外史異聞譚〜幕ノ七〜 |
≪漢中鎮守府・客間/張公祺視点≫
仲達ちゃんがやっと旅から帰ってきた
あの子がいない間にも問題やらなんやらはてんこ盛りだった訳だけど、まずは無事に帰ってきて一安心ってとこだ
本当は客人というか仲間というか同志というか、そういうのが揃ったところなんで宴席のひとつも設けようって話になるんだけどさ
今日は全員が揃ってないのもあって後日改めて、という事でひとまず収まった
あのコマシ野郎にしてみれば気の利いた事に、今夜は仲達ちゃんとふたりだけで時間を取る、と決めたらしい
でも、その前になんかやらかしたっぽいんで、結局機嫌は損ねてしまったみたいなのが、いかにも北郷一刀って感じだ
本当に少しはオンナゴコロを理解しとけよな、あの野郎は…
そうなると一応アタシがここの古参で最年長なのもあるんで、色々とお客人なんかの面倒を見る事になる訳なんだけど…
苦手なんだよな、こういうのはさ
仲達ちゃんと一緒に来た連中に何を話していいもんだか判らなくて、結局おっつけ漢中に来た面々の事を話すしかないってのがまあ、アタシも芸がないというかなんというか
これが患者ならなあ、と思うアタシはバカ弟子の事をあまり言えないのかも知れない
………いや、あそこまで酷くはないはずだアタシは
そんな訳で必然ともいうべきなんだが、正式ではない酒宴の席でアタシが色々と話す事になった訳だ
本当はこういうのは仲業のヤツか伯達ちゃんのが向いてるんだけど、ふたりとも今日はいないんだよなあ…
「てな訳で正式な紹介は明日以降になっちまうんで、なんだか申し訳ないね」
そもそも主役がいないってのが問題はあるんだが、アタシはとりあえず洛陽から来た4人に酒肴を勧める
「主人がいないというのはいささか思うところもあり申すが、仲達殿の立場を考えれば今日は致し方ないというべきでありましょうな」
儁乂殿の言う事はもっともな話で、アタシとしては苦笑いするしかない
ただ、これはアタシも通った道なんで、最初にしっかり伝えておかないと苦労するだろうから、儁乂殿には言っておかなきゃならないよな
「ま、儒教って事に限らず、本来は礼を失しているのは確かなんだがね
ただ、儒教を“学問のひとつ”として考えておかないと後々苦労することになるよ、この漢中ではさ」
アタシの言葉に今日の主賓の全員が首を傾げる
そりゃそうだよな、普通理解できるはずがないものな
「なんて言ったらいいのかねえ…
あいつが言うには
『理論も法も唯一絶対なんてものはないから、それを大事にするのはいいが飲み込まれるな』
という事らしい
アタシも道教家なんで、そこはかなり言いたい事もあって、相当にそこの部分ではあの野郎とやりあってるよ」
これに首を傾げながら呟いたのは忠英殿だ
「……正反対の教えも学んで、いいとこどりしろって事かね」
忠英殿は酒が全く駄目だそうで、茶を飲みながらの参加だ
アタシはその呟きに頷いて先を続ける
「ムカつくんでアタシも全然飲み込めてないんだが、道教の教えってのはあの野郎に言わせると、個人が暮らしていくにはいい規範となるんだけど、人が“集団で暮らす生物”だっていう部分が軽視されがちになるんだとさ
同じように儒教も、行き過ぎると外観と身分に囚われすぎて“支配層に都合のいい”学問になっちまう
そう言いたいらしい」
儁乂殿はやはりというか、露骨に顔を顰めている
「それはかなり乱暴な話ですな…」
アタシはそれに心から賛同して頷く
「だろ?
この漢中では、今は一事が万事そんな感じさ。なんでかなり腹を据えないときついことになると思うぜ?」
拙者は早まったのであろうか、と呟く儁乂殿とは対照的に、元皓殿と元明殿はかなり興味深そうだ
「なるほどなるほど、そういう考え方もあるんだね」
「なるほどなるほど、それは面白い考え方だよね」
「疑ってかかれじゃないけど、逆の考え方も持つべきというのはありだよね」
「策や謀では基本的な考え方だし納得はいくよね」
『これは面白いところに仕官できたかも』
正直、初対面のアタシじゃ、この二人の独特な会話にはまだついていけない
でも、さすがに袁紹のところで軍師というか政治家というか、そういう仕事をしていただけあって、そういう思考の切り替えというか理論の飲み込みはアタシなんかより余程柔軟で早いみたいだ
すると、のんびりと茶を啜っていた忠英殿が、興味深そうにアタシに訪ねてきた
「そういう部分でも色々と面白い話が聞けそうなんだがな
今日はその主賓もいない事だし、忌憚なく聞かせてもらえるんだろ?」
アタシに言わせるとバケモノじみたあの野郎の頭の中身がどうなってるのかを、自分達が来るまでにどういう事をやらかしてきたのかを聞く事で判断したいって事みたいだ
忠英殿の言葉に応じるように、それぞれ興味がある、という表情でアタシを見てる
アタシはそれに溜息をつくと、酒を呷って間を置いた
「んじゃまあ、酒肴のひとつってことでもないが、アタシが知る範囲で話すとしようかね」
ま、今日は仕方がない
仲達ちゃんも久しぶりだし甘えたいだろうからね
素直にあの子が甘えるとは思えないが
「ま、最初は仲達ちゃんが知っての通り仕官を請う為の旅に出て少ししてからなんだが………」
≪同時刻・執務室/北郷一刀視点≫
俺は今、碁を打っている
※後漢時代の碁と現代の碁は全く異なるものですが、イメージ上の混乱を避けるため、あえて現代の碁ということにさせていただきます
相手は懿で、長旅から戻ってきた慰労を兼ねて二人で夕餉を摂り、そのまま報告会を兼ねて碁を打っている、という訳だ
これに関しては様々な方面から不満ゲージの上昇が確認されたんだが、とりあえず明日以降に全員が揃ったときに宴席を設けるということで押し通した
なんだけど、なぜか懿の不満ゲージもあがっているような気がするのは何故だろう
まあ、気にしても仕方がないので、あえてそれを無視して報告を聞くことにする
「………と、以上になります
これよりしばらくは袁家の横槍等が入るかと予想されますのでご注意ください」
「ご苦労様
とはいえ袁家か…
人為を聞くと賄賂よりはなにか目を引く贈物の方がよさそうだな…
うん、それは後で考えておくよ」
パチリ、パチリと石を打つ音が会話の合間に響く
「懿のおかげで、想定していた人材はほぼ揃ったし、明日からまた忙しくなるな」
パチリ
「それについてなのですが、私はまだお話を伺っておりません」
パチリ
「えっと…
何についてかな…?」
パチリ
「動揺が打ち手に出ていますよ、我が君」
パチリ
「うわ、しまったぁ…
待ったしてくんない?」
「私が不在の間の漢中についてお聞かせ願えるのでしたら待っても構いません」
「そりゃ話すよ、話すけどさ…」
「別にいいのですよ?
公祺殿から伺っても施政に関しては何も問題はないですし」
微笑む懿を前にして、俺のこめかみから冷汗が一筋落ちる
なぜだろう、俺は何も悪いことはしていないはずだ
なのに公祺さんの口から説明させたが最後、俺に明日はない気がする
そうでなくても必死で言い訳をして夕餉とそのあとをふたりきりで過ごすという事でようやく空気が落ち着いたというのにだ
俺は降参を示すように両手をあげると、席を立って二人分の杯を用意する
「じゃあ、ゆっくり飲みながら話そうか
とりあえずは…」
杯を受け取り、一言も聞き逃すまいとしてか“むんっ!”と気合を入れている懿に苦笑しつつ、俺はこれまでの事を語りはじめた
≪同時刻・執務室/司馬仲達視点≫
まったく!
まったく!!
まったくっ!!
私が日々我が君の笑顔に餓えながら必死でお役目をこなして帰ってきたというのに、見知らぬ女性が当然といった顔で隣にいるというのは一体どういう事でしょうか
そこの部分は当然後で問い質すとしまして、洛陽から戻ってきた時の事についても色々といいたい事はありますが、それもまあ今はよしとしておきます
こうやって時間を作ってくださったのですから、そこに関しては許して差し上げてもいいです
なんだかんだと、笑顔で迎えてくださいましたし…
………はっ!?
今は惚けている場合ではありません
多分後程、漢中に集ったみなさんからも伺う事にはなるでしょうが、やはり私は不在中の漢中がどうであったかを我が君の口から一番に聞きたいのです
これが我侭だという事は十分に承知しておりますし、本来我が君は洛陽から戻る時に一緒に来た方々をお迎えし歓待しなければならない立場です
それを敢えて私のためだけに時間を取ってくれたという事は、本当に嬉しくて涙が出る思いです
まあ、なんといいますか、そのような貴重な時間で酒肴を共にしながら碁を打っている、というのはかなり不満があったりはするのですが…
こういう部分はなんというか相変わらずですので、安心したといいますか落胆したといいますか、非常に複雑な心境です
多分、みなさん非常に苦労なされた事でしょう
………仲業殿だけは多分苦労はしていませんね
そんな事を心の片隅で考えながら、我が君から手渡された酒杯を受取ります
どうして食器類に銅製のものを求めるのかを洛陽にいた頃に聞いたところ、毒殺防止のためだそうです
普通はそういう場合には銀器だと思って尋ねたところ、銀が変色しないものでも銅だと変色する毒物は結構あるのだとか
その逆はほとんどないとの事で、天の国ならともかく今の世界の毒物、特に即効性を求めるものは、まず銅で見つからない事はないと言っています
匙等の棒状のものを銀にしておけば、まず間違いもない、という事です
こういう事を平気で語り毒味というのも理不尽な風習だ、とか言っていますので、なんというか本当に困った人です
ですが確かに、本来毒などというものは即死を狙って使うものではなく、計画的に相手を弱らせるのが常道です
さすがに全く毒味をやめる訳にもいきませんが、相手が即効性にこだわっているのでなければ毒味にはあまり意味はない、というのには賛成ではあります
さて、そろそろ我が君の言葉に集中すると致しましょう
私は酒盃を両手で暖めながら、その言葉を聞き逃すまいと意識を集中させます
そんな私に苦笑しつつも優しく柔らかな、我が君の眼差しを見つめながら
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
通り(ry の名無しさま>まあ、今のところ唯一、一刀に異性という意味で惚れてる子ですし…(笑)(小笠原 樹) 田吾作さま>むしろ、こんなもんに最初から賛同できるようなら恐いです(笑)(小笠原 樹) 一刀と懿のやり取りがなんとも微笑ましい。主導権を殆ど握ってるのに、突然の笑顔で手放してしまうという難儀な事だwww(通り(ry の七篠権兵衛) もう一刀と恋姫達の価値観の違いが浮き彫りになりましたね。今回はW元ちゃんの発想のお陰で宴会の話しの種になる程度で済みましたけど、この差がいつか火種になりそうで怖い……。ただ、最後でプラマイ0どころかプラスになりましたがww甘い話ゴチになりましたw(田吾作) |
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