≪��水関／華猛達視点≫

私が突撃を宣言して袁紹の牙門旗目掛けて突撃を敢行してから、半刻も経ってはいない

しかし、私の周囲に残る兵は既に数える程だ

一時は我らの急襲により足並みを乱していた匪賊共だったが、憎き袁紹がその陣を下げ中陣に位置する兵力を叩きつけてきた事により、我らの命運は既に決した

普段猪だの自重しろだのと言われている私だが、戦の機微を見失った事は今までに一度しかない

それは、孫文台殿と渡り合い、苦い敗北を喫した若き日の事だ

私は私なりに自戒し、二度とあのような無様を曝さぬように己を磨いてきた

故に、いくら皆に言われようとも十分以上の勝算があったからこそ、私は戦場で暴れ回る事ができていたのだといえる

今回の突撃とても、全く勝算がなかった訳ではない

敵が怖じている隙に袁紹の牙門旗に食いつく事ができれば、そして文醜に顔良という宿将を蹴散らす事ができればという、無謀ではあるが可能性が皆無でもないという、私なりの勝算はあったのだ

しかしそれももう終わりだ

前衛が崩壊したとはいえ、雪崩の如く押し寄せる袁家の軍勢を尚押し切り本陣まで食い破れる程のものは我らにはない

ならば残るは、我らでどこまで敵を殺し尽くせるか、ただそれだけだ

そう思い定め、私は部下達に声をかける

「子然！　楊平！　白麒！　公経！」

『応!!』

「これが最後の命令だ！

　遠慮はいらん！

　ただひたすらに暴れて見せよ!!」

『応!!』

私の言葉を機に、それまで袁紹の牙門旗だけを目指して突撃していた部下達は手近にいた袁家の兵に向かって突撃を開始する

ありがたい事に袁家の兵はその鎧の装飾が華美で、他の諸侯との見分けが非常に容易であり、しかも私に言わせれば弱卒ばかりであった

部下達もそれを察したのだろう、我らを遠巻きにしている諸侯の兵には目もくれず、ひたすらに袁家の兵に襲いかかっている

こうして混戦状態になれば敵将のひとりも引きずり出せる、そうなれば本来の目的だった袁紹の首こそ得られずとも、せめて一矢を報いる事もまだ可能だ

そう考えたのだが、私はここで判断違いをやらかしてしまった

我らが既に死兵であるが故に、その強さを見誤っていたという事だ

これはあくまで結果としてだが、我らの決死の突撃は敵の暴挙を呼び込む結果となった

誰が想像するだろうか

既に陣の維持も叶わぬ混戦の中で、味方ごと我らに射掛けるなどという暴挙を行う程に敵が我らに恐怖を覚えていたなどと

雨が重なった事も結果として我らには不幸といえた

冷たく重い雨は気力より先に体力を削り、そうでなくても予期していなかった矢の雨をまともに浴びる事になってしまったのだ

しかし、そのような中でも部下達はよく戦ってくれた

一人くらいは逃げ出し命乞いをするものがいてもおかしくはない

むしろ、そうしてくれればどれほどよかっただろう

ただの一人も命乞いどころか気を失う事すら拒絶し、剣に、槍に、弓矢に穿たれて散っていく

全身を朱に染めて尚、袁家の牙門旗を睨みつけながら

まだだ、まだ届く

私の瞳には既に敵兵は映っていない

既に豪雨とも言える雨の中、ただひたすらに金剛爆斧を揮い、邪魔な壁でしかない兵馬を叩き割っていく

矢を払い、槍を折り、剣を砕きながら、ただひたすらに

どれほどの時が経っただろうか

実際にはさして時は経っていないのだろうが、私の周囲にはもう殆ど部下は残っていなく、私の後ろは敵と味方の骸が積み上がっている

血を流しすぎたのだろう

指先や足の感覚は既になく、肌だけが燃えるように熱い

視界も雨と相まって徐々に霞み朦朧としてきている

（最早限界か……

　こうなれば、後何人道連れにできるかだな

　痩せても枯れてもこの華猛達、限界といえど雑兵の千やそこらは刈り取ってくれるわ！）

そう思い定めて身体に突き刺さった矢を引き抜き、再び金剛爆斧を握り締めたところで、ふと目の前にひとりの武者がいる事に気付く

豪雨に濡れて尚美しいその黒髪

右手に握られる青龍を模した見事な偃月刀

あれは確か、先の陣触れの際にやってきた武者で名を確か…

「改めて名乗ろう！

　我が名は関雲長！

　華猛達殿、貴公の武勇に敬意を表し一手お相手願いたい！」

そう、関雲長だ

確か霞が憧れている、武神とも称される当代並ぶものなしと言われる豪傑だったな…

ぼんやりとしていた私の意識が徐々に鮮明になってくる

………ありがたい！

最早雑兵の剣矢に倒れるしかないと思っていたが、最後の最後でこれほどの武人に出会えるとは思ってもみなかった

まあ、霞には悪いが私も負ける気は全くない

これほどの豪傑を平らげたのなら、敵の士気は格段に落ちよう

そうなればまだ、私にも勝ち目が出てくる

それに、それほどの武人を前にして奮い立たぬ事などあろうはずもないではないか！

かの豪傑の登場に私は内心で感謝する

尽きかけていた気力が再び戻ってくるのを感じた

しかし、そのような事で礼など言えるはずもない

私は金剛爆斧を関雲長に向けて笑みを浮かべる事でその礼とする

「……私は

　言った……

　はずだな

　立ち…

　塞が…るという、の、なら……ば

　容赦はせ…ぬと」

ゆっくりと上段に構える関雲長に対し、私も金剛爆斧をゆっくりと脇に構える

「………いざ！」

「………尋常に！」

『勝負!!』

青龍偃月刀と金剛爆斧がぶつかり合うのを機に、どこか遠くで雷鳴が轟いた