ざれぼく×ざれかの
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戯言を言う僕の背中を彼女が見ている。

 

ただ、目覚める事を待っているなら、それは、罪。

 

0. 努々忘れるなかれ

誰も見ない場所だと、ソレは知っていた。

とても暗い場所、此処に光は亡い。門を下ろした人間が居るからだ。

「此処に光は必要ない。」

そう、言って。

確かに光がなくとも、生活に不自由する事はない。

ソレの瞳は闇も真昼のように見渡すことが出来るからだ。

だが、渇望していた。

光、光の中にすむ命。

その全てに渇望していた。

ソレは、此処に閉じ込められてからの時間を、実に正確に把握していた。

そして、どんな風に閉じ込められているのかも、熟知していた。

長い間、長い間、時を待っていた。

 

好機。

 

それをただひたすら待ち続けていた。

 

5年に一度、生存を確認するために扉が開く。

15年前、10年前、そして5年前。

待つだけ、ひたすらに、ただ小さく息をして待つだけ。

扉が開く其の時を。

 

「お前は、まだそこにあるのか。」

 

真地は、息を呑んだ。

次に見えたのは地面。

転がりながら、息を吐いた。広がったスカートを慌てて己の掌で抑えて、整える。願わくば、3枚千円のパンツが誰の目にも触れていませんように。

「・・・び、びっくりしたぁ・・・。」

青い空と白い雲、そして覗き込む、いまだおぼつかない足取りの子供。

目の前に突然現れた少年に、いきなりかけた急ブレーキは彼女の運転している自転車のハンドル操作を誤らせるのに充分だった。

遠くから、女の声が聞こえる。少年の母親の声だろう。

目を離した隙に転がり出た、と言うことろだろうか。

季節が秋でよかったと、心底思う。

後部に当たる植木の感触が柔らかく、そして暖かい。日が落ち始めたばかりだから、柔らかな日差しの暖かさが残っているのだ。

ひんやりと心地の良い地面から身体を上げれば、まだ若い母親が目に飛び込んできた。

こちらを心配しているようにあわてて駆け寄ってくる。

大丈夫だと、笑って立ち上がりまた自転車にまたがる。

頭も打っていないし、手を少し擦り剥いたが、これくらの怪我なら2,3日もかからないで治るだろう。子供がこちらを見た。夕日が差し掛かる街路樹の根元で笑って頭を下げる。

「あんがとぉ。」

母親が困った顔をしたのを尻目に真地も笑いながら自転車を走らせた。

 

少し、いい気分になって、真地は視線を地面に落とした。

…雑巾?

夕焼けに染まる街角の、普通の、そう極ありふれた普通の歩道だ。

白いものが夕日に染まっていた。

一見、布。

自転車を止める。ぼろ雑巾にも見えるが、動いているのだ。一見、布は。

非常に遅い動き、しかしながら生きているように動いている。

「…何、これ…?」

踏んでみた。容赦なく、白い運動靴で踏んでみた。日に焼けた足で、こう、左右に一回ずつ、足首を捻って。

「…ぶぎゅるっつ」

有り得ない声が聞こえて、真地は踏んだまま、動きを止めた。

踏んだまま、もう一度足首を左右に丁寧に一回ずつ、先程より力を込めて踏んで見た。

「…ぶぎゅるっ♪」

…どうしよう、心なしか嬉しそうだ。犬や猫なら、少なくともぷぎゅる、とはいわない。

寧ろ声質から言って低い男の声だ。先程のいい気分など粉みじんでそれを見つめていると、白い雑巾が顔を上げた。

口元は獣。何だか笑っているような形のそれが、二、三度動き、真地は思わず踏んでいた足を外す。

「………………。」

沈黙が、続いた。

「いやたぁああああああああ!女子高生の生足ゲットぉおおおおおおおお!」

先程まで嫌にゆっくりと動いていた生き物と同じだとは思えない、本能に近い動きでそれは真地の太股を這い登ってきたのだ。咄嗟、持っていた学生鞄で殴り飛ばせば、歩道の数メートル先にそれは弾け飛び、地面を何度もバウンドして転がる。

今度こそ、その白いものは動かなくなった。一ミリも。

 

そのまま置いて帰るには余りにも無常だった。

 

家に戻って真地はそれを眺めた。

ワンルームの一室。両親は他界して既に居ない。

そもそも居ても居なくても変わらない両親だったが。

ボロ雑巾のようなそれを指先で突いてみてば、動きはなかった。

「…なんだろ、これ。」

しかし先程、流暢に喋ったのを真地は聞いている。

低い男の声だった。

このイキモノは何だろう。

指先でボロ雑巾を辿れば何か硬いものに突き当たった。

なぞるように指腹を伝わせれば、雑巾が僅かに震える。

触ったそれはまるで角のようにとがっており、確かな堅さが伝わった。

「…起きたのかな、ボロ雑巾。」

両側を掴み持ち上げてみる。生物らしい弾力が指先から真地に伝わり、やはりそれが生きているのだと知る。

「おい、おきろ、ボロ雑巾。」

「…乳の合間にはさんでくれたら。」

真地はそのままそれを机に押し付けた。

白いふわふわの口だと思われる部分を上に額っぽい場所を掌で押させ、容赦なく机の押し付ける。

「起きてるじゃん、ボロ雑巾。」

いたたたた、と悶えるように言葉を発する白い汚れた塊から手を離せば、真地はゆっくりとそれを眺めた。

やっぱり古びた雑巾にしか見えない。

雑巾にしては丸い塊だが、あぁ、そうだ、モップ、毛玉モップ。

白いもさもさとした薄汚れたものは身なりを(?)正し真地の方を向き直った。

「どうも初めまして、アルジェレン・ルージェント・ホッチャーと申します。好きなカップサイズはDからで」

何はともあれ、変態な名乗りだった。

白い塊は胸を張りながら、小さな手?で額を撫でる。

薄汚れている、これ以上ないぐらい、薄汚れている。

オマケに毛先が乱れて枝毛になっている。許せない。

「私は高貴はゆ」

「じゃあ、ほつほつ、とりあえず洗おうか。」

毛玉は容赦なくつままれた。

 

ドライヤーの風は生暖かかった。

ブラシで乱暴にとかれるのは快感だった。

視界を占める乳は豊富だった。

ぬるく乾かされながら毛玉は小さく揺れる。

「あんたおなか減ってないの?ドックフードとか食べるんなら買ってくるけど。」

「…家畜ではございませんので、あぁ、お肉が駄目な以外は貴方様と同じ食事で結構です。」

変に偉そうな喋り方をする毛玉だな。

真地はふかふかになった白い毛玉を手に取り、上下に軽くふってみた。

中味は詰まっているようで、からからという音はしなかった。

「…すいません…出来れば手荒に扱わないでいただければ…」

うえ、と声を漏らしたほつほつを机の上に置けば、真地は冷蔵庫を覗いた。

「うーん…冷奴でい?豆腐あるし。」

豆腐を出して掌の上で切れば更に並べ、カツオを振りかけようと振り向けば口の周りを汚したほつほつが顔をあげた。

「とぉーふ、神秘の食べ物ですね、以前日本から送られてきた雑誌に載っていましたよ、とーぅーふぅー」

「あっ、こら、カツオかける前に手つけちゃ駄目っ!」

「かつーお、世界で一番硬い発酵食品ですねー!」

日本食マニアか。

ていうか何でそんなに詳しい。

「なとーは、ないですか、ナトー。後できれば味噌汁という神秘の飲み物も下さいー。」

贅沢な、毛玉だった。

そこでようやくおかしいな、と真地は首を傾げる。

「…日本のイキモンじゃないの?」

そもそも、図鑑にも載っていない生き物なのだが。

丸い白いその姿は見たこともない、だから多分犬とか、猫とかそういうペットと同じではないのだろう。喋るし。

「…日本語が流暢だから気がつかれませんでしたか…おー、練習したんですよーこれでもー」

「ところで、カツオたべんの?食べないの?」

いただきます、というと口の周りの白い毛にカツオをつけながらほおばる。

「ま、いっか。アタシは真地。」

少女は笑った。薄い色素の髪が揺れる。

毛玉はそれをボンヤリと見ながら、やっぱり笑った。

「本当にありがとうございます。貴方のお陰で人心地つきました。ですが、そろそろお暇しなければなりません」

笑うようにして、毛玉は机の上から下へと降りようとした。

「・・・あれ?何か用事あったのに私つれてきちゃった?」

真地の声に、毛玉はあるのかないのかわからない首を左右にふった。

巻き込みたくありませんから、と一言だけ続ける。

なんだか、よくわからない。

真地は、椅子から立ち上がり、毛玉を掴んだ。無造作な動きで毛玉を頭の上に載せると、自分も豆腐を食べる。

「よくわかんないけどさ」

少女は笑った。別段何も気にしてない様子で

「夜も遅いし、待ち合わせがないのなら、今日はとまってけば?」

どうせ1人の長い夜。

説明
戯言をいう僕の背中を彼女がみている、というのが元のタイトルなのですが、短くしてみましたよー。

もともと別のところで連載していたのものですが、復活ということで。

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