少女の航跡 第3章「ルナシメント」 7節「月夜の潜行」
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 満月の光が眩しいくらいだった。今日は赤色の月が夜空に浮かび上がっており、その光を存分に森の中へと差し込ませている。

 私達はロベルトの指示によって4人で行動する事になっていた。

 この場にいたのは、ロベルト、私、ルージェラ、そしてフレアーであり、その他の兵士たちはルージェラの指示によって砦に戻っている。

 あくまでルージェラはロベルトに斧を突きつけていたものの、彼の指示には従っていた。

 得体の知れないロベルトが、私達を罠にはめるために行動しているのではないかと、ルージェラが帰した兵士達からは疑問の声さえ上がっていたのだが、ルージェラはロベルトを疑いつつも、カテリーナの救出を優先したいようだった。

 私はロベルトを信じている。彼が、カテリーナを救出したいと言うのはどうやら本当のようだったし、彼がカイロスという男の場所に案内すると言うのならば、それは本当なのだろう。

「ここで、隠れて待っていろ。私がカイロスに話を付けてくる」

 と、兵士達と分かれ、森を10分ほど奥に進んだ所でロベルトは言った。

「いいえ、ぎりぎりまで付いていくわよ。あなた達が何を話しているのかも、しっかりと聴かせてもらうわ」

「もし君達がいる事がバレたら、カイロスは姿を見せんぞ。奴も私も警戒しているんだ」

 背中に斧を突きつけられたままでも、ロベルトは冷静にルージェラに向かって言った。

 だが彼女は引き下がらなかった。

「カテリーナを救出したいという気持ちは同じはずよ。だったら、バレようがバレまいが、あなたはあたし達を案内しなさい。何だったら、カイロスって男の方にも、こうして斧を突きつけてあげるわ」

「しーっ」

 その時、ロベルトが突然そのように言い、ルージェラを制止させた。

「そこの茂みに隠れていろ」

 ロベルトは彼女に命じ、自分はと言うとさっさと森の先に進もうとする。

 すると、ルージェラは素早くロベルトの懐から彼の銃を奪い取った。そしてその銃口をロベルトへと突き出して言い放つ。

「あなたの背中はこの銃で狙っているからね。さっさとカイロスって奴に会いなさいよ」

 そう言われ、ロベルトは森の茂みの中に踏み込んだ。

 私、ルージェラ、そしてフレアーは森の草木の中に隠れ、ルージェラは伏せた状態のまま銃を構えてロベルトに狙いを定めていた。

「ねえ!銃なんて使えたの?あなた」

 フレアーがルージェラに尋ねる。ルージェラの方はじっと銃を構えたままだ。

「ええ、狙って引き金を引くだけでしょう?簡単に扱えるわよ。ほら、静かにしていなさい!」

 ルージェラがそう命じた時、ロベルトは声を出していた。

「カイロス!いるか?私だ。今、一人だ。君に会いに来たぞ」

 私達の元へも聞こえてくるほどの声。ロベルトは森のこの場所を仲間との待ち合わせ場所にしたというのだろうか?

 だが、待ち合わせ場所にしては何も目立つものがない。ただ鬱蒼と木々が茂っているだけだ。

 しかしものの数秒もすると、森の奥から別の足音が聞こえてきた。私達はすかさずその方向へも警戒を払う。

「サトゥルヌスか…。久しぶりだな。やっと会えたぜ。だが、オレも面倒なことに巻き込まれちまってな…」

「カテリーナの居場所は、発見できたんだろう?」

 と、月の光も木々でさえぎられてしまっている、暗闇の中にいる男へとロベルトは言った。

「ああ、やっぱりだったが、ハデスの奴が隠している。奴はオレ達にはついて来れないって言ってな、“あの方”の支配の元に戻ったぜ。今は“月夜の館”でカテリーナを監禁している」

「なるほど、あそこだったか…。だが、“月夜の館”は言わばハデスの城だ。たった一人で潜入することはできん…」

 ロベルトはまるで納得したかのようにカイロスの言葉に答えた。

「なあ、サトゥルヌス…」

 と、聴き慣れない名前でカイロスはロベルトの事を呼んだ。サトゥルヌスと言うのはロベルトの名前なのだろうか?

 本名?だとしたら、私達の前ではずっとロベルトは偽名を使っていたという事になる。そんな事が、彼を信じ切っている私にとっては信じられなかった。

「どうした?」

 ロベルトがカイロスに聞き返した。カイロスは不自然な間を作り、何かをロベルトへと伝えようとしているかのようだ。

「何やってんのよ、あいつ…!」

 ルージェラはそのように呟き、思わず飛び出して行きそうになった。だがそれよりも前に、カイロスの背後から姿を見せる者の姿があった。

 月明かりを赤色の光に反射しながら迫ってくる影。その赤色に反射する光は金属の光で、その何者かの体を覆っていた。

 やがてカイロスの背後から、大きな鉄槍をカイロスへと突き付けた、真紅の甲冑を身に付けた人物が姿を見せた。

「あの方の回しものか…!」

 ロベルトは思わずその甲冑姿の人物に身構えた。カイロスは槍を突きつけられ、全く抵抗できない様子である。

「あいつ…!こんな所で何やってんのよ!」

 次いでルージェラが声を上げた。あの真紅の甲冑に身を包んだ人物には見覚えがある。私も数日の間、会っていなかったが、どうやら彼女も単独でカテリーナに繋がる存在を確保したようだった。

「ナジェーニカだな…?あの方の支配から逃れ、勝手に行動しているヴァルキリー。今はお前の目的も我々と同じカテリーナか?」

 ロベルトがカイロスの背後にいるナジェーニカに言い放った。

 その時、ルージェラもロベルトの背後に付き、彼へと銃口を突き出した姿を見せた。

「随分とお久しぶりです事!こんなところで何をやっているのよ!あんた!」

 ルージェラはカイロスの背後にいるナジェーニカに言い放った。ナジェーニカはと言うと兜の面頬を下ろしており、その表情を伺う事が一切できない。何を考えているのかもさっぱり分からない。

 だが、彼女は兜の中で口を開いた。

「私の目的はただ一つ。カテリーナ・フォルトゥーナの首だけ。ただそれだけだ」

 ナジェーニカの、以前よりも鋭さも増したような声が辺りに響き渡る。

「サトゥルヌス…、いやロベルト。お前も結局捕まっていたってことか?だが、お前の方がいい方だぜ…、オレなんか、カテリーナの元に連れて行けって、ただそればっかり何度も繰り返されているだけでなあ…」

 カイロスがそのように言うと、ナジェーニカは彼の背中に槍を押し付けた。その衝撃で彼は前へとよろめく。

 場の空気が緊張に満ちた。それぞれが衝突し合い、誰かが一歩でも動こうとするならばこの場で戦いさえも起こってしまいそうな空気だ。

 だが、そんな気配を切り裂くかのようにロベルトが一言発した。

「まあ、落ち着け。我々の目的は一致している。カテリーナの救出。それだけだ。その後、カテリーナをどう扱うにせよ、カテリーナの救出をする事に変わりはない」

 ロベルトがその場を取り仕切るかのように言うのだった。

 だが、どうやらルージェラはその発言に納得がいかないようである。

「どう扱うか?ですって?私達が連れて帰るにきまっているじゃあない。それであんた達は再び拘束する。それだけよ」

「ああ、そうすればいいだろう?今は、カテリーナをあの方の元から救い出す事が先決だ…」

 と、ロベルトは背中に斧を押しつけているルージェラに向かって言い放つのだった。

「案内しなさい。《月夜の館》とか言っていたわね。そこにあたし達を連れていってもらうわ!」

「分かった。分かったから、その銃をもう少し離してくれないか?」

 ロベルトはそう言って、ルージェラから銃口を遠ざけさせた。

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 森の中を2、3時間も進んだころだろうか、突然、私達の目の前に木々が開かれた土地が見えてきた。

「《月夜の館》ってあれなの?随分都合がいいじゃあない?たまたまあたし達がいた砦の近くに、カテリーナが拘束されている場所があるなんて!これは一体、どういうつもりなの?」

 ルージェラがいきり立ったかのようにロベルトに言い放った。だが答えたのはナジェーニカに槍を突きつけられているカイロスの方だった。

「オレが突き止めたんだ。この場所にカテリーナが拘束されているって事をな。それで、一緒にカテリーナを救出しようと、合流しようとしていただけだ。カテリーナが予想外に近くにいて驚いたか?」

 と、カイロス。

「ええ、そうね。1年間も草木や山や谷をかき分けて探して来たっていうのに、こんなに傍にいるなんて、思ってもいなかったわよ!」

「カテリーナは、本当にあの砦の中にいるんですか?ロベルトさん」

 私はロベルトに向かって尋ねた。ルージェラはロベルトの事を非常に疑っているけれども、私は彼女に比べれば彼を疑惑の目で見るつもりは無かった。

「ああ、そうだ。だが、この館は頻繁に移動している。君達の知らない力によって、常に移動させられているんだ。今はたまたま近くにあるだけにすぎん。カイロスがそう言っているんだから間違いないだろう」

「でも、この館、ただの館じゃあないよ」

 ロベルトの声を遮るかのようにして響き渡るのは子供の声。それはフレアーが発した声だった。彼女は砦を前にして地面へと膝をつき、そこから何かを感じ取っていた。

「これは高度な魔法障壁…。張ったのは、そうとう魔法に通じた人物ですな…」

 と、フレアーの足元で、彼女と共に何かを感じ取っている黒猫のシルアが言った。

「という事は、入る事ができないって事?」

 ルージェラが尋ねる。しかし魔法と言う言葉の響きには、私達にも不可侵な意識がある。決して触れてはならない世界。

 私達にとっては目に見る事ができない、強い力が広がっている。

「いいや、入る事はできる。ただ、その魔法障壁は通過した人物の存在を知ることができる程度のものだ。そこに張られている障壁の枠を超えてしまえば、私達がここに来た事が分かってしまうだろう」

 ロベルトが全てを知っているかのような口調で言うのだった。彼が魔法を見せた事は無かったが、知識は豊富にあるようだった。

「どっちみち、あんた達はここに入るつもりだったんでしょ?じゃあ、さっさと行きましょ」

 とルージェラは言い、さっさと目に見えない障壁の中へと脚を踏み入れようとする。だが、それをロベルトが手を出して進ませまいとする。

「作戦が無いわけではない。むやみに踏み込んでハデスに知られるつもりはない」

 魔法障壁と呼ばれる境界のぎりぎりに立ちふさがり、ロベルトは言った。

「どうするのよ?作戦って?」

「元はオレがやるつもりだったがな。今は、彼女に頼んでみるか?どうやら、目的が一緒のようだからな」

 カイロスが言った。彼は自分に向かってずっと槍を突き出し、無言のままでいる女を指し示して言うのだった。

 

 

 《月夜の館》と呼ばれる館には非常に強力な警備が敷かれていた。館の外周に敷かれている魔法障壁などただの警報装置でしかない。

 そもそもこの場所に足を踏み込むことすら、迷いの森の正しい手順を踏まなければ入る事は出来ないのだ。

 館の主であるハデスが敷いた、厳重な警戒態勢は、彼らと、俗世にいる人間どもとを隔離するためになければならない。

 ここは俗世の人間どもと同一の世界にはあったが、別の世界として存在していると言っても良い場所だ。

 だが、時たま、人間が迷い込んでくる事もあれば、ハデスにとっては目障りな者達が訪れる事もある。

 そんな邪魔者を排除するためにいる存在が、包帯姿の男たちだった。

 彼らはその前進を包帯に包んでおり、目の部分だけ鋭い眼光を光らせている。奇妙な存在でもあったが、恐ろしい存在でもあった。

 彼らは俗世に降りて行くような事はほとんどなく、俗世の人間どもにもその存在は知られていない。ただハデスの住まうこの館を警護するだけの目的でここにいるのだ。

 迷い込んでくる者がいる。と言ってもそれは数年に一度あるかないかでしかない。実際、彼らは暇だったのだが、文句ひとつ言う事は無い。

 言葉を交わす事はあったが、主人に付き従う彼らは、ゴーレムにも似た存在だったのだ。

 月が満月に近く、非常に強い光を放つこの夜も、包帯男たちはじっと《月夜の館》の前を張っていた。

 いつもと変わらない夜かとも思われたが、その月の色の中に赤い色の光がほんのわずか混じって来た事で、彼らの警戒心は一気に強まるのだった。

 包帯男達はそれぞれ一本のナイフを逆手に持っていた。武器はそれだけだ。だが彼らにとっては武器はそれだけで十分なのだ。

「これはこれは…」

 まるで人間が発する感情を篭めたかのように、一人の包帯姿の男が呟いた。

 『月夜の館』の入り口の向かいに座っていた包帯姿の男が顔を上げ、館に迫ってくる一人の人影を見やる。

「“神に仕える乙女”の抜け娘が、こんなところに一体何の用事だ?」

 自分達の腰を上げ、包帯で全身を包まれている男の一人が言った。彼はナイフを手に握り、現れた人影へと迫っていく。

 

 

 ナジェーニカ・ドラクロワは、カイロスに指名され、『月夜の館』の入り口に張っている包帯男達を倒す役を任された。

 彼女はもの言わないまま、兜の面頬を下ろし、ただ槍を構えて包帯男達へと迫って行く。

 ナジェーニカには包帯男達の面識はなかったが、どうやら包帯男達の方は知っているようだった。

 ナジェーニカが近づいていくと、彼らはナイフを突き出し、言ってくる。

「おおっと、ここは通せねえ。せめてその顔を見せてみろよ。悪いようにはしねえぜ」

 包帯で全身を包んでいる男の一人が、まるで人間のならず者が言うかのような口調で言って来る。

 その口調は非常に攻撃的であり、挑発的でもあった。

「お前達に見せる顔など無い。ここを通してもらう」

 とナジェーニカは言った。すると包帯男は彼女に向かってナイフを突き出してくる。

「そうか?そいつぁ、残念だ。じゃあ、こういう言葉を知っているか?力づくって言葉だ。お前が通る選択肢はそれだけ…」

 と包帯男が言いかけた瞬間、彼の包帯で覆われている体を、ナジェーニカの鉄槍が一気に切り裂いた。

 大型の鉄槍を、ただの人間の女ならそんな速度で振り回す事などできないだろう。だが、ナジェーニカの槍は包帯男を確かに両断していた。

「やりやがったな!てめえ!」

 と、包帯男の一人が言い放ち、ナジェーニカの方へと飛び込んでいこうとする。しかし、彼が一歩を踏み出した瞬間、銃声が響き渡り、包帯男を捕らえた。

 彼の体を包んでいた包帯が散り散りになり、彼の体は背後へと吹き飛ばされる。

「最初から強行突破をすべきだったようだぞ」

 と、背後から銃を構えて迫ってくるロベルトに、ナジェーニカは言った。だが、ロベルトは、警戒の姿勢を解かないままに言った。

「いいや、こいつらは、このぐらいでは倒したとはいえん。おい急ぐぞ!」

 ロベルトは、隠れていた皆を館の中へと招き入れようとした。

「何を焦っているのよ!」

 走ってきたルージェラが叫ぶ。

「そいつらはすぐに復活する」

 と、カイロスが彼女の背後から言った。

「復活?」

「確かに、その方々が言われている通りですぞ!」

 更に後から付いてきたシルアが言った。

「こいつらの体は魔力で出来上がっているよ。今の攻撃ぐらいじゃあ、魔力を散らしたとは言えないみたいだね」

 フレアーが帽子を抑えながら走ってきてそう言った。

 一行は次々と《月夜の館》と名付けられた館の中へと突入していった。

 その直後、ナジェーニカとロベルトによって打倒されたはずの包帯男達は、まるで砂が巻き上がるかのようにその身を起こした。

 彼らの体の破損した部分は、型にはめられた砂が元通りの形に戻って行くかのように元通りに修復されていき、やがて彼らは何も起こっていないかのように元通りの姿に戻るのだった。

 彼らは首を動かし、まるで自らの体を整えるかのようにした後、自分達の体を砂のように細かい粒子の形へと変形させていった。

 館の中に入っていったロベルト達をおうのは、砂と化した包帯男達の異形の姿だった。

説明
ブラダマンテ達はカテリーナを救うために、ロベルトらの導きで、月夜の館という彼女の監禁場所へと潜入する事になります。
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