未確認思考物体 |
プロミネンスとダイヤモンドダストの混合チーム、ザ・カオスを結成して数日がたった。
ライバル同士が突然手を組むという異例の事態にすぐ馴染める者は少なく、しばらくはプロミネンスとダイヤモンドダストに分かれて練習を行うことになった。
一足早くグラウンドでの練習を終え、バーンは更衣室でガゼルに声をかけた。
「おいガゼル。こっちは練習終わったぜ」
「ああ。わかったよ、バーン」
カオスのユニフォームに身を包んだガゼルの姿を見るたび、バーンは不思議な気持ちになる。
バーンが見慣れたガゼルの姿はいつもダイヤモンドダストのユニフォームだったから。目に眩しい白と青のコントラストがガゼルの髪と肌によく映えていて、とても似合っていた。
無論、カオスのユニフォームが似合わないと言いたいわけではない。だが、目の前に居るのはもうダイヤモンドダストのキャプテンではないのだと、ダイヤモンドダストというチームはもうないのだと思い知らされているようで、少しだけ胸が痛む。
きっとそれはガゼルも同じなのだろう。こちらを見つめるとき、ガゼルはいつも息を飲む。
何だか胸がもやもやして、バーンはガゼルから目を反らして着替えが入ったロッカーを開けた。
と
「ありがとう、バーン」
小さな声が、バーンの耳朶を打った。
驚いて振り返ると、ガゼルの空色の瞳がまっすぐにバーンに向けられていた。
「わたしとチームメイトを救ってくれたこと、本当に感謝してる」
ガゼルの言葉に、バーンの心臓がどくんと大きく脈打った。
そう。ガゼルの言ったことは本当だった。
バーンがガゼルに声をかけた理由、それはガゼルを救うためだった。
雷門と引き分けてジェネシス争奪戦から離脱して、ガゼルは生気を失っていった。プライドの高いガゼルにとって格下だと信じていた相手と無様に引き分けたということは、耐え難い屈辱だっただろう。そして、たった一度のミスが取り返しのつかない事態を招いてしまったのだ。ガゼルのショックは計り知れない。
そんなガゼルをどうにかしてやりたかった。バーンと犬猿の仲と言われ、顔を合わせれば毒を吐いていたガゼルに戻ってほしかった。
そのためには、どんな手を使ってでもジェネシスの座を手に入れるしかない──そう思った。
だから、バーンはガゼルに手を組もうと声をかけたのだ。
そんな傲慢な思いを見透かされたのかと思ったバーンは、慌てて否定の言葉を口にした。
「べ、別にお前のためじゃねぇよ!グランのヤツにぎゃふんと……」
「うん。それでも。わたしは君に救われたんだ。だから」
ありがとう。
そう言って、ガゼルは淡く微笑んだ。粉雪のようなやわらかく、儚い笑顔にバーンの胸がギュッと苦しくなる。
気がつくと、バーンはガゼルの柔らかな髪をぐしゃぐしゃとかき回していた。
「そんな顔するんじゃねーよ」
「……そんな顔って?」
ガゼルはきょとん、と目を瞬かせた。そのあどけない仕種がバーンの胸の鼓動の速度を一気に上げる。顔にどんどん血が昇ってくるのが自分でもわかった。
「知るか!バカッ!!」
思わず口走って、バーンは自分の失言に胸中で舌打ちする。これはただの理不尽だ。案の定、ガゼルは一気に機嫌の悪そうな顔になって
「バカとはなんだ。君がわたしの顔に文句をつけたんじゃないか」
と頬をふくらませた。
だが、そんな顔も何だか可愛く見えてしまい、バーンの頭はますます混乱する。
「ああもう!そうじゃねぇよ!!」
言いたいことが上手く伝わらなくて。どう言ったらいいのかわからなくて。バーンは髪を掻き毟る。
「じゃあ何だ」
「いいか!一回しか言わねぇからな!!」
前置きして、バーンは胸の内を吐き出した。「いいか、カオスはプロミネンスもダイヤモンドダストもねぇ。まぁ、一応オレがキャプテンって事になってるが、実際はオレとお前が対等のチームだ。だから、ありがとうなんて言うな。オレはお前の足が欲しかったからお前を誘った。だから、お前も自分のために戦えばいいんだよ」
自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってしまい、バーンは肩を落とす。
だが、ガゼルには何か伝わったようだった。今にも消えてしまいそうに見えたガゼルの笑顔は、みるみるうちに生気を取り戻す。まるで花がほころぶように、ガゼルはバーンに向かってもう一度笑った。
「君の気持ちはわかった。じゃあ、わたしはわたしで好きにやらせてもらう」
凛とした口調でそう言ったガゼルは、バーンの目に鮮やかに映った。
その笑顔を目にした瞬間。バーンの胸がどくり、と大きく脈打つ。
「おう。ただ、オレの足を引っ張るなよ」
「それはこちらの台詞だよ、バーン」
「ったく、可愛くねーなー」
「わたしは男だぞ。可愛いわけがないだろう」
「か──」
可愛いよ、お前は。
そう口走りそうになって、バーンは慌てて口をつぐんだ。自分の言おうとしていた台詞を反芻し、顔から火が出そうになる。
(か、か、か、可愛いって、オレ、ガゼル相手に何考えてんだよ!?)
けれど、いったん意識してしまったらもう手遅れだった。目の前のガゼルという存在が気になって気になって仕方がない。ガゼルの何もかもが可愛く見えて仕方がない。ただ見つめているだけで、どんどん胸の鼓動が激しくなっていく。
(何なんだ……何なんだよ、コレ)
ばくばくと暴れる心臓を必死でなだめながら、バーンは胸中でわめく。どうしてガゼルがそばにいると意識しただけでこんなに心臓がやかましくなってしまうのか。
怪訝な顔でこちらを見るガゼルに、バーンは必死で自分でもわけのわからない言い訳をしてしまうのだった。
その想いに「恋」という名がつく日はそう遠くないのかもしれない。
説明 | ||
10/9はバンガゼの日!ということで、バーン→ガゼルっぽいバンガゼです。 | ||
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