宵闇の凱旋記 |
その少女は、あまりにも鮮烈に、そして苛烈に現れた。
闇夜の中で鮮やかに存在を主張する満月を背に、少女は屋根から飛び降りてきた。
服装は、ずいぶん前に見たことのある、東洋の戦士の姿。
長い髪は高い位置で一つに纏められていた。
意志の強そうな瞳はしっかりと敵を睨みつけている。
サムライ。確か、そんなような名前だったはずだ。異文化なのでよく思い出せない。
持っているのは、剣だろうか。見たことも無い形をしていた。まるで木の棒の中に仕込んであるかのような。
今の状況を忘れる程に、少女の登場は鮮烈なものだった。少女は茫然とする俺を無視して剣をそいつに向ける。
「あんた……誰だ?」
腰を抜かした俺を助けに入ってきた少女は、ちらりと俺を見た後、透明感のある、それでいて凛と芯の通った透き通った声で返事をした。
「私の名前は東大寺――――楓(かえで)だ」
俺を見ずに、少女はそう言った。
それが、俺と楓の出会いだった。
真っ白な夢を見る。
足元はまるで浮いているかのように感覚の無い夢。
見覚えのない風景のはずなのに、どこか懐かしくて、どこか知っている気がして。
視界のどこを探しても白しかなくて。でも、どこかふわふわとしている。雲の中のようだ。といっても、雲の中なんて入ったことが無いから確証的なことは言えない。だがきっとこんな感じなんだろう。
知らない場所にいるのに、恐怖感等は無かった。いや、少しだけ慣れない感覚。
何か、とても大事な物を奪われた時に感じる、あの焦燥感。そう、焦りだ。
今、とても焦っている。
どうして、だなんて知らない。
とても焦っている。早くしなければならない。だが、どこへ行けばいい?
それが解れば苦労はしない……そんな考えが頭に浮かび、無駄な思考が削ぎ落される。闇雲に走り回ったって何もならない。冷静になれ。
どこか異常だった。違和感が付き纏う。
自分は、こんなにも――――
「っ!」
目を開くと、目の前に天井があった。創設されてから長い年月が経っているのであろう。木の木目が綺麗とは言い難い。
「………………ここ、は」
放心した。どうして自分がここにいるのか思い出せなかった。
「ようやく起きましたか」
「寝ぼすけさんですな」
「生活リズムが狂っている証拠だ」
三つの声がした。最初の声と二つ目の声はとてもよく似た野太い男性の声。だが、最後の声は清廉なまでに凛とした少女の声だった。上半身を起こして声のした方を見る。
少女が一人。高い位置で一つに纏めた長い髪。凛としたまっすぐな瞳。白い和風の服だった。確か、どこかの巫女がこんなような服装だったはずだ。肩口にざっくりと切り込みが入り、端々に青いラインが引かれている。ズボン……いや、袴と呼ばれるはずのそれは落ち着いた青色。愛らしい容姿ながらも他を圧倒する威圧感を持つ少女だ。
巨漢が二人。二人とも二メートルを優に超える巨人だった。容姿はそっくりであるため、おそらく双子か何かであろう。袖から伸びる腕は子供の胴回り程もあるのではないかと思えてくる程に太い。筋骨隆々と言う言葉が似合う二人である。彼らを一言で言い表すのならば、まさしく「鬼」だろう。最初に声を発したと思われる巨漢は赤い和風の服、二番目に声を発したと思われる巨漢は青い和風の服だった。
少女の長い髪も、凛とした瞳も、巨漢二人の髪と瞳でさえ、全て緑深い森林の奥を思わせる黒に最も近い緑色だった。まさしく、人間とは思えないカラーリングである。
「質問に答えろ。ここはどこなんだよ」
警戒するように声を発する。少女はため息を吐くとやれやれと言ったように答えた。
「ここは宿屋だ。何を警戒している。昨晩貴様を助けたのは私だ。礼の一つも出ないのか? 礼儀知らずだな」
「助けた……! あ、」
昨晩のことを鮮明に思い出した。
鮮烈にして、苛烈なまでに目の前に躍り出た少女。確か、名前は――――
「楓!」
「いきなり呼び捨てか貴様……」
少女、東大寺楓は言われて少しだけ怒りを露わにしたのだった。
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オリジナル小説、宵闇の凱旋記のプロローグと一章の一話「侍少女」です。 | ||
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