外史異聞譚〜幕ノ十四〜 |
≪漢中/羅令則視点≫
私は他の方々が忙しい日々を送る中にあっては、むしろ暇といえる状態でした
それはなぜかと言いますと、律を施行しその修正をしながらの治安の維持と回復が主な業務でしたので、劇的に忙しくなるというような仕事ではなかったからです
軍とは別に司法隊が正式に組織されて、事実上は二足の草鞋を履いている事になりましたが、軍の武術師範として儁乂さんや仲業さん、令明さんが加わった事により、邑や街での民間指導ができる兵士が大幅に増えた事から、むしろそういった負担も減ってきています
また、民間指導にあたっては五斗米道の方々が人品を判断してから入門させるのを徹底しているのと、入門後に適用される罰則が兵士と同一のものになるという事から、暴力沙汰を起こす人もあまりいないという点も重要です
一刀さんの構想では、こうやって武術や自衛手段を推奨することで、最後に自分達を守るのは自分達の手で、という意識を植え付けたい、という事でした
つまり、私の主な仕事はこうした日々の維持や苦役に従事する罪人の管理、重犯罪者の処罰に傾いているため、むしろ忙しいようでは困る、というものなのです
これら刑罰で漢中が特殊といえるのは、重犯罪に関して罪科が明確な場合、死罪を即時適用する事です
これは慣例では冬になるまでは行わないものだったのですが、一刀さんの
「罪科が明確な人間に食わせる余裕はないよ」
という、ある意味冷酷に過ぎる判断により、慣習を無視する事になりました
逆に冤罪に対しては非常に神経質で、証言に関して讒言や虚言を行なった場合、量刑を増やすという措置を明確にしています
場合によっては、証言の元になった罪科をそのまま適用する事を明示しているのも特徴的です
また、刑罰は徹底的に苦役に絞られていて、罰金や体罰といったものは廃止されています
苦役と死罪の境目は、社会的に容認できないものであるかどうかと、社会復帰が見込めるかどうか、この二点が基準で、これは現在も明確な線が作れない部分です
ただし、これは全員の賛同が得られていますが、贈賄に詐欺と強盗と放火、強姦と人身売買に横領に関しては原則として減刑は認められておりません
地位や身分を利用した私腹を肥やす行為も厳罰の対象となっています
敵討に関しては届出により正当性が認められた場合のみ、司法隊の監視下にて許可される場合がありますが、そういったものでない場合はやはり死罪が適用されます
漢中内部では官吏や貴族、豪族といった特権階級に対する方が律が厳しいため、これにより各地での反発はかなり重大なものになりました
ただし、これに関しては儁乂さんと仲業さんの活躍もあり、明確に軍を起こされる前にほとんどが鎮圧できましたし、司法隊による強制調査も行なったことで、ほぼ一掃できています
これらに対しては元皓さんと元明さんの手腕もあり、洛陽からの介入を遮断できた事も大きいです
これら貴族や豪族に関しては、残党の刺客や復讐に気を使っていればいい状態で、それも折を見て処罰する事になっています
こういった点から、一刀さんと律の擦り合わせは頻繁に行なっているのですが、どうも私が考えていた仁政とは違っているようです
仁と礼というのは現在の私達の倫理における最も重要な部分ではありますが、一刀さんは律においては仁は不要と考えている、という事です
これについて問いただしたところ
「令則さんの考え方でいくとだけど、儒教でいう五徳から外れた人間を取り締まるのが律なわけで、取り締まるのにそういうものは必要ないと思うんだよね」
このように言っています
仁政を志すのであれば尚の事、律は内外に厳しく保つべきで、律をきちんと守っていれば必然としてその恩恵が受けられる社会にするべきだ、という考え方のようです
事実、他の方々が行なっている様々な事業は、仁政と呼ぶに不足のないものばかりですので、私は逆に厳格である事を求められている、という事なのでしょう
また、一刀さんが武侠や遊侠といった“侠”という考え方を非常に嫌っているのも面白いところです
普通、一刀さんのような考え方をする人間は野にあって官の非を糾す事を考えたりするものですが、一刀さんはそれは民衆が普遍的にもつべきものではあっても持て囃されたりするべきではない、といいます
一刀さんの言葉を借りるなら
「大半は人間の屑が言い訳に使う言葉だからね」
という事です
正しくそれを行うなら、わざわざ名乗るものではない、という事なのでしょう
私はいずれ、こういった部分での私達と一刀さんの認識のずれを糾す必要がある、と感じています
それは多分、私が自身の身命を賭して行うべきものでしょう
私が律を矯める立場であるなら尚更に
≪漢中/高忠英視点≫
私に関してだけいうなら、漢中での生活には不満は全くないと言っていい
なにせ、優先順位は確かにあるが、基本的には研究と開発の日々で、実験も優先的に認められている
予算に関してもかなりの無茶が罷り通るという、研究者にとっては天国のような状況だ
まず、研究施設なんだが、これは移転後の鎮守府から2日ばかりの山間に用地を見繕ってくれた
とにかく安全な研究ばかりではないので、人里にあまり近いと問題がある、と判断したらしい
その判断は私も正しいと思う
そこの警護には私の引き連れてきた部下達をそのまま当てる事になった
私のやり方に慣れている連中の方がいいだろう、という事で、これは非常に有難い措置だ
まず最初に要求されたのは蒸留機と濾過機、圧搾機の開発で、これは基本が提示されていたため、さして困難な事はなかった
攪拌機にしても同様で、基本的には難しい事はなにもない
むしろ難事を極めたのは風車の開発とその基本となる製鉄技術、そしてその基本となる石炭を乾留して骸炭を生成する技術の確立だった
これは注意書があり、骸炭の生成過程で産出される溶剤に非常に高い毒性がある事から安全に関しては慎重に慎重を重ねる必要があった
また、製鉄や骸炭の生成時に於いての土壌汚染の問題も指摘されていたため、それに先行して漆喰や煉瓦の開発が先立つという、なんとも遠い話からのはじまりだったのだ
これと並行して、製鉄時や生活排水等の汚水を処理・浄化するための研究も同時進行となった
これらは基本理論等の必要事項は記載されているが、正直何がなにやらさっぱりな部分ばかりで、全体の1割も理解が及ばないものばかりだ
ただし、これに関してはかなり腰を据えて長期的視野での研究を、と言われているため、私も急いではいない
また、これら研究施設に登用をするための専門の科挙も実施される事が決まっていて、総監督は私が兼任する事になる
兵士の中からも選抜を許可されている為、人員そのものは十分とは言えないが順次揃えていける状態にある
こう言っちゃなんだが、私みたいな人間にしてみれば宝の山に放り込まれたようなもので、日々湧き出てくる発想と元から提示されている様々な理論や技術を日々こねくりまわすという、夢のような生活を送っている
むしろ、私が研究所から全く出てこないのを周囲に怒られるくらいだ
こうして日々試作されたり完成されたりするものを、危険度の高いものは自分の部下に、そうでないものは仲業と儁乂に、という感じで軍に政治に活用されはじめている
唯一の悩みは兵の練度くらいなものだ
基本的な部分は仲業と儁乂に押し付ける事もできるが、私も武官でもある訳で、自分の力量が落ちるようでは本末転倒とも言える
練度を維持しないと研究成果の試験運用に齟齬をきたすので、その意味では研究に没頭しきる訳にいかないというのが、私の唯一抱えている進退両難である
自分が10人くらい欲しいと思ったのは漢中に来てからだな
他にもこれらに比べれば余技みたいなものだが、合成弓やら石鹸やら馬具やら武具防具の開発なんかもやっている
後は火薬の開発も余技のうちに入るかね
他にも色々あるんだが、ありすぎて説明するのも面倒なくらいって感じだな
機密だからと一刀と私しか知らない内容も多いんだけどさ
定期報告で鎮守府に出向く以外は、そんな日々を送ってたという訳だ
私には他の面々みたいな主義主張はないんでね
さすがの一刀も私には呆れて笑っていたらしいよ
こんな私を使う一刀もかなり奇特だとは思うが、あいつの言う事やる事に全く抵抗がなくなっている私もかなり奇特だとは思うよ
これは類は友を呼ぶっていうのか、朱に交われば赤くなるっていうのか、どっちなのかね?
≪漢中/任伯達視点≫
私がまず着手したのは、漢中全土の視察からでした
大陸全体から見れば確かに漢中はその一地域でしかありませんが、実際にはかなりの広さを持つ、肥沃な土地です
ですので、まずはそれぞれに適した作物を指定し、軍主導による開墾事業によって効果をあげている肥料の投入による更なる土壌改善を視野に入れた、農業分野での大改革が私の最初の仕事だったからです
これと並行して植林地域の指定を行い、針葉樹を河川地域に植樹する事を提案しました
保水能力は広葉樹の方が高いとの記述があったのですが、それは山間部に対して行うべき植樹であり、河川部での土手等には根が深い針葉樹を用いるべきだと判断したからです
これには景観も兼ね、特に松を推す事にしました
逆に、田園部や山間部には広葉樹を主軸にし、一部建材用として針葉樹の植林を事業として執り行います
こういった管理地域を主軸に推奨した畜産業は養豚です
秋口に樫や椚や楢といった林業地帯に豚を放す事で飼育費用の削減が見込めるからです
また、収穫物により地域特色を見込むため、地域と土壌によって林檎や梅、椿や胡麻といったものを各邑に配布しました
それとは別に山間部では米や麦ではなく蕎麦の生産を推奨し、全ての村で一定量の蕪を生産する事を指示してもいます
これらを下地に、農地の転作と輪作を推奨し、土地を休ませる事で収穫を増加させる事を提案します
これは肥料の使用と同程度に当初は反発を受けたのですが、翌年の収穫量の増加を確認してもらう事でほぼ受け入れてもらう事ができました
先に提示した植林が防風の役割や堆肥を作る為に有為である事も徐々に理解してもらう事ができたのが非常に大きいと言えます
他には家鶏や兎の飼育による栄養と環境の改善や、用水路の設置による水車の運用、風車による非常用地下水の確保といった非常時や災害時の対応、覚書にあった用水路や貯水池、水稲栽培の維持に家鴨を飼育する事を推奨していくことで、飛躍的に民衆の生活を改善する事が可能になりました
これらをより有効に行うため、街道の完成と前後して行われた鎮守府の移転による区画整理を鎮守府を規範として各邑に推奨し、全体的な安定を図るように指導もしています
こうした画一的な指導は、予想通りかなりの反発を呼んだのですが、五斗米道の方々と軍の全面協力により、無理強いする事無く受け入れられつつあります
他の大規模事業としては新鎮守府の東に関を兼ねた港の建設が企画されている点がありますが、これも農閑期の有償徴発という手法により、当初の予定よりかなり早く着手できそうです
この“有償”の部分に関しては巨達ちゃんと子敬ちゃんの手腕により、当初の予定より大幅に費用を削減できたと同時に、私が担当している農林業改革の推進にも大きく影響しています
後は、蕪や穀物、豆等のその他野菜類や種や藁の保存の為、掘り下げ式の貯蔵庫の設置を行なっています
一定以上の期間貯蔵する為の設備の設置は、特に飢饉に際して必須ともいえる項目で、これを邑単位で鎮守府が管理する事で安定した作物の供給を行う事ができるようになります
同様に鉄製の農具や鎮守府で開発された様々な機具も鎮守府で管理し、その維持を請け負う事で各邑に貸し出す事で作業の効率化を模索しているところです
これらは想起書にあったことを私が実務段階で無理なく行えるようにしたものですが、将来的には牛等といった大型家畜の飼育や導入も検討されています
大型家畜に関しては、現在は開墾に用いる分が精一杯であることから、その先を考慮できる状態ではない点があげられます
これらの事を浸透させ根付かせる為に日々奔走している私ですが、なんとなくですが一刀さんの考えている事が理解できてきた気がします
衣食満ちて礼節を知る、といいますが、まず民衆の生活に余裕を持たせ、安全で安定した生活を送れるように考えているのでしょう
それは私が任されている鎮守府移転計画の概要を見ても判ります
整理され、相互に助け合えるように組まれた区画整理と、それぞれの区画に役所を設置して、いうなればひとつの邑をそれぞれの区画で構成する、そういう意図が見受けられるからです
そうしていずれは民衆がお互いに助け合いながら自分達で未来を選ぶ時代
本当にそんな時代が来るのかは私には判りませんが、それは素晴らしい未来であるような、そんな気がしています
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
通り(ry の名無しさま>基本、一刀の他に何もいらない子になっちゃってますからねえ…当作品の仲達(汗)(小笠原 樹) 伯達ちゃんの理解力マジ天使!仲達さんは・・・なんというか一刀の思想を含め、存在自体をある意味盲信してる感覚がw「我が君の言うことに間違いは大体ありませんから」みたいな。でもお説教はやめないのねw(通り(ry の七篠権兵衛) 田吾作さま>気に食わないというのとは違うんですが、まあ似たようなものかな? マッドな科学者が研究以上に何を望むかは疑問です(笑) 仲達も理解とはちょっと違うんだよな…まあ、そこらの微妙さは作者の筆力だと無理ですがorz(小笠原 樹) 羅令則さんの方は一刀君の考え(その内一つだけですけど)が気に食わない、高忠英さんは一刀君に好意的、伯達ちんはシバチューさんと同等クラスなまでに一刀君の理想を理解した、と三者三様ですね。特に令則さんが彼と反目するきっかけにならなければいいですけれど……。(田吾作) |
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