召喚媒体 〜遭遇編 3 |
目を開けた瞬間、見たくないものを見つけて祥は慌てて目を瞑った。
記憶から消そうとするが無情にも目覚めたことを見たくない者――サムリに知られてしまった。
「起きたのか?」
「起きてない!」
「飯だぞ」
「まだ寝てる。俺は寝てる」
ギュッと目を閉じて主張する祥に、サムリは苦笑を浮かべる。
「今食べないと夕方まで何も口に入らんかもしれないぞ」
衝撃の一言に祥は忙しく考え、諦めの溜息を吐き出すと目を開けて起き上がった。
「なんか、狡くない?」
「食いそびれないように教えてやったんだがな」
「また干し肉?」
「いや、パンとハムだ」
「やった!」
受け取ってかぶりついたが、パンは固い。
「何これ。一ヶ月前のパン?」
泣きそうな瞳で見つめてくる祥を見てサムリが笑みを浮かべる前にヴェーラの笑い声が聞こえてきた。
「どこにいるんだよっ?」
「ここだ」
声は祥の背後の大きな岩の上から聞こえてきた。
「何してんの?」
「見張りだ」
強制終了どころか睡眠の為の中断も出来ないのか、と祥は思う。ということは二人とも寝ていない?
「いや、交代で寝た」
言いながらヴェーラは軽やかに降りてくる。
「交代か。なんかシビアなゲームだな」
祥が呟くとヴェーラはサムリと視線を合わせてから肩をすくめる。
そんな二人の様子に気づかず、祥は固いパンに再びかぶりついた。
「止められないなら、とっとと終わらせるしかないよな」
「前向きな意見だ」
言ってからドン、とサムリが祥の肩を叩くと、思わず貴重な朝食を落としそうになり祥はサムリを睨み付けた。
軽い謝罪と同時に「か弱いな」と言われムッとしつつ祥は食事を続ける。無心で固いパンと格闘するうちに祥の心から怒りは消え、純粋な疑問だけが浮かんできた。
「あのさ。もうちょっと設定を聞いておきたいんだけど」
「設定? ああ、この世界のことか」
「そう。剣を奉納するのは分かった。それって魔物と関係あるのか?」
「ある」
「どんな?」
「剣を奉納すれば魔物は消滅する」
「ありがちな設定だなぁ。まあいいや。でさ、召喚士ってどういう役割?」
「恐らく今回は剣の奉納がメインだ」
「恐らく今回は?って、どういうこと?」
「行ってみなければ分からない」
「ランダムイベントってわけ? 面倒そうだなぁ」
「頑張ってくれ」
「……ああ。早く終わらせたいから頑張るよ」
「それでいい」
何だか妙にひっかかることがあるような気がするが、明確にならない。
(ゲームだから多少の矛盾は仕方ないよな)
そう無理矢理納得させて祥はパンとの格闘を再開した。
「うわ〜〜〜っ!」
「待て! 止まれ!」
「無理無理無理無理〜!」
「ショウ!」
「止まったら殺される〜!」
叫んで全速力で山道を走る。
追ってくるのはゴリラのような魔物で、血走った目を光らせて祥に迫る。
救いは敵の走力がそれほど高くないことだが、スタミナ次第では追いつかれてしまいそうだ。
「な、な、何で俺だけを目指してくるんだよ!」
先頭を走る祥は、ほとんど涙声で叫ぶ。
「諦めろ」
「召喚士だからな」
魔物の少し後を走るヴェーラとサムリが端的に返答する。
「なんで〜っ?」
そんな答えでは納得出来ないと祥は叫んだが、涙に声はほとんど出ていなかった。
「止まれ! でなければUターンして股ぐらくぐり抜けて来い!」
無理だって〜!と主張したいが、そんな余裕はない。
「世話の焼ける。サムリ!」
速力を上げてサムリが魔物の背後に迫る。
「ショウ! 止まれ!」
ヴェーラのいつも以上に厳しい口調に祥が振り向くと、サムリの剣が魔物の右肩目がけて振り下ろされようとしていた。
殺気を感じたのか魔物が血走った瞳をサムリに向け、あり得ないことに三本目の腕を背中から突然出現させてサムリの首を掴んだ。
喉を潰されているような声がサムリの口から漏れる。
「サムリ!」
驚いて祥が足を止め、その隣に追いついたヴェーラが立った。
「いくぞ」
「ちょっ ちょっとっ」
心の準備をさせてくれと言おうと思ったが、サムリの苦悶の声が響いて祥は口を閉ざした。
「成見祥、汝に命ずる。この魔を払う魔を召喚せよ」
もう二度と体験したくないと思う不快感に身を震わせ、身体の内側を上ってくる何かに耐えきれず祥は前屈みになった。
そして驚くほどの勢いでそれを吐き出す。
三度目の召喚は見知らぬ男だった。
(誰だ?)
祥はじっと顔を見るが、会ったことがあるようなないような……しかしクラスメートでも学校の先生でもなかった。
「ここは?」
男は呟き辺りを見回す。
と、魔物がサムリの首を掴んでいるのを認め、
「何をしているんだ! 花子!」
「はなこ?」
突然のことに祥は裏返った声を出す。
「どこに行ったのかと思えばこんなところに。勝手に抜け出しては駄目だろう。その手も離して」
男はツカツカと歩み寄り、魔物の腕を叩き手を離すよう促す。
それがカンに障ったのか獣の咆哮をあげたが、男は臆する様子もなく、
「落ち着いて。ほら、手を離して」
サムリは魔物の指に指をかけてかろうじて呼吸をしている状況で、いつ意識がなくなってもおかしくない。
「花子!」
男は魔物の頭を撫で、ぎゅっと抱き締める。
すると何を感じ取ったのか、魔物は男をじっと見るとサムリから手を離した。
「マジか……」
祥の口から驚きの声が漏れる。
「見つけられてよかった。助かったよ祥くん」
「俺と知り合い?」
返答を聞く前に男の姿は霧が晴れるように消え、同時に魔物の姿もなくなっていた。
夢?と思ったが、大地に倒れたサムリが苦しげな呼吸をしていることから現実だと分かった。
「大丈夫?」
「……ああ」
サムリの返答に祥はホッとする。自分の逃走を止め召喚する時間を稼ぐために、魔物の気を惹きつけ結果首を絞められたのだ。
安堵すると祥はずっと自分の心にひっかかっていたことを考える。
その様子をヴェーラは見守っていた。
「もしかして」
祥は固い声音で口を開く。
「もしかして、すごく大事な事を俺に話してない?」
「たとえば?」
「花子」
「話が見えんな」
「魔物のこと、花子って言った。魔物もそれで納得したみたいじゃないか」
「そうだったか?」
「なあ、ちゃんと話してくれよ」
「これはゲームではない。現実だ」
「そうじゃなくて……」
「それが根本だ。それを納得すれば真実が手に入る」
「納得したとして、どういう真実が分かる?」
「召喚士は召喚獣を召喚する。が、魔物は召喚士に引き寄せられる」
「後半の意味がわかんないんだけど」
「魔物の大半はお前がお前のいた世界からやってきて変化したものだ。今回は『花子』だったというわけだ」
「じゃああのタコもどきは、調理直前のタコの変身版?」
「そうだ」
「待ってくれ。じゃあ俺が元の世界に戻れば万事解決なんじゃないのか?」
「剣を奉納せずに元の世界に戻れば、お前に引き寄せられてこちらにやってきて変化したものもそのままの姿で戻り、お前の世界に存在する全てもお前に引き寄せられて魔物に変化する。動物も、植物も、人間もだ」
「マ……マジ?」
「嘘を言う必要がない」
「いや。俺に任務を全うさせるための嘘っていう可能性があるだろ? 動物も植物も人間もって……」
「そうだったな」
「そうだったなって……。結局、剣を奉納すれば丸く収まるんだな?」
「そうだ」
「それで元の世界に俺は戻れるんだな?」
「そうだ。それは最初から言っている事だ」
「でもやっぱりゲームじゃないのか? 出てくるのは俺の知り合いばっかりだし。そうだ! 今のは親戚の叔父さんだ。飼育員してるって聞いたことある。もしかして俺の記憶を抜き出してデータ化して……」
「そんな技術があると思うか?」
「じゃあ、俺を別の世界に引きずり込む技術があるのか? それも地図にない世界だ」
「ある。私にはな」
「え?」
「ヴェーラは国を守護する一族だからだ。その一族の者は国を守るために召喚士を選出することが出来る」
「……ものすごくゲームっぽい」
「お前がゲームと思うならそれでいい。剣を奉納出来れば全て丸く収まる」
「……結論はそこか。何だかよく分からなくなったからもうそういうことでいいや。とにかく早く剣を奉納すればいいんだな」
「そうだ」
「分かった。もう細かいことは考えるのやめた」
「鵜呑みしてくれて助かる」
「……なんか、俺のこと馬鹿にしてない?」
「いや」
答えながらニヤリとヴェーラが笑う。
「してるんじゃないか!」
叫んでヴェーラに掴みかかろうとしたが綺麗にかわされ、勢いあまってヴェーラの腰の剣の柄に触れてしまった。
と、鼓膜を刺激する音が響き渡った。
「何、この音……」
「お前が剣に触れたからだ」
「俺? 俺が原因?」
「そうだ」
「俺は何も……」
「召喚士が現れて、剣が喜んでいる」
「そうか。歓迎されてるんだな?」
「ある意味そうかもしれん」
「どういうことだよ」
「こういうことだ!」
抜刀と同時にヴェーラは剣で宙を斬る。
ボタボタと落ちてきたのは肉塊だった。
「なっなっ!」
「小さな魔物だ。それにこいつらはお前の世界からやって来たものではない。魔王の復活を願い息を潜めてこの世界に棲んでいる魔物たちだ。私の剣でも何とかなる」
「もちろんオレの剣でもな」
サムリもまた剣を振るい、手応えのある音を響かせている。
「歓迎って、俺が魔物に歓迎されてるのか?」
「いや。歓迎されているのはこの状況だ。この奉納すべき剣は、前にも言ったが魔族の王の剣だからな」
二人の剣筋より鋭い祥の声が響く。
「なんか俺、大事なことを聞き忘れてたって今気がついた! なんでそんなモノを持ってるんだ!」
「魅力的な剣だからだ」
ヴェーラの答えに祥は気づいた。
「ちょっと待ってくれ。俺は今までその剣はどっかの神殿に奉られていたか、刀鍛冶が魂込めて打ち上げたばかりのものかと思っていたが、魔族の王の剣ってことは……それは今までどこにあったんだ?」
「魔族の王の墓だ」
「もしかして奉納先も魔族の王様のお墓?」
「そうだ」
「もしかしてもしかして魔族の王様を封印していた剣を誰かが墓泥棒して、それを返しに行くっていうのが正解? ひょっとして墓泥棒って……」
直後、サムリの拳が祥の頭に落ちた。
「痛っ!」
振り返ってサムリを睨んだが、返答はヴェーラの口から語られた。
「墓泥棒ではない。レンタルだ。レンタル」
「レンタル? ちゃんとレンタル料払ったんだろうな? もしかして払ってないからこの状況?」
「請求されなかった」
「だからって無断使用だろう? そりゃ怒る。怒るに決まってる、当然だ」
「怒っている訳ではない。魔族にとっては喜ぶべき状況だ。召喚士は別世界から仲間――魔物を連れてやってくる。剣を奉納される前に召喚士を倒せば仲間が増える。増えればこの世界の人間を駆逐してゆくことが出来る。魔物にとって召喚士は大歓迎というわけだ。だがそうさせない為の剣の奉納だ。頼んだぞ、召喚士殿」
「パス! やめ! どうして俺があんたの尻ぬぐいしなくちゃならないんだよ。召喚士を連れてこれる凄い一族なんだろ? 自分で何とかしろよ」
「召喚士以外の者には剣の奉納は出来ない」
「何でだよ!」
「奉納するということは封印することでもある」
祥の動きが止まった。
「サムリ」
「ああ」
思考することを拒否してしまった祥の身体を抱き上げる。
「ちょっ!」
「もう少し白くなってろ」
「なってられるか! 封印って聞いてない!」
「別段難しいことはない。剣を置いてくるだけだ」
「なんだ、そんなことか……って絶対それだけじゃないよな! 違うよな!」
「ちょっと苦しかったり怖かったりするかもしれないが、一瞬のことだ」
「絶対拒否!」
叫んでショウは手足をバタつかせる。
サムリが必死に押さえつけるがバランスを崩し倒れ込んでしまうと、これは好機と祥が逃走を図ろうと踵を返す。
だが倒れたままのサムリに足首を掴まれて未遂に終わってしまった。
「逃げてどうする? 事を成就させねば、元の世界に帰ることはできんぞ」
「…………」
だが祥はサムリの手の力が緩んだ瞬間、蹴りを入れて逃れ走り出した。
「ショウ!」
「他の方法を探してみる!」
「無駄だ」
「そんなの分からないじゃないか!」
叫んで走る。
とにかくもっと情報を。
何と言ってもここに来て出会った人間はヴェーラとサムリだけだ。二人の説明が全てだと思えなかった。
幸い追ってくる気配がない。
充分確認してから足を止めて耳を澄ませる。
足音はない。
ホッとしたような拍子抜けしたような、妙な気分になったまま祥は歩き始めたが、突然激しい頭痛が起こり、その場に蹲ってしまった。
(な……んだ……)
ギュッと目を閉じ痛みをやり過ごそうとするが、酷くなる一方だ。
そして不意に諦めろという言葉が響き……それを最後に意識がなくなった。
「酷じゃないか?」
倒れた祥の傍らに立ったサムリがヴェーラに問いかける。
「今さら逃げられては困る。ショウに引かれてこの世界にやってきた魔物は多い。この状態で召喚士たるショウを見失った場合、次の召喚士を探しに行く猶予はない」
「そうだがな」
苦痛に顔を歪ませたまま意識を失った祥をサムリは見つめる。
「他に方法はない。こいつが今私が選んだ召喚士だからな」
「そうだな。では全てを話すか?」
「説明してもゲームだと信じ込んでいたお目出度いヤツにか?」
「……今なら真実を受け入れるかもしれないぞ」
「考え難い。一部を知って逃走しようとしたヤツだ。それに自分の思考が私にダダ漏れしてることや、奉納方法を聞いて協力的になってくれると思うか? 召喚獣を呼び寄せることすら嫌がっているというのにだ」
「…………思わん」
「だろう? その時まで黙っているが得策。脳天気な思考に適当に合わせて奉納させてしまおう」
「ヴェーラ」
呼びかけてから脱力する吐息をサムリは吐き出す。
「何だ?」
適当に合わせているとは思えないんだが、という言葉を飲み込み、
「先に進むか」
「そいつを頼む」
綺麗に踵を返すヴェーラを見てからサムリは、触れてもピクリとも動かない祥を肩に担ぎ上げて歩き出した。
説明 | ||
流されやすく単純な高校二年生の成見祥。ある日ある場所で時間切れのどさくさまぎれに召喚士として見初められ、赤い髪の女戦士ヴェーラとその守護者サムリの二人異世界へと連れ去られてしまう。 召喚士の責務を終えて現実に帰してもらうんだ!と決意した祥だったが、疑問に思う事が増えてくる。 何故自分が? 何故剣の奉納を? その答えを得て祥は……。 |
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