外史異聞譚〜外幕・仲達旅情篇・幕ノ四〜
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≪水鏡女学園/司馬仲達視点≫

 

去っていく巨達さんを見送って、私は用意されていた茶を一口含みました

 

(これでは色々と勘違いをされてしまいそうですが…)

 

そうは思いましたが、特にその勘違いを修正する必要もないでしょう

こういう事はその場で慌てて修正しようとすれば、かえっておかしくなってしまうものです

 

頃合を見てそれとなく事実を伝えれば、後は皆で勝手にやってくれる事でしょう

 

女子校という場所には縁はありませんでしたが、私も八人姉妹という環境で育ちましたので、なんとなくそれが判ります

 

まあ、司馬家は姉妹ばかりとはいえ、少々他とは趣は異なる事でしょうが

 

巨達さんが走り去ったからでしょう

今私に声をかけようと寄ってくる学生がいないのをいいことに、私は少し情報を整理しようと思いました

 

とはいえ、さして時間がかかったりするものではありませんが

 

 

整理する内容とは、水鏡女学園の名が我が君から出たときに、名前があがった3名についてです

 

この3名はやはり目立つ存在らしく、会話の端々で名前が聞こえてきました

 

その中で学園長から双璧と謳われているのが臥龍・諸葛孔明と鳳雛・?士元の両名です

 

この二人は私の目から見ても異才と言えるでしょう

 

普通に考えれば、このふたりのうちどちらかを幕下に招く事ができれば、それだけで並の軍師や政治家10人分の働きはするはずです

他の方と話しながらこの両名の論議に耳を傾けていましたが、孔明さんは政略、士元さんは軍略に比重は傾いているように見受けられましたが、常人のよく成すところではないものをお持ちでした

 

ただ、我が君がおっしゃるように“御しきれない”程の才能とは思えません

なぜなら、基本的には性根が優しいように見受けられるからです

 

ですので、政治軍事に関わる時には意識的に思考と感情を切り替えているのでしょう

 

そこを不思議に思った私は、彼女達の言動にそれとなく気を配りつつ、我が君の評を重ねてみました

 

その結果として推測できたのは、彼女達には“主君”が必要だ、という事です

 

この旅に出る前に、主に洛陽で我が君と話し、その考えを聞かせていただいた結果、おぼろけながら理解したことは、我が君は“下が上に忠を尽くす以上に上が下に仁を尽くす”という事を考えている、ということでした

ここからは私にも少々理解が及ばないでいるのですが、我が君が考える“上”とは常に民衆に試され選ばれ続けなければならない、という点です

 

これがどういった事なのかは、私も理解が及ぶまで考え続ける必要があるでしょう

 

つまり、我が君のこういった考え方からすると、彼女達は“脆い”のです

 

彼女達ふたりは常に唯一絶対の主君を必要とし、足りない部分を埋めてくれる人間を必要とする人為である、という事なのです

 

足りないものを誰かに求めるのは構わないでしょう

ですがそこで依存してしまうのは非常に危険なことです

 

我が君はあの二人のそういう点を、恐らくは天の知識より得て確信していたという事になります

 

自分達の思考の正しさを知るが故に、彼女達は結果として民衆を“数字”にしてしまうでしょう

恐らく我が君が嫌ったのは、そういう部分なのです

 

これを御しきれるか、と言われると私も少々悩みます

特に私のような人種は“理”と“法”を思考や感情より優先させるきらいがありますので、そこにあるものを見逃してしまう事があるのです

 

我が君も自身でそういう部分をお持ちなので、殊更それを嫌ったのだと思われます

 

そして徐元直さんですが…

 

 

おや、巨達さんが泣きながら走って去ったのを見かけたのでしょう

ものすごい勢いでこちらに向かってきています

 

確かに聞いた通り、ここに集う学生の中でも一際義侠心に溢れた人柄のようです

 

そうであるなら、漏れ聞こえた他の評価も恐らくは正しい、という事になります

 

他者の美点や優位点を認めるが故に、知らず引いて己を小さくしている、そう評価されているという事がです

 

 

さて、そろそろ来るようですし、お相手して差し上げると致しましょう

 

元直さんには少々厳しい授業になると思いますけどね

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≪水鏡女学園/徐元直視点≫

 

東屋から走り去る巨達を見て、私は急いでそこに向かった

 

仲達さんはいつもと変わらず微笑んだまま、悠然と東屋に座している

 

思わずかっときた私は、失礼を承知で東屋に乗り込んだ

 

「失礼します!

 お話があるのですが宜しいでしょうか!」

 

微笑んだまま仕種で「どうぞ」と示された私は、憤然として彼女の前に座る

そして、その勢いのまま言い募ろうとしたのだけれど、自然な仕種でそれを制された

 

「徐元直さん、でしたね

 何を言いたいのかは想像がつきますが、それは大きな勘違いですよ」

 

何が勘違いなものか!

巨達は泣いてたじゃないか!

 

そんな感情が顔に出ていたのだと思う

仲達さんはのんびりとそれを訂正してきた

 

「嫌われるのも憎まれるのもいいのですけど、勘違いだけは糺しておきますね

 私は巨達さんに仕官を請うただけです

 私がそんな話をするとは思ってもいなかったようで、感極まってしまったのだと思います

 嘘だと思うのでしたら後で確かめてみるといいと思いますよ」

 

本格的に貴女に嫌われるのはこれからですし、と仲達さんは呟いたんだけど、不覚にも私はそれを聞き逃した

そして、自分の早とちりだったことに気付き、恥ずかしさに頬を染める

そんな事で嘘をつく理由は仲達さんにはないんだから、完璧に私の勘違いでしかない

穴があったら入りたいとは、まさにこの事なんだと思う

 

「えっと…

 そんな事とは思わず、早とちりして申し訳ありませんでした」

 

構いませんよ、と微笑む仲達さんに私は安堵の溜息をついたんだけど、そこでふっと疑問に思ったことがあり、聞いてみる事にした

 

「あの…

 失礼ついでに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

どうぞ、と答える仲達さんに甘えて、私は後で考えればあまりにも馬鹿な質問をしてしまった

 

「どうして最初に声をかけたのが巨達だったんですか?」

 

そう、本当に馬鹿な質問だったと、後で冷静になれば自分でも思う

仲達さんはその質問に、微笑みながらも少し目を細めた

 

「どうしてと言われても困りましたね…

 まあ、一言で言えば“他の方は私から語るに値しなかった”というだけの話です」

 

その余りにも強烈な言葉に、一瞬目の前が真暗になる

そんな私の内心を恐らくは見抜いたまま、仲達さんは言葉を紡ぐ

 

「多分、貴女は諸葛孔明さんや?士元さんの事を指しているのだと思いますが、私にとっては彼女達は語るに値しません

 彼女達は確かに優秀です、恐らくその才はこの大陸に並ぶ者はいないでしょう

 敢えて並ぶ者がいるとすれば、かの美周朗くらいなものです。私程度では足元にも及ばないでしょうね」

 

「だったらなんで…」

 

「その若さと才故に、彼女達は自分の足元を省みる事はないからです」

 

え…?

どういうこと?

 

「常に前を見て理想を追い続ける

 その過程において現実を把握しその場の最善手を10手先まで見通して打つことができる

 素晴らしい才能です

 ですが、彼女達の打つ手には恐らく“心”がないでしょう

 それが私が、稀代の才能であるにも関わらず彼女達と語らない理由です」

 

でも、それは立てる主君にもよるんじゃ…

 

「私が求める王佐の才とは、主君の足りないところを補うものではありません

 主君の善いところを伸ばし、より堅実に方向を示すものです

 彼女達にはそれはできないでしょう

 故に主君として彼女達が求めるのは、自身の残酷さを覆い隠せる“徳”を体現できるような人物になると思います」

 

仲達さんの断言に言葉も出ない

そんな私に向かって微笑みながら彼女は言う

 

「そして、貴女はそれ以下です

 こうして語る一言すら惜しい」

 

………え?

 

「巨達さんは傍目にはどう見えようと、自身の目的に向かって邁進し、その成功と自身の才を疑うことはありません

 他人の才を羨むことなく、控えめに他者と接し、安定と調和を構築する

 これは持って生まれた天稟もあるでしょうが、彼女の“徳”を示しています

 でも貴女は?」

 

私は…

私にだって…

何か言おう、何か言わないと…

 

これ以上聞いちゃいけない、これ以上言わせちゃいけない

そう思うのに舌が、口が、頭が動かない

 

そして、そんな私に向かって仲達さんは、一片の慈悲もない断罪の斧を振り下ろす

 

「他者の才を認めるといえば聞こえはいいですが、自分で自分に限界を作り自らを高めようとしない貴女に、言葉を操る資格はありません」

 

目の前が真赤になる

 

怒り・悲しみ・憎しみ・嘆き…

 

自分と他人に対する様々な負の感情が一気に沸きあがる

 

そして、それらの全く定まらない感情が、胸の、喉の、心の奥から溢れ出すのを私は止める事ができなかった

 

「う…

 う……

 うわあああああああああああああああっ!!」

 

東屋の床に臥して啼き咽ぶ私を、恐らくはあの微笑みを浮かべたままで、司馬仲達は去っていった

 

それから程なくして、仲達は学園を去る

私の友人、向巨達を伴って

 

その時、私は見送りにも出ず、自室でじっと壁を睨んでいた

 

壁に映るのは、仲達のあの微笑み

 

 

見ていろ司馬仲達、お前なんかの評のままで終わってたまるか!

 

いつか必ず、必ずだ!

 

お前の目に、意識に、心に…

 

 

 

この“徐元直”の名をお前に刻み付けてやる!!

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≪???/司馬仲達視点≫

 

少々虐めすぎたかも知れません

 

まあ、後悔は全くしていないのですけれど…

 

私のやりようがあまりに惨いと感じたのか、巨達さんには散々に責められました

こういった優しさは、軍師としては致命的な欠点ですが、治政に際しては美徳として働くことでしょう

 

ただ、どうしてあそこまで責め立てたのかを説明し、納得してもらうまでには非常に苦労しました

 

一時は

 

「あうあう…

 仲達さんがあんなに酷い人だと思いませんでした…」

 

と、仕官を取りやめるとまで言われてしまったのです

 

いささかやりすぎたのは事実でしたので、私には珍しく平謝りしたのは一生の不覚でした

 

とはいえ、あそこまで虐めたのには本当に理由があります

 

私は正直なところ、彼女の才が惜しかったのです

他者を立て他人の才を素直に認める事は、なまなかな事ではできはしません

しかし、彼女はそこで自分に壁を作ってしまっていました

 

あのまま捨て去るにはあまりにも惜しい、それだけの才が彼女にはあったのです

 

恐らく今頃は、仲達憎しの一念で凝り固まっていることでしょう

その一念から彼女がどう進みどう変わるのか

さすがにその方向にまでは神ならぬ身には予想もつきませんが、実直にして義心に溢れたあの人柄です、恐らくは歪むことなく育っていくでしょう

 

歪んだのならその時はその時です

歪ませた責任は私がとる事に致しましょう

 

そこまで説明してようやく納得してくれました

 

やれやれです

私もまだまだ修行が足りないということですね

 

そう内心でひとりごちていると、巨達さんに尋ねられます

 

「あう…

 あの…

 これから漢中に向かうのじゃないんですか?」

 

そういえば説明していませんでしたね

巨達さんの問いに、告げていなかった事を謝罪しながら、私は次の目的地を伝えます

 

「私はまだ行く先がありますので、漢中に戻るのは当面先になります

 ですが、この荊州でもうひとり、できれば仕官していただきたい人がおります

 ですので、巨達さんにはその方と一緒に漢中に向かっていただければ、と思うのです」

 

「あうあうあう…

 えっと、その人はなんていう方ですか…?」

 

なぜか涙目になる巨達さんを、なんというか猛烈に抱きしめたい衝動に駆られますが、それはぐっと我慢してその人物の名を告げる事とします

 

「その方の名は文仲業

 我が君がおっしゃるには義と信に篤い稀代の猛将とのことです」

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

尚、登場したオリジナルキャラクターについては
『http://www.tinami.com/view/315164』
を参照いていただけると助かります

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
minerva7さま>一刀が仲達を欲した一番の理由はこれかも知れません(笑)(小笠原 樹)
順調に人材を確保していってるな〜(minerva7)
田吾作さま>当作品の司馬懿は実は基本こんな子です(ぇ(小笠原 樹)
朱里と雛里を引っ張ってこなかった件に関しては成程としか言えません。主を乗せて空を自由に駆ける龍ではなく、主と共に大地を駆ける虎こそが相応しいと。しかしシバチューさん容赦ないなぁw奈落に突き落として這い上がらせるとか。元ちゃんがちゃんと這い上がれるか、期待させていただきます。(田吾作)
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