召喚媒体 〜遭遇編 5
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「奉納場所って言うから、神殿とか神社とか寺とか、何か建物があると思ったんだけどなぁ」

 やって来たのはサッカー場の倍はありそうな広場、それも全く手入れされていない河原のサッカー場のようだった。

 但し大小様々な岩や石がゴロゴロしていてサッカーどころか普通に歩くことも難しそうだったが、不思議なことに雑草の類は全くない。

 ゲーム設定なら魔族の王の邪気に草木も生えないと言った風だが、そんなおどろおどろしい雰囲気はない。

「封印した当初はあったらしい」

「へえ。見たかったな」

「十日前にはあった」

「どうせならその十日前に呼んでくれればよかったのに。でもなんで十日前になくなったんだ?」

「剣を抜いたからだ。お前の言うゲームでよくある設定だろう? 剣で魔物を封印するというものが」

「……あるけどさ。ほんとに?」

「私が剣を抜いた時に封印の館は崩壊した。辺りに転がっている岩はその成れの果てだ」

「それって……ものすごくヤバイんじゃ……」

「そうだ。魔王復活まで残すところ一分四十秒までカウントダウンされた」

「復活したら?」

「世界が滅ぶ」

「世界って、この世界?」

「ああ」

「回避出来たのは二人が大活躍したから?」

 祥の問いにヴェーラは腕を組み考える。

「俺、何か、マズイこと言った?」

「いや。事象が繋がってないのは何故かと思ってな」

「どういうこと?」

「馬鹿だからじゃないか?」

 ニヤ、と笑いながらサムリが答える。

「そうか。納得した」

「ちょっ! 納得するなよ!」

「妥当な結論だ。その回答は今までのショウの経験から充分導き出せるからな」

 恐ろしく冷静に言い放たれ、祥は否定する気力を失い開き直って強要した。、

「馬鹿でもアホでも何でもいいから教えろ」

「人選は確かだった」

「馬鹿でアホだがな」

 サムリの補足に祥はムッとしたが、言い返すことはしなかった。

「奉納する剣をレンタルしたのは誰だ?」

「あんただろ? ヴェーラ。あっ!」

 叫び声をあげて祥はヴェーラを指さす。

「ってことは、泥棒したから世界崩壊しそうになったってことで。やっぱり全部お前のせいじゃないか! それともそんなことになるって知らなかったのかよ!」

「長い封印期間、一ヶ月くらい剣がなくても魔王も気がつかないだろうと思ったんだがな」

「……それ、全然ごく普通の考えじゃないから!」

「地上に迷い出て剣を見張っているわけでもなかろう?」

「でも普通バレる!」

「お前に軽々しく普通なんて言葉を使われたくない」

「お前にこそ使われたくないって『普通』が言ってるぞ」

「ほお。お前は言葉の気持ちが分かるのか? ショウ」

「分かる! ……気がする」

「それは素晴らしい。さすが召喚士様」

 ヴェーラは全く感情の籠もらない声音で言い放つ。

「すっげえ、ムカつく!」

 不快の溜息を吐き出し祥は視線を逸らす。

 絶対奉納なんてやらない!と全身で訴えているようだ。

「ところでどうしてカウントダウンが止まったんだ?」

「それは召喚士様がこの世界においでになったからだ」

「俺?」

「そうだ。お前だ」

 自分の存在が魔王を退けたのだという事実に、祥の気持ちが高揚する。

 まったく単純で可愛い、というサムリの呟きは祥には聞こえなかった。

 

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「――ああ、そういえば、剣を奉納すれば館が元に戻るかもしれないな」

「えっ? ほんと?」

 祥は反射的に反応してしまう。

「ゲーム設定ではそれもアリだろう? なかなか素晴らしい演出だと思う」

「だよね!」

「やってみてくれ」

「おう!」

 少し前までの会話を忘れて祥は促されて荒れ地を歩き、ほぼ中央の小さな丘の前で足を止める。

「ここ?」

「そうだ」

 返答しながらヴェーラは剣を祥に手渡し、その場に跪いた。サムリもそれに習う。

 と、なんだか自分が偉くなった気がして、祥は笑みを浮かべる。

 気合いを入れていざ奉納、と思ったが、何をどうすればいいのか分からないことに気づいた。

「俺さ、どうすればいいわけ?」

「剣を突き立てろ」

「どこに?」

「目の前にだ」

「それだけ?」

 ヴェーラが頷く。

「簡単じゃん!」

 祥は力一杯剣を大地に突き立てる。

 が――。

「何も起こらないけど?」

 跪く二人を見るが微動だにしない。

「ねえ。これで終わり? ちょっ!」

 動いたかと思うとヴェーラが祥を抱き締める。

「力を抜け」

「は?」

 何故だか分からないがヴェーラは祥をその場に押し倒そうとする。それが分かって祥は踏ん張る。

「何するんだよ!」

「いいから力を抜いて大人しくしていろ」

「大人しくしてたら何されるか分からないだろっ!」

「サムリ」

 ヴェーラの鋭い声に意図を察し、サムリは祥の両膝を掴んで抱えて横倒しにしてしまった。

 当然流れでヴェーラも横になる。祥を抱いたままだ。

「ちょっ ちょっと! 何すんだよ!」

「大人しくしろ」

 そのままサムリが祥の足の上に乗って自由を奪う。

「んだよ! 重い! 降りろよ! 離せよ!」

「五月蠅い」

 ヴェーラは不快極まった声で呟くと自らのマントを裂き、祥の口の中に突っ込んだ。

 抗議のうなり声が響くがヴェーラは完全に無視する。

「そろそろか?」

 サムリの問いにヴェーラは無言で頷く。

 その時だった。

 逃れようと藻掻いていた祥の動きがピタリと止まる。

 数瞬後、拳が強く握られ、先程の何倍も激しく祥は動き出した。

「ヴェーラ!」

「問題ない」

 答えてからヴェーラは祥の耳元に唇を寄せ、

「叫べ。思い切り」

 言うなり口に詰め込んだマントを引っ張り出すと、祥は男子高校生のものとは思えない甲高い悲鳴に似た咆哮を放った。

 尋常でない声量にヴェーラとサムリの鼓膜がビリビリと振動して痛む。

 息が続かなくなると大きく深呼吸し、叫ぶ。

 その叫びは地の果てまで届くほどだった。

 三度叫ぶと祥は口を閉じ、今度は激しく震え出した。

 歯の根が音を立てるほどの震えが走り、治まってくるとヴェーラもサムリも祥から離れた。

 

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「極上の烽火だな」

 一種魔的な微笑をヴェーラは浮かべると、少しずつ正気に戻って来た祥が二人を睨み付け、

「何だよ! 今の! 俺に何を見せた?」

「滅びの世界だ。魔の王が復活した後の世界」

 ヴェーラは

「魔王って……ほんとにバケモノじゃないか。っていうか、生きたブラックホール。じゃなくて……粉砕機……。岩も樹も大地も動物も人間も! 何もかも砕いて飲み込んで……動物の鳴き声と人間の悲鳴が頭の中でずっと響いてる。俺は遠くから見ていたはずなのに、いつの間にかヤツの目の前にいて……目が合って……掴まれて……」

 真っ青になった祥はそれ以上言葉を続けられなかった。

「恐怖。お前の心は恐怖に満たされ叫びを放った。それが烽火だ」

「烽火?」

「心配するな。あれ以上の恐怖はこの世に存在しない」

 ヴェーラがそう言った時、影が走り抜けた。

「着た」

 サムリは鋭く言うが、抜刀する気配はない。

「魔物?」

「そうだ」

 あっさりヴェーラが肯定すると、祥は慌てて立ち上がり逃げ出そうとする。

 二人はそれを止めなかった。

 止める必要がなかったのだ。

 走り出そうとした祥の足に何かが絡みつく。

「何っ?」

 それが這い上がってくる。

 気持ち悪さに手で払うが、別のものが背中を伝ってくる。

「ちょっ! 助けてくれよ!」

「助けるのはお前だ」

「何だよ! 分かんないよ!」

 身体を揺さぶり、手足を振って絡みついてくる黒い物体を払い落とすが、その数にも早さにも追いつかなくなってきた。

「クソッ! 離れろ! 来るな!」

 叫んだ祥の口に何かが飛び込んだ。

 ガーっ!と吐き出すように叫ぶが何も出て来ない。

 指で引っ張り出そうとしてもゴムのように伸びてしまうどころか口の中一杯に広がり、口が閉じられなくなってしまった。

「ン〜ン! ウエーラ! ハムイ!」

 助けを求めるくぐもった声を発すると、二人は祥に歩み寄り、

「あれ以上の恐怖は地上にはない」

 ヴェーラの言葉に目を大きく見開いた瞬間、大きく開けられた口の中に、再び何かが飛び込んで来た。

「ンーーー!」

 今度は喉を通って腹の中に入ってゆく。

 最初は飴玉くらいの大きさのモノだったが、握り拳大まで徐々に大きくなり、次に見えたのは普通の猫サイズの黒い塊だった。

(無理無理無理!)

 大きく左右に首を振るが、左右から二人に腕を抱えるように掴まれ、

「気を失っても構わんぞ。ちゃんと立たせておく」

「ン〜っ!」

「召喚士たるお前と共に不本意ながらもこちらにやってきたものたちを元の世界に帰さねばならん。帰り道のゲートはお前だからな。召喚と逆の行動だ」

「…………」

 じゃあ、吐き出すんじゃなくて、飲み込むのか!と祥が現実を知った瞬間、大小様々な魔物が祥の口を目がけて突進してきた。

 逃げたくても逃げられない。

 開けられた口に次から次へと魔物が飛び込んで喉から胃へと移動すると同時に熱となって腹の底に移動して……消えた。

 やだやだやだ!と両足をばたつかせるが、二の腕をがっしり掴まれていては身動きがとれない。

 魔物が次第に大きくなってゆく。

 ウサギサイズ、犬サイズが飛び込んでくるとなると不快感どころか恐怖感が強くなってくる。

 逆に人間を召喚していたのだからそこまでは……と妙な安心のさせ方をするが、魔物のサイズが更に大きくキリンやゾウになったら一体どうなるんだ……と涙目になってしまう。

 だがふと祥に脳裏に花子の姿が浮かんだ。

(やってきた魔物は俺の世界の俺に関わりのある人間の大切な存在なんだ……きっと……)

 ――そうだ、帰してやらねばな

(ヴェーラ?)

 返答はないが、帰さなければという考えは同様だった。

 耐え難い不快感に耐え、ようやく飛び込んでくるものがなくなると安堵から膝が折れて倒れそうになるのをサムリが抱き止める。

 それを嫌がる素振りをせず、祥はうっすらと笑みを浮かべた。

「……みん…な……かえった……?」

 口を閉じられなくしていた何かも、既にいない。

「ああ。だが召喚士はもう一仕事ある」

「……な…に……?」

「魔王の封印だ」

「封印は……関係ないんじゃ……」

「その通りだ。だが魔王復活直前すぎた。『再封印』をしなければならない」

「再封印……だ…騙したなっ」

「心配するな。封印と再封印はかなり違う。封印時は文字通り召喚士が魔王の心臓にその剣を突き立てねばならない。が、再封印は至極簡単だ」

「…………」

 言いながらヴェーラは祥の左手を掴むと大地に突き立てた剣の刃に親指を当て、そっと引いた。

「……っ!」

 朱の線が剣に走る。

「召喚士の命をもち、魔をこの地に封じん!」

 響き渡ったヴェーラの声を最後に、祥の意識は闇の中に落ちた。

 

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* * *

 

 

 

「……あれ?」

 祥が立ち上がって正面を見ると、歩行者用信号が点滅してた。

 慌てて横断歩道を走って渡り、立ち止まって手を見た。

(切れてる……)

 左の親指に一本の筋が入っていた。

 ピリリと痛みが走った瞬間、視界が真っ赤に染まる。

 ハッとして祥が目を見張ると、それは目の前を通り過ぎた女性の赤いバックだと分かった。

(バックか……髪かと思った)

 髪?と祥は驚く。

 真っ赤なカラーリングは珍しい。

(何だろう……)

「祥! どうしたの? さっきから呼んでるのに」

「あ……絵理」

「あ、絵理、じゃないわよ! カツミたちのライブ、始まっちゃうわよ!」

「ごめん」

「行くわよ」

 少し先の集合場所には仲間が集まっている。

 親指の傷を人差し指で撫でると、祥は集合場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

「何だ。今までの召喚士同様すっかり記憶はなくなったか」

「そのようだな」

「残るのを期待してただろう?」

「期待してない」

 ヴェーラはきっぱりそう言うが、

「俺は期待してた」

 ニヤ、とサムリは笑みを浮かべる。

「物事を鵜呑みに出来る得難い才能を持っている。次に召喚士を選択する時は、悩まずショウを選ぶ」

「それはいい案だ。馬鹿で阿呆と二拍子揃ったヤツはそうそういないからな」

「それに御しやすい」

 ヴェーラの言葉に、サムリはこれは運命だなと心の中で呟いた。

「ショウを元の世界に送り届けて俺たちの任務も完了だ。さあ帰ろうか」

「……なあ、サムリ。しばらくこちらで生きるというのはどうだ?」

「それは面白いな」

 サムリが同意するとヴェーラは上機嫌な笑みを零す。

「だがまず一度戻って、今回の事の顛末を報告せねばならん」

「……お前一人で行ってこい。私はここで留守を守る」

「ヴェーラ」

「いいか。オヤジとカイの二人にネチネチ怒られて、母には泣かれて、どんな憂鬱な気分になるか、お前も体験してみるといい」

「ネチネチ怒られるのは俺もだが?」

「違うだろう。お前はしっかりガッツリ怒られるんだろ? 一応私の守護者だからな」

「一応な」

 多少の贔屓はあるものの、剣技では右に出る者はいないとまでヴェーラは言われているのだ。守護者が必要なか弱さは微塵もない。

「事の発端はお前があの剣を興味本位で手に入れたからだ。それによって魔王が復活モードに入った。再封印の為に召喚士を選びこちらの世界に招くと同時に魔物もやってきた。その魔物たち、あちこちの村で悪さをしていたと聞く。少しは怒られてもよかろう」

「と言うことは、お前も怒られる覚悟はしたということだな」

「不本意ながらな」

「そうか。では私も不本意ながら帰る。怒られにな」

 溜息をひとつつくと、ヴェーラはサムリの手を取った。

 

 

 その場から二人の姿は消えたが、それに気づいた者はいなかった。

説明
 魔王の剣を奉納する祥。そして明かされた真実に祥は怒鳴る。「やっぱり全部お前のせいじゃないか!」と。

 今章で完結です。ありがとうございました。
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