外史異聞譚〜幕ノ二十四〜
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≪北郷一刀視点≫

 

俺は今、五胡の単于(正式には“?犁孤塗単于”と称する)との会談に望んでいる

 

ここで簡単に彼らについて語っておこう

 

彼らは匈奴単于国や鮮卑大人国といった“遊牧国家”の民であり、単于とはそれの君主を指す称号だ

様々な氏族が集合する事によって階級を作り上げており、中心氏族から代々の単于が選出される

基本的に単于の地位は実力主義だが、血統としては母系が重視される

この場合の“実力”とは、どれだけの家畜を抱えて一族を養えるかであり、首長家の婚姻に際しては妻がそれまでいた部族の家畜や牧民の一部を引き連れてくることが通例であるため、母系の発言力が大きくなる、という訳だ

 

遊牧民であるため、固定した土地に固執することはないが、家畜を養える広範な草原地帯を領土として生活の基盤としている

これは旱魃や飢饉等の事態に対して食料の貯蔵が行えないという側面もあるため、十分な食料が得られない場合には他部族と争ったり定住国家を襲撃したりという事になる

 

特筆すべきはその生活様式から、男は年少の頃より優秀な騎兵として育つという点があげられる

また、母系社会が形成されているため、いざ戦闘となると男が死兵と化すのも特徴と言える

遊牧民族の多くは狩猟民族として優秀な弓兵でもあり、合成弓を馬上で用いるため、現在の漢室の歩兵では非常に太刀打ちしづらいという面も持っている

 

これら文化や生活様式の違いと、他民族を“資源”として捉える性格を持つ民族であるため、漢王朝では“蛮族”と称するのだが、代々皇女を妻として差し出し貢物を贈ることによって微妙な均衡を作り出している

 

結果としてはナメられている訳だが

 

ここまででお解りであろう

 

不肖この北郷一刀、本気で命懸けでこの交渉に望んでいる

勝算は確かにあるが、こちらは基本的に“ナメられている”というのがとにかく痛い

これに関しては彼らを蛮族と蔑んで堅実な交渉をしてこなかった歴代皇帝を心から恨みたい

 

ともかく、俺の乏しい知識ではあるが、今は五胡も内紛状態であるはずという情報に基づき、かなり強引な手を打って有力氏族の会合に乗り込むという暴挙を敢行したのだ

 

現在の単于はかなりの漢室寄りだったはずで、徴兵が度々起こるため、各氏族からの受けは非常に悪かったと記憶している

母系血統であるため、正室に漢室皇女が据えられる現在、その要請を断りきれないという事情もあるのだろう

 

であるならば、今の段階でなら交渉の余地は十分にある、と俺は考えたのである

有力な国家である匈奴がこちらにつけば、順に他遊牧国家とも交渉が持てると踏んだのだ

 

結果としていうなら、この暴挙ともいえる最初の交渉は半分だけ成功したと言える

 

何故半分だけなのかというと、既に現在の単于に各氏族への求心力がなくなりつつあるため、個別交渉と説得工作を余儀なくされたのだ

 

まず現在の単于には霊帝の崩御とそれによる政治混乱があるために“静観”することを提案し、しばらくは漢室の要請に応えないように説得をした

これを後押しするために、各氏族の長に根回しをし、漢室からの贈物ではなく、正当な交易として各氏族に物資を提供できる事を説明する

 

特に有力な“商品”として提示したのは“飼葉”である

この時代にサイロなどあろうはずもなく、せいぜい家畜や農奴の寝床としてしか扱われていない藁を飼葉として活用する事で、冬期の五胡に対する交渉材料としたのである

 

代価としては羊毛や馬や羊をまず提示し、彼らの行動範囲から塩湖や岩塩を有する土地を割り出して、それら“塩”を一番価値の高いものとして印象づける

同時に、中央アジアに点在する野生種の作物の種を、種の量の10倍の穀物で買い取る事を提案し、採集という形で女性や子供達も部族に貢献できるような方向を提示する

他にも彼らの“なければ奪う”という価値基準を否定しつつもなんとか近い形で受け入れられるような方向で“交易”を提案してまわったのだ

 

最初は笑い飛ばされたが、そこで諦める訳にはいかない

 

ここで活躍してくれたのが華陀をはじめとする五斗米道の祭酒達である

 

最初のうちこそ敬遠されていた彼らではあったが、遊牧民族が“子供を部族単位で大事にする”という性質をもっていたのが幸いした

これまで見捨てなければならなかった子供の実に30%を彼らが救えたことにより、俺達の信用度が一気に高まったのである

 

また、定期的に漢中に手紙を送り、余剰品であった飼葉を大量に送らせ、同様にこの時を睨んで農村部で飼育させていた兎の毛皮と蒸留酒を交易品に加えることにより、略奪よりも安定するという事を徐々に浸透させていく事に成功した

 

こちらとしても羊毛と馬、それに塩は欲しい品であるだけに、一見損失に見える商売であっても十分な利潤が見込めるのが大きかった

特に羊毛は二次加工品としての活用が見込めるだけに、かなり高価で交換しても割があったのである

 

こうして各部族の信用を得、単于が漢室に対して静観を決めるまでに、実に半年が経過していた

 

この段階で、牧草地帯の維持拡大の方法として“粘土団子”という手法を提示する

要は去り際に草木の種子を粘土と肥料で包み、牧草地帯の境界線に放置していく事を提案したのである

これの説明にも五斗米道が大活躍した

試験的に漢中で行なった事が功を奏したともいえる

 

俺達を襲撃せずに付き合った方が得があるのだという事をようやく理解してもらい、交渉窓口を天水という事で定め、他の部族との交渉をお願いする代わりに酒を提供することで、ようやく俺達は漢中へと戻ることができたのである

 

将来的に涼州北西部を相互緩衝地帯としたいという構想を彼らに残して

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≪洛陽/賈文和視点≫

 

「さて、天水から報告はあったけど、今頃あいつ、どうしてるのかしらね…」

 

月を前にボクはそう呟く

 

どうも月はあの男にあまり悪い印象をもっていないようで、ボクとしてはそこが非常に心配だったりする

どう考えたってあいつの性格が捻じ曲がってるのは確実なので、ボクとしては月に一寸だって近づけたくはないところだ

 

「へぅ…

 定期的に荷物は送られてるって聞いてるけど、人質になったりしてるって訳でもないんだよね?」

 

月の質問にボクは頷く

 

「まあ、馬車の中身の大半は藁らしいから、そんなものを要求するのにわざわざ人質はとらないでしょ

 藁なんて大量に運んで一体なにがしたいんだか…」

 

他にも粘土だったりといった、ボクには理解できないようなものばかり運んでいるらしい

 

馬車一台毎に決められた関税はしっかりと支払われているので、天水での担当者も首を傾げはしても深くは追求できないらしい

何度か何かを隠してるのかを疑って荷物を全部ひっくり返したりもしたらしいんだけど、そういった事は一度もなかったそうだ

 

正直、こうまで予測できない相手というのが、ボクには気持ち悪くて堪らない

月の軍師としてはつらいところだけれど、こうも差をつけられていると勝てる気が全くしないのだ

 

「詠ちゃん……

 ねねちゃんじゃないけど、難しく考えたら多分ダメだよ……?」

 

月のそういう心遣いが、今のボクにはかなり痛い

嬉しいんだけど、なんというかこう、矜持が許さないというか…

 

「うん……

 頭ではそれも解ってるんだけどね、なんていうかこう、悔しくてさ……」

 

いいようにあしらわれ続けた上に、いまだにボクはあいつらが月の味方かどうか判断ができないでいる

 

ここでお気楽に構えている訳にはいかないのだ

 

そうでなくても日々月を狙って何進のエロジジイが色々と仕掛けてくるし、宦官共も毎日のように探りを入れてくる

 

こんな状況で信用できるのは、悔しいけど恋や霞、真弓にねねくらいしか今のボク達にはいないのだ

 

「あのね?

 私は詠ちゃんがいてくれるから、今もこうやってなんとか頑張れるんだよ?

 だから一人で抱え込んで悩まないでね?」

 

月の優しい言葉に思わず涙が出そうになる

 

でも、今はそれに甘えてちゃいけない時だ

月を食いものにしようとする宮廷の悪意から、物理的な事なら他のみんなが守ってくれる

でも、政治的な部分で守れるのはボクしかいないんだから

 

ねねにも本当は期待したいんだけど、あの子はまだそういう意味では幼すぎるのと、なにより恋一筋なのでアテにはできない

 

「うん、大丈夫だから

 月を泣かさないためにも、ここでボクが頑張らないといけないしね

 だから大丈夫」

 

ちょっと不安そうな顔をしている月に向かってボクは笑う

 

これは決して無理をしての笑顔じゃない

月もそれを理解してくれたのか、ボクの大好きな笑顔で笑い返してくれる

 

うん、まずは情報だ

とにかく少しでもいい、宮中は当然だけど、漢中に関しても情報を集めないと

 

全てはそれからだ

 

月を、みんなをボクが守らなきゃ

ボクもみんなに守ってもらってるんだから

 

 

そう決意を新たにするボクに、ふわりと月が笑いかけてくれる

 

「詠ちゃん、折角のお茶が冷めちゃうから、早くお茶にしよう?」

 

「……そうね

 月の好きなお菓子もあるんだし、みんなも呼んで今は楽しみましょうか」

 

「うん!!」

 

 

そう、こんな日々をボクは絶対に手放しはしない

 

月の笑顔に改めてそう誓うボクだった

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≪漢中/司馬仲達視点≫

 

最近の漢中では仕事の能率があがっています

 

理由は簡単です

 

私が休暇を返上して政務に没頭しているからです

 

どうも各所で悲鳴があがっているそうですが、そんな事は私の知ったことではありません

 

最初のうちは皆と一緒に、すぐに戻ってくるだろうと気楽に構えておりましたが、二ヶ月を過ぎたあたりから、どうにも耐えられなくなってきました

 

寝ても覚めても浮かぶのは我が君の笑顔ばかりです

 

これでは日常に支障をきたしかねないと自戒した私は、政務に没頭し余暇をなくす事で日々それに耐える事にしました

 

 

困ったことに、そうして政務に没頭しているとすぐに仕事がなくなります

 

ですので、我が君に名代として与えられた権限を十全に活用し、軍務に政務に仕事を求める毎日となりました

 

するとどうでしょう

 

本来時間がかかるはずだった案件がどんどん解消されていくではありませんか

 

これではまた私の仕事がなくなってしまいます

 

それでは困りますので、先に予定していた事柄を進める事にしたのですが、それもどんどん進捗していくのです

 

一体何がどうしたというのでしょう

 

本当に困ります

 

 

「いや、なんというか予想はしてたんだけどさ

 こりゃ酷いもんだ…」

 

公祺殿が溜息をつきながらやってきました

 

何かあったのでしょうか

 

「どうかなさいましたか?

 特に問題は発生していなかったように思えますが」

 

「多分言っても無駄だから言わないけどさ…

 アタシはともかく、他のみんなには手加減してやんなよ」

 

???

一体何の事でしょうか?

 

首を傾げる私を見て、公祺殿は再び重い溜息をつきました

 

「ある意味立派というかなんというか…

 普通はこうなると仕事なんか逆におかしくなるもんなんだけどねえ……」

 

我が君に漢中を任されているのです、おかしくなるなどありえません

 

「やっぱダメだこりゃ……」

 

そう言って溜息をつきながら公祺殿は去っていきました

 

本当に一体何があったというのでしょうか?

 

 

とりあえず、皆からあがる悲鳴など私には聞こえませんので、今日も政務に没頭する事にしようと思います

 

ええ、そんなものは全く私には聞こえませんとも

 

もしそういう声があがっていたとしても、それもこれもあれもどれも、全ては我が君が悪いのです

 

なので私は絶対に悪くありません

 

だって、頑張ってお仕事をしているのですから

 

 

それにしても、我が君はいったい、いつになったらお戻りになるのでしょう

 

定期的に送られてくる文を読み返しながら、私は政務に精を出す事にします

 

 

 

こうして私が政務に没頭している裏で、漢中鎮守府に属する官吏兵士に至るまでが、我が君の不在に呪詛の声をあげていたという事を私は知りません

 

もし知っていたとしても聞こえなかったでしょうが……

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
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コメント
minerva7さま>基本、残念な子なんです、ええ(笑)(小笠原 樹)
司馬懿さんがすごくかわいいなw(minerva7)
通り(ry の名無しさま>うん、まあ、作者もなんか白目剥きそうなコメントでしたorz(小笠原 樹)
ナルホド夫婦ナラ仕方ナイネ!(白目(通り(ry の七篠権兵衛)
通り(ry の名無しさま>夫婦って似るっていいますし(夫婦?(小笠原 樹)
田吾作さま>これを絶好調というべきなのだろうか(笑)(小笠原 樹)
eitoguさま>ある意味終末が訪れたようです(笑)(小笠原 樹)
なんという超有能な残念仲達さん・・・それも「我が君」と一緒のにおいのする鈍感さ加減がもうwwww(通り(ry の七篠権兵衛)
五胡との接触は上々、賈文和は普段のストレスに加えて天譴軍の貿易の内容を知らずにカリカリしてしまっている、と。相変わらず天譴軍絶好調ですよね。え、シバチューさんがドス黒いオーラを出しているのなんて見えませんよ?彼女のせいで天譴軍がヤバいワケないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから。ええ知りませんとも。(田吾作)
一刀の不在で漢中の将達がヤヴァイw(eitogu)
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