外史異聞譚〜幕ノ四〜
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≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫

 

天の国の父さん母さん爺ちゃん、お元気ですか

 

俺は今、死に掛けています

 

たすてけください…

 

 

具体的に何がいいたいかといいますと、ワタクシ北郷一刀は今、煩雑でしかも圧倒的な物量を誇る難敵を前に奮戦空しく討ち死にしかけております

 

そう、ある程度予想していた事ではあったのだが、旧太守の施政のあまりの杜撰さに祟られ、マイナスからやらねばならない、という余りにも惨い現実と戦っている最中なのです

 

太守として赴任した俺は、まず官吏の綱紀粛正と再編成に着手した

その結果は無惨にも残機数ゼロ

いくら官匪蔓延る後漢王朝といったって、これは余りにも酷い

 

「賄賂を受け取っていない中級以上の官吏や仕官がゼロって一体なんなの?

 死ぬの?

 むしろ死になさいよアンタ!」

 

と、どこぞの猫耳頭巾の言葉を真似てしまうくらいに唖然とした俺をどうか責めないで欲しい

 

こうなるとまず手を付けなければならないのは、内政の整備よりも先に兵の綱紀の確立と再編成である

盗賊は今も煩雑に邑を荒らしてまわっているわけで、治安の回復を考えても、まずはこれに着手しなければならない

当然そうなれば俺にできることは何もないので、軍規に関する要点を伝えて司馬懿の手腕に全てを委ねるしかない

もちろん、彼女の手腕を疑う理由などどこにもなく、少なくとも俺の下では軍権の最高責任者になってもらうつもりでいたため、むしろその意味では都合がよかったとも言える

 

しかし、そうなると内政面の皺寄せは全て自分に来ることになるわけで

洛陽からついてきた侍女達は、こういう部分では全く役に立たないことは既に判明しているのがこれまた痛い

間者を兼ねているのだろうから、基本的な読み書きや最低限の官吏としての仕事はこなせるだろうとは思うが、何を好きこのんで間者に内政機密を扱わせねばならないのか、となる

下級官吏は身分や家柄が低いためにそういった部分とは無縁の者が多かったが、逆にある程度の仕事を任せるにはどうしても時間が必要であり…

 

つまり何がいいたいかといいますと

 

このままでは不肖この北郷一刀、理想(と書いて書類と読む)を抱いて溺死(と書いて衰弱死と読む)してしまう

 

という事なのです

 

 

この点では、俺の見通しは余りにも甘かったと言わざるを得ない

なにしろ十分に残っている資料が“自分達の私腹を肥やすため”のものだけであり、後は何をどうやっても辻褄の合わないものばかり

税を絞り取るために耕地面積とかだけはしっかりしているのが唯一の救いなのだが、収穫量や人民帳まで細工されていては俺としては手も足も出ない

賄賂と縁戚が政治や出世の基本といっても限度があるだろう、限度が…

 

唯一幸いといえるのは、中央にコネがあるような官匪は前太守に全てくっついていったことくらいなものである

 

これらの事からお分かりであろう

 

俺は当初の構想をかなり前倒しして、早急に司馬懿や自分の同胞となりうる文官武官を得る必要性に迫られてしまったのだ

 

実のところ、これは相当に痛い話である

何しろ俺は、身体的なアドバンテージを全て捨てて知識を手に入れて、この外史に挑んでいる

そして、洛陽との往復で判明したことではあるが、どうにも旅というものに長く耐えられるような肉体ではないようなのだ

 

そうなると、必然、諸国を巡っての人材集めは司馬懿に頼まざるを得なくなる

そこで問題となるのは、兵や官吏が司馬懿という重石がない状態で、どこまで俺の言う事を聞くか、なのだ

俺は現在、なるべく周囲に顔を知られないように立ち居振る舞い、天の国に関するものは全て司馬懿に預けた上で、彼女を“太守代理”として統治にあたろうとしている

 

俺が表に出ない理由は司馬懿には流石に嫌味を言われたが“持病による体調不全”という、嘘八百もいいものだったりする

 

その上で執務室と自室を同一化し、司馬懿と彼女が認めた使用人以外は入室を禁じる事でとりあえずの対応をしているという訳だ

洛陽からついてきた侍女達にも余裕がなくなるくらいに仕事をくれてやるように指示しているので、そういった点では問題はないと言える

 

これらの事を含め、悩みに悩みぬいた末にだが、俺は一枚の鬼札に手を出すことにした

 

もちろん、司馬懿が反対するのであれば諦めざるを得ないのだが、これは俺にとっても危険な賭けのひとつとなる

 

定時報告に来た司馬懿に向かって、俺はその案を提示することにした

 

 

恐らくこの地にいるはずの道教教団であり医術集団でもある、五斗米道の長・張公祺を麾下に招く、と

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≪漢中僻邑/司馬仲達視点≫

 

私は今、漢中の鎮守府を離れ、ある人物を探していました

 

その人物とは張公祺

 

噂では益州牧・劉君郎に取り入り、鬼道を操ると聞き及んでおります

その旨を我が君に糾すと

 

「いや、多分鬼道とかってのはないと思う

 ただ、なんというか色々とダメな人達かも知れないので気をつけて欲しいかな」

 

と、なんとも判断に困る言葉と共に半ば強引に送り出されました

 

鎮守府からは程近いところにいるとの噂を道々聞いたのですが、なんと言いましょうか、非常に判断に困る説明をされ、果たして本当なのかと思っているところです

 

曰く、五斗(約10リットル)の米を持っていけばどんな怪我や病でも親切に診てくれる

曰く、持っていった米は私腹を肥やしているのではなく、重病人の薬や飢えている民衆への炊き出し等に転用している

曰く、治療するときに「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」と祭酒(多分上級門徒)が叫ぶ

 

などなど…

 

そうして夕刻には張公祺がいるという邑に到着したのですが、さすがに旅埃も掃わず夕刻に訪問するのは非礼に尽きると思い、その日は邑長の家に宿を求め、翌朝の訪問となりました

 

 

そして翌朝

 

私が五斗米道の道場(と称するようです)を尋ねると、中から「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」という叫び声が聞こえてきました

 

(あ、本当だったんだ…)

 

呆然と入口に佇んでいると、中から農民らしき男が出てきます

その表情は晴れやかで、なんというか生気に満ちています

 

「つかぬ事を伺いますが、ここが五斗米道の張公祺様のお屋敷に間違いございませんか?」

 

男は一瞬気軽に答えようとしたのでしょうが、私の居住まいを見て平伏しました

 

「はい!

 こちらが教主さまの道場です!」

 

私はそれに軽く首肯すると、門番らしき男に「先触れがあったはずですが」と用件を伝えます

それを聞いて門番のひとりが中に入り、程なくして赤い髪の、なんといいますか非常に暑苦しい雰囲気の男がやってきます

男は軽く目礼をすると、いきなり自己紹介をはじめました

 

「ゴットヴェイドォォォ!!へようこそ!

 俺は華陀、諱も字もない

 ゴットヴェイドォォォ!!の華陀と呼んでくれ!」

 

本人はとてもいい笑顔で挨拶しているつもりなのでしょう、なにしろ歯が光ってますし…

ですが、日々我が君の笑顔に鍛えられている私には、ただのくどくて鬱陶しい笑顔にしか見えません

 

ついでに言えば、これは客に対しては割とありえない扱いなのですが、ここでそれを弾劾しても無意味な気がします

ですのでそのまま普通に受け取り、とりあえずは名乗りを返そうと思います

 

「ご丁寧にありがとうございます、五斗米道の華陀殿ですね

 私は…」

 

「違う!

 五斗米道ではない!

 ゴットヴェイドォォォ!!だ!!」

 

「???

 五斗米道、ですよね?」

 

「だから違ぁう!

 ゴットヴェイドォォォ!!だ!!」

 

この反応を見て私は、この男をとても残念なひとだと認識しました

具体的には我が君の所用でなければ一生視界に入れたくない、そういうタイプの人間です

 

いったいこれにどう対処しようか悩んでいると、後ろから凛とした感じの赤い髪の女性がやってきて、男のお尻を思い切り蹴り上げました

 

素晴らしい!

拍手でお迎えしたいところです

 

壁に華陀と名乗った男がめり込んでいますが、些細な事ですから良しとしましょう

実際どうでもいいですし…

 

む…この女性、私と背は同じくらいですが、胸は二周り程大きいですね…

 

なんとなく敵愾心を掻き立てられますが、当然そんな感情を表に出す私ではありません

めりこみ男から視線を外し、感謝を籠めて目礼します

 

と、その女性は豪快な笑顔を浮かべると、腰に手を当てて話しかけてきました

 

「いやあ、済まなかったね

 あのバカ、弟子の中では屈指の腕をもってるんだが、なんというかバカという不治の病を患っててね

 悪気はないんだ、許してやって欲しい」

 

そして表情を引き締めると、居住まいを正して挨拶をしてきました

 

「アタシは張公祺

 見ての通りここの道場主でゴットヴェイドォォォ!!の教主をやってる

 アンタが司馬仲達殿だね

 先触れは聞いてるよ

 なにもない道場だがとりあえず入ってくれ

 簡単な話じゃなさそうだしな」

 

この張公祺という女性、見かけの豪快さや言葉の雑さに反して、かなり理知的な方とお見受けしました

やもすると話をするのは存外に手間がかかるかも知れません

そのような感想を胸についていこうとすると、彼女が急に真顔で振り向いてきました

 

一体なにがあったのでしょう

 

と…

 

「バカ弟子には困ったモンだが、アタシもひとつだけ言っておく事がある

 アタシらは“五斗米道”じゃない

 “ゴットヴェイドォォォ!!”だ

 以後間違えないようにな」

 

そう言い捨てて颯爽と歩いていく張公祺を見つめながら、私はひとつだけ認識に確実な修正をしておこうと思いました

 

もう手遅れな状態で残念な人“達”なんだな、と…

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≪漢中僻邑/張公祺視点≫

 

「さて、貧乏所帯なんで、ロクなモンも出せなくて悪いね」

 

お構いなく、と目の前に座って悠然と微笑む美少女に、不本意ながら(綺麗だわぁ…負けた…)という感想と共に警戒心をイヤでも持たなくちゃならない自分に内心で苦笑する

 

ちなみに、一応は商人なんかとも話すことがある関係上、道場とはいえ客間はある

今はそこに司馬仲達を名乗る少女を案内した訳だ

 

一応自己紹介しておこうか

アタシの名は張公祺

ゴットヴェイドォォォ!!の教主として若輩ながら医術集団を率いている

なにがどうなってんだか“五斗米道”なんて当て字をみんながしやがるので、そこは大いに不満なところもある

まあ、治療費も本当は無料にしてやりたいんだが、先立つものがなければ診てやることもできないんで、仕方なく五斗の米をいただいてるのが当て字の理由らしい

ま、それは発音さえ間違わなければ許してやろう、とは思っている

 

で、問題なのは目の前の少女だ

とりあえず、今の漢室がどういう状況なのかは言うまでもなく、そこから派遣されてくる太守がロクなモンじゃないのも言うまでもない

本当ならそんなモンの使者なんか会わずに無視したいところなんだが、その使者が世に名高い“司馬八達”の筆頭、仲達殿ときた日にはさすがに無碍にもできやしない

 

そも、仲達殿の父親にしてからが高位を歴任し、謹厳実直で名高い名門司馬家の当主・建公殿であるからには、腐った官吏に仕えるのを由とするとはとても思えない

 

とりあえず会ってみようかと思った理由はそんなところだ

 

一応自己弁護しておくと、アタシはこれでも自分の容姿にはそこそこ自信はもってる

なにしろアタシのおっかさんが、そりゃあもうもの凄い美人で、アタシも多少なりともその恩恵に与れてたってわけ

でも、ちっと目の前の美少女は別格だな、と思う

アタシはおっかさんより美人ははじめて見た

張り合うより先に愛でたくなる美形ってのは、やっぱり居るところにはいるもんだ

 

ちっと話が反れちまったな

 

「で?

 お偉い太守サマが、アタシみたいなのに一体どんな用事があるんだい?」

 

断っておくが、こういう物言いは習い性でもあるがわざとなんだぜ?

とにかく患者ってーのは、特に傷病が重ければ重いほど、後ろ向きで悲観的なもんだ

そんなときはやっぱ、威勢よく、でも優しく元気に接してやるのが一番なんだよ

まあ、腹の見えない人間の反応を見るのにも便利なんだけどな?

 

「我が君のご意向はこちらの文に認められております

 まずはご一読願えますか?」

 

思わず見蕩れそうな微笑みと共に竹簡が差し出される

 

(うわー…

 めっちゃいい笑顔だけど感情が読めねえわ、これ…

 こりゃあ心理戦に持ち込まれたらやべぇなぁ…)

 

受け取った竹簡にざっと目を通す

そして思わず叫んだアタシを責めないでやってくれ

だって、だってコイツは…

 

「な、なあアンタ…

 アンタはこれの中身、知ってるのかい…?」

 

アタシの問いに微笑んだまま、仲達殿は可愛く頤に指を当ててすらすらと答える

 

「私は竹簡の中身は存じ上げてはおりませんが、五斗米道は仁医集団だと我が君より伺っておりました

 ここに来る道すがら伺った話でも、奇矯なるも私欲で動いている集団との噂はひとつもありません」

 

呆然としているアタシを他所に、仲達殿は答え続ける

 

「そういった事柄に加えて我が君のお考えをなぞれば、だいたい内容は見えてきます

 恐らくは街道の整備と宿泊や医療に関する常駐施設の設置

 非常時の炊き出しや薬草等の栽培施設、そして五斗米道が思想において民衆を扇動するものでない限り、その活動を安堵し資金を租税にて賄う

 こんなところではないでしょうか?」

 

なんてこったい、ドンピシャだよ

本当に中身を聞いてないのか疑いたくなるところだが、一番肝心なところを言わないってことは、多分知らないんだろうな

 

この中にはもう少し突っ込んだ事が書いてあって、例えば宿泊施設にうちの祭酒と警備兵を常駐させる旨や、街道を1里で区切って目安となる樹木を植えること、鎮守府に道場を移して医療や衛生、治安に関する事柄をアタシらに任せたい、というような事が書いてある

そしてそれが“当面の目標”でしかない、という事も

 

つまりこの太守、アタシが思い描いていたゴットヴェイドォォォ!!の未来の姿を更に推し進めて、しかもそれをアタシに仕切れ、と言ってきてるんだ

 

あまりの展開に呆然とするアタシに、今となっては可愛さよりも恐怖が勝る微笑みで、仲達殿は柔らかに告げる

 

「さて、張公祺殿

 もう貴女には五斗米道の未来も含めて、我が君にお会いするという以外の選択肢はないものと思われますが、いかがでしょう?」

 

仲達殿の背後に巨大な影が見えたような気がして、アタシには最早頷くことしかできなかった

 

 

なにより大事なはずの、ゴットヴェイドォォォ!!の発音の訂正も忘れるくらいに…

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

尚、登場したオリジナルキャラクターについては
『http://www.tinami.com/view/315164』
を参照いていただけると助かります

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
田吾作さま>他の選択肢、ないんですよ実は(笑)(小笠原 樹)
通り(ry の名無しさま>だから魂の兄弟になったんでしょう(笑)(小笠原 樹)
ゴッドヴェイドォォォ!!を引き入れて治安を向上。こうする事で人を集める算段ですかね。一刀さんマジカミソリ。(田吾作)
発音の訂正も忘れるくらいに一刀の示した方向性が壮大だったという。華佗は忘れないんだろうけど(通り(ry の七篠権兵衛)
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