レッド・メモリアル Ep#.11「臨界Part1」-2
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 その頃、兵器開発部門の地下にて、『キル・ボマー』はこれから自分達が起こそうとしている出来事に、思わず震えを隠すことができないでいた。

 手が震え、冷や汗をかいている。明らかに動揺している自分を感じている。

「予定より少し遅れているが、起爆する事はできそうだ」

 『キル・ボマー』は、ジョンソンのその言葉を聞いていたが、

「ああ」

 と、適当にあしらう事しかできなかった。

 『キル・ボマー』は、動揺する自分に心配さえ感じていた。もしや、このままでは自分は鉄槌を振り下ろす事が出来ないのではないかとさえ思った。

 こんな事は、今までに無かった。今までに自分が起こしてきた、さまざまな破壊活動においても、動揺さえ起こす事はなかった。

 自分が起こす破壊活動、仕掛けた爆弾により、大勢の命を奪う事に対して、何もためらいさえ抱かなかった。しかしながら、今は違う。

 胸を締め付けられるかのような感覚に襲われる。これは今までに感じた事がないようなものだった。

 自分の背後では、素早い手つきで、ジョンソンが起爆装置の作動を続けている。彼はこの動揺を何も感じていないのだろうか。

 鉄槌を振り下ろすのは『キル・ボマー』だったが、その鉄槌を動かすのは、ジョンソンだ。

「ジョンソン。順調か?」

 『キル・ボマー』はそのようにジョンソンに尋ねる。幸いな事に、声の方は震えていない。

「ああ、順調だ。あと、2、3分で終わる」

 ジョンソンはそのように答えてきた。

 2、3分。それは非常に曖昧な言葉かもしれないが、今の『キル・ボマー』達にとっては非常に重要な意味を持っていた。

 2、3分で全てが決まる。それは今までの『キル・ボマー』が起こしていた爆発の中でも事実上、最大の規模を持っているものであり、世界的にも最も大きな影響力を持つものだった。

 その時、『キル・ボマー』の携帯電話が鳴った。

 何しろ、緊張の真っただ中にいる中で、突然鳴り出した携帯電話の音なのだ。『キル・ボマー』はその突然の音に、とにかく驚かされた。

 それに、携帯電話による連絡はもう誰とも取らない予定でいたのだ。

 『キル・ボマー』は携帯電話を懐から手に取った。呼び出してきたのは、“SUR”つまり“あの方”だ。

 “あの方”とは、もう連絡を取らない予定でいたはず。しかし、そこに連絡を入れてきた。

 もしや、何かあったのではないだろうか。その非常事態の連絡ではないのか。

 “あの方”からの連絡だ。出ざるを得ない。

「はい」

 『キル・ボマー』は電話に出た。

(『キル・ボマー』よ。どうした?予定よりも時刻が遅れているぞ)

 電話先に出てきたのは、“あの方”だった。前よりも声が大分しわがれている。

 しかしそうであっても、“あの方”の持つ声の独特の存在感は失われていない。

「はい。実は予定より若干遅れていますが、全て順調に事が運んでおります」

 『キル・ボマー』は電話先に向かってそのように言った。これから起こそうとしている出来事、そして、“あの方”の威圧感に対する畏怖によって声が震え出した。

(よもや、恐れを抱いているのではあるまいな?)

 案の定、“あの方”はそう言って来た。

 それは事実だった。唐突にやって来た“あの方”の電話を前にして、声が震えてしまっているのだ。

「いえ、そのような事は全くありません」

 軍の将校を前にしても、全く動じる事も無く、逆に相手を見下してさえいた『キル・ボマー』だと言うのに、“あの方”を前にするとどうしても駄目だった。

 緊張感に襲われ、まるで神でも前にしているかのような感覚に襲われてしまう。

(隠す事は無いぞ、『キル・ボマー』。お前は恐れを抱いている。これからお前が起こそうとしている出来ごとに対して、恐怖を感じている)

 『キル・ボマー』の心の中を見透かしているかのような、“あの方”の声。

「恐怖を感じていないといったら、それは嘘になるでしょう。ですが、あと2分もありません。私は、必ずやって見せます」

(ああ、分かっている。お前は、必ずやって見せるだろう。この私の行為に答えてくれるであろう)

 その“あの方”の言葉に、『キル・ボマー』は少し励まされた。緊張も、それがそのまま自信に変わっていくかのようだ。

 “あの方”の言葉の一つ一つは、『キル・ボマー』にとって、大きな力となる。他の誰にもする事はできない。あの方だからこそ、力になるのだ。

 『キル・ボマー』は電話を握る手が、心なしか和らいでいくのを感じた。不思議な恍惚だ。

「必ずや、ご期待に添えて見せます」

 彼はそのように言った。その声も、どことなくリラックスしていた。

 そんな『キル・ボマー』の声に安心したのか、電話先の男は言って来た。

(任せたぞ。お前の行いは、必ずや力となり、この私の計画を完成させる)

 男は、それだけ言うと電話を切った。

 『キル・ボマー』はそれを噛みしめる。必ず力になる。その言葉が彼を奮い立たせた。だが、緊張はしていない。リラックスしていた。

 そんな彼に、背後からジョンソンが言って来た。

「完成した。あとは地上に運んで起爆するだけだ」

 その言葉は、『キル・ボマー』達が、もう後戻りできない事を意味していた。だが彼は落ち着いている。それは不思議なくらいなものだった。

「ああ、やる」

 彼はそれだけ言った。

 “鉄槌”は、荷台の上に乗せられていた。爆弾としては『キル・ボマー』が今まで扱っていたものの中で最大級。威力も桁外れだ。

 彼はその“鉄槌”の姿を心の中に刻み込む。そして、自分に再び言い聞かせた。

 自分は歴史の一部となるのだ。

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 リー、セリア、そしてフェイリンがヘリで飛び去ってしまった後、デールズは負傷したゴードン将軍、そして拘束しているファラデー将軍を引き連れ、兵器開発部門の建物に足を踏み入れた。

「マティソン。『キル・ボマー』の奴はどこにいるのだ?」

 ゴードン将軍が言った。応急処置はしていたが、出血が酷い。顔面蒼白だった。

「さあな、もう遅い」

 先ほどから、ファラデー将軍はその言葉を連呼するだけだった。

 デールズはそんな彼の体を、建物の壁面に押し付け言い放つ。更にテイザー銃の電極を彼の首に押し当てた。

「手荒な行為だってできるんですよ!あなたは国家反逆者だ!」

「止めろ、マクルエム。そいつは吐かん」

 ゴードンはデールズを制止した。

「ふふ。全く愉快ですよ。私も犠牲になるとは、予想外でしたがね」

 マティソンは微笑さえしていた。何が可笑しいのか、その顔には笑いさえ浮かんでいる。

 ゴードンはこのマティソンが軍の将校らしく、頭も固い厳格な人間だと思っていた。だがそれは仮面に過ぎず、その本性を暴いてみれば、自分のしようとしているテロ攻撃に笑いさえ浮かべている。

 不気味な奴だ。こんな人間が、軍の将校をしていたなんて。

「ファラデー将軍。あなたは、この基地に攻撃を仕掛けた。そして、決定的な何かをしようとしている。あなた自身も犠牲になると言うのなら、最期に何か一つ、良い事をしたらどうだ?」

 ゴードンは肩の傷に顔をしかめながらそう言った。

 すると、マティソンは言って来た。

「今、何時です?」

「は?」

 思わずデールズはそう言葉を発してしまった。

「今、何時何分です?」

「攻撃の時刻の事か!?いつだ?」

 ゴードンが語気を強めた。

「午前10時30分」

 ファラデーはただ時刻をそう伝えた。

「もう、10時32分ですよ、よもや、すでに攻撃が完了したのでは?」

 と、デールズ。

「まさか?こうして我々がぴんぴんしているんだ。どうやら多少の遅れがあるらしい。まあ、2、3分くらいは仕方が無いか…」

 ファラデー将軍はそう言って来た。その言葉づかいには余裕さえ感じられる。

「あなたは、自分さえも犠牲になると言っていた。どんな攻撃だ?大規模な攻撃なのだろう?」

 ゴードンがそう言いながら詰め寄った。

「我々は、それを“鉄槌”と呼んでいます」

 ファラデーはいとも簡単に言ってのけた。まるでもはや全てが手遅れであるかのように。

「“鉄槌”?隠語だな?大分、以前に使われていた。核攻撃をする行為の事か?この基地の核兵器の所在地は」

 ゴードンが恐ろしい攻撃に対しても、冷静に言ったが、

「兵器格納庫ですが、通常核兵器はこの基地には無いはずですよ!」

 とデールズ。それは確かな事だった。『タレス公国』は軍の基地は、あくまで司令部としており、大型兵器は空母や戦闘機に搭載する形になっている。核兵器などは空母と一部の戦闘機にしか搭載していなかった。

「何をしでかす気だ?」

 ゴードンが言い放つ。

「核兵器で攻撃をする場合、別の地点からミサイル攻撃をすれば、途中で撃墜される可能性がある。更に核兵器を奪うという別の計画も練らなければなりませんしな。だったら、すでにあるものを、ある場所で爆発させればいい。簡単な事です」

 マティソンは演説でもするかのようにそう言ってのけた。

「中性子爆弾か?『エンサイクロペディア』にあった。あれを使うために、チップを集めさせたのか?」

 ゴードンは更に詰め寄った。

「まあ、種明かしをすればその通り。だが、もう遅い。『キル・ボマー』の奴は誰にも止められんし、攻撃は今にも行われるのだ」

「デールズ。兵器格納庫に向かうぞ。もう一刻の猶予も無い!」

 ゴードンは肩からやってくる痛みに顔をしかめつつも、そのように言った。

 

 『キル・ボマー』、そして“鉄槌”を起動させるために必要な人材であったジョンソン。さらに“鉄槌”それ自体が、大型エレベーターに載せられ、地上へと向かっていた。

 斜め45度ほどの角度で地上へと伸びている大型エレベーターは、重々しい音を立てていた。

 起爆するのは地上。地下では対核兵器シェルターのためにつくられた構造の為、地上に大した被害を出す事が出来ない。地上に出せば、攻撃を行う事ができる。

 “あの方”は言っていた。核攻撃は、地上で行うよりも、空で爆発させる方が効果的であると。その方がより広範囲に甚大な被害を出せるからだ。時間と余裕さえあれば、『キル・ボマー』達もその方法で“鉄槌”を振り下ろしていただろう。

 だが、今回は駄目だ。より甚大な被害を出す事よりもむしろ、“鉄槌”を振り下ろしたのだと言う結果の方が必要だ。

 『キル・ボマー』の背後で、ジョンソンが最後のセッティングに取りかかっていた。

「本来、中性子爆弾と言うものは、建物など、物理的被害を最小限に抑え、人体だけを攻撃できるものだ。より精錬されたものならばな。この“鉄槌”は古いものだから、そう上手い具合にはいかない。半径3kmぐらいは木っ端微塵になる」

 ジョンソンは、そう言いながら、起爆装置を“鉄槌”上部のソケットに入れた。その起爆装置には、幾つかのランプが取りつけられ、更に、いくつかのスイッチがあった。だが、その中でもひときわ大きくあるスイッチ。それが、“鉄槌”を起爆させるためのメインスイッチになる。

「合図をしろ。いつでもやれる」

 ジョンソンはそう言い、スイッチに手をかけた。

 それを見て、『キル・ボマー』は彼に詰め寄った。

「おい、それをするのはオレの仕事だ。これだけは譲れん」

 と言った。その言葉には怒りさえ含んでいた。“あの方”から頂いた仕事を譲るものか。

 “鉄槌”を振り下ろすのは、この自分自身なのだ。誰にも譲らない。

 時限装置も無く、自分達が脱出する間もない。スイッチを入れれば、“鉄槌”が振り下ろされる。それが何を意味しているのかは、この作戦に着く前から『キル・ボマー』達は知っていた。

 だから、軍の基地に乗り込むなどと言う大胆な作戦ができたのだ。

 これは史上最大最悪の自爆テロになるだろう。だが、『キル・ボマー』は自分がその悪名高い存在になる事が何よりも嬉しかった。恐れなど何もない。自分は歴史に名を残せるのだ。

 地上が見えてきた。地上に着いた直後、“鉄槌”は振り下ろされる。

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10:35 A.M.

 

『キル・ボマー』の奴は何を手間取っている?

作戦実行時刻よりも5分遅れている。5分程度の遅れ、列車や航空機なら仕方ないのだろうが、この作戦は何にも代えられない、崇高なものなのだ。5分の遅れにさえデリケートになるし、作戦が失敗になりかねない。

 ファラデー将軍は、デールズとかいう軍の捜査官に連れられながら思っていた。

 ゴードン達に作戦を知られ、しかも自分が脱出不可能になるのは想定外だった。できれば、もっと生きて、“あの方”に仕え、右腕くらいの存在にはなりたかったのだが、それも叶わない。

 だが、この崇高なる一撃を間近で見られるのは、命に代えてでもしてみたい。歴史を変えるほどの一撃が振り下ろされようとしている。

「おい!ここか!ここなのか!」

 肩を撃たれたままのゴードンが言って来た。彼らは、大きな格納庫にいた。その中はがらんとしていて、戦闘機を何台も格納しておけそうな規模があったが、今は何も置かれていない。しかし、地下には様々な兵器が格納されている。

 その地下に向かうエレベーターは格納庫の奥の方にあるはずだった。

「どうなんだ?ここにあるのか?お前達のいう“鉄槌”は?」

 ゴードンが顔面を蒼白にして迫って来た。相当に出血しているくせに相変わらず威勢がいい。

 では、言ってやろう。

「ゴードン将軍。あなたは歴史の目撃者となる。後の歴史は知る事にはならないだろうが、この場にいる事は幸運です。歴史を変える一撃を見れるのですから」

「いいから言え!」

 ゴードンがそう言ってきた。彼は自分の体を押し倒してくる。

「ゴードン将軍!こちらに地下に通じるエレベーターが!」

 デールズという捜査官の声が格納庫の中に響き渡った。

 まずい。止められてしまうかもしれない。

 デールズは、格納庫奥のエレベーターの位置にまで近づいた。エレベーターは、地下にいるはず。そこは大きな穴になっている。

「下から登ってきます。男が二人!あれは!一緒に爆弾もある!」

 デールズはそう叫んだ。

 マティソンは焦った。もしや、あのデールズという奴に止められやしないか。そう思った彼は、のしかかっているゴードンの体を押しのけようとした。

 だが、ゴードンは思っていたよりも力を持っていた。例え肩を撃ち抜かれていようと、マティソンの体を押し付けてきていた。

 

 大型エレベーターで“鉄槌”を地上へと運搬しようとしている、『キル・ボマー』達の目の前に、突然、一人の男が降り立った。

 地上まではあとわずか、10メートルほどの高さだったが、その男は、エレベーターの上へと降り立ってきた。

 スーツ姿の褐色肌の背の高い男だ。多分、軍の捜査官だろう。

「ち!バレた」

 『キル・ボマー』は思わず舌打ちした。あと少しで地上に辿り着くと言うのに。こんな場所で止められてたまるか。

 ジョンソンが銃を抜き放ち、それを男の方へ向けて発射しようとしたが、それよりも前に ジョンソンの体が倒れた。男が持っているテイザー銃をまとみに食らったからだ。激しくその体が脈打つ。

 このままではまずい。エレベーターはあと少しで地上へと到着する。

 だったら、やる事は決まっている。今、この場で“鉄槌”を起動させるのだ。

 『キル・ボマー』は“鉄槌”の、ジョンソンがセットした起爆装置の、最も大きなスイッチに手をかけた。

 これを倒すだけだ。それだけで、“鉄槌”はこの地に振り下ろされる。

 ジョンソンの体を押しやり、軍の捜査官の男が“鉄槌”に近づいてくる。

「おい、やめろ!」

 お前の言える言葉はそれだけか?それが、最後の言葉か?『キル・ボマー』は、ほくそ笑んだ。所詮、軍人などその程度だろう。この自分とは違う。何もかもが違う。お前は巨大な歴史の中の塵の一粒に過ぎない。

「やれェッ!やってしまえッ!」

 感電しているジョンソンの声が、絶叫のように響き渡った。

 わたしはあなたに仕えて光栄でした。歴史の一部になる事ができる事を誇りに思います。あなたの為に今、この地に巨大なる一撃を振り下ろします。

「やめろォッ!」

 エレベーターに降りてきた軍の男の声が響き渡った。

 だが直後、『キル・ボマー』は、“鉄槌”のスイッチを入れた。

 ジョンソンの起爆装置は完璧だった。『キル・ボマー』達は“それ”を認識できなかったが、確かに“鉄槌”は振り下ろされた。

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 巨大なまばゆい閃光が、《プロタゴラス空軍基地》の北の一角から一気に放たれた。その光は、兵器開発部門の格納庫、建物を打ち払い、地上を徘徊していたロボット兵達をも粉々に粉砕した。

 “鉄槌”が振り下ろされた地点から半径3km以内にいた者達にとっては、何が起こったのかすら、認識される事は無かった。

 まばゆいばかりの光が、瞬いた程度にしか感じられなかったであろう。しかしその場にいた誰しもの肉体は、一瞬の内に蒸発し、消失した。彼らが光を認識したという記憶さえも、瞬時に消失し、圧倒的なまでのエネルギーが、空軍基地にいたもの、あったものを全て消失させてしまった。

 光は荒野中に膨れ上がり、その光が消えていくと、猛烈な砂埃が巻き起こった。

 

 そのおよそ20km離れた場所をヘリによって移動中の、リー達の元には、強風にも似た爆風が届いていた。

 彼らは離れた場所にいた為、その被害をほぼ受けなかった。

 だが、ヘリの後部座席に、フェイリンと共に座っていたセリアは、はっとして窓の外を見つめた。

 ヘリは荒野の真っただ中を航行中だったが、その荒野のずっと遠くの方に、セリアは眩しい光を見た。日の光に比べればかなり小さな光のように見えたが、確かにその光は輝き、光線を放っていた。

「あれは、何?」

 思わずセリアは呟いた。

 光は一瞬瞬いただけで、すぐに消えた。その後、光の方向に何やら砂煙のようなものが舞い上がる。かなり離れた距離からでもはっきりと見る事ができる砂煙は、実際にその場にいたとしたら、相当の規模の砂煙だろう。

 それが何を意味しているのか、セリアはすぐに理解できた。

「デールズ達が、失敗した。そう考えていいだろう。『キル・ボマー』達の目的はこれだったのだ」

 操縦席でリーが言った。彼の言葉には全くと言って良いほど感情が籠っておらず、冷静に言っていた。

「これから、どうしたら」

 セリアは衝撃を隠せないでいた。起きたのは恐らく核爆発。軍の基地で起きた核爆発なのだ。

 それが、緊迫している国内、そして海外の状況と照らし合わせて考えれば、更に巨大な脅威が起こる事は間違いなかった。“鉄槌”はただ振り下ろされただけではない。それ以上の確かな意味を持っているのだ。

 セリアは、ヘリの窓から荒野の大地を見つめ、これからどうしたら良いのだろうと頭を巡らせた。しかしながら、その答えはとても見つかりそうにはなかった。

 

 “鉄槌”こと中性子爆弾は、実際の所、爆発力が大型の核兵器に比べれば小さく、小型核爆弾程度の威力しかもたない。その上、建物などの被害を少なめにし、逆に人体への被害を増大させている。

 そのせいもあって、《プロタゴラス空軍基地》で炸裂した爆弾は、半径1kmほどの規模の爆心地を持っただけであった。兵器開発部門近辺の建物は消失したが、爆心地から離れた場所の建物は残ったままであった。

 しかしながら、これは巨大な“鉄槌”だった。『タレス公国』の空軍基地が、『ジュール連邦』側のテロリスト達によって、攻撃を受けた。それも、今まで人類に対して振り下ろされなかった兵器を使って。

 この巨大なインパクトは、世界中を震撼させるに十分なものであった。

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タレス公国 国会議事堂

11:02 A.M.

 

 その衝撃は瞬く間に世界中を駆け巡った。

 『タレス公国』の空軍基地が、『ジュール連邦』側のテロリストによって、中性子爆弾による核攻撃を受けた。

 真っ先にその情報は、『タレス公国』の危機管理部門に伝えられ、彼らは情報が断絶していた空軍基地の情報の収集に当たった。更に、度重なる連続テロ攻撃に対する、新たな脅威に対しても緊急対策が整えられた。

 緊迫する国内の政治と軍事。その最も中心地にいるカリスト大統領は、自身でも感じている動揺を隠す事が出来ない。

 まさか、このような出来事が本当に起こってしまうなど、信じたくも無かった。

 だが、それは実際に起こってしまった。これは巨大な鉄槌だった。この国に振り下ろされた、神の仕業とも見紛うくらいの巨大な攻撃だった。

「大統領。現在死傷者数の数は判明しておりません。しかし、衛星が捉えたのは間違いなく核攻撃です。中性子爆弾であるというのも、高度の中性子線が観測された事からも明らかです」

 カリスト大統領の補佐官がそのように言って来た。中性子爆弾というものは、大統領にとっても脅威に感じられた。核実験を除けば、いまだかつて、人類に対して行使された事の無い兵器ではないか。

 それを、テロ攻撃によって使用された。それも『ジュール連邦』の連中に。

 思わず、カリスト大統領は執務室の席から立ち上がった。その勢いで、椅子を後ろへと跳ね飛ばしそうなくらいだった。

「各国の首脳は集まっているのか?」

「はい。大統領をお待ちです」

 と、補佐官は言った。

 

 『WNUA』七カ国の内、六カ国の首相、大統領は光学モニターの向こうに姿を見せていた。その他、各国の軍事関係の代表者も集まっている。七カ国目の『タレス公国』の大統領である、カリスト大統領がその前に姿を現すなり、皆が彼の方を向き直った。

「カリスト大統領。この度は貴国で起こりました出来事を、非常に遺憾に思います」

 早速そのように言葉を投げかけて来たのは、『パイドロス国』の首相だった。

 カリスト大統領は、その言葉には何も答える事はせず、静かに席に座り、口を開いた。

「『WNUA』各国の諸君。つい30分程前に我が国に行使された攻撃は、中性子爆弾による核攻撃と判明しました。これは『ジュール連邦』側のテロリストによるテロ攻撃であると判断しております」

 まるで感情の籠められていないようなカリスト大統領の声に、彼の言う攻撃が本当に起きたのだと言う事を、各国の代表者達は悟ったようだった。

「大統領、そういう事でしたら」

 強硬派である『プリンキア共和国』のセザール首相が、早速とばかりに言いだそうとしたが、カリスト大統領は彼の発言を遮った。

「セザール首相。あなたのおっしゃりたい事は分かっております。私も、いえ、我が国も、今回起きたこの攻撃で、はっきりと自覚しました。

 これはテロ攻撃ではありません。『ジュール連邦』による、我々の国々に対しての戦争行為です。我が国は、今ここに宣言します」

 と、カリスト大統領は一旦間を置いた。

 皆がじっと彼の決断を待つ。緊張が流れ、カリスト大統領は自分自身でもその発言の重みを痛感していた。それは核爆発が国内で起こったという事よりも、さらに巨大な鉄槌を、今度は世界に振り下ろす事に他ならない。

 だが、選択肢は無かった。この国が軍隊というものを持っている以上、しかもその軍隊に対して攻撃が行われた以上、宣言するしかない。

 決断の元にカリスト大統領は、新たな鉄槌を振り下ろした。

 彼はその場から立ち上がり、堂々とした口調で宣言する。

「我が国は、ここに、『ジュール連邦』に対して宣戦布告をします!」

 静寂を切り裂き、その言葉は響き渡った。

 

 そのカリスト大統領の決断は、この場にいる者達にとっては当然のものであり、そして、待ち望まれていたものであった。

 だが彼らは気づいていなかった。それは、巨大な歯車が回転する、世界変革の一環でしかなかったのだ。

 

説明
キル・ボマーと軍内部の裏切り者によって、攻撃を受ける事になってしまった、《プロタゴラス空軍基地》。リー達は必死の攻防戦を見せるのですが―。
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