レッド・メモリアル Ep#.11「臨界Part1」-1
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《プロタゴラス空軍基地》

γ0080年4月10日

9:46 A.M.

 

 前兆は確かに存在していた。

 大きな嵐の前には確かにその予兆があり、人々は、目だけではなく体で迫りくる危機を感じることができる。

 しかし、嵐が到来してからではもはや遅い。巨大な運命の流れの中では人はどうする事も出来ず、ただ逃げ惑うことしかできない。

 しかも嵐は、急激に勢いを増し、人々に襲いかかる。その勢いは人々が想像することができないほど、圧倒的に速く襲いかかって来る。

 

 《プロタゴラス空軍基地》では、突然鳴り響いた警報に基地内にいた者達ガ気が付いていた。空軍基地の至る所で、警報が鳴り響き赤いランプが点灯し始める。

「一体、何事だ?」

 と、空軍基地の一角にある対外諜報部隊本部では、ゴードン将軍の声が響き渡っていた。

「兵器開発区画で緊急警報が発令されています! 現在、確認に当たっていますが、監視カメラの映像が切られており、何が起こっているかは不明です!」

 すぐに跳ね返って来る技術員の声。彼の前に表示されている画面はブラックアウトしており、そこに監視カメラの映像は表示されていない。

「監視カメラの映像が、切られているだと!」

 ゴードン将軍は声を上げ、フロアの階段を自分のオフィスの方から降りてくる。その様子は、フロアの下部にいた、リー、セリア、デールズも見ていた。

「ここは軍の基地なんだぞ! なぜ、監視カメラの映像が切られている!? バックアップ用の回線もあるだろう?」

 信じられないという様子でゴードン将軍が言い放った。

「分かりません。バックアップ用も駄目ですし、切られているものは切られているんです」

 と、技術員が答えた。

 その場にすぐにリー達も駆け付けた。

「警備員からの連絡は無いのか?」

 リーがそのように言いながら、画面に向かって身を乗り出させた。だが、その画面はブラックアウトしたままである。

「妨害電波が出ています。更に回線まで切られています! こ、これは。この基地の各区画が孤立させられています!」

 技術員が声を上げ、その場は騒然となった。対外諜報本部に繋がってあった通信回線は、次々に切断させられ、警報が鳴り響く。

「一体、この基地で何が起きている? おい! この本部の警備員を向かわせろ! すぐにだ!」

 ゴードン将軍が即座に命じた。一方で、リーは別のものを危惧していた。

「例のチップの安全を確保しておけ。テロ攻撃の可能性がある…」

 リーは近くにいた警備員にそのように命じた。彼は頷くと、チップを今だ置いてある、対外諜報本部の会議室へと向かった。

「チップだと!テロ攻撃だと!ここは、軍の基地なんだ!大統領執務室くらいしか、ここに勝る警備システムは無い!」

 ゴードン将軍が更に声を張り上げる。

「内部から手引きすれば、別よ」

 と、まるで当然のことを言うかのようにセリアが呟いた。

「おい。できるのか?そんな事が?」

 ゴードン将軍は信じられないと言った様子で尋ねた。

「さあ、正直言って、不可能な事はありません。ですが、ただのサイバーテロでは無いようです。警備システムの最後の記録では兵器開発区画で、異常な動きを感知していました」

「それは、どんな異常だ?」

 すかさずゴードン将軍は尋ねる。

「おおよそ100の数の動きです。速度は人間が歩く速度よりも速い。時速40kmの動きを感知しています」

「100だと。人の動きじゃあないのか?」

 ゴードン将軍が身を乗り出し、目の前の画面へと見入る。そこには一つの直線の通路が表示され、そこには無数の赤いポイントが移動していた。

 赤いポイントはまるで蠢いている虫のように表示されていた。だが、動きは整列しており、その動きは不気味でさえあった。

 その動きを見たリーがすぐに言った。

「兵器開発区画だ。人工知能兵器がいる。確か、試作段階を終え、いつでも戦場に駆り出せるようになっている兵器が100は保管されていたはずだ」

「人工、知能兵器?」

 セリアがリーの言葉を繰り返して言った。

「ああ、ほんの数年前までは試作段階だったがな。いつでも本格的な戦争を起こせる準備はあったさ」

 リーがそれに答えた。周りが危機迫る状況であっても彼だけは冷静な言葉を放ち、その目も揺らいではいなかった。

 セリアはそんなリーをちらりと見やる。何故、そんなに冷静でいられるのか、疑問を持つかのように。

「人工知能兵器と言っても、ただ敵を識別して、目標を破壊するだけの兵器でしょう?」

 デールズが更に横から身を乗り出して言った。

「ただ、だと。こいつらは小型の戦車も同然だ。兵器である事に変わりは無い」

 リーが答える。彼はあくまで冷静にその言葉を述べていた。

「そう言えば、『エンサイクロペディア』にも、人工知能兵器についての記述があったのでは?」

 ゴードン将軍が声を上げた。すると、緊迫している彼らの背後のデスクに座っていた、フェイリンが回転式椅子を回転させて、リー達の方を向いて来る。

 彼女はすぐに光学画面を手に持ち、それを、紙のファイルを差し出すかのようにして、ゴードン将軍の方へと持ってきた。

「ありましたよ!ここです!でも妙ですよね」

 ゴードン将軍は顔をしかめさせた。

「何が、妙なんだ?」

「え、えっと。こんなものを、基地内で暴れさせるだけのために、テロ攻撃をしかけてきた、なんて…」

 フェイリンは少し戸惑い、そのように言った。

「こんなものだと?こいつらは、その気になれば戦車だって簡単に破壊できるんだぞ」

 ゴードン将軍が言った。そこへ更にリーがやって来て言う。

「ああ、確かに。ロボットのためだけに、攻撃を仕掛けてきたとは思えません。ここは軍の基地。このロボットを盗み出す事も、ここからどこかを攻撃する事も、事実上不可能です。もっと目的があります。このロボット達の駆動は、ただの陽動作戦に過ぎない気がします」

「同感だな。今、攻撃を仕掛けて来ている者達は、恐らく、『エンサイクロペディア』のチップを狙って来た連中だろう。チップはまだ1つ。こちらの手元にはあるが」

「そのチップを狙って、奴らは攻撃を仕掛けてきた?」

 と、セリアが呟くように言った。

「十中八九。そうかもしれないだろう。となると、チップの安全を確保するのが最優先だ。急いで、チップをシェルターに隠す必要があります」

 リーは率先してチップが置かれている会議室の方へと向かおうとした。

 しかしその時、まるでリーの行動を遮るかのようにして、対外諜報対策本部の入り口付近から、叫び声と激しい銃声が聞こえてきた。

 次いで爆発が起こり、リー達は爆風に煽られ、床にたたきつけられる。

 局員の中には吹き飛ばされた者もいたし、デスクが紙のように舞い上がった。煙が充満し、所々で火の手が上がる。

「何だ!一体、何が起こったんだ!」

 ゴードン将軍が声を上げた。リー達は爆発が起こった入口の場所から、若干離れた所にいたが、それでも爆発の爆風の影響は凄まじい。

 身を伏せた彼らの頭上で、激しい銃撃音が響き渡る。一体何が起こっているのか、確認しようにも、今起きた爆発によって煙が充満して視界が開けない。

「将軍。大丈夫ですか?」

 セリアがゴードン将軍の身を庇う。

「ああ、だが、一体、何が起こっていると言うのだ?」

 と、ゴードン将軍は言う。銃声は激しく響き渡っている。ただのマシンガンの音では無い。ガトリング砲のような重火器が使われている。

「チップを守れ!最後の一つを奪われるわけにはいかん!」

 リーが煙の中で声を上げた。彼は、チップが置きっぱなしになっている隔離室入り口付近の警備員に命じたが、そこでも、突然、大きな爆発が起こり、警備員の体は何メートルにも渡って吹き飛ばされる。

 会議室を仕切っていたガラス壁は粉々に砕け、爆風によって吹き飛ばされたガラスは、それさえも凶器となって、リー達に襲いかかった。

 リーは爆発によって更に数メートル後方まで体を持って行かれそうになる。

 だが、彼は爆発が起きた瞬間。一人の人影を見ていた。その人影は、激しい爆発が起こっている中でも確かにそこに立っており、爆発の影響を全く受けていないようだった。

 その姿を見て、リーは直感した。

「『キル・ボマー』だッ!奴がここに来ているッ!」

 リーがセリア達に言った。

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「という事は、やはりチップか?チップを守れ!」

 ゴードン将軍がすかさずリー達に命じた。もうもうと立ち込めている煙の向こう側では、『キル・ボマー』が会議室の中に入って行き、銀色のケースを開いていた。彼はそこにチップがある事を確認すると、そのケースを持ち、何事も無かったかのように会議室の外へと出ていこうとする。

 リーはすかさず銃を抜き放ち、キル・ボマーの方に向って発砲しようとした。だが、その瞬間、彼は自分の横側からやって来た、空気を切り裂くかのような衝撃に気づき、素早く身を伏せた。

 銃弾が、それも、大型の口径の銃弾が、大量にリーの頭上を通過していった。

 しかも嵐のように断続的に銃弾が頭の上を通過していく。リーは銃弾が飛んできている、入口の方を見やった。

 するとそこには大柄な何かがいた。人間よりもずっと大きい。

 その高さは2メートル50センチから3メートルほどはあるだろうか。煙によって霞んで見えていたが、銀色のボディをしており、ちょうど、戦車のキャタピラの上にずんぐりとした人間の上半身を乗せたかのような姿をしている。

 あれがロボット兵だ。開発中の兵器ではあるがリーはその姿を知っていた。彼らの両腕にはガトリング砲や小型ミサイル発射砲が設置されており、それを武器としている。

 ロボットはロボットでも、人助けをする産業用ロボットでは無い。彼らは物言わぬ兵士であり、本来は戦争に駆り出される目的で製造されたのだ。

 味方を識別し、移動することができる以外は、対象物を破壊する事しか頭に無い。だが、今攻撃を仕掛けて来ている者達にしてみればそれで十分なのだろう。

「参ったな。あいつらは、戦車でもないと立ち向かえないぞ。煙や暗闇の中でも視界が効く。しかも私達を抹殺するつもりだ」

 リーの頭上で銃声が止む。ちらりと、リーは吹き飛ばされたデスクの陰から、ロボット兵がいる方向を見たが、彼らは弾の無駄撃ちを止め、ゆっくりと動き出した。

 キャタピラが動き出し、ロボットは再びその活動を始めた。ロボットは全部で2台。タイプは全く同じものが接近してくる。

 対外諜報本部にいた局員達は、今のロボット兵によって殺害されてしまったか、まだ物陰に隠れているか、とっさに避難してしまったらしい。

 しかしながら、この場の最大の指導者であるゴードン将軍はまだここにいた。

「一体、どうすればいいのよ」

 さすがのセリアも、今のロボット兵の攻撃に対しては、いつもの自信満々の表情を見せる事も出来ない。

「奴らに直接端末を接続し、停止命令を出させる。それだけでいい」

 リーは相変わらず冷静な口調のまま答えるのだった。

 彼は銃を構え、いつでも飛び出していきそうな姿を見せている。

「端末を直接接続って、あんなでかい銃を持っているような奴らに触らなければならないの?」

 そのように横から言って来たのはフェイリンだった。彼女は手に収まるほどの小さな携帯端末を握っている。

「君のそれだ。それをよこせ。奴らに停止命令を出させるのは簡単だ。ただ、奴らに近づいて行くのが難しい」

「あなたやり方、分かっているの?止め方を?」

 セリアが横から言ってくるが、リーはそれに対しては頷いた。

「いいか?リー。もし、こんな事をやっている『キル・ボマー』の目的が、ロボット兵による攻撃だけで済まないと言うのなら、奴はたった今、『エンサイクロペディア』を持っていった。それを使って、奴らは何だってする事ができる。分かっているな。今、この基地の兵器の全ては、テロリスト共の手にあるようなものなのだぞ」

 ゴードン将軍が言った。

「分かっています。『キル・ボマー』の奴を捕らえるのなら今、ロボット兵を駆除しなければならない!デールズ。お前は私を援護しろ!」

 そう言い放ったリーは、フェイリンから素早く携帯端末を奪い取ると、ロボット兵の目前に飛び出していった。

 ロボット兵は、すかさず机の陰から飛び出してきたリーの動きを探知した。そのリーの動きは正確に感知され、ロボット兵のガトリング砲の照準を合わせさせる。

 リーが机の陰から飛び出し、1秒さえも経たない時間の後、ロボット兵は彼に向かって銃弾を発砲した。

 激しい銃声が鳴り響く。2台のロボット兵達から別々の角度から発砲される。

 だがリーの体は、机に飛び出した時から黄色い光に包まれていた。その光を纏ったリーは、ガトリング砲の銃弾よりもさらに速いスピードで動き出した。その動きは目にもとまらぬ程で、残像さえ残していた。

 リーにガトリング砲の銃弾が命中するような事は無く、机やコンピュータデッキを次々と破壊されていく。

 衝撃波が空気を切り裂き、更には破片が飛び散っていく。リーは、机の上を光のように直線的な動きで移動しながらロボット兵の元へと近づいていった。

 銃弾が一部、彼を掠めたが、彼はそれに躊躇するような事もしなかった。

 リーはそのまま接近していく。

 そしてロボット兵の眼前にやって来ると、リーはその顔面とも言うべき、視覚センサーが取りつけられた可動式のボックスに向かって、銃から光弾を撃ち込んだ。

 それでもロボット兵は全く怯む事は無い、変わらず、ガトリング砲を発砲し続けている。

 だが、リーは素早くロボット兵の背後へと回ると、そこにあったパネルの一つをこじ開けた。ロボット兵の銀色のボディには、幾つかのパネルがあったが、リーは迷うことなくその一つのパネルをこじ開ける。

 そこには、携帯端末のケーブルを接続することのできる差込口があった。フェイリンから端末を貰っていたリーは、それをロボット兵へと接続し、ロボット兵の頭脳に操作を直結させる。

 フェイリンが持っていた携帯端末は、リーも驚くほど高性能のパワーを有していた。瞬時にロボット兵の頭脳の中に侵入し、その機能を停止させるコードパネルを開いた。

 リーの素早い動き、脳の反応に対しても、携帯端末の読み込みのスピードは付いていく。

 やがて10ケタの暗証番号が表示されたが、フェイリンの携帯端末は素早くその暗証番号を解析していく。そして、ロボット兵の機能を停止させた。

 ロボット兵は、ガトリング砲を持っていたアームをだらりと下げ、そのままの姿勢で停止する。それが生命であったら、あたかも命だけを抜き取られてしまったかのようなものであっただろう。

 だがロボット兵はもう一体いた。ガトリング砲の弾は、リーの方向に向かって次々と発車される。もう一体のロボット兵は、そこに仲間がいるという事を構わず、リーと言う目標だけを破壊しようとしている。

 リーはロボット兵のボディをそのまま盾にして弾をしのぐ。ロボット兵のボディは手投げ弾の爆発でも破壊されないほど頑丈にできていたから、幾ら破壊力が高い弾であったとしても、盾にする事ができる。

 しかしリーは、その場所から一歩も動けないほどの猛攻にさらされていた。

 だが、もう一体のロボット兵にはデールズが一機に接近した。一気に接近したデールズは、そのままロボットのボディへと手を触れた。

 すると、突然ロボットは火花を散らしてまるで痙攣するかのように、小刻みな動きを繰り返した。

 発砲していたガトリング砲は、無茶苦茶な方向に向かって発射されてしまい、セリア達も机の陰に隠れなければならなかった。

 しかしガトリング砲からも火花を散らして、やがて銃弾の発砲は停止した。ロボット兵自体も、その動きを停止させ、だらりとガトリング砲のアームを下げた。

 デールズはロボット兵が停止した事を確認すると、そのボディからゆっくりと手を離す。

「わたしに任せてくれればいいものを。過電流を流させて回路をショートさせました。トルーマン少佐は無理をし過ぎです」

 デールズはリーの方を向いてそのように呟いた。

「収まったか?だが、また敵の攻撃が来ないとも限らん。入口を封鎖しろ!この中には軍の機密データがある。漏れだすわけには」

 と、ゴードン将軍は攻撃が終わったのを見計らい、立ち上がったが、奇襲を受けたこの場で生存している局員は、リー、セリア、デールズ、フェイリンを除いて数人ほどしかいなかった。

 ロボット兵と『キル・ボマー』がもたらした損害は甚大なもので、人員だけでは無い、対外諜報センターにあるコンピュータ機器は大半が破壊されてしまっていた。

 ゴードン将軍は、自分が支配していた職場が完膚なきまでに破壊されてしまった事に、思わず息を呑んでいた。

「ゴードン将軍。ここにはもはや守るべきものはありません。チップは奪われてしまったし、この基地の管制も破壊されてしまっている。今、ここに立て籠っても無駄です」

 リーがゴードン将軍に向かって言った。彼の口調は冷静そのものだった。冷静な口調は、静まり返った諜報部の中で大きな声となり、局員達の耳に響き渡った。

「私もそう思う。チップを取り返す事が、何よりもの先決でしょう。『キル・ボマー』の奴はそう遠くに行ってはいないわ」

 セリアが言った。彼女は崩れかかっている瓦礫の中で、ほこりまみれになりながらも、堂々と立ち上がっていた。

「リー、セリア。お前達は『キル・ボマー』を追え。『能力者』である奴を捕らえられるのは、『能力者』であるお前達だけなんだからな。デールズは私と一緒に来い。この基地の中に裏切り者がいる。それもこの基地のセキュリティにアクセスできる。将校クラスだ」

 ゴードン将軍は、自分の統率していた職場が攻撃されたというショックを受けるよりも早く、局員達に命じる。彼は何とかして普段の威厳を取り戻そうとしていた。

「兵器開発部門の将校は、ファラデー将軍だ。彼はチップを持っている。信じたくもない事だが、ファラデー将軍はテロリストと通じていたらしい。そう判断するしかない。私はファラデー将軍を追う。この基地の中の、どこかにまだいるはずだ」

「了解」

 そう、すぐにゴードン将軍の命令に対して答える事が出来たのはリーだけだった。

 ロボット兵の仕掛けてきた攻撃に対して、局員達が受けた衝撃は、物理的にも精神的にも、あまりに大きなものだった。

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 『キル・ボマー』はまんまと、対外諜報本部からチップを盗み出すと、自らの『能力』を使い、次々と壁を破壊してそこに通路を作り、ある場所にまでやって来ていた。

 その場所は、《プロタゴラス空軍基地》内部でも比較的警備の薄い場所だ。『キル・ボマー』達はその、使われていない古い倉庫の警備に当たっていた警備員達を始末し、一時的な攻撃本部を作り出していた。

そこで彼は共に潜入していた仲間達数名と合流した。軍の本部に攻撃を仕掛ける。それは仲間の犠牲さえも伴う行為。しかし、被害は思ったよりも少ない。まだ敵によって倒された仲間達は数名であり、これから行おうとしている攻撃に対して、十分に兵力は足りている。

 一人の仲間が近づいてきた。彼、強襲部隊の技師であるジョンソンはコンピュータデッキを持っており、そこに『エンサイクロペディア』の四分の三を持ってきている。

 チップはすでに小型のコンピュータデッキのスロットに差し込まれており、光学画面には残り一つのチップの抜け穴がグラフィック表示されていた。

 『キル・ボマー』は近づいて行き、自分が持ってきた、最後のチップの一枚を見せつける。

「これが最後の一部分だ。これで完成する」

 と言い、そのままジョンソンにチップを渡した。

 これで完成する。たった4枚のピースのパズルでしか無かったが、一枚一枚は厳重な管理下にあったものだ。

 どのようなパズルよりも困難なピース達は集められ、コンピュータデッキによってそれは完成された。

 完成されてしまえば、あっけないものだった。光学画面には“適合”と表示され、4枚のチップはグラフィックの中で完成した。

「完成だ」

 ジョンソンはそう言った。彼は思わず不敵な笑みを浮かべていた。『キル・ボマー』もこれから起こる事を思うと、思わず不敵な笑みを浮かべざるを得ない。

 ジョンソンと『キル・ボマー』。そして仲間達の目の前で、『エンサイクロペディア』に秘められた秘密が次々と展開していく。それは最新鋭のミサイル防衛システムであり、新型の兵器であった。

 しかしこれらの存在は、すでに『キル・ボマー』達は知っていた。

 重要なのはそんなありきたりの兵器の存在では無い。使い方だった。

「“鉄槌”はあるか?」

 『キル・ボマー』はジョンソンに尋ねる。ジョンソンは、画面に表示されたウィンドウのアイコンの中から一つを選択した。

 アイコンには、“核融合兵器”とあった。ジョンソンがそのアイコンを選択し、中のウィンドウを開くと、そこには幾つかの兵器のファイルが表示される。ジョンソンは更に操作をして《プロタゴラス空軍基地》のアイコンを開いた。すると、円筒型の兵器とそのデータが表示された。

 その円筒型の兵器は、中性子爆弾と書かれていた。

「“鉄槌”は《プロタゴラス空軍基地》に1基のみ保管されている。あの方がくれた起爆装置があれば起動できる。だが起爆するよりも前に、地上に出さなければならないぞ」

 ジョンソンは兵器のデータを読み取り答える。

 そんな専門知識は、事前に詰め込んだものしかない『キル・ボマー』は顔をしかめた。

「地下で使う事はできないのか?」

「中性子爆弾は、透過力が強い。鉛も放射線は通過する。だが、コンクリートや水などの放射線は透過しづらい。“鉄槌”が保管されているのはそんなものに囲まれている場所だ。地下の核シェルターの中にある」

 そう言いつつ、ジョンソンは素早くコンピュータデッキのキーパットを叩いている。画面には次々と中性子爆弾のデータが表示されており、そこには、具体的な所在地、起爆方法まで表示されていた。

「つまり、地下から引きずり出してきて、地上で吹っ飛ばせばいいんだろ?それだけだ」

「簡単に言うとそう言う事だが、あの方がくれた起爆装置だけでは不十分だ。実際に兵器を使って調節するしかない」

 ジョンソンは焦っているのか、キーボードを叩きながらも周囲を伺った。どこからか銃声が迫ってきている。それは、『キル・ボマー』達が一時拠点としているこの倉庫にも、軍の部隊が迫っている事を意味していた。

 だが『キル・ボマー』は余裕のある表情で答えた。

「簡単な事だ。場所は分かったんだろ?その場所へ行って、俺が直接起爆してやる。それだけの事だ」

「ああ、もちろんだ。だが、多少の時間がかかる。それまで、耐え凌ぐしかない」

 ジョンソンがそう言った所で、彼らがいる倉庫の扉が反対側から爆破された。その爆発音に彼らが怯んでいる隙に、軍の部隊が次々と銃を構えて近づいてくる。

 すかさず、『キル・ボマー』達は交戦した。ジョンソンは開いていたウィンドウを素早く閉じ、コンピュータデッキを抱えて倉庫の陰に身を潜める。

 仲間達は突入してきた軍の部隊に対して応戦し、銃を発砲し、倉庫の中は幾重にも繰り返される銃声によって、耳をつんざくような音が響き渡った。

 仲間達が、軍の部隊員によって次々と倒されていく。彼らは武装して、軍の部隊とも対等に渡り合えるほどの戦力を持っていたはずだったが、数では軍の方が上だった。

 幾ら、通信手段を断ち、内部から混乱させようとしても、軍はありとあらゆるテロ攻撃に備えている。すぐに体勢を立て直してくるだろう。

 しかし軍にとっても脅威はあった。その脅威は、『キル・ボマー』とジョンソンとほぼ入れ違いに倉庫の中に入っていった。

 混乱の中を『キル・ボマー』達は倉庫の中から脱出して行ったが、それと入れ違いに、ロボット兵が倉庫の中に入って来たのだ。

 ロボット兵は3機だったが、彼らは猛烈な銃撃戦の中でも、全く恐れを見せることなく突入していき、そのガトリング砲を兵士達に向けて発砲した。

 『タレス公国軍』の兵士達にとって、本来ならばロボット兵は味方であるはずだった。それは戦争が起こったとしても同じ事だ。いかなる戦場でもこのロボット兵達は、『タレス公国軍』の味方として活躍するはずだった。

 だが今は違った。ロボット兵達は、『キル・ボマー』達によって操られる、傀儡となり、傀儡師である『キル・ボマー』達が操る糸。すなわちプログラムによってロボット達は敵となる存在だった。

 軍の内部を行きかう通信は遮断されており、軍の非常戦闘部隊の間では、ロボット兵が敵に回っていると言う通信が行きわたっていない。ただ、テロ攻撃が起きていると言う事実のみしか知らない部隊も多い。

 ロボット兵達は、そのような兵士達を容赦なく追い詰めていった。

 一方で、計画を進める『キル・ボマー』達はまんまと虎口を脱し、目的地まで向かう。その目的地まではもう少しだ。

 『エンサイクロペディア』のデータが示している。それが隠されている旨は、事前に協力者、ファラデー将軍からも伝えられていた。

 ロボット兵が何だ。所詮、対象物を探し出し、銃弾を撃ち込む程度の事しかできない奴らだ。

 『キル・ボマー』達の目的はそのような次元にあるものではない。あの方の目的はただ一つ。時代を変えるほどの、鉄槌による一撃を、この地に食らわせるのだ。

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プロタゴラス市内 大統領官邸

 

 《プロタゴラス市内》の中心部にある大統領官邸では、『タレス公国』の主にして、軍の最高指揮者であるカリスト大統領が、執務室に次から次へとやって来る首都攻撃の報告に、対応を追われていた。

 新たにやって来た報告は、ある決断を最後まで下せないでいる大統領の背中を強く押すものとなった。

「カリスト大統領。たった今、入った報告ですが、《プロタゴラス空軍基地》が何者かに襲撃された模様です」

 大統領の補佐官がやってきて、彼にそう言った。カリスト大統領は思わず椅子から立ち上がってしまった。

「何だと!それは一体、どういう事だ?」

「詳細は不明です。現在、基地とは一切の通信が取れない状態となっています。少なくともサイバー攻撃を受けているというのは事実でしょう」

 カリスト大統領は、初めは信じられないという表情だったが、何とか自分を落ちつけようとする。

 すでに首都は厳戒態勢下にある。それなのに、この大統領官邸の次に厳重警備下にある空軍基地が狙われるとは。

「カリスト大統領。ご存知な事は承知ですが、《プロタゴラス空軍基地》はこの首都からわずか100kmの距離にある基地です。規模は国内最大規模。もしテロリストに襲撃され、この首都が攻撃の対象となるのならば」

「分かっている!あらゆる攻撃を想定している。今もこの首都の上空を戦闘機が警戒態勢に当たり、核攻撃から、あらゆる攻撃を想定している」

 カリスト大統領は言い放った。彼にとっては、空軍基地が襲撃されたと言う事実よりも、ある決断を下すか否かを迫られていたのだ。

「大統領」

 そこへ、頃合いを見計らって姿を見せたのは、軍服姿に身を包んだ男だった。彼は『WNUA』の代表者の一人で、フォックスという『タレス公国』では将軍職にある者だった。

 大統領官邸に出入りができ、特に軍事関係でカリスト大統領の補佐をする。

 この時勢においては、フォックス将軍にカリスト大統領が命令をすれば、国中、いや、実質的には『WNUA』に加盟している7カ国全ての軍が動く。

 その男が、首席補佐官よりも前に出てカリスト大統領に言った。

「頃合いかと思います。この基地が攻撃を受けたのならば、それはテロリストのできる事ではありません。襲撃した者達の正体は今だ不明ですが、恐らく背後には…」

 大統領はそこに一呼吸を入れて言った。

「『ジュール連邦』が絡んでいると言う事か」

 自分がその言葉を発すると言う事が、一体、いかなることを意味しているのか、大統領はよく分かっていた。

「大統領。それはつまり」

 補佐官が言葉を発した。

「待て。まだ詳しい事は分からんのだろう?これが、『ジュール連邦』による攻撃か否かと言う事かも」

 しかしその言葉をフォックス将軍は遮る。

「《プロタゴラス空軍基地》からの報告によれば、軍事機密を扱った『エンサイクロペディア』と呼ばれる文書が流出しています。この国の機密がテロリスト側に漏洩し、そのわずか数時間後には空軍基地が攻撃を受けています。

 テロリスト達が、『ジュール連邦』側の人間であると言う事はすでに明らかです。これ以上、攻撃を受けるよりも前に、早急な決断をお願いします」

 ますますカリスト大統領は追い込まれた。彼は何とか平静を保っていたが、重大な決断を前にし、迷わずにはいられなかった。

「『WNUA』の各国首相は揃っているか?我が国の決断だけで、『ジュール連邦』と戦争は出来ん!何しろ、この世界の三分の一を相手にするようなものだからな」

「はい。『WNUA』の各国首相は揃ってあなたをお待ちです」

 補佐官が大統領の顔を伺うかのようにして言って来た。

 すでに首相達が揃っている。それは彼らの間での決断はすでに決定されており、カリスト大統領の更なる決断で全てが決定するようなものだ。

 しかし、まだ大統領は決定的な決断を得られずにいた。何しろこれを期に、世界戦争が起ころうとしているのだから。

 世界戦争をしようとする決断は、まだ大統領には下す事は出来なかった。

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 『キル・ボマー』を追跡する、リー、セリアはフェイリンを伴い、ロボット兵によって占拠された、対外諜報本部を脱出した。

 対外諜報本部は独立した建物の中にあり、《プロタゴラス空軍基地》の中央区域からは離れた場所にある。彼らは日中の空軍基地の敷地の中に出ていたが、空軍基地の荒野は今では戦場と化していた。

 敷地内を徘徊するロボット兵の姿が見える。ロボット達は、軍の人間を見るなり、見境なくガトリング砲を放ってきていた。それが、武装した隊員であろうが、非武装の職員であろうと容赦ない。

 銃声に包まれ、空軍基地の荒野では煙や埃が舞い散っている。所々で銃声が響き渡っていた。建物同士の間は離れており、リー達は、『キル・ボマー』を追跡するためにその荒野の中を横切らなければならない。

「『キル・ボマー』の奴は、この中を抜けていったの?」

 セリアが建物の陰に身を隠しながら、戦場を見やった。先ほどから何かが爆発しているのか、地響きまでが大地を揺るがしていた。

「ああ。チップには発信機が付いている。すでにチップは向こうの使われていない倉庫を抜け、兵器開発部門へと向かっている」

 リーはそのように言い、身ぶりで視界内にある大きな倉庫の方を指差した。しかし、その建物からも煙が上がっており、どうやらそこも戦場となっているようだった。

「おい。ここの地図を表示させるにはどうしたらいい?」

 戦場の真っただ中に投げ出されたと言うのに、リーはいつもながらの態度でフェイリンに尋ねた。彼が今手にしているのは、フェイリンのポータブル携帯端末だった。

 それはコンピュータ並みの処理能力を持っているタイプだったが、軍の支給品ではない。彼女が勝手に持ち込んだ携帯端末だったため、リーも操作した事が無いのだろう。

「そ、そこのキーをタッチすれば」

 フェイリンは怯え切ったような様子で、リーにそのように言った。

「そうか、分かった」

 リーは言われたように操作を行い、地図を表示させていた。

 だがその時、リー達が隠れている建物の陰へと、一機のロボット兵が近づいてきていた。その顔とされている部分を周囲へとゆっくりと回転させながら、足とされているキャタピラを回しながら移動してきた。

 すでに両腕に装備されたガトリング砲から硝煙を立ち上らせ、ゆっくりとこちら側に近づいてきている。

「あ、あたし、場違いだったかも、中に戻って避難しているね…」

 そんなロボット兵が迫っている姿を見たフェイリンが、セリアの背後から言った。

「ええ、その方がいいみたいね。中にはシェルターがあるから、その中で隠れていれば」

 と、セリアが言いかけたが、リーがそれを遮る。

「いいや、行かせるわけにはいかない。何故君を外に連れてきたと思う?この携帯電話の操作が分からないから、じゃあない。もっと大切な目的の為だ」

 リーはフェイリンに迫り、怯え切っている子猫のような彼女に向かって、そのロボットにも勝るような冷静な目で見つめた。

「は、はあ…?それは一体、何の事やらで?」

 フェイリンは何の事か分からないという様子を、身ぶり手ぶりで示して言った。

 そうしている間にも、ロボット兵はゆっくりと迫ってきていた。

「我が軍は、もちろん秘密裏にだが、国内にいる『能力者』はマークしている。セリアも、この私も、そしてもちろん君も同様だ。

 情報処理担当なら他にも幾らにもいるのに、君だけを基地内に入れた。それは何故か?すでに分かっているよな?」

 リーが更にフェイリンに迫った。フェイリンは彼へと目線を合わせていられなくなったのか、思わず反らしてしまう。

 だが目線を反らした彼女は次の瞬間、何かを見つけたかのように目を見開いた。だが、リー達には彼女が目を見開いた方向には、ただの壁しか見る事ができないでいた。

「来る!危ない!」

 突然、フェイリンは壁からリーとセリアの方に覆いかぶさるかのように飛びかかった。リーもセリアも、何が起こったか分からない様子で、地面へと投げ出された。

 しかし次の瞬間、壁を突き破って、銃弾が飛び出してきていた。銃弾は分厚いコンクリートの壁を次々と破壊して突入してきて、リー達の上空を通過していく。

 砕けた壁の向こう側からは、ロボット兵が姿を覗かせていた。室内にいても、ロボット兵は外の様子を見る事ができるらしい。

「赤外線センサーが奴らにはついている。何を盾にしようと、筒抜けだ。だが、君は」

 身を伏せながら、リーはフェイリンの方を向いて言った。激しい銃声の中でも、リーの声ははっきりとした口調を持ち、それは銃声の中でも確かに響き渡った。

「君は彼らの目と同じように、物体を透視して見る事ができるはずだ」

 その言葉に、フェイリンははっきりとした動揺の姿を見せざるを得なかった。

「何故。その事を。あたしは、セリア以外の誰にも、その事を言ってこなかったのに!」

 と、彼女の声も銃声の中で響き渡る。

「軍は、何もかも見通しだ。今、この基地の中は大規模な通信障害が生じている。つまり、このロボット兵や敵兵、味方がどのように配置されているかが分からない。目視で確認していくしかないんだ。

 そこで、君の『力』を使わせてもらう」

 リーがそのように言った時だった。突然、ロボット兵が放っていた銃声が止み、何かがショートする音が聞こえてきた。

 リーが安全を確認しながら身を上げると、そこには、ロボット兵の頭部を引きちぎり、手に抱えたセリアが立っていた。ロボット兵の胴体部分はだらんと、ガトリング砲を持った両腕を垂れ下げており、どうやらその機能が停止してしまったらしい。

「面倒な事をしなくても、これだけでいいじゃない」

 セリアは平然とした顔をして言った。彼女は特別強靭な筋力を持っているわけでは無かったが、彼女自身の持つ『能力』でロボット兵のパーツを、熱で溶かしてしまい、彼らに致命的なダメージを与える事は可能だった。

「良し。ここは片付いたな。我々は『キル・ボマー』を追う。奴は、兵器開発部門に向かったはずだ。ここから、奴がどこにいるか、見る事はできるか?」

 リーは、まだ身を伏せたままでいるフェイリンを見下ろしてそのように尋ねる。

 フェイリンは、はっとした様子で眼鏡をかけ直しながら、頭を上げた。

「兵器開発部門の建物はあそこだ」

 リーが、1キロほど離れた場所に建っている、無機質な立方体のような建物を指差して言った。

 他にも、大きな倉庫などが建っていたが、リーが指差した建物だけは、異様にその存在感を放っていた。

「こっからでは、目視なんてできませんよ。その、視力っていうものがありますから。いくら“透視”ができても、眼鏡をかけているくらい視力は良くないんですから」

 と、フェイリンが言うと、リーは彼女の体を立たせてやりながら、彼女に向かって言いだした。

「いいか。君は物体を透視する事ができる『能力』を有している。我々が調査した所、その『能力』によって、どんな物体でも、幾つでも透過して見る事ができるとされている。本当にそうか?」

「セリアに、そう報告されたんですか?」

 フェイリンがちらちらとセリアの方を向きながらそう言って来た。

「一部はな、だが、君がセリアと知り合ったと言うのも、お互いの『能力者』であるという部分を、何と無く感じ取っていたからなのだろう。『能力者』同士が、同じ環境下に偶然置かれるというのも、そう珍しい事じゃあない」

「わたしが言ったのは、友人に『能力者』がいるって事だけよ」

 セリアはそう言いながら、ロボット兵の頭部を投げ捨てた。それは、重々しい音を立てながら床に転がった。

「とにかく、この状況で君の『能力』は役に立つ。使ってもらうぞ。敵が壁越しに標的を判別できるロボット兵であるという以上、ここは君の『能力』を使って、奴らに対等に立つしかない」

 リーはそのように言うと、自分が先頭に立ち、動き始めた。

「わ、分かりましたよ。『キル・ボマー』という奴が、どれだけ危険な存在かと言う事も分かっていますし、もし彼らがチップを全て揃えて、兵器開発部門に乗りこまれればどのような事になるかも、全て分かっています」

 フェイリンが言葉を並べる。しかし彼女が言い終わるよりも早く、リーは軍の施設間移動用のジープを見つけ、それに乗り込もうとしていた。

「良し。それだけ分かっていれば十分だ」

 リーは素早くエンジンを吹かし、セリアとフェイリンを伴って、兵器開発部門の建物へと移動した。

-6ページ-

「心配したぞ。あまりに遅いのでな」

 兵器開発部門の1階の建物で『キル・ボマー』と遭遇したファラデー将軍は、真っ先にそのように言っていた。

「いいや計画通りだ。あんたが焦り過ぎてんだよ」

 そう言うなり、『キル・ボマー』はファラデー将軍に4枚のチップの入ったケースを手渡した。

 ファラデー将軍は焦っていた。思っていたよりも、この基地の防備を破るのは難しかったようだ。ロボット兵を起動させ、更にはサイバー攻撃によって基地を孤立させる事によって、基地の制圧は瞬時に終わる。そう思っていた。

 兵器開発部門の外では、轟音が鳴り響き、銃声も聞こえてくる。この場所を起点として活動を始めたロボット兵は、軍の兵士だけを攻撃し、ファラデー将軍や『キル・ボマー』達は識別され、攻撃の対象とはなっていなかった。

 すでに制圧された兵器開発部門の建物には、ファラデー将軍と『キル・ボマー』そして、彼らの部下達しかいない。

 銃声や爆発音が聞こえてくる以外は、兵器開発部門は静まり返っていた。

 ファラデー将軍が管轄を務め、全てを指揮していた部門は、彼自身の手によって動かされたロボット兵によって、徹底的に破壊し尽くされている。

 壁には弾痕が残り、所々で煙が立ち上っている。火災報知機の警報さえも聞こえていたが、外部への通信は遮断されているから、通報が外へと漏れる事は無い。

 そんな場所でファラデー将軍は、『キル・ボマー』からケースを受け取った。

 そのケースは手の中に収まる程度の金属製のケースでしかなかった。だが、中には衝撃吸収材に包まれた4枚のチップがある。

 内、一枚はファラデー将軍が持っていたものだが、残りの三枚は他の将軍達が持ち歩いていたものだ。

 ファラデー将軍はそのチップをまじまじと見つめて言った。

「この中には、恐ろしいまでの秘密がこめられている。それこそ、世界を一変させてしまうほどのな」

 厳かに、そして、まるで恐ろしささえ感じるかのように、ファラデー将軍はそのチップの入ったケースを見つめる。

「ああ、あんたが、それを“あの方”の元に届けるんだぜ」

 『キル・ボマー』の方はと言うと、全くそんな事には関心が無いようだ。チップの入ったケースも、乱暴にポケットに入れてきたようである。

「お前が、やるのだな?」

 ファラデー将軍は言った。すると『キル・ボマー』は変わらぬ乱暴な口調で言って来た。

「ああ、あんたじゃあ、とてもできないだろ?」

 その言葉は、自分を挑発でもしているつもりなのかと、ファラデー将軍を腹立たせたが、今、ここでこいつに何を言っても無駄だろう。

 何しろ、『キル・ボマー』自身が言うように、あの方が彼に与えた任務は、とても自分がする気にはなれなかった。

「大丈夫なのか?」

 だが、ファラデー将軍は、目の前に立つこの男に対して不安があった。傍目にはただのごろつきにしか見えないような男だ。これから自分達が下す、重大な出来事を任せる事ができるのだろうか?

「心配いらねえ。情報は全て手に入れた」

 『キル・ボマー』の背後にいる男、ジョンソンとかいう名の男が、何も言わずに携帯端末の画面をファラデー将軍に見せつけた。

 そこには、ある物の詳細データが表示されている。それを見て、ファラデー将軍は思わず唾を呑みこんだ。画面に表示されている物は、それ自体ではただのデータに過ぎない。しかし、彼らが兵器開発部門の最下層に到着した時、そのデータは大きな意味をなす。

「起爆コードも、起爆装置もある。あとは、地上に出すだけだ。準備はできているか?」

 どうやら『キル・ボマー』は本気のようだ。彼の今までの行動をファラデー将軍は知っていた詩、“あの方”をどれだけ慕っているかも良く知っていた。

 いくらごろつきのように見えたとしても、こいつは爆弾魔だ。それも『能力者』の。その力を利用して、今まで何十人も、何百人も殺してきている。

 しかしいくら爆弾魔だったとしても、その程度では鉄槌を世界に下すには足りな過ぎる。だから“あの方”は、『キル・ボマー』にとっておきの爆弾を用意したのだ。

「ああ、準備は出来ている。私は、あと10分以内にこの基地から立ち去る。起爆には20分はかかる」

「分かったぜ」

 と、言って、『キル・ボマー』はファラデー将軍の肩に手を乗せた。

「あの方に、よろしくな」

 そう言って、『キル・ボマー』は目的地を目指し、荒れ果てた廊下を歩き始めた。後ろからジョンソンという男も続いて行く。彼も、運命を共にしようとしている。

 ファラデー将軍は腕時計を見た。午前10時8分。

 あと、20分程だ。正義の鉄槌は下される。

 

プロタゴラス市内 大統領官邸

 

「では、カリスト大統領。何故、ここまですでに貴国が攻撃されていながら、『ジュール連邦』に対して報復措置に出ないのです?」

 立体的に表示された、光学画面越しにそう言って来たのは、『プリンキア共和国』のセザール首相だった。彼は『ジュール連邦』に対しての、報復攻撃に対して意欲的で、一歩も譲る様子を見せない。『WNUA』加盟国の中でも、彼は特に強硬派として知られていた。

 『タレス公国』のカリスト大統領も、軍備や対外政策に対しては強硬姿勢を貫く姿勢でいたが、今の事態に対してはそうも貫けなかった。

「それは、まだ『ジュール連邦』が、今回の一連のテロ攻撃を支援しているという、明確な証拠が出ていないためです」

 それは数週間前からずっと、光学画面で表示される『WNUA』加盟国の代表者達に並べてきた言葉だった。

 画面越しに見る彼らの姿は、もういい加減その言葉にうんざりとしてきている様子が見て取れた。

「『ジュール連邦』側は、何と言って来ているのです?自分達は、一連のテロ攻撃とは一切関係ないと?」

 そう言って来たのは、『ニコマコス公国』の首相だった。

「ええ。彼らは自分達のテロ攻撃の関与を否定しています。更に、テロ攻撃を行っている、組織を摘発しようとしています」

「それは、『チェルノ財団』なのでは?」

 カリスト大統領の言葉を遮って言って来たのは、セザール首相だった。彼は更に7カ国の代表者達の代表者になったかのように、堂々と言葉を続けた。

「彼らは、自分の行っている我々の国への攻撃を、国内の組織の罪としてなすりつけている。一テロ組織による活動と言ってしまえば、自国を守る事ができますからな。だが、一テロ組織程度のものが、これほどまでに我らの国を攻撃する事はできない」

「しかし、我が軍の調査により、『チェルノ財団』の関与は明白になっております」

 そのように、カリスト大統領は言うのだが、

「ほほう。関与は明白になっているのですか。ですが、我が国の軍では更に調査を進めておりましてな。『チェルノ財団』に対して、『ジュール連邦』は多額の資金提供を行って来ている事が明らかになっています」

 その場にいた、七カ国の代表者達がどよめいた。

「しかしそれは、テロ活動に使われるためと知らぬ内に、あくまで慈善団体に対しての資金として提供されたものではないのでは?」

 カリスト大統領は慌ててまくし立てる。だが、セザール首相は冷静に言った。

「テロ攻撃に関与していたにせよ、していなかったにせよ、『チェルノ財団』は『ジュール連邦』の政界に大きな影響力を持つ組織です。国がらみの攻撃である。つまりこれは『ジュール連邦』、いや、西側諸国に攻撃を仕掛けて来ている。これは戦争なのです」

 その場にいる一同は黙りこくった。今までも、静かな戦争、静戦は続いてきた事は、どの国の首相も知っている事だ。それが、いつ本格的な戦争になるかは、時間の問題だったかもしれない。

 だがこうも、突発的に様々な事が動き出すと、皆、冷静さは失う。『プリンキア共和国』のセザール首相はすでにこうなる事を見越してきたのだろうか。七カ国の代表者達の中でも冷静だった。

「現在、『ジュール連邦』の西海岸に、我が国の艦隊が進行中です」

 カリスト大統領は言った。すると、彼の手元に別の画面が出現する。それは、この会議に出席している全員の手元にも出現した画面だ。

 そこには、『ジュール連邦』西海岸の地図が表示され、赤いポイントが迫っていた。

「ほう」

 セザール首相が、少しは感心したといった様子を見せた。

 『WNUA』加盟国はすでに進めていた事であったが、『ジュール連邦』との全面戦争に対する準備はすでに進んでいる。七カ国の中で最大の戦力を持つ、『タレス公国』の軍を中心とした戦争だ。

「ですが、まだ明確な証拠はありません。テロ組織の拠点がどこにあるのかも分からない。『ジュール連邦』の都市を無闇に爆撃する戦争は、あまりに悲惨な結果を招くでしょう。『ジュール連邦』が、『チェルノ財団』を影から支援しているのであれば、彼らの拠点を中心に攻撃する事が望まれます」

「それはさておき」

 再びセザール首相が言って来た。

「あなたに、戦争をするという決断はおありですかな?世界を二分するかもしれない戦争です。もし、あなたの国が、決定的な攻撃にさらされた場合、戦争をするだけの決断がおありですか?」

 その言葉を前にして、カリスト大統領は言葉をつぐんだ。だが、結局答える方法は一つしか無かった。

「あります。『WNUA』の軍を先導するだけの覚悟はあります。しかし、私達の国は、これ以上自国を攻撃させるつもりもありません」

「ほう、では、たった今、あなたの国の軍基地で起こっている出来事については、それはテロ攻撃とは言わないので?」

 セザール首相は言って来た。

「それはテロ攻撃と決まった訳ではありません。何らかの通信障害が起こっている可能性があるのは明白ですが、『プロタゴラス空軍基地』と連絡が取れ次第、判明するでしょう」

 カリスト大統領はごまかすかのようにそう答える。彼自身は、テロ攻撃の可能性が大であるとの報告を受けていたが、それはイコール開戦に繋がる出来事だ。

 今はまだ、決断するのは早い。彼自身、世界大戦を起こす覚悟もできていなかった。

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プロタゴラス空軍基地

10:14 A.M.

 

 『キル・ボマー』はジョンソンを引き連れ、例のチップのデータが示す場所までやって来ていた。

 例のチップの中に収められていたフォルダの一つ、中性子爆弾の所在地情報によれば、兵器開発部門、大型格納庫の最深部に例のものはあった。

 『キル・ボマー』達はその爆弾の事を、“鉄槌”と呼び、『タレス公国軍』の者達は、この爆弾の存在を核兵器以上に、恐れ、忌み嫌い、空軍基地の中でも最も深い場所に隠し置いたのだ。

 リフトに乗った二人は、空軍基地の地下格納庫を下へ下へと降りていった。その深さは、核弾頭を何発も安置しておけるほどの深さだ。だが、この《プロタゴラス空軍基地》には核弾頭は、中性子爆弾を除けば一機も保有されていない事になっている。

 チップにもあったが、『タレス公国』や『WNUA』諸国では核弾頭は、常に同じ場所にあるものではなく、常に空母や戦闘機に搭載され、移動している。

 『エンサイクロペディア』のチップではその細かな位置情報までも掲載されており、このチップを手中に収めていると言う事はつまり、『タレス公国』の核弾頭全てを手中に収めている事も同然だった。

 その力を行使したらどうなるか。そう考えただけでも『キル・ボマー』は自分の体がぞくぞくしてくる思いだった。

 もし、このチップ誰かの手に渡り、そしてその人物が望むならば、いつでも数千発の核弾頭を世界中に投下できるだろう。

 だが、あの方はそのような事を望まない。無用な殺戮をする事は望まない。

 だから『キル・ボマー』も、今、目前にある事だけに集中する事にした。

 自分はあの方の手となり、鉄槌を振り下ろすだけだ。この地に、文字通り巨大な鉄槌を振り下ろし、歴史にも残るほどの痕跡を残すのだ。

 やがてリフトは、最深部まで達し、『キル・ボマー』とジョンソンは地下格納庫へと降り立った。

 その場所の空気はとてもカビ臭く、そして肌寒かった。長年誰も来ていないのだろうか。床にも埃がつもっていた。

「急げ、もう予定の時間まで20分もないぞ」

 『キル・ボマー』は足早にリフトから降り立つと、さっさと地下格納庫を進んでいった。

 格納庫には目当てのもの以外にも数多くの兵器が格納されていた。そのほとんどが旧式のもので、使われずに保管されるだけの存在になったものばかりだ。

 『キル・ボマー』が今、目指している鉄槌も、結局のところは静戦中は使われる見込みも無いまま、保管されるだけのものとなったものだ。

 もし、『タレス公国軍』将軍であるマティソンを、こちら側に入れる事ができなかったならば、あの方は、自分に通常配備されている核弾頭を盗ませていただろう。

 だが、マティソンを懐柔する事ができたから、より効果的な鉄槌を振り下ろす事ができる。

 人類がいまだかつてダメージを受けた事が無い兵器で、こともあろうか空軍基地を攻撃する事ができるのだ。

 それだけでは収まらない。『キル・ボマー』が振り下ろした鉄槌は、やがて巨大な余波となり、世界中へとその巨大な波を広げていくのだ。

「あったぞ、これだ」

 ジョンソンは、ポータブル情報端末から画像を表示させたまま、あるシャッターの前でそう言った。

 地下格納庫に備え付けられたシャッターは分厚く立ち塞がり、分厚い壁であるかのようだった。横には操作パネルがあり、暗証コードを入力しない限りは開かなくなっている。

 だが暗証コードは、ジョンソンがポータブル情報端末に入れている『エンサイクロペディア』からの情報により、すでに解読済みだった。

 ジョンソンはその暗証番号を素早く入力する。すると、シャッターは重々しい音を立てて開いた。

 カビ臭い匂いが漏れ、シャッターの向こう側にある空間から、空気が溢れてくる。

 薄暗くて良く分からなかったが、そのシャッターには人一人が丸ごと収まるくらいの大きさで、“危険 放射性物質”と書かれていた。

 これは人々に危険を知らせるサインとしての表示だ。だが今はその文字を見て、『キル・ボマー』は思わず不敵な笑みをせざるを得なかった。

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 兵器開発部門 ヘリポート

 

 自分の職場を後にしたファラデー将軍は3名の部下に周囲を警戒させながら、ヘリポートにまでやってきた。そこにはすでに1機のヘリを来させてある。

 『タレス公国軍』のヘリコプター。これさえあれば、国外へ逃亡する事さえできるはずだ。

 軍がテロリストとして手配している組織に手を貸し、こともあろうか自分の基地に攻撃を仕掛けたのだ。国外逃亡。いや、『WNUA』から脱出しなければ、軍はいずれ自分に辿り着くだろう。

 だが、手筈は既に整えてあった。ファラデー将軍は堂々と、目前にあるヘリへと歩を進めていく。

 しかしその時、ファラデー将軍のヘリに誰かがいる事に気が付いた。

 その者は、彼がよく知る人物だった。どうやらヘリのパイロットはヘリの内部で拘束されているらしい。

 ファラデー将軍の部下達が、警戒して銃をヘリの方へと向けたが、将軍は構わずヘリへと足を進めた。

「ゴードン将軍か」

 彼は第一声をそのように言った。ヘリの目の前、ヘリコプターの前に、まるで立ち塞がるように立っているのはゴードン将軍だった。

 堂々たる姿勢でそこに立つ大柄な彼は、まるで立ち塞がる壁であるかのようだ。そして、ヘリのパイロットを拘束しているのは、どうやらゴードン将軍の部下らしい。

 

「ファラデー将軍。あなたが、この基地から脱出しようとするのならば、このヘリポートからに違いないと思っていた」

 ゴードン将軍が、ファラデー将軍に詰め寄りながら言った。しかし彼は少しも動じる事がない。代わりに、彼が伴っていた部下2人がゴードン将軍へと詰め寄る。

 ゴードン将軍側は、デールズか彼らへと詰め寄った。

 お互い武装した者同士が距離を縮め、緊張感が高まった。

「君達もか。君達も、こんな愚行に手を貸しているのか?事もあろうか、国を守る軍を率いる指揮官ともあろう者が、自国に対して攻撃をするなどと!」

 ゴードン将軍は自分の前に立ちはだかった兵士達を見つめ、そのように言い放った。しかし、目の前に立つ兵士達の表情は兵士そのものだった。少しは自分達のしている事に対し、戸惑いを感じ、動揺さえしていると思ったものだが、この兵士達はまったく持って動じていないらしかった。

 このような愚行に、自分達が手を貸している事に、動揺の一つも感じないのか。

本当にファラデー将軍が、自分の基地を攻撃したのだろうか。ゴードン将軍は実際の所、戸惑いを隠せなかった。もしかしたら自分は何かの間違いを犯しているのではないだろうか。

 彼はたった今、起こっている出来事から避難するために、このヘリポートにやって来ただけなのではないのか。

 だが、そうではなかった。次の瞬間、ファラデー将軍は明らかにその表情を変えた。まるで、今まで軍人という仮面をかぶっており、それを脱ぎ去ったかのようである。

 彼は口を開いた。

「ゴードン将軍。あなたは何も見えていないからそのように言えるのだ。あなたは、この国の対テロ政策に何を見た?私からの答えはこうだ。何一つ見なかった。それだけだ。

 この国や『WNUA』などと名乗る者達は、敵を意図的に作り出し、それを攻撃する事で国の面目を保っているにすぎん。しかし、私がこれからしようとしている事は違うのだ。

 それは浄化だ。この世界全てを浄化するに足る行為なのだ」

 ファラデー将軍は、まるで演説でも振りかざすようにそのように言ってくる。

 決定的だった。ゴードン将軍にとって、ファラデー将軍は特別親しい訳では無かった。ただ、同じ軍基地の同じ将軍として、彼がテロリスト達に手を貸しているなど、とても信じたくは無かった。

 ゴードン将軍にとっては、ずっと信頼し続けてきた、軍の高官達の一人なのだ。

 ゴードン将軍は、失望の眼差しをファラデー将軍に向けた。

「ファラデー将軍。あなたは、そこまで洗脳されてしまっていたとは、思いもよらなかった。同じ基地を率いる同志であったというのに、実に残念だ。私には、あなたを止め、今この基地で起こっているテロ攻撃を食い止めると言う選択肢しか無い」

 すると、ファラデー将軍は、

「食い止めてどうなる?自国の軍から、裏切り者が出たと、大統領は混乱するだろう。そして、自分の国の軍の基地が攻撃された事で、大統領はこれをテロ攻撃だとみなすだろう。

 もう遅いのだよ、ゴードン将軍。運命の車輪は回り始めている。後は、鉄槌が振り下ろされるのを待つだけだ」

「何だ?それは、鉄槌?」

 と、ゴードン将軍は言いかけたが、

「もう良い。ゴードン将軍。あなたは今の私にとっては敵だ。排除すべき敵でしか無い!」

 そう言い放ち、ファラデー将軍は、ゴードン将軍に向かって攻撃命令を振りかざした。

「マクルエム!ファラデー将軍を捕えろ!」

 ゴードン将軍がデールズに命令した。ファラデー将軍の兵士達もマシンガンの銃口を向けてくる。

 数発の銃声が響いた。すかさずゴードン将軍は身を伏せた。背後のヘリのフロントガラスが割れ、ボディにも銃痕が打ちつけられるように出来た。

 だが、デールズは素早く、ファラデー将軍の部下達を倒した。たった一人で、3人の部下達を蹴り上げ、更に手にしたテイザー銃でマシンガンを発砲した兵士を打ち倒した。

 さすがは『能力者』という事か。ゴードンはデールズの戦闘を見たのは初めてでは無かったが、やはり頼りになる。

 デールズはテイザー銃をファラデー将軍の方へと向けた。

「もう逃げ場はないぞ。ファラデー将軍!」

 ゴードンは立ち上がり、ファラデー将軍へと距離を詰めた。

「さあ、それはどうですかな?」

「ゴードン将軍!危ない!」

 こちらを振り向いてきたデールズが言い放った。ゴードン将軍は背後からやって来た銃弾に気づかず、右肩を撃ち抜かれた。

「もう一人いたか!」

 ヘリの陰から、ライフルを構えた兵士が迫って来ていた。デールズのテイザー銃の射程距離外だ。

「では、行かせてもらいますかな?ゴードン将軍。私の関与は、どうせこの基地ごと跡形も無く消え去る。政府は戸惑い、もはや一つの選択肢しか見いだせなくなるでしょう…」

 ファラデー将軍が捨て台詞を残し、ヘリへと向かってくる。

「何だと、何を言っている!」

 右肩を撃たれた事で苦悶の表情を浮かべ、ゴードンは言う。

「まあ、あなたには理解される事はないでしょう」

 デールズがゴードンの前に立ち塞がったが、

「お前にも銃口は向けられている。その武器で、狙撃手を倒せるか?できんだろう?いくらお前が『能力者』とか言う奴でもだ」

 その言葉のとおりだろう。幾らデールズの『能力』があっても、今の状況は打破できない。

「ヘリに乗せてもらえば何もしない」

 と、マティソンが言った時だった。突然、ライフルを構えた彼の兵士が、前に向かって押し倒された。その直前ゴードンはどこからか発砲音が聞こえて来ていたのを耳にした。

「何だと」

 マティソンが状況をつかめないままでいると、彼の足元の、ヘリポートのコンクリートに銃痕が幾つも出来上がる。

 突然の攻撃に、マティソンは戸惑う。

 ゴードンが顔を上げた。すると、兵器開発部門のヘリポートの向こう側から、ジープが一台迫って来ていた。砂埃を巻き上げ、猛スピードで接近するそのジープからは大型のライフルの銃口がこちらに向けられていた。

 あれはリー達だ。ゴードンは理解した。『キル・ボマー』を追っていたはずのリー達だったが、結局はマティソンの目的も同じだったと言う事か。辿り着く場所は同じだった。

 リー達を乗せたジープは猛スピードでこちらに接近し、ライフルを向けられて身動きを取る事が出来ないでいる、マティソンの目前に停車した。

 マティソンは苦悶の表情で、ジープから降り立つリー達を見つめている。リーはリボルバーをマティソンへと向けていた。

 ライフルを構えているのは、あの、フェイリンとか言う若い女だ。彼女はライフルの扱いを心得ているのか。そう言えば彼女の経歴を見た時、コンピュータ技師になる前には、軍の士官学校に所属していたとの報告があった。

 その後、軍のコンピュータ技師の任に一時期はついていたが、すぐにやめてしまったそうだ。

「もう。大人しく降参した方が身の為だ。あなた達が、この基地で何をしようとしているのかはまだ分からないが、おそらくロクな事じゃあないだろう。あなた達の計画を止めさせ、黒幕の名前も吐いてもらおう」

 リーはそのように言い、マティソンへ一歩踏み出した。彼にとっては元高官になるマティソンだったが、全く動じていないようだ。

 マティソンはリーに銃を向けられても、不敵な笑みをするだけだった。

「ははっ。ここで私を拘束しようとも無駄だぞ。お前達がしようとしている事は、全くの無駄に終わる!全ては、あの方の手中に収まるし、その時気づいた時にはもう遅い!」

 と、マティソンは再び、演説でもするかのような態度でそのように言い放つのだった。

「ほう?」

 リーはそんなマティソンに対してそのように言うと、素早く彼の胸ポケットから携帯電話を取り出した。

 そして、電源が入れっぱなしになっているその携帯電話の画面を広げ、慣れた手つきで通話記録をチェックする。

「KILLとは、『キル・ボマー』の事か?随分、密に連絡を取り合っているようだな?そして、SURとは誰の事だ?将軍であるあなたが、“サー”と呼ぶからには、当然、あなた達の言う、“あの方”という奴なのだろうな?」

 マティソンは目の前で展開される、自分の携帯電話の情報を見せつけられても、その不敵な表情を絶やさなかった。

 リーは、マティソン宛てのメールもチェックした。

「“決行は、1030”だと。あと10分ほどしかないぞ。このメールアドレスからして、送り主は、『ジュール連邦』の者だ。『ジュール連邦』にあんたは動かされているのか?」

 だが、マティソンは不敵な笑みを絶やさないままだ。

「『キル・ボマー』に10時30分に何をさせようとしている!」

 リーは銃口をマティソンへと向けた。彼の視線はもはや、上官に対する尊敬の念も何も無い、冷酷なものだった。マティソンが口を割らないのならば、リーは引き金を引くのにためらいさえもしないだろう。

 その間に、ゴードンが割入った。

「無駄だ。仮にも、ファラデー将軍は筋金入りの軍人なのだ。口を割るとは思えん。それよりも、『キル・ボマー』を止めねばならんぞ、リー。目下の危機が迫っている」

 ゴードンのその言葉に、リーは銃を下ろした。

「ええ、そうですね。だが、彼は『ジュール連邦』側から直接指示を受けている。この攻撃の背景には、『ジュール連邦』の『チェルノ財団』が関わっていると考えて間違いないでしょう」

「『チェルノ財団』か。『ジュール連邦』側は、捜査を好まないぞ」

 と、ゴードンは言うが、リーはすでに決意を決めているようだった。

「『ジュール連邦』に直接行きます。ここじゃあ、もう捜査をするのは無理でしょう」

 そのようにリーは周囲を指し示した。ゴードンは肩にやって来た痛みに顔をしかめた。銃弾は貫通しているが、出血が激しい。すぐに止血する必要があるようだ。

「ああ、そのようだな…。私は残って、『キル・ボマー』を止めて見よう。もし大規模な攻撃が起こるのならばリー。お前は危険だ。すぐにそのヘリで飛び立て」

「ゴードン将軍!その怪我では無理です。私もここに残らせて下さい!」

 ゴードンの背後から言ってくるのはデールズだった。

「デールズ。将軍をサポートしろよ。攻撃を何としても食い止めろ」

 リーは静かにそう言う。その言葉はデールズの気を引き締めたらしく、彼はすぐに返事をしてきた。

「分かりました」

「リー。思っていたよりもこの陰謀は大きい。『チェルノ財団』が関わっており、今にも世界戦争に発展しそうだ。くれぐれも気をつけろよ。戦争になる前までには食い止めたい」

 ゴードンが、マティソンが乗ろうとしていたヘリに乗り込もうとするリー達にそう言った。

「あと、セリアと、フェイリンだったか?リーをサポートしてやってくれ」

 リーが操縦席に乗り、セリアが拘束されている元のパイロットを引きずり下ろした。その後で、セリアとフェイリンがヘリに乗り込む。

「ええ、分かってますよ。ゴードン将軍もお体に気をつけてください」

 セリアのその言葉の直後、リーがヘリのエンジンを動かし、プロペラが勢い良く回転し出した。ゴードンはマティソンを拘束し、ヘリから距離を取った。

 ゴードン、デールズ、そしてマティソンの見ている前で、リー達を乗せたヘリは空軍基地から飛び立っていく。

 最悪の事態は避けたい。しかしながら、もしもこの基地で大規模な攻撃が起こるならば、その時の全滅は避けたい。

 リー達を脱出させておく事により、対外諜報本部の生き残りを作り出す事ができる。

 リー達は、この危機を回避するための、一つの希望なのだ。

説明
キル・ボマーと軍内部の裏切り者によって、攻撃を受ける事になってしまった、《プロタゴラス空軍基地》。リー達は必死の攻防戦を見せるのですが―。
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