とたとと
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 眠り姫を読んだ後に寝ている人がいたら、白雪姫を読んだ後に目の前に死体があったら、迷わずキスをしてしまうような品性を彼は持っていた。

 彼はその死体に口づけをする。唇が触れた瞬間、死体はわずかにゲップをした。

 死体は割とゲップをする。人によっては生前よりゲップをすることになるだろう。体内にたまった腐敗ガスが漏れる音なのだそうだ。しかし、まだ小さな子供にそんなことがわかるはずもなく、彼女が息を吹き返したものだと思ってしまったのだろう。

 慌てて大人たちを呼びに行き、女の人の死体が林にあったこと、キスをしたら生き返ったことを伝えると、半信半疑でついてきた。戻ってくると、死体は無くなっていた。彼女が意識を取り戻してどこかに行ってしまったのだと思ったが、普段からウソをついて大人たちを無駄働きさせることを生業にしていたことが災いし、誰も信じない。大人たちが屋内に戻った後も一人で捜索してみたが、どこを探してもいない。

 本当の所、見つからなくても良かったのだ。人命を救助できたと思ったからではない。

 (僕には、能力がある)

 そう思った。死人を生き返らせる能力だけではない。絵本の中の話を現実にすることが出来たんだ、そう確信した。その後も死体が見つかったというニュースはなく、確信はますます強固なものとなっていった。

 

     ●

 

 朝起きて、目が覚めて、精神統一して、部屋を出て、着替えて、ご飯を食べて、部屋に戻って、日本の国旗をじっと見つめる。

 そのまま数分たったら、おもむろに立ち上がり瞬きをせず、手の平にパワーを集中させ、放つ。

すると、手を中心にモヤモヤとした青いオーラのようなものが発射される。これが、最近発見した僕の新しい能力だ。

 はじめの能力ももう一度試したかったが、さすがにそう簡単に死体が転がっているということはない。マネキンや友達の妹が持っていたリカちゃん人形でも試してみたが、無駄だった。死体でしか成り立たない能力なのか、それとも他になにか特殊な条件があるのかなど、様々な失敗の原因を考えてみたが、死体が手に入らない限り分からない。

 そもそも、死体とマネキンにどのような違いがあるんだろう? 生きている人間と死んでしまった人間の違いは分かる。死んだ人間には未来も可能性も意思も、何もない。でもそれはマネキンも同じだ。死体は動かない。それは動けるような構造ではないからだ。ならそれはマネキンも同じなんじゃないのか? と考えた所で、ふと思いついた。動かすために必要な力の量が違うんじゃないか? それなら全て納得がいく。死体が動けないのは「動ける」の枠から少しだけズレてしまっているからで、マネキンが動けないのは「動ける」の枠から大きくズレているからなんだ。それを治すのには、ズレの大きさに応じた力が必要で、力が僕には足りないだけなのかもしれない。力を蓄えるにはどうしたらいいんだろう? もしかすると力の溜まるスピードはものすごく遅くて、数年分の蓄えをあの日いっきに使ってしまったのだ。あのとき僕は六歳だったから、六年分の力だ。それを全部使って死体を生き返らせるのがやっとだというなら、マネキンを動かすためにはどれだけの力が必要なんだろう。六年以上、僕が十二歳になるまでできないかもしれないし、もしかすると僕の第二の能力を無駄に連発していることが力の浪費になっているかもしれない。

 ビリリリリリリリッと部屋の時計からアラームが鳴る。時間だった。七時三十分。学校に行くには完全に遅刻だが、小学校の出席日数は高校入試に影響しないことを姉に聞いて以来、僕はあまり授業に出ていない。塾で勉強してるんだから学校でやる必要ないだろ、って感じだ。僕の通わされている塾は小中高一貫性で、一度入ったら二度と出てこれないことで有名だ。塾の中では日本語を使うことは許されないので、コミュニケーションの時間にしか会話しない。両親は僕を日本の大学に進学させる気はないらしく、やけに海外に固執している。そこには聞くも涙語るも涙の一大感動ドラマがあるんだろうが、両親に逆らう気は一切ないのでスルーしている。選んだ自由に傷つくよりも決められた道をただ歩くほうがいい。だいたい自由なんてロクなもんじゃない。自由がないだのと周囲に当たり散らす奴は大抵怒ってるかセックスしてるかの二択だというのが、僕の今までの人生で得られた経験論のひとつだ。ちなみにセックスの意味はよく分かっていない。なんなんだろうねアレは? 僕の推理では体育となにか関係があるんじゃないかな。どうでもいいけど。

 八時十分、学校に到着。授業には出ていないが学校には来ている。腕時計をしてきてはいけないというので、小型の懐中時計を持ってきている。腕時計がダメなのは、アクセサリーとしての側面があるからだろう。僕はオシャレ野郎は大嫌いなので、この件に関しては学校側を支持している。こっそりシャーペン持ってくる奴なんか本当に死ねばいいと思う。シャーペンの芯をコンセントに差し込んで感電すればいい。感電のシステムはよく知らないが、日本のコンセントは穴二つだから両方に差しこめば感電することだけは間違いない。僕には力がある。感電を、強く願う。

 靴を上履きに履き替え、ドアの窓から教室をのぞくと、すでに授業は始まっている。先生は席を見て回っていて、みんなは机に向かっている。テストでもしているのだろう。感電死していそうな生徒もいない……と思ったが、席がひとつ空いている。誰かひとり、授業に出ていない。珍しいことだ。クラスの奴らは僕を反面教師に一丸となって休みもせず遅刻もせず早退もせず、健康第一でやってきているはずだ。しかも休んでいるのはおそらくリーダー格の長沼智子。初日から数人を連れ立って廊下を練り歩いていたからよく覚えている。部屋の後ろのランドセルを置くスペースに目をやると、赤と黒が綺麗に並んでいる。彼女のランドセルはあるようだ。感電しているのではないか、という淡い期待を胸に保健室に向かうことにする。

 

 保健室の前につくと、中から物音が聞こえてくる。ガサゴソ。声もかすかに聞こえる。耳をすましてみると「でも智ちゃんってまだ初潮始まってないでしょ?」「たぶん」「じゃ大丈夫だよ」何を言っているのか全く分からないが、男女二人組でトモチャンという単語が聞こえたからには、長沼智子はここにいて生きてる。チッ。まぁ、いつものことだ。僕だってこんな簡単に能力が発現するとは思ってない。それに、まだ感電の可能性は大いにある。見つからないように観察を続けよう。

 

「お前ぇ、何やってんのぉ?」

 

 一瞬ビックリして背骨が直列したが、この野太い声とやたら流暢な発音はユーフォーだ。ゆっくりと後ろを向く。「静かにしろデブ」ニヤニヤ笑っている。ユーフォーというのはウザイ・太い・重い 、の頭文字で、しかも自分から名乗っている。ウザイ。

「なんでここにいるんだよ。授業はどうしたんだブタ」

「授業は終わったよ〜ん。お前のとこのクラスももうすぐ終わるから、探偵ゴッコもほどほどにしとけよぉ?」

 ウザイ。授業が終わっただと? まだ一時間目終わりまではだいぶ時間があるはずだ。

「探偵ゴッコじゃねーって言ってんだろ。研究してるだけだ脂肪。それより長沼智子はどうして保健室にいるんだ? なんでそんなに早く授業終わったんだよ。なんかあったのか?」

「なんかあったから全校集会だよぉ。体育館に集まれってさぁ。ほらっ! 早くっ!行った行った!」

 ウザイ。だが僕にはコイツしか頼れる人間がいないのだ。どうせ全校集会なんて僕にとって何言ってるか分からないダラダラした話を延々続けてるだけなんだから、あとでユーフォーに聞こう。こいつしか話が通じる人間がいないというのが塾と決定的に違うところだが、僕はこっちのほうが好きだ。話なんて通じないほうがいい。何言ってるかワッカリマセーンって顔してりゃいいんだ。

 

 

「お前ぇ……ほんっとに、楽しそうだなぁ」

「そりゃそうだろう」当たり前だ。ああ楽しい。

 児童がいなくなったらしい。村崎万由子。これも僕の知っている人間の一人だ。塾で同じクラスだったし、何より気になるのがあの頭。後頭部の左下の髪が異常に薄いのだ。僕はテストの時間にその部分の毛をむしり取っている村崎を見たことがある。衝撃を受けた僕は、彼女のことを一時期観察していた。むしりとった毛は丁寧にティッシュにくるんで筆箱に詰め、持ち帰っていたようだ。彼女もまた、何らかの能力を持っているのではないかと考えたこともあったが、残念ながら少し調べると科学的根拠が見つかってしまった。抜毛症。ストレスで毛を抜いてしまう精神の病気らしい。すでに彼女への興味は失せていたが、ここに来てランキングが急上昇。

 彼女がいなくなったのは授業中の教室で、彼女が消えた瞬間を誰も見ていないらしい。後ろから二番目の席だから、見られずに出るくらいなら出来るかもしれない。体育館に集められて今すぐ集団下校が言い渡されたからには単にいなくなっただけというわけではないだろう。

「今、先生方が校内を捜索中だってさ〜。心配だなぁ。あの子は要注意人物だから。校内ではお前の次にねっ!」

 無視。僕も捜索しよう。心当たりがいくつかある。

「あ、無視だ! 無視された! ひっどいなぁ〜。ちゃんと家に帰るんだぞぉ!」

 無視。デブは無視。無視。

 

 

 中庭に出る通路脇にある倉庫を探そうと一階に降りると、保健室から声が聞こえてくる。まだいたのか? 村崎消失イベントですっかり忘れていた。興味も失せていたが、一応見ておくか……とドアの窓から見た風景に、僕は固まってしまう。

 白いテーブルの上に長沼智子が座り込んで祈りのポーズをしていて、周りには黒いモヤモヤしたものが散乱し、それがなにやら模様を形作りながら彼女を中心にくるくる回っている。

時計だ。

モヤモヤはテーブル一面に広がっており、秒針・長針・短針・文字盤に当たる部分のモヤモヤだけが少しだけ色濃くなっている。聞こえてくる声は日本語でも英語でもないようだ。文字盤には単純な星型のマークが浮かび上がっており、カーテンの隙間から入り込む光とあいまって幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

 一目見て、確信する。

 

 魔法だ。間違いない。

 

 気づけば、保健室の中に入ってしまっていた。ドアを開けた音が長沼智子に聞こえたはずだが、こちらを気にする様子はなく、一心に謎のブツブツを続けている。

 しばらくその光景に見惚れていた。この世界には魔法がある。この世界には魔法がある。この世界には魔法がある。なんて素敵なんだろう。

 

 

 どのくらい時間がたったのか、長沼の魔法は終わったらしく、不意に立ち上がりテーブルから飛び降りる。衝撃でテーブル上の模様は消え、長沼はどこからか白い布をもってきてテーブルにかける。

「ふふ。やっときたね。エリアス・コールフォールド君」

 

 ((人外人|とたとと)) つづく

説明
幼少期の体験から小二病を発症した主人公のヒネクレ学園記
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学園 小学生 恋愛 ファンタジー ミステリー 

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