外史異聞譚〜幕ノ十八〜
[全3ページ]
-1ページ-

≪漢中/徐元直視点≫

 

私が水鏡女学園を飛び出し漢中にきてから一月くらいになる

 

漢中へついた時には正直驚いた

 

診査は厳しいが安定して健全な関所

 

そこでは後暗いところのある行商人が賄賂を渡そうとして逆に捕まっていた

表に“賄賂の受け渡しは極刑と処する”と明記されていたのだけど、まさかそれを厳密に実行している関所があろうとは、さすがに思ってはいなかった

行商人の荷物は塩だったらしいので、多分違法品だったのだろう

 

役人が苦笑しながら

「正直に塩の行商と言えば通したのにな」

と言っていたのが興味深かった

 

興味ついでに

「極刑ってどうなるんですか」

と聞いてみたところ

「俺達が間違って受け取ったら即斬首さ

 行商とかだと罪一等を減じてもらえればだが、それでも半年くらいは苦役だろうな

 まあ、ほとんど減罪はないんだが、行商人だから一年くらいの苦役になるんじゃないかな」

こういう返事が返ってきた

 

流石に厳しいと思ったので、私はそれをそのまま口にする

 

「厳しくないですか、それ」

 

役人は笑うのをやめて、真顔でそれに答えてくれた

 

「そりゃあ確かに厳しいだろうけどな

 困ってる難民がどうしても受け入れて欲しくてそういう事をする場合にまで捕まえたりはしないよ

 今の漢中は難民は受け入れてるからね

 罪人かどうかはきちんと調べさせてもらってるし、戸籍ってうちではいうんだが、受け入れる場所も決まってて所在も明確にしてもらわなきゃならない」

 

でもな、と役人はいう

 

「これは太守様をはじめとして上の方々が言うんだが

『後暗いところがなければそれらに従えない道理はないし、逆にそれによる恩恵の方が大きいのが今の漢中なんだから』

っていうのさ

 俺も最初は戸惑ったが、今では全く同じ意見だね」

 

旅の武芸者や学士なら今の漢中を見たら色々と驚くと思うぞ、と笑いながら言う役人に礼を言って鎮守府を目指す事にした

 

 

まず驚いたのは街道の整備具合だ

 

他の地方と比較にならないくらい歩きやすい

 

関の役人がいっていたが、大街道と呼ばれる漢中での主要街道は基本として煉瓦や石を敷き詰め、横に水路を通しているのだそうだ

 

確かにこれは、私ならずとも驚くと思う

 

一刻も歩くと木が植えてあり、一息つくには丁度よい感じになっている

感覚からいうとだいたい一里くらいだと思う

その間隔で木が植えてあるのはかなりの配慮だと感じた

 

私は健脚な方なのでかなり早めだったが、ゆっくりと一日歩けば丁度いいぐらいの場所に宿場街と銘打たれた宿泊所があった

 

宿泊料も食事も非常に安価で酒も飲めるらしい

関所で渡される通行証でその価格は変わるらしいが、暴利になることはまずないそうだ

 

そのうえ警備兵と医者もいるというのだから驚くしかない

話を聞くと、こういった宿場町は漢中の主要街道の要衝に点在していて、有事の連絡網も兼ねて100名くらいの警備兵が常駐しているんだそうな

 

「たまに気が大きくなった行商の人が酔って暴れるくらいですよ」

 

宿泊所に隣接している食堂の給仕の少女が、そう言って笑っていた

 

 

そうして次の日には畑が見えてきたのだけど、私はこれほどに豊かな畑を見たことがなかった

 

たまたま見かけた農婦に話しかけると

 

「太守様や上の方々が色々としてくださってね

 最初はびっくりするような事や信じられないような事ばかりだったんですが、今では娘を売ったりせんでも十分に冬が越せるどころか、お酒も飲もうと思えば毎日飲めますし、たまには菓子だって食べれるようになったんですよ」

 

ちょっと待って、それってどこのお貴族様よ

 

「租税は高めなんで、他所からきたひとは驚くんですけどね

 必ずどの邑にも副業があって、それを太守様が必ず買い上げてくださるんです

 文字も無料で教えてもらえてお医者にも無料でかかれますし、今の太守様になってからはいいことづくめですよ」

 

この農婦もやっぱり笑顔だ

 

それは、移転したという鎮守府に着いても同じだった

整備された市、夜になっても途絶えない人通り

どこもみんな笑顔だ

 

 

巨達はこういう仕事を今はしてるんだ…

 

あの仲達はこういう事をしているんだ…

 

悔しさとやるせなさに歯を食いしばる

 

確かにあの頃の私には、とてもこんな事はできなかったと思う

せいぜいが上から言われたことを修正して実行する程度

それよりもなによりも、多分

私は孔明や士元を推薦し、自分はその下に回っていただろう

 

仲達はその心根を嫌ったのだと今なら解る

正直感謝はしている

結果として私は心身共に鍛え直す事ができたし、勉学に限らず視野も広がった

 

今なら胸を張って言える

 

この徐元直は才気で他人に劣ることを認めても、自分を下に置くような気概の持ち主ではもうない、と

 

 

とはいえ、このまま押しかけるなんていうのは論外だ

 

巨達を頼れば確かに仲達に会えるだろうし、太守にも会えるかも知れない

 

でもそれでは意味がない

 

本当の私を認めさせるには、私の名前をあいつに刻むには

 

私の土俵まで降りてもらわなきゃならないんだ

 

 

そう考えた私は一計を案じ、街角に立つことにした

 

【私を弁舌や武芸や書で降したものに金100を贈呈する】

 

髪と顔を頭巾で覆い、こんな大道芸まがいの立て札をし、名前も剣客時代のものに変えて、そういった風評が漢中に出回るようにしたのだ

最初は二流どころが金目当てに来るに決まってるが、日を追えばその風評によって一流どころも来るようになる

そうなればいずれ、鎮守府も私を無視できなくなると考えたのだ

 

痩せても枯れても私も水鏡門下だ

そこらの学士や武芸者に負ける事などありはしない

 

そう背水の陣と同じ心境で街角に立つことおよそ一月

 

ようやくあいつは目の前に現れた

 

 

ずっと焼き付いて離れなかった、あの微笑みをそのままに

-2ページ-

≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫

 

「さて、と…

 令明、悪いんだけど車椅子用意してくれる?」

 

俺は病弱に加えて最近では“足が不自由で外出もままならない”という“お前どんだけだよ”な設定で日々を過ごしている

なので、外出に際してはこうして無駄に手間を周囲にかけることになるわけだ

 

これも将来への布石なので、周囲には理由を全く説明しないままに実行している

 

ちなみにこれに一番イヤな顔をするのは公祺さんだ

どうも五斗米道の沽券に関わると思ってるらしい

なので“本来は死病だがゴットヴェイドォォォ!!のおかげで助かってる”という事にしてもらってる

 

他の面々には

「孫?を気取りたいだけだから」

という感じで消極的同意を得ている感じだ

 

 

珍しくも外出するという俺に対し、訝しげな顔をする令明に理由を告げることにする

 

「巨達ちゃんがね、多分置いていかれてると思うんだよね

 それに、懿が本当に本気になっちゃったら、多分元直さん壊されちゃうからさ

 そうなると制止できるの俺だけでしょ?」

 

「なるほど、納得です

 あの猫被りならそれくらいの事はやって退けるでしょう」

 

令明と懿って本当に仲良くなったなあ、と思いつつ、集まってもらったみんなには評定場で会議でもしながら待機してもらうことにしようかと思ったのだけど

 

「ああ、ついでもあるし面倒増えるとアレなんで、令則さんには同行してって言ってもらえる?」

 

とりあえずもうひとりご同行願うことにした

 

令則さんはいつも身嗜みにも気を使って小奇麗にはしてるんだけど、なぜか良いものを身に付けてると即日ダメになっちゃうという、非常に難儀なおひとである

似たような現象は家具や食器でも発生している

 

本人はけなげにも

「服も家具も丈夫で長持ちが一番です!」

とか言うんだけど、たまに涙目なんだよね…

 

やっぱり女の子なんだし、どうにかしてあげないとなぁ…

 

そんな事を考えながらのんびりと待っていると、ふたりがやってくる

 

「お待たせしました

 外出とは珍しいですね」

 

「ちょ…

 そんな人をヒキコモリみたいに…」

 

「大して変わりません」

 

澄ました顔でそう言われるとさすがに傷付くんですが…

クスクスと笑ってるので令則さんにからかわれているのは判るんだけどね

 

「ま、俺がヒキコモリかどうかは後で話すとして、とりあえず府下まで同行してくんない?」

 

「それは構いませんが、どうして私を?」

 

きょとんとして尋ねる令則さんに爆弾発言をしつつ、令明に車椅子を押してもらう事とする

 

「んー…

 公祺さんでもいいんだけど、あのひと傷病以外で泣いてる女の子苦手みたいでさ

 だったら伯達ちゃんか君しかいないからね

 今回は令則さんが適任かな、と」

 

「え?

 ちょっと…ええ!?

 そんな話聞いてません!

 待ってくださいよーっ」

 

無視して行くように指示する鬼畜な俺である

 

にやりと笑いながら車椅子を押してもらっていると、令明がぼそっと呟く

 

「鬼ですね、一刀様…」

 

うん、自覚はあるから大丈夫

責任感の強い令則さんの事だし、逃げずに追ってくるに決まってるしね

 

すぐに追いついてきて文句をいっている令則さんに今回の外出について、ついでの目的を説明しながら進んでいくと、入口でおろおろしている巨達ちゃんがいた

 

こっちを見て一瞬ぱーっと顔を輝かせるが、すぐにおろおろしだすのがなんともいえず癒やし系だ

 

「あうあうあうあう…」

 

「はいはい、大丈夫だいじょうぶ

 今から俺達も様子を見に行くから一緒にいこうか」

 

小動物モードの巨達ちゃんを令則さんに任せつつ、俺は噂に聞いていた街角へと向かう

 

 

色々な意味でふたりともやりすぎてないといいんだけどなぁ…

-3ページ-

≪漢中/北郷一刀視点≫

 

俺は少々遠回りをして時間を潰しながら目的の街角に向かっている

 

令明は警備の関係上、車椅子を押すのを令則さんに代わってもらって今は俺から離れている

 

本人としては譲りたくないらしいのだが、鎮守府下では原則武器の携帯を認めておらず、警備も状況に合わせて木棍と鉄棍の使い分けのみを許しているのがその理由だ

 

旅人等の武装は、城門で預かる形だ

たまに武器を手放すのを拒否する困ったちゃんもいることはいるんだが、城門警備と鎮守府警備は五斗米道ではなく令明指揮下の近衛隊の仕事なので、よほどでない限りは取り押さえられる

 

これでダメなら隊長様の出番なんだが、今まではそこまでの事態になったことは一度もない

 

ちなみに、警備に携わる兵は漢中内では邑に至るまで棍が標準装備だ

勘違いがないように言っておくと、やられる側にしてみれば刃物の方が楽だったりする

これは無力化を前提として、頭部さえ攻撃しなければ警備側が手加減をする必要はない、という意思表示も兼ねているのだ

 

このような理由から、有事に際して即時動けるように、令明には自由でいてもらう必要がある

 

なにしろ俺は他の外史とは違い、気さくに民衆に話しかけてもらうような位置にはいない上に、民衆のためという免罪符を盾に豪族などを弾圧し排除しているという、見方が変われば極悪人の頭目でもあるわけだ

 

別の見方をすれば、いつそれら豪族達の縁者から襲撃されるかも解らない訳で、本来こうしてふらふらと出歩くのは好ましくない訳である

 

買い食いもできないからつまらないしね

 

しかし、今回はそれでもある程度時間をかける必要があるので、視察という名の散歩と洒落こんでるふりに付き合ってもらってる訳だ

 

「本当はかなり好ましくないんですけどね」

 

巨達ちゃんの相手をしてくれながら、令則さんがぽつんと呟く

 

「でも、このまま真直いっちゃうと、多分早いしまずいんだよね」

 

あの肉まん美味そうだな、とか思ってるとお腹が空いてくる

 

「ところで、配置は終わってる?」

 

敢えて主語を告げずに尋ねる

 

「司法隊150名と近衛隊120名、既に配置は終えています

 指示通りにしてありますのでもう間もなくだと思いますよ」

 

不機嫌を隠さずに令則さんが答える

気持ちは判るんだけど、それだとばれるよなあ…

 

「まあ、令明みたいに飲食店を物欲しそうにしろとは言わないんで、できれば普通に…」

 

「無理です

 無茶を言わないでくださいよ」

 

「あう…

 なんのお話ですか?」

 

早くあのふたりの元に行きたいのだろう、そわそわしながら巨達ちゃんが尋ねてくる

 

それにどう答えようか考えていると、町民の服装をした兵士がひとり、令明に耳打ちをしていた

鎮守府で見たことがあるから、多分近衛の人間だろうな

 

「友釣り、かな?

 もう終わったみたいだからいくとしようか」

 

それに呆れたように令則さんが答える

 

「もののついでとか言って、本当に何を考えてるんですか…

 仲達さんが知ったら床に正座じゃすみませんよ?」

 

「だからこの機会にやったんじゃないか

 懿と令明が張り付いてたんじゃ動いてくれないし、俺が鎮守府にこもっているうちは駄目だろうしね

 なんというか丁度よかったよ」

 

令則さんや令明を信用してるからなんだけど、気楽に答える俺に対して壮絶な溜息をつく令則さん

いや、それ地味に傷付くんですけど…

 

「とはいえ、令則さんを甘く見すぎてるよね

 何を考えてるんだか…」

 

「まあ、既得権益にしがみついていた輩の残党ですが、さすがに当時漢中にいなかった遠戚までは手が回りませんでしたから。こういう機会に暴発してくれた短絡お馬鹿さんで助かりました」

 

「こういう所が知れ渡れば印象も変わるのにね

 ねえ巨達ちゃん?」

 

「あうあうー…」

 

全身でノーコメントと言っている巨達ちゃん

車椅子を押してくれている令則さんの雰囲気が怖くなってきたので、多分鎮守府に戻ったら地獄の肩もみ&頭部マッサージが待っていると思う

 

無駄と解りつつも令明に視線で助けを求めてみる

 

「いつも申し上げておりますが自業自得です一刀様

 ついでに言うと、私も鎮守府に戻ったら申し上げたい事がございますのでお覚悟を」

 

お説教豪華フルコースデザート付きも決まったらしい

 

俺はがっくりと肩を落として指示を出す

 

「もうそこみたいだし、後はもうひとつの懸案が無事に終わるのを待つとしようか」

 

 

人だかりの向こうに見える舌戦は、佳境を迎えているようだった

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
2990 1801 42
コメント
通り(ry の名無しさま>むしろ量刑は増加するんじゃなかろうか(笑)(小笠原 樹)
買い食いと称しつつ、不穏分子の洗い出しをさらっとやってしまう一刀さん。ただ、自分の身の危険性をシカトしているので後で正座やアイアンクローが待ってると・・・。かっこいいのになぁw笑顔でちょっとは減刑にならないんだろうか?(通り(ry の七篠権兵衛)
田吾作さま>悔いてはいなくとも寂しさはあるかとは思われます(小笠原 樹)
司馬仲達さんと単福が互いに論議するのが終わる頃になるまでの時間潰しで買い食い……やっぱ出来なくなったのを悔いているんですかね、彼wともあれ、二人の論議はどのようにして決着したのか、続きを見させていただきます。(田吾作)
タグ
恋姫†無双 北郷一刀 真・恋姫†無双 真・恋姫無双 萌将伝 一刀 

小笠原 樹さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com