外史異聞譚〜外幕・仲達旅情篇・幕ノ七〜
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≪建業郊外/司馬仲達視点≫

 

なかなか頑張ったと褒めて差し上げたいところですが、残念ながら経験値が足りませんね

 

宿を求めた学士に魯子敬殿が(放送禁止用語)となった前後についての風聞を尋ねたところ、学問にしても武芸にしても、師らしい人物はいない、との事でした

家業に関する勉学に勤しみ、非常に剛毅かつ活発な人物であったとのことです

そうであるならば、ここまでの見識を独学で学んだということで、その行動力と才は非凡に過ぎる、と言わざるを得ません

近くで見て判りましたが、恐らくは魯子敬殿、巨達さんよりお若いでしょう

私も彼女と同じ年齢であったなら、独学で果たしてここまでこれるかどうか…

 

ただ惜しいかな、彼女は(放送禁止用語)と偽って日々を過ごすには、いささか潔癖で硬骨な人柄でもあるようです

恐らくは無意識に、放蕩や愚鈍と偽るのを避けたのでしょう

それはなによりも彼女の行動が示しています

(放送禁止用語)を騙るには、その視線が強くしっかりとしているのも減点対象です

 

つまり、人とは自分の裡にないものを演じるには何かを捨てねばならないということです

魯子敬殿は、それらを一切捨てずに、身代を捨てたというだけ

それを“甘い”というのは酷ですけれどね

 

そして、魯子敬殿は相当に自尊も自負もある方のようですので、一度はヘシ折らないとこちらを認めてはくれないような気がします

なぜそう感じたかというと、武学に“師”を取らなかったという点です

器量が狭いとは感じられませんので、相手が“明らかに格上である”と認められない限りは教えを請う気にはなれないのでしょう

 

そういった部分は好ましく思えますが、適度にヘシ折っておくのが彼女にとっては後々のためでしょうね

そうすれば恐らく、相手の美点だけを認めて教えを請うだけの度量も得られるかと思います

 

そも、イヤガラセをするのであれば、まずは相手を観察してから的確に痛点を刺激しないといけません

私はそういう趣味と勘違いされるのもおぞましいのでやりませんが、ここで嬉々として閨に誘えば、恐らくはうろたえてその仮面を放り出す事でしょう

醜女に懸想するものはいない、との先入観があるのです

 

まあ、そういう部分も経験ですね

これからみっちりと鍛え上げて差し上げようと思います

 

そんな訳で、彼女の発言を逆手にとって周囲を気にせず語れるところまで来た訳ですが、相当に不本意だったのか、その気配は不機嫌なままです

視線も“どうやってやり返してやろう”という思考が透けて見えますので、存分にお相手をして差し上げるつもりです

 

「さてさて…

 いったいどうすれば“瘋子敬”でなくなるのか、お伺いしたいところなのですが

 どうしましょうか?」

 

周囲が開けてる長江のほとりの過ごしやすそうな処で、酒肴の席を調えながら軽く言葉を投げかけてみます

 

 

どこまで魯子敬殿が“瘋子敬”として抵抗できるのか、とてもとても楽しみです

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≪建業郊外/魯子敬視点≫

 

不本意ながら確信したことがひとつある

 

それは“今の私では絶対にこの人には勝てない”ということ

 

“瘋子敬”を看破されるのは、観察力の鋭いひとにならあると思ってはいたけど、それを面と向かって言われてしまって表情が強張ってしまった時点で負けを認めざるを得ないと思う

 

「くきゃきゃっ

 失礼ですが何時気がつきましたか?」

 

その笑い方は染み付いてしまっているのですね、と少々残念そうに呟いたあと、仲達さんは答えてくれました

 

「確信を持ったのは今日の調練を見てからです

 あれは未熟ではありますが、正規兵を模索してやっていた調練だと見受けられましたので

 食客となる武芸者では逆にああいう調練はできませんし、そう考えるとご自分で“兵”を持ちたかったのかな、と」

 

黙って聞いている私を面白がるかのように、彼女は答えます

 

「もし本当に(放送禁止用語)な人物であれば、あのような丁寧な調練はできません

 必ずどこかで破綻しますし、寝食を保障したといっても、人はついてこないでしょう

 それに、調練の要所では普通に戻っていましたし」

 

悠然と微笑む仲達さんの観察力には驚くしかない

せいぜい一刻程度の時間で、しかもかなり遠目でのはずなのに、いったいどこまで見ていたんだろう

伊達に世に響く名声を得ている訳じゃないのだという事なんだろうな

 

「それと、求めていた書も要点のひとつですね

 兵学にしても学問にしても武芸書にしても、きちんと基礎を押えたしっかりとしたものを求めていたようですから」

 

うわぁ…

どこまでしっかり情報収集してるんだこの人…

 

思わず唖然とする私を他所に、仲達さんの言葉は続く

 

「他にも、一見無意味に散財しているように見えますが、施す人々の状況や近隣の名士かどうかを見極め、しっかりと友誼を結べるように立ち回っていたようですし」

 

もう呆れるしかない私に、にこりと微笑んで彼女は告げる

 

「“瘋子敬”を騙るには瞳に宿る意思が強すぎましたし

 それでは愚鈍の輩を相手にしたくない、と喧伝しているようなものだと思いますよ」

 

負けた、完敗、もうどうしようもない

でも、私にも意地も誇りもある、ただ負けを認めるのは口惜しいので、ひとつ論戦を吹っかけてみようと思った

 

「くきゃきゃっ

 もしそうだとして、私にこれからどうしろと?

 これをやめて謙虚につつましく、どこかの学士でも尋ねればいいのかな?」

 

そんな私に向かって、彼女はゆっくりと首を横に振る

 

「まさか…

 今更無理に誰かに師事する事もないでしょう

 独学故に稚拙とはいえ、基本はしっかりとできているのですから

 むしろ独学でそこまでに至ったのは、悪く言っても非凡と言わざるを得ないでしょうね」

 

「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!

 天下に名高い司馬仲達に褒められちゃったよ!

 では非凡な私はどうするのが最善だと思う?」

 

さあ、どう答える司馬仲達!

どうせ漢中にでも来いというに決まってるんだから、私に一矢報いる機会をくれ!

 

「それは魯子敬が認める人物にお仕えしてみればよいかと思います

 名士と交流を持っていたのでしたら、それを頼れば人物のひとりやふたりはお知りでしょうし、紹介を受けられるとも思いますよ?」

 

あ、これは無理、もう無理、どうやっても勝てない

多分だけど、経験が違いすぎる

私が独学で学んでいたときに、数多の学士や文士、武芸者を相手に磨き上げてきたであろう、この人の才と能には、今の私では絶対に太刀打ちできない

せめて一矢報いてやろうと思ったけど、それすらも許してはくれないみたいだ

 

そっと差し出された杯を受け取って、ゆっくりと注がれる酒を見つめる

 

なんというんだろう?

 

肩の力が抜けたというか、重石が背中からなくなったというか…

 

それでも、長年培ってきた“瘋子敬”はやっぱり抜けなくて、我ながらひねくれてるなあとは思いつつ、こんな聞き方しか私にはできなかった

 

「くきゃっ

 だったら私が“司馬仲達”と共に働きたい、と言ったら、仕官先を紹介してくれるんですか?」

 

言外に“瘋子敬”はやめませんよ、と匂わせたつもり

まだ子供な私にとっては精一杯の抵抗

 

そんな気持ちも見透かされているような微笑みで、仲達さんはこう答えた

 

「ええ、お望みならばいつでもご紹介します

 大陸の100年先を夢見ることができる、独学での世界など及びもつかない、そんな仕官先を」

 

 

私はこの日、はじめて心から感謝と尊敬をもって頭を下げた

 

 

 

いつかこの人と肩を並べる、そんな自分を明日に夢見て

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≪魯子敬視点≫

 

私が意気揚々と家に戻って最初に宣言したことは、これから漢中に仕官する、という事だった

 

これを聞いてもう、家族の喜んだことといったら…

 

私はどんだけ苦労をかけてたのかが判ろうってもんだよね、くきゃきゃっ

 

とりあえず、家族一族には引越しの準備をしてもらう事にして、私はそれまで抱えていた連中の整理をすることにした

 

これは実際にはかなり慎重を要する事だ

 

完全なんてありえないけど、それでも漢中に着くまではおとなしくしていてくれる人間じゃないとならない

なにせ家族が一緒だ

私ひとりならどうとでもなるけど、ここだけは手を抜けない

 

などと思っていたのだけど、予想以上に簡単に事は済んでしまった

 

“瘋子敬”に従って楽に飯を食おうと思っていた連中は、恩給を渡すことを告げるとさっさといなくなってしまったからだ

後は、これから施行されると聞いている漢中での律に耐えられないだろうという人間に、その理由を説明して、これも恩給を支給した

 

その上で仲達姉樣が残りを吟味し、50名にまで随員を減らす事になった

 

ちなみに、私は先のやり取りのあと、仲達の事を“姉樣”と呼んでいる

いきなりそう呼んだので多分びっくりはしたんだろうけど、これが恐ろしい事に顔にひとつも出ないという鉄壁っぷり

私にそれを言われて少し考えてから

 

「まあ、その呼ばれ方も懐かしいですし、別に構いません」

 

と、微笑みと共にあっさりと了承されてしまい、少しでもあの表情を崩してやろうと思っていた私の目論見はまたも潰えた

 

考えてみれば八人姉妹の次女なんだから、妹が沢山いるはずなんだよね…

 

その事を聞いてみたらこんな答えが返ってきた

 

「修めた学をどこでどのように使うかは自分で決める事です

 我が君や私が請うのならともかく、私が意味もなく誘った程度で仕官してくるようではどの道知れています」

 

などという、なんとも厳しいお言葉でした

 

仲達姉樣は、基本的には非常に厳格な人柄だという事がよく知れる会話です、くきゃっ

 

 

さすがに元々の身代が身代なんで引越しには時間がかかるかと思っていたんだけど、それも一気に解決してしまいました

 

これも理由は簡単で、必要なものは漢中で揃えさせるので私財は全部処分して身軽になってくれた方がいいとのこと

なんでも鎮守府の移転計画も組まれていたりするとの事で、思い出の品やどうしても外せないもの以外はないほうが対処しやすいとのことだ

 

あとは馴染みの食材や調味料等については、種を用意したり製法を聞いておくとよい、という助言も受けている

どうにもならなければ買うしかないけど、これから漢中は間違いなく各地から人が流入し拡大する、と断言しているので、そういった部分でも商人の出番は増えるだろう、と姉樣は言っている

 

「長江に馴染んでいるのなら、魚介にはしばらく苦労するかも知れませんね

 故郷の味が懐かしくなって退官して帰郷、などという事がなければいいのですが…」

 

ちょっと考え過ぎじゃないか、と私は思ったのだけれど、漢中太守とやらはそういった部分をかなり気にしているらしい

漢中太守が姉樣に語ったところによると、人間の味覚っていうのは物心ついた頃には基礎が出来上がってしまうので、そういった“思い出”にはどんな金銀財宝も結局は及ばないのだそうだ

 

人間結局は、どんな豪華な食事よりも素朴で懐かしい味を選ぶもの、という事らしい

 

なるほどとその言葉に納得する私だったけど、この仲達姉樣にものを教えられる太守って一体どんななんだ、と思ったのも事実だったりする

 

そんな賢人だったら名前が知られていないはずもないし、そういう意味でも漢中に士官に赴く意味はあると思える

 

 

こうして予定よりかなり早く出発の準備も整い、なんか邑の長老やみんなに感涙されたりしながら見送られて、私は漢中へと向かう事となった

 

途中までは仲達姉樣と一緒なので、この機会に吸えるだけ姉樣から得ようと思っている

 

 

うん、漢中がどういうところなのか、今から楽しみだ

くきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
通り(ry の名無しさま>種馬は他の作者さんに任せます(笑)(小笠原 樹)
田吾作さま>まあ、過労死ネタで打ち切りも面白そうではありますが(笑)(小笠原 樹)
貴女が姉と慕う仲達が我が君と慕う種馬さんだもの!オトされるのも仕方ないのよ(通り(ry の七篠権兵衛)
簡単な話です瘋子敬さん。貴女より(この時代では)遥かにぶっ飛んだ発想を持つ御仁ですよwともかく、また有能な人物が天譴軍に加わりましたね。後はこれまでハントした人材が一刻も早く一刀の元に来ればいいのですが……このままだと君主と公祺さんが過労死しそうですしww(田吾作)
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