召喚媒体 〜遭遇編 2
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「……まだ着かないよね?」

「半分ぐらいだな」

 星が瞬く空の下、うっすら浮かぶ黒い影のような森を見やってサムリが答えた。

「まだ三分の一だろう」

 その星の瞬きのような涼やかでキッパリとした語調でヴェーラが訂正すると、サムリは重いため息を吐き出した。

「半分と言っておいた方が士気が下がらずに済むものを」

「率いているのは軍ではない」

「だが戦闘に不慣れな召喚士だ」

「不慣れでも構わん。戦うのは我々だ」

「戦う? 何で? 剣を奉納するだけだろう?」

 二人の会話に祥が割り込む。

「魔族の王を封印する剣だからな」

「奉納するだけだろう?」

「まあな」

「それじゃ戦う必要なんて……」

 言う祥の目の前を黒い物体が右から左に移動した。

「あ……」

「見えたのか?」

「く……黒いのが……」

「流石召喚士様」

 どことなく小馬鹿にしたような笑みをヴェーラが浮かべたのを見て、祥が文句を言おうとすると、その口をサムリが手で塞いだ。

 何すんだよ!と叫ぼうとしたが、ヴェーラが剣を抜く様を見て祥は黙る。

「良い子だ。大人しくしていろ」

 頷くのを確認すると、サムリは祥の口から手を離して抜刀した。

「来るぞ」

 鋭いヴェーラの声が響いたかと思うと風が鳴った。

 同時にゴッと鈍い音が足元で響く。

 ヴェーラが切り落とした何かが地面に落ちた音のようだった。

 祥は恐らく、悲鳴を上げろと言われても出せない状態で、小さく震えながらいくつもの鈍い音を聞いていた。

 黒い物体は一つではなかった。

 もう数え切れないほど音が響いている。

 二人は黙々と向かってくるそれを叩き斬る。

 ――早く終われ、早く終われ。

 祥はそれだけを祈っていた。

「駄目だ。キリがない」

「のようだな」

「ショウ!」

 ヴェーラに呼ばれて背筋がピンと伸びるが、声は出ない。

「召喚してもらうぞ」

 そんなこと言われてもやり方知らないし!と叫ぶが音にならない。

「早くしろ! 奴らの増殖スピードが上がってきた」

 二振りの剣を操るサムリが、荒い呼吸の合間に叫ぶ。

「ショウ」

「や……でも……」

「成見祥、汝に命ずる。この魔を払う魔を召喚せよ」

 ――召喚せよって、だからどうやってだ!

 睨むようにヴェーラを見つめる。

 と、腹の底に熱を感じた。

(な……なんだ?)

 それが身体の中をせり上がってくる。

(ちょっ!)

 胃から食道、そして喉の奥にそれを感じると、反射的に身体を前に折って吐き出す。

「えええっ!」

 吐き出したものを見て祥は驚きの声をあげた。

「成見くん?」

 目の前に立っているのは同じクラスの絵理だったからだ。

「ここ、どこ?」

「えっと……。どこだっけ?」

「エルシニア」

「そうそう、エルシニア」

「何それ。私、カツミたちのライブが終わって、みんなで打ち上げをしていたんだけれど」

「うわ、ライブ! 終わっちゃったんだ」

「成見くん、フケたでしょ」

「行こうとしたんだ。でもここに連れて来られて……」

「言い訳はカツミたちにして。戻りましょう」

「あ……いや……それが……」

 祥が辺りを見回す。

 それの視線を絵理が追い、星明かりの下に無数の黒い塊を見つけて眉を寄せ、

「何、あれ」

「……魔物……かな」

「マモノ? ちょっと、ゲームのやりすぎじゃない?」

「だよなぁ、やっぱり。俺もそう思ったん――」

 突然現れた絵理に驚いたのか、黒い塊は様子を伺うように四人を取り巻いてじっとしていたが、祥が絵理の言葉に同意して照れたような笑いを浮かべた瞬間、それらは襲いかかってきた。

 絵理が悲鳴をあげる。

「だっ大丈夫だから。守ってくれるから」

 言うがヴェーラもサムリも動かない。

 絵理の悲鳴は更に大きくなる。

 鼓膜がビリビリと振動して何も聞こえなくなり――気がついた時、無数の黒い魔物も、絵理の姿も消えていた。

 いつの間にか意識を失っていた祥には、何が起こったのか分からなかった。

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「絵……絵理……?」

 そっと囁いてみる。

 だが返事はない。

「絵理は?」

 向き直ってヴェーラとサムリを見ると、二人は剣を鞘に収めているところだった。

「なあ、絵理は?」

「元の世界に戻った」

「なんで?」

「何でと尋ねるか? 魔族を退ければ召喚し続ける理由はない」

「召喚? ……もしかして絵理が召喚獣?」

「しょうかんじゅう? ああ、ゲームではそんな風に言うのか」

「俺が召喚した……んだよな?」

「そうだ」

「なんだかイマイチよく分からないんだけど」

「召喚士が召喚するのは、元にいた世界の知り合いのうち、対峙している敵に最も効果のある技を持つ者だ」

「絵理がそんな技を持っているとは……」

「奴らの弱点は高音だった」

「高音……悲鳴!」

「そうだ。適任だろう?」

「……俺……そうでもないと思ってたけど混乱してるみたいだ」

「混乱?」

「あのさ。ここはエルシニアってとこで、俺は召喚士で、あんたたちは戦士」

「まあそんなところだ」

「目的は魔族の王を封印する剣の奉納。場所はここからまだだいぶ先の森向こうの山を越えた所だよな?」

「混乱しているとは思えないのだが」

「ここまでは問題ないんだな? で、召喚方法なんだけど、普通なら派手に空から現れたり、空間が歪んでとかのはずなのに、どうして俺の口? エグすぎる。ゲームとして間違ってると思うんだ」

「ゲーム?」

 眉をひそめて問い返すヴェーラに、

「地球にエルシニアって国はない。これでも地理は好きなんだ。――俺、考えたんだ。これってさ新生代体験型ゲームの試作版とか体験版とかだろう? だいぶ前だけど俺、テストプレイヤーに応募したことあるし。召喚獣が友達っていうのが驚いたけど、今回試作版で反応を見てどうするか決定するんじゃないか?」

「ショウ」

「はいはい。で、さ。剣の奉納場所までショートカット出来ないの? ショートカット、近道。ライブはもう仕方ないから諦めるけど打ち上げは参加したいんだ。悪いんだけどテストプレイは別の人にお願いしてくれよ」

「ショウ」

「オーケー?」

「お前の頭の中はお目出度いことになっているが、これはゲームではない」

「いい加減認めてもいいだろ、ゲームだって」

「ははぁ。こっちに連れてきても泣き喚いたりしないから案外図太いと感心してたんだが、何だ、これはゲームで嘘だと思ってたってことか」

「思ってたんじゃなくて、嘘。虚構世界。ゲームってことだよ。俺、こんなにゲームが進化してるなんて思わなかった。これって、やっぱりオンライン? だったらいいなぁ。あ、会話してるってことは、二人ともプレイヤー? ってか開発者か。召喚方法は変更した方がいいと思うけど」

「どうする? サムリ」

「説明してもいいが、納得しそうだと思えんな。時間もないことだしそういうことにして先を急ぐが最善と考える」

「同意見だ」

 ヴェーラは不機嫌そうな表情を浮かべると、

「とりあえずそういうことにしておく。だが近道はない」

「とりあえずってどういうことだよ!」

「説明するだけ時間の無駄だということだ」

「俺が今言った通りだろ?」

「ああ」

「やっぱりね」

 ニコとショウが微笑する。

「ヴェーラ」

「ああ。一箇所に留まっているのは危険だ。先を急ごう。サムリ、召喚士様を頼む」

「仕方ない」

 言うとサムリはショウを肩に抱え上げる。

「ちょっ!」

「喋るな、舌を噛む」

 言うなりサムリは走り出した。

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 森の入り口に到着し、地面に下ろされると同時に祥は食べた物を吐き出してしまった。

 不規則な揺れに胃が限界突破したのだ。

 おまけに地面に寝転がっても揺れている気がする。

「違う!」

 叫んでショウは無理矢理上体を起こす。

 気がするのではない、本当に揺れているのだ。

 見ればヴェーラとサムリは既に抜刀していた。

「ちょっ!」

「今度はデカイのが来る」

「デカイのって……すごい地響きがっっ……」

 続く言葉は悲鳴になる。

 黒い影で夜空が覆われてしまったからだった。

「ゲームオーバー! 強制終了! 電源切ってくれよ! こんな馬鹿デカイの、剣じゃ無理だ!」

「だから召喚士が必要なんじゃないか」

「俺の友達にこんな馬鹿デカイのいないし! 兵器開発してる知り合いもいないし!」

「大丈夫だ」

 サムリの言葉にヴェーラが反応する。

「成見祥、汝に命ずる。この魔を払う魔を召喚せよ」

「無理無理〜!」

 ショウは叫んだが先程と同じように腹の底に熱を感じた。

(やっ……やめろ!)

 願い虚しく熱は大きくなり腹から胃、喉へと移動してくる。

 不快感にショウは身を震わせ、黒い塊を吐き出した。

「あれ? タコは?」

 帽子にTシャツにズボン。それにエプロンまで黒い。

 黒一色の出で立ちで現れた青年は右手に万能包丁を握り締めていた。

 目の前に見慣れない姿の男女。

 振り返って認めたのはクラスメートの成見祥だった。

「ナルミ?」

「彰……ごめん」

「ごめんって? オレ、バイト中なんだ」

「知ってる。バイトだから今夜のライブ行けないって言ってたもんな」

「で、仕込み中だったんだけど、オレのタコ、どこ?」

「ええっと……あそこ!」

 引きつった笑いでショウが指さす方向を見ると、タコらしきシルエットが夜空に浮かび上がっていた。

「……足が八本以上あるみたいだけど?」

「そうだね……」

「馬鹿みたいにデカイみたいだけど」

「そうだよね……」

 へへ、とショウが笑う。

「何笑ってんだよ! アレ、何だよ!」

「俺も知らないけど、たぶん魔物」

「魔物?」

 問い返しながら改めてタコもどきを見上げる。

 足を伸ばせば届く距離になったからか、魔物は動きを止め、四人の様子を伺っているようだ。

「あれがタコの変種だとしたらだ」

「…………」

「一生タコの仕入れをしなくてもいいかもしれないな」

「彰! 何呑気なこと言ってんだよ!」

「そうでも思わないとやってられないじゃないか!」

「話し合い中すまないが」

 魔物から視線を外さず、ヴェーラが割って入る。

「すまないと思ったら、元の世界に戻してくれ!」

「では思わないことにする」

「何だよそれ!」

「とりあえず、アレを倒せ。召喚獣」

 言いながら彰の腕を取り、魔物の方に促す。

「オレ?」

「そうだ。お前が召喚されたのだからな」

「いや……無理だって!」

「何とかしろ」

 無理無理と手を降ると、持っていた包丁が星の光を弾いて光った。

 それは人間には大した強さの光ではなかったが、墨を被ったかのような真っ黒な魔物には不快感を募らせるもののようだった。

 ぐぉぉっと、聞いたことのない咆哮があがると、パッと見、十五本以上ある足をばたつかせ迫ってきた。

 もちろん、大地は揺れている。

「オレ、ゲーム不得意だし!」

「……お前もゲームか」

 ヴェーラは重いため息を吐き出す。

「頭が痛いだろうが、そういう事にしておいた方が、事がスムーズに運ぶ」

「そうかもしれんがな。それ!」

 ヴェーラは容赦なく彰の尻に蹴りを入れる。

 と、前のめりになり、バランスを崩して何歩か前に進む。

 その眼前に足が振り下ろされ、悲鳴と共に彰の心臓が激しく鼓動した。

「やめろ〜!」

 叫びながら包丁を振り回すと、意図せず魔物のくねる足に傷を負わせた。

 魔物は咆哮をあげて足を動かす。

 何故かその足が吸い寄せられるように包丁に絡みつき、絡みついては切れて地に落ちた。

「き……切れ味最高! 彰、強い!」

 ヤケクソになってショウが叫ぶ。

「おう! 毎日ガッツリ研いでるからな!」

 彰も負けじと叫び返す。

 夢中で包丁を振り回し、しかし良く見れば魔物は足をくねらせ絡みつかせて、どちらかと言えば自滅だ。

 全ての足がなくなると文字通り手も足も出なくなり、魔物は現れた時と正反対に静かに消えていった。

 同時に彰の姿も闇に消える。

 残されたのは地面に突っ伏しているショウと、悠然と立つヴェーラとサムリだった。

「腰抜けかと思えば、なかなか良い召喚士じゃないか」

「見つけたのはオレだ」

「決定したのは私だ」

 ヴェーラとサムリが主張しあう隣で、ショウは数瞬の意識の欠落に頭を振りながら起き上がると、

「……強制終了、出来ないのか」

 ガックリと肩を落とす。

 これは打ち上げも諦めた方が良さそうだと祥が呟いた瞬間、糸が切れるようにショウはその場に倒れ込んで意識を失った。

「幸せな誤解だな」

 笑みを浮かべながらサムリがショウをそっと抱え上げる。

「怖い、帰せと騒がれるよりマシだ。前回の召喚士は泣き喚いて使いものにならなかったからな」

「で、どうする?」

「そうだな……」

 ヴェーラは抜刀していない奉納する剣の鞘を撫で、言葉を一度切ってから、

「明日考える」

 きっぱり言い切ったヴェーラにサムリは頷き、今夜の寝床を求めて歩き出した。

 

説明
 流されやすく単純な高校二年生の成見祥。ある日ある場所で時間切れのどさくさまぎれに召喚士として見初められ、赤い髪の女戦士ヴェーラとその守護者サムリの二人異世界へと連れ去られてしまう。
 召喚士の責務を終えて現実に帰してもらうんだ!と決意した祥は、遅まきながらその内容を尋ねると『魔族の王を封印する剣を奉納する』ことだと言われる。嫌な予感がする祥はその予感のまま戦いに巻き込まれ召喚をすることになるが……。
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タグ
異世界ファンタジー 男子高校生 戦士 

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