外史異聞譚〜外幕・仲達旅情篇・幕ノ伍〜 |
≪荊州/司馬仲達視点≫
私の人生は我が君と出会ってから変わったといっても過言ではありません
ですが、何もこのような変わり方をしなくてもいいのではないでしょうか
驚くのにも呆れるのにも慣れてきたつもりでしたが、これはあまりに酷い光景です
一体誰が想像するでしょうか
力で捩じ伏せられたかの如く怯える大熊猫の親子を満面の笑みで抱きしめ愛でる女性の姿、などという世にも奇怪な光景を…
巨達さんは怯えきってしまって「あうあう」と滂沱しながら私の後ろに隠れてしまっています
私はさすがに怯えて泣く気にはなれませんが、猛烈に襲い来るこの脱力感とやるせなさに耐えるので割といっぱいいっぱいです
正直、声をかけるのも嫌なのですが、それでも勤めは果たさなければならないでしょう
この奇怪極まりない光景を演出している女性が、恐らくは文仲業そのひとなのですから
さすがにこれは恨みますよ、我が君…
このような苦行に至る経緯は、それ自体は何の変哲もないものでした
文仲業殿の噂を求め、水鏡女学園からさほど離れてはいない邑に着いたときに、その話を聞くことができました
曰く、文仲業を名乗る豪傑が近くの山で修行をしていて、月に数度、酒食を求めて降りてくる
邑で話を聞いたところ、たまたま通りがかった文仲業殿が、たまたま野盗に襲われていた邑を救い、本来この付近にはいないはずの大熊猫がいるとの噂を聞いて“修行のついでに退治するために”山に入ったとの事でした
折悪く、つい2〜3日前に酒食を求めて下山してきたばかりとの事で、私達も酒肴を求めて山中に赴く事にしたのです
そして(巨達さんの足に合わせたからですが)二刻程も歩いた頃でしょうか
このような光景に遭遇する事となったのです
とりあえず、これに声をかけるのはとても嫌でしたので、私は荷を解いて書を取り出します
同時に、巨達さんには我が君が記された政事に関する竹簡を渡し、内容を吟味検討することを指示しました
そうして一刻も過ぎた頃でしょうか、そろそろ空腹を覚え始め、巨達さんと昼餉の準備をしようとしたところで、いきなり叫び声が響き渡りました
「び・しょ・う・じょ・キターーーーーーーーーーーーー!」
きゅぴーん!という擬音がしそうな程に瞳を爛々と輝かせ、砂埃をあげてこちらに突進してくるモノがいます
可哀想に巨達さんは、その光景が恐怖の限界を超えたのでしょう
「あうー……」
と言いながら気絶してしまいました
その気持ちは痛いほどよく判ります
とりあえず、このまま殺しても言い訳は立つだろうと思い、私は突撃してくるモノに向かって槍を傾けました
このまま刺さってしまえば私のせいではありません
突っ込んでくる方が悪いのです
しかし、突撃してきたモノは寸前でひらりと身を反し、実に不本意そうに文句をいってきました
「危ないなぁ、お嬢さん
ボクでなかったらぐっさりいってるところだよ?
このお・ちゃ・め・さん」
この人、どうしてこれで死んでくれなかったんでしょう
とはいえ、死ななかった以上は勤めを果たすしかありません
我が君にお仕えしてからおよそはじめてのことですが、私は内心で盛大な舌打ちをしつつ、目的を告げる事にしました
ええ、とてもとても不本意なのですが、仕方ありませんからね
「文仲業殿でいらっしゃいますね
私は漢中太守の臣、司馬仲達と申します
そこで気絶しているのが向巨達です
本日は不躾ながら、貴女に仕官を求めるべく参じました」
その言葉に一瞬きょとんとした目の前のモノは、次の瞬間「うんうん」と頷きながら返事を返してきました
「漢中からとは、こりゃまた遠くから来たもんだ
そんな遠くからわざわざ美少女がボクに会いに来てくれたってだけで感激だよ
ところで…」
ちらちらと私達に視線を向けるモノに、私は思わず小首を傾げます
「えっと…
話は聞くからさ
その…
君達どっちか、抱っこさせてくんない?」
私は迷わず、気絶している巨達さんの襟首を掴んで期待に瞳を輝かせるモノに放ってよこしました
しっかりと巨達さんを受け止め、抱きしめて頬ずりしているそのモノを尻目に、私は巨達さんに心から謝罪します
ごめんなさい巨達さん、でも私には耐えられそうにないのです
この際、発狂さえしなければ巨達さんが犠牲になるのも構うまい
たとえ非情といわれようと、これも軍師の策なのだと諦めてもらうことで私は貞操を見事に守りぬいたのです
≪荊州・山庵/文仲業視点≫
眼福がんぷく、今日のボクは今までの人生で一番輝いてるね!
なにしろ目の前には微笑みが眩しい超絶美少女!
そして膝の上にはこれまた愛らしい小動物系美少女!
気がついてすぐは“ぴるぴる”と震えながら「あうあう…」と言っていたけど、それもまたよし!
可愛いはこの世の正義だから問題は全くなし!
………すまない、あまりの感激に少々取り乱してしまったね
ボクの名は文仲業
これでも武門の出で、そのうちどこかに仕官して一旗あげようと思ってたところだ
まあ、大熊猫がいるって聞いて、思わず寄り道してしまったんだけどね
いやあ、本当に可愛いんだこれが、白黒でもふっとしてて、抱き心地もよくて…
と、いかんいかん、今は膝の上と目の前の美少女に集中しなければ!
そんな訳で、今は山中の庵にいる
庵というにも粗末だけど、大熊猫を毎日愛でられるのでボクにとっては不都合は全くない
ただまあ、さすがにこんな美少女達が逗留するには厳しいのは事実
なので、ボクとしてはさっさと話を終わらせてしまいたいところだ
ま、実はボクは仕官の話は受けることに決めている
遠く漢中から、まだ無名ともいえるボクをわざわざ尋ねてきてくれたんだ、受けないって方がどうかしてる話だ
ただ、これも正直なところなんだけど、安売りはしたくない
こういっちゃアレなんだけど、ボクは自分の武にはかなり自信がある
そりゃあ、天下に名高い飛将軍呂奉先に一騎撃ちで敵うかと聞かれたらさすがに困るけど、同数の軍勢でって条件なら負けないと思ってる
勝てるかは判らないけどね
ボクにもそのくらいの自負と自尊心はあるので、あまりに安く見られてるようならお断りしなきゃならない訳だ
さて、そろそろ真面目に話をしなきゃいけないね、名残惜しいけど巨達ちゃんを膝から降ろすか
本当に名残惜しいんだけどね!
でも目の前にいる美少女ふたりを鑑賞できるから許す!
「さて、ちょっと真面目に話をしようか
漢中太守様は、一体ボクをいくらで買ってくれるのかな?」
正直、300石ももらえないようならちょっと考えなきゃいけないね
そんな風に考えていると、かなり意外な言葉が飛び出してきた
「当面は必要な分はご用立てしますが、名目上は無給かと」
「は?
なにそれ?」
「ええと、なんと申しますか…
今の漢中に集っている方々の大半が、こういうと語弊もあるのですが、民衆に対する散財が趣味のような清貧な方ばかりでして…」
ボクもまあ、蓄財したりするような趣味はないので「うんうん」と頷きながら先を促す
「ですので、そのような事をするのであれば、先を考えて今は決まった手当てを設定せず、必要分を都度国庫から供出する、という形に落ち着いているのです」
なるほど、ある意味合理的ではあるね
「ふ〜ん…
じゃあ、食事なんかは完全に面倒をみてくれるってわけだ?
家屋や使用人なんかも?」
「そうですね…
さすがに食客を集めるのは当面は遠慮していただくと思いますが、過度に至らない限りは酒食にしても衣装や武具等にしても問題はないと思います
そして家屋は鎮守府内にご用意させていただくようになっております」
あれ?
今なんかおかしな事を聞いたぞ?
「家屋が鎮守府内って、なに…?」
「それについてはこちらをご覧ください」
そう言って仲達ちゃんが差し出した竹簡と図面を見ることにする
一応ボクも刺史程度は十分にできる程度の学識はあるので読み解くのに問題は何もない
「こっちの図面は都市計画で…
なるほど、上級官吏や将軍の家が、そのままそれぞれの府ってことになるわけか…
辞職したりしたら自分で家を買えってことなんだね…
で、こっちが…」
竹簡の中身は軍政における要綱を記したもので、3〜5年後には禁軍に比する性格をもつ“大規模常備軍”を抱えるという、一見壮大かつ暴挙ともいえる計画が記されていた
もっとも、それを支えるだけの農工業計画と付随して既に投資されている資金や物資の目録もあるので、それが十分に可能だというのが判ってしまったんだけどね
「ボクは漢中でいったい何を期待されているのかな?」
思わず呟いたボクに向かって、仲達ちゃんはさらりと答える
「遠からず創設される軍において、中核を成す将帥のひとりとして一翼を担っていただく事です」
そりゃあ、そのくらいの自信も自負もボクにはあったさ
でもね?
いきなり将軍って、どんだけだよ…
「しかも、これで想定されてるのって、どう少なく見積もっても10万を超える兵馬だよね?
この計画書を見ると確かに不可能じゃないというか、かなり余裕を見た数字ではあるけど、一体どんだけの兵馬をボクに委ねるつもりだい?」
「全軍のおよそ二割には達するかと思います」
いや、そんな眩しい笑顔で、さも当然ですみたいに言われても…
なんていうかこう、滾ってくるのを止められなくなるだろ?
「二割ってことは、ボクの他にあと4人は将軍がいるってことだよね」
「そうなりますね
細かい人事に関しましては、我が君…太守様のご意向によりますが、少なくとも文仲業殿に関しましては将帥としてお招きしたい、との事です」
思わず頷きそうになったけど、どうしてもここでひとつだけ確認しなきゃいけない事がある
ボクのこの胸の滾りは本当なのか、この静かに熱く滾ってくる衝動のままに仕官していいのか、それを確認しなくちゃならない
仲達ちゃんは無駄な嘘はつかない人間だろう、それは仲達ちゃんの横であうあう言ってる巨達ちゃんを見てもよく判る
だからこそボクは確認しなくちゃならない
これだけの兵馬と都市計画は、ただの太守が考えるには余りにも大きすぎるものだから
「これだけの兵馬を求めて、これだけの計画を入念に敷いて、仲達ちゃんは……
いや、この太守様は一体何を考えているんだい?」
すると、仲達ちゃんは今までにない程の優美な微笑みと共にこう告げた
「我が君が望むのは100年後の民衆の太平と安寧
そしてその為に今の大陸に覇を成し、以てひとりでも多くの民衆を救うこと
そのために血と汚泥に塗れる道を共に歩めるものとして」
その瞳に迷いなく、凛と輝く光を乗せて
「文仲業、天意と共に貴女も来てはいただけないでしょうか」
うん、やっぱり間違いない
今日のボクは今までの人生で一番輝いてるね!
なぜなら今日のボクは
一生一度の“天命”ってヤツに出会うことができたんだから!
≪???/文仲業視点≫
非常に残念ではあるけれど、仲達ちゃんはここでお別れらしい
とはいっても、まだ任務の途中で漢中に戻ることができないから、という事らしいね
最初は一緒にボクも行こうかな、と思ったんだけど、それは仲達ちゃんと巨達ちゃんに止められた
なんでも仲達ちゃんが言うには
「大熊猫を連れたまま洛陽には行けません」
て事らしい
確かにそれはそうだ、とボクも納得した
こんなに可愛いのに、毛皮にするのに殺されたら可哀想だしね
漢中なら多分、大熊猫を連れていても急に武器を向けられる事はないはずだ、という事で、ボクは遠慮なく連れていく事にした
そのうち旦那さんも探してあげないといけないね
巨達ちゃんは最初は怖がっていたんだけど、この子達がおとなしくて人懐っこいのが判ってから、子熊の方とよく遊んでくれるようになった
うーむ…なんて素晴らしい光景なんだ
美少女と戯れる子熊
………なんて愛らしいんだ!
ボクは無粋じゃないので、そういう時には遠くで愛でる事にしている
この光景を楽しまないなんて、ありえないってもんだ
拳に力が入るのも、まあ仕方がないって事だよね
まあ、ここだけの話、最初の頃はこの大熊猫の親子、暴れて逃げて大変だったんだけどね
いやあ、懐いてくれるまで苦労したよ
これは巨達ちゃんには内緒にしておかないといけないな
そんな訳で、ボクらは早々に山中の庵を引き払って邑に挨拶をし、一路漢中へと向かうことになった、という訳
道中はそれはそれで色々とあって楽しかったんだけど、それはそのうち機会があれば思い出して楽しむ事にしようか
とりあえずは巨達ちゃんと道中で話した色々な事が、できるようになるといいな、とボクは思ってる
可愛い動物を集めてみんなで愛でたり遊んだりできる場所、とかさ
それってとても夢があっていいよね?
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です 尚、登場したオリジナルキャラクターについては 『http://www.tinami.com/view/315164』 を参照いていただけると助かります コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
田吾作さま>すぐにどうこうって考えると無理でしょうな(小笠原 樹) 通り(ry の名無しさま>いや、ほっといても集まってくるから愛でられるでしょう(笑) わんにゃんパークとかそんなもんです(偏見?)(小笠原 樹) 仲業はん、それ懐いたんと違う、服従したんや。しかし彼女は一刀君の理想を知っても尚、そのために戦えますかねぇ。そこらが少し不安です。(田吾作) 動物園・・・だと・・・(ゴゴゴゴg 仲業さん!一緒に美少女も愛でる場所にしてもら(ry(通り(ry の七篠権兵衛) |
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