外史異聞譚〜幕ノ九〜
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≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫

 

ここまで話したところ、なぜか懿の不満ゲージが急激に上昇したような気がする

 

「なんでこうも我が君は無自覚に…」

 

とか呟いているのに、微笑みがそのままなのがとっても怖いんですけど、司馬懿さん

 

そして(懿には珍しく)壮絶な溜息をつくと、そのまま視線で続きを促してきた

 

なんだか逆らったら刎ねられそうな雰囲気なので、俺はカクカクと震えながら続きを語ることにする

 

「うん、それでね…

 そうやって二人に手伝ってもらいながら街道の建設の準備をはじめていた頃になんだけどね…」

 

うん、あれはびっくりしたよな、と俺は思い返す

 

 

俺はその日もいつものように、天の知識を書き留めて纏めながら、内政に関するあれこれを処理していた

農工業や鎮守府移転に関する事柄はいまだ俺が指揮をしないといけなく、負担は軽減されたといってもその量は膨大かつ煩雑なものだった

 

公祺さんと令則さんは、俺が提示した治安や律法に関する草案を纏め、その実施に奔走していて、とてもこちらまでは手が回らない状況だ

他にも、俺が動けないので想定される各用地や街道建設予定地の視察もお願いしているため、寝る暇もないほど忙しいらしい

 

そんなある日、取次ぎをお願いしていた五斗米道の祭酒のひとりが、とても困ったような顔でやってきた

華陀は漢中北部で流感が発生したため、そちらの方にいってもらっている

俺も後日、視察に赴く予定だった

そのため、口の固い人間を何人か借りて執務に当たっていたというわけ

 

「ん?

 公祺さんか令則さんから何か連絡でもあった?」

 

「いえ、それがですね

 大熊猫に乗った少女と女性が来まして、太守様にお目通りを願いたい、と…」

 

「なぜにパンダ…?」

 

「ぱんだ?」

 

「いや、天の国の言葉だから気にしないで」

 

「はあ…」

 

「ところで、その二人の名前は聞いた?」

 

「文仲業と向巨達と名乗っておいでです」

 

それを聞いて俺の全身に一気に力が漲る

 

「公祺さんと令則さんが戻るのは何時ごろ?」

 

「おふたりとも夕刻にはお戻りになると聞いております」

 

「判った

 じゃあ、戻ったらすぐに俺のところに来るように言っておいて

 それと、その二人組は今すぐここに通して欲しい」

 

すると、困ったように祭酒さんが呟く

 

「えっと…

 大熊猫はどうしましょうか?」

 

それを聞いて思わず俺も目が遠くなる

 

「ど、どうしようか…」

 

 

結果として(悪い意味で)その悩みは解決した

 

彼女らは(ここが鎮守府だというのに)大熊猫に乗ったまま堂々と大通を通り、そのまま執務室へとやってきたのである、大熊猫に乗ったままで

 

さすがの五斗米道も警備兵も、人間ならともかく熊が相手では勝手が違ったらしい

しかも、それに乗っているのが太守の客人ときてはうかつに手も出せない

ちなみに街の人々、分けても子供達は大喜びで、警備兵は一時期交通整理をしなければならなかったそうだ

 

(なんでパンダなんだろう…)

 

執務室の隅っこでおとなしく林檎を食べているのがなんともいえず微妙な感じだ

 

そんなパンダを横目に見つつ、目の前のふたりをみると、これまた反応に困る状況だ

 

なにかを諦めたような目でおとなしく抱かれているロシアンハットの少女と、それに頬ずりしながら座っているハンサムな美女

 

とてもシュールな光景だ

 

「えっと…

 文仲業さんと向巨達さん、でいいのかな?」

 

その言葉にふたりが反応する

 

「あうあう…

 はじめまして、私が向巨達です」

 

「ボクが文仲業だ

 仲達ちゃんに誘われてね、ここにお世話になりに来たよ」

 

「あう…

 私もそうです

 よろしくお願いします、太守さま」

 

細かい事は置いておくとして、俺としてはどうしても気になることがあるのだが…

 

「ふたりともよろしく、心から歓迎するよ

 ところで…」

 

そう言って仲業さんに視線を向ける

 

「なにかな?」

 

「失礼かもだけど、仲業さんはそっちの趣味のひと?」

 

俺は迂闊だった

この一言は仲業さんの心のスイッチをダイレクトに押してしまったらしい

 

「馬鹿な!

 ボクにそんな趣味はない!

 そもそも可愛いものや美女や美少女は愛でるべきもので、それ以上の事を考えるなど言語道断!

 なにより…」

 

巨達さんを膝から降ろし、立ち上がって拳を握り力説を始める仲業さんに、俺はゆっくりと立ち上がって右手を差し出す

 

「うむ!

 その趣味は非常に正しい!

 美少女は愛でるものであって、決して汚してはいけないものだ!!

 素晴らしいぞ文仲業!!」

 

「わかってくれるか北郷一刀!!」

 

がっちりと握手を交わす俺と仲業

 

ふたりともどうみても変態です、本当にありがとうございました

 

そんなグダグダなふたりを見て、何かを諦めたかのようにそっと巨達ちゃんが溜息をついていた事を幸運にも俺は知らない

 

 

その後、公祺さんと令則さんが戻り、ふたりを紹介した後、警備や巡察にあたる以外の兵をとりあえずは仲業が指揮監督して街道の整備を進め、租税等の内政に関する事柄を巨達ちゃんが調整・監督するという事で当面の施政については落ち着いた

 

ちなみに、公祺さんと令則さんを見て仲業が

「び・じょ・ふ・た・り・キターーーーーーーーーーー!!」

と叫び、抱きつこうとして公祺さんに蹴り飛ばされたのは言うまでもない

 

 

そうして夕餉となり、改めて挨拶をしたところで巨達ちゃんが真っ赤に茹で上がり

 

仲業が

「この笑顔を愛でるのもアリだな」

と呟き

 

令則さんが完全に固まって

 

公祺さんは

「こいつの無自覚は既に犯罪だな…」

と全身を赤く染めていたのを俺は知らない

 

 

 

 

この話をした時の懿の視線がとてもとても冷たくて思わず凍りつきそうになったのは気のせいだと思いたい

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≪漢中鎮守府/向巨達視点≫

 

あうあうあうあう〜…

 

いきなりこんな重責が与えられるとは思っていなかったので、私は少々混乱しています

 

まさか、内政に関する事柄の大半を丸投げされるなんて思ってもいなかったです

 

これに関しては一刀さんは

「巨達ちゃんにはいずれ総務として全部の事を総括管理してもらうから頑張って」

なんて言われました

 

総務ってなんですかって聞いたところ

「みんなが働きやすい環境を整えて、業務に支障がでないよう補佐する仕事かな

 設備品の購入や建物なんかの管理、官吏や兵士の福利厚生制度の整備や制度の改善や推進、公での祭事運営とか、他の人が手がまわらない事をとにかく全部って感じだね

 いうなれば“便利屋さん”かな」

とか、気楽に言ってます

 

「…え?」

 

そう思わず聞き返した私は絶対に間違ってないと思います

 

「うん、組織構造上だと、巨達ちゃんが全員の筆頭って事になるのかな

 まあみんなの潤滑剤というか接着剤みたいなものだよ

 頑張ってね」

 

「……え?」

 

「今のところは俺の補佐というかそんな感じで租税とかを重点に置いてやってもらうけど、いずれ全部やってもらう事になるからよろしくね?」

 

確かに、私は“いずれは”こういうお仕事がしたかったとは思っていますが、何もいきなりこういうお仕事じゃなくてもいいんじゃないかな、と思いました

 

「あうあうあう……

 では、私に求められている現在の業務というのは………」

 

一刀さんはそれに真剣な顔で答えてくれます

 

「本質的には将来と同じで、他のみんなが動きやすいようにそれを総括的に補佐する事になるね

 これに求められるのは発信型の能力じゃなくて受信型の能力で、物事を主観ではなく客観的に、俯瞰して見ることのできる政治家が望ましいんだ」

 

この言葉について私は考えます

つまりこれは、軍政において各組織の潤滑剤となり、不備や欠点のある法制度を修正し、常に状況を改善していく仕事という事です

 

これは一見なんでもない事を言っているようですが、実はとても非常識な事を一刀さんは言っています

なぜなら政事というのは、一度定まった事柄を慣例として踏襲していくものであって、余程の不都合がなければそれを修正したりはしないものなのです

でも、それを常に行う部署を設置し、しかもそれには受動型の能力を持つ人間が向くというのは、おかしいのではないでしょうか

 

そう思った私は、素直にその点について聞いてみる事にしました

 

「あの、そういうのって普通はもっと、なんというか発展的な思考を持つ方がやるべきですよね?」

 

一刀さんはこれにすぐに首を横に振ります

 

「いや、こういう事はそういう人間にやらせてはいけないんだよ

 時には英断も必要だけど、可能な限りは内部に軋轢を生まないような、穏やかな改革や発展が望まれる仕事だからね

 そういった改革はそれぞれの部署で行うべきで、巨達ちゃんに望んでいるのはそういう事を考える事じゃない」

 

一言も聞き逃すまいとする私に向かって、一刀さんは続けます

 

「そういった様々な意見を取り入れ、その時に一番いい形で物事が行えるように調整していくのが一番大きな仕事なんだ

 だから巨達ちゃん自身がそういった発想を持つ必要は全くないんだ

 むしろそれに自分や周囲の意見や考え方を加えて、よりよい方向に伸ばす、そういう事が要求される部署なんだよ」

 

私はしばらく伝えられた言葉を飲み込んで考えます

 

なるほど、私の役割はだいたい飲み込めました

 

「現状には常に疑問を持ちつつ、実際の改革や修正はそれぞれの方にお任せして、それらを円滑に行えるように気を配る、という事ですね」

 

あう…

なんというかとっても大変なお仕事です

政事に関わるあらゆる事に精通を要求される、確かに孔明ちゃんや士元ちゃんみたいな才能は必要ないかも知れないけど、それでも簡単に務まるお仕事では決してないです

 

そんな私の困惑と弱気が理解できたのか、一刀さんが悪戯っぽく笑って聞いてきます

 

「自信ないかな?

 俺は巨達ちゃんにならいつか必ずできるようになる、と思うからお願いしたいところなんだけど」

 

あう〜……

そう言われて引っ込んだら負けですよね……

 

なんだか騙されたみたいな気分で不承不承こっくり頷く私に、一刀さんは嬉しそうに頷きながら告げました

 

「うんうん、引き受けてくれてありがとう

 いやあ助かったよ

 この部署が俺が考える人民開放と民衆主体の政治に向けての基幹になるからさ

 断られたらどうしようかと思ったんだ」

 

「……………え!?」

 

今なんか、ものすごく物騒で、しかも聞捨てならない事をさらりといいましたよね、この人

 

「ん?

 どしたの?」

 

私は再び、一刀さんを問い詰める作業に戻ります

 

 

結果としては一刀さんの構想はある程度理解もして納得もしたんですけれど、非常に残念な事に、この人が私の常識では全く推し量れない、一流の政治家であるという事が理解できてしまいました

 

ちなみに、私がここまで達観した心境に至るまで、朝から晩までみっちり10日は一刀さんと論議を続けていた事を付け加えておきます

 

あうあうあうあう……

本当にやっていけるのかなあ、私……

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≪漢中鎮守府/文仲業視点≫

 

とりあえず、ボクの心境としてはただひとつ

 

よくぞここまでやってくれたな北郷一刀!

 

この一言に尽きる

 

これは多分に皮肉や嫌味も入っている事を付け加えておこう

 

確かに将帥として軍を任されるとは聞いてはいたが、その初手でほぼ全軍の管理統括を依頼されるとは予想だにしていなかった

いや、この部分に関してはボクを高く評価してくれている、という事でむしろ感謝してもいい

 

問題は、その最初の仕事が盗賊討伐等の軍事行動ではなく、田畑の開墾や街道の構築といった土木作業だ、という点だ

 

勘違いがないように言っておこう

 

ボクは兵士にそういう作業を当てるな、と言っている訳じゃない

むしろ、平時にはどんどんそういう作業を当ててもいい、とは思う

 

しかし、しかしだ

 

それを輪番制にして、平時には常に行わせるというのはさすがに厳しい

 

一刀は気楽に

「例えばだけど、1日作業をして一日訓練をして一日休む、こんな感じでいけないかな?」

などと言いやがったが、訓練というのはそう簡単なものではない

 

そりゃあ、基本的な調練に関していうならその程度でも十分にできるし、これは医者の華陀も一緒に加わって話した事だが、基礎体力訓練として土木作業を利用しようという発想はボクにはなかったが、説明されればなるほど有効でもある

 

二人がいう事を言葉に直すと

「農夫に勝る怪力なし」

という事らしい

 

ここについては私は詳しくないので彼らの説明をそのまま覚えているのだが、実際に武器を振るい足腰の力を高めるには、腕や足よりも内腑や背中、腰や脇に首といった部分に力が出るように鍛える事が必要で、それを有効的に行うのに土木作業を活用したい、という事のようだ

 

ボクも馬鹿ではないから、当代随一とされ“医者王”とまで呼ばれる男の説明まで加わる事柄を疑いはしない

 

しかし、ここで基本的な問題が発生する

 

兵とは基本的に“家系”で選ばれるものだ

つまり、そういう作業には基本的に蔑視意識があるのだ

 

そこも一刀に言わせれば

「野陣構築やら工兵作業の訓練みたいなものじゃないの?」

というが、そういった意識改革は非常に難しい

 

その点をボクが伝えたところ、これまた滅茶苦茶な言葉が返ってきた

 

「じゃあ、そういうのはいらないから馘ってことでいいよ

 民衆のために働くのが嫌だって兵隊さんなら俺もいらないから」

 

と、こうきたもんだ

 

ボクが思わず頭を抱えたのも納得してもらえるってものだろう

 

「給金は兵士には文官より割高にしてるんだし、普段遊んでいられても困るし、なにより公然と動かせる最大の労働力が軍なんだからさ

 そこで勘違いしてるような人間はいらないよ

 そういう輩は災害の時にも同じ事を言い出しかねないからね」

 

困ったことに理屈が通り過ぎていて、反論の余地がない

 

「こっちの指示には基本的に“応”としか言うことしかできない代わりに、民衆の血税で養っている、と理解してもらわないとね

 当分は人が嫌がる仕事ばかりになる訳だし、戦時には負傷や死亡による家族への保証もきちんと考えてるんだから、仲業にお願いしたいのはまずそこの徹底かな」

 

兵士武官を特権階級と思われては困るんだよ、と言う一刀の言葉には少なくない反発も覚えたけれど、基本的に言う事は道理に適っている

 

優遇されるには優遇される理由があり、それを満たせない場合に特権だけを甘受しようというのは、そもそも武人として潔いとは言えないからだ

一刀の言に沿うなら、日常は他人が嫌がるような仕事に従事し、有事には身体を張って戦うからこそ、兵士武官は尊敬され優遇されるべきものだ、という事になる

 

いうなれば統治者のための軍ではなく、民衆のための軍、というところか

 

いささか奇妙に感じなくもないが、なるほどボクにしてみればそっちの方がやりがいはある

 

となると当面の問題は…

 

 

「そういう事で、軍の再編成と輪番制の計画、よろしくね?」

 

そう言って笑う一刀を殴ってもいいかどうか、これに尽きる

 

 

もう一度、今度は声に出して言うとしよう

 

「よくぞここまでやってくれたな北郷一刀!」

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
通り(ry の名無しさま>いや、多分その暇は無理やりでも捻り出すと思う…(小笠原 樹)
田吾作さま>つるぺたちみっこ帽子装備なので、多分大丈夫です(ナニ(小笠原 樹)
最後の一行の続きに「お陰で満足に美女や美少女を愛でる暇が無いじゃないかっ!」とか言いそうで怖いw(通り(ry の七篠権兵衛)
向巨達ちゃんは今は一刀の手伝いをさせて、十分な実力がついたら各種方面の調整役に回すと。結構地味ですけど重要な役割を彼女は担う事になりましたね。他の恋姫と上手に関係を築ければいいのですが。それと仲業さん乙カレw恨むんなら一刀の正論を納得させられる言葉を考え出せない自分の頭を呪いなさいww (田吾作)
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恋姫†無双 一刀 北郷一刀 萌将伝 真・恋姫無双 真・恋姫†無双 外史 

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