鞍馬天狗と紅い下駄 そのに |
四、「あっちゃんとお菓子」
土曜日の夕方、ご機嫌な様子でセンパイが俺の部屋を訪れてきた。
いつもの調子で、センパイの顔を見るや立ち上がり、あっちゃんは入っちゃ駄目、ここはいまりとおにーちゃんのお家、と、玄関の前に立ちふさがったいまり。
しかし、センパイがその手に抱えている紙袋を降ろすや否や、急にその怒りに満ちた顔が、喜色満面の笑みへと変わってしまった。
その意味深な袋を上からのぞき見てみれば、なんとまぁ、大量のおかし。
「いっぱいおかしだ。どーしたのあっちゃん、コンビニごうとうでもしたの?」
「流石の俺も菓子の為に豚箱にぶち込まれるほど俺は覚悟座ってねえよ」
「それじゃぁもしかして、菓子撒きにでも出てきたんですか?」
「いいね秀介。菓子撒きってまた懐かしい。昭和の話だぜそんなのするのはよ。決まってるだろ、パチンコで大勝ちしたのよ。そいでこれはその景品ってこった」
なんとまぁ。珍しい事もある物だ。競馬に競艇、競輪にパチンコ、宝くじにと、この世のギャンブルというギャンブルから見放された男、などとばかり思っていたセンパイが、まさかの大勝をする日が来るとは。これは明日辺り大雨でも降るんではないだろうかと心配になってくる。とりあえず、明日の朝は洗濯をするのはよしておこう。
「しかし、なんだってそんな物を持ってここに?」
「なんでって酷いな。まり坊が喜ぶかと思ってに決まってるじゃねえか」
嘘だ。センパイはそんな、ただで人に親切を働く様な男じゃない。
おおかた今まで負けに負けた腹いせに、交換率の高いお菓子を頼みまくったに違いない。カウンターに並んでる全部の菓子を詰めろ、なんて、彼ならきっと言いかねない。
そんなことをするから、どこへ行っても勝てなくなるというのに。
「ほれ、まり坊、お前チョコレート好きだったろ。喜べ、箱でダース買いしてやったから。これで一年間はチョコレート食べ放題だぞ」
一年分のチョコレートと聞いて、いまりがきょとんと顔をする。きっと頭の中で、一年分のチョコレートがどれくらいの量なのか考えているに違いない。子供の頭でなんとか試算し終えたのか、すぐに彼女はきょとんとした表情のまま涎を垂らした。
すぐに我に返ったいまりは、ごしごしとその手の甲で涎を拭う。
「いまりだまされないから。あっちゃんがいまりに親切にする時は、いっつも何かわるいこと考えてる。きっと食べたら、いちまんえんになりますとか言うんでしょ」
「言わねえよ。なんだ素直じゃないな。そんなこと言うならやらんぞ、おかし」
あぁ、持ってっちゃ駄目、と、紙袋に追いすがるいまり。そんな彼女を眺めて楽しそうに微笑むセンパイ。うん、いまりの言うとおりだ。
五、「あっちゃんとお酒」
「で、センパイ。僕には何かお土産ないんですか?」
「ねえよ馬鹿野郎。俺は男に貢物するような趣味は持ち合わせちゃいない」
なんだ残念。いまりにお土産があるのだから、僕にも何かあってしかるべきだろうと思ったのに。意外とケチなんだな先輩って。
「おいこら秀介。お前今、意外にケチだな先輩って、とか思ってただろ」
「あら、顔で分かっちゃいました。いやまぁね、常日頃から散々とセンパイの奇行に付き合わされている訳ですから。こういう時くらいは、僕も何か貰っても罰は当たらないかなと思ったんですけどね」
「ったく、ない訳ないだろうが。ほれ、重いから車から出すの手伝えよ」
重いからだって。なんだいったい。まさか前々から僕が欲しがっていた、ノートPCでも買ってくれたのだろうか。いやいや、幾ら大勝ちして懐が太くなったとはいえ、そんな物を他人に奢るほど、センパイは太っ腹な人ではない。
あまり期待できないなと思ってセンパイに続いて玄関を出ると、目の前に止められている車の後輪が沈んでいた。おいおい、何を買ったらそんな状況になるんだ。
じゃじゃーん、と、自分で効果音をつけると、センパイは後部座席の扉を開く。後部座席に座っていたのは、茶色地に赤い色付けがされたダンボール。びっしりと、車の天井まで入れられたそれは、センパイが扉を開けた振動でがらがらと共鳴した。
「どうだ。これ見よがしにビールを景品にしてたからよ。これ全部って言って貰ってきてやったわ。これでしばらく酒には困らねえぞ。はははっ!!」
「またそんな、極端なんだから先輩ってば」
パチンコ屋への真の嫌がらせはこれだったか。まったく、空いた口が塞がらないよ。
袋いっぱいの菓子分買ったぐらいで、まさかこれほど喜んでいる訳ではないだろう、とは思っていたけれど、なるほど、テンションが上がってしまうのも頷ける。
「つまり僕にこのビールを預かれって、そういうことですね?」
「察しが早くて助かるよ。飲む所なんてお前の家くらいだからな。いちいち持って帰るのも面倒くさいし、良いだろ。少しくらい飲んでも構わないからさ」
確かに先輩のいう事には一理あった。どうせ僕の家で飲むのなら、わざわざ毎回持ってくるよりは、置いておいた方が効率はいい。
しかたないなとセンパイの提案を受け入れ、僕はビールケースを一つ抱えて、部屋に戻った。すると、ちょっと目を離したすきに、口の周りを真っ黒にした、いまりが玄関で僕達をお出迎えしてくれた。
「ちがうよ! いまり、チョコレートたべてないから! ほんとだよ!」
六、「かっぱとびーるのかみかくし」
センパイからビールを沸けてもらった次の日の事だ。僕が学校から帰ってくると、玄関を開けるまでもなく強烈なアルコール臭が鼻を突いた。
記憶がたしかならば、今日はセンパイは必修の授業はなかったはずだ。僕が帰ってくるのを待ちきれずに勝手に部屋に入ってはじめてしまったのか。やれやれ、どこで身に着けたのか知らないけれど、ピッキングなんて止めてほしい。
なんて思いながら、玄関を開けると、そこにはセンパイの姿はおろかいまりの姿さえ見つからなかった。この時間なら必ずNHKの教育番組を見ているはずなのに。
「あれ、いまり、どうしたんだ。居ないのか、おぉい」
呼んでみるが返事がない。急いで風呂場に向い、風呂の蓋を上げてみたが、そこにも彼女は寝ていない。
この強烈なアルコール臭に、いまりの突然の失踪。まさか、事件でも起きたのか。
そう思った時、うぃっく、と、押入れの方から典型的な酔っ払いの声が聞こえた。
「あら〜、秀介く〜ん、おはよ〜ごらいま〜す。きょうはふわふわとして〜、それでいてぽかぽかとして、ほんとうにいいてんきれすね〜」
「桜花さん。あんた、人んちの押入れの奥で何してんですか?」
「え〜、ここは〜、秀介くんの家じゃ、ないですよぉ〜。私のアパ〜トですから〜」
正論だ、確かに正論だが、そういうのは素面の状態で言ってほしい。
襖をあけると、そこにはエプロン姿に真っ赤な顔で、ビール缶の海に埋もれている大家さんの姿があった。
僕が下宿しているこのアパートの管理人にして、無類の酒好きにして稀代のギャンブラー、そしてどこから出てくるのか超がつくほどの浪費家の彼女は、名前を時任桜花という。その性格のどれか一つでも改めれば、いや、改めないから、三十を過ぎても嫁の貰い手がつかない歴戦のロンリーウーマンである。
「秀介く〜ん。今、何か私に向かって〜、失礼なこと思ったでしょ〜。駄目よぉ〜、そういうこと考えたらぁ〜、今月の家賃倍にしちゃうんだからぁあ〜あ〜ぁ〜」
「あきらか家賃以上のビール飲んどいてそういうこと言いますかね。勝手に人の部屋入るのは構いませんけど、人の部屋を勝手に漁らない、勝手に飲まないでくださいよ」
仕方ないじゃない、大家なんですから、と、焦点の合わない目で言う桜花さん。仕方ないもなにもあるもんか。確りしてくださいよ、もう、いい歳なんだから。
「ところで、さっきからいまりの姿が見えないんですけど。どこ行ったんですか?」
「え〜、そうね〜、確か〜、お外で隠れんぼしてて〜、部屋を探してた私がお酒見つけて〜、呑みだしてから〜、う〜ん、見てないなぁ〜。そこらへんに〜隠れてな〜い?」
説明 | ||
河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。 pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613 |
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