博麗の終 その7 |
【月の頭脳が語るには】
具体的な日時が示されたことに、驚きの声や戸惑いの声があがる。
永琳はそれらを無視して、そのまま言葉を続けた。
「話が出来るのは今日しかないのです。だから急いでいるのです。人間の里の兵力と指揮官、配置なども話したいのですが、それよりも今日こそ片付けなくてはなりません。最大にして最悪の問題、八雲紫の配置について」
事情を知る者たちの表情が――あの幽々子の表情でさえ――真剣なものになっていく。
「八雲紫は『多方面から自分の価値を計れるほどに、老いてはいないから』と言って今日の出席を辞退しています。今は紅魔館の監視を自ら行っているとのこと。今日この場における全ての決定に従うという誓約書を預かっています」
「あの紫が私たちの言うことを聞くってのは、なかなかに殊勝な心がけだな。さすがに事の元凶はやることも言うことも違うぜ」
モノクロームの声が飛んできた。
「魔理沙、まだ気持ちが落ち着いていないのはわかるけれど、次に揶揄する発言をしたら問答無用で眠らせるからそのつもりでお願いするわ。いちいち相手をしていられないの」
「ふん、たかが吸血鬼だろ。何でそんなにむきになっているんだか」
ため息を一つ吐いて。
永琳はあえて止めないことを選択した。
「そうね、ちょっと苛立っているわね。流石に急いでいると何度も言っているにもかかわらず、こうも話をさせてくれないと穏やかではいられないわ。……まあ、一端話を整理するのも悪くないでしょう。では魔理沙、あなたならどうやって理性を失った吸血鬼に対抗するのですか」
「そうだな。まずは陽の光、は夜だから無いか。んじゃあ銀の杭、は刺す前にやられるな。流水、ってのも無いわな。博麗神社は山の中だ。ああ雨……はパチュリーが何とかしてしまうだろうなあ。じゃあニンニク、ってどうやって食わすんだよ。十字架、なんて杭より短いだろっ!
――――あれ?」
「そもそも相手は『日傘を差して表に出る吸血鬼』です。一般に効くとされている物の効果すら疑問視するべきでしょう」
いったん言葉を切って、さらに永琳は言葉を続ける。
「フランドールならば。フランドールだけが相手ならば、その攻撃力は随一でも経験の無さや性格に由来する隙の多さを突くことも出来るでしょう。しかし今回の敵であるレミリアは違うのです。己の見得も誇りも何もかも、全てを飲み込んで特攻を仕掛けてくる百戦錬磨の吸血鬼。いつものような弾幕戦ならばまだしも、生身での戦闘力は桁が違います。おそらくあなたが対峙した場合、一秒後と持たず体がいくつかに分断されているでしょう」
ばつが悪そうに顔を伏せ、いつもの帽子を目深にする。
自分が戦う上で、命の取り合いという実践形式で考えた時に、対処法がないことを理解してしまったのだ。
「……でも、幽々子とか閻魔とかなら戦えるだろう」
できることは、悔し紛れに思い付きを呟くくらい。
「そうね。亡霊であるわたしには、吸血鬼の直接攻撃は通用しないわ。でも、それは同時に体を張って止めることもできないってことよ。レミリアには私と戦う意味が無いのだから、戦いにすら持ち込めない」
「加えて、ここにいない閻魔様に代わって言いますが、あの方はあくまで私的にこの会合へ参加をしている状態です。戦闘には加わりません」
と、ここでがばっと顔を上げた。
「なんだとっ!幻想郷担当の閻魔が幻想郷を見捨てるのか」
「幻想郷が失われようとも、彼女の職務にはなんら影響を及ぼさないのです。幻想郷担当という区分から、別の区分へと持ち場が変わるくらいのものです。それに、上から今回の件に関わらないよう指示も出ている、という事情もあるのです。それでも彼女は幻想郷を失いたくないと思っているから、毎日の業務を終えた後に出来る限りこちらの会合へと出席して、そのまま休まずに職務へと向かってくれています。それ以上を望むのは、誰のためにもなりません。それに……あまり言ってはいけないのだけど、彼女の戦闘力は吸血鬼よりも圧倒的に低いらしいのです。純粋な力で言えば、本気の射命丸文と同じくらいで鬼にも負ける程度と思って欲しいと――」
「なら妖怪がいるだろう。見たことも無いような上の方の妖怪なら、なんとかなるんじゃないのか」
「……わからない人ですね。じゃあ言い方を変えましょう。いいですか、吸血鬼は『地球上で最も広く恐れられている化物』なのですよ。この島国の最強ですらない妖怪風情が、そうそう太刀打ちできるものではありません。そこにいる稗田阿求さんの書いた『幻想郷縁起』にはこうあります。『初めて幻想郷に現れた当時は、縦横無尽に暴れまわったが、強大な力を持った妖怪達と一悶着起した後に敗北、最終的に契約を結んで和解した』と」
参加者の視線が阿求の方へと向くが、阿求は軽く微笑み返すだけで何も語らなかった。
「じゃあ大丈夫じゃないか。それとも、閻魔と同じでそいつらの協力も得られないって話か?」
「『吸血鬼』が『縦横無尽に暴れ』たのに『一悶着』で済むわけがないでしょう。吸血鬼伝説には、いくつもの街が壊滅したというものも珍しくありません。幻想郷だけ『原住民の妖怪達と一悶着あって敗北』ですって?ありえません。この記述には幻想郷を安全に保つための修正が入っています。そうですね?稗田阿求さん」
阿求は、また微笑み返すだけで何も語らなかった。
しかしその微笑みが先ほどのものよりもぎこちなくて、誰が見ても困っているようにしか見えなかった。
「ああ、そうですね。口止めが入っているのでした。ではこうしましょう。間違っていたら、いつでもご指摘くださいね」
びくっ、と大きく体を震わせて。普段から白い阿求の顔が、蒼白へと向かう。
「私は直接、当事者である八雲紫から聞いています。新しい住処を探していた吸血鬼一行は、主が楽しく遊べるところを探していたのです。そして目ぼしいところで遊び倒して、気に入ったらそこに住むつもりだったそうです。その中の一つが、幻想郷。幻想郷の妖怪たちは、遊んでいるだけの吸血鬼に大苦戦をすることになります。しかし他の地域は、遊ぶことすらできないところばかりだったようです。そして、そこそこ満足した吸血鬼は幻想郷に住むことを決めて、幻想郷側が出した条件を飲むことにしました。つまり契約を結んで、幻想郷に害が及ばないようにしたのです。ここまではいいですか?稗田阿求さん」
「あ……」
それでも何かを言おうとして、やはりできなかった。
文句を言えるような内容ではないからだ。
「では、吸血鬼が本気になったらどうなりますか?昔の大妖怪がやっと遊べるくらいの力を持った化物と、どう戦えばいいのでしょうか。吸血鬼が外の世界で500年の時を過ごしたのなら、恐らくは軍隊との戦いすら経験していることでしょう。そして今を生きているのだから、その全てを打ち負かしてきたと考えられます。だから先ほど百戦錬磨という表現を使ったのです。私はレミリア・スカーレットが本気を出した時の実力を、そこらの神をも上回る手のつけられない代物だと考えています」
終には、誰もが言葉を失った。
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