博麗の終 その6 |
【月の賢者が提起する】
「結論を出すことにしましょう」
今夜の会合の場は永遠亭。
主催は蓬莱山輝夜とされてはいるけれど、仕切りは八意永琳に任されている。
今回は昼に行われた誰でも入れる会合とは違い、集める者を限った毎夜行われている会合だ。この会合は、『発言者と主催者との一対一の会話』で行うことと決められている。この場で言えば、主催代理の永琳とだけ会話が許されているという仕組みだ。
これは本筋の話の進行を大きく妨げないように、発言者同士の会話を制限することを意図している。ある意見に対して言いたいことがあるときには、挙手をして主催に対して意見を述べることで間接的に会話を行うという形を取る必要がある。
なぜにこのような形を採るのかといえば話は簡単で、誰でも発言できるようにしてしまえば、ただの一回たりともまともな会合にならないからだ。自由過ぎる者ばかりが揃う幻想郷だから、参加者が多ければ多いだけ、気を使わねばならぬことが増えていく。
識者たちは、こんなところにまで細かく考えを巡らせている程度には、本気なのだ。
「まずは今回から参加される霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイドの両名に、決定されている事項の伝達と説明をしておきましょう。なお、睡眠の必要な方はやや眠気に襲われる時間かと思います。この間に、下手に控えている者に申し出て頂ければ、眠気を飛ばす丸薬をお渡しいたしますのでご利用くだ――」
「その話を聞かなきゃならん私も欲しいんだがな。式どもと一暴れしてきた身としては眠くて眠くて仕方がない」
話の終わりを遮るように、頭の後ろで手を組んだ魔理沙があくびをしながら声を上げる。
「……ちょっと強めのをお渡しして」
博麗神社に特攻した魔理沙は、式たちに負けてマヨイガへと連行されていた。アリス・マーガトロイドによる事情説明がなければ、霊夢に会うための特攻を繰り返していただろう。
魔理沙も馬鹿ではない。この状況下で識者たちが最も霊夢を救う力を持っていることは明白なのだ。
協力することに異論はない。ないのだが……
「おう、ありがとな。普段なら必要ないんだが、酷い奴らのせいでボロボロなんだよ。お前が仕えているあの、あそこで偉そうにしている奴のせいでな」
ただひたすらに、機嫌が悪かった。
『こればっかりは仕方がないわね。今の霊夢に会わせるわけにもいかないわけだから……』
永琳は主催代行として注意すべき魔理沙の態度を見なかったことして、今日の議題である最大の懸念材料について話し始めた。
「それでは本日の議題である紅魔館、レミリア・スカーレット対策について話していきましょう」
八意永琳が普段使っている透き通った声に、やや低音が混じる。人が真剣になった時に使う、あの落ち着いていてゆっくりとした低い声になっている。
「まずは、今まで何事もなかったことはとても運がよかったと思ってください。おかげで今日の昼に行われた会合を開催できました。人間も妖怪も、基本的にはこの会と協力体制にあると思っていいでしょう。紅魔館対策にも戦力として組み込むこと、そして指揮権は私たちに任せて頂くことまでは昼の会合で了承済みでしたね」
「そうね」
幽々子は、扇で口元を隠すとにっこりと微笑んだ。
「いつの間にかそうなっちゃったみたい」
「おいっ、それはないぞ!」
大きな声が場に響いた。
規則には人一倍厳しいはずの上白沢慧音が、怒りに身を震わせながら西行寺幽々子を指差して、なおも言う。
「私にずっと微笑みかけて圧力を加え続けた挙句に、長老にまで脅しをかけていたじゃないか。『人間にとって大切な人だと思っていたのだけれど……』『同種族にそっぽを向かれる霊夢が可哀相に思えてくるわね』『幻想郷かどうなろうと人間はなんとも思わないということかしら』貴様の言ったこと、全部覚えているぞ。貴様のおかげで長老は、里の会合の後に臥せってしまわれたのだ……」
「あら、思ったことが口に出ていたのねえ。恥ずかしいわ」
「なにを抜け抜けと……」
さらに追求しようとする慧音に「上白沢慧音さん、着席願います」という注意が入った。
慧音はぶつぶつと何かを言っていたが、
「ついには根負けしてしまったがな、長老は『人間は戦力にならないから』と断り続けていたということだけは言わせて頂く」
と言い捨てて、どっかりと座り込んだ。
言ってやりたい百万語を飲み込みながら指示に従うその姿に、場の者たちは昼の幽々子の手酷いやり口を思い返す。
そして幽々子の方は、この状況でも
「あら、そうだったかしら?まあいいじゃない。どうあっても同じ結論に至ることは決められていたのだから」
と、追い討ちをかけるくらいにはいい性格をしている。
「どういうことだっ」
叫びながら立ち上がりかけた慧音だったが、長老代行の稗田阿求に服を引っ張られてドスンと尻から落ちた。
「もう終わったことです。そこまでにしましょう。ここでも発言権を失ってしまえば昼の二の舞ですよ」
あっ、と言うことこそなかったけれど。
慧音は乱れた服を調えて「……申し訳ない」と頭を下げた。
「主催として、西行寺幽々子並びに上白沢慧音。両名に注意、次回は強制退席とさせて頂きます。言っておきますが時間はもう、あまり残されていないのです。皆様もご注意ください」
永琳は全員を見回して、場が落ち着くまでの間を取りながら話を続けた。
「既に決定したことを蒸し返せるほどの余裕はありませんが、火種は残したくないので簡単に解説しておきましょう。人間だけ安全なところへ逃げ込んで、対策を他に任せるようでは『人間対妖怪』という幻想郷の基本すらままならなくなります。今、人間が何もしないままで幻想郷が救われたら、人間という種族に対する反感はどうしても出てきてしまいます。結局はここで力を合わせることが、長期的に見ればお互いにとっての理になるのです。だから無理にでも合意できるよう、交渉に長けた西行寺幽々子があの場の主催となったのです」
「そういうことは事前に言っておいてくれねば……」
「あなたは人柄において信頼されるに足るものを備えている反面で、腹芸の出来る器用さを持ち合わせてはいないことは自覚しているはずです。もしこちらの意思を話してしまえば、あなたはむしろ長老ら人間の幹部達を説得に回ってしまうと予測しました。ただ人間は弱い生き物ですから、戦うという選択肢を正論で説いても決して採択されないのです。主戦論を一人で主張した挙句に理解されなければ、ただでさえ疎まれがちなあなたの立場が崩れ去るかもしれません。こちらとしてもあなたという人間側との窓口を失うわけにはいきませんから、決断はあくまで長老にさせておいてあなたはこちらに否定的な立場になるように誘導したのです」
「だが、長老をあそこまで追い込むのはやり過ぎと」
「もちろん長老を追いこむ予定などはありませんでした。これは不手際と言わざるを得ませんが、どうしても人間側の参戦が必須だったこともご理解ください。了解を得るまでは交渉を続けねばならなかったのです。こちらは私が当会合後に責任をもって往診をします。原因がこの件のみならば、問題なく快方へ向かうことをお約束します。今、あなたが納得してさえくれれば、誰も損をしない最高の形になっていると思いますが、いかがでしょうか」
慧音はうむむと唸って言った。
「……時間を取らせてすまなかった。長老の件、くれぐれもよろしく頼むぞ」
永琳は「お任せください」と言って話を切り、そして全員を見回した後にこう断言した。
「では、本題に入ります。明日の日が落ちてすぐ、レミリア・スカーレットが博麗神社へ特攻してきます」
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許容範囲のズレと、想定内の反乱分子 | ||
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