外史異聞譚〜幕ノ十一〜 |
≪漢中鎮守府・執務室/北郷一刀視点≫
俺は何故か今現在、正座をさせられている
視察のくだりで視線がバナナで釘が打てそうな領域にまで温度が下がっていたのだが、令明を護衛に認めたという話のあたりで懿の右手あたりから“パキョッ!”という異音がしたのだ
恐る恐る(怖いものみたさで)見ると、その右手にはくしゃくしゃに潰れた銅の酒杯が握られていた
(銅って確かに柔らかいけど、片手でくしゃくしゃになるようなものでもないよね!)
思わずそうツッコミそうになったが、命が惜しいので黙っているチキンな俺である
メキョメキョと潰れて団子になっていく酒杯を見てあまりの恐怖に思わず泣きそうになったが、そこは男の子なのでぐっとこらえていると、微笑んだままの懿の口元から
「我が君のをネジ切ったら少しは安心できますでしょうか…」
などという呟きが聞こえてきた
思わず
「えっと…いったいナニをネジ切るのかな…?」
と訪ねた俺は本当にバカだと思う
どこがいいでしょう、と言わんばかりに微笑む懿の視線に耐え切れず、俺は床に正座をすることになったわけである
既に場の空気は弾劾裁判の様相を呈している
被告は俺、裁判官は懿、弁護人は空気とか酒杯とか机とか
勝ち目は既に皆無だ
むしろ、減刑を画策して話せば話す程、俺の量刑は増えていく気がしてならない
ごとん、という音と共に床に落ちた酒盃の成れの果てに
(君に罪はないのにごめんよ…)
と哀惜の意を表しつつ、俺は再び話をはじめる事になる
「それで、漢中に戻ってすぐの事なんだけど…」
それを聞いている懿の瞳は、金色な人達数人がかりでも砕けそうにないほどに冷えきっていた
≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
早期に鎮守府に巨達ちゃんが来てくれたことは、かなり俺達にとって有益だった
巨達ちゃんは自分からなにかを考えて実行する、というタイプではなかったのだが、とにかく問題を修正して色々な部署を有機的に動かすために立ち回るのが非常に上手なのだ
小動物的な外観や口癖とも相まって
「巨達ちゃんを泣かしたらぬっころす!」
というのが、いまや官吏みんなの相言葉になっているらしい
常備軍もまだ五千程だが、訓練を兼ねた街道整備や護岸工事も仲業の指揮で効果をあげはじめている
最初のうちは軍人のやる仕事ではない、と不満もかなり高かったようだが、陣構築や築城、それに俺が考えている戦法の基礎訓練を兼ねるというのを仲業が上手に浸透させてくれたのが大きい
実際にはかなり苦労したようで、令則さんとふたり、配置等にはかなり苦心したようだ
ただ、最終的にほぼ全ての将兵が残留したという点から、仲業の手腕が確かなものだと伺える
その令則さんの活躍で新法令も概要が出来上がり、日々民衆に浸透していっているようだ
慣例法によらない律なので民衆の反発はそれなりに予測していたのだけど、そこは令則さんの人柄と五斗米道の人達の献身が功を奏している
目下問題になっているのはそういった部分での財源の管理と近々届く予定の農工業に関する物資の取り扱いを行うにあたっての各自の負担だった
「とりあえず募兵は順次行うから、農閑期には3万までは動員できそうだ
今のところは一刀が提案した陣取り合戦で中堅指揮官を選別しつつ、人品を見ているってところかな
ボクからは以上だ」
「漢中律の公布は邑に至るまで終了しました
宣撫官として各邑に3名を派遣し、文盲であっても説明が可能なようにしてあります
今のところ、一部より量刑が厳しいという意見はありますが、概ね受け入れられているようです
量刑に反発を見せているのが邑長や豪族が殆どですので、これは機を見て対処が必要かと思います
治安は回復してきてはいますが、まだ婦女子が夜間に外出できるほどの信用を得るには至っていません
ですが、これも春までには改善するかと思われます
報告は以上です」
「街道の整備は現状、鎮守府移転先を優先してるんで、本格的には来年からになると思うよ
アタシらの見立てでは、再来年までにはおおまかな部分は終わるはずだ
各邑にも道場を設置して文盲率を下げる準備もできている
ま、実際に医者が増えるのは10年先になるだろうが、それは仕方ないと諦めて欲しいね
警備と医者を一緒にって事だし、どうしても時間はかかる」
「あう…
農閑期に予定されている大規模工事に関しては、労働内容と質による恩給に格差がある代わりに作業を選べる、という事で納得していただけてると思います
各邑や鎮守府からの募集は、当初の予定の3倍以上になっていまして、逆にこれらを雇用した場合の簡易宿泊施設や糧食の問題があがってきています
これらを選別するのかどうするのかに関してはみなさんの意見を聞きたいです」
他にも密輸がどうの人身売買がどうの奴隷がどうのと、数え上げればきりがない
これらの問題の多くは豪族が既存権益を手放したくないために発生している部分が大きく、将来的には除かなければならないものであるだけに、非常に難しい問題だ
特に奴隷問題に関しては“罪科”としての部分もあるため、漢中律では“一代限り”とし、相当な重刑でも、親類にはなるべく類が及ばないように図っている
ここで現代人の俺としては苦渋の選択ではあったが、やはり一定以上の罪科にあっては家族や一族にあっても未成年を外すのが現在では限界だった
謀や犯罪には家族一族も関わるもの、という当時の常識があるため、これを見逃す事がマイナスだったからである
このあたりの細かい部分は令則さんと巨達ちゃんがかなり苦心してくれたらしい
現状でこれ以上を望むのは他の全てに影響しかねないため、ここは俺が我慢をすべき部分である
将来的にはこれらの慣習を排除するとしてもだ
色々な事が動き出している現在、俺は自戒に自戒を重ねなければならない立場であるのだ
ちなみに、令明も会議の場にはいるのだが、彼女は護衛としてという立場を崩さないので、発言を求められない限りは無言でいる場合がほとんどである
このように今日も今日とて一番の問題から目を逸らしつつ角を付き合わせていると、関から早馬が到着した
なんでも懿の筆による書簡をもっている50名程の一団が来訪したとのことで、鎮守府までの通行許可を出していいかを確認にきたらしい
一団の名前を聞くと魯子敬と任伯達と名乗っているとの事で、書簡も懿の筆によるものと確認がとれたので即時案内を出して通行許可を出す事にした
この二人の到着により、内政面の陣容はほぼ整うとの確信ができたこともあって、会議は翌日以降にということで即時解散することにした
飛び上がって喜ぶ俺に、全員がドン引きしていたのは言うまでもない
そして二日後、待ちに待ったふたりが到着した
この日も例により謁見の間とかではなく俺の私室兼執務室での顔合わせと相成った訳だけど、子敬さんの第一印象はある意味最悪といってもよかった
一体誰が三色カラーの鬣ヘアーに刺繍の入った長ラン娘を想像するだろうか
「くきゃっ!
私が魯子敬
仲達姉様に言われて漢中に世話になりにきたよ
よろしく」
姉様って、一体何をやればこんな子にそういう慕われ方をするのだろう…
「ふむ…
ボクの見立てではかなりの美少女なのだが、もったいないな…」
呆然とする周囲を他所に“美少女発見器”といえる仲業がぼそっと呟く
なるほど言われてじっくりと見てみれば、化粧の仕方がおかしいだけできちんとすればかなりの美人の範疇に入りそうな顔立ちをしている
ただ、その化粧が故意に醜く見えるように施されているため、仲業としては抱きつくには至らないらしい
もっとも
「機を見て化粧をしなおしてから愛でるとしよう」
とか呟いてるから、きちんと射程内にはいるようだ
その時には是非俺も呼んでいただきたいものである
と、その横にいた少女に俺が気づくと同時に、仲業が“暴走”した
「控え目可憐な美少女キターーーーーーーーーーーッ!!」
大抵はこれを公祺さんが蹴り飛ばすか令則さんが後頭部を張り飛ばして止めてくれるのだが、さすがに今回は間に合わなかったらしい
「うきゃーーーーーーー!」
という叫び声と共に抱きつかれて頬ずりされている少女がそこにいた
「あう…
仲間が増えたかも…」
そうぼんやりと呟く巨達ちゃんがとても印象的だ
こうなった仲業を止めるのは事実上不可能なので、ある程度落ち着くのを待ってから話を進めることにする
個人的には堂々と抱きつける仲業が非常に羨ましいのだが、それを口にするとどんな目に合うかはさすがに判るので、ここはしっかりと空気を読む俺である
この光景にドン引きしている子敬ちゃんを落ち着かせつつ他を紹介していくと、さすがに空気がしっかり読めるのか、紹介が終わったタイミングで仲業が少女を開放した
あの満足に輝く笑顔が憎らしいと思う俺はもうダメかも知れない…
そんな仲業を他所に、どことなくぐったりしながら、それでも笑顔で少女が自己紹介をする
「はじめまして、漢中太守様、皆様
私は任伯達と申します
今回は司馬仲達様のご紹介により、こちらが仕官するに値するかどうかを見定めに参りました」
それなら逆に都合がいい、とばかりに俺も含めた全員で自己紹介をし、目下の計画と懸案について会議をはじめることにする
伯達ちゃんはそれに驚いていたようだが、どうせはじまってしまえばそれなりに他国に知れ渡るような内容だし、もしやろうとしても容易に真似ができるとも思えない
なので、逆説的ながら安心して会議に参加してもらえる、という訳だ
もっとも、他国の間者を潰すのにかなりの注意を払っているからというのもある
こうして一通り会議が進んだところで、子敬ちゃんには財政管理と商業に関しての全権を、伯達ちゃんには鎮守府の移転と農地改革、護岸や商業港の設置に関する総指揮をお願いしたい、との意向を打診した
その答えは
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃ! なんか大役すぎて逃げたくなるんだけど」
「みなさんこの太守様に苦労してるんですね…」
というまことに有難いお言葉をいただきまして、何故か周囲に俺だけが白い目で見られる状況となった
おかしくね?
これっていぢめだよね?
唯一味方になってくれそうな令明に視線を向けたら
「自業自得です、一刀様」
とあっさり一刀両断されてしまいました
しょんぼりしているとみんなで頭を撫でてくれたので(俺は幼稚園児か…)と思いつつも立ち直った自分が大好きだったりもするんだが
結果としては子敬ちゃんも伯達ちゃんも引き受けてくれる事に決めてくれたようで、俺としては言うことのない結果となった
皆の才幹におんぶにだっこの身としては感謝の言葉しか出ないわけで、いつものように感謝の言葉を述べるんだけど…
なぜみんな固まったり視線を逸らしたり真っ赤になって文句をいったりするんだろうか
去り際に仲業が
「今度笑顔のコツをボクに教えてくれないかい?
そうしたら毎日が桃源郷になりそうだ」
と言って去ったのが妙に心に残った
蛇足ながら、唯一残っていた令明に向かって困ったように笑いかけたら、アイアンクローで意識を飛ばされた事は付け加えておこう
≪漢中鎮守府/任伯達視点≫
仕官をお引き受けすることにはしましたが、会議に参列して想起書の内容と擦り合わせた結果私が思ったことは、この漢中は異質の存在だ、という事です
これが単純に“異質”というだけでしたら、私は仕官の要請をお断りしていたでしょう
ここでいう異質さとは、漢室の臣として教育を受けてきた私にとっての“異質”です
確かに、表向きの政策としては漢室とこの漢中に目立った相違点はありません
ここでいう異質さは慣習や常識といった、私達にとっての生活基盤に根付く事柄です
例えば、農地改革に際して軍を導入するのは、基本的には漢室では行いません
兵は兵馬を鍛え上げる事が仕事であり、それら作業に従事するのは民衆というのが基本です
ですがこの漢中では、まず軍がそれを行なっています
理由は“肥料”です
これは想起書に記載がありましたが、人糞畜糞残飯といった生活廃棄物を、山野にある落葉や腐葉土、収穫後に残る草木、おがくず等の廃棄物と混ぜ合わせる事で土壌改善を行える、という常識範囲外の構想が理由です
実際に効果があがるのを民衆に見せなければ、さすがに誰も従わないという注意書きと共に、その有用性について細かく記載がなされていました
これらは五斗米道の方々が行なっている衛生改善法と連動しているそうで、私が委託されている鎮守府移転や区画整理等の事柄とも連動しているようです
街道には、これら農地改革や灌漑工事で発生し、余乗となった砂利を砂と漆喰で固めて安全性と水路を確保する計画も盛り込まれています
街道に関しては道教の教主でもある張公祺殿が意欲的に取り組んでおられるようで、その教義にも関連しているからでしょう、様々な案を模索し研究なされているようです
治水灌漑に関しても軍の全面協力を得られるのと同時に、民衆を無償徴発しないという方針から、非常に積極的に取り組む事が可能な状態であるのは、指揮する側としては有難いことです
これらに関しては、向巨達殿が状況が軌道に乗るまでは重点的に私の補佐として行う事が決定しているとの事で、その重要度と期待度が推し量れます
これらの事柄を踏まえ、同時進行を求められているのが植林事業です
これも想起書に概要がありましたが、土地に十分な保水力、つまり土地を痩せさせないためにはある程度の樹木が必要だ、という事柄が書いてありました
伐採を行うのであれば、ある一定の面積を利用して回転させる事で植林と伐採を行なっていかなければならないのだそうです
選択されている樹木は樫や楢、椚といった樹木で、これは養豚を兼ねての事だと記載があります
梅や林檎・椿といった加工用樹木の導入や、豆や蕎麦、蕪といった農作物の導入も既に準備を終えています
他にも農村部での兎や家鶏の飼育、害虫や害獣駆除のための貂や鼬の飼育による毛皮等の二次加工品の確保、他にも犬の飼育による安全の確保等、その項目は多岐かつ多彩なものです
実用可能か不明という覚書程度のものも含めれば、それは膨大なものになります
これらを普及させるための邑や地域の選抜と管理が当面の仕事なのですが、これらの何が異常といえるかというと、全て太守の私費による導入だという事です
確かに、自身や民衆の利益になる事柄として、これらを推奨する諸侯や豪族は数多くいます
ですが、これを全て民衆の生活基盤を向上させるために導入する者は、恐らく現在の漢室には存在しません
結果として太守の利益になる事は間違いありませんが、まず民衆ありき、という政事はないのです
想起書をお返ししようとした時にその事について尋ねたところ、太守様はこうおっしゃいました
「それでいいんだよ
俺が望むのは上に下が搾取される未来じゃない
民衆が自分の足で立ち上がり、民衆が自分達で指導者を選ぶ、そんな未来だからね」
この驚愕をどう表現すればいいのでしょう
想起書はそのまま持っていてくれていい、と言われましたので現在も預り、日に一度は読み直しています
私はこれらの驚愕が言葉になるまでは、漢中でお仕えしようと思っています
私が自分の中でその答えを見つけた時、再びお仕えするかを問う日が来るかも知れません
それは、遠い未来の事ではないような気がします
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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通り(ry の名無しさま>作者はむしろ微笑ましいんだけどなあ…(笑)(小笠原 樹) 田吾作さま>誤字の指摘ありがとうございます。即時修正しました。でもって誰に襲われたのかはあえて聞くまい(笑)(小笠原 樹) くそっ、まじでちゅーぎょーさんが羨ましい・・・女性だからって可愛い女性に抱きつけるなんて差別ですよ差別!(通り(ry の七篠権兵衛) 3ページ目:治水感慨に関しても〜→治水「灌漑」に関しても〜になるかと さてエセキ○○イとステルス迷彩常時発動娘が来ましたね(ォィ 子敬さんはともかく、伯達ちんは一刀を気に入ったようで。司馬仲達・張公祺に次ぐ彼の理解者になれるのか。期待させていただき――なんだこんな夜遅くに(ry(田吾作) |
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