外史異聞譚〜外幕・仲達旅情篇・幕ノ六〜 |
≪建業/司馬仲達視点≫
私は現在、建業を望む街道にまで馬を進めています
仲業殿は即日漢中へと向かわれると言われまして、早々に庵を引き払い麓の邑への挨拶を済ませてしまいました
私としましては大熊猫にまたがって巨達さんを抱きしめながら悦に入っている仲業殿に、ただならぬ疲労と諦念を覚えたのも事実です
当初の予定通り、巨達さんも共に向かってもらう事となったのですが、大熊猫の親子と巨達さんが
“見捨てないでください"
と言わんばかりの瞳で見つめてくるのには困りました
私は全く悪くないはずなのですが、湧き上がる罪悪感を抑えるのにかなりの苦労をしたものです
文仲業殿は曹孟徳殿とは異なり、百合百合しい雰囲気は全くなく、せいぜいが頬擦り程度でその趣味は“愛でる”方向に偏っているのは理解できましたので、そのうちに巨達さんも大熊猫親子も慣れる事でしょう
多分、ですけれど…
恐らくは仲業殿、無駄に我が君と意見が合うような気もしますが、それを嘆いてももう手遅れだろうと諦めて、その場はお別れをしたという訳です
そのままあのふたりが漢中に着いたとすればかなりの騒ぎになりそうな気はしなくもないですが、多分なんとかなるでしょう
割と投げっぱなしな感は否めませんが、そう切り替えて建業へと向かうことにしたのです
ちなみに、巨達さんが子熊と仲良くなっていて可愛らしかったのが少し羨ましかったのは私だけの秘密です
驚いた事に魯子敬なる人物、この辺りでは非常に有名な人物でした
どのように有名かといいますと、邑で名前を尋ねた瞬間、住民が一斉に引いて困ったように笑うのです
このような人物は大抵"親は徳のある名士であるが本人は非常に愚鈍である”場合が多いので、さすがの我が君も眼鏡違いをやらかしたのか、と思いました
ところが、宿を求めた学士のところで話を聞いてみると、そういう例とはかなり異なるようなのです
曰く、困っている人には私財を施し、勉学にも熱心で武芸にも興味をもち、私兵を養っては調練と称して狩り等を行っている
その行動は、乱世を見据えた上でと考えれば非常に有能なな人物だと見受けられます
それだけの人物が世に埋もれているのは本当におかしな話で、その疑問がさすがに理解できたのか、それにはこう答えてくれました
「そこまでなら立派といえるんですが、なんというか“良く言っても奇妙奇天烈なお人柄”なんですよ
家業も継がずに財産を食いつぶして日々そんなことをして生活には困窮しているようですし
それだけならまだしも、外見といい言葉といい、はっきりいえば(放送禁止用語)の類のお人なんです」
つまり、困っていれば金銭面で助けてくれるので悪くもいえないが、日常的にはお近づきにはなりたくない、という事なのでしょう
一介の学士の目より我が君の言の方が信用できるのを今までの旅程で思い知ってはいる私ではありますが、それと同様に残念な部分をひとつは持ち合わせている、いうなれば癖のある人物ばかりに出会ってきたのも私です
内心で、これは相当に気を引き締めないと会った瞬間やられてしまう、と感じた私は、学士と論議を交わしながらさながら単騎で万の軍勢に挑むかのような決意をしました
結果として、その決意は一度は正面から打ち砕かれる事になるわけですが、こうして旅を進める度に思うのです
これは果たして、我が君が私に与えた試練と拷問の旅路なのだろうか、と…
≪兼業・港/司馬仲達視点≫
今回は使用人をお借りせず、手ずから酒肴を携えて魯子敬殿を捜す事にしました
とは言え捜すのは困難な事ではなく、誰かに聞けばすぐにわかる、というのが有難い部分ではあります
まあ、話に聞くに“髪を逆立てて3色に染め上げ、極楽鳥の刺繍を背にした羽織を着ている”などという人間を見間違えるような事はあろうはずもありません
私とても、我が君が望む仕官ということでなければ、近づくことは一生なかったことでしょう
本日は私兵の方々と水練と称した舟遊びをしているはずだ、との事で、港へと足を運ぶことにします
そこにいたのは、確かに極彩色としか表現できない、しかも非常に醜い化粧を施した女性でした
さすがにいきなり近づくのも憚られ、ちょっと引いた私の目の前で、その女性は気が狂ったかのような笑い声をあげています
「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!
そうじゃないと言っているでしょう?
そこはもっともっともっともっと……
そう、牡馬のように荒々しく!
・・・……違う違う!
それは潰れた蛙のようにじっとしてるのです
そして羽魚のように一気に飛び出しなさい!
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ」
えっと…
あの…
その…
これ、調練、ですよね
多分…
我が君…
これが私の試練だとしても、あまりに惨いとはお思いになりませんか?
思わず天を仰ぎ、あまりに不可解な比喩と「くきゃきゃきゃきゃ」という耳障りな笑い声を尻目に、このまま回れ右をしそうになりました
ただ、私兵の方々はその奇矯と言うにも酷すぎる笑い声や比喩にも慣れているようで、彼女の意図を汲み取ったかの如く動いています
その動きは正規兵と言っても通じるほどに訓練された見事なものです
一見おかしな事ばかりですが、一朝一夕でできる動きではないという事に思い至り、私は気を引き締めなおします
(これは…
奇矯に過ぎる言動に惑わされていると、痛い目を見る事になるかも知れません)
よくよく観察していると、一見(放送禁止用語)にしか見えない言動でありながら、必要な部分では比喩も笑い声もなく、実に的確な指示を出しているのです
将帥や軍師としての指示としてはまだまだ経験不足と言えますが、声や姿勢から判断するにかなり若いと判断できます
そう考えれば十分に合格点を出せるものです
(なるほど、これは世評のままの人物と思っていると、自身の無能を曝け出すだけの結果となりますね
このような言動をしている理由はまだ判りませんが、我が君の言は確かだったようです)
さすがに一度へし折れかけた気合を入れなおすのには苦労しますが、そんな事を言っている場合でもないでしょう
恐らくはこの魯子敬なる人物、内側へと向きがちな我が君の下に集う人材の中で、先頭に立って覇を薦めてくれる人だと感じます
そう感じた理由は、軍師としてか将帥としてかはともかくとして、私財を捨てて私兵を調練して乱世に備える、などという発想を普通の人間はできないからです
確かにこの発想ひとつで(放送禁止用語)だと皆に言われるのも当然です
普通は家業や家督を守り立て、食客を養うことで兵を整えるのですから
同様に、この奇矯な言動も彼女なりの理由がある、と考えるべきです
余人が計るには異常にすぎる理由ではありましょうが、彼女なりの遠望の元に行われていると考えなければ、目の前で調練している私兵の精強さに説明がつかないのです
ここまで思考を進めた私は、今度は自分で監督をしている兵を見るつもりで調練を観察することにしました
いずれ向こうから声をかけてくるでしょう
もし私の視線に気づかぬままの愚鈍であるのなら、そのときは評価を下方修正して、そのまま次の目的地に旅立てばよいだけなのですから
≪建業・港/魯子敬視点≫
さて、自己紹介とでもいきましょうか
私の名前は魯子敬
今は“瘋子敬”という有難くない徒名を周囲からいただいている
そう言われるのは無理もない
なにせ一代で身代を食いつぶし、奇矯な身形で狂ったような声をあげながら日々を過ごしているのだから
存外奇矯な言動は性に合ってるので実は結構愉しいのだけれど、私兵として一緒にいる連中が同じ目で見られてるのはちょっと申し訳ないと思っている
こんな時代なんで"金の切れ目が縁の切れ目”とばかりに、食わせるのをやめたら一気にいなくなるかも知れないけどね
とは言え、こんな時代だから誰かが守ってくれるなんて考えてたらいけないし、弁士や学士や食い詰めた武芸者を何人飼ったところで役に立つとも思えない
なら私財は吐き出してしまって、いざという時にしっかりと私の言うことを聞く人間を集めて鍛え上げた方がいいのだ、と思うのだが、多分言っても理解はしてもらえないだろうね
なので、こんな私の言動に惑わされずに話をしてくれる人間がいれば士官でもしてみようかな、とは思ってる
こんな小娘にしちゃ生意気な考え方だけど、これからどんどん悪くなるしかないのがはっきりしている時代だし、大望尽き果てたときには妓楼にでも身売りするのが行く末なのも仕方ない、という程度には覚悟も決めている
兵法も学問も武芸も自己流で学んでいるのも、そんなちょっとした意地からだったりする
家業はそこそこには栄えた商家で、後を継ぐつもりで勉強していたのは役には立った
なにより、武具やら本やらを入手するのに困らない程度には十分な蓄えがあったのが幸いした
ご先祖様はこんな私を見て泣いてるだろうけどね
ちなみに、わざわざ醜い化粧をしているのは自衛のためだったりする
この化粧のおかげで"瘋子敬”である事に説得力が出るのを期待してたんだけど、見事に成功したってわけ
人によっては、容姿がこうなってしまったのでおかしくなった、と思ってくれてる人も多いみたいで(放送禁止用語)な私を騙して強請ろうという手合いがいなくなったのは嬉しい誤算かも知れない
こんな腹積もりを抱えて、今日も"瘋子敬”は世間様から見れば遊んでいる訳だ
折しも水軍教練の教授書が入手できたので、今は私兵にそれを試してみている
これも傍から見れば
「また“瘋子敬”が(放送禁止用語)なことをしているぞ」
と言われるんだろうけどね
(くきゃきゃっ、まあそれもいいさ)
もう癖になってしまった笑い方を胸の裡でしながら訓練をしていると、いつも向けられる視線とは違う、なんというか冷静かつ真剣な、殺気さえ感じさせるような視線を感じた
それとなく視線の方向を探ってみると、多分邑で噂になってたと思う女性がこっちを見てた
なんで噂になってたかというと、私兵連中が
「えらく身形のいい美少女が来たっていうんで見てきたら、ものすげえ別嬪さんでした」
と、興奮しながら話してたからだ
「お相手願いてぇー」
とか
「あんなのとやれたら死んでもいいぜ」
とか言ってたんで、その場は
「悪かったね、私はブサイクで
くきゃきゃきゃきゃっ」
とか返してみんなで笑ってたけど、あれは確かに遠目で見ても目立つ美形だ、都のお姫様ってのはあんな感じなのかな?
私としては、連中にそういう対象として見られるのは思い切り困るんだけど、さすがにちょっと口惜しいかな、くきゃきゃっ
ま、調練なんてそんな長々とやるものでもないし、文責にあった内容を実際と照らし合わせて検討もしたかったので、程なくして解散を告げることにする
調練の後は屋敷に酒肴を用意してあるので、私兵連中はさっさと引き上げていった
なんか試されてる気がして愉快とはとても言えないんだけど、ここで引いたらそれはそれで後悔しそうなんで、さくっと声をかける事にする
向こうは私が近づいてくるのは当然という感じで、なんとなく不愉快の度が増した
なので遠慮なく“瘋子敬”として接することにする
「くきゃきゃきゃきゃっ!
もしかして、私と一緒に屈強な男達と遊びたかったのかい?
だったら遠慮はいらないよ、今すぐ一緒に遊ぼうじゃないか
くきゃきゃっ!」
いや、驚いたね
普通は私が近寄って話しかけると"頭で理解していても”甲高く耳障りな笑い方とかあえて醜く見えるよう仕上げた化粧とかに、眉のひとつも動くんだけど、目の前の少女は違った
そういった感情を面にも瞳にも出さないで端然と微笑んでる
こっちが逆に顔に照れが出てしまいそうだ
「はじめまして、魯子敬殿
私は司馬仲達と申します
現在は漢中の太守にお仕えしておりまして、許可を得て諸国を遊説しております
以後お見知りおきください」
司馬仲達っていえば、名門司馬家の八人姉妹“司馬八達”の筆頭にあがる、有名な才媛じゃないか
なんでそんなのがここに、って遊説って自分でいってるよね
「くきゃきゃっ
ご丁寧にどうも
で、美人さんが私に一体どんな用事かな?
逢引のお誘いだったら頑張っちゃうけどね
酒家でしっぽりいきますかい?
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!」
負けてられないのでわざと不快感を煽るように言ってみたんだけど、逆にハメられたみたいだ
仲達さんは頤に指を当てて少し考え込むと、優美に微笑みながらおっしゃいました
「逢引…
それも楽しそうですね
酒肴も用意しておりますし、少々遠乗りとでも参りましょうか」
私は“瘋子敬”となってから、はじめて他人の領域で会話することになった
しくじったなあ………
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です 尚、登場したオリジナルキャラクターについては 『http://www.tinami.com/view/315164』 を参照いていただけると助かります コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
通り(ry の名無しさま>F・V・エリックのそれと石抱きで笑えるなら、他にも何かいけそうだな…いや、無理だろ(笑)(小笠原 樹) 一刀なら石を抱かされても、仲達さんに微笑むと思うの。あいあんくろーと同義?(おぃ(通り(ry の七篠権兵衛) 通り(ry の名無しさま>それだと正座じゃなくて石を抱かされると思うぞ、作者は…(小笠原 樹) 田吾作さま>割と大活躍しますよ、多分…(小笠原 樹) そうか、一刀はこの旅で仲達さんの鋼の精神をさらに鍛えているわけかっ!そして自分と二人だけの時に見られるそのギャップの深さをより良く楽しも(ry(通り(ry の七篠権兵衛) 演義で関羽と周瑜の踏み台になった人ktkr!史実では相当有能な呉の政治家だった筈ですけど、彼女は天譴軍でどう活躍するんでしょうか。期待してます。(田吾作) |
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