真・恋姫無双〜君を忘れない〜 五十九話 |
一刀視点
俺たちは何とか曹操軍を撃退することが出来た――と言っても、敵軍に甚大な被害を与えたわけではないし、七乃さんが機転を利かせて、敵の武器やら兵糧やらを纏めて燃やしてくれたから、当分のところは、相手が攻め寄せて来ないというだけだ。
負けたわけではないが、勝ったわけでもないだろう。
だけど、あの曹操軍と互角以上の戦いを繰り広げることが出来たのだから、戦果としては上々というものだろう。どこか、少しでも間違えていたら、俺たちは間違いなく負けていたのだから。
今回の戦で、俺たちにこのような結果をもたらしたのは、孫策さん――雪蓮さんのおかげもあるが、やはり麗羽さんの働きがあったからだろう。
小勢で孫策軍をここに引きつけてくれたから、愛紗たちが荊州南群をほぼ無傷で手中に収めることが出来たし、張遼さんが参戦したとき――さすがに、肝を冷やしたけれど、それも麗羽さんがなんとかしてくれた。
今回の戦功第一は――軍内では、敵軍師の程cさんを押さえた俺を讃えてくれたが、俺なんて何もしていないわけで、紛れもなく麗羽さんがその褒賞を受けるべきだろう。
俺たち三人が曹操軍の本陣に帰還してから、程なくして麗羽さんが率いる騎馬隊も帰還した。
張遼さんが率いる騎馬隊――おそらく大陸でも屈指の強さを誇る精強揃いを相手にしたのだから、さすがに被害も多く、麗羽さんが率いた五千騎の内、一千騎以上も失われていた。
それだけ熾烈な戦いであったことを意味していて、麗羽さんが無事に帰って来てくれたことに、俺は胸を撫で下ろした。
「麗羽さ――」
「麗羽様っ!」
「姫っ!」
俺が麗羽さんに声をかけようとしたら、斗詩と猪々子が彼女に飛びついた。
どんなときでも行動を共にして、彼女のことを守ると誓った二人が、仮に戦争に勝利するためとはいえ、危険なところに麗羽さんを一人で向かわせてしまったことが、何よりも辛かったのだろう。
だから、彼女がこうして帰ってきたことが何よりも嬉しくて、自分の命を顧みないような危険な行為に走った彼女が許せなくて、そんな複雑な感情が渦を巻いているのだろう。
とりあえず、俺は用なしだろうな。あの三人の間に割って入るなんて真似をする程、俺は無粋な人間ではない。今は三人にしておいてあげよう。
そうそう。戦功第一は麗羽さんではあるのだけれど、あの人の存在も忘れてはいけない。その武勇で麗羽さんを何度も助け、最終的にはかつての同僚である張遼さんの相手もしてくれた人――そう、恋さんだ。
結局のところ、張遼さんとの一騎打ちも決着がつくことはなく、張遼さんの部隊も敵の主力軍と共に去っていたのだが、おそらく二人の戦いは壮烈なものだったろう。
三国最強の武を持つ恋さん、そして、神速の名を冠する張遼さん――どちらも負けるなんてシーンを想像することすら出来ない武将だ。
「恋さ――」
「恋殿ぉぉぉぉぉぉっ!」
麗羽さんと一緒に帰還した恋さんに声をかけようとしたが、今度は俺の前にねねが恋さんに飛びついた。
「…………」
いや、分かるよ。ねねだって、恋さんのことをとても慕っているから、仮に戦場であろうとも、彼女の側にいたいって気持ちはあるのだろう。
――だけどさ。
少しくらい、俺だって労いの言葉をかけさせてくれたって良いのではないだろうか。
俺だって、本陣でじっとしていたけれど、麗羽さんのことが気掛かりで仕方なかったし、恋さんが張遼さんに向かったときだって、旧友と争わせるだなんて真似はさせたくなかったんだ。
まぁ、そう思っていても、やっぱり恋さんとねねは二人で一緒にいるのが似合っているし、勿論、二人の邪魔をするつもりは毛頭ないのだけれど、やっぱり少しだけ寂しかったりする。
そんな俺の心情を察してくれたのか、誰かが後ろから俺の肩にぽんと手を置いてくれた。
「白蓮」
「何も言うな、北郷。お前の気持ちは痛いほど分かるぞ。私だって、せっかく麗羽を助けに来たというのに、誰も誉めてくれないのだから。ほら、私の胸を貸して――」
「いたんだ」
「お前までそんなこと言うのか! 私だって影が薄いのは知っているけど、そろそろ本気で泣くぞっ!?」
「嘘だよ。ちゃんと白蓮が来てくれたのは知ってたよ。でも、今回ばかりは本当に助かった。白蓮を独立騎馬隊の指揮官に任命して良かったって思うよ。ありがとう」
「お、おう……。いや、そうやって真顔でお礼を言われるのも、少しこそばゆいな……」
「うん? だけど、本当にそう思っているぞ。白蓮のこと、頼りにしている。これからも、俺の側でずっと支えてくれ」
「う、うん……」
何故かはわからないけれど、白蓮は顔を赤くしながら、そう言ってどこかへ行ってしまった。相当激戦だったようだし、疲れていたのだろうか。
とりあえずは、こうして皆が無事に集まることが出来て、本当に良かった。
「さぁ、帰って休もう。戦は終わりだ」
それからしばらくの間は江陵に滞在することになった。
麗羽さんが提案した同盟の締結は、雪蓮さんたちが一度本国に戻ってから、他の将たちに事情を説明する必要があるため、一時的に俺たちがここを統治することになったのだ。
幸い、麗羽さんや七乃さんといった優秀な人材がいて、また旧劉j軍に所属していた者も俺たちに恭順の意を示してくれた。その文官たちを指揮して、二人が中心に江陵の治世を保ってくれている。
かつての君主――劉jさんというよりも、先代の劉表さんと言った方が正しいのだろうけれど、さすがに民を想った良い政治体制を築いてくれていた。
荊州は襄陽と江陵を中心に、かなりの発展を誇っていたし、おそらく劉表さん自身は治世であれば、かなり優秀な君主ではなかっただろうか。この乱世であったからこそ、劉表さんは舞台から去ることになってしまったのだろう。
俺たちはすぐに劉表さんの政治体制を調べ上げて、それを踏襲した形で治めたからこそ、旧劉j軍の人々も俺たちに従うことを潔しとしてくれたのだろう。
江陵自体も、戦争の被害はほとんど出ていない――城攻めも七乃さんと焔耶が速やかに制圧してくれたおかげで、被害という被害は、焔耶が破壊した城壁くらいなもので、それもすぐに改修工事を執り行った。
そして、江陵の政務室にて、皆の報告に目を通しているときだった。俺と七乃さんと紫苑さんで、今後の方針について話していた。
「本当に一刀さんは人が良いんですねー。こんな場所、結局孫策さんに渡しちゃうんだから、こんなに私たちが頑張る必要もないですよー」
「そんなこと言っちゃ駄目ですよ。雪蓮さんたちはもう俺たちの仲間と等しいんですから」
「そんなこと言ってー。どうせ、あの人たちも落としちゃうつもりなんですよねー。この鬼畜野郎めー」
いや、どうしてそういう方向に話しが進むんだ。
あの人たちもって、俺がいつ他の女性を口説いたというのだ。
それに俺が好きなのは――
「痛っ!」
「あら、御主人様、どうかなさいました?」
「い、いや、紫苑さん、あなたが――」
「私が何かしまして?」
「べ、別に……」
誰にも見えないように俺をつねる紫苑さんだったが、その何とも言えぬ雰囲気に、何も言うことが出来なかった。最近、こんな紫苑さんを見ることが多いのだけれど、何かやってしまったのか。
「あ、あははー。じゃあ、私もこれでー」
七乃さんすら苦笑を浮かべて、早々と部屋から立ち去ってしまった。
さて、せっかく紫苑さんと二人きりになれたのだから、何をしでかしたのかは分からないけれど、紫苑さんを怒らせるようなことをしたのなら、きちんと謝らなくてはいけないだろう。
「あ、あの紫苑さん?」
「どうかいたしました?」
やばいな。
二人きりになったのだから、普段通りの口調に戻ってもおかしくないのだけれど――一応微笑んではいるが、確実に怒っている。
――俺、何かしましたか?
なんて普通に言える状況ではない。
「はぁ……」
そんな俺を見て、紫苑さんは深々と溜息を吐いた。
「その様子じゃ、どうして私が怒っているのか、分からないみたいね」
「……仰る通りで」
素直に頭を垂れる俺。
おそらくこの後、紫苑さんからのお説教が始まるのだろうけれど、もしも俺が彼女を悲しませるような愚を犯したのならば、俺は謹んでそれを受け入れないといけないだろう。
「一刀くんっ!」
「は、はいっ!」
紫苑さんから怒られると思い、俺は目を強く瞑った。
「本当に馬鹿なんだから……」
しかし、俺の考えとは逆に、怒られることはなく、俺の身体を紫苑さんが優しく抱きしめた。柔らかい肢体からは彼女の温もりが直に伝わった。
「どう? 温かいでしょ?」
「はい」
「私が怒っているのはね、何も七乃ちゃんの言うようなことじゃないのよ」
「え?」
「一刀くんはね、側にいるだけで――こんな風に触れ合わなくても、皆に温もりを与えているの。一刀くんが笑っているところを見ているだけで、心がぽかぽかするのよ」
「……そうなんですか?」
そんなこと思ったこともない。
「七乃ちゃんは意地悪だからあんなこと言っているけど、それは多くの女性にとって魅力的であり、自然と一刀くんを慕ってしまうの」
「…………」
「だからね、私はそういう女性の気持ちに、これっぽっちも気付いてくれない、あなたの鈍感さに怒っているのよ」
「し、紫苑さん、少し苦しいです」
紫苑さんは俺の頭を抱えると、その豊かな胸の間に押し付けた。勿論、そんなことをされると、俺は呼吸が出来ないわけで、紫苑さんに抵抗の意を示すも、離してはくれなかった。
「全く。どうせ一刀くんのことだから、こんなことを言っても、理解してくれないのよね。だから、怒るを通り越して呆れているの」
「で、ですけど、俺が好きなのは紫苑さんだけですよ」
「私だって一刀くんのこと愛しているわ。だけどね、一刀くんを独占する気はないのよ。一国の主になれば、妾だって何人も囲うのだって当然だし、一刀くんもあなたを慕う女性の気持ちには応えて欲しいのよ」
紫苑さんはそう言うと、俺のことを離してくれた。
俺だって、こんな自分のことを慕ってくれる人がいるのなら、とても嬉しいことではあるのだけれど、果たして本当にそうなのだろうか。
「それだけは分かってね」
俺の頬に軽くキスすると、紫苑さんは行ってしまった。
一人残された俺は、彼女が言っていたことを簡単に信じることが出来ず、ただただ彼女の姿を茫然と見送ることしか出来なかった。
華琳視点
私は春蘭たちが敗戦したという報告を受けると、将たちを緊急招集して、戦の経緯について春蘭と霞から事情を聞いた。
「申し訳ございませんっ!」
「春蘭、頭を上げなさい。私が皆を集めたのは、貴女を責めるためではなく、皆にこの戦のことを理解して欲しかったからよ」
「ですがっ!」
「あら? どうしても罰が欲しいのなら、今夜私の閨に来なさい。その身体に存分に罰を与えてあげるわ」
「か、華琳様……」
「フフフ……それでは罰にならないかしら? 皆も聞きなさい。勝敗は兵家の常よ。私はこの件に関して、春蘭たちを処罰する気は一切ないわ。しかし、この戦によって、私たちは敵の真の実力を見定めることが出来たわ」
皆が真剣に私の話に頷いた。
これまで益州に舞い降りた天の御遣い――北郷一刀に関して、彼を評価する意見はほとんど見られなかった。彼自身は、単なる神輿に過ぎず、所詮は敵ではないという意見が大半だったのだから。
しかし、この戦で彼は風を捕縛した。たった三人で敵の本陣に乗り込み、軍師を捕らえると、偽りの伝令で春蘭たちを撤退させ、さらには多くの物資の焼き打ちまでしたのだ。
これで、彼が凡人ではないということが知れ渡っただろう。北郷一刀が天の御遣いかどうかは、真偽を問い質すことは難しい。しかし、北郷一刀自身が警戒するに値する人物であると皆に分かって欲しかった。
「しかし、華琳様、今回の戦でもっとも脅威であったのは、袁紹ではないでしょうか」
そう声を上げたのは桂花だった。
「緒戦にてあの周瑜を奇策に嵌め、さらには風と対等に頭脳戦を行ったその智、そして、公孫賛の乱入もありましたが、霞とも互角に戦えた用兵術、私にはあれが本当に袁紹だとは到底思えません」
「そうね。それは桂花の言う通りよ」
麗羽、貴女がそうなってくれたことは、私にとって喜ばしいことでもあるのよ。かつての友として、次に戦場で相見えるときは、私の全てを懸けて貴女を殺してあげる。
「だけど、それが北郷一刀のせいだとしたら? いいえ、それだけではないわ。おそらくこの益州と孫呉の同盟も、北郷一刀の存在なくして結ばれることはなかったわ」
「…………っ!」
桂花が息を呑んだのが分かった。彼女はかつて麗羽に仕えたことがあるのだから、あのときの麗羽がどれくらい愚かであったのかはよく分かっているでしょう。
軍師とは仕えるべき主が無能であれば、身命を賭してそれを更生させるもの――しかし、桂花が何を言ったところで、麗羽がそれを受け入れることはなかったのでしょう。
それを北郷一刀は成し遂げた。それが桂花にとってどれだけ衝撃的なことであるか、察するのは容易いわよね。
「そうよね、霞? 貴女なら北郷一刀のことをよく知っているのでしょう? 貴女が私たちに彼の情報を渡さなかったその誠実さは責めないわ。それが貴女の美徳だものね。だけど、もう既に私たちは彼のことを脅威であると認めているのよ。今ならば、彼について教えても良いんじゃないかしら?」
「そうやなぁ。一刀は本物の天の御遣いや。証拠なんかあらへんけど、うちはそう思っとる。そして、一刀の一番恐ろしいところが、一刀のことを好きになるやつはおっても、嫌いになるやつは絶対おらへんということや」
「それはどういう意味ですか?」
「んん? まぁ、稟みたいなお堅い女には分からへんやろうけど、女っちゅうのは自分が好きな男のためなら、どんなことでも出来るんとちゃうかな?」
「ハァ……?」
霞の言葉を稟はいまいち理解できていないみたいだけど、ある意味ではそれがもっとも恐ろしいことではあるわね。
人心把握術と言い換えれば良いのだけれど、北郷一刀がそれに長けているということは、益州もまた孫呉同様に、盤石の地を得ているということだわ。そして、その二国による同盟もまた、崩すことは困難なことね。
「つまりね。私たちは益州と孫呉を正面から堂々と破らなければいけないということよ。下手な調略も通じず、そして、彼らはおそらく易々と降伏することもないわ」
「では華琳様、これから私たちは彼らに対してどう動けばよろしいでしょうか」
「そうね。私たちは河北を併呑し、西涼を得たわ。だけど、私の覇道が成ったわけではないの――いいえ、むしろこれからが本当の戦いと思ってくれて構わないわ」
この場にいる者は、西涼連合という難敵を打ち破ってことで慢心なんてしていないと思うけれど、それでも全ての将がそうであるとは限らないわ。実際に、文官の中には、既に私たちが天下統一を成し遂げたような言動をする者もいる。それは単なる傲慢に過ぎない。
「いいわね、春蘭。此度の戦の責めを受ける必要はないけれど、私は貴女が負けただけで終わるとも思っていないわよ。貴女がその程度の武人であるともね。襄陽の守りは貴女に任せて構わないわね?」
「はいっ! 次こそはこの夏侯元譲、華琳様の目の前で勝利を捧げてみせますっ!」
「楽しみにしているわ。皆もいいわね。今は内政を充実させることに専念なさい。霞はこの場にいない凪たちの許に戻って、合肥の守りを堅固なものにしなさい。次に孫呉が襲来するとすれば、おそらくは合肥になるでしょう」
「了解や」
「それから、西涼にいる秋蘭と仲達にもこの旨を伝えなさい。緊急軍議は以上よ。各員、慢心することなく励みなさい」
「はっ」
「それと風はこの場に残りなさい。個別に話があるわ」
「はいはいー。分かりましたー」
「あら、貴女たちは残る必要はないわよ?」
皆が退室すると、風以外にも稟と桂花もその場に残っていた。
「いいえ、私も軍師である以上、風から話を聞かないわけには参りません」
「そう、いいわ。それで、風? どうして、あの場で発言しなかったのかしら? 北郷一刀に唯一会った貴女なら、あの場で何か言うことも出来たでしょう?」
春蘭だけが釈明していたけれど、軍師として戦略を取り仕切った風も、何か一言あっても不思議ではないわ。特に風は北郷一刀に一時的とはいえ捕縛されていたのだから。
「いえいえ、敗軍の将は兵を語らず、と申しますからねー」
「フフフ……、では、将ではなく一人の女性として北郷一刀の感想を訊こうかしら?」
「そうきますかー。そうですねー。天の御遣いのお兄さんはごくごく平凡な人でしたよー。別段、選ばれた者というような空気感はありませんでしたねー」
「そう。その意見には私も賛成ね」
私もかつて――反董卓連合の際に、あの男と一度だけ会ったことがあるけれど、まるで天の御遣いと気付くことはなかったわ。確かあのとき、自分は黄忠の従者であると言っていたけれど、それらしかったものね。
「それで、他に感じたことはあるかしら?」
「そうですねー。天の御使いのお兄さんはとても優しい人でしたよー。風を捕まえた後も、危害を一切加えることはありませんでしたし、春蘭ちゃんたちが撤退してから、無条件で解放してくれましたー」
風を人質にするという選択肢はなかったのかしら。尋問して私たちの内情を知ることだって出来たはずだし、もしも霞の言う程に人心把握術が長けているのなら、風を味方に引き込むことだって、もしかしたら可能だったかもしれないわ。
「華琳様、これは風の私見なのですが、両国と同盟を結ぶことは出来ないでしょうかー」
「あ、あんた一体何を言って――」
「止しなさい、桂花。風、続きを言ってみなさい」
「あの人はきっと争い事が嫌いだと思うのですよー。現在戦っている理由は、きっと益州を守りたいという一心から生じていることで、だから孫呉との同盟も成ったと思うのです」
なるほど。あの男に天下を望む野心はなく、それ故に、同じく孫呉の地を頑なに守りたいと思う孫呉とも、良好な関係を結ぶことが出来たということね。
「大陸は今や華琳様と御使いのお兄さんと孫策さんの三人しか残っていません。この三人が協力して天下を安寧にすることを誓えば、これ以上戦の犠牲者を増やすことはないと思うのですよー」
「風、あなた……」
まさか風がこんな事を考えているなんて、付き合いが長い稟ですら分からなかったのでしょうね。他人の心を読み取ることは得意な上に、自分の思考を読み取らせないことはもっと巧妙だから。
稟と桂花が、風の意見を聞いて私が何と答えるのか、私の瞳を凝視した。
「貴女の意見は理解出来るわ。それが成れば、すぐにでも天下に平和が訪れるでしょう」
「では――」
「でもね、それは不可能なのよ。何故か貴女になら分かるでしょう」
風は無言で頷いた。それが分かっていても訊いたのだから、それは私の個人的な意見を聞きたいと思ったからでしょうね。
「私たちは河北、中原、西涼と広大な領地を有しているわ。広大な領地は莫大な富を生み出し、そして強大な力を有することになる。もしも、私たち三人が心から信じ合えれば、その同盟も悪くないわ。だけど実際は、私は二人に一度しか会っていないの。私以外の人間も同じよ」
そんな相手を易々と信用出来る程、私は甘い人間ではない。それはきっと孫策も同じでしょうね。彼女が北郷一刀を信用した理由は、お互いに歩み寄る機会を偶然手に入れただけに過ぎないわ。
「私が強大な力を持てば持つほど、彼らは私のことを脅威に感じる。彼らがそう思えば、私も自分の民を守る義務がある以上、彼ら以上の力を欲するわ。そんな感情を抱いたまま、固い結束で同盟を結ぶなんて不可能よ。そんなもの、ちょっとした拍子に壊れてしまうわ」
だから、私たちは互いに手を取り合うなんて真似はもう出来ない。
自分以外の者が倒れるまで、私たちは戦い続ける――いいえ、それが大陸を天下太平に導くもっとも近道でもあるのよ。
「二人も分かるわね。だから、私は自分の覇道を成し遂げる。己の誇りを懸けて、そして愛すべき民を守るために」
「はい」
もしも――そんなこと起こり得るはずはないけれど、夷荻の者が私たちでも対抗出来ない程の軍勢を一斉に率いて、この大陸を凌辱しようとでもすれば、私たちも協力しなければならないのだけれど、各国が国境付近を堅固に守っている以上、その可能性はないわ。
「風、貴女がどうしてそんなこと言いだしたのか、そんなことはどうでもいいわ。でも、貴女が民のことをそれ程に想ってくれたのなら、私にとってそれ以上に嬉しいことはないのよ。これからも私の側でその智謀を充分に活かしなさい」
「はい。分かったのですよー」
「桂花、稟、貴女たちもよ。北郷一刀であろうと、孫伯符であろうと、私はこの大陸に平和をもたらすためなら、どんなことでもするつもりよ。貴女たちも協力してくれるわよね?」
「はいっ。喜んで華琳様に全てを捧げますわっ」
「私も両名と同意見です」
同盟で思い出したけれど、話し合いだけで戦を終わらそうという愚かな幻想を抱いていた劉備もまた、北郷一刀のいる益州に入ったという報告があったわね。
漢中王と称している辺り、もうそんな幻想は捨て去ったのでしょうが、貴女もまた麗羽のように、あの男の影響を受けた人なのでしょうね。
どうやら、本当に難敵だったのは馬騰でも孫策でもなく、意外にも北郷一刀と劉備なのかもしれないわ。どちらも人心把握術という点に関しては、類稀な才能の持ち主ですものね。
いずれにしろ、私の前に立つというのならば、今度ばかりは見逃すことはないわよ。正々堂々と、王らしく対峙して、どちらかが果てるまで戦い続けましょう。
あとがき
第五十九話の投稿です。
言い訳のコーナーです。
さて、今回は投降が送れしまいまして申し訳ありませんでした。
諸事情により今月は投降頻度がいつもより少ないと思いますが、それでも何とか一週間に一度は投降したいと思っています。
リアルが忙しくなったわけではないのですが、全てが終わったら皆様にその理由を明らかにしたいと思います。
それと前回の「失敗した〜」の件で誤解を招いてしまい重ねて申し訳ありませんでした。結構有名だと思っていたのですが、そうでもなかったみたいですね。
さてさて、今回は益州陣営と曹操陣営の両方に視点を当ててみました。
一刀くんたちの方は、やっとのことで戦争も終わったので、少しばかり日常描写を送りつつ、紫苑さんとの絡みに。
どうも最近、紫苑さんのヤンデレ化が進行しているのですが、前にアンケートで答えたように、この物語は、他の将とも結ばれることになりましたので、紫苑さんは一刀くんを独占する気がないということを伝えた上で、次回は焔耶のフラグ回収を行いたいと思います。
読者様の中にはそういう展開を望まない声があったのも事実なので、最初のページに注意を書いた上で、その展開を見たいと思う方だけ御覧になって頂けると幸いです。
作者はキャラのイチャラブシーンに何の定評もない駄作製造機ですので、期待なんて一切することなく、つまらなかったら、何も言わずにそのページを閉じてください。
そして、華琳様の陣営ですが、こちらは三国同盟の可能性について描きました。華琳様がどうして自力のみでの天下統一を志すのか、「誇り」だけの問題でないことがお分かり頂ければ今回は成功です。
それから、華琳様の発言に原作蜀√の結末を匂わせる描写がありましたが、現段階ではそれはあり得ませんし、作者も原作通りに終わらせるつもりはありません。
これでようやく、一刀くんの存在が三国全体に知れ渡ったようで、これから先も彼は苦戦を強いられるでしょうが、どのようにそれを乗り切ることが出来るのか。
物語は刻々と終末へと進んでいきます。
さてさてさて、次回は先述のように焔耶とのイチャラブシーンを描く予定です。
他の将も、フラグが立てば結ばせますが、はてさて誰を結ばせればよいのやら。イチャラブシーンのみの話が苦手なので、新たなフラグを立てるのは結構辛いのですよ。
もし、お気に入りのキャラ、一刀くんとの幸せを願うキャラなどがあれば、書いて頂ければ採用するかもしれません。
今のところ、益州と孫呉が対象ですが、前にも書いたように、桔梗さんだけは例外とさせて頂きます。
相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。
誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。
説明 | ||
第五十九話の投稿です。 荊州での激闘は終結した。紫苑は一刀に対して自分の気持ちを伝えつつ、それを理解してもらえないことに呆れてていた。 そして、曹操陣営では改めて一刀の存在を警戒しつつも、風のとある提案に、華琳は己の考えを吐露するのだった。 読者様が離れてしまうことに怯えていますが、それではどうぞ。 コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます! 一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。 |
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オレンジぺぺ様 西涼陣営ですか。翠はそこそこ書けそうですが、今のところあまり出番のない蒲公英や向日葵をどう描くかも作者の悩みですね。西涼陣営でもっとも書きたかった番外編も終わってしまったので、後はキャラが勝手に動くのに任せてみます。そして、勿論物語の結末は魔王へぅが世界を支配して(ry(マスター) shirou様 麗羽様はやはり人気ですね。さて、あれだけ原作離れしたキャラをどう動かすかは本当に難しいところです。それから白蓮さんに関しては、戦場での戦は書きやすかったですが、イチャラブ回でも活躍できるのか、非常に心配なところですね。(マスター) 陸奥守様 雪蓮たち呉陣営とどのように絡ませるのかは作者の現在の悩みの一つで、この後の展開で一つ書きたい話があるのですが、それ以外となるとなかなか難しいですね。(マスター) shituzhi様 いえいえ、こちらこそこのような駄作を面白いと思って頂けるだけで、本当に書き続けていて良かったなと思う次第です。これからも温かく見守って頂ければ幸いです。(マスター) 根黒宅様 あ、そう言うことでしたか(笑) いや、紛らわしい真似をしてしまい本当に申し訳ない限りで、ここ最近のスランプぶりを文字で表現したらああなってしまったんです。(マスター) 山県阿波守景勝様 次は今回のように簡単には撃退されないでしょうね。麗羽さんは結構な人気があるようで、出来れば彼女には作者も幸せになってもらいたいと願いつつ、彼女を描くのって意外と難しくて、どのように一刀くんと結ばせるのかが全く想定できていないのが現状ですね(笑)(マスター) まぁ麗羽さんにご褒美のイチャラヴとやったね白蓮さんにもヤッタネを追加でお願いします。そしてそれらを踏まえた上での紫苑さんでw(shirou) 雪蓮があの政策を念頭に一刀を口説いてきたら断固断るという事になったらその後の展開が面白いのでは?(陸奥守) 面白い作品を提供してくださるマスターさんに感謝です(shituzhi) いや、有名だからこそ怖かったんですよ。一瞬春蘭辺りが自決すると思った。(根黒宅) 今回のことでより一層気を引き締めねばなりませんね。私的には紫苑・月・詠・焔耶・麗羽さんぐらいで丁度いいと思うのですがね……(山県阿波守景勝) |
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