外史異聞譚〜黄巾の乱・幕ノ壱〜 |
≪冀州某所/世界視点≫
『ほわぁぁぁあああああああああっ!!』
未だ熱気冷めやらぬ舞台を一度降り、三姉妹は蜜水を飲んで一息ついていた
「再演しないとダメみたい…」
舞台の外を見ながらそう呟く、眼鏡に理知的な光をもつ彼女の名は張梁、三姉妹の末娘である
敢えて本名や字ではなく、真名を捩った通り名を芸名とする事で“太平要術書”にあった“人心把握の法”が罹りやすくなるように考えた、三姉妹の頭脳的存在である
浪費癖のある二人の姉の財布を締めているのも彼女だ
「えー…
お姉ちゃん疲れたよぅ…」
そう言って舞台裏でへたり込んだのは長女の張角
ほやんとした頼りなげな印象を持つが、その前向きで楽観的な思考は三姉妹の精神的支柱となっている
そもそも、彼女のこの前向きさと明るさがなければ、姉妹揃って今頃は歌で大陸一を目指そうなどという夢は語れていない、というのが妹達の共通認識だ
「ま、みーんなちーの魅力にヤラれちゃってるんだから仕方ないけどねっ!」
汗を拭きながらケラケラと笑っているのが次女の張宝
天性の煽動者で感情が言動に出やすいが、どこか憎めない明るさを持って三姉妹の雰囲気作りに貢献している少女だ
“太平要術書”にあった“術”をもっとも使いこなせているのも彼女である
『天公ちゃ〜んっ!!』
『地公ちゃ〜んっ!!』
『人公ちゃ〜んっ!!』
『ほわぁぁぁあああああああああっ!!』
「ほら、姉さん達
暴動になる前に再演にいくわよ」
三人が汗を始末した布巾を纏めながら張梁が二人に立ち上がるよう促す
それを合図にか、ぐっと表情を引き締めて二人が勢いよく立ち上がった
「よっし!
こうなったらこの勢いで天下を獲るわよっ!!」
「お姉ちゃんもみんなにもっと応援してもらいたいな〜」
「姉さん達、お客さんを煽るのも程々にね」
「え〜…
人和は大陸一番になりたくないの?」
「そりゃ、なりたいけど…」
「うん、みんなで一番になろうね?」
優しく笑う張角の言葉に頷いで、三人が一斉に再び舞台に踊り出る
『みんな、おっまたせーっ!!』
『ほわぁぁぁあああああああああっ!!』
「よ〜っし!
今日はとことんいっちゃうよ〜!!」
「お姉ちゃんもみんなに愛されるように頑張るねー!!」
「私達の歌で大陸獲ろうねーっ!!」
『ほわぁぁぁあああああああああっ!!』
その熱気を避けるように舞台から遠ざかる人影があったのを彼女達は知らない
≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
「やっぱ気が咎めるというかなんというか…」
冀州から届いた太平道に関する報告書を見て、俺は自分に苦笑しながら溜息をつく
「どうかなさいましたか、一刀様」
令明は基本的に俺から離れることはないのだが、非常に義理堅くてこういう文書が来ても横目ですら見ることはなく、報告があってもどうやってかその内容を耳に入れない、という非常に優秀な護衛として傍らにいる
つまり、彼女が何か問いかけてきた場合はそれが目の前であった報告であっても“俺が口にしない限り”絶対にそれらについて言及することがないのだ
「んー…
令則さんからも釘を刺されたし、これを利用するのは気が咎めるな、とね…」
俺は令明に見えるように報告書を机に放り出す
「太平道ですか…
仲達殿が異様に嫌っていた記憶がありますが、これがなにか?」
興味なさげに言われたのにちょっとへこみながら俺は説明をすることにする
「うん
現状で既に彼女らの活動が食えない農家の若者の支えになってきていて、それが小規模反乱を誘発しているのは、報告書を見れば一目瞭然なんだよ
ただねえ…」
怪訝そうに俺を見る令明に向き直り、俺は報告書を指さす
「これ、このまま行くとそれで終わっちゃうというか、潜在的な反乱分子がずっと残る結果になりかねないんだ
なのでこっちで一押ししようかな、と思ってるんだけどね…」
正直、それを勝手にやった後の令則さんが俺にはとてもオソロシイ
「ふむ…
具体的にはどうなさるおつもりですか?」
「これは難しい小細工は実はいらないんだ
彼女達の言葉の揚げ足をとって、そのまま彼女達の歌に感銘を受けただろう地域で
『俺達で彼女達を洛陽に連れていって、本当に大陸一にしてやろうぜ』
こんな感じでちょっと煽動するだけでいい
多分彼らは喜んで“彼女達のため”に活動を開始するだろうね
暴動や反乱と“漢室が認識する形”でね」
令明の視線がものすごく冷たい
「では、内緒でおやりになりますか?」
その言葉にはガクブルと首を横に振る
「ここまで来たら政治ではなく軍略の問題でもあるし、俺達が“首謀者”を把握しているかどうかでもかなり違うからね
正直に話してみるよ」
「それが宜しいかと」
「そういう訳で伯達ちゃん」
「ひゃ、ひゃいっ!」
気付かれてないと思ってたのか、ジト目で俺を見ていた伯達ちゃんに声をかける
令明はやはりいまだに気付くことができないようで、悔しげにしているのがなんとも微笑ましい
ちなみに、伯達ちゃんを見つけられるのは今のところ俺と仲業と華陀だけだったりする
華陀が見つけられるなら公祺さんも、と思ったのだが
「“気”を見る事にかけてはあいつは弟子の中でも飛びぬけてるからね…
悔しいけど“天才”ってヤツさ」
と呟いていた
さすがはボクらの医者王だ、と無意味な感心をした覚えがある
俺と仲業が見つけられるのは、なんだまあ………
お察しください
びっくりして舌を噛んでしまったのか、ちょっと涙目で両手で口元を押さえながら「えへへ…」と笑ってる伯達ちゃんに癒されていると後頭部に違和感がある
いや、なにもこんな事で握りつぶそうとしなくてもいいんじゃないかな、令明さん
そんな訳で主に自己保身のために伯達ちゃんにお願いをすることにする
「令則さんにこの事を言って、懿と元直ちゃんと図ってくれ、と伝えてもらえるかな?
あと、忠英さんに“盾と槍は何名分いけるか”を聞いておいてくれると助かるな
仲業には予備兵力として守兵1万と、場合によっては追加で2万の兵を前線に動員できるよう準備してって言っておいて欲しいな
最悪は令明と近衛で漢中は守護するからって
そんな訳で輜重計画の修正もよろしく」
伯達ちゃんはにっこり笑って
「一気にこんなにやること増やすなんて鬼です」
と残して去っていく
笑顔が痛いなあ…
俺は斜め後ろに直立している令明に向かって小声で告げる
「そういうことで宜しく
遠からずもう一度洛陽に行くことになるだろうから、近衛の引き締めもお願いするね」
「承知致しました、一刀様」
≪洛陽郊外・漢中軍陣内/司馬仲達視点≫
私は天幕の中で前線から送られてきた報告書を検討していました
さすがは儁乂殿と忠英殿というべきで、もう10以上の反乱を鎮圧しているのに、その損耗はほとんどありません
重軽傷者はそれなりに出ていますが、中軍である私の軍からの補填で十分に賄える損耗です
私の実質戦力は三千程となっていますが、負傷兵を下げて公祺殿にお任せできれば十分補える程度のものです
むしろ、予想外に損耗が少なく捕虜の数も多いため、輜重負担が予想より多くなってきています
それらを纏めて漢中に上奏文を認めておりますと、先触れもなく令則殿が駆け込んできました
基本的に律には厳しくてものんびりとした性質の方ですので、こういう事は非常に珍しいです
「仲達さん、至急軍議をしたいんですが!」
見ると一緒にその勢いで引っ張ってこられたのか、伯達ちゃんが目を回しています
これは相当な事態のようですので、私は竹簡を脇によけて席を作ります
「私だけで大丈夫ですか?
必要でしたら前線のおふたりにも戻っていただきますが」
「とりあえず仲達さんだけで大丈夫です
元直ちゃんもいると話が早くなるかもですけど」
なるほど…
漢中軍に発生した異常ではない、という事ですね
「では少しお待ちいただけますか?
もう少しすれば戻ってくると思いますので」
それから少しして元直ちゃんが戻ってきましたが、令則殿には本当に珍しくかなり急いているようで、挨拶も抜きに話しはじめました
「漢中から伯達ちゃんがもってきた話なんだけど、この反乱を潜在化させないために太平道を利用する事を“検討”して欲しいって言ってきたのよ」
一瞬あのおぞましい雄叫びが耳に蘇ってきましたが、そういう事柄に囚われている場合ではなさそうです
私は歯を食いしばってそれを堪えると、伯達ちゃんに視線を送ります
「一刀さんはかなり悩んでいたようですが、この反乱がこのまま散発的に継続するのは人心面からも望ましくない、と言っていました
私もそう思います」
ですが、と伯達ちゃんは言葉を続けます
「政略で考えるなら太平道を利用して反乱分子が勝手に炙り出されるのを待ち、一気に収束させるという方法は正しいです
でも民衆を利用するという点と軍略として成立するかに悩んでいました
ですので…」
その策を用いるかを後方ではなく前線にいる人間に委ねたい、という意図なのだろう、と伯達ちゃんは締めくくりました
難しいところです
軍略として考えるのであれば、敵を各個撃破しこちらの損耗を抑えるのは理ですが、相手が偶発的な小規模反乱に終始するのであれば、物質精神両面での影響は無視できないものとなります
そうであれば、炙り出して各個に撃破していくのが常道ですが、潜在的な敵の物量が見えない状態では下策といえるのも確かです
また、感情面では訓練されていない農民を兵で討つというこの状況が既に納得しづらいものとなっています
すると、元直ちゃんがぽつりと呟きました
「妥協案は提示できると思います」
それに視線を向けたのは令則殿です
「具体的にお願いします」
「その前に確認したいのですが、伯達さん、この事に関して他に何か言ってませんでしたか?」
その質問に澱みなく答える伯達ちゃんです
「漢中から忠英さんに“盾と槍”の現状使用可能数について確認を取るように、と言われています」
令則殿を見つめてしっかりと頷く元直ちゃん
「では、至急早馬を出します。それによって方策は変わります」
早馬が戻ったのはこの日の深夜です
我が君が考え元直ちゃんが実施している諜報の成果のひとつと言えるでしょう
忠英殿の陣が補給を兼ねて下がり目だったのも幸運でした
これが儁乂殿の陣であったらもう1日はかかった、と元直ちゃんは言っています
「早馬に持たされた情報によると“現状なら全軍に可能”との事です
“弓”も“馬”全軍配置が可能で“近衛”と“重騎”は許可がでないと蔵から出せないそうです
この書簡は今焼き捨てます」
油を掛けられて燃えていく書簡を全員が見つめています
私もそれをじっと見つめながらしばし考えます
我が君が“盾と槍”と言った以上、歩兵運用に関しては限定的に武装を引き上げてもよい、という意味でしょう
そうであるなら“弓”はともかく“馬”は許可を出せない、という意味です
「忠英殿の書簡に“盾と槍”が他の諸侯に見られて真似される可能性はどの程度とありましたか?」
「恐らく訓練期間も考慮すれば“槍”は最低でも2年は無理だろう、との事です
“盾”は真似ようとしても運用は実際に使用しているところを見ない限りは無理
“弓”は完品を鹵獲されなければ同じものを作るのは不可能だろうと言っています」
思いつめたような顔をしている令則殿に私は尋ねます
「この策を実行したとしてですが、現状の兵装のままで総指揮を令則殿に委ねたとして、我々の損耗はどの程度になりますか?」
「1割以内に抑えてみせます」
決意のこもった表情で即答する令則殿に、私は頷きます
「元直殿は策の実施について検討し、可能であれば即時実行してください
伯達殿は輜重計画の再度の見直しをお願いします
儁乂殿と忠英殿には至急陣を中軍まで下げるように早馬を
董軍令の陣にも早馬を出してください
協議が必要となるでしょう
全軍の取りまとめと再編は令則殿に以降お任せします
私は後衛にて捕虜の移送と補給の護衛を担当させていただきましょう
補佐に巨達殿をお願いします」
私の言葉に伯達ちゃんが補足を入れてくれます
「漢中より
『守兵1万を含め、最大で3万の兵馬と仲業さんを前線に送る準備はしておく
守護は近衛で行う』
と言われています
令則さん、ご存分に」
「うわ…
これはもう、私がどうするか全部判られちゃってるのかなー…」
なんとも言えない表情で視線を上に漂わせながら呟く令則殿に皆が笑っています
そして私も自然な微笑みを抑えられず、少しの苦笑と共に告げることにします
「私達は仲間です
これよりは令則殿の考えられるよう、ご存分に采配を」
そう、我々の後ろには、必ず我が君が笑顔で立っていてくださるのですから
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
伯達ちゃんを見つけられる一刀と仲業さん・・・なんという俺らwww(通り(ry の七篠権兵衛) ふむ、ここで高忠英が製作していた武装の一部が解禁されると。いかに農民上がりの兵士相手とはいえ、これらを使用することで損耗を一割以内に抑えるとか……真に恐ろしい。さて、一刀が提示した策とは何か。すぐに続きを読ませていただきます。(田吾作) |
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