外史異聞譚〜幕ノ二十一〜
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≪洛陽・商家/北郷一刀視点≫

 

さて、洛陽へと到着となったわけだが、賄賂や贈物も含めてとにかく煩わしい事が多い

 

官匪宦官連中に送り付けられた侍女の問題もあり、そろそろ宦官官匪共とは決着を着けなければならない時期に来ているのは確かだ

 

そんな訳で皓ちゃん明ちゃんに宮中工作を頼みつつ、子敬ちゃんには商家をまわってもらう事になった

 

とはいえ大将軍の下で軍令として権勢を築きつつある董仲穎に正面から堂々と会いにいこうものなら、お互いの立場が悪くなるだけである

なので小細工を弄し、双方随員を6名までという事で涼州に縁のある商家の東屋にて対談を、というところまで漕ぎ着けた

 

ホント、余計な出費が嵩むなあ…

子敬ちゃんの機嫌が日に日に悪くなっていくんだよね、出費が嵩むと

 

ともかくも、俺達は涼州の人間に合わせた酒肴とこちらの特産品といえる酒肴を用意し、董仲穎の到着を待っている訳だ

 

「さて、来てくれるかな…」

 

来なければそれで構わない、と言外に匂わせて俺は呟く

ちなみに、俺を含めて全員、机上をガン見したままである

普段は質素倹約を旨としているので、はっきりいってこんなご馳走を食べる機会は普段の俺達にはないのだ

令明など、音が鳴らないように自分でボディブローしながら耐えている

 

「用意するの早かったですかねー…」

 

「前菜ですし、冷菜ですから大丈夫でしょう

 分量的にも30人前はありますし」

 

『元ちゃんおなかすいたなー』

 

(きゅるるるる……ドスッ!)

 

「拷問なんてこんなもん、くきゃっ」

 

みんな好き勝手言いやがって…

俺だって早く食いたいんだっつーの!

 

 

そうしていると、ようやく董仲穎一行が到着したとの報告が入る

俺達は下座にて待機である

 

型通りの挨拶をして相手が上座に着席するのを待つ

とりあえず、その席順から董仲穎御一行の外見と名乗りを紹介しよう

 

まず一番上座には眼鏡で気の強そうな少女が座り、董仲穎と名乗る

次が羽織袴に晒を巻いた女性、これは張文遠と名乗った

その次がいかにも猛将という風情の長身の女性で、華猛達

その隣が気弱そうな少女で賈文和

なぜかその下座に飛将軍呂奉先が座り

その横に座ったちまころ少女が陳公台と名乗った

 

こちらは俺が上座で、順に懿・冷則さん・子敬ちゃん・皓ちゃん明ちゃん・冷明の順になっている

 

とりあえず、机上をガン見しているのが双方にいるため、とりもなおさず会食となる

 

下座の方では「もふもふ」という音が聞こえそうな感じで大量の食料が急速に消費され、なんというか癒やし空間が形成されているようで、ほんわかしているのが微笑ましい

 

俺も混ざりたい…

 

こうして見ていると、食事中の令明は行儀のいい子犬で、呂奉先は子栗鼠なんだな、と気付いた

 

この二人の食事風景だけで大陸獲れるんじゃなかろうか…

 

そうやって固有結界と化しているふたりの食事風景に無駄に癒されていると、隣に座る董仲穎から声がかかる

 

「で?

 今日はわざわざこんな席まで設えて、ボク達に一体なんの用なの?」

 

その言葉に俺は意識のスイッチを切り替える

 

「まあ、お互いに益がある話をしたいと思ったんだけど、君とじゃ無理かな?」

 

「なっ…!?

 わざわざ呼びつけておいて、この董仲穎をバカにする気!?」

 

気色ばむ眼鏡の少女に、俺は100%の確信を持って告げる

 

「実務的な事柄ならともかく、大方針を君と語る訳にはいかないだろ?

 なあ賈文和」

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≪洛陽・商家/張文遠視点≫

 

あかん、バレとるわ…

ちーっとこいつらを甘く見とったかも知れんなぁ…

 

驚愕が顔に出てしまってる文ちゃんを横目に、ウチは溜息をつく

 

ま、席の配置はこっちの事情もあって、恋はどのみち下座なんやけど、普通に考えたら月の次やもんなぁ…

まさか恋がこういう席でまともに会話もできんなんて、普通は思わへんやろしな

そこが可愛いんやけど

 

ウチとしては漢中特産ちゅう触れ込みの酒がキツくて好みにあってたんで、このまま無難に終わってくれればそれが一番やったんやけど、世の中上手くいかんもんやで…

 

詠は頭もええし先も見通せるけど、根が真面目で素直なええ子なんで、こういう突発事態には弱い傾向がある

どうしても先に顔に出てまうんよな

 

しゃあない、ウチがなんとかするしかないか

ここで真弓あたりに喋らせたら手がつけられんようになるよってな

 

「なあ兄ちゃん、それに何時気付いたん?」

 

ちょっと文遠、と文ちゃんが騒いでるけど無視や無視

上座の兄ちゃんは食えない笑顔のまま、のんびりと答えよる

 

「そうだなあ…

 割と最初からかな?

 決め手はそうだな…

 そっちの華猛達って将軍さんかな?」

 

「どういうこっちゃ?」

 

「普通はこういう席で気を張るのってさ、上座に向けてと相手の武人に対してなんだよね

 でも華将軍はずっと下座を気にしてた

 その隣に天下の飛将軍がいるのにだ

 これで答えになってないかな?」

 

かー…

よう見とるわぁ…

 

「あとは、芝居をするならもうちょっと気を使わないとね

 恐らくそのおとなしめの子が董軍令だと思うんだけど、目配せとかが頻繁すぎるな

 本当に軍師なら、むしろこういう席では悠然と構えて交渉の糸口を探るものだけど、そういう雰囲気もなかった」

 

董軍令本人がこないって可能性も考えてたけど、と言われるに至って、ウチは視線で詠に向かって白旗をあげる

こりゃウチではどうにもならんで…

 

「んー…

 なあ兄ちゃん、やっぱ席は戻さなアカン?」

 

「そちらが気にしないなら構わないよ

 では“今”は俺の隣にいるのが董軍令ということにしておこうか」

 

ごめん、こりゃあウチじゃ挽回できん

後はなんとか援護するよって、頑張ってな?

 

そう視線で告げると

 

(そりゃやるけど、ボクだけじゃどうにもなんないわよ)

 

と視線で返ってくる

 

ウチは内心で溜息をついて、もう一度気合を入れ直す

 

「ところで兄ちゃん、この酒めっちゃ美味いんやけど、お代わりもらえへん?」

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≪洛陽・商家/賈文和視点≫

 

正直ボクはこいつらを甘く見てた

 

元々、漢中の情報は他地方に比べても異常に少ない

その意味をもう少し考えるべきだった

 

こいつらは宮中で言われてるような“官位を買って目溢しで漢室に仕えてる”なんて生温い連中では決してない

宮中に如才無く賄賂や贈物を撒いてるのでその一環かと思い、月を守るつもりで立場を変えたのが裏目に出てしまった

 

でも、まだ挽回は可能だ

霞が切り込んでくれたおかげで、ボクも気持ちを立て直すことができた

 

ボクは“やれる、大丈夫!”という意思をこめて月と霞に頷く

ふたりの信頼に満ちた眼差しに、ボクの中に力が戻ってくる

 

さあ、ここからが本当の賈文和よ、覚悟しなさい!

 

「じゃあお言葉に甘えるけど、今日の酒席の主旨を聞いてもいいかしら?」

 

その男は苛つくくらいにのんびりと答える

 

「涼州の兵馬をもって洛陽の守護に抜擢された董軍令とお近づきになりたかった、と言ったら?」

 

「信用できると思う?」

 

ボクの言葉に相手は苦笑する

 

「とりあえず本当なんだけどな」

 

「それだけが目的なら、余計な事を言わずに素直に歓待して帰せばいいだけじゃない」

 

コイツはそりゃそうだ、と苦笑してる

 

「俺としてはお近づきになりたかったってのは本当

 そのついでに関しては…」

 

そうしてコイツは下座に視線を送る

 

「子敬、お願いできるかな?」

 

「待ってました!

 くきゃきゃきゃきゃっ!」

 

よりにもよって立ち上がったのは、三色鳥頭としか表現できない、非常に不愉快な笑い方をする女だった

コイツらわざとやってんの!?

思わず怒鳴りそうになったけど、霞が視線で制止してくれる

 

いけないいけない、冷静にならないと

 

「じゃあ、聞かせてもらいましょうか」

 

「くきゃっ!

 んじゃまあ簡単にいきましょうか

 一言でいうと関税を渡すから天水経由で五胡と商売させて欲しいって事なんです

 くきゃきゃっ」

 

甲高い声と笑い方に不愉快さが増して言葉の内容を喪失しそうになったけど、ボクの冷静な部分がそれをしっかりと捉えている

 

五胡と貿易って…

何の益があるの…?

はっきりいって五胡なんて、飢えたら襲ってきて全てを食い荒らす蝗害と似たようなもんでしょ?

 

同じ疑問を持ったのか、霞がそれを聞いてくれた

霞のこういう気遣いがすごくありがたい

 

「そやかて五胡なんて辺境の蛮族やろ?

 こっちの貢物アテにして、食えなくなったら襲ってくる獣みたいなモンやんか」

 

「ま、実際私達の認識もそんなもんです、くきゃきゃきゃきゃ!」

 

「そやったらなんで…」

 

その笑い方めっちゃムカつくわぁ…、と小声で霞が呟いている

気持ちは本当によく判るけど、霞も我慢してくれてるんだから、ボクも我慢しないとね

 

「関税がもらえるなら、こっちとしても交易をしたいっていうのを許可しない理由はない

 けれど、腑に落ちない事が多すぎてこれではいいと言えないわね」

 

「ですってよ、くきゃきゃきゃきゃっ!」

 

そうやって不愉快女に視線を向けられた男は、困ったように頭を掻いている

 

「そうだなあ…

 涼州にとって意味の無いものでも、漢中では意味があるものを五胡がもっている、というだけなんだけどね

 あとは真当にいうなら、馬やら羊やらは彼らの方が専門でしょ?

 簡単に蛮族で片付けるけど、それは生活様式による文化と価値観の違いだからね

 双方の利があるなら共存は無理でも商売はできるだろう、と、そういう事なんだよ」

 

「漢中で意味があるものって、聞いてもいいかしら?」

 

「それを教えていいほど、君達はこっちを信用してるのかな?」

 

なるほど、お互い様なんだから金で目を瞑れってことね

ボクが月の方をちらっと見ると、かすかに首を横に振っている

 

「それじゃ認める訳にはいかないわね」

 

男はゆっくりと杯を欲して溜息をつく

 

「まあ、多分必死で周囲に隠してる董軍令の正体が知れたってことで、こちらもひとつは手札を見せるのが礼儀か…」

 

そして、ボクではなく月の方を向いてはっきりと告げる

 

「俺達が欲しいのは、五胡の領域に大量に眠ってる“岩塩”だ」

 

え?

なに?

岩塩って塩?

 

一瞬頭が混乱する

 

「知っての通り、現在塩は漢室の専売品で、しかも安定して供給されてるとは言い難い

 しかし、五胡と協力関係を結ぶ事ができれば、あの広大な黄砂の奥に眠っている岩塩と、塩湖となって廃棄された場所から“塩”を切り出して持ってくる事が可能になる

 その布石を打つのに、天水経由で交渉を行いたい、と言ってるんだ」

 

「ちょ…っ!!

 それホンマか!?」

 

さすがに信じられないのか、霞が立ち上がって叫ぶ

ボクも信じられない

月も当然だけど呆然としている

 

霞の叫びに答えたのは仲達と名乗った美女だった

 

「情報の出処までは流石に今ここで明かすわけには参りませんが、その信頼性に関しては十全です

 我々は絶対の確信をもっております」

 

呆然とするボク達に、男はニヤリと笑って言葉を紡ぐ

 

「さて、こちらの手札は一枚晒したけど?

 董仲穎、君はどうするのかな?」

 

 

ボクはやっぱりこいつらを甘く見ていた

 

もう逃げ道なんてどこにもないじゃないか…

 

月と霞の顔を見てみると、二人とも“してやられた”という目をしていた

多分ボクも同じ目をしているんだろう

 

答えることができないでいるボク達に向かって

「難しい話はここまでにしようか

 口に合わないかも知れないが漢中の酒と料理も楽しんでくれ」

と席を再び盛り上げ、政事の話を一切振れない雰囲気を作ったこの男に尋常でない殺意が湧く

 

そして帰り際に土産として酒を持たされた時に、ボクはもう一度聞くことにした

 

「ねえ、さっきは聞く気もなかったんだけど、あんたの名前、もう一度聞いてもいいかしら?」

 

「そうだな…

 今は違う名を名乗っているが、俺の事は北郷一刀と覚えておいてくれ

 いずれその名の方が有名になる」

 

「わかった…

 今日の話の返事はまた後日、こっちで席を用意させてもらうわ」

 

「了解

 期待しているよ“董仲穎”」

 

 

最後まで嫌味なヤツ…

 

でも覚えておくわ

 

多分、こいつはボク達、いや、月にとって一番の味方か

 

でなければ最大の敵になるはずだから

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
まあ、予想通り董仲穎と賈文和は入れ替わっていたか。まあ、主導権は握れたようだ。五胡の岩塩か、現代人もしくは五胡出身じゃないと知れない情報なきがしますね。(minerva7)
菫卓軍とのファーストコンタクトは上々、といった所でしょうか。イニシアチブは握ったようですし。しかし岩塩ですか。これを目当てに貿易をする、と画策していたとは。抜け目ないですね一刀君は。(田吾作)
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