうになる。彼らはリーよりもきわどいところでハンドルを切って何とかその車をやり過ごした。しかし、急停車をした事によって彼らの車に大きく遅れが出る。
リーはテロリスト達を引き離すことができた。
彼はこの隙にと、耳にしてあった小型携帯電話の通話スイッチをオンにする。リーが耳にしている携帯電話は、ワンプッシュだけで登録している電話番号にかけることができるようになっている。もし別の選択をしたい場合は、その携帯電話がリーの目の前に作り出す画面から選択すればいい。
トップに表示されている番号は、長押しをするだけですぐに通話をする事ができた。
リーが電話をかけたのは、そして、携帯電話のトップとしていたのは、ゴードン将軍らのいるテロ対策本部では無かった。
(何だ?リー?一体どうした?)
早速出てきた男。リーは、いつもより早口な口調でまくし立てる。
「テロリスト達の目的は、やはり『エンサイクロペディア計画』にあった。彼らは将軍達の持つチップを狙い、襲撃を繰り返している。チップが4枚揃ってしまうよりも前に回収を急がねばならない」
(リー?お前、今、何をしている?)
若干訛りの入った言葉で、電話先の男は言ってくる。
「今は、チップの内、一つを保護し、空軍基地へと送り届ける所だ」
(お前は襲撃に遭ったのか?)
電話先の男が言う。リーは即答した。
「襲撃を受けたばかりだ。たった今も襲撃を受けている。だが軍から応援がやってくるだろう。それまでの辛抱だ」
電話に少しの間ができる。その間も、リーの元には背後からテロリスト達の乗った大型車が迫ってきていた。
(いいか。そのチップは何としても保護しろ。テロリストが何故そのチップを狙っているのかは明白だ。いいな)
「ああ分かっている」
リーは電話越しに頷いていた。電話先の男が言っている事は、否が応でも分かっている。チップがどれだけの重みを有しているのかもはっきりとリーは知っていた。
(すでに『タレス公国』政府のみならず『WNUA』全てが動き出している。これがどういう事か分かるな?静戦から始まった危機は、今、臨界状態に達してきている)
と、電話先が言った時だった。
「奴らめ!すまないが、チップを安全に保護するまでは連絡を絶つ!」
(何だ?リー。一体、どうしたと言うのだ)
耳の中に、リーに電話が電話をかけていた男の声が響き渡った時、リーは素早くハンドルを切った。直後、リーを乗せた車のすぐそばに、ロケットランチャーから発射されたミサイルが着弾し、リーを乗せた車は爆風と爆炎にあおられる。
後輪のタイヤが浮上し、リーの車は爆風で浮上した。浮上したのは短い時間で、その後に彼の車は前輪から路面へと叩きつけられる。
その衝撃で車体はバウンドし、リーの体も激しく揺さぶられた。助手席にあったチップの入っているスーツケースも揺さぶられる。
リーはバックミラーで背後を確認する。すると、追跡者たちはリーの車に向けてロケットランチャーを向けてきているではないか。
さっき軍の装甲車を攻撃してきたやつだ。確かにあれを食らっても軍の装甲車ならば持ちこたえることはできる。車体が横転するような事はあっても、内部まで破壊されるような事は無い。
だが、今リーが乗っている乗用車は違った。これはただの乗用車では無い。もし、ロケット砲で攻撃されるような事があれば簡単に破壊されてしまうだろう。
もちろん中のリーもただでは済まない。しかし唯一チップの入ったスーツケースだけは爆風と爆炎の中でも持ちこたえることができるはずだ。
テロリストはそれを知って、住宅地の中でロケットランチャーを発射するなどという大胆な行動に出ているのだ。
リーはハンドルを切り、テロリスト達が仕掛けてくる猛攻から身を隠そうとする。攻撃をしてくるのはロケットランチャーだけではなく、マシンガンも同様だった。
だがリーはこの場を切り抜けるつもりでいた。彼はブレーキを踏みながら、危険と知りながらも、ハンドルを切って、住宅の庭の中へと突っ込んだ。
テロリスト達を乗せた車はそれに付いてこれず、リーの急激な方向転換に戸惑う。リーは住宅の庭を突っ切ってカーブを行い、別の通りへと突き出した。
ぼろぼろになった車体が、住宅地の別の場所へと姿を現す。すぐさま、テロリスト達も方向転換を行い、リーの車を追跡し出す。
だが、リーの車はすでに直線のエリアに入っており、あとは一気に加速するだけだった。それだけでテロリスト達の車を振り切ることができる。
リーはそう思っていた。
しかし、彼が猛スピードで車を走行させていくと、突然、横道からぬっと現れた車がリーの行く手を阻んだ。
すかさずリーは目の前に現れた大きな黒い車をよけようとハンドルを切ろうとするのだが間に合わない。
車体の半分ほどが接触し、リーの車は回転しながら住宅地の道路の歩道、庭、更には住宅地の中へと突っ込んでいってしまう。
リーの車は住宅の中に半分突っ込んだ所で停止した。
車体の前方半分の部分は押しつぶされ、リーの乗っていない助手席側。つまりはチップの入ったスーツケースが置かれている側が押しつぶされている。
リーは今の衝撃で意識を失ってしまいそうだったがすぐに立ち直り、身を起こそうとする。
車は住宅に突っ込んでしまったまま全く動く様子は無い。テロリスト達の車が一台まだ隠れていて、リーを狙って来たのだ。
あのまま逃げきれていればチップを守ることができたのにと、リーは、つぶれた車の中に残っているチップの方へと手を伸ばそうとする。
だが、チップの入った車体の助手席側の損傷はひどく、どうやら、チップを入れたスーツケースも半分潰されてしまっているようだ。
テロリスト達が、リーの車の方へとやってこようとしている。このままではスーツケースの中身を奪われてしまう。リーは急いで助手席から、砕けた車の破片を押しやってスーツケースを引きずりだし、運転席側のドアから外へと飛び出した。
片手には銃が握られている。
リーは、車から降り、自分の方へと向かってきているテロリスト達に向かって、素早く銃を発砲した。
銃弾から吐き出された彼の弾丸は、テロリストと自分達との間にネットを作り上げる。銃弾が通れないほど細かい網になっているネットは、彼らが向けてくる銃弾を防ぐ盾になった。
これで少しの間は凌ぐことができる。リーは自分が逃げ、軍と合流する隙を作っていた。
だがリーが行動しようとした時、彼が張ったネットの内幾つかが同時に爆破され、爆風はリーの体をも煽った。
リーはひるみながらも手にしているスーツケースを庇う。これが爆発ぐらいで破損したりしない事はリーも知っていたが、それでも本能的にかばう。
テロリスト達にこのチップが渡るわけにはいかないのだ。
テロリスト達よりも前の位置に、一人の男が姿を見せる。その男だけ、手には銃火器を持っておらず武装していない。
リーはその男へ銃を向けた。非常に隙だらけで、彼は自分をリーの銃口の前へとさらしている。逆にそれが不気味で、リーは銃弾を発射することをためらった。
何故、彼が銃火器を持っていないのか、それは明らかだ。
「『能力者』には『能力者』でってなぁ」
リーの目の前に迫っているその男こそ、『キル・ボマー』だ。顔は顔写真にあったように髭面ではないが、変装を解いていてもリーにははっきりと分かった。この男こそ、『エンサイクロペディア計画』に携わった軍の将軍達を次々に殺害した男なのだ。
さっき爆風を背中に受けた時にリーは理解していた。この男の『能力』の正体。それは爆発にあると言う事をリーは悟っていた。だったら、この男に近寄るのは危険だ。
リーは迫ってくる『キル・ボマー』から後ずさりつつ、銃を向け、そこから光弾を発射した。
発射された光の塊は『キル・ボマー』の肉体に到達するよりも前に突然爆発した。それはほんの小規模な爆発だった。
しかし、『キル・ボマー』と接近していたリーの体を後方へと吹き飛ばすには十分な爆発で、彼の体は住宅の壁に激突し、彼が持っていたチップ入りのスーツケースを手放してしまった。
リーの体は住宅の壁に叩きつけられると地面に崩れ落ちる。致命的な怪我は負わなかったリーだったが意識は失ってしまった。
『キル・ボマー』はゆっくりと、爆発で吹き飛ばしてやった男の体に近寄った。あの方に言わせれば軍にも『能力者』はいると言っていたが、まさか遭遇するとは思っていなかった。
だが自分の『能力』の方が、この男よりも圧倒的に優位に立つものだった。恐れる事は無い。どうせ軍の中にいる『能力者』など大したことは無いのだ。
そう思いつつ『キル・ボマー』は男が手放したスーツケースを手に取った。
スーツケースは『キル・ボマー』が思っていたよりもずっと軽かった。中にはチップが1枚入っているだけにすぎない。スーツケースも耐爆耐圧のために作られたものではあるが、かなりの軽量化がされており、中のチップを保護するためのクッションが大半の体積をしめているとの事だ。
このチップ一枚一枚が、一つの国家の安全を脅かすもの。彼はそれを良く知っていた。だから、スーツケースを持つ手も震えてくる。
これで、あの方の目的を達成するための4分の3が揃った。後の4分の1は、残りの仲間達が何とかしてくれるはずだ。
それを自分の心に言い聞かせるかのようにした『キル・ボマー』は、たった今、爆発で吹き飛ばしてやった男の方へと手をかざした。
どうせこの男も用済みだ。軍の『能力者』であろうと何であろうと、『キル・ボマー』の『能力』の前では、ただの爆発させられるだけの対象に過ぎない。
『キル・ボマー』は住宅の庭に倒れ込んだ男に向かって掌をかざした。後は意志にはっきりと思うだけだ。それだけでこの男は跡形もなく吹き飛ばしてやることができる。
だがその時、どこからともなくヘリの飛行音が聞こえてきていた。
「おい。こいつを始末している暇は無い。目的のものを手に入れたんだから、行くぞ」
あの方が遣わした仲間の一人が言って来た。
どうせ生きていても死んでいても、自分達にとっては大きな障害を及ぼさない人間である事は確かだ。
『キル・ボマー』としては、少しでもあの方の計画に影響を及ぼしそうな人間だったら始末してやりたかったが、軍の応援が到着しようとしている。今すぐにでもチップを持って仲間と合流する必要があった。
どうせこの男は気絶をしていて、自分達の後を追ってくる事は出来ないだろう。
「ああ。行くか」
そう『キル・ボマー』は言って、彼ら一行はこの場を離れる事にした。
チップを奪われてしまった軍の男は、住宅地の庭に気絶したまま倒れ、『キル・ボマー』はその場を後にする。
軍の応援のヘリがやってきたのは、そのすぐ直後だった。
説明 | ||
キル・ボマーというテロリストがWNUA側の国に侵入。エンサイクロペディアという兵器を管理するチップを巡って、リー達とキル・ボマーの激しい抗争が展開します。 | ||
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