真夜中のため息 |
唇を噛むと、血の味がした。ケイからの電話は、まだ無い。
僕の隣で、待ちくたびれたロギィが寝息をたてている。主人が頑張っているというのに。
だから僕は前々から、こいつは犬のくせに忠誠心が薄いと言っていたのだ。そんなことないとケイは言っていたけれど、これで僕の方が正しかったことが証明された。だからといって、特に嬉しくはないけれど。
僕は窓を開けて、煙草に火を点ける。部屋に匂いがつくとケイが煩い。だから僕は、窓から半ば身を乗り出して、出来る限り煙が部屋に入らないように煙草を吸う。
妙に明るいと思って見上げると、空にはでっかい月が出ていた。なんとなく縁起が良い気がして、僕は月に手を合わせる。
はやく、良い知らせが届きますように。
祈りながら、僕は考える。僕はいったい、どっちの知らせを望んでるんだろう。
煙草の煙と一緒に、溜息を吐いた。
「わふしゅんっ!」
ロギィがくしゃみをした。驚かされた僕は、また溜息を吐く。
持ち込んだ携帯灰皿で、煙草を消した。紅い、血が付いていた。
僕は唇を舐める。痛い。血の味と煙草の味が混じると、とても不味い。
窓を閉めて、ロギィの隣へ戻る。ロギィの柔らかな茶色の毛並みを撫でて、僕は自分の手の冷たさに気付く。
時間の流れは、とても不誠実だ。ロギィみたいに。
はやく、こんな夜は明けて欲しい。
そのとき、突然ロギィが目を開いた。僕が慌てて撫でていた手を離すと、ロギィは一目散に玄関に走る。驚いて見ていると、ガチャリと扉が開いた。
ケイが、帰ってきた。
「ロギィ」
いかにも心配で一睡も出来ませんでした、というような顔をして座っていたロギィを、ケイがなんともいえない笑顔で抱き締めた。
綺麗だ。
その感動的なシーンに、僕は呆れて溜息も出ない。
「ケイ」
僕が呼ぶと、ケイは顔を上げた。満面の笑み。頬には、泣いた痕が残っていた。とても綺麗だ。
「手術、成功だって。安心したらシャワー浴びたくなって、帰ってきちゃった」
「そっか。よかったな」
僕が言うと、ケイは嬉しそうに頷く。その目は涙で潤んでいた。
「でも、すぐまた行かなきゃ」
ケイが言う。僕は、頷く。
バスルームへ消えたケイの背中を見送って、僕は殺していた溜息を吐き出した。ロギィは、そんな僕にはまったく関心が無いようで、嬉しそうにあちこち動き回っている。
ロギィの主人、ケイの旦那は生き延びた。そして僕は、ケイを手に入れそこなった。
良かったと思った。本当に、思った。
泣いて笑ったケイの顔は、悔しいけれどとても綺麗だった。だから。
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真夜中、僕は君の部屋で独り、君を想う。ある夜の切り抜き。 ショートショート。 |
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