外史異聞譚〜幕ノ参〜
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≪漢中・司馬家別邸/北郷一刀視点≫

 

俺が次に起きたのは翌々日の昼前だった

 

色々な事があり、さすがに疲れていたらしい

司馬懿も何度か様子を見に来たらしいが、脈や呼吸が乱れていたり顔色が悪くなっているというような事もなかったので、特に心配はしていなかったようだ

 

「天の国からきた、という事は私や我が君が考えていた以上に心身に負担がかかっていたのでしょうから」

 

とのこと

 

俺が起きてから色々と説明をしようと思っていたり再度意思の確認をしようと思っていたのだが、彼女の腹はあの夜で既に決まっていたようだ

だるそうな感じがあった瞳からはその色が消え、迷いのない光と変わらず優美な微笑みは、一層その魅力を引き立てていた

 

質問はないのか、と問うたところ

 

「必要な事であれば我が君自ら話してくださるでしょうから」

 

と、全幅の信頼を寄せられ、逆に戦々恐々としてしまったのは内緒である

多分ばれているだろうけど…

 

この司馬懿という少女、短い付き合いでも判るのだが、とにかく自分の感情を悟らせずに相手の言動からその機微を察するのが抜群に上手いのだ

さすがは晋王朝の基礎を築いた司馬懿だけのことはある

が、俺はどうにも顔や雰囲気に感情が出やすいらしいので、贔屓の引き倒しかも知れない

 

そんな訳で昼餉の時に簡単な情報交換や説明等を兼ねて雑談していたのだが、今いるのはどうやら漢中らしい

漢室としては高祖劉邦が建った地として軽視はしていない、と言い張りたいらしいが、要衝としての扱いにしてはあまりに杜撰な様子が司馬懿の言から見て取れた

また、そんな僻地化しかかっている漢中にどうして司馬懿がいたのか聞いたところ

 

「官吏の勧誘、分けても孟徳殿のそれがあまりにしつこくて逃げて参りました」

 

と、いうことだ

 

「私には百合百合しい雰囲気も趣味に合いませんでしたし…」

 

と微笑みながらも一瞬遠くなった眼差しに

 

(そうか…

 女癖が悪いのはこの外史でも同じなんだ…)

 

と、百合百合しいのを思い切り想像し、漲りかけた何かを視線で司馬懿に非難され、思わずスライディング土下座をしそうになったのも若気の至りということで許して欲しいものである

なんとなく予想だが、あとでまとめて返ってきそうな悪寒が消えないのがとても残念だ

 

 

そんなこんなで昼餉も終わり、再び居住まいを正して現在は客間である

 

どうも司馬懿としては

 

「もう貴方は我が君なのですから、主人としてお振る舞いください」

 

と言いたいらしいのだが、それはあまりに厚かましい行いだ、となんとか説き伏せてここに至っている

変わらず優美に微笑んでいるが、なんとなく“不満ゲージ”なるものが司馬懿には存在し、ゲージMAXになると超必殺技的ななにかが起こりそうなのがとても怖いのだが…

 

(不満ゲージにレベルあったりしないといいなあ…)

 

なんとなく背中に“天”の字を背負っている司馬懿を妄想していると、軽い咳払いがして現実に引き戻される

 

「ああ、ごめんごめん

 これからの方針だったよね」

 

首肯する司馬懿に対し、俺はさらりとこれからの考えの足掛りとなる構想を伝える事にする

 

「そうだね…

 まずは、この漢中の太守の位を買うにはどのくらいの資金がいるか判るかな?」

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≪漢中・司馬家別邸/司馬仲達視点≫

 

「はい………?」

 

我が君の言葉は相変わらず突き抜けすぎていて、自分が非才の身である事をつくづく痛感させられます

そもそも、漢室を平然と否定しておきながら、そこでの栄達を求めるというのは矛盾ではないのでしょうか?

しかしながら、悪戯を企んでいるかのような笑顔で目の前にいる我が君は、失礼ながらとても可愛らしく…

いえ、今はそのような事に囚われている場合ではありません

 

煩悩退散、悪魔よ去れ!

 

「そうですね…

 どの程度宮中に顔が利くかにもよりますが、漢中の年間税収程度は見込まねばならないと思います

 加えるのであれば、定期的に付け届けも必要でしょう」

 

そうか、やはりそのくらいは必要か、と呟いて考え込みはじめた我が君を見つめながら、私も思考を巡らせます

とはいえ、ちょっと予想外ではあったので不覚にも間抜けな声が出てしまいましたが、我が君のお考えは恐らくこのようなところでしょう

我が君は、現時点において天の国の知識を大陸全土に広めたくはないのです

我が君は既にこうおっしゃっています

 

「遠からず未曾有の戦乱と群雄割拠の時代が来る」

 

と…

 

であれば、今世界にそれらを広めるのは、戦乱に立つであろう群雄諸侯に無償で利のみを与える事に他なりません

そうであるなら、それを可能な限り秘匿しつつ力をつけるにはどうすればいいか

答えは簡単です

目の届く範囲で天の知識を有効活用した治世を行い、かつそれが可能である立場を手に入れる

人事や軍権をある程度以上扱える立場であるならば、我が君が考える未来に有用な人材も公然と集められる

中央の目を誤魔化せるのは恐らくは数年ですが、我が君はそれだけの期間があれば十分、と考えておられるという事です

 

我が君はこう呟いてもおられました

 

「人間にとって政治的権利は常に生存欲に劣る」

 

これは間違いなく真理でしょう

誇りや気概をその上に置ける人物は確かに存在しますが、大多数の人間にとっては、そんなものよりもまず“生きる”事が大事なのです

そして、我が君の視野にあるのは、そのような気概のある人物ではなく、大多数の民衆に後の太平を与えること

そうであるならば、まずは手の届く範囲の民衆が十分な衣食住を得られる状況を創る

それと同時に必要な学と思想を与える

 

恐らくはこのようなところでしょう

 

ここまで思考をまとめたところで、我が君がそっと卓になにか丸く平たいものを置きます

掌大のそれは銀に輝き細かい花鳥の象嵌が施された、美術品としても一級品のものです

 

「我が君、これは…?」

 

私の言葉ににやっと笑うと、我が君がそっとそれをふたつに割ります

するとどうでしょう、金属質で聞いたことのない音楽が流れ始めたではありませんか!

しかも、蓋の内側には十干十二辰が刻まれ、長針と短針が一定の律動を刻んで動いています

 

「驚いた?

 これは天の国では“オルゴール付き懐中時計”と呼ばれてる

 懿にわかりやすくいうと、中にある発条で動く精確な時を刻み続ける砂時計に発条仕掛けの楽器がついているもの、という感じかな

 判らなければ天の国の技術でできた砂時計ということで納得してくれ」

 

結構高価だったんだぜ、と笑う我が君ですが、私にとっては笑えません

これほどの宝物など、仙術にある宝貝そのものではありませんか…

 

「うん、懿の顔を見て確信がもてたよ

 これを餌に宮中に入り込めば、漢中の太守くらいは手に入る、ってね」

 

私は呆れることしかできませんでした

このような宝物が手にある、という風評だけで、今ならどれだけの人間を動かすことができるのか、その可能性に思い至っていないはずはないというのに…

 

「しかし、それだと目立っちゃうんだよなぁ…

 今中常侍に目をつけられると、多分俺殺されるしなぁ…

 となると、どうにかして曹節に取り入るしかないか…

 確か、今の大長秋は曹節だったよね?」

 

「はい、老いて尚権勢は揺るがず、先の中常侍排斥に際しても、それに加担した人物を失脚させ投獄に追い込んだとのことです」

 

田舎であっても聞こえてくる程の事件であるため、その問いには容易に答えることができました

 

「うん、仕方ないね

 どうせ遠くなく死ぬだろうし、今は曹節を利用させてもらおう

 2年もあれば多分間に合うだろうしね」

 

私は今はじめて、この方を恐ろしいと感じました

天の知識に支えられているとはいえ、その圧倒的ともいえる深謀遠慮

これに逆らえる人間など、果たして存在するのでしょうか

 

我が君には武才など必要ない

なればこそ、私が身命を賭してお守り申し上げる

 

そう決意を新たにしたところで、我が君の笑顔が襲撃してきました

 

「そういう訳で、手間をかけて申し訳ないんだけれど、洛陽まで一緒にきてもらえるかな?」

 

不意打ちです卑怯ですありえません

相も変わらずなんなんですかこの笑顔は!

そんなものを向けられて、今の私に逆らえるはずないではありませんか!

 

二頭身で真っ赤になってふにゃふにゃに溶けている自分を胸の裡で自覚しながら、ゆっくりと頭を垂れてお応えします

 

 

「全ては我が君の御心のままに…」

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≪洛陽/北郷一刀視点≫

 

さて、そんな訳で俺は今、後漢の首都洛陽にいる

ここに来るまでに色々と騒動はあったんだが、とりあえず言える事はひとつ

 

司馬懿、ごめんよ、何もできない主人で…

 

まず最初に問題になったのは服装だった

これはまあ、司馬懿がすぐに手配してくれたのだけれど、とにかく現代のものとは生地も仕立ても違いすぎて、肌に合わずに難儀した

パンツだけはどうせ見られる事もないし、という事でなんとか自分に折り合いをつけている

 

次に問題になったのは路銀なんだけど、これも司馬懿におんぶにだっこ状態

一応、身に着けていた小物があり、それを売ればかなりの資金にはなるのだが、どうしても洛陽での政治工作にまわさなければならないため、結局司馬懿が用立てることになった

 

その上で問題になったのが、俺が全く馬に乗れないという事だ

どんなに頑張っても乗れないのは判りきっていたため、最初は司馬懿に同乗させてもらおうとしたのだが、彼女が強行に反対の意を表明してきたのだ

なんでも

 

「私も慣れておりませんし、馬も疲れるため長旅には向きません」

 

ということらしい

小声で

 

「四六時中我が君とくっついていたら私は溶けて消えてしまいます」

 

とか呟いていたような気はするが、それを聞いても多分微笑みで返されるだけで、不満ゲージが大幅にあがりそうなので黙っておくことにする

 

結局、漢中から洛陽に向かう輜重隊がたまたまあるということで、それに司馬懿が鼻薬を効かせて同行させてもらうという事で落ち着いた

司馬懿が滅多にないような美少女なので、俺としてはかなりそのあたりが心配だったのだが

 

「司馬家の不興を買ってまで手を出そうなどという愚か者はいませんよ」

 

と悠然と微笑んでいたので大丈夫なのだろう

 

実際、そこらの兵隊の10や20では司馬懿の相手にもならないらしい

戦っているのを見たことはないが、身の丈を超える槍を馬上で軽々と操っているところから見ても不安はないだろう

鼻薬を効かせた結果、一般兵と異なり天幕をもらえたのも大きいと思う

それでも俺には寝苦しく、いつか寝袋を作ってやろうとか考えたりもしたけどね

 

そんな訳で昼は荷物と一緒に馬車に、夜は衝立を立てて司馬懿と天幕にという状態で洛陽に到着したわけだ

 

 

そこで洛陽を見た俺の感想

 

 

「でかっ!

 人多っ!

 道広っ!」

 

 

いや、城門もでかかったけど、なんというか圧倒的だ

色々と取り沙汰されてはいても、やはり後漢王朝最大都市だ、根本的なスケールが全く違う

 

そんな俺の反応は田舎から一旗あげにやってきたおのぼりさんそのものです、本当にありがとうございます

 

そんな感じでぼーっとしたままの俺は司馬懿に手を引いてもらいながら、先触れで宿をお願いしていた豪商の家に向かっている

さすがに衣装と靴が身分と家格を表現する時代であるためか、官吏が司馬懿に難癖をつけてくることもない

世話になる豪商にも鼻薬を嗅がせて万年筆を渡し、曹節に近づけるよう豪商の遠縁という形で身分も確保した

 

司馬懿としてはこのようなやり方にはひとつならず言いたい事があるのは理解はしていたが、人間というものはこと欲求に関しては自分と違う世界の人間は容認はできても理解はできないようにできている、と俺は思っている

具体的には他人が自分と異なる趣味に金と時間を費やすのを容認できても理解はできない、ということだ

故に俺達の志をこの場で声高にいう必要はなく、相手の欲に合わせてやればよいという事を念入りに言い含めた

自身のみの利益を追求する者には、錯覚ではあってもそれがある、と思わせれば勝ちなのである

また、豪商には(本人は嫌がったが)司馬懿の身元を明かす事で、もしこちらの身に何かあれば遠慮はしない、と匂わせてもいる

 

もっとも、そのせいだとは思うのだが、父親に呼ばれて結構な目にあってきたらしい

珍しく愚痴をいう彼女の機嫌が直るまでに結構苦労をすることになった

 

ちなみに彼女の父親は洛陽の令を務める司馬建公で、俺が知っている歴史の知識そのままといっていい、なんというか色々とすごい父親らしい

 

 

そうして司馬懿より宮中の礼法を学び、頃合を見て曹節と接触した

 

とはいっても、豪商を介してボールペンや万年筆を売りさばき、十分に鼻薬を効かせた上で“養子として双方に利があるように”という方向で話をもっていった上で懐中時計をちらつかせた訳だから、我欲の権化と化している曹節が我慢できるはずもない

それと平行して中常侍達に根回しをすることも忘れない

自分にとって益とならない存在に対して彼らがどれほど冷酷かつ残酷であるか、それを俺は歴史から知っていたからだ

そのあたりの匙加減には少々苦労はしたが、さほど時を置かずして俺は漢中の太守に任じられることとなる

 

姓を曹、名を賽、字を元徳と号して

 

どうせ信用はされてはいないし、間者が付き纏う事も判っている

むしろ正面から侍女を複数、多方面から贈られたのには苦笑を隠すのに苦労したくらいだ

 

こうして、歴史に名を残すこともない“大長秋・曹節の親族”として俺は漢中へと戻ることになった

 

どうせ数年後には捨ててしまう偽名である、愛着をもつこともありえない

この名前は存分に利用し捨ててやろう

綺麗事でどうにかなるような道を、最初から俺は選んではいないのだから

 

 

 

季節は夏の終わり、司馬懿との邂逅から既に三月が過ぎようとしていた

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
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コメント
minerva7さま>結構いる気はしたんですが、珍しいですかね?(小笠原 樹)
智謀に長けた一刀とは珍しいな(minerva7)
田吾作さま>黒いのかなあ、これ(汗)(小笠原 樹)
通り(ry の名無しさま>本当にどこからツッコミいれたらいいんだ、その幻想わ…(笑)(小笠原 樹)
確かにこれまでの政治を廃して民主制を広めようと思ったらその土台を作ることから始めなきゃなりませんよね。目的のためなら手段を選ばない、全くここの一刀さんは黒いでぇ…………。(田吾作)
四六時中くっついていたら溶けて一つになって最強の司馬一刀の爆誕っておそろしい幻想を受信した・・・。(通り(ry の七篠権兵衛)
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