外史異聞譚〜幕ノ十〜
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≪漢中鎮守府・執務室/北郷一刀視点≫

 

「それで、その後に北部の邑と関を視察にいくことになって、そこで令明と出会うことになったんだけど…」

 

下がり続ける体感温度にガクブルと震えながら、俺は事情説明という名の訊問を受けていた

令明の名が出た瞬間、懿の視線が氷点下まで下がった気がするんだが「いいから続けろ」と空気で言われ、逆らうことができない俺である

 

ワタシ、ナニカワルイコトヲシマシタカ、シバイサン

 

 

陽平関に向かう事になったのは近隣の邑の視察を終えた後だった

医(梅酢)と糖水をかなり消費する事が予想されたため、公祺さんに同行を頼み、鎮守府での諸事を残留組に委託しての視察となった

 

華陀の話では現代でいうインフルエンザのようなものみたいなので、手っ取り早く水分と栄養を補給させて免疫をあげるには他に思いつかなかっただけなのであるが、冬の事を考えると少々痛い出費となる

なのでそこらの匙加減が下手な華陀ではなく、公祺さんの同行をお願いした訳である

 

なにせ、華陀は医者としては優秀であるが金勘定は致命的にできない

必要なものはありったけ使ってしまうのだ

医者としては正しいので文句もいえないのがつらいところだ

 

こうして視察にあたっては、地方での福利や衛生に関しての懸案も見えてきたことで公祺さんにとっても無駄なものではなかったのが救いだと言える

 

「アンタがいう林檎酢と蒸留酒、それに梅酢と椿油の生産も早めに軌道に乗せないときついね、こりゃ」

 

俺は病弱という触れ込みのため、始皇帝よろしく臥車に乗っての視察だったりする

実際にこういうものがないとへばって視察どころではないという現実もあるのだが、なんか贅沢をしているようでいたたまれない自分がちょっと可愛いと思ってたりもする

今は公祺さんと車中で相談をしているわけだ

 

「石鹸と度数の高い酒、それと梅酢や林檎酢や大豆油のような常用品は早めに普及させないとね

 とはいえ設備がなあ…」

 

「いくつか用地を視察して、薬草の栽培も視野に入れてはいるけどね…

 やっぱりアンタがいうように日常の改善が一番だからね」

 

大規模な疫病が流行したら備蓄では絶対に追いつかないし、と呟く公祺さん

さすがに俺も民間医療ならともかく、専門医療についての知識はほとんどないため、どうしても環境整備に走るしかないのがきついところである

 

と、ふたりで悩んでいると前方でなにかあったらしく、兵がひとり注進してきた

 

「申し上げます!」

 

「なんだい?

 賊の襲撃でもあったのかい?」

 

俺の代わりに応える公祺さんに兵が答える

 

「前方に人が倒れているようなのですが、いかが取り計らいましょうか」

 

公祺さんは少し考えてから指示を出す

 

「とりあえず周囲に警戒しながら、そいつがどういう奴か確かめておくれ

 行き倒れのようならとりあえず介抱してやんな」

 

応諾の返事をして兵が戻っていく

流感が流行っていることもあり、旅人の行き倒れはそれなりにあったのもあり、俺も公祺さんもまたそのクチかと思っていたのだが、今回は少々違ったらしい

さっきの兵が再び、ちょっと困ったように注進してきた

 

「えっと、申し訳ないのですが、我々では少々判断に困る事態になりまして…」

 

「どういう事だい?」

 

「どうも旅の武人の行き倒れのようなのですが、何故か棺桶を引きずっておりまして…」

 

俺は“そんな風習あったっけ?”と公祺さんに視線で尋ねる

当然そんな風習があるわけもなく、普通に考えれば肉親や友人を郷里に還すのに、たまにそういうのがあるらしい、と小声で返事が返ってくる

 

実は埋葬方法も一般からの猛反発が予想されるが、火葬を導入したいと打診しているところである

五斗米道ですら、その有用性を認めつつも現状では納得の兆しすらない状態であるので、仕方がないと言えばいえるのだが

 

ともかく、棺桶がそういう意味で引きずってこられているのであれば、早急に対処をしたいところである

俺はとりもなおさず、行き倒れのひとのところに向かうことにする

 

「行き倒れだねえ…」

 

「うん、見事な行き倒れだ…」

 

なんというかこう、俯せになって倒れている様は、額縁に入れて飾っておきたいくらいに見事な行き倒れっぷりだった

 

公祺さんとふたり、なんとも言えない溜息をついてから周囲に訪ねようとすると

“ぐきゅるるるるるるるるるるるっ!”

と、生存を自己主張する強烈な音が倒れている女性の腹部から聞こえてきた

見ると耳まで真っ赤になっている

 

「えっと…

 全軍停止して

 ちょっと早いけど昼餉の準備をしようか…」

 

行き倒れている女性は、その一言に更に耳を赤くしていた

 

 

はぐはぐはぐはぐはぐっ!

 

俺と公祺さんは再び呆れていた

圧倒されていたと言ってもいい

 

とにかく目の前の“行き倒れ娘(仮称)”なんだが、名前を聞く前にとりあえず食わせようという事で粥やらといった胃に優しいものを用意したのだが、とにかく食べる

分量的には軽く10人前はいっているのじゃなかろうか

 

はぐはぐはぐはぐはぐっ!

 

見ていて汚い食べ方やみっともない食べ方をしている訳ではないので、不快感を感じることはないのだが

「なんというか、アタシはもうお腹一杯だよ…」

唖然としてそう呟く公祺さんを俺も責められない

なぜなら俺も見ているだけで腹が一杯になっていたからだ

 

はぐはぐはぐはぐはぐっ!

 

「もっとしっかりしたものでもよかったんじゃね?」

 

「アタシもそう思ってたところだよ…」

 

ぼーっと見ている俺達を他所に、多分20人前くらいだろうか、相当な量の粥を平らげた“行き倒れ娘(仮称)”は、満足そうに吐息をつくと、居住いを正して礼を返してきた

 

「身分も出自も解らぬものに、このような御厚情を賜り感謝致します

 私は?令明と申します」

 

はい!?

 

俺は彼女が言った名前が信じられなく、失礼なことに聞き返してしまった

 

「えっと…

 ごめん、もう一度名前を聞いてもいいかな?」

 

「?令明と申します

 未だ無学無給の身ではありますので、お耳汚しかとは思いますが…」

 

そんな俺の驚愕に気づいたのはさすがというべきか公祺さんである

そっと小声で耳打ちをしてくる

 

「もしかして、アンタの天の知識に名前があるのかい?」

 

それに小さく頷いて答える

 

「俺が知る限り、この人に一騎討ちで勝てる人間はこの大陸全部で両手で数えられるかどうかだよ

 涼州にもういると思って諦めてたんで懿には名前を出さなかったんだけどね」

 

俺が知る知識では馬孟起の副官として長く彼を支えた、大陸きっての猛将である

後に曹孟徳に降ったが、晩節を汚すのを良しとせず人生を終えている人物だ

 

そんな人物がなぜ、こんなところで棺桶引きずって行き倒れになっていたのだろう

 

そんな疑問が口をついて出そうになったのだが、俺は彼女から更に驚く事を先に告げられる事になる

 

 

「漢中太守・曹元徳様でいらっしゃいますね?

 このような場で不躾とは思いますが、仕官をお願いしたく参上仕りました

 ご一考をお願い致します」

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≪漢中/?令明視点≫

 

実は民衆、特に身分の低いものの間では、漢中の新太守の噂はそう悪いものではない

 

本人は病弱との事で表に出てこないらしいが、官匪を追放し民間に広く人材を求め民衆の生活向上に尽力しているらしい、と言われているからだ

最終的には租税を重くし私利を貪るのかも知れないが、人気取りすらしない豪族や官吏と比べればそれがどれほどましな事かは言うまでもない

10しかものがない状況で8とられるのと、20あるところで16とられるのは、同じに見えても格段の差があるのだ

 

関中にて仕官をと思っていた矢先にそのような噂を聞き、ものは試しと漢中に赴いてみた私だが、そこでありえない失敗をやらかした

 

路銀を全て無くしてしまったのだ

 

恥ずかしながら私はかなりの大食漢で、普段でも常人の10倍程も食べる

故にかなりの路銀を用立ててきたのだが、ふとした弾みで落としてしまったようなのだ

それに気付いたのは関を越えてからのことで、今更関中に戻るわけにもいかない

 

仕官に際して“いつでも戦場で死ぬ覚悟はある”という諧謔を込めて(荷物も入るから便利ではあったけど)棺桶を用意したのもこの場合は悪循環を構築する要因といえた

せめて弓でも入れておけばと後悔したのは記憶に新しい

 

こうして山野に獲物を求めることもできず、運悪く沢のひとつも見当たらない状態で漢中を目指した結果、空腹に負けて倒れていたところを拾われた、という訳だ

 

穴があったら入りたい、とはこのことをいうのだろう

 

お腹の虫が盛大に自己主張をしたときは、羞恥のあまり死ぬかと思ったほどだ

 

目の前に粥を供されたときには、その羞恥もどこかにいってしまったけれど…

 

 

ともかく、粥を食しながら周囲を観察していると、これが隊商等ではなく、貴人の護衛をしているものだと気付いた

都からわざわざ漢中にいったという話は噂にはなかったのと、臥車の近くに張られた天幕に案内されたことから、恐らくは漢中太守の陣だろうとの推察ができたわけだ

事実、目の前にいる貴人は非常に身形がよく、隣にいる御婦人もよく陣を統率しているように見受けられた

 

また、天幕の外から聞こえてくる話声を聞くに、漢中を目指してきている難民を保護してもいるらしい

行き倒れていた私に(恐らくは食事の量に)唖然としながらも何を尋ねるでもなく落ち着くのを待っている点からしても、立派に人物といえる器量があると思われた

 

名前を二度尋ねられたのは訝しく思ったのは確かだが、恐らくは知り合いに似た名前の人物がいたのだろうと思う

 

実は私は見知らぬ人間と話すのが得意ではなく、割と不躾になる事が多い

なので仕官への意気込みにと棺桶を用意してみたくらいだ

 

その結果、先のように唐突に仕官をお願いする形となってしまった

 

後で考えれば相当に失礼な話なのだが、彼はそれを咎めるでもなく、どうして自分を太守と思ったのか、どうして自分に仕官しようと思ったのか等を、あせるでもなく丁寧に訪ねてくれた

 

移動の都合があるからと臥車に乗せられたときにはかなり驚愕してしまったが、どうも私が賊の類ではないという点に置いては全く疑っていなかったようだ

普通は身元も定かではないものを近くに寄せるなどという暴挙はしないものなのだが、この点では非常に気さくといえば聞こえはいいが、困った人物でもあるらしい

傍らにいたご婦人(張公祺という方らしい)が苦笑していたくらいなので、恐らくは相当なものなのだろう

 

こうして太守様の視察の間、有難くも勿体無くも賓客として遇していただき、言葉の端から太守様が噂に聞く天の御使いである、という事実を知るに至って、私は既にこの方以外にお仕えする人物はないと覚悟を決めていた

 

この意気込みが伝わったのか、はたまた最初からそのつもりだったのかは判らないが、私の仕官は認められることになった

 

そこで、身辺警護の重要性をひたすらに説き、漢中に着く頃にようやく納得していただけたのは有難い事である

その点では援護をしてくれた公祺様にも感謝しなくてはならない

 

 

ただ、公祺様がぼやいていた

 

「コイツは天然無自覚のコマシ野郎で爆弾発言野郎だからねえ…

 アンタも気を付けなよ?」

 

という言葉に関しては、漢中に戻ってから嫌というほど思い知る事になります

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≪漢中鎮守府・客間/張公祺視点≫

 

「………てな感じだったね」

 

だいたい七割って感じかね、これで

 

かなり大まかにだが、漢中に集った面々について語りながらあの野郎の非常識を解説しているうちに、アタシもかなり興が乗ってきたみたいだ

酒のせいもあるとは思うけどね

 

儁乂殿は酔ってはいても意識はかなり鮮明のようで、何事か考え込んでいる

 

「確かに、儒教の教えに沿うのであれば、徳や忠とは求めるものではなく自然と認められて得られるものでござるな…

 そうであるならば一見無謀に思えるこれらの事も…」

 

ありゃ、考え込んじゃってるよ

 

まあねえ、あいつの言葉を借りて儒教に当て嵌めるなら、徳のある奴がみんなに選ばれる事で常に正常かつ健康な政治を行おう、という事だからね

上に立つ者に徳を要求するんじゃなく、徳があるから上に立つように選ばれる

 

簡単なように見えて難しい事だよ、これは

 

全部を極端に否定してるんじゃないから性質悪いんだけどな

 

「しかし、なんだな…

 この会話って洛陽に聞こえたらやばい内容ばかりだよな」

 

酒が呑めないのがこんなに恨めしいと思った事はない、とぼやきながら忠英殿が果汁を飲んでいる

さすがに茶だけじゃ飽きたみたいだな

 

元皓殿と元明殿は『きゃはははは』と笑いながら二人でくるくると踊っている

息がぴったり合っていて結構見応えがあるんだよな

酔って踊ってるのかと思えばこっちの話はしっかり聞いてるし、基本的に喜怒哀楽がはっきりしてるのかも知れない

 

このふたりにはちょっとゴットヴェイドォォォ!!の奥義書にあったことで気になる事もあるので、折を見て聞いてみたい事もあるんだけどな

 

果汁を舐めながら忠英殿が呟くように言う

 

「民衆が帝を王を統治者を選ぶ世界、ね……

 想像もつかんな………」

 

だよなあ……

 

「拙者としては、儒教の教えを否定しているのでなければ論議に値する事とは思いますが、やはりいささか飛びすぎてると申しますか、なんと申せばいいのか…」

 

うんうん、そこはよく解る

なんというか、言葉にならないんだよな、そこのつっかえがさ

 

なにせ仲達ちゃんにしてからが

 

「いまだ完全に我が君の言葉を理解したとは申せません」

 

とか言ってるくらいだもんな

たかだかこの程度の会話で理解できるような代物じゃないのは確かだよ

 

すると、笑いながら踊っていた二人がぴたりと止まって言葉を発した

 

「付き合ってみてダメならお別れすればいいだけだよ」

「どうしても理解も納得もできないなら仕方ないよね」

「未知の材料は目の前に用意されている」

「未知の調理は私達の手によって行われる」

「それらの調理法の基本は指示されている」

「それらの料理の完成型も明示されている」

『だったらその未知の料理に私達が納得できるかどうかでしかない』

 

そして再び笑いながら踊りはじめた

 

なるほどなあ、未知の料理か…

そういう考え方もあるんだな

 

いや、本当にこの二人は思考が柔軟だわ

これを手放した袁紹ってのは、やっぱりバカなんじゃなかろうか

 

忠英殿が蒙が啓けた、といった顔で頷いている

 

「なるほど、未知ときたか……

 そりゃあ研究者としては挑まずにはいられんよな」

 

儁乂殿もしきりに頷いている

 

「知らぬといって無謀に挑むのは愚者の行いなれど、知らぬからと無視して拒絶するのもまた、愚者の行いでありますな」

 

アタシも二人の言葉に頷く

 

「いやあ、悪い癖だね

 ちっと考え過ぎちまったみたいだな

 しかしまあ…」

 

アタシの呟きに意識を向けてくる4人に苦笑しながら答える

 

「あのバケモノは、よくもまあこんだけ優秀な人間ばかりに目をつけたもんだ

 もうそれだけでも他に言う事はないよ、アタシは」

 

「拙者が優秀かは判りませぬが…」

 

「私はまあ、優秀だっていう自覚はあるけどな」

 

『元ちゃん達は優秀だよー』

 

言葉もそうだけど、自信がなきゃここにいないだろ、アンタらも

 

ま、アタシもそうだけどさ

 

そうして、アタシはなんとなく落ち着いた空気の中で、この続きを話すことにする

 

「で、続きなんだが、この後に来たのがなんというか、また濃い面子でさあ………」

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
通り(ry の名無しさま>どんどん優秀になっていくのよね、この子達…どうしよう(笑)(小笠原 樹)
田吾作さま>関中から棺桶引き摺って行き倒れは、結構必死で考えたのになあ…結果としてギャグになってしまった(笑)(小笠原 樹)
元ちゃん達の発想マジ優秀!・・・なんか馬鹿っぽいコメントばかりしてるけど、可愛すぎるのがイケナインダ(通り(ry の七篠権兵衛)
成程、西涼くんだりから来たけど行き倒れになった人を拾ったら欲しかったけど諦めてた人材だったと……どこの噺ですかwしかし、上手い例えが出ましたね。一刀の理想を「未知の料理」となぞらえるとは。彼女達はその「料理」を作れるのか、続きに期待させていただきます。(田吾作)
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