外史異聞譚〜外幕・仲達旅情篇・幕ノ八〜 |
≪河南/司馬仲達視点≫
私財の整理をして一族と私兵と共に漢中に向かう、という子敬ちゃんと共に、私は河南へと赴きました
この地に数日滞在し、その後私は青洲へ、子敬ちゃんは漢中へと赴くことになります
本来の旅路から考えると遠回りになるのですが、南東部が目的地だったのでまあよしとします
何故か私は子敬ちゃんに異常に懐かれまして、今では「仲達姉様」と呼ばれています
漢中についてくる事になった私兵達も、私からも吟味させていただいて、道中で面倒を起こしそうにない方のみ、50名程を選定させていただきました
具体的には私に懸想しそうな輩を排除したともいえます
実力で排除しては不満が溜まりますので、事前に恩給と共に放逐した方が楽でしたし
そして、河南に来た目的は任伯達という人物を探すことです
我が君が言うには
「任伯達は俺の知る中では“屯田制”という曹孟徳が実施した農業改革の立役者なんだ
もし曹孟徳が得る前であるなら是非とも欲しい人材なんだよ」
と、我が君には珍しく力説されていたのが印象深いです
そうして宿を定め、子敬ちゃんの私兵をお借りして近隣に噂を求めたところ、近くの邑に出向してきている、との報が入りました
早速接触をと思い先触れをしたのですが、なぜか連絡が取れません
先触れを頼んだ方も十分信用に足る方ですので、奇妙に思い問いただしてみたところ
「いると聞いて伺ったのに、行ってみると見つからない」
という、なんとも要領を得ない返答しか返ってきません
翌日、念のため人を代えて先触れを出しても、同じ結果となりました
どうにも奇妙で不可解です
いるのは間違いがないのですから、これは自分で直接乗り込むしかないでしょう
一応、任伯達殿の使用人に先触れを言伝ててもらうように手配し、出仕している事を考慮して夕刻にお伺いすることとしました
先触れはしっかりと伝わっていたようで、私は先に客間に通され、しばしの暇を請われます
それは予想の範疇でしたので、失礼に当たらぬよう、家人に菓子と茶を供して待たせていただくこととしました
四半刻ほど経ちましたでしょうか
家人に任伯達殿が戻ったことを告げられ、私は居住まいを正して待つことにしました
しかし、何時まで経っても任伯達殿が来る様子がありません
訝しく思いながらも、試されてるのかと思い待っていると、急になにもないところから声が聞こえました
「あの…
ごめんなさい、私が任伯達です」
驚愕を面に出さぬよう細心の注意を払いながら声のした方向に向き直ると、そこには恐縮しながらも困ったように笑顔を浮かべる女性が佇んでいました
≪河南・任伯達邸/任伯達視点≫
(あはははは…
慣れてるけどやっぱりへこむなー…)
いつもの事なので仕方がないんだけど、どうも私はとっても存在感が薄いらしいです
私を見つけられるのは今のところ両親くらいなもので、困った事にお仕事に行っても私が声をかけるまで、誰も気付いてはくれません
元々は洛陽で仕官していたんですが、これが理由で田舎に左遷されてしまいました
なんでも侍従の方々に言わせると、天性の凶手(暗殺者)にしか見えない、との事です
自分でもそれが天職なのかな、と、たまーに思わなくもないんですが、血を見ると貧血を起こすのでそんな職業には就けないだろうな、と思います
毒を使えばいいじゃないか、とか言われそうですが、そこまでして就くような職業じゃないですよね、凶手って…
そんな風に考える私は、やっぱりそういう後ろ暗い事には向いていないと自分でも思います
周囲の同僚がさすがに同情したのか尽力してくれたので、僻地ではなかったのが幸いでした
そんな感じで最近は役所の人達も徐々に私が声をかけるのにも慣れてきてくれて、それなりな毎日を過ごしていました
今年は飢饉もなさそうですし、お日様はぽかぽかしてますし、この邑では冬に餓死者や凍死者も今年はでなさそうです
とってもいいことですよね
そんな風にぽわぽわしながらお仕事をしていると、執務室にうちの使用人さんが来ました
うちの使用人さんは慣れているので、私がいると言われた場所には“いないように見えても”いるのを知っています
向いてる方向が大抵はいる場所と違ったりするんですが、椅子に座っているときはあまり間違えないので助かります
わざわざ来た理由を聞くと、なんでもお客様が夕刻にいらっしゃるそうです
お名前を聞いてびっくりしました
司馬仲達さんといえば、洛陽の令を勤められている建公様のご息女で“司馬八達”と称される天下の才媛です
もし失礼があったら、私の首なんか一瞬でぽーんと飛んでいってしまいます
最近、漢中の太守様に仕官なされた、と聞いていましたが、どうして私のところに来たのかさっぱり判りません
そもそもがお噂を聞いたという程度なので面識もなければ失礼を働いたこともないので、そこについては悩むのをやめました
とりあえず、なるべく早めに仕事を終わらせて、お待たせしないようにとは考えました
なぜ仕事を取りやめて待つと言う選択をしなかったかといいますと、建公様が大変に謹厳実直で厳格な方なので、仕事を放り出したとなれば逆に失礼にあたるだろうと考えたからです
そんな訳できちっと仕事を終わらせてからの帰路となりました
こんなに緊張して自宅に戻るのははじめてです
家に着くと使用人に帰宅を告げてもらい、来客用の衣服に着替えて、急いで客間へと向かいます
そして思ったのが、噂に違わず綺麗なひとだなー、というちょっとお間抜けな感想でした
なんか、ぼーっと見蕩れてたみたいです
はっと気がつくと結構な時間が過ぎていて、私は恐縮して声をかけることにしました
一瞬“ぴくんっ”と肩が動いたので、やっぱり私に気付かずにいたのだと思います
でも、顔に出ないのはさすが建公様のご息女だなー、と、私は変なところで感心してしまいました
「お待たせして申し訳ありません
私が任伯達です。建公様には格段のご贔屓をいただいております」
すると、少し呆れたような感じでお声が返ってきました
「そのような事はないかと思います
父上の事ですから、伯達様のお働きがしっかりしていたからこそ、それに見合っただけの待遇を処したのだと思いますよ」
言外に追従はいらない、と言われたようなものです
そういうところも建公様のご息女なんだな、と思いました
思わず赤面する私に、仲達様はいきなり本題を突きつけてきました
「漢室の臣である伯達様にこのような事をいうのは失礼にあたるかと思うのですが、漢中にお越しくださって太守様にお仕えすることを考えてはいただけませんか?」
その言葉に私は少し考えます
正直、洛陽での漢中太守の評判は、あまり芳しくありません
大長秋に取り入って養子となり、身分を買って太守になったような男の評判が良いはずはないのです
しかしながら、ここで考えなければならないのが、仲達様がそこに仕官なされたという事実です
あの曹孟徳殿の希望すら一顧だにしなかった方が、果たして腐った宦官風情に取り入った愚物にお仕えするでしょうか
漢室の官吏として考えると、どうしてもそこに矛盾が出てくるのです
そんな私の内心の葛藤が伝わったのでしょうか、仲達様は竹簡をひとつ差し出してきました
漢中太守の印綬が捺されているそれを押し戴いて、拝見させていただくこととします
その内容は、画期的かつ大規模な、農林工業や治水灌漑工事、そして上下水を含めた都市計画の想起書でした
確かにこれが実施されれば、飢饉などの天災による被害は大幅に減少される事でしょう
少なくとも餓死者は大幅に減るに違いありません
しかしこれを何故私に?
疑問が顔に出ていたのでしょう、私が問う前に仲達様は答えてくださいました
「太守様は、その想起書の内容を吟味検討し、実行するにあたっての総責任者として伯達様、貴女の仕官を望んでおられます」
「え…?
え……?
えええーーーーーーっ!」
驚くなというのが無理な話です
漢室の臣とはいっても、所詮私は一介の役人に過ぎません
それがどうして、いきなりこんな話になるのでしょうか
驚愕に声も出ない私に、仲達様は告げられます
「その想起書を見てお判りのように、今の漢中太守様は金で官位を買って私利を貪るだけの官匪とは全く次元の異なるお方です
100年後の太平を考え、それをまず実行するための場として漢中を選び、そのために官位を買ったに過ぎません
世評でどう扱われるかを理解した上で、名声より実を取る事を選べるお方です
それでも伯達様にとっては、お仕えするに値しないでしょうか」
私は、慎重に竹簡を巻き直し、丁寧に紐をかけてから、それをお返ししました
これだけの事を考え、仲達様をここまで心酔させ、その上で自分に過分に過ぎる評価を与えてくれる人物に、私も会ってみたくなりました
「お仕えするかはこの場ではお返事できません
ですが、私も一度、その太守様にお会いしてみたく思います」
微笑みと共に首肯する仲達様に、私は静かに目礼をします
そんな私の問題はただひとつ
会いにいくのはいいんだけど、太守様が私に気付いてくれるかな…
≪河南/任伯達視点≫
私は周囲に角が立たないよう、父母や上司に書簡を出し、心付けを調えて漢中へと向かう準備を進めます
今まで雇っていた家人にも次の職場を斡旋し、不在中の事柄やそのまま漢中に留まる場合の事も考慮して引継ぎを行います
官職を個人の都合で辞するのはそんなに難しくはないのですが、体面というものがあるためそれらを疎かにするのは好ましくありません
父母や縁戚の今後に差し障るようでは困るのです
その点について仲達樣に尋ねてみたところ
「漢中では賄賂の授受は死罪です
それと縁戚による仕官の登用はありません
このように私達が士官を請うのでもなければ、科挙にて示していただく必要があるかと思います」
などという常識外ともいえる発言が返ってきました
確かに科挙で群を抜いた実績を示せば登用されることはありますが、縁戚の紹介と付け届けの有無、それと身形を整えること、これらは絶対なのです
そうでないならば、誰か有力な諸侯貴族の食客として身を立てる以外に出世の方法などありません
なら商人になれば、と考える人間も少なくはないのですが、人間ひとりが運べる量などたかが知れています
おまけに各諸侯が設定する関税は基本的に高額で、容易に遠方に商売をしにいく事も適いません
街道の治安が非常に低い事もその要因です
つまり、商人として財を成すにも、身分や血筋、そして縁故や付け届けは必須なのです
(うわあ……
これは豪族や邑長なんかの反発はものすごいだろうな…)
これらを“律”として定めるのは、実は漢室の提示する“律”には沿っています
悪習というべきでしょうが、慣例と慣習によって、現在はそれが主流となっているというだけなのです
また徴兵をしなくなり、将兵が家系から輩出されるという点も多分にあるでしょう
多分、中央にしてみれば、どのような政事が行われているかよりも、どれだけ租税があがり付け届けがくるかの方が現在では重要なのです
漢中に赴くならと、仲達樣から預かった想起書の内容は、私が一見一考した範囲ではとても可能とは思えない常識外の事柄で満ちています
多分に、各所からの相当な反発と拒否が予想されるものばかりです
そのような中で異常といっていい内容で行われるこの改革
それの実務指導者として私を選んだ理由
見込まれているのでしょうが、どうしても私には理解できない事があります
この計画に“どうして”私を選んだのか
この疑問を解消するには、やはり漢中に赴くしかないでしょう
これらの事をよく考え、どこまでが実践できるかを漢中を見てから擦り合わせ、そして風評では宦官に取り入った愚物と言われる太守の人物を確かめる
その結果、真に民の為になる人物であったなら、私は漢中に仕官しようと考えています
考える時間は十分にあり、それを確認する機会も十分にあるのですから
こうして、仲達樣と同行していた魯子敬さんと共に私も漢中に向かうことになりました
仲達樣はこの後河北に向けて旅を続けるのだそうです
旅の目的が私のように埋もれている人物を漢中に招く事だと、別れ際に聞かされました
大変なお役目を微笑みを絶やさずに続けるなんて、やっぱり建公樣のご息女なんだなあ、と改めて思います
そして、子敬さんに紹介されたのですが…
やっぱり気付いてもらえませんでした
私、この旅の途中で置いていかれないよね………くすん
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です 尚、登場したオリジナルキャラクターについては 『http://www.tinami.com/view/315164』 を参照いていただけると助かります コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
Fモモンガさま>漢室のそれという意味ではその通りです。漢中で行われているのは後年の“実力主義”の科挙ってことですね。試験の方法も九品中正法とはかなり異なります。次のQ&Aがあったらいってみっかな、これ(小笠原 樹) この時代における科挙?と縁戚の紹介の区別がよくわからないんだが似たようなものじゃないのかな?勘違いだったらすみません。曹魏の功績が人知れずなくなっちゃったのなら寂しいな(Fモモンガ) 通り(ry の名無しさま>そっち方面の理由で種馬はアリだな…(小笠原 樹) 田吾作さま>そこに居ても気付いてもらえないだけで、名前やら存在まで忘れられたりはしない…はず…(小笠原 樹) が、一刀はなんら当たり前のように彼女を視認できる・・・やっぱり種馬はたね(ry(通り(ry の七篠権兵衛) 某白蓮を超えるレベルの影の薄い子ですかい……この子の功績はちゃんと他の人に認識されるんでしょうかねwちょっと心配ですww(田吾作) |
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