外史異聞譚〜幕ノ八〜
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≪漢中鎮守府・執務室/北郷一刀視点≫

 

「令則さんが来たのは、懿が旅立ってから一月くらい経った頃だったかな…」

 

 

当時の俺は公祺さんと日々打ち合わせをしていた

様々な計画がある中で、とりあえず手をつけられるのが街道の整備と現在より南東に移転する予定の鎮守府の用地確保、それと治安維持と衛生確保に関する懸案

これらの下地を支える事になるのが、公祺さんを中心とする五斗米道(面倒なので心の中ではこう呼んでいる)の人達と漢中軍となるので、それらの運用についてと総合的な計画の下準備と草案を日々角突き合わせて相談している、という訳だ

 

「実際に計画を動かすのは仲達ちゃんが戻ってからになるから、それはまあいいとしてだ

 今のところアタシらで仕切れるのは、街道の確保と治安維持くらいなもんだね」

 

それにいくつかの衛生改善か、と公祺さんが呟く

 

「うん、将来的な事はまた別として、現状治安に関しては

“きちんとした薬石を処方してもらえる医者にかかりたかったらおとなしくしてろ”

と言うしかなくてね

 公祺さんには苦労をおかけします」

 

「いや、それは別にいいんだよ

 アタシらだってわざわざ犯罪者の傷病まで治してやりたい、なんて事はいわないさ

 それよりは苦しんでる善人を救いたいよ

 それに、医者の地位が向上するのはアタシらにとっては有難い事さね」

 

大雑把でも漢方や薬石、身体生理学や現代でいうヨガや整体といった様々な民間療法を伝えられたのはやはり大きかったようで、特に現代では常識とされている病気やその原因については、さすが医者王・華陀の師と言うべき真摯さと謙虚さで受け入れてくれている

 

特に疫病の媒介が水や小動物、それと衛生管理に左右されるという点にはいち早く理解を示してくれて、医者の地位向上にも役立つからと積極的に活動に取り組んでくれている

 

俺は知らなかったのだが、どうも後漢での医者の地位はかなり低いらしく、そこの改善も考えて五斗米道を指揮していたとの事だ

 

「そう言ってくれると助かる

 ところで、便所を個室化してオガクズを使うっていう案はどうだった?」

 

「割合いいみたいだね

 攪拌に手間がかかるのが今のところ難点だけど、そこが改善されればかなり効果はあがりそうだよ

 臭気もかなり下がるみたいで評判はいいな」

 

これはバイオトイレといって、現在天の国で考えられているエコトイレの一手法だ

本来はモーターなんかで攪拌を行うのだが、現在は手動でやってもらっている

オガクズの寿命は使用頻度にもよるが、だいたい3〜6ヶ月

本当はある程度熱量があるといいのだが、常温でも効果が出ないということはない

今の時点では改善の余地がかなりあるが、肥料や衛生面での改善が見込める為、鎮守府と五斗米道の道場で現在試行中という訳だ

 

「しかし、人糞畜糞や残飯を肥料にねえ…

 はじめて聞いた時にはアンタが狂ったんじゃないかと思ったけど、なるほど天の知識ってヤツは侮れないね」

 

このバケモノが、という呟きは故意に無視する事にする

 

そうやって冬に向けて打ち合わせを重ねていると、執務室に華陀が飛び込んできた

 

「おい一刀、お前に来客だぞ」

 

なにしろ病弱と偽って決まった人間以外を執務室に寄せていないので、本来このような雑事をするはずもない華陀を主治医ということにして無理を言って対応をしてもらっている

もっとも、鎮守府の入口に道場を仮設置しているのと基本的には公祺さんに取り次いでもらう形にしてはいるので、華陀が来るのは日に一度あるかないか、それも道場に公祺さんが不在の時に限られている

 

「来客?

 今日は予定はないはずなんだけどな…

 誰かわかる?」

 

「俺は判らんが、割符と仲達殿の手紙をもってたぞ

 羅令則という女性だ」

 

「マジかっ!!」

 

いきなり立ち上がった俺に驚く二人

 

「えっと…

 仲達ちゃんに頼んでた人材のひとりが来たってことかい?」

 

「ああ!

 喜んでくれ公祺さん

 俺の予想通りなら、かなり負担が減るはずだ

 華陀、その人は今どこにいる?」

 

勢い込んで尋ねる俺に、華陀はちょっと困ったような顔で答える

 

「あー…

 今は食堂に案内してる

 なんでも3日食ってなかったらしい…」

 

「はあ!?」

 

思わず聞き返す俺に、華陀は訥々と話す

 

「なんでも、関所を通らずに強行軍で山を越えてきたらしくてな

 途中の山村で旅費を施して、自分で狩りをしながらきたんだが、虎に襲われて必死でここまできたんだそうな…」

 

なんだそりゃ…?

 

とはいえ、呆れてばかりもいられない

俺は華陀に頼んで、落ち着いたら執務室に案内してもらうようお願いし、再び公祺さんとの打ち合わせに入る事にした

 

 

半刻後に顔を合わせることになったわけなんだけど、第一印象は

(うわ…

 なんて貧乏っぽい…)

だった

 

いや、女の子に向かっての感想としては失礼極まりないとは思うんだが、なんというか某有名妖怪漫画のような雰囲気というかなんというか…

あの哀愁漂う感じを察して欲しい

 

「はじめまして、羅令則です

 本日はお目通りを許可していただき、ありがとうございます

 それと、食事もさせていただきまして、お手数をおかけしました」

 

そう言って礼をとる令則さんを見て、視線で「席を外そうか」と問う公祺さんを制し、俺は椅子を薦める

 

「本来なら出迎えなきゃならないところを、わざわざすみません

 俺が太守の曹元徳です

 こちらが張公祺

 今は内政の補佐をお願いしています」

 

3人ともが座って落ち着いたところで、来た目的を聞いてみると

「仕官するに値するか人物を見に来ました」

とダイレクトに言われた

 

そこから少し話を聞いてみると、懿には俺が“天の御使い”だという事は既に聞いていて、俺の人物を見定めた上で仕官を考えて欲しい、といわれたのだそうな

 

投げっぱなしだよ、やってくれたぜ…

 

笑いを堪えている公祺さんを恨めしく思いながら、俺は改めて自分が考える施政とその方向性について説明をした

特に都合がよかったのは、俺が羅令則という人物に関して得ていた知識から、彼女を裁官として軍権と共に司法を担って欲しかったという点だ

これは現在、公祺さんと煮詰めていた治安や軍の運用に関して頭を悩ませていたという事に由来する

 

それらを任せたいから仕官してもらえないか、と、すんなり話ができたということだ

 

夕餉をはさみ、いくつかの問題点や改善点を指摘してもらっていくうちに、彼女の意思も決まったらしい

決め手は民に対する、現代で言う福利厚生が充実している計画であることと、大規模工事や農地拡張において“民衆を無償で徴発しない”という方針だったらしい

 

「私が思っていた以上に仁愛に満ちた施政をお考えだという事が判りました

 非才の身ではありますが、この羅令則、これより北郷一刀様にお仕えさせていただきたく思います」

 

夜もとっぷりと更け、もしかしたら断られるんじゃないかと思っていたときにそう言われ、思わず安堵で笑顔が出た

 

すると、相変わらず公祺さんは指まで真っ赤になって

 

「また出たよ、このコマシが…」

 

と恨めしそうに呟き、令則さんは“バキン!”と音がしそうな勢いで固まって

 

「仲達さんが言っていたのはこの事でしたかー…」

 

とほわんとした感じでぼやいている

 

なんの事かわからないが俺としては嬉しい限りなので、小首を傾げつつ令則さんに当面の軍権を委ねる事としたのだった

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≪漢中鎮守府/羅令則視点≫

 

さて、即日大役を仰せつかる事になったのですが、なんというか独創的すぎて慣れるのにはしばらく時間がかかりそうです

 

まずは民間警備に関してですが、これは五斗米道(公祺さんは「ゴットヴェイドォォォ!!だ!」と言い張っています)の方々と共同で行う事は既に確定事項だそうです

 

理由はいくつかあるようですが、一番大きいのは“もしもの時”に医療知識がある人間がいるといないとでは、現場の混乱の度合いが異なる、という一刀さんの主張によります

 

最初はお仕えする身なので“太守様”と呼ぼうとしたのですが、泣きそうな顔で

「公の場ならともかく、普段は勘弁してください」

と言われたので字(に当たるのだそうです)の“一刀”で呼ぶ事にしました

 

公祺さんとも話した結果、五斗米道の宣伝にもなるという事で、五斗米道の方々と警邏にあたる兵は一目で見分けがつくようにしよう、という事になりました

 

ここで本来は道教の布教もしたいらしいのですが、そこは一刀さんが頑として認めていないとの事です

 

一刀さんが言うには

「医者として人道…仁と道を規範に置くのは正しいからむしろ推奨するけど、道教の布教がゴットヴェイドォォォ!!でいう人民救済より先だというならここでお別れするしかない」

と言い切られたので納得したのだ、との事です

 

もっとも、公祺さんはそこはからっとしていまして

「医の道は仁、医の道は道というのが浸透すりゃあ、ほっといてもみんな認めてくれるさね」

と言っています

 

信仰は人を救うものであって押し付けるものではない、求める人にまで説くなという事ではない、という点を理解されているからこその言葉でしょう

 

とはいえ、そこを納得して引き下がるのは簡単ではないでしょうに、本当に度量の広い方だと思います

 

こういった治安改善や綱紀粛正に関しては、基本的な部分や要所では口を出してきますが、大半の事は私と公祺さんに預けられています

 

徹底させられているのは、身形や身分で判断をしないように、という点です

あからさまに怪しい場合は論外ですが、今までの官吏や兵士のように、それで相手を選ぶような真似はしないように、というのをきつく言われています

 

この例として宦官をあげられてしまったのでは私も何も言えません

まあ、私はそういう意味では縮こまるしかない場合も多いのですが…

 

同時に、私は心得がありましたのでなんとかなりましたが、警邏に当たる兵の武装を“棍”を基本にするようにという依頼もありました

 

理由を伺ったところ

「平時なら無力化を前提にするから、剣なら殺してしまうような場合でも棍なら骨折とか打撲で済むというのがひとつ

 もうひとつは剣より手槍の方が扱いが容易で数も揃えられるから、併用して教えられるってところかな」

いずれは有事に備えて、槍の穂先だけを棍に嵌めて補強する形で常備したい、という構想を提示され、なるほどと納得したものです

 

今はまだ構想だけではありますが“役所”というものが形になったら、棍と護身術はそこで教えていくことで兵士雇用の門戸を拡げたい、ともいっています

 

それと、くどいくらいに言われたのが賄賂の取り締まりでした

これは、発覚すれば死罪を適用するという異常ともいえる厳しさですが、そういう個人の欲得を見逃すことで官は腐る、という点を払拭するにはこれしかない、と断言しています

 

とにかく、一刀さんの言葉の端々に感じられるのは“民衆”が基盤にあるという事です

 

仁とはなにか、徳とはなにか、それを常に問いかけられている、そういう気がします

 

「問題点は山のように出てくるだろうから、とにかくやっちゃって後は現場で直していこうか」

 

そう言って笑う一刀さんに、私と公祺さんが呆れて溜息をついたのは言うまでもありません

 

 

なんというか、放っておけない人のようです…

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≪漢中鎮守府・客間/張公祺視点≫

 

「てのが最初だったっけかな…」

 

みんな目を丸くしているな

そりゃそうか、普通ならおかしくなったと思うよな、こんなもん

 

「なんというか、豪快なお方でござるな…」

 

儁乂殿の気持ちはよく解る

でも違うんだよな、どっちかっていうと…

 

「私の感想じゃ、むしろ逆というか、石橋を叩いて尚他人に渡らせる性分に思えるがね」

 

忠英殿、いい感してるなあ

アタシはそれに頷いて酒を呑む

 

「そうなんだよ

 一見無理無茶無謀の三拍子を揃えてものを言ってるように見えるし、実際ゴリ押しもかなり多いんだが、実行部分ではかなりどころじゃなく気を配ってるんだよな」

 

ふむ、と儁乂殿が呟いて酒杯を口に運ぶ

 

「実務部分で無理ってことは、さっさと後回しにしちまうか諦めちまうんだよ。あの切り替えは異常だね」

 

『つまりつまりー』

「時間のかかることをやってる自覚はあるんだね」

「すぐに理解もされないし効果も出ないことも知ってるんだね」

『でも可能だって事を知ってるっていうのは怖いね』

 

酔いが回ってきたからか、この二人の喋り方が気にならなくなってきたなあ

 

まあ、その二人じゃないが、だから恐いというのにはアタシも賛成だ

 

アタシらの持っている常識や道徳を全てとはいわないがかなりの部分を故意に無視してやろうとしている部分がとても多い

そして、あいつは“専門ではない”と言ってはいるが、医療に関する知識ひとつとっても、アタシらの常識なんかまるで通用しない、しかも有効な事ばかりを言ってくる

アタシがまがりなりにも医者のはしくれでなかったら、あの野郎の言う事なんざ、その百分の一も理解できていなかっただろう

 

アタシにはまだ、その下地があるからあいつに着いていく事ができる

 

でも、他はどうかと言われるとまだまだ微妙だよな

 

そう考えていると、忠英殿がぼそっと一言

 

「私は多分、その恐怖の片鱗にはもう触れてるからね」

 

アタシはそれを聞き逃せなくて、どういう事だと顔を向ける

忠英殿は、なんとなく酒杯を羨ましそうに見つめながら答えてくれた

 

「私はこれでも技術者というか研究者でさ

 ここにお呼ばれする事になった時に、その恐怖の片鱗ってやつを、多分公祺殿とは違う場所から見せつけられたって訳さ

 まあ、公費で好きに研究させてくれるってのも大きいけどね」

 

そう言って茶をがぶりと呑んでいる

あー…なんか気持ちは判るぞ、そういう時は酒が欲しいよな…

あれを見せつけられると、主義主張とかを抜きにして、ここに来たくなるんだよなあ……

 

儁乂殿には実感がまだないのが当然なんだが、訝しげに尋ねてくる

 

「拙者にはいまひとつ把握できませぬが、太守殿はそれほどのものでござるか?」

 

アタシと忠英殿は即座に強く頷く

 

「アレはもうバケモノだ

 アタシは理解する前に飲み込むので今は精一杯さ」

 

「確かに

 あれが普通だというなら、世の中の技術者や研究者は全部首を括るね」

 

アタシらの即答に、儁乂殿はごくりと喉を鳴らす

 

そんな空気を故意に壊して、元皓殿と元明殿がアタシに続きを促した

 

「ここの太守樣が異常だなんて仲達ちゃんの心酔具合でわかってるよ」

「仲達ちゃん以上だと思っておけばおかしな事なんてないから大丈夫」

『なので話しの続きつづきー』

 

アタシはそれに一瞬呆れたけど、なるほど確かにその通りだ

 

あの仲達ちゃんを基準にすれば、確かにおかしくてバケモノでも当たり前だよな

 

アタシがそれに我慢できずに笑うと、すぐに全員が釣られて笑う

 

そうして一頻り笑って落ち着いたところで、アタシはご要望通り次の話をする事にした

 

 

「で、その次に来たのがふたりいるんだが、これがまた………」

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
通り(ry の名無しさま>この二人は本当に勝手に喋るんだ、いやこれマジで(笑)(小笠原 樹)
田吾作さま>長いどころか、本当にやれるのかって内容ですからなあ(小笠原 樹)
「ここの太守樣が異常だなんて仲達ちゃんの心酔具合でわかる」「仲達ちゃん以上だと思っておけばおかしな事なんてない」・・・なんという名言集wwww(通り(ry の七篠権兵衛)
羅令則で治安、張公祺で衛生面が格段に向上。これで漢中の人気は鰻上り、と。曹操や袁紹といった力の有る勢力にも肩を並べられるぐらいに一刀達の力は膨れ上がってますよね。でも漢全土を支配下に置いて民主主義を根付かせるにはまだ足りない、と。まだまだ先は長いですねぇ……。(田吾作)
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