外史異聞譚〜幕ノ十二〜
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≪漢中鎮守府/魯子敬視点≫

 

さてさて、こりゃあ一体どうしたもんですかね、くきゃきゃっ!

 

漢中まで呼ばれて一体何をさせられるのかと思えば、いきなり財務関連の全てを任せる、ときたもんです

 

一応、洛陽の豪商に強力な伝手はあるということで、即日届いた大量の種やら苗木やら家畜やらを目の前にした私の驚愕は、多分一緒にいた人間にしか理解できないんじゃないかな

 

伯達さんも巨達さんもまあ、開いた口が塞がらないって感じの量でしたしね

 

かくいう私も10万の兵馬を1年食わせられる量というのは誇張だと思ってた事を謝っちゃいましたよ、くきゃきゃきゃきゃっ!

 

まあ、そこらの配布やらの計画はそのおふたりに任せるってことに決まってたんで、私としては苦労は何もなかったんですが、問題はここからでした

 

農閑期に大規模工事を連続して行うのに民衆に徴発をかけたっていうんですが、なんと無償じゃないってんですからね

全部きっちりお給料を払って、しかも食事と宿舎も用意する、ときたもんです

 

その予算は既に組まれてるから、それを采配しろっていうのが私の最初の仕事らしいです

 

 

いや、これ簡単に言いますけどね

冗談じゃないっていうの!

 

そりゃあ、基本的な計画はできてて穴も一見なかったんですが、なんというか丼勘定なんですよ

 

さすがに耐え切れなくなって太守の所に怒鳴り込みました

 

「さすがに言いたいことしかないんですが、説明してもらえますか?」

 

“瘋子敬”を気取ってる余裕もありはしません

 

するとまあ、なんていうんですかね、こう、確信犯的な笑みを浮かべて、言うんですよ、この太守が

 

「ああ、やっぱり丼勘定だった?」

 

殴りかからなかった私を褒めていただきたいです

 

怒りのあまり歯噛みしかできない私に向かって、あははと笑いながら太守はおっしゃいました

 

「うん、人が間に合わなかったら俺が自分で煮詰めるつもりで放置してたんだよね

 まあ、予算は多めに組んであるから、頑張ってくれる?」

 

やっぱり殴ってもいいですよね、こいつ…

 

私が本気で怒ってるのが理解できたのか、そいつは冷汗を流しながら弁解をはじめました

 

「うん、なんというか言い訳はしない

 ……ごめんなさい」

 

言い訳しないのは結構

では弁明をはじめてもらいましょうか

そもそも、こういう工事は基本的に農閑期を利用して無償でやらせるもんです

なにより自分達の生活に影響するんですからね

期間や労働内容に無理な部分や統治側のゴリ押しがなければ、多少の不満はあっても民衆は従うもんなんです

 

計画そのものに無理な部分はないどころか、むしろ余裕があるくらいなんですから、食わせておくだけで十分なはずなんですよ

 

私がそういう趣旨の事を言うと、太守はいきなり表情を変えました

私はおかしなことは言ってないはずなんですがね

 

「魯子敬、それは違う

 労働にはどのようなものであれ正当な代価が支払われるべきだ」

 

「だからそれは食糧で支払われているでしょう?」

 

「違う

 それでは飼っているのと変わらない

 その先に明確な代価があることで、民衆というのは不満を持たずに協力的に動く事ができる

 例えば君なら、食わせるから重労働をしろと言われて、素直に従えるかい?」

 

確かに、私ならごめんです

………なるほど、そういう事ですか

これは私が間違っていたってことですね

 

「くきゃきゃきゃきゃ!

 ちょっと熱くなりすぎたみたいです

 太守樣のおっしゃる通りでした」

 

「うん、理解してくれたのならそれで構わないよ」

 

しかし、なんというか仲達姉樣並に動じませんね、この男

 

私がそう思っていると、太守はゆっくりとこちらに向き直ります

 

「今はまだ理解してもらえないだろうから詳しく説明することはないけど、多分君が思っている以上に、今回任せる予算の配分には重要な意味がある

 これは民衆が支配者に一方的に使われ捨てられる、という現状を打破するための貴重な一石なんだ

 それを忘れないで欲しい」

 

この男も“侠”ですかね?

 

そんな私の考えが顔に出てたのでしょう、そいつは苦笑しながら答えます

 

「多分考えてるのとはちょっと違うと思うよ

 ただ、俺は俺が正しいと思うことをやろうとしているに過ぎないからね

 ただ、これだけは覚えておいてくれると嬉しいかな」

 

「?

 なんです?」

 

男はにっこり笑ってこう言いました

 

「君に任せる財務の全ては、後の大陸全ての民衆の為にある

 決して貴族王族皇帝のためにではない

 それさえ覚えていてくれれば、君が“瘋子敬”であろうとも俺は信じる」

 

あー…

なんか理解できました

この男、天然の誑しですね

しかも、なんていうか、男女無差別型の

 

姉樣も多分これにやられたんだな

 

この私が胸の動悸を抑えられない笑顔っていうのも、なんていうんですかね

 

色々と困ったもんです………

 

 

とりあえず、反漢室って聞こえるような意見も聞けましたが、そこは私にとっては別に構うところじゃありません

 

この“瘋子敬”が“らしく”生きていける、そんな世の中にできるというなら、主義主張はとりあえず置いておきましょう

 

私が財務をやり遂げる事で、民衆も飢えずに済んで、官匪が大手を振って歩くような世界がこなくなるっていうなら、やってやろうじゃありませんか

 

そうしたら姉樣の隣に並んでいる自分になれるような、そんな気がしますしね

 

まあ、乗せられてる気がしなくもないですが、そこは乗せられておくとしましょう

 

そんな風に思った私の、こいつに対する返答はやはりひとつです

 

 

「仕方ありませんね

 じゃあとりあえずこれは私が完璧に仕立て直してあげましょうかね

 感謝してください腐れ太守!

 くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」

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≪漢中鎮守府・客間/張公祺視点≫

 

「こんな感じだったかねえ…」

 

アタシが一通り語り終えたところで、なんとも言えない空気が場を支配していた

 

最初に言葉を発したのは忠英殿だ

 

「いや…

 今まで考えないようにはしてたんだが、私らもその無茶苦茶なやり方に付き合わされるって事だよな…?」

 

それに重々しく答えるのは儁乂殿だ

 

「今までの話を聞く限り、拙者らだけにゆとりのある仕事をさせる、という選択肢はないと思われますな…」

 

それは保証する、間違いない

 

「まあ、私は研究三昧の日々が送れそうで、むしろ大歓迎って感じではあるな」

 

やりたくてもできなかった事ができると考えてるのか、きしししし、と嬉しそうに笑う忠英殿がそこにいる

いや、その片眼鏡がなんか光ってて恐いんだけど

 

踊るのをやめて再び呑んでいた元皓殿と元明殿は、ほわんとした感じでそれに答える

 

『元ちゃん達はとりあえずは身の安全の確保もあるし』

「色々と面白そうだから頑張るつもりー」

「少なくとも無駄な理由で献策が却下される事もなさげー」

『やりがいはありそうだからいい職場かも』

 

無意味なくらい忙しくてやりがいに満ちてるのだけは保証できる

 

「一朝一夕で理解の及ぶ仕事などありはしませぬでしょうが、ここほど難解な仕え先もまた、ないでありましょうな」

 

それも保証する、間違いない

 

「ま、アタシに言えるのは、あの野郎は少なくとも、どんな話であれ耳を塞ぐってことだけはないってことかね

 どんな些細な事でも、こっちが真剣ならいつまでも付き合ってくれるだろうさ」

 

アタシがその実例だからね

教義について暇を見つけては論議してるくらいだし、その事については一度だって嫌な顔をしたことはない

 

「ふむ、学士の語らいのように論議を交わす事は面白そうではありますな」

 

儁乂殿はかなり儒教を大事にしているのか、その点であいつと話す気満々のようだ

 

『元ちゃん達も話すはなすー』

 

この二人に慣れたら、大抵の論議は余裕なんじゃないかとアタシは思うけど、それは言わぬが花なんだろうなあ…

 

「私はとりあえず、どんだけ研究に予算が貰えるか、かね」

 

むしろそこが勝負だ、と言わんばかりの忠英殿だが、多分それは逆の意味で裏切られるとアタシは予想している

必要だと思った事には、とにかく吝嗇とは無縁の金の使い方をするんだよ、あいつは

 

さて…

いい時間だし今日の酒席はそろそろお開きにさせてもらうかね

 

「とまあ、こんな場所だが、折角出会えたんだ、ずっと一緒にやっていけるといいよな」

 

アタシの言葉に解散の意を察した全員が頷く

 

ま、正式な仕事の割り振りは後日、顔合わせが終わってからだろうけど、それでもこれだけは言っておかないといけないよな

 

アタシはそう思って、立ち上がりながら今日の客人達に告げた

 

 

「そんな訳で狂気と希望溢れるこの漢中へようこそ

 明日からよろしくな!」

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≪漢中鎮守府・執務室/司馬仲達視点≫

 

なるほど…

 

我が君は日々こうして笑顔を振りまいていた、という訳ですか…

 

私が数ヶ月もの間見ることができなかったものを皆には提供していた、と…

 

この苛立ちを言葉にするのは簡単ですが、到底そのように生易しいものでもありません

目の前で床に座ってダシガラと成りかけている我が君を前に、どうしてやろうかと考えます

 

思えば、我が君に請われた旅ではありましたが、色々と思い知らせなければならない事があったのを思い出します

特に太平道に関しては、恨んでも恨みきれません

 

「我が君は私が旅路で苦労している間、随分とお楽しみだったようで…」

 

「ソ、ソンナコトハナイヨ」

 

「何故棒読みなのです?」

 

「ボ、ボウヨミジャナイヨ」

 

「では楽しくはなかったと」

 

「いや、やっぱり日々美女や美少女が周囲に増えるのは男の浪漫で…」

 

しまった、と口元を押さえる我が君ですが、少々遅かったと言わざるを得ません

私も自分でも顔が強ばるのが判るくらいですから

 

やはりネジ切るべきかと思案する私を前に、プルプルと震えている我が君がいます

 

と、我が君は困ったような照れたような、そんな感じでそーっと顔をあげました

 

「でもね?

 懿がいなくて寂しかったのは本当なんだよ?

 やっぱり俺にとっては特別だしさ」

 

そう言ってほにゃっと笑うのです

 

 

………恨み言を言ってもいいでしょうか?

 

これを目の前にして、一体私に何ができるというのでしょう

 

嘘です卑怯です駄目です言語道断ですありえません認めません!

 

私は首筋に昇ってくる朱を自覚し、なんとかそれを抑え込みます

 

「我が君、そこにお座りください」

 

様々な衝動を押さえ込みながら、先程まで我が君が座っていた椅子を示します

 

「えっと…

 尋問は終わりなの…?」

 

誰が訊問などしていたというのですか

視線にそう意味を込めると、我が君は飛び上がって椅子にすわります

 

「うん!

 座ったすわった

 ぼくきちんと言うこと聞いたよ?」

 

幼児化しているような気がしますが、まあいいです

 

私は膝を揃えて“カクカク”という感じで座っている我が君の所に行き、その膝に横座りをすることにします

 

「えっと…

 司馬懿さん?

 一体これは何がどうなっているのかな?」

 

椅子なんですから黙るがよいのです

 

私はそう思いましたが、一応は答えることとします

 

「我が君は色々な罰として、今日はこのまま私の椅子です

 杯もなくなったことですし、あのままでは不便なので黙って椅子になっていてください」

 

そう言って横から見上げると、照れたように顔を反らしています

 

「どっちかっていうとご褒美のような気がしなくもないんだけど…」

 

椅子なんですから黙るがよいのです

私はこれから数ヶ月不足していた“我が君成分”を補給しなくてはならないのですから

 

机上にあった酒盃を両手で包みながら、そっと体を預けてみます

 

 

頑張ったのですし、これくらいのご褒美は自分にあってもいいはずだ、と思いながら更けていく夜を楽しむ事に致します

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
田吾作さま>封建君主政治からの脱却はまず労働に対する概念の変革だと思いますしね。一刀がうらめやましいのは作者も同意(ぇ(小笠原 樹)
通り(ry の名無しさま>作者は本当に勢いだけでやってるんだよな、仲達の内心溶けモード(笑)(小笠原 樹)
今回の一刀と魯子敬とのやり取りは、民衆の「労働」の概念を変えるための一手ということでしょうか。少なくとも漢中の民衆の中で「良い君主の下で生活したい」という思いは強まったでしょうが。これがまた一刀君の理想の礎の一つになっていく、と。しかしまぁ、最後……一刀君め、うらやましいのぅw(田吾作)
嘘、卑怯、駄目、言語道断、ありえない、認めない・・・そんな仲達さんが可愛くてしょうがない。これぞメインヒロイン!(通り(ry の七篠権兵衛)
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