レッド・メモリアル Ep#.12「臨界Part2」-1 |
鉄槌は確かに人類へと振り下ろされた。
その鉄槌は、決して神が振り下ろしたものではなかったが、人類の未来の運命の方向性を大きく変える鉄槌であった事に違いは無かった。
その新たな方向性の先には混沌しか存在していないと大多数の者達が思った。元々、不安と脅威に怯える世界ではあったが、鉄槌によって生み出された新たな方向性には、何も見る事は出来ない人類がいた。
人類全ての方向性さえも代えてしまう巨大な鉄槌は、確かに神が振り下ろした巨大なものにしか人類にとっては見る事が出来なかった。
だが、その鉄槌は、巨大な目に見えぬ粒子の放出と爆発だけで全てでは無かった。
本当の意味での鉄槌は、これから起こるのだ。鉄槌は確かに、大国の軍事基地に巨大な跡を残したのであるが、それは振り下ろされた直後の衝撃でしか無かった。
鉄槌の巨大な衝撃波は、これから人類自身によって余波として世界中に荒れ狂う、嵐となる。
4月11日 6:22A.M.
『ジュール連邦』《アルタイブルグ》
《チェルノ記念病院》
『チェルノ財団』の主にして絶大な権力を、国にも社会に対しても持つ男、ベロボグ・チェルノは、ようやくその目を覚ます事が出来た。
彼自身が患っていた脳腫瘍は、ベロボグを死の淵にまで追いやった。彼はもう少しで生死の狭間の崖から、死と言う深淵に落ちる所であったが、どうやら寸前のところで踏みとどまる事が出来たらしい。
ベロボグも、自分自身で生きている事が奇跡だと思った。
脳腫瘍の悪化は、彼自身が最もよく知っていた。何しろ、彼自身が脳外科医であったのだから、自分の脳に巣食う化け物がどれだけの脅威であるかを理解していた。
死は覚悟していた。死ぬ事に恐怖は感じていない。だが、今死ぬのでは、あまりにもやり残してきた事が多すぎる。ベロボグは自分自身の使命を知っていた。その使命を果たす前に死ぬわけにはいかないのだ。
だから彼は、自分が生きていた事を感謝した。
目を覚ました彼は、薄暗い部屋の中にいる事を知った。それは病室だったが、密閉された空間になっていた。
病室の窓には分厚いシャッターが下りており、外の景色は見る事ができない。病院がこのような状態になっているのが何故か、ベロボグは自分が眠りについている間に起こった出来事を悟った。
どうやら、時は熟したようだ。
自分の使者は事を成し遂げたのだろう。最後に彼と話したのは、再び意識を失う直前で、ベロボグは、自分の計画の成り行きの一部を見る事が出来なかったが、満足していた。
ふと、ベロボグは、自分が横たわっているベッドに覆いかぶさるようにして、レーシーがいる事を知った。
彼女は、その長い金色の髪をベッドの上に広げており、人形のような服装もそのままだ。
レーシーはベロボグの大切な娘の一人であり、シャーリと共に前線で活躍する一人であったが、まだ幼い子供である事に変わりは無かった。
ずっと自分の側にいて疲れてしまったのだろう。横たわり、ぐっすりと眠っている。この寝顔を見るだけでは、彼女は愛らしい孫娘であるかのようだ。とても、恐ろしい本性を隠しているようには見えない。
ベロボグは、レーシーの頭を撫でてやろうと手を伸ばした。あの手術をするまでは、思うように手を動かす事さえもできなかったが、今はできる。
朽ちていく枯れ木であるかのように、ベロボグの手はやせ細っていたが、この腕にも活力が戻ってくる事だろう。腕や体の節々を動かす際に、巨大な鐘を打ち鳴らすかのように頭の中で響き渡っていた、あの頭痛も収まっている。
レーシーの髪は艶やかな金色で、一点の汚れも無いかのようだった。髪の通りも良く、彼女が完璧な存在である事を感じられる。
ベロボグはレーシーの頭を撫でてやることで、彼女の存在をはっきりと感じ、自分がまだこの世にいるという事を実感した。
偉業を成し遂げるまでは、死ぬわけにはいかない。
その気持ちがベロボグの心と体を奮い立たせた。
「お父様?」
ちらりと病室へと顔をのぞかせてくる姿があった。それはシャーリだった。彼女の姿は最期に見た時は霞んだ姿としてベロボグには映っていたが、今はそんな事はない。はっきりとしたシャーリの姿がベロボグには映っていた。
一点の曇りもない。彼にとって愛すべき娘の姿がそこにあるのだ。
「おお、シャーリよ」
レーシーの頭に手を乗せながら、ベロボグはそう言った。今なら、両手を広げて彼女を迎える事ができるだろう。
シャーリも、父親が再び意識を取り戻し、以前よりも活力を戻している事に満足しているのか、満たされたような表情を見せていた。
「お父様、成功しました。昨日、『WNUA』は、ここ『ジュール連邦』に対して宣戦布告をしました。現在、《ボルベルブイリ》の海岸10kmの地点に艦隊が現れています」
シャーリのその言葉は、ベロボグの予想していた通りの計画の遂行を示していた。どうやら、あいつは良くやったようだな、そう思った。
「よくやった、シャーリよ」
ベロボグの顔の筋肉はまだ強張っており、満足な笑顔と言うものをシャーリに対して向けるのは辛かったが、それでも精一杯の表情をベロボグはして見せた。
「いえ、大変なのはこれからです。ですが、お父様はしっかりとお休みください。これからの崇高にして壮大なお父様の目的を成就させるのです」
だが、ベロボグはまるでその言葉を遮るかのように、シャーリへと手を伸ばした。
「いいや、お前はよくやってくれた。これからは私の番だ」
するとシャーリはベロボグの手を握りはしたものの、その赤髪に顔の半分を覆った顔で、心配するかのように目を潤ませてくる。
「お父様はまだお休み下さい。そのお体では」
シャーリはそう訴えてくる。愛する娘が目を潤ませてこちらを向いてくるのは、ベロボグにとっては、耐え難い苦痛であるかのようだった。
だから彼は話を切り替えた。
「アリエルは、どうしている?」
そのベロボグの言葉で、シャーリの表情が突然変わった事を、彼ははっきりと目にした。
憐れみのような目の色が、突然、何かを嫌悪するかのような目に変わるのだ。
「鎮静剤で、眠らせてありますわ。もう、お父様の手を煩わせになるような事はありません」
シャーリの声が冷たくなる。我が娘の声にしては何とも残念だ。異母姉妹であるはずのアリエルをこのシャーリは嫌悪しているのだ。
「そうか、なら良かった。ミッシェルも一緒か?」
「ええ」
シャーリの冷たい声は変わらない。参った事に、ベロボグにとって、これから行われるであろう壮大な計画には、どうしてもこのシャーリの、家族に対しての嫌悪を取り除く必要がありそうだった。
セルゲイ・ストロフは結局、テロリスト達に拘束されたまま一夜を明かした。病院の中の人々は一箇所、病院の表玄関側のロビーに集められ、マシンガンを持ったテロリスト達によって見張られている。
彼らが暴力的に出たのは、ストロフの仲間達を襲った時だけで、それ以上は手出しをして来ようとしなかった。
ストロフが政府関係者であるという事は、テロリスト達も気づいているはずだったが、彼に対して手出しをして来ようとはしない。一体何故か、目的でもあるのだろうか。
逃げ出そうと思えば、テロリスト達の隙をついて逃げ出す事もできるかもしれない。もしくは、病院の中に上手く潜り込み、テロリスト達の要塞と化した、この病院の中を探ってやる事もできたかもしれない。
だが、そんな行為がバレれば人質の身が危険にさらされかねない。下手な手出しをする事は諦めた。今は見える範囲で、このテロリスト達の目的を探るのだ。
表玄関やあらゆる窓と言う窓、そしておそらく通気口なども分厚いシャッターによって遮断されている。テロリストはこの病院内に籠城して夜を明かし、一体何をしようと言うのか。どうやら要求を突きつけるような事もしていないようだ。
まるで、彼らは何かを待っているかのようだ。それは一体何なのか。外の様子を探る事も出来ないストロフにはそれも分からなかった。
人質に取られている病院の患者達は怯え切っている。だが、徹夜で人質を見張るテロリスト達も、さすがに耐えられなくなっているのか、その動きに集中力を感じられなくなってきた。
どうやらあともう少しで、大きな隙を作れそうだぞと、ストロフは人質にありながら、獲物を狙う獣であるかのように、テロリスト達へと目を向けていた。
一方、外にいる軍の特殊部隊隊長は、病院の様子を再び確認した部下から連絡を受けていた。
「では、C4爆弾は使用できないと言う事なのか?」
と、隊長は無線機越しに部下に尋ねた。
(はい。中の人質を危険にさらす可能性がありますし、何よりもこのシャッターはC4では破壊できないでしょう)
部下の声は機械的で、まるでロボットのようだった。隊長は、丸一日経っても手出しする事が出来ない、鋼鉄の金庫と化した病院を見張る事しかできなかった。
病院内へと繋がる携帯電話、回線、更には無線などあらゆるものが遮断されており、テロリスト共は籠城を決め込んでいる。しかも彼らからの要求さえ無い。
戦車砲でも撃ち込んでやれば、金庫に穴を開ける事ができるかもしれないと隊長は思っていたが、そんな事をすれば、中の人質も巻き添えにしてしまうだろう。
つい2年ほど前、『スザム共和国』にほど近い地方で、鉄道列車が丸ごとテロリストに乗っ取られ、人質を取られた事件があった。丸三日もテロリストは籠城し、その解決に当たっていた軍は、C4爆弾を使い強行作戦に出た。
事件は解決したが、テロリストだけでなく人質の20人が死亡し、事件は大惨事となった。国際社会からも激しく非難されたその事件は、『スザム共和国』に対する『ジュール連邦』側の暴挙とさえ知られている。
その作戦を強行した隊長のようになるわけにはいかない。特に、今のような時期は。
世界で、今何が起きているのかは、その作戦部隊隊長も良く知っていた。嫌と言うほどはっきりと自覚している。
「隊長!」
先ほどとは別の隊員が、隊長の背後から呼びかけてきた。
「何だ?」
隊長は即座に切り返す。
「隊長に会いたいという方々がいらしています」
その隊員の言葉に、隊長はいよいよ面倒な事になってきたと直感した。
「それは誰だ?」
色々な連中が顔に浮かぶ。軍のもっと上の人物、それとも国家安全保安局とか、政府の連中か?どちらにしろ、作戦をかき乱される事には違いない。
「それが、『タレス公国軍』の者達で」
その言葉に、思わず隊長は背後を振り向いた。
「何だと!」
隊長は驚愕した。『タレス公国』、つまりは『WNUA』側の人間がここに来ていると言う事が、どのような事を意味しているのか、隊長には理解できなかった。この世界の情勢下で、一体何のつもりだ。
「分かった。会う」
だが、見過ごす事も出来ない。そう判断して隊長は隊員にその者達のいる所へと案内させた。
やがて隊長が病院の周囲に敷いた包囲網の外に出て見ると、そこにいたのは黒いスーツを着た背が高いサングラスをかけた男と、白いスーツに身を包んだ金髪の女だった。彼らの背後には黒いバンが止めてある。
「一体、何の用だね?」
今、世界で何が起きているのかは隊長も知っている。そして自分は軍の隊員を指揮できる立場にある。
「私は、『タレス公国軍』のリー・トルーマンで、こちらはセリア・ルーウェンス。私達はある捜査にやってきた」
男は、ジュール語を操りそう言って来た。どうやらこの国の言葉に堪能であるらしく、しっかりとした発音で話してくる。訛りが多少あるが、ほとんど気にならなかった。こちらの言葉にかなり精通しているようだ。
「捜査?戦争の間違いじゃあないのか?」
隊長は、相手の男のサングラスの向こうの瞳を覗きこむくらいの眼光をして答えた。
するとサングラスをかけた男は、隊長ではなく、病院の方を一瞥して言ってくる。
「世界で今、何が起きているのかは、私達も知っている。だが、私達は戦争をしに来たんじゃあない。武器も持っていない。ここには特別な捜査で来たのだ」
サングラスの男が、まるで機械が喋るかのように、感情のこもっていない声で話してきた。
「お断りする。ここで起きている事は、我が国の問題だ。敵国の問題じゃあない!」
この男は何を考えているのだ。隊長は、素早く話を終わらせ、彼らを門前払いにするつもりだった。
だが男の方は続けて言ってくる。
「ここは『チェルノ財団』が建てた病院だろう?我々は、戦争の理由は彼らが作っているものだと判断している。彼らが、我が国へと核攻撃を仕掛けた。だから我々がここに来た」
母国語でないせいなのか、自分の国で起こった出来事にまるで動じていないかのような言葉遣いだ。
「では何故、お前達の国は、我が国に宣戦布告した?」
はっきりと隊長は言い放った。すると、サングラスをかけていた男は、そのサングラスを外した。現れたのはサイボーグのような顔で、かなり威圧感がある。目つきも鋭く、こいつは只物では無いと隊長は直感した。
「大統領の判断は、我々の知る所では無い。だが、私は上官から命令を受けた。『チェルノ財団』の陰謀を摘発し、戦争を止めさせる証拠を掴むようにとな」
「戦争を止めるだと?ふざけているのか?」
隊長はサングラスを外したその男に凄んだ。だが、男の方は表情を変えようとはしない。
「ふざけてはいない。現実的な考え方だ。それに、これは君達の国の為でもある」
「いいか?俺はこうしてお前と話しているだけで、百歩は譲っている。本来ならば、軍人同士、敵の関係だ。お前をここで捕虜にしても、戦時中だからな。問題ないわけだ。それを理解しておけよ」
そこまで言ってしまうと、隊長は男達に背を向けて現場に戻ろうとした。
この男は多分、現場にまるで出た事も無いような制服組だ。上の命令をそのまま言いに来て、それで全てが片付くと、そう思っている。
これ以上話していても無駄だ。
「君達も、本当は戦争などしたくはないのだろう?そうだよな?君達の国は、『WNUA』側と戦争を始めれば、まず間違いなく負ける。戦争捕虜になるのは君達の方だ」
背中に投げられてきたその言葉は、喧嘩の売り文句か。そう思って隊長は振り向いた。
どうやらこの男は喧嘩がしたいらしい。それは戦時下の両国同士では戦闘行為だ。銃を抜いてやってもいいだろう。
だが、隊長が何かを言うよりも早く、男の方は言って来た。
「我々も、戦争を止めたいと考えている。そして今、君達が置かれているこの状況に対して、私達は協力する事ができる。この病院で起こっている事については、我々はすでに突きとめている。
武装しているテロリストが病院を乗っ取り、立てこもりが一日以上続いているんだろう? 我々ならばそれを解決する事ができるかもしれんぞ」
「ほう?偉そうな事を言うんじゃあない。今、この病院を制圧しているのは、我々だ。戦争をしに来たのではないと言うのならば、お前達は部外者だ。黙って引っこんでいろ!」
隊長はそれだけ言い放つと、『タレス公国』から来た二人の使者を決して包囲の中に入れようとはしなかった。
『タレス公国』の《プロタゴラス空軍基地》からやって来た、リー・トルーマン、セリア・ルーウェンス、そしてフェイリン・シャオランの3人が、『ジュール連邦』に降り立ったのは、《プロタゴラス空軍基地》が核攻撃を受けた、その20時間後の事であった。
『タレス公国』と『WNUA』に加盟している残りの六カ国は、即座に『ジュール連邦』に対しての開戦を宣言。『ジュール連邦』の大陸の西側から、いつでも攻撃を行える空母が迫って来ている。
だが『タレス公国』のカリスト大統領は慎重だった。開戦宣言こそしたものの、まだテロリストの関与を疑っているのだろうか。長距離弾道ミサイルを用いた攻撃ならば、即時にも大陸間での攻撃が可能なはずだったが、まだそのような攻撃が行われている気配は無い。
リー達は、ゴードン将軍の意志を継ぎ、テロリスト達の陰謀を暴き、戦争を食い止める使命があった。
ゴードン将軍は、間違いなく、《プロタゴラス空軍基地》で起きた核攻撃によって死亡している。あの場に残してきた、デールズも同様だ。
彼らの遺志を受け継いだリー達は、すでに突きとめてあった『チェルノ財団』の拠点の一つ、《チェルノ記念病院》を目指した。一行は、『ジュール連邦』には、隣国の、『ジュール連邦』側、そして『WNUA』側のどちらにも属していない国の空港を経由し、一般客と交じって《ボルベルブイリ》の空港に到着。そして《チェルノ記念病院》のある、《アルタイブルグ》にまで移動したのだった。
そこまでは問題なく移動する事が出来た。しかし、《チェルノ記念病院》ではテロリストによる人質監禁事件が続いている。これが『タレス公国』の内部で起きている事件であったら、リー達も中へと踏み込む事ができるのだが、『ジュール連邦』は『ジュール連邦』の問題だ。簡単に内部へと足を踏み込む事は出来ないだろう。
「門前払いを食らってしまったわね。わざわざこんな所まで来て、一体、どうするって言うのよ?」
セリアが、特殊部隊隊長の目の前から戻って来たリーに向かって言った。
「言葉が分かっていたか?」
と、リーはセリアに今までと変わらぬ口調で答える。
「まさか。でも、態度の示し方というものは、大抵万国共通よね。どんな事を言っているのかなんて、すぐに分かっちゃったわよ」
「そうか」
セリアにそう答えるなり、リーはそのまま歩いて行き、病院前の通りに止めてあった、黒い車の中へと乗り込んだ。
車の中では、フェイリンがコンピュータデッキを動かしており、車の中を電子画面で埋め尽くしていた。彼女は半ば強引にこの場に連れてこられたも同然だったが、軍に協力している立場で、しかも、この事件を解決する事により、世界規模の大戦を食い止める事ができる。報酬の話を出すよりも早く、フェイリンは文句も言わずにリー達に付いてきた。
「病院の見取り図はどうだ?侵入できそうな所はあったか?」
リーは車の中にいるフェイリンに尋ねた。
「いえ、どこも封鎖されてしまっているようですね。鼠一匹さえもどこからも入る事ができませんし、抜け出す事ができないような状態になってしまっていますよ」
と、フェイリンは言って来たが、すぐに言葉を続けた。
「ですが、どうも、この病院の見取り図は、何度も改編されているみたいで、ここ一年間でも何度も改編されています。特に、地下水道が改造されていますね」
「改造されている?」
リーがフェイリンの顔を覗き見た。
「え、ええ、どうやら、その。地下水道が何度も改造されているようで。これを見てください」
そう言ってフェイリンは、車内に現れている画面の一つをリーの目の前へと持っていった。
それは病院の地下に張り巡らされている、迷路のような地下水道の配線図だった。
「ここ、ここは薄いな。しかも地上は一階の備品倉庫か。爆弾があれば破る事ができるだろう」
「しかし、その程度ならば、すでにこの国の人達がやっているんじゃあ」
フェイリンは自信もなさげにそう呟く。彼女はどうもリーの事が苦手であるだろうという事は、彼自身も良く分かっていた。
フェイリンは軍の情報技官を退き、フリーでやりたい仕事をやっていたような人物だ。セリアに言わせれば、信頼はできるらしいが、命令に絶対服従するタイプでは無い。だがリーはそんな人間の扱いも心得ている。
「この地下の水道管が改造されているという記録は、君だから発見できたのだろう?我が国にある最もパワーのあるコンピュータ。それを使い、病院の情報にアクセスし、ようやく判明したような情報だ。この国の軍が持っているコンピュータがどの程度だか知っているか?」
なるべくフェイリンを怖気づかせないような声でリーは言った。
「さ、さあ?少なくとも、私達の国よりは劣っているとは聞いていますが」
「10年以上も前の機器を使っているような国だ。軍のサイバー攻撃など恐れるにたらん。見ていれば分かるがこの病院を封鎖している連中も、ロクな武器も設備も使っていない」
そこまで聞くと、どうやらフェイリンは安心したようだった。
だが、最後にリーは彼女に付け足した。
「しかし気をつけておけ、この病院の中にいる連中は、この国の連中とは違う。我が国の空軍基地に核攻撃を仕掛けたような連中だ。生半可な相手では無い」
そう言うなり、リーは耳に装着する通信機を二つ手に取った。
「バックアップを頼むぞ」
そうフェイリンに言い残すなり、リーは車の中から外に出た。彼が手に持ったポータブルタイプの端末には、病院から伸びている水道管の地図が表示されていた。
「まさか、わたし達二人で乗り込むつもりなの?」
車から出てきたばかりのリーに、外にいたセリアが言った。
「ああ、そうだ。この国の連中に協力をしようとしたが、先ほど見事に断られた。だが、あの病院の入り口と言う入り口を塞いでいるシャッターを開けさせれば、部隊は突入する。我々は陽動作戦を代わりにやってやるだけだ」
そのようにセリアに答えたリーの目線は、端末の画面に表示されている水道管の配管図に向かっており、セリアの方には少しも向いてこなかった。
「あの病院の隣に隣接する建物。あそこにまで水道管が伸びている。あそこから侵入する事ができるだろう」
リーは、まっすぐに通りの先にある古めかしい建物を見つめた。そこはどうやらアパートであるようだった。『タレス公国』ではまず見かける事も無いであろう、あまりに古めかしい建物がそこにあった。
一方、病院の中に閉じ込められている、セルゲイ・ストロフは、テロリストの一人の様子を伺っていた。
そのテロリストは昨日から一睡もせず、人質の見張りをしているらしく、しきりにあくびをしながら、目をこすっている。どうやら集中力の方がかなり落ちてきてしまっているようだ。
ストロフは、その男の持っている武器を観察した。小型のマシンガンで、発展途上国のテロリスト達に流れている、古めかしい自動小銃とは明らかに違う。ごく最近制作されたばかりの、真新しいマシンガンだ。
こんなものを『ジュール連邦』のテロリストが持っているとは。『能力者』の存在も厄介だったが、こいつらは只物では無い。『チェルノ財団』は並大抵のテロ集団では無い。おそらく、東側諸国の支援を受けている。
ストロフが観察している男が、再び大あくびをした。それは、彼にとってどうやら抑える事が出来なかったものであるらしい。
すかさずストロフはその男に向かって、体勢を低くしながら突進していった。
その男は、ストロフが素早く突進していった事さえも目視できなかったのだろうか、体を倒されるがままにされてしまって、床に押し倒された。その衝撃で、彼が肩からベルトで下げていたマシンガンも投げ出される。
ストロフは素早くマシンガンを奪い取った。国家安全保安局の捜査官として、マシンガンくらいは使える。東側の世界の武器となると、その扱いは慣れてはいないが基本は同じだ。マシンガンの安全装置はすでに外されていたから、あとは引き金を引くだけだ。
激しい銃声がストロフの耳をつんざき、病院の待合室に響き渡った。封鎖されているホールでは幾重にもその音が反射して響き渡り、思わず耳を塞いでしまいそうだ。
ストロフは、襲いかかったテロリストの一人を始末した。
即座に、人質達を見張っていたテロリスト達が、同型のマシンガンでストロフに狙いを定める。
ストロフはマシンガンを抱えたまま素早くベンチを盾にした。マシンガンの雨のような銃弾が発砲されるが、彼はすでに次の行動を考えていた。
ベンチを盾にしたまま、テロリスト達から死角となる通路へと逃げ込む。銃弾は壁へとめり込み、彼を捕らえる事は無かった。
「全く、あんたは一体何度、わたし達の手を焼かせるの?」
シャーリのその言葉でようやくアリエルは目を覚ます事ができた。
彼女にショットガンの銃口を向けられていた時から、気を失わされていたアリエルだったが、一体、何時間の時が過ぎたかもわからない。彼女にとっては前後の記憶があまりに曖昧で、自分がどこにいるのかさえも忘れていた。
「ここは、どこ?」
アリエルはそう呟いた。彼女がいるのは、いつも自分が目を覚ましている寮の部屋のベッドの上ではなく、硬い壁、そして冷たいタイルの上だ。
「あなたは、自分のいるべき場所にいるのよ、アリエル。わたしとしてみれば、不満で一杯だけれども、確かにあなたはいるべき場所にいる」
アリエルの目の前にあるシャーリの顔。片目が塞がれて、しかもその上に髪をかけて覆っている彼女の特徴的な顔が、アリエルの視界に認識される。
そう言えば、さっきシャーリはショットガンを持ちだし、アリエルへと突きつけてきた。発砲さえされていたと思う。だが、今はどうかと言えば、彼女はただしゃがんでアリエルを見ているだけで、ショットガンは背中に吊るしているようだった。
「何を言っているのか、分からないよ」
アリエルはようやくはっきりとしてきた頭を働かせ、そのように答えた。
「言った通りよアリエル。あなたは、わたしと同じお父様を持つ。お父様の血を受けた人間の一人。と言う事は、わたし達はお父様の崇高な理念に従い、目的を果たすの。それは今までどんな人間にも成し遂げる事ができなかった、崇高な目的よ」
シャーリは真剣な顔をして言ってくる。
だが、アリエルは頭を押さえた。ここの所、頭痛ばかりでもう嫌になっていた彼女は、思わず言い放った。
「あなたの言っている事が何なのか、もうさっぱり分からない!いきなり私のお父さんだという人に会わされても、その人が本当にお父さんなのかどうかも分からない!それに、私はお母さんを勝手に手術させられてまでいるのよ!いい加減にしてほしいよ!」
アリエルは立ち上がると、ふらつく足元を何とか立たせた。
「いいわ」
シャーリはそう呟くと、自分もその場から立ち上がった。シャーリの方がアリエルより数センチ目線が高い。
「あなたに、あなたの義理のお母さんを返しましょう。でも、今度はあなたがわたし達にとっては必要な存在になる」
シャーリは堂々たる口調でアリエルにそう言った。だが、アリエルはもはや彼女の言ってくる言葉を信用する気にもならなかったし、聞く気にさえならなかった。
この2、3日間の間にあらゆる事が起こり過ぎていて、アリエルにとっては、もはや自分の理解が追いつかない。
「そんな言葉、信用できると思う?確かにあなたの事は今まで友達だと思っていた。でもね、あなたに裏切られた上に、ここまでの仕打ちをされて、一体、誰があなたを信用できると言うの?できるはずがないよ。
それに、何、その銃は?あなた達が何か、いけない事をしているのは、もうはっきりとしているよ」
するとシャーリはため息をついた。
「この銃は、わたしが戦士である事の証よ。わたしはお父様の戦士なの。この世界を変えるために戦うための戦士。あなたもすぐにそうなるわ」
と、シャーリは言って来た。その眼はまるで揺らぐ事も無く、どうやらシャーリは本気でその事を言っているらしい。
「戦士、なんかじゃあなくて、テロリスト、なんじゃあないの?」
アリエルはそう言って見せた。するとシャーリはその顔をしかめ、今にも爆発しそうな表情を浮かべる。しかし、彼女はまるで自分を落ちつけるかのように、一旦呼吸を整えると、アリエルの方をじっと見つめた。
「ふん。あなた、わたし達をなめているの?わたし達は、革命家を気取って、野蛮人と変わらないような殺戮を広げている、『スザム共和国』にいる連中とは何もかも違うわ。この病院は、お父様が作ったの。この国の他の都市にも、『スザム共和国』にも、東側諸国のどこにでも、お父様の病院があるの」
シャーリは両手を使って、アリエル達がいる病院そのものを指し示した。
「お父様は、『スザム共和国』から逃げてきた、難民の子供達を、それこそ何千人という規模で預かり、彼らに東側諸国と変わらないほどの教育をし、毎日毎日、温かい食べ物をあげてあげる施設を作った。
昨日、あなたのお母さんにしてあげた手術を、あなたも見ていたでしょう?あんな手術ができるのは、お父様の元で働く医師しかできないのよ。西側の国でだって、あんな手術ができる医師なんていない。
つまり、お父様がこの世界を変えるの。それができるだけの十分な力を持っている」
シャーリはまるで何かにとりつかれたかのように、アリエルに向かって熱弁をした。それは、シャーリが何度も頭の中で繰り返してきたかのように、滑らかな口調で、しかもはっきりとした言葉を持っている。
「話だけ聞けば素晴らしい事だろうとは思える。でも、あなた達が今までにしてきた事を考えると、正直、それも疑わしい」
アリエルはそう答えた。シャーリはどう思ったのだろうか、髪をかき上げながら答えた。そのシャーリの左目には深い傷が走っており、実際、シャーリは左目を失明している。それはアリエルが中学校で久しぶりに『スザム共和国』から戻って来た時に彼女に出くわしたときに知ったものだ。
「わたしの左目を奪った人物、それは、『スザム共和国』の名も知れないテロリスト組織だった。お父様と再会するために、私は小学校の頃に、『スザム共和国』へ行き、そこで、お父様のしている活動に参加したの。
お父様は『スザム共和国』内で難民キャンプを敷き、そこで避難民たちの世話をしていたわ。だけれども、そこに爆弾を持った奴が紛れこんできてね。“俺達の国は誰にも渡さない”という言葉と共に自爆をしやがったのよ。
子供が5人と、大人が3人死んだわ。わたしも爆弾の破片で左目を失い、左腕に大きな火傷を負ったのよ。
わたしが死にかけているとき、つきっきりで手当てをしてくれたのはお父様だった。わたしはその時に思った。お父様の為だったら、何でもしよう。そう、お父様の手となり、足となる戦士になろう、って」
アリエルは押し黙った。シャーリが見てきた、そして体感してきた世界は、アリエルの創造を遥かに超えているものだったのかもしれない。都会育ちで、何不自由なく生活し、しかも挙句の果てには非行にさえ走るアリエルは、所詮は、裕福な生活に甘えた存在でしか無い。
だが、『ジュール連邦』の隣国の『スザム共和国』では民族紛争が激化し、実際、シャーリの言うように、毎日のように子供でさえ犠牲になっている。アリエルはそれを、テレビやインターネットなどで知っていたが、所詮はメディアの検閲を抜けてきたただの情報としてしか思っていなかった。
その世界を目の当たりにしてきた人物が、今、アリエルの目の前にいる。だが、アリエルは首を振りながら答えた。
「あなたが見てきた事や、体感してきた事、それに、左目を失った事は、とても残酷な事だと思う。でも、だからと言って」
「だからと言って、何なの?」
シャーリはアリエルの方を向くなり、その顔を恐ろしげなものに変え、彼女に迫って来た。
「だからって、人の命を、あなたが奪っていい事はないでしょう?」
そう言ったアリエルの言葉は、どうやらシャーリにとっては、まだぬるま湯につかっている甘い考え方だと感じられたらしい。
「違うわ。わたしは別に目の前で人が死のうが、また目を失う事になろうが、そんな事はどうでもいい。わたしは『スザム共和国』に行っている時に全て理解した。この世界にとって、人間一人ひとりの命などというものは、ちっぽけなものでしかない。
必要なのは、力よ。その力は、テロリスト共など簡単にねじ伏せて屈服させ、例え、東側の国さえも揺り動かす事ができるほどの力。それが、世界を支配し、根本的な解決に導く。お父様が目指しているものはそれよ」
「あなたのお父さんに、そんな事ができるの」
シャーリの言った事が全く信じられないと言った様子でアリエルは答えた。彼女の言ってくる言葉なんて、所詮はたわごと、ただの誇張表現でしか無い。彼女はそう思っていた。
だがら今のシャーリを見ても、アリエルはまともな人間を見る目で見る事が出来なかった。
「あなたはまだ知らないでしょうけれどもね。お父様のおかげで、今、この世界は激変しているわ。あなたもすぐに知る事になるでしょう。お父様がいかに力を持っているか」
シャーリはまるで言い残すかのようにその言葉を放ったが、やはりアリエルにとっては実感も何も湧かなかった。
何しろ数日前までは共に学校に通っていた、同級生、そして幼馴染なのだから、そんな彼女が世界を変えると言ってもとても信じられない。
(シャーリ様)
その時、シャーリが持っていた無線機から声が漏れてきた。
「何?」
シャーリはただ一言聴き返した。
(ついたった今、捕らえていた人質の一人が、武器を奪い、仲間がやられました。病院の奥の方に逃げています。そいつは国安保局の奴で)
だがそれを聞いても、シャーリは眉毛一つ動かさなかった。
「ああそう。だったら、さっさと捕らえなさいよ」
と、それだけ答えるだけだ。まるで彼女は人質達の事については感心もないようである。
(国安保局の人間です。政府の奴ですよ。外にいる連中に連絡を取られるかもしれません)
シャーリの部下はそう言ってくる。シャーリは腹立たしげに答えた。
「妨害電波は出しているでしょう?携帯電話は使えないし、電話回線も遮断した。大体、外の連中に連絡が取れて一体、奴らに何ができると言うの?
さっさとその政府の奴を始末しなさい。そうしたら連絡を取るのよ。お父様を連れて、さっさとここを出たいわ」
(はい、承知しました)
部下はそれだけ答えると、シャーリの言葉に従った。
シャーリは無線機を上着の胸ポケットの中に入れると、アリエルを見て言った。
「お父様を連れてさっさとこの病院を出るわ。計画は、別の場所で続ける」
ストロフはマシンガンを抱えたまま、テロリストとつかず離れずの攻防を続けていた。
彼は、テロリスト達を倒そうなどとは考えなかった。相手の方が圧倒的な人数を持っている。敵の数も計り知れない。ストロフが何よりも優先したかったのは、外にいるはずの、警察か軍、政府の捜査機関の人間に連絡を取る事だ。
それさえできれば、応援がすぐにでも突入してくるはずだ。そう考えていた。
彼はマシンガンでテロリスト達と応戦しながら、病院内にある電話機を使い、片っぱしから電話をかけた。倒したテロリスト達の無線機も使って連絡を取ろうとしたが、それでも外部との連絡を取る事は出来ない。
どうやらこの病院は、物理的な遮断壁だけではなく、電波さえも妨害されてしまっているようだった。
つまり無線を使う事が出来ない。外部との連絡も一切取れず、しかも味方もいない。ストロフは改めて絶体絶命の自分の状況を思い知らされた。
死ぬ事は覚悟の上だ。だが、無駄死にはしたくない。この国を救う事ができる事ならば、ほんのわずかな抵抗でも良い。自分ができれば。
ストロフはそう思いながら、病院の北側の通路に逃げ込み、階段脇にあった扉の中に逃げ込んだ。
テロリスト達が足を鳴らしながら迫って来ている事が分かる。この通路に逃げ込んだ事もすぐにバレるだろう。
ストロフが逃げ込んだのは、ようやら病院のポンプ室で、下水の排水などを行う部屋のようだった。入り組んでいて、パイプが複雑に形を織りなし、死角が多い。薄暗い部屋で、電灯こそ付いていたが視界も悪い。
ここも封鎖されてしまっているに違いない。自分は袋小路の中に迷い込んだのだ。背後からはテロリストが追ってきていて、今、自分の目の前に広がっているのは迷路だ。どこにも逃げ場さえもない。
どうしたら良いのか。考えてる暇もなく、ストロフは自分に銃が突きつけられている事を知った。
暗がりの中に顔が隠れて見えないが、そこに男が立っている事が分かる。ダークブルーのスーツを着た男が、ポンプ室の暗闇の中におり、そこから銃を突きつけて来ている。
テロリストがポンプ室の中に張りこんでいたのか。ストロフは初めはそう思った。だが、どうやらそうではないようだ。
「お、おい。あんたはテロリストじゃあないだろ?テロリストだったら、銃を突きつけるなんて真似はしない!容赦せずに撃ってくるはずだからな」
ストロフはとっさにそう言った。
「そう言うお前の方は一体何者だ?」
男の放ってきたその言葉で分かった。この男は、この『ジュール連邦』の人間じゃあない。声に訛りがある。かなり流暢にジュール語を話し、彼の言っている言葉はストロフにもはっきりと理解できた。
だが分かる。この男は、ストロフの敵ではない。そして味方でもない。
「わ、私は、ジュール連邦国家安全保安局のセルゲイ・ストロフだ。IDは取られてしまっていて無いがな。信用するなら銃を下せ」
「信用しよう。私は、『タレス公国軍』の捜査官のリー・トルーマンだ」
暗がりにいる男はそのように言い、銃を下ろした。暗がりからリーと名乗った男が顔の半分だけをちらりと覗かせる。顔彫りの深い男で、どうやら『WNUA』側の人間だ。意外だった。東側の人間がこの地にまでやって来るとは。東側の人間がこの地にやって来てやる事と言ったら一つしか無い。
(話は済んだ?)
ポンプ室の奥の方から女の声がした。放たれたのは『タレス語』だったが、この世界で最も普及している言葉であるがゆえに、その簡単な言葉はストロフにも理解できた。
ポンプ室の奥の方から姿を見せたのは、ブロンドの長髪の女だった。西側の人種はこの『ジュール連邦』に比べて小柄だと言うが、この女は、『ジュール連邦』でも通用しそうな体格をしている。
だが、かなりの美人だ。何故、こんな女がここにいるのだろう?まさか、このリーとかいう男と行動を共にしているのか。
(ああ済んだ。彼は、国家安全保安局の人間だ。テロリストじゃあない)
そうリーが言うと、奥から来たブロンドの女は頷いた。
「彼女はセリア・ルーウェンス。私の部下だ。心配はいらん」
と、リーは言って来た。どうやら本当にこの女も、『タレス公国軍』の人間らしい。
「あんたらも、ベロボグ・チェルノを捕らえに来たのか?」
すかさずストロフはそう言った。ジュール語だ。相手も話しているから理解できるだろう。
「そんな所だ。この病院は封鎖されているのか?」
「ああ敵は、テロリストは、武装している。俺が見た所、15人はいるな。全員、マシンガンを持っている。それと、あんたらには信じられないだろうが、10代後半ぐらいの女が指揮している。そいつに気をつけろ。見た目に騙されるな」
ストロフはどうやって説明したら良いか分からないまま、自分が見て分析した情報を、西側の人間の男に伝えた。10代後半の小娘がテロリスト達を率いていると言って、果たして彼らが理解できるだろうか。『ジュール連邦』の人間の言う事は、西側の人間には理解してもらえないとストロフは聞く。
だが、目の前で見てきた事は事実だ。彼らは孤立無援となったストロフにとっては味方となる。ならば、とことん協力して貰わねばならない。
すると、リーという男からは突飛な質問が返って来た。
「それはもしかして、アリエル・アルンツェンという娘ではないのか?」
その言葉に、ストロフは思わず相手の顔を見た。リーという男は、まるでサイボーグのような顔をしていて表情が無い。東側の人間は皆、こんな奴なのか、と思いつつも、ストロフは彼の質問に質問で答えた。
「何故、お前が、アリエル・アルンツェンの事を知っている?」
西側の情報網はどこまで自分達の事を突きとめているのか。まさか、自分達、国家安全保安局が捕らえた、『能力者』の娘の名前まで知っているとは。しかし何故、あのアリエルが、ベロボグ・チェルノ配下のテロリストを率いているなどと言う話が彼から出るのだろう。
もちろん、テロリストを率いているのはあのアリエルではない。確かにアリエルはテロリスト達との関連性を持っていたが、それは荷物運び屋としてだけで、テロ活動に直接関与していたという証拠もない。
だが、アリエルを探すために、あのテロリストは、国家安全保安局の建物にまで乗り込んできた。そんな連中がバッグにいる。
よもや、このリーとかいう男達も、テロリスト達を同じ目的で潜入してきたのだろうか?
「君達には関係の無い話だな」
リーはそのように言い放つなり、ストロフが入って来たポンプ室の扉に、もう一人の女と共に構えた。
「お、おい! 外には15人以上のマシンガンを持った奴らがいるんだぞ! どうするんだよ。その銃だけで何とかなると思うのか!」
リーとセリアという女の姿を見て、ストロフは言い放った。リーと言う男はベレッタ銃しか持っていないし、セリアの方に至っては、武器さえ持っていない。
「我々に任せてくれれば、解決することができる。君は、我々が入って来たルートを通って、外の部隊に連絡でもしてくれればいい」
と、リーは言った。
「お前、正気か? それにここは我々の管轄だ。お前達の出る幕じゃあない。余計な手出しをするな!」
ストロフの声が、ポンプ室の中に響き渡った。だがリー達は構わず、ポンプ室の扉を蹴り放ち、すかさず廊下に向かってリボルバーの銃口を向けた。
そこにテロリスト達が、マシンガンを発砲してきた。リーはすかさず、リボルバーから発砲した。
「ここで戦うのは無謀だ。それに、あんたらの事なんて知った事じゃあない。俺は外の部隊と接触して突入するからな!」
そう言い放ったストロフはポンプ室の奥に向かい、そこから病院の外へと脱出した。
リー・トルーマンとセリア・ルーウェンスは病院の中に突入するなり、マシンガンで武装したテロリスト達と交戦した。
テロリスト達は、病院内にいたストロフの言う通り、重武装をした連中だったが、リーは素早く彼らを打ち倒した。
テロリスト達の雨あられのように放ってくる銃弾を凌ぎ切った後、セリアが真っ先に飛び込んでいき、一人のテロリストに向かって一気に拳を突き出した。彼らのマシンガンが宙を舞うなり、3人のテロリストを巻き添えにして爆炎が吹き荒れ、廊下を覆い尽くした。
リーは彼女の背後から、銃から発砲される光の弾を利用し、次々と廊下からやって来るテロリスト達を打ち倒す。
あっという間の出来事だった。セリアは倒れたテロリスト達の中に立ち、堂々とした目で彼らを見下ろしていた。
「確かに、あの捜査官一人では辛い相手かもしれないわね」
セリアはそのように呟いた。
「こいつらの無線機は使えそうだな」
リーがポンプ室から出てくると、倒れたテロリストの無線機を手に取った。
「この中では携帯電話も無線も外には通じないが、奴らの専用回線を聞いていれば動きが分かる」
リーは冷静にそのように言うと、無線機のダイヤルを回した。すると、
(1階の北側に逃げた奴はどうなったの? さっさと、始末しなさいよ。ねえ? 聞いているの?)
と、無線機から女の声が聞こえてくる。どうやら、ストロフが言っていた、女の指揮官がいるというのは本当の事らしい。それもこの女の指揮官は、かなり若い。まだ20歳にも満たないような声をしている。
「ねえ、あんた。さっき言っていたけれども、“アリエル”って誰の事なの?」
セリアがリーに尋ねた。
「何でもないさ。こっちの事だ」
リーはそっけなくそのように言う。セリアには『ジュール連邦』の言葉は理解できないから、分からないだろう。だがそんなリーを見つめながら、セリアは彼へとゆっくりと近づいていった。
「あんたには何か分からない事がある。もしかしたら、わざわざ『ジュール連邦』まで来たのも、何かの目的があるんじゃあないの?」
セリアの眼はしっかりとリーを見据えて言い放ち、リーは義眼のように何の感情も示さない目でセリアを見返していた。
「目的があるなら、君に話している」
と、リーはただそれだけ答えた。
「いいえ、それは嘘だわ。あなたは、わたしを休暇から呼び戻した時から、隠し続けている事がある。それは何?言っておくけどね、あなた、同僚が皆、あの核爆発で死んだくせに。東西で戦争が始まっているって言うのに、一体何をそこまで隠し続けているの?」
セリアはリーの方に一歩足を踏み込んでそのように言った。だが、リーは彼女と目線を反らすことなく言い放つ。
「話す必要は無い。君は黙って従っていろ」
「ぶん殴られたい?」
セリアはそう言っただけだ。実際、拳を繰り出すまではしていない。だが、セリアは明らかにリーの事を上官であるなどと考えてもいないようだった。
「そうか、なら好きにしてみろ。だがな、あくまで君と私は、軍で言うところの上官と部下の関係だ。血気盛んなのは構わんが、命令には従い、余計な詮索をするな」
その時、再び無線機から声が響いてきた。
(一階北側のポンプ室へと向かいなさい。外の奴らと連絡を取られたらおしまいよ!)
無線機からのその声が意味しているものは、リー達の元にすぐに応援のテロリスト達がやってくると言う事だった。
「どうやら応援が来るようだ。さっさとこの場を離れた方がいい」
そう言うなり、リーとセリアはその場を後にした。
説明 | ||
西側の『WNUA』側と、東側の『ジュール連邦』との間でついに戦争が勃発。そんな中、リー達へ戦争を引き起こしたと思われる組織、ベロボグ・チェルノの組織に肉薄します。 | ||
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