外史異聞譚〜外幕・仲達旅情篇・幕ノ弍〜 |
≪成都/羅令則視点≫
お肉を飲み込んで差し出された竹簡を見ての私の感想は
(これはちょっと見誤っていたかも知れないな〜)
というものでした
とにかくこの仲達さん、多少の変化はあってもとにかく微笑みを絶やす事がありません
非常に感情や思考が読みづらいんです
大抵の方は私の住まいや服装を見て、なんだこりゃ!?という表情をするものなんですが、この人にはそれがありませんでした
まあ、後々論戦になったときに、この状況はわざとやっているのかともよく聞かれ、苦笑するしかないのもいつもの事なのですが…
そういった論戦もなしにいきなり仕官を求められたのは、実はこれがはじめてです
最近漢中の太守が交代し、そこに仲達さんや五斗米道だかという人達が仕官した、との噂も聞いてはいましたが、そういう部分でも私は見誤っていたようです
「えっと…
とりあえず拝見しますね?」
今の宮中の状況を考えれば遣された太守に信用など置けませんし、どうせ竹簡の中身も美辞麗句を連ねた太守からの手紙でしょう
そう考えれば目を通してしまえば士官を断る理由にも事欠かないので、遠慮なく拝見させていただく事にしました
しかしながらその内容は、正直に言えば呆れ返るようなものでした
実務的に書かれた“それ”は内政や商業・工業に関するこれからの方針と施政に関するものや、軍の編成や運用方法等の概要という、まさに“機密”といってもいい内容のものです
私は見落としがないか、数度繰り返して内容を吟味すると、竹簡を仲達さんにお返しします
思考をまとめるのも大事なことですが、まず聞くべき事がふたつあります
「お聞きしたいことがありますが、構いませんか?」
視線で「どうぞ」と答える仲達さんに感謝しつつ、言葉を選んで尋ねることとします
「まずお聞きしたいのはふたつ
ひとつは、この書簡は誰の筆によるものか
もうひとつは内容が兵馬関連に偏ったものであることです
お答えいただけますか?」
言葉や感情に“揺れ”がないか、慎重に尋ね観察する私に、仲達さんは迷いなく答えます
「その書簡はこちらである程度内容を吟味したものですが、我が君の筆によるものです
実際、そこに記載されているもののうちのいくつかは、農閑期を皮切りに実行に移される事になっていますので虚偽ではありません
もうひとつの質問に対しては、我が君が“学士”としての羅令則殿ではなく“将帥”としての羅令則殿をお求めになっておられるからです」
羅令則殿ができるなら両方やらせるつもりだとは思いますけど、と呟く仲達さんがそこにいました
その呟きはとりあえず無視して私は考えます
まず、ここで出てきた大きな疑問がふたつ
私は武将としての能力や才幹にも実は一方ならぬ自信はあります
あるけれど、今まで家族を除いて一度も外部にそれを喧伝したことはないのです
それを一体どうやって知ったのか、という点がひとつ
もうひとつが、この施政を順当に推し進めた場合、民衆の生活を含めた“権利”が異常に膨れ上がるだろうという点
果たしてこれをどこまで意図しているのか、という部分です
小さな邑単位なら十分に機能すると思いますが、果たしてこれが一国に対してできるものなのだろうか
ただ、そういう疑問を考えなければ、この施政と方針はとても素晴らしいものになる、という確信もあります
気にかかる点があるとすれば、下が上に尽くすものという通俗的な儒教の教えに相反するものになるだろう、という部分くらいです
もうほとんど答えはでてはいるのですが、敢えて私はその疑問をぶつけてみることにします
「では、もうふたつ、お聞きしてもいいですか?」
ご存分に、と答える仲達さん
論戦のようになってきた雰囲気を楽しんでいるのかも知れません
それは私も同じなんですけどね
「ひとつは、この施政を推し進めた場合、国は富むでしょうが支配者の“うまみ”はかなり少なくなることになります
それはどうお考えでしょうか?」
「それこそが我が君の望む未来ですので問題はなにもありません」
今更問われるまでもない、という風情でさらりと答えられました
「それでは、私に学士ではなく将帥としてというのは一体どのような理由でしょうか?」
するとはじめて、仲達さんは微笑みに僅かばかりの苦笑を刷いて答えてくれました
「その理由は実は私にも判りません
なにしろ我が君のなさることは、慮外の事が多いものですから
ですのでそのお答えは、羅令則殿がご自分でお確かめになるのがよろしいかと思います」
そして再び懐から、今度は割符を差し出してくれました
「もし興味がおありでしたら、遊説のつもりで一度漢中にいらっしゃってみてはいかがでしょう?
この割符があれば身元を問われる事なく、我が君にお会いできるかと思います
本当はご自分で羅令則殿にお会いしたかったらしいのですが、お身体が旅に耐えられる方ではありませんので、ご足労をいただくことになるのをお許しください」
私はその言葉に再び首を傾げます
「漢中の太守様は、宿痾でもお持ちなのでしょうか?」
「死病という訳ではありませんが、生来体力がつきづらいお身体のようです
日常には全く触るものでもありませんので、その点は大丈夫ですよ」
どうにも漢中太守の人為がつかめないでいる私に、仲達さんは柔らかく告げる
「旅費はお出ししますので、どうぞご確認なさってみてください」
その微笑みになんとなく逆らえない私がそこにいました
≪成都/司馬仲達視点≫
さて、かなり力技のような気はしましたが、とりあえず羅令則殿を我が君の元に送り出すのには成功したようです
とはいっても、元がここまで貧相…失礼、貧乏…失敬、家財の処分等の準備もいらない状態でお暮らしになっていた令則殿です
逆にこちらで旅装や準備を整えてしまえば、旅立つには吝かではなかったようです
段取りが速やかに過ぎたからでしょうか、令則殿にはかなり恐縮されたのですが
「あまりごねますと、我が君が八頭立ての車で貴女を迎えに来るようなことになりますよ」
と告げると、素直に従ってくれました
割符と共に私の文も持参していただきますので、向こうに着いてから困ることも恐らくはないでしょう
旅立ちまでの数日間は、無理を言って令則殿の家にお邪魔し、久方ぶりに論議を愉しむ事もできました
令則殿はまたまた恐縮していたのですが、自ら山野に入って季節のものを供してくれまして、素朴ながらも舌に楽しかったこともまた、望外の喜びでした
我が君がいうには、そういうのを“馳走”といって、見た目には囚われない最大の持て成しなのだということです
そのような知識を我が君からいただいておりましたので、その事を告げると令則殿はいたく感心なされておりました
滞在中には我が君よりお預かりしていた天の衣服と“腕時計”も披露し、我が君が現在は身分を隠しているが天人なのだ、という旨も伝えております
私の予感というか確信でもありますが、恐らくは令則殿、そのまま漢中に留まる事になるでしょう
これほど自分に厳しく、自他を律してきたような方です
これから漢中でおこるであろう事柄を見過ごせるはずがありません
ただ、心配なのは道中で旅費を民衆に撒いてしまわないかです
なぜでしょう、私にはお金を撒いてしまって山野で糧食をとり、飢えと旅埃でボロボロになった令則殿が向かう図が浮かぶのです
願わくば、この想像が外れることを祈るばかりです
旅立ちの朝、私は荊州に、令則殿は漢中に向かうということで、街道の分かれ道で名残を惜しませていただきました
「仲達さん、色々とありがとね
太守様が仲達さんのいうような人だったら、次に会うのは漢中でですね」
そうのんびりと告げる令則殿に向かって、私はひとつだけ釘を刺します
「ええ、そうだと嬉しいです
ところで…」
「はい?」
「くれぐれも、くれぐれも我が君の笑顔にはお気をつけください」
「……はい?」
「それでは、よい旅路を」
全く理解していない様子の令則殿にそう釘を刺し、私は荊州へと馬を進めます
「えっと、仲達さ〜ん!
一体それってなんのことなんですかー!?」
そんな声も無視です無視
そうでなくても心配なのに、これ以上敵が増えては堪りません
我が君の罪深さに呪いの言葉を叩きつけながら、次の目的地へと向かいます
≪???/羅令則視点≫
仲達さんと別れた私は、関を避けて山道の方へと向かっています
別れ際に言われた事は色々と気になるのですが、多分そんなに重要な事でもないでしょう
どうして私が山道の方を選んだのかというと、季節が秋だからです
そうでなくても女の一人旅は色々と揉めますし、知り合いの隊商に混ぜてもらうにしても、成都から漢中へと向かうものは非常に少ないのです
単純な距離だけなら洛陽へ向かうには近いのですが、道が狭く事故が起こりやすいため、急ぎのものでない限りは隊商などは一度東に出てから洛陽へと向かいます
その点、私ひとりだけなら山道でも普通に歩けますし、滅多に人の通らないところに出るような小規模の賊であればそう手古摺る事もありません
賊を退治すれば、運がよければ懸賞金も出たりします
弓も用意してありますので、野鳥や小動物を狩ったり山菜等を採ればごはんも足りますし
仲達さんは馬を用意してくれる、と言っていたのですが、私としてはそれほど急ぐ旅でもないのでそれはお断りしました
機会がないので旅は滅多にしませんが、書物で得られた様々な知識を直接目にできる機会でもあるので、旅は基本的にゆっくりとしたものが好みなのです
馬が必要なほどの荷物もありませんしね
こういった様々な理由から、私は山道を選びました
これが冬だったら不本意でも関を選んだと思います
冬の獣は気性が荒くなっていて、非常に危険だからです
山菜も採れないですしね
こうして山道を歩き、山間の寒村に立ち寄っていくと気付く事があります
こういった村々は、主に我々漢民族とは異なる少数民族が形成するものであったり、過去から現在に於いて下には住めない理由がある人々で営まれています
これが犯罪者であるなら同情の余地はない、と言いたいところですが、その子供や子孫にまで影響があるのはどういう事なのでしょう
ほんの数日の間でしたが、仲達さんと歓談した折に、彼女がそのような話に少し触れた事がありました
これから向かう漢中の太守の人為を少しでも知りたくて、どんな話をしたことがあるか、というような事を聞いた時だったと思います
仲達さんはそれを思い出すかのように少し視線を上にあげると、このような事を言い出しました
聶政という史記に有名な刺客の話になったことがありました、と
その名前は私も史記を諳んじていたので知っています
実母の生前に自分達親子に礼を尽くし遇してくれた人物の恩義礼節に報いるために刺客となり、自身の縁戚に咎が及ぶのを恐れて顔を剥いで目をくり抜き、腹を割って自害した刺客の名です
この話になったときに、今の漢中太守は上を仰いでぽつりと呟いたんだそうです
ただ一言「悲しい話だよなあ」と
確かに悲しい話ではあるかも知れませんが、これは刺客を頼んだ人間や身内に咎が及ばない為に義を通した話として一般には受け入れられています
私のそんな疑問が仲達さんにも理解できていたのでしょう
続けてこのような事を言ってました
「我が君は、こうおっしゃっておいででした
恩義のある人物に咎が及ばないように、というなら、どうして嫁いだ姉は死ななければならなかったんだろうね、と」
一国の重鎮と王に危害を加えた刺客です
その一族に咎が及ぶのは当然だと思うのですが、漢中太守は違うといったのだそうです
「共に謀ったならその通りさ
しかし、この話ではそうじゃない
刺客本人以外に縁もゆかりもない罪を嫁いだ家が問われるからと、姉は死ななければならなかった
嫁いだ先の子供やその親類縁者までもが罪に問われかねなかったからだ
そうやって縁者や子々孫々に至るまで罪を問われ続ける事はとても悲しい事だと俺は思う」
そうおっしゃって、以降はその話をしようとしなかったそうです
ふと立ち寄った寒村でそんな話があったことをふと思い出しました
親の因果が子に報い、とはいいますが、それは本当に正しい事なのか私は考えます
そういった疑問も漢中に着けば答えはでるのでしょうか
少なくとも道中の思索に困ることはないな
そう思いながら私は遠目に見えてきた寒村に足を向けました
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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通り(ry の名無しさま>割と勢いでやらないとできないんですよな、こういう三段活用(笑)(小笠原 樹) 陸奥守さま>こういう部分をしっかり書き込んでおけば今頃普通に…(言うな作者(小笠原 樹) 田吾作さま>受け入れられないという事はないんですよー(小笠原 樹) 元がここまで貧〜準備もいらない状態・・・なんという三段活用www(通り(ry の七篠権兵衛) こうゆう儒教の歪みに対する疑問が今後どのような影響になるのか楽しみです。(陸奥守) ここで羅令則の考えが揺らぎましたか。確かに儒教の考えは美しいけれど、現代人である一刀からすれば受け入れがたいものなんだろうな。さて、令則は一刀の考えを理解できるよう少しでも歩み寄れるのでしょうか・。続きを期待させていただきます。(田吾作) |
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