レッド・メモリアル Ep#.10「暗躍」-2
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「まだ発見できないの!」

 病院の廊下の中にシャーリの声が響き渡った。彼女はショットガンを片手に持ち、物々しい姿で、自分より何歳も年上で屈強そうな体を持つ部下達に命令を飛ばしている。

「病院内をくまなく探していますが、まだ2人の姿を発見することはできません」

 シャーリの部下はそんな彼女に対して、無機質な表情で答えた。

「全く!まだ、病院の外には逃げていないはずよ!必ずアリエル達は、この病院の中のどこかにいるはずなんだから、何としても探し出しなさい!」

「シャーリ様」

 とシャーリが言い放った時、別の彼女の部下が、呼びかけてくる。

「何よ!」

 シャーリは苛立ったような表情と声で彼へと目を向けた。その眼は怒りと焦りに満ちている。

「医師や患者がこちらを見ています。早く見つけなければ、彼らに気づかれてしまうでしょう」

 声をひそめて言って来たその部下は、病院の廊下にいるシャーリ達を見つめてくる医師や患者の方を向いて言った。

 シャーリ達は、病院の廊下の中でも非常口に近い場所におり、そこにはあまり患者も医師も近付かない場所だったが、さすがにシャーリ達が騒がしく動いているせいで、注意を引いてしまっている。

 ましてシャーリが片手に持っているショットガンはあまりに目立っていた。彼女はそれに初めて気づいたように、自分の背後の目立たない場所へとそのショットガンを隠そうとする。

「くっ。早く奴らを見つけ出せば解決するのよ。さっさと手分けして探しなさい。天井裏も地下室も、洗濯かごの中も探しなさい」

 と、シャーリがそう言った時だった。

「ねえ、シャーリぃ〜」

 緊張の糸も張りつめていたシャーリ達の間に、突然割り入ってくる緊張感の無い声。それは、シャーリの義理の妹であるレーシーのものだった。

 彼女のまるでジュール人形であるかのような姿は、この場においてもあまりに異彩を放っていた。

 そんな病院の廊下にも、シャーリ達の間にもあまりに不釣り合いな彼女がシャーリの元へと近付いてくる。彼女は、シャーリのお父様の元にいたはずだ。

「レーシー。あんたがここに来るって事は、お父様に何かがあったの?」

 と、シャーリはレーシーに尋ねた。彼女がここに来ると言う事は何かを伝えに来たはずだ。

「ううん。お父様は大丈夫だよ。お医者様の話では、何だか、こう、一時的なショック状態になっただけだからって」

 というレーシーの言葉は、いつものように、子供が遊びの中で話すかのように緊張感の無いものだったが、彼女の言葉にシャーリはほっと胸をなでおろした。

 さっきは、お父様の容態が急変してしまい、シャーリも父に対しての心配で胸がいっぱいだったが、レーシーの言葉にほっとさせられた。

 どうやら、お父様の容態は持ち直したらしい。これで、アリエル達を探す事に専念できる。そうシャーリが思いかけた時、レーシーは更に言葉を続けてきた。

「でもね。お父様がすぐに戻るようにって言っているよ」

 レーシーは、何の変哲もないかのような顔をしているが、彼女の言葉にシャーリは耳を疑った。

「何ですって?お父様が、本当にそんな事を?」

 信じられないといった口調で答えたシャーリの言葉に、レーシーは答えた。

「何でもね。この病院に“例の人達”が近づいてきているから、すぐに戻るようにって言っていたよ」

 レーシーの言った、“例の人達”という言葉に、シャーリは反応した。その言葉が何を意味しているかは、シャーリは良く知っていた。

 お父様がすぐに戻ってくるようにと命じている事も理解することができる。

 だが、レーシーの姿越しに見える病院の廊下を見つめて、シャーリは少し考えた。

 この病院のどこかに、まだ必ずアリエルが潜んでいるはずだ。彼女と、その母親を見つけ出す事を、お父様が望んでいるはず。そして、何よりもシャーリ自身が、アリエルを逃したくは無かった。

 あの娘には、嫌と言うほど思い知らせてあげなければならない。例え、お父様の命令があろうと同じ事だ。

 シャーリは少し考えた挙句、レーシーに尋ねた。

「その“連中”が到着するのは、どれくらい後だって、お父様が言っているの?」

 と、尋ねると、レーシーは、少し自分の頭を指でたたき、まるで頭の中から情報を引き出すかのようにして答えた。

「正確には、17分55秒後。もちろん、プラスマイナス1分くらいの誤差はあると思うよ。道路の交通状況にもよるけれども、この時間はこの街は渋滞も無いだろうし」

 レーシーは答えてくる。この娘の体内には、レーシー自身の『能力』によってコンピュータが融合されており、それが脳に直結させられている。それが、どのように接続されているのかは分からなかったが、レーシー自身が、人間コンピュータのような存在である事は確かだ。

 だから、レーシーの話している言葉は、ポータブルの情報端末を持ち歩いているように確かな情報だ。

 コンピュータとの違いと言えば、彼女が見た目そのもの、子供のような個性と人間性を持っているという点だろう。

 コンピュータや兵器と融合し、それを彼女自身が持ち歩く事ができ、操作する事もできるという点は、お父様も重宝していたが、今のシャーリにとって、レーシーの話す個性的な言葉は余計なものでしかなく、情報だけが欲しかった。

「17分。10分前になったら言いなさい。あと7分もあれば十分。あの娘を探し出してやるわ。お父様には黙っていなさい」

 と、シャーリはレーシーに加えて言い放つ。レーシー自身が、携帯無線機の役割も果たす以上、余計な事をお父様に知られるのはまずかった。

 お父様がシャーリの行動を知れば、すぐに自分の元に戻り、“あの連中”がやってくるよりも前に、自分と共に病院から脱出するように言うだろう。

 だが、それはシャーリ自身が納得することができなかった。あのアリエル親子をみすみす逃がしてしまうようなものなのだから。

「でも、シャーリぃ。すぐに戻らないと、お父様が怒るよ?」

 と、レーシーはいつもながらの口調で言って来た。確かにそれは事実だろうが、あと7分は大丈夫なはず。お父様にはバレない。

「いいえ、お父様の元に戻るのは、アリエル達を見つけてからよ。それまでは、皆、あいつらを探し出すことに専念するの。レーシー!赤外線探査で、この病院を隅々まで捜すのよ。できるでしょう?すぐにやんなさい」

 シャーリは病院の廊下にも響き渡るような声で言い放ち、レーシーに命じた。

 レーシーの体の中には、こんな事もあろうかと、赤外線スコープが埋め込まれているだけではなく、広域の赤外線探査装置も埋め込まれていた。

 彼女自身の意思によってそれらの装置を動かすことができ、この病院ほどの規模の建物内ならば、即座に赤外線での映像を、彼女は見ることができる。

「分かった。やるよ。ほら、シャーリも携帯端末で、この建物の立体映像を見ながら付いてきてよ」

 と、油断なくレーシーは付けくわえてきた。そのくらいの事は分かっている。シャーリは自分の上着から手に収まるほどの携帯端末を取り出し、そこから立体映像を出現させた。

 彼女の前の空間に、この病院の立体映像が出現する。線だけで表された建物の見取り図として出現し、広い病院内の全てを見通せるようになった。

 その立体映像は、よく見ると、幾つもの白い人影が動いていることが分かる。それが、レーシーが赤外線探査で探査した人の姿だった。

 赤外線は波長が長く、壁を透過して向こう側を透かして見てしまう事ができる光だ。レーシーの眼の中にその探査機は仕込まれており、彼女が見ているものは、全て赤外線で透過して見えてしまう。

 だが、病院の中には、シャーリの手元の映像が見せているだけでも、百を超える人間が動いている。

 この中から7分程度の時間で、アリエルとミッシェルを発見できるのか、シャーリは考えを巡らせた。

「レーシー。各階の天井裏を拡大して見せなさい」

 と、シャーリが言うと、レーシーは何も答えず、シャーリの見ている立体画面を制御し、各階の天井裏の赤外線探査映像を見せてきた。

 シャーリの携帯端末だったが、映像を送ってきているのはレーシーで、画面の操作も彼女が行う必要があった。

「天井裏にいるのは、鼠とか、小動物だけで、人の影は無いよ」

 どうやら、すでにアリエル達は天井裏に隠れているわけではないようだ。シャーリの見ている立体映像にも、拡大された各階の天井裏にいるものは、小さく動いている粒のようなものばかりで、それは換気ダクトなどに住みついたネズミなどだろう。

「全ての階には部下を配置したはずよ!一体、どこに逃げたって言うの!」

 シャーリが再び声を上げた。

「落ち着いて、シャーリ。もう、病院から逃げちゃったとは考えられないの?」

「馬鹿な!この病院の出入り口は、真っ先に固めたのよ。監視カメラで確認だってしている!逃げたのだったらすぐに分かるはずだわ!」

 と、レーシーが落ちつけようとしても、シャーリはいても立ってもいられなくなってきていた。

 シャーリは自分でもはっきりと自覚している。自分の何よりもの欠点は、すぐに熱く、感情的になってしまう点だという事を。特に、アリエルの事になると、ついカッとなってしまう事もある。

 あの娘のせいで、お父様の計画を台無しにでもされたら。そう思うと駄目だった。

 しかもあのアリエルは、お父様の実の娘でもあるのに。

 もしかしたら、アリエルが、シャーリ自身と同じ、お父様の血を分けた娘だからこそ、余計に苛立ってくるのだろう。

 アリエルと言う存在がいると言う事自体が、シャーリにとっては我慢ならない事だった。

「落ち着いてよシャーリ。監視カメラの映像もしっかりとチェックして」

 と、レーシーは言い、シャーリの携帯端末に病院内の監視カメラの映像を送ってきた。レーシーは病院内の警備システムと直結し、全ての監視カメラの映像を見る事ができる。シャーリに送られて来た映像は、病院内の廊下、病室、一般外来の待合室、そして、今はがらんとした手術室などだった。

 監視カメラからの映像をじっと見つめ、シャーリは考えを巡らせた。

「ねえ、レーシー。この監視カメラで写らない場所はどこ?監視カメラで監視をしていない部屋もあるでしょう?」

「倉庫とか、トイレの中とかは監視をしていないけど」

 そのレーシーの言葉にシャーリは、赤外線探査を行っている立体映像の方に目をやった。

 各階にはほぼ同じ場所に、トイレや、入院患者用の備品倉庫があり、シャーリは映像の上から順に目で追う。

 すると、2階上の小さな部屋に、2人が固まっている映像が映っていた。

 病院の医師や看護師かもしれないし、患者かもしれない。だが、調べる意味はあった。2階上にいる部下に向かって、シャーリは無線を使って指示を飛ばした。

「3階の北西の備品倉庫の中にいるわ!わたしが行くまで、2人を逃がさないようにしなさい!」

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 セルゲイ・ストロフら、国家安全保安局から派遣された者達は、完全武装をしたまま、《アルタイブルグ》の街の中を疾走していた。

 だが、ただ一つ、ストロフの乗った装甲車だけが、いち早く目的地である《チェルノ記念病院》へと乗り付けていた。部隊の隊員の中、ごく一部の人間だけが、一般人と変わらぬ服装をし、目立たない姿をしていた。

 彼らは物々しい装甲車から一般的な乗用車に乗り換え、ごく普通の市民に紛れて、テロリスト達が潜伏している病院を目指したのだった。

 そのため、ストロフ達はまず先陣を切り、敵テロリスト達が潜伏していると思われる病院の様子を探るつもりでいたのだ。

 病院の外観は、いたって普通の総合病院だ。だが、この『ジュール連邦』内の病院としてはかなり清潔な外観が保たれている。それだけ、信頼のおける、発達した医療技術を持つ病院である事が見て取れる。

 病院の外では、いつもと変わらずに、病院の来院者の姿が見えた。特に警備員の様子を見る事も無い。

 今は急患で運ばれてくるような患者もいないらしく、病院はいたって静かだった。

 ストロフは部下を3人連れていた。もちろん彼を含めて、4人でテロリストの本拠地に乗りこんでいくつもりは無い。

 あくまでこの4人で様子を探るだけだ。どこから部隊を突入させればよいのか。そして、テロリスト達がいるのだとしたら、それは一体どこで、敵はどのくらいいるのか?それを探るのだ。

 後続の部隊は完全武装のまま、病院からは見えない場所に待機させてある。指揮官としてストロフが命令を下せば、一気に突入し、制圧する。

 だがここは多くの一般人や、入院患者などもいる病院だ。できる限り一般への被害は出したくない。

 行動は素早く、そして的確に済ませた方が良さそうだ。

 だが、ストロフは病院の駐車場に、一般人達と同じく車を止めようとした時、ある事に気が付いた。

 そして、車から降りるよりも前に素早く背後を警戒する。

「気をつけろ。裏口にいる男。銃を隠し持っている」

 ストロフは駐車場から見える裏口の方へは目線をやらずに、バックミラー越しに見て言った。

 他に車に乗せている隊員達が黙ってうなずいた。銃を持っている男は2人いる。どちらも病院の警備員の服装をしていない。

「裏口を封鎖している人数は2人。表口にも何人かいた。何のためにこんなに警戒態勢を強めている?」

 と、ストロフは自問自答するかのように呟いた。

「我々が来る事に、気が付いているのではないでしょうか?」

 部下の一人がストロフに言ってくる。その可能性も否定できない。『チェルノ財団』は、政界にもつながりがある。ストロフ達に作戦決定を下すのは議会だから、そこから作戦が漏れている可能性もある。

 だが、ストロフは別の考えを思い浮かべていた。

「ああ、そうかもしれない。だが、それだけではなく、病院内で何かが起こっているのかもしれん。どちらにしろ、常に周囲に気を配れ。そして、目立たないようにしろ。本隊への命令は、確実に攻め入られると判断した時に出す」

 と言って、ストロフは自分が先頭になって車から降りた。続いて部下3人も続く。

 はたから見れば、病院の来客にしか見えないだろう。

 だが、見る人間が見れば、ストロフ達が腰のホルスターに入れ、上着で隠している銃の存在に気がつく。

「できる事なら、突入前に連中に気がつかれたくは無い。目立たないように行け。俺は一階から探っていく。お前達は二階から上を探るのだ」

 ストロフは部下に指示を出しつつ、病院の表玄関へと向かう。4人の男達は、別々に間隔を開けて中へと入っていった。

 病院の一階は待合室になっており、病院の来客患者が多くいた。

 もしここでテロリスト達と交戦する事になったら、一体どうなってしまうのか。ストロフにとってはテロリスト達を摘発することが何よりも望んでいる事だったが、一般に被害を出すのも避けたかった。

 議会の連中が黙っちゃあいないだろう。

 しかも、テロリストはそれを狙っている可能性もある。もしも、このアジトにストロフ達がやって来た時は、病院の患者を人質に取るつもりでいる可能性だ。

 だから、ストロフは慎重に事を進めたかった。

 だが、ストロフが病院の表玄関に入って数歩歩き、待合室になっているロビーを横切ろうとした時だった。

 ロビーの奥の通路から、3人の、見るからに病院関係者ではなさそうな男に囲まれて、一人の女が姿を見せた。

 注意深く病院内を観察していたストロフは、その女の顔にすぐ気が付いた。

 つい先日、堂々と国家安全保安局の本部の建物に乗りこんできた、あの女だ。

 忘れもしない、赤毛で片方の目を隠した女。背は高く、白いジャケットを羽織っている。ストロフはすぐに判断した。しかもその女の着ているジャケットは妙に膨らんでいる。

 素人目には分からないだろうが、ストロフはすぐに分かった。あの女は病院の中にも関わらず、すぐに銃を抜く事ができる姿勢でいる。

 ストロフはその女の顔をすぐに判別した。相手も、彼の顔は知っているはずだ。視線を合わせれば、国家安全保安局が乗り込んできた事が分かってしまう。

 だが、これではっきりした。この病院こそまさにテロリストのアジトで、奴らの隠れ蓑なのだ。

 その女は病院のロビーを横切り、どこかへと歩いていこうとしている。女を取り込むかのようにして歩いている3人組も、おそらくテロリストの一味に違いない。

 奴らがこの病院にいる事ははっきりした。次は、奴らにバレないように、この病院に部隊を突入させるのだ。

 と、ストロフが思い、後から続いて病院の中へと入ってきた部下達に指示を出そうとした時だった。

 突然、ストロフの方を向いて来る一人の少女がいた。

 その少女は、病院の中にいる少女にしてはあまりにも不釣り合いな姿をしていた。まるで、ジュール人形のような容姿をしており、あたかも本物の等身大の人形がそこにいるのかと思わせてしまうような姿。

 何故、こんな少女が病院の中にいる?しかもその少女は、テロリスト達を伴って歩いているではないか?

 ストロフはその少女と目線を合わせてしまったが、すぐに目を反らそうとした。何か、怪しい。まさか、あんなに小さな少女がテロリストのはずが。

 そう思った時だった。ストロフと目線を合わせた少女が、突然、テロリストの女に何かを耳打ちするのが見えた。

 直後、女は上着の内側からぬっと黒いものを引き出した。

 それがショットガンだと気がついた時、ストロフは素早くその身を伏せた。

 突然、病院のロビーの中に響き渡る銃声。それはただ銃が発砲された時の音の何倍もの大きさの音に聞こえているかのようだった。

 女は、何のためらいもなく、ショットガンを放ったのだ。今、病院のロビーには十数人も一般人がいる。彼らはテロリストでも何でもない。ただの病院の来客に過ぎない。中には入院患者だっているだろう。

 それなのに、ショットガンを突然発砲するとは。

 ショットガンの銃声がまるで耳をつんざくかのようだったが、ストロフは素早く叫んだ。

「皆、伏せろーッ!」

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 そして、素早く銃を抜き放つ。一般人を巻き添えにするわけにはいかない。彼は素早くショットガンを撃ってきた女の方に向かって、銃を構えて応戦した。

 女は、ストロフ達の姿に気が付いたらしく、こちらへと堂々と迫ってきている。他の3人の部下は散り散りになり、それぞれ物影の中へと姿を潜めた。

「そこで止まれッ!」

 ストロフは言い放った。だが、彼は戸惑わず、女に向かって銃を発砲する。この女は立った今ショットガンを撃ってきただけでなく、国家安全保安局に堂々とやってきた一大テロリストの一人なのだ。躊躇する必要があるだろうか。

 ストロフの放った銃弾は、女に確かに命中した。しかし、この女は銃弾が命中したはずなのにも関わらず、どんどんストロフの方へと迫ってくるではないか。

 再びショットガンを構えなおし、ポンプアクション式のショットガンの弾をリロードすると、ストロフへと撃ち放ってきた。

 ストロフは素早く病院の受付カウンターの中へと飛び込んだ。ショットガンの弾は、受付カウンターへと直撃する。

 ストロフは素早く判断した。この女は『能力者』だ。すでに調べは付いている。国家安全保安局を襲ったテロリスト達の中には、『能力者』がいた。そのために、政府の施設ともあろうものがいとも簡単に襲撃されたのだ。

 『能力者』は、常人の人間では太刀打ちできないという。何故なら、彼らは常人の人間には想像を絶するような『能力』を秘めているからだ。

 この女に銃弾が命中したはずなのに、相手は何も痛みも感じていないようだ。銃弾の衝撃で、背後へよろめきもしなかった。

 部隊を突入させるしかない。ストロフはすぐに判断した。

 すでに病院内は、銃撃戦場になっている。

 ストロフは受付カウンターの下に身をひそめながら、イヤホン式の通信機に向かって言い放った。

「突入しろ!現在、正面待合ロビーでテロリストと交戦中!」

 これで病院の中は戦場と化すだろう。一般にも被害が出るかもしれない。だが、ストロフはすでに覚悟を決めていた。

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 病院にやって来たのは、国家安全保安局という政府の組織から派遣されて来た部隊。つい先日、シャーリがアリエルを連れ出すために乗りこんでいった、あの政府組織の連中だ。

 こいつらがここまで病院に近づいてきているのは知っていたが、早すぎる。

 レーシーの予測では、部隊がやってくるまで、あと5分から7分ほどはあったはずだ。それなのに、もう乗り込んできているとは。

「レーシーッ!もうこいつらが乗り込んできているわよ!一体、どういう事なの!」

 シャーリはショットガンを、受付カウンターの中へと飛び込んでいった男の方へと向けながら、レーシーに言い放った。

 すると彼女は、何故自分を非難するのか分からない。という様子で迫って来た。

「だって、分からないよ!でも、どうやらまだ、装甲車とかの部隊は外にいるみたい。病院の中には入ってきていないよ!」

「あらそう!」

 と、シャーリは言い放ち、受付カウンターに飛び込んでいった男の方に向かって、再度ショットガンの弾を撃ち込んだ。

 そして、周囲に散った自分の部下達に向かって言い放つ。

「これでよし!あとはあんた達に任せるわ!くれぐれも、こいつらを、お父様の元へと近付けさせるんじゃあないわよ!」

「ええ、分かっていますよ」

 懐から小型マシンガンを抜き取ったシャーリの部下達が、受付ロビーの物陰に隠れながら、病院内に入り込んだ男達に迫る。

 シャーリとレーシーは、ここでその侵入者達の相手をしている暇など無かった。何しろ、お父様に危険が迫っているかもしれないからだ。

 お父様は今、絶対安静でいなければいけない状態。いつ容態が悪化するか分からないし、シャーリ達が側にいなければならない。

 そしてアリエル。さらにはその養母であるミッシェルも見つけ出さなければならない。

 あらゆる物事が、一気に病院から引き起こされていた。

 

 受付カウンターに撃ちこまれたショットガンの弾をやり過ごしたストロフは、握りしめた拳銃を手に、素早くカウンターから上半身だけを出し、その銃口を向けた。

 すると、次はマシンガンの弾が発砲されてくるではないか。ストロフは銃で反撃する間もなく、再び受付カウンターへと身をひそめる。

 カウンターの下では、病院の受付係が彼と同じように身を潜めていたが、体を震わせ、何が起こったのかも分からないようなパニック状態になっていた。

 病院の受付ロビーからは悲鳴が上がっている。一般に被害を出したくはないストロフだったが、テロリストからのいきなりの銃撃だ。

「皆、伏せろーッ!」

 その言葉はストロフの部下の一人だ。4人いる部下達の一人がマシンガンを発砲してくるテロリストに応戦している。

 ロビーにいた一般人達は、一斉に身を伏せているようだが、その頭上では銃声が響き渡り、激しい銃撃戦が行われ出していた。

「おい。敵は何人だ?どこから攻撃してきている?俺は受付カウンターの下だ」

 ストロフは耳の無線機から、カウンターの外にいる部下に尋ねた。

(南東側の通路と、ロビーのベンチの下。そして、一人はあなたが隠れている受付カウンターのすぐ傍の壁です!)

 すぐさま跳ね返って来た部下からの返答。その言葉に、ストロフは素早く身を受付カウンターから飛び出させ、拳銃の弾をマシンガンを構えた男の一人へと撃ちこんだ。

 ストロフのすぐ近くへと迫ってきていたその男は、あっという間に倒された。

 そのままストロフは受付カウンターから飛び出し、ロビーのベンチ下から応戦している部下達に合流するつもりだった。

 だが、その時、奇怪な事が起こった。ストロフの足が受付カウンターから外へと出ることができないのだ。

 彼はすぐに自分の足元へと目線を落とす。するとそこには、奇妙な金属の塊のようなものが足を枷のように固定しており、その金属は受付カウンターの中に埋め込まれているようだった。

「何だッ!一体何をしたッ!」

 金属は完全に足を固定してしまっていた。金属の色は、ちょうど銃弾の色とそっくりだ。そして、鉛のように重い。実際、鉛なのかもしれない。

 何故、こんな鉛が自分の足についているのか、ストロフは分からなかった。だが、その鉛の枷は、受付カウンターの壁を突き破ってまるで植物が生え出すかのようにストロフの足を固定している。

 あまりにも奇妙な現象に彼は戸惑う。だが、次の瞬間、ロビーのベンチの下から発砲されて来た銃弾に、彼は素早く身を交わさせなければならなかった。

 まるで、倒れ込むかのようにストロフは受付カウンターの中へと身を落とした。

 受付カウンターは次々と撃ちこまれてくる銃弾で激しく振動している。ストロフは足から枷を外そうとしたが無駄だった。全くもって枷は足から外れることが無い。

 枷はいびつな姿をしていて、手錠のようなものとは似ても似つかない。もしかしたら、これが、『能力者』の『能力』という奴なのか。

 枷は、あの女が撃ちこんできたショットガンの弾の弾痕から、まるで植物が根を張るかのようにしてカウンターの壁を反対側まで突き破り、ストロフの足まで伸びてきている。

 あの女が、『能力者』で、その『力』を行使したのか。

 枷は、がっしりとストロフの足を固定してしまっていて、彼はそこから抜け出すことができないでいた。

 受付カウンターの下では、病院の受付係が、何が起こったかも分からない様子で身を震わせている。

「安心しろ。私は、国家安全保安局のものだ。もうすぐ部隊が突入してくる。そうすれば、すぐに脱出できるから安心しろ」

 と、ストロフはその受付係に言っていた。

 だが、彼の足にはまった枷は外れることが無いし、カウンターの向こう側では、依然として激しい銃声が響き渡っていた。

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「レーシーッ!封鎖よ。病院を完全に封鎖しなさい!部隊が突入してくるよりも前にね!」

 シャーリは急いでお父様の元へと駆けながらレーシーに向かって言い放っていた。

「分かっている! 今すぐやるよ! でもいいの? 中には、さっきの人達が入り込んじゃったままよ!」

 レーシーがシャーリと共に走りながら言ってくる。だが、シャーリにとってはそんな事はどうでも良かった。

「さっさと封鎖しなさいッ! お父様の安全を守る方が先なのよッ!」

 とシャーリは叫ぶ。するとレーシーはすぐに行動に移った。

「分かったよぅ。でもいい? 一度封鎖したら、病院の中からは誰も出れなくなっちゃって、それこそ、大騒ぎになるんだからね?」

 レーシーが珍しく慌てた様子で言ってくるが、そんな事はシャーリにとってもすでに知った事だ。

「ええ。分かっているわよ…。でも、あいつらが来たら病院を封鎖するっていうのは、お父様の命令だからね…。大騒ぎなんて、今更大したことじゃあないのよ」

 と、シャーリは呟く。

 すると、レーシーは自分の頭を指で2、3回叩く仕草をした。彼女のその仕草が意味するものは、レーシー自身が『能力』を使い、自分の頭の中に直結しているコンピュータから病院の警備システムにアクセス。そして、彼女の意志によってその警備システムを作動させるというものだ。

 しかも、レーシーがアクセスしたのは、従来使われる警備システムでは無い。

 こんな時の為に、お父様が用意しておいた、緊急用のシステムだ。この病院は、病院としての機能も果たしているが、それだけではない。

 お父様の活動させている組織にとっての、要塞でもあるのだ。

 レーシーが警備システムへとアクセスして、ものの数秒もしないうちに、病院内の廊下や各部屋では、非常事態用のシグナルが点滅し出した。そして、大きな声でアナウンスが放送される。

「封鎖! 封鎖! 非常事態により、院内を封鎖します!」

 そのアナウンスは病院中に響き渡り、一瞬にして病院内は緊迫した気配に包まれた。

 

「一体、何が起きたッ!」

 ストロフがそう叫んだ時、彼は、自分の方に向けられたテロリストのマシンガンの銃口を知った。すかさず彼は銃をその方向へと向けようとするが、足を鉛のような金属によって固定されていて、上手く身動きを取ることができない。

 そのために、反応が一瞬遅れてしまった。

 しかし、受付ロビーのベンチ下に隠れていた彼の部下が、すかさず銃を向けて、応戦し、そのテロリストを打ち倒した。

 彼はそのままストロフのいる、受付カウンターへとやってくる。

「一体、どうしたんです? ストロフ捜査官」

 ストロフは足を受付カウンターの上に、まるで固定された枷のような金属で固定されてしまっており、足を動かすことができないでいた。

「何なのかは分からない。鉛なのか、それとも何か分からないが、俺の足が固定されてしまっている。これは、『能力者』の『能力』なのかもしれないッ。それよりも何だ? この警報は?」

 ストロフは顔を上げ、天井で回転しながら点滅している赤いシグナルを見やった。それは今まで病院の天井には見られなかったものだ。天井に隠されていて、今、警報と共に出現したシグナルだ。

「分かりません。しかし、封鎖と言っています!」

 と、部下が言った時だった。突然、病院の入り口の扉、そして窓が、天井から降りてきたシャッターによって塞がれてしまった。

「何だとッ!」

 シャッターは重々しい音によって、扉を封鎖してしまう。降りてきたシャッターはただのシャッターでは無い。分厚い金属によってできている、まるで金庫を封じているかのようなシャッターだった。

 ストロフ達がいた受付ロビーだけではない。シャッターが降りる重々しい音は、立て続けに病院内で響き渡った。

「封鎖とは、この事か。この病院は、ただの病院じゃあなかった。テロリスト共の要塞だ。俺達はその中に入り込んでしまった。これでは部隊を突入させることができないぞッ!」

 ストロフは周囲を見回して言った。

 赤い警備シグナルはずっと回転したまま、封鎖されたシャッターによって外からの日光を遮断され、薄暗くなった受付ロビーを照らし上げている。

 受付ロビーにいた人々は、何が起こったのかも分からないようなパニック状態になりながら、怯えきっている。たった今、頭上で銃撃戦が行われたばかりだし、病院の出入り口は封鎖されてしまったのだ。

「すぐに、外にいる部隊に連絡を入れるぞ。お前は、他に敵がいないかどうか探れ…」

「了解…」

 と言って、ストロフの部下は、行動を始めた。

「落ち着いてください。国家安全保安局のものです。皆さんをすぐにこの場から解放しますので…」

 そう言いかけた時、彼の方に向かって銃声と共に銃弾が飛び込んできて、ストロフは目の前で部下を打ち倒されてしまった。

 銃撃戦によって、4人つけていた彼の部下は全員やられてしまったらしい。

「おおっと、そこまでだ。その無線機をこちらによこせ」

 あの女が出ていった廊下の方から、また3人のテロリストがこちらへとやって来ようとしていた。彼らは全員マシンガンを持っており、武装している。病院の中だと言うのにそれを隠そうともしない。

 どうやら、ベロボグという男は強硬手段に出たようだ。自らが取り仕切る病院を封鎖してしまう事によって、政府から籠城でもしようというのか。そうでもしなければここまではしない。病院内の患者を人質に取ってしまえば、自分達に有利に運ぶとでも思っているのだろうか?

 ストロフはカウンターの上に足を固定されたまま両手を上げ、テロリスト達には無抵抗な素振りを見せて見せた。あと少しで外の部隊と連絡を取ることができたと言うのに。

 外の部隊と連絡を摂り合うことができれば、例え、分厚いシャッターによって封鎖された病院であろうと、突破できたはずだ。

 ストロフはやって来たテロリストの男の一人に、その無線機を投げ渡した。

 その男は床に転がった無線機を掴むと、それをストロフの耳へと押し当てる。

 彼はカウンターの上に腹ばいにされ、しかも、後ろ手に手錠をされた。

 どうやらすぐに殺す気は無いらしい。外の状況を知るために、自分は利用されるのだとストロフは判断した。

「外にいる、お前の仲間に連絡しろよ。“病院は封鎖された。人質は200人以上。余計な手出しをする事は許されない。俺達の要求はただ一つ。何者も、この病院内に立ち入らせない事”ただそれだけだほら、仲間に連絡しろよ、余計な事は言うんじゃあねえぜ」

 銃を押しつけられたストロフは、ただそれに従うことしかできない。

 抵抗しても無駄だろう。自分の死を早めるだけだ。ストロフは持って来られた無線機に向かって言った。

「こちらストロフ捜査官…」

 腹ばいにされ、カウンターに顔を押し付けられてしまっているために、くぐもったような声しか出すことができない。

(ストロフ捜査官…、一体、何がありましたか?)

 と言ってくる、外の部隊を指揮している指揮官の声が聞こえてくる。病院の外側からも、分厚いシャッターが全ての入り口を封鎖したことで、異変を察知しているようだ。

「敵は人質を取った。人質の数は200人以上。要求は何者も病院内へと入れない事だそうだ…。敵の数はおそらく20人以上、マシンガンで武装している…」

 ストロフがそこまで言った所で、テロリストの男は無線機を彼から引き剥がし、自分がそこに向かって言葉を言い放った。

「という事だ。我々は何も要求をしない! お前達は、そこで黙って見ていれば良いだけだ。我々がこの病院を解放するまで、何者も、この病院内に立ち入らせないことを要求する!」

 と言うと、彼は無線機をカウンターの下の床に投げつけ、更に足で踏みつける事によって破壊してしまった。

「正気か、お前達? 一体、この病院内で何をしているって言うんだ? 人質がいようといまいと無駄だぞ。国はこの病院をミサイルで破壊してでも、お前達を一掃しようとしている。何しろ、戦争が始まりそうなんでな。人質がどうとか言っていられない事態に」

 ストロフのその言葉は、テロリストの男が銃の台尻で殴って来た事によって阻まれてしまった。

「あんたにはどうでもいい事だ。あいにく、これからどうするのかは、俺達の主が決めることであって、俺達じゃあない。何を聞こうと無駄さ」

 と、その男に言われたのが最後、ストロフは全く抵抗することができない、人質の一人となり果ててしまった。

-6ページ-

 病院内が何やら慌ただしい。アリエルとミッシェルは、リネンが置かれている倉庫に身を隠したまま、外の騒ぎを耳にしていた。

 倉庫内の狭い空間でも病院内の異変ははっきりと現れていた。一度、照明が落ち、それが赤色の非常灯となって再点灯したからだ。

 放送でも、“病院を封鎖”というはっきりとした言葉が聞いて取れた。

「病院を封鎖って、一体、どういう事なのッ?」

 アリエルが慌てふためいて叫んだ。ミッシェルはリネンを入れておくカゴの中に大量の使い済みリネンと一緒にいたが、その中から声を発してくる。

「アリエル、慌てないで。わたし達を探そうとするためにここまでやるとは思えない。もっと別の、何かが起こったのよ。だから彼らは病院を封鎖した。多分、この病院は表向きは病院なんだろうけれども、それはただのカモフラージュ。本当は、ある組織の要塞なのよ」

 と、ミッシェルはリネンの中に埋もれて言ってくる。この洗濯工場へと向かう予定のリネンの中に紛れて逃げ出すと言う作戦だったが、今はそんな事さえもできない状態へと追い込まれていると言うのだろうか。

「ある組織って、何の事? あのシャーリ達の事? そして、私の前で、私の父さんだって名乗った、あの人達の事なの? 母さん。一体、何を知っているの、話して!」

「アリエル。あまり大きな声を上げないで、外にいる者達に気づかれてしまう」

 だが、アリエルはそんな母の目を覚ませるかごとくに言い放った。

「ここだって、いずれ気づかれてしまうよ。だから話して!お母さんが知っている事を!」

 アリエルが必死になって頼む。彼女は倉庫の扉に背中を当てて座り込み、簡単には外側から扉を開けられないような姿勢を取った。

 しばし考えるような間があり、ミッシェルは口を開いた。

「いいわ、話すわよ。この組織が一体、何者であるかという事を」

「話して」

 アリエルは、いつテロリスト達がこの倉庫に踏み込んでくるか分からない、そんな緊張感はあったものの、じっと母が話し始めるのを待った。

「この組織の名は、『チェルノ財団』。この国で最大の慈善団体にして、政界にも権力を持つ組織。そしてあなたが会った、あなたのお父さんと名乗った人物。彼の名前は、ベロボグ・チェルノ。この組織のトップに立つ人物。創設者よ」

「『チェルノ財団』。どこかで聞いたことがある名前…」

 アリエルが呟くように言った。

「それは、聞いたことがあるでしょう。だってこの『チェルノ財団』はこの国だけではなく、周辺諸国や、東側の国にも病院やら、慈善活動を広げているんだものね…」

「慈善団体でしょう? なんで、私をさらったり、病院を封鎖したりなんてするの?」

 アリエルは母の目をじっと見て尋ねた。ミッシェルは時々やってきているのか、頭痛に顔をしかめながらも、アリエルへの説明を進める。

「それは分からない。ただ、彼らは、政界にも大きな影響力を持ち、今では裏でテロ活動をしているという事をわたしは掴んでいる。

 わたしに幾度となく迫ってきていたのは、彼らだった。わたしは数年かかって『チェルノ財団』の事を調べ上げ、ベロボグが背後でやらせているテロ行為についての裏を掴もうとしている」

 ミッシェルのその説明を知り、アリエルは、自分がどれだけ大きな出来事に巻き込まれてしまったか、その恐怖を感じざるを得なかった。

「で、でも。このテロリスト達を動かしているのは、私の、お父さん、なんでしょう?そのベロボグとか言う人は、本当に私のお父さんなの? だったら、なんで、私にこんな事をしたりするの?」

 と、アリエルは尋ねた。

「それは、わたしにも分からない。『チェルノ財団』が狙ってきているのは、わたしの『能力』のせいだと思っていたから、そして、あなたも『能力者』だから狙われるのだと思っていた。

 ベロボグがあなたのお父さんだと言うのならば、それは本当の事なんでしょう。わたしはあなたを育てたけれども、あなたの本当の両親は知らない。孤児だと思っていたんだからね。だけれども、ベロボグがここまでやって、あなたを捕らえた事には、必ず理由があるはずだわ。それは、わたしにも分からない」

 ミッシェルが説明している間、アリエルは背後の扉に伝わって来るわずかな振動を背中で感じていた。今、すぐにでもこの扉が開かれるかもしれない。母の話を聞きつつも、警戒しなければならない。

「分かった。分かったよ。お母さんがそう言うなら、本当に私の本当のお父さんの事は知らないんでしょうね。お父さんが、病気で弱っていて、その上テロリストを動かしていた人なんて、ショックもいい所だけれども、シャーリはどうなの? シャーリの事も、お母さんは知らなかったの?」

 アリエルは、頭の中に、シャーリとその妹だとか言う、レーシーの姿を想像して尋ねてみた。

「ええ、知らなかったわよ。だって、あなた達二人は似ても似つかないでしょう? 父親は同じベロボグかもしれないけれども、母親が違うのね」

 と、ミッシェルが言った時だった。一斉に、倉庫の外に足音が近づいてくるのに気づいた。

「お母さん! 来るよ!」

 アリエルは母に注意を促した。だが、この逃げ場も無い倉庫の中で一体どうすれば良いと言うのだろう。また天井裏に逃げているような暇はもうない。

「アリエル、出てきなさい」

 足音と共に聞こえてきた声は、アリエルが良く知っている声だった。

「そこの倉庫にいる事はすでに、赤外線探査で見させてもらったわよ。ママも一緒にいるでしょ? どっちも傷つきたくなかったら、出てくるのね!」

 その声に危機を感じたアリエルは、母の方に向き直った。そして、倉庫の外には聞こえないような小さな声で言った。

「お母さん。シャーリだよ。どうしたらいい?」

「素直に従う以外に、方法は無いわ…。多分、あなたは殺されない…。あなたは何かをさせられるために、ここに来たんだからね…」

 ミッシェルの顔は半ばあきらめかけている。もう、その場から一歩も体を動かしたくはないようだ。

「じゃあ、お母さんは? お母さんはどうなるの? きっとまた酷い事をされるよ」

「アリエル? もう待ってられないわ! このドアを打ち破るわよ。怪我したくなかったら下がっていなさい!」

 アリエルの言葉は倉庫の外側にいるシャーリの言葉によって遮られた。

「シャーリは、話せば分かるって。そんな子じゃあない。昔、一緒に遊んで、ずっと友達だった子が、こんな酷い事をするなんて!」

「それは、あなたが勝手に思っている事でしょう? シャーリは、もう昔のシャーリじゃあない。シャーリは父親と出会った時から、テロリストになってしまった。何があったかは知らないけれども、“お父様”と呼ぶほどの間柄は、相当なものね。あなたの言う言葉は、シャーリの怒りを買うだけね」

 ミッシェルがそのように言った時、倉庫の扉が、ショットガンの銃声と共に打ち破られた。扉は内側に向かって破壊され、素早くシャーリがそこへとやって来た。

 そして、ショットガンの銃口をアリエルの方へと向けた。

「散々、手間取らせてくれたわね。あんた達は。おかげで、この病院を封鎖する事にまでなったわよ。どうしてくれるのかしら?」

 シャーリはそのように言いながら、ショットガンの銃口を向け、アリエルへと近づいてくる。口調こそゆるりとしているシャーリだったが、表情は険しかった。

 そんなに、そんなにまで自分の事を恨んでいるのだろうか。アリエルは心外な気持ちになりながらも、シャーリと面と向かって対峙した。

-7ページ-

「シャーリ」

 アリエルはそのようにシャーリに向かって呟くように言うと、母の前に立ち塞がるようにして立った。

 例え、ショットガンを向けられようと構わない。アリエルは確固とした意志と共に、シャーリの目の前に立ち塞がった。

「おっと、妙な真似をするんじゃあ、ないわよ」

 と、シャーリは言うなり、ショットガンの銃口をアリエルの方へとぐいと押し出す。少し前のアリエルだったならば、そのショットガンの銃口に怯え切ってしまったかもしれない。だが、今のアリエルは違った。

 シャーリがショットガンの銃口を突きだしてくると言うのなら、逆にそれを、確固たる意志を持った目で見返してやるのだ。

 どうせ、シャーリは、“お父様”の為に、自分を生け捕りにするように言われている。自分に向かってショットガンを撃ってくる事はできないだろう。

「シャーリ。あなたを、わたしのお母さんに指一本手を触れさせない」

 アリエルはそう言い放った。

「偉そうな事を言っているんじゃあないわよ。あなた達の扱いについては、お父様が決める。あんたの意志なんて知った事じゃあないのよ。ねえ、迷子の子猫ちゃん。逃げ場なんて、どこにもない。この病院は、言わば要塞になっているのよ。

 あなた達が逃げることができる場所なんて、どこにもありはしない。素直にお父様に従いなさい。そうすれば、悪いようにはしないから」

「そんな説得に応じると思った? 言ったでしょう? 私のお母さんには、もうこれ以上、指一本あなた達を触れさせないって」

 アリエルがそう言うと、シャーリはまるで面白いものでも見るかのように鼻で笑ってみせた。

 そんなシャーリの背後から、小声で話しかけてくる者の姿があった。

「シャーリ様、急ぎませんと。こいつらを連れて、ベロボグ様と一緒に脱出するんです」

「あんた達は黙っていなさい!」

 シャーリは突然一喝して言い放った。シャーリの部下らしき、銃を構えた男達は、その声によって怖気づいたかのように黙った。

「少し見ない内に、あんた、随分目つきが変わったみたいね。ママを人質に取られて、もしかして、本気になっちゃった、とか? こんな狭っ苦しい所で、体で分からせてやっても良いけれども、どうも、やりにくいのよね。表へとでてきなさい!」

 シャーリはアリエルに何をさせたいのか、自分達はリネンの置かれた倉庫から引き下がっていく。だが、アリエルの自由にさせるというつもりは無いようだ。ショットガンの銃口をアリエルへと向けながら、ゆっくりと廊下の方へと引き下がっていく。

 アリエルも、母を倉庫の中に残し、自身が廊下に出た。

「アリエル。駄目よ。行ってしまっては…」

 と、倉庫の中から、ミッシェルが呼び掛けてくる声があるが、アリエルは、

「いいえ、お母さん。私は、一度聞いておきたかったの。シャーリに。どうしてこんな事をするのか? 私が知っているシャーリだったら、絶対こんな事をするような娘じゃあないって。一体、何がシャーリをこんな風に変えてしまったのか? 私はそれを知りたいの」

 廊下に出たアリエルは、シャーリと対峙し、母に言っていた。

 シャーリはショットガンを構え、部下を3人連れている。だが、部下はシャーリの背後に控えさせ、手出しをさせまいとしているようだ。彼らはシャーリの背後の位置に立っているものの、銃を下ろしている。ただシャーリだけが、廊下でアリエルと対峙していた。

 堂々とした姿だ。ショットガンを片手に握り、アリエルの方へと攻撃的な視線を向けてきている。まるで獲物を狙う猫のような目だ。決して目線を外すことなく、ただじっとアリエルの方を見つめてくる。

 だが、彼女の方からショットガンで攻撃をしてくるような素振りは無い。シャーリは待っているのだ。アリエルが迫って来るのを。

 ショットガンの銃口を向けられてしまっても、アリエルは銃器の類は持ってきていなかった。しかし、彼女には確かな武器がある。その武器で、どこまで戦う事ができるかは分からないが、それは確かな武器だった。

 アリエルは自分の両腕から刃を突き出させた。痛みは無い。ただ、アリエルの両腕の皮膚が硬質化し、骨のように硬くなりながら、刃のような形状として腕はそのまま武器へと変わる。

 刃の大きさは、前と変わっていない。シャーリ達に連れ去られ、その先でアリエルの脳にされた何かによって、一時的に彼女の腕から出る刃は、非常に大きなものとなっていたが、今は違う。

 以前まで自分が出せていたのと同じほどの大きさの刃だ。

 だが、それでもこの刃は武器になる。『能力者』ゆえの武器。それを使ってアリエルはシャーリと対峙した。

「こうしてあんたと向かい合ってみると、あんたとは一度も喧嘩をしたことが無かったって事を思い出すわ…」

 シャーリはアリエルと向かい合い、ショットガンを片手に持ち、まるでその間合いを伺うかのように足を動かしながら呟いた。

 だがアリエルは何も答えない。何も答えないが、手が震えているのは分かった。これはまるで決闘。生きるか死ぬかの戦いをするのだ。よりによって、小さいころから共にいたはずの親友とだ。

「アリエル。わたしの事を、もしかして大人しい娘だとでも思っていた? いいえ、私はそんな事は無い。あなた達、ジュール人とは付き合いたくなかったって事よ。年中笑っていられるようなあなた達とは、住んでいる世界が違うのよ」

 シャーリはそのように言いながら、ショットガンの銃口をアリエルの方へと向けてくる。

 シャーリはどのように思っていたのだろう。小さいころから、共に遊び、一緒に学校に通った仲だと言うのに。本当に人種などで、自分を差別の目で見てきたとでも言うのだろうか?

「“お父様”は尊敬する。お父様のしてきた事は正しい事。でもね、わたしはあなたと血が繋がっているって言うだけで、虫唾が走るの。何でかしらね? これを止める事はできないわけよ」

 とシャーリは語気を強めながら言い放つ。彼女はショットガンの引き金を引いた。銃声が、病院の廊下の中に何度も反射しながら、まるで衝撃波のように増幅していくのが、アリエルには感じられた。

 シャーリのショットガンの銃口の中から、散弾が吐き出されてくるのをアリエルは見ていた。

 『能力者』と呼ばれる存在故だと言われた。全ての動きがスローモーションとして見え、ショットガンの中の散弾が、空中に衝撃波を生み出しながらアリエルの方へと近づいてくるのさえ、全て見ることができる。

 アリエルはその『能力者』ゆえの身体能力を発揮させながら、シャーリの方へと迫った。

 自分の元へと迫って来るショットガンの散弾は、自分の進む邪魔になる分だけ、腕から伸びた刃で弾く。

 刃には何か衝撃があっても感覚に感じる事は無い。だが、アリエルの腕の刃は、散弾を弾くに十分な硬度を持っていた。

 散弾をかわしたアリエルは、シャーリの元へと急接近する。彼女の背後にいるテロリスト達から見れば、ほぼ一瞬で移動したように見えたかもしれない。

 アリエルは、シャーリに向かって刃を突き出した。

 だが、シャーリには不自然な所があった。つい昨日、シャーリに刃を突き立てた時、彼女の体は全く傷つく事がなかった。

 一体、何故だろう。再びシャーリに刃を突き出しながら、アリエルは考える。

 シャーリは、アリエルが自分の懐に接近してきたのを知っても、まるで身構えようとしない、ただ接近したアリエルに向かって、微笑を湛えているだけだった。

「私達をこの病院から出して。そして、二度と近付かないで!」

 親友だった人物を傷つけたくは無い。アリエルはそう思い、刃をシャーリの顔面すれすれで止めた。

 だが、シャーリは全くその表情を変えようとしない。

「駄目ね。まったくもって駄目。あんたは甘くて、何も知らないただの平和ボケをしているだけよ。その刃で私を傷つけることができないの? 私はあなたの敵なのよ? あなたのお母さんに酷い目を合わせた一味なのよ」

 どうやら何を言っても無駄か。そう判断したアリエルは、シャーリのショットガンを持つ腕に向かって刃を走らせた。そうすることで武器を奪ってしまえる。そう思ったのだ。

 だが、再び不自然な事が起こった。シャーリの腕に走らせた刃は、彼女の上着を切り裂く事は出来たが、腕はまるで鋼鉄のように硬く、少しも切り裂く事ができなかった。

 アリエルはとっさにシャーリとの間合いを取った。

 何かがおかしい。シャーリの体は何かがおかしい。こんなに硬いなんて。人間の皮膚とは思えない。

「不思議よね。わたし達の体は、普通の人間とは違う所がある。お父様は、そんな不思議な人間達の研究をしている。それさえ解明してしまえば、もう、わたし達は、既存の人間達の枠組みにとらわれない、新たなステップに行く事ができる」

 シャーリはアリエルを見つめ、再びそのショットガンの銃口を向けてきた。

「何を、言っているのよ」

 アリエルにはシャーリが何を言っているのか分からない。彼女はただ微笑をたたえ、自分を見つめてくる。

「わたしの体は、鋼鉄よりも硬い硬度にする事ができる。少なくとも銃弾や、あなたの刃では傷つかないくらいにね。そして、あんたの腕で弾いたショットガンの刃」

 シャーリはアリエルの腕から突き出している刃の方を指差し、静かに呟く。

「すでにあなたの武器は、無効化させてもらったわ。その、ただの鉄の塊になった刃で、どう攻撃する?」

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 アリエルはそのシャーリの言葉に、思わず自分の刃を見た。そして、奇妙な事に気がつく。

 自分の両腕から突き出している刃に、何か奇妙な物体が付けられている。金属のように輝き、そして蛞蝓のような動きでゆっくりと刃を這っている。まるで、何か液状のものをかけられたかのように刃に覆いかぶさっていた。

「な、何なのよ。これは!」

 アリエルは思わず、自分の肉体の一部でもある刃から、その奇妙な物体を拭い去ろうとした。だができない。物体はゆっくりと刃を侵食していくかのように、覆いかぶさろうとしている。

「それは、わたしの放った、ショットガンの弾が変形したものよ」

 シャーリは続けざまに攻撃しようとしてくるわけでもなく、ただアリエルの方を、まるで勝ち誇ったかのような顔を向けて言ってくる。

 アリエルは必死になってその刃につけられている、奇妙な物体を拭い去ろうとしたができない。その物体は手で触れても硬く、ぴったりと刃に覆いかぶさっている。

「その物体はね、金属よ。それもステンレスよりも硬度の高い鋼鉄。私はそれを自在に操る事ができる」

「金属」

 アリエルは、シャーリの言って来た言葉を繰り返すかのように呟いた。金属と言われても、実感がわかない。アリエルの刃を這って行く、銀色の物体は、まるで意志を持っているかのように動き、今では完全に彼女の刃を覆ってしまった。

「その、なまくら、になっちゃった鉄の塊でわたしを殴ってもいいのよ。その金属の正体を教えてあげる。わたしの血よ。注射器で取っておいたわたしの血をショットガンの弾の中に詰めて撃っただけ。だから、その金属が実際に流れているわたしの体を殴っても、無駄なだけ」

 その言葉に、アリエルはもはや刃では無くなってしまった武器を、シャーリに向けて突き出した。

 この刃を覆っている物体が、金属だと言うのなら、それを殴るだけでも鈍器としての武器の力があるはず。少しでも抵抗する事ができるはずだ。

 だが、シャーリはそのアリエルの刃を素早く腕で防御した。もう片方の腕も突き出したが、それもガードされてしまう。

「駄目ね。平和な環境で育ったあんたじゃあ、ろくなパンチもできないじゃあない? 何、今の? 喧嘩で覚えたって言うの?」

 アリエルの攻撃をがっしりと掴んだシャーリは、続けざまにやってきたアリエルの蹴りも足を上げることで防御した。

「あはははは、笑っちゃう。こんなものしかないの? あなたはこんなでしかないの?」

 とシャーリは高笑いをするなり、アリエルの腕を、防御した自分の腕でがっしりと掴み返すと、そのままアリエルの体を勢いよく病院の廊下の壁へと叩きつけた。

 その衝撃で、廊下の壁の一部が崩れる。普通の人間が、壁に叩きつけられるだけではこんな事は出来ない。

 シャーリもやはり、普通の人間じゃあない。出せる力がとてつもない。まるで、何か巨大なものに押しつけられたかのような衝撃をアリエルは味わった。

 あまりに強烈な叩きつけだったものだから、アリエルの意識は一瞬、飛びそうになった。

 視界が虚空を見つめ、彼女は呻く事さえできなかった。

「あらら? もう終わりなの? あなたって、こんなものだったの? こんなでしかないの?」

 シャーリはさらに言ってくるが、すでにアリエルの意識は失いかけており、彼女が更にアリエルの体を押し付け、廊下の壁を突き破り、奥の部屋へと飛び込んだ時は、彼女はほとんど痛みを感じる事も無く、床に投げ出されていた。

「どうして」

 廊下の壁の破片がアリエルの体の上に降り注ぐ。アリエルはその場から立ち上がる事も出来ないまま、床に投げ出されてしまっていた。

「どう、してって?」

 シャーリはそんなアリエルの姿を上から見下ろし言ってくる。

「どうして、こんな事をするの? あなた、シャーリでしょう…?」

 アリエルは倒れたままの姿勢のまま、まるで声を絞り出すかのように言って来た。

「ええ、そうよ。私はシャーリ。シャーリ・ジェーホフ。他の誰でも無い存在よ」

 シャーリは床に投げ出され、ぴくりとも動く事ができなくなってしまったアリエルを見下ろし答えた。彼女の声には何の揺らぎも無い。自信に溢れた声をしている。

「どうして。小さいころは一緒に遊んだ。学校にだって一緒に通った。私の、一番の友達だったシャーリが、どうしてこんな事をするの?」

 アリエルは絞るような声を出して言った。だが、そんなアリエルの赤い髪を掴んだシャーリは、そのまま乱暴にアリエルの体を起こし、ショットガンの銃口を彼女のあごの下に当てて呟いた。

「何を言っているの? これがわたしよ。これがわたしなの。“お父様”のために生き、時代を変える大きな出来事の糧となる。素晴らしい事だと思わない?」

 シャーリはまるで自分の言っている事に酔っているかのようだった。そんなシャーリは、いま掠れていくアリエルの意識の中でも、今までのシャーリとは明らかに違っていた、まるで別人であるかのようだ。

「だけれども、あんたは違う。ただの甘ったれた小娘でしかない。いつまでも親に甘えて好き勝手やっているような奴でしかない。だからね? わたしとは違うの。わたしは大いなる目的の為に生きている。でも、あんたは違うの」

 シャーリは甘い声でそのようにアリエルに言って来た。どうして、あの大人しかったシャーリがこんな事をする事ができるのか、アリエルにはさっぱり分からない。

 さっぱり分からないし、自分がこんなに酷い目に遭ってしまうなんて。そればかりか、お母さんまでこんな目に遭ってしまうなんて。

 そう思うと、アリエルの目には涙が流れてきていた。

 まるで恐怖に怯えた子供であるかのように、どんどん涙が流れてきてしまっている。

 だが、シャーリはまるで押し込むかのように、ショットガンの銃口をアリエルの顎の下へと押し付けてくる。

「あらら? 泣いているの? あんた、泣いちゃっているの? 泣けば助かるとでも思っているの?でもね? 世の中には毎日のように、今のあなたのように絶望し泣いている、もっと小さな子供が沢山いるのよ。

 わたし達はそんな世界を変える。たとえここで、あなたの命を吹き飛ばす事について、何のためらいも無いわ!」

 そう言って、シャーリはショットガンの引き金へ指をかけた。彼女が、ほんの少しでも力を入れてしまえば、銃口から弾丸が発射される。

 しかしそれよりも前に声が響き、シャーリを押し止めた。

「止めなさい! 止めなさい、シャーリ」

 その声にシャーリは背後を振り向く。そこにいたのは、ミッシェルだった。頭に包帯を巻かれ、手術から数時間程度しか経っていない彼女は、酷く疲弊しているかのように見えたが、シャーリがアリエルの体を使って破った壁を支えにし、二人へと目を向けてきていた。

「何よ? ママがしゃしゃり出てきて」

 と、大切な所を邪魔され、苛立ったような声と共にシャーリは言った。

「あなた達が、要があるのは、このわたしでしょう? それに、アリエルはあなたの姉妹なんでしょう? どうしてこんな事をするの」

 ミッシェルは必死になって訴えてきている。だがシャーリはショットガンの銃口をアリエルの顎の下に押し付けたままだ。

「この娘が、姉妹?だからどうだって言うのよ?別に、いたぶろうが、いたぶらまいが、わたしの勝手じゃあない?それとも何?小さな時のように、おままごとでもして遊べって言うの?」

 シャーリはミッシェルに向かってそのように言い、アリエルの頭を持ちあげ、ミッシェルに見せつけるかのようにショットガンの銃口を押し当てた。

 アリエルの方はというと、すでにぐったりとしており、まるで抵抗するような素振りを見せない。まるで全てを諦めてしまっているかのようにである。

「止めなさいシャーリ。あなたのお父さんは、今あなたのしている事を許すはずがないわ」

 ミッシェルの言ったその言葉に、シャーリは反応した。

「ええ、喜ばないことぐらい知っているわ。だから、わたしはこの娘に教え込んでいるだけよ。あなたなんか、わたしが簡単に吹き飛ばしてやることができるんだって事をね」

 そう言うなりシャーリは、ショットガンの銃口をアリエルの顎の下から離した。ミッシェルはほっとしたようである。

 だが、シャーリはアリエルのぐったりとした体を引っ張り上げ、無理矢理立たせた。

「全てはお父様の計画の為に繋がる。あなたもわたしも、全て駒でしかない」

 まるで独り言のように言い放たれたシャーリの言葉。シャーリはアリエルの腕を握りしめ、今度は背中からショットガンの銃口を押し当てた。

「どういう事よ?あなたのお父さんは、わたしの脳の中のものを欲していた。あなた達の目的はそれなんじゃあないの?もう、わたし達には用が無いはず…」

 ミッシェルはシャーリに向かって言い放つ。だがシャーリは、

「じゃあ、これであなた達を解放するとでも思っているの?残念ねぇ。あんたにはもう用が無いけれども、この娘に用事があるのよ。とっても大切な用事があるの」

 シャーリはアリエルの事を指してそのように言った。

「一体、何をする気なの。あなた達」

 ミッシェルのその言葉に、シャーリは不敵な笑みを見せて答えた。

「お父様の崇高な目的の為よ。お父様はこの世の歴史に残る、とっても素晴らしい事をされようとしている。そのためには死なれてしまうにはまだ早い。だからまずはあなたを利用してお父様の命を繋ぎとめた。

 そして、次はこのアリエル。この娘が、お父様の素晴らしい世界を実現するために動くの」

 まるで酔いしれているかのようなシャーリの言葉。だが、ミッシェルはそんな彼女に対し、うっすらと憐れみの視線を向けることしかできなかった。

説明
アリエルは、自分の父の狂気とも取れる姿を目の当たりにし、養母ミッシェルと共に、捕らえられていた病院から脱出しようとしますが、同時に、病院を襲撃してきた制圧部隊も現れてしまい―。
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