外史異聞譚〜幕ノ十七〜
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≪漢中/司馬仲達視点≫

 

とりあえず一言だけ言わせていただきたく思います

 

この異常な忙しさは一体なんなのでしょう…

 

 

私は表向き“宿痾”を偽って表に出ようとしない我が君の名代として、事実上の太守となって軍事に政治に駆けずり回っておりました

 

元々が初期には反発が予想される大改革の実施です

 

ここで我が君が私の世評と名声を十分に活用しよう、と考えたのでしょう

 

これに加えて、細作や間諜といったものの基盤を創りあげるのも私の仕事となっています

もっとも、これに関しては我が君も非常に重視しておりまして、ご自分から指導にあたる事も少なくはないのですが

 

我が君は“情報”という事に関していうならば、恐らく今の大陸で一番その重要性を認識している人物でしょう

そうでなければ、どこの誰が全軍の一割にも達するような細作や間諜を準備しようと計画するでしょうか

 

その目標にはいまだ遠く、特に内容が内容であるため、人員の選抜に非常に苦労をしているのが実情ではありますが、これも日々効果をあげてきております

 

こうして表裏なく様々な懸案を、日々処理し改善し実施するという毎日を私は強いられているのです

 

こういった事柄に関する多忙さは、不満はありますがいいのです

 

私にとっての問題は、我が君と過ごす時間が減ったという事に尽きます

 

いえ、正確には二人きりで過ごす時間が減ったのですが…

 

 

顔にも声にも出せませんが、忌々しいことに令明のやつめがぴったりと我が君に張り付くようになってしまったのです

 

これについては公祺殿にも問いただしましたが

「いや、あのコマシ野郎が勝手に出歩かないとはいっても、警護がないのはやっぱまずいだろ」

という、反論の余地のない正論で迎え撃たれる事になりました

 

本来であれば私が自ら警護をしたいところなのですが

「仲達ちゃんはダメ

 警護ができないとかじゃなく、アンタまで出歩かなくなったら鎮守府の施政が破綻する」

そう言って拒否されました

 

口惜しい、なんと口惜しい事でしょうか

 

私に武才しかないのであれば、今頃は我が君とふたりきりの毎日を過ごしていられたかも知れないといいますのに…

 

 

まあ、令明がそういう意味では我が君に懸想していない事は理解できていますので、今のところは安心なのですが

 

あくまで、今のところは、です

 

 

この件についてはいまだに言いたい事も山程あるのですが、その必要性については異論を挟む余地もありませんので我慢するしかありません

 

最初のうちはお互いに相手を空気と扱っていた部分もありましたが、最近は令明も話すようになり、諍いともいえる軽口の応酬を楽しめる程度には認める事もできるようになってきています

 

無用無益な人材を我が君が周囲に置く事がないのを理解しているので、結果として双方が打ち解けられたというべきでしょう

 

当然、譲れない線はありますが

 

 

そんな我が君の毎日は非常に質素なものです

 

食事は基本一汁一菜、酒に関してはある程度慣れないと飲めなくなるからと夕餉の後に一杯、酒肴にもこだわることもなく、菓子や茶は基本嗜みません

女性を閨に引き込むような事もなく日々を過ごしています

 

読書は好きなようですが、それよりも日々何かを書き留めては編纂している場合の方が多いのです

 

私がいうのも烏滸がましいとは思うのですが、我が君は一体何が楽しくてそういう日々を送っているのか、たまに不思議に思うことがあります

 

聖人君子然としているのではなく、非常な努力でもって自戒に自戒を重ねている結果、そのような生活になっているのが見て取れるからです

 

 

私は我が君に一体何をして差し上げられるのか、激務に追われながらそう考えるのが最近の日課となっています

 

例え我が君がどうお考えであろうとも、私は我が君を唯一と見定め、最後までお傍に在る、そう決めているのです

 

 

これだけは絶対に私の中では揺らぐ事のない、私だけの想いなのですから

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≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫

 

俺達がそんな日々を過ごしていた、そんなある日の事

 

あくまで噂としてだが、漢中鎮守府にひとつの風評が舞い込んできた

 

それは、単福と名乗るひとりの士が、漢中にいる学士文士、武芸者に至るまでを片っ端から論破し撃退している、というものだった

 

単福という名に俺は心当たりがあった

 

そして、それ故に激務に忙殺されている二人を呼ばなければならないのだ

 

正直、ふたりと話してどうにかなる問題だとも思っていないし、恐らくは二人とも知っている事だろう

だが、恐らくは知り得ない情報を俺は持っている

 

そんな事を思いながら、俺はふたりが同時にやってきたのを見守っていた

 

その二人とは司馬仲達と向巨達である

 

「どうかなされましたか、我が君」

「あうあう…

 お召により参上仕りました」

 

風評の問題から無視できないとはいえ、私事に属する内容の話である

俺は二人に茶を用意しながら椅子を勧める

 

ちなみに、令明が俺に張り付いているのはいつもの事なので、いい加減皆も慣れている

もっとも、懿だけはいまだに納得がいってないらしく、三人だけになるとかなり可愛く令明とやりあっているんだけどね

令明も口数がかなり増えるので、実はこの二人は仲がいいのかも、と最近は思う

 

そんな事を考えながら、二人が席について落ち着くのを待って本題に入ることにする

 

「ふたりとも、最近府下での風評は耳にしてる?」

 

それに先に答えたのは巨達ちゃんだった

 

「あう…

 なんか単福ってひとがちょっとやんちゃをしているって聞いてはいます」

 

それを受けるように懿が答える

 

「令則殿からも懸案として名前があがってきておりますが、漢中律で取り締まるような状態でもないようです

 世評としてはいささか問題はありますが、特に影響はないかと思われます」

 

まあ、普通に考えればそうなんだよな…

 

俺は溜息をひとつついて、彼女らが無視できないであろう事実を告げることにする

 

「単福ってのはね、恐らく徐元直の事だよ」

 

ふたりの表情が凍る

さすがの懿も、表情を抑えることができなかったみたいだ

 

「あうあう…

 それは太守様が確認されたんですか?」

 

巨達ちゃんは水鏡塾でのイメージがあるのだろう、どうにも信じることができずにいるようだ

対して懿はといえば、何かを思いつめたような瞳をしている

 

(あ、こりゃ水鏡塾で何かあったかな…

 地雷踏んだかも…)

 

実はこの時点で思い切り後悔したんだが、後悔先に立たずというものである

 

ふたりは視線で会話をしているようで、どうにも俺には先が読めないでいる

 

すると、徐に懿が頭を下げる

 

「我が君、本来こういう事をお願いするのは筋違いではありますし許される事でもありませんが、その単福とやらと私との論戦をお赦し願えませんか?」

 

二人に視線を合わせてみると、その表情は必死といってもいいくらいの覚悟と決意に満ちている

懿にしてからが、常の微笑みは取り戻しているものの、珍しくも目が笑っていない

 

なので俺としてはこう答えるしかなかった

 

「了解

 ただしくれぐれも気を付けて

 懿が負けるとは思ってないし、負けたところで俺の信頼は変わらないけど、無茶だけはしないように

 とは言っても無理なんだろうな…」

 

そう許可を出すと、ふたり揃って申し訳なさそうに、でも安心した様子で礼を返してきた

 

その後、時間を無駄にせず退席したふたりを見遣りながら、俺は令明に声をかける

 

「そういう事なんで、申し訳ないけどみんなに招集かけといてくれる?」

 

いい機会だしついでにゴミ掃除でもしようか、と呟く俺に向かって令明が応える

 

「承知しました一刀様」

 

その顔は非常に不満そうで、俺としては苦笑するしかなかったのがつらいところだった

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≪漢中鎮守府/司馬仲達視点≫

 

今、私と巨達ちゃんはほぼ完成している鎮守府の廊下を歩いています

 

何故“ほぼ”なのかというと、我が君の居住区を兼ねる奥の部分が未だ完成しておらず、そこに私達が足を踏み入れるのを我が君が拒否しているからです

令明殿も立ち入りを禁止されているということなので、かなり徹底した隠匿具合です

無理をすれば調べられるのでしょうが、悪戯っぽく笑っておいででしたので悪いことではないようです

 

ともかく、そういう事情から我が君の私室も仮設の状態で後々は倉庫になる場所だそうで、一言でいうなら非常に遠いです

 

かなり気が急いてる身としては苛々を抑えきれなくなりそうです

 

「あう…

 どうして太守様は、単福ってひとが元直ちゃんだって断言したんですか?」

 

どうしてもその疑問が拭えなかったのか、巨達ちゃんがおそるおそる訪ねてきました

今となっては隠す必要もないことですし、巨達ちゃんにも心当たりはあるはずだと思うのですが、あまりに驚いたのでそれらが思考から飛んでしまったようです

ですので、素直に答えてあげることにします

 

「恐らくは天の知識からでしょう

 時折我が君が口にする事実や未来は、仙術や妖術というのも烏滸がましいほどに正鵠を射ていますから」

 

私の言葉に「あうー…」と言いながら納得したようです

あの一種異様な話術と先を見越したかのような知識と助言は、多少触れた程度では理解どころか恐怖しか呼ばない類のものですしね

 

それよりも、私は巨達ちゃんに謝らなければなりません

 

「以前お話したことですが、巨達ちゃんとの約束通り、私が責任をとらせていただきます」

 

歪んだのか真直すぎたのか、ともかくも彼女は“敢えて漢中に赴き風評を利用することで”私との対峙を望んでいるようです

水鏡女学園の名を出すなり、巨達ちゃんを尋ねるなりすれば、私と会うなど容易なはずなのです

それをせずに、しかも偽名でここに来たということは、私にも肩書きを捨ててこい、という意思表示でしょう

もっとも、私には既に肩書きを捨てる事は叶いませんが、ただの“司馬仲達”としてお相手することは可能です

 

隣で「あうあうー…」と困っている巨達ちゃんの頭を撫ぜ、私はそっと彼女の歩みを押し留めます

 

「このまま一緒にこられても、私は困りませんが彼女がやりづらくなる事でしょう

 ですから巨達ちゃんはここで待っていてくださいね」

 

理屈では理解しているのに感情が納得していないのでしょう

ぶわっと涙目になる巨達ちゃんですが、しばし私をみつめると、こっくりと頷いてくれました

 

巨達ちゃんを泣かせてしまったので、しばらく官吏の視線が痛くなるような気がします

 

私はもう一度彼女の頭を撫ぜるとゆっくりと頷きかえしてから、鎮守府の門を潜ります

 

 

さて、徐元直さん

 

望み通り私が出向きましょう

 

もしこれで取るに足らないようでしたら、せめてもの慈悲です

 

私が貴女の命脈を断って差し上げましょう

 

 

今度は手加減しませんよ

 

 

少なくとも“同じ処”に立ったと認めたのですから…

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
なまじ才があるだけに仲達さんは毎日不満ゲージを溜めていっていると・・・。武才だけあればいいって心から思ってるよねー絶対。非常な努力でもって自戒に自戒を重ねている一刀が決壊して仲達さんにぶつけてくれればある意味関係性も変わるだろうけど・・・ないな。(通り(ry の七篠権兵衛)
単福さんがあれからどれくらいの努力をしてきたのか。きっと、並大抵の努力じゃないんだろうなと思います。(あさぎ)
ここで単福こと徐元直が到来ですか。こうして様々な人種を論破している事ですからそれなりの実力は身につけたのでしょうけれど。さて、これがどのような波乱を生むのか。続きを期待させていただきます。(田吾作)
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