聖六重奏 1話 Part2
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その岩の導き手

 

 

 

「やははー、こいつぁ奇遇だ。もえたん達ご一行、そなた等もご飯か。あたし達もご飯だー」

 ついさっき会ったばかりなのに、早くも懐かしい気がするハイテンションボイス。

 でも、「達」って?

「杪さん、待って下さいよー」

 すると、少し遅れて新たな女生徒がやって来た。

 書記長と比べると頭一つと、もう半分ぐらい身長に差がある、とってもチビっこい人だ。

 下手すると地面に付くんじゃ?と思うぐらい、黒髪を長ーく伸ばしている。

「いやはや、すまないぜ。遠目にもえたんの金きらヘアーが見えたもんだから、全力ダッシュしちまったのだーウィン」

 進化論?

 書記長の操る言語は個性的過ぎるし、調子も安定しないから何が飛び出すかわからない。

「そして、河ちゃんは初めて会うねぇ。このちっちゃい子は冰たん。あたしとは桃園で姉妹の契りを交わした仲なり」

「交わしてませんよ!後、ちっちゃいはやめて下さい」

 ぴょこぴょこ跳ねて、背の高い書記長に抗議する葦中さん。

 いや、僕もモノローグの中では冰たんと呼ばせてもらおう。この方が「ぽい」。

 うーむ、しかし、この人も良いな。僕は“その気”がないけど、めっちゃ可愛い。

 会長と書記長は綺麗って感じだけど、冰たんは小動物的に可愛いなあ。

「先輩。僕、今度から生徒会に入らせてもらいます。河原聡志です」

「え、あ。どうも。葦中冰、風紀委員をしています」

 型にはまった、きびきびとした動作で礼をする冰さん(これからは状況によって敬称を変えよう)。

 流石は風紀委員。

「ふふー、河ちゃん。あんまり冰たんがかーいいからって、手ぇ出しちゃあいけねぇよ。冰たんは森君のヨメだかんなー」

『違いますよ!!』

 ぴったりシンクロ。お熱いなあ。

 んっ、という事は副会長……。

「会長に浮気してるのか……葦原さんを差し置いて」

 ごめんなさい。冰さんの呼び方からして、確信犯です。

「だーっ!何言ってやがる!てめぇ!」

「河原君。私と森谷、君はそんな関係じゃないですよ。……一刻、後で裏」

 善行を積むのって、気分良いなぁ。

 思いっきり副会長、足踏まれてるけど。

 そして、それを会長がよくわからないって顔で見てるけど。

「恋多き男はつらいやねぇ。じゃ、そろそろご飯としようじゃあねぇか。面白いもの見れたし、百円あたしが驕ってしんぜよう」

「杪、本当ですか」

 キュピーン、会長の目が光った。

 お?どういう事だろう。

「勿論。あたしゃ、釣りなんてしょっぼい事しないよう!」

「それでは、お願いします」

 何故か会長は必死だ。

 月初めなのに、お金がないって事はないだろうし、ちょっと理由が気になる。

 僕はささっと書記長に近付き、訊いてみた。

「ふふー、それは乙女の事情ってやつだぜぇ?ま、河ちゃん以外はユーズアリィ知ってる事だから、言っちゃうけどね。もえたんは見ての通り、スレンダー、アンド、グラマラスのメリハリボデーをしているが、それには秘密がある!」

「その秘密とは!?」

「いーノリだ!お姉さんも話し甲斐があるってもんだよ。もえたん、実は校内でも有数の大食い娘ちゃんなのであーる!あたしの三倍は食べちゃうね。ガチで」

 ほう……それはそれで可愛らしいかもしれない。

 その会長の方をみると、恥ずかしそうにする訳でもなく、視線を返してくれた。

 あ、どうも。

「かーっ、と赤面していらっしゃる会長が見れるかと、内心ワクワクだったので申し訳ない」

「心の声、聞こえていますよ」

 僕は夢遊病か、二重人格の気があるんじゃないかと、心配になって来た。

「急ぎましょうよ。もう席、あんま残ってないでしょうし」

 と、副会長。

 僕と会長が、ルートに突っ込みかねない程にらぶらぶだから、嫉妬したんだな。

 書記長も「そうだねそうだねー」と相槌を打ち、僕達は全員で食堂に移動した。

 食堂は大きく、席の数もかなりある。

 なのに。

 それなのに、席はほぼ全部埋まっていた。

「立ち食い制度は無いんですか?」

「定食の立ち食いとか、未来に生きてんな」

 天ぷら定食の食券を買いながら、副会長が言いなする。

 定食って、そりゃあーたの食べたいもんでしょう。ぼかぁ、たぬきうどんですよ。

 ……天ぷら被ってるな。

「もえたん、んな安いもんでええのんか?今日のあたしゃ、超驕るぜー」

 別な食券販売機の前で、会長と書記長。

 百円しか出さないって言ってたじゃないですか。

「はい。ビーフカレーを三つで良いんです」

 マジフードファイターされてるんだな、会長。

 書記長の百円を含めたコイン達を投入し、カレーのボタンをトリプルクリック。

 エクスプローラーは立ち上がらず、三枚の紙切れが吐き出された。

 あんまり会長の勢いが良いから、エラーメッセージ吐かないか心配でした。

 冰さんを探して辺りを見回してみると、姿が見えない。いや、埋もれちゃってるのか?

「仕事熱心だねぇ。冰たん。ありゃあ、改造制服かぁ?二年か三年か知らんが、新学期早々やんちゃなこって」

「あのバカ、飯買ってから行けよ」

 と言いつつ、冰さんの食券を買う副会長さん、マジツンデレ。勝手に自分と同じの選んじゃってるけど。

 冰さんの居る所から少し視線を外すと、丁度六人がけの席が空いた。

 よし、場所取りは後輩の仕事。ここらで颯爽と確保してみせて、女性陣の好感度を上げておこうではないか。

 食堂なので決して走らず、しかし早足で向かう。

 すると、女子四人ぐらいのグループの会話が耳に入って来た。

 僕の好きじゃない、品というものが欠如した馬鹿話。

「うわ、あのちっこいの、一年のずっと一位だった奴だよ」

「で、今は風紀委員のお仕事ですか。すごいすごーい、小さいのに頑張るねー」

「性格がブサいから、それしか出来ないんだよ。カワイソー」

「どんなナンパ男も手ぇ出さないくらいだもんねぇ。未だに処女なんじゃないの、ダサッ」

 僕が手か、銃を出さなかった事は、評価されるべきだと思う。

 ただ、悲しいかな。僕は思った事を口に出してしまう癖があるらしい。

「なんで、ここに居るのかなあ。こういう人等」

 すたすたすたーっと通過。

 僕は怒気をたっぷりと孕ませ過ぎて、三つ子が生まれるレベルの声で言った。

 四人の内一人が、明らかに気分を害したって顔で立ち上がった。

 だけど、直ぐにその腕が書記長に絡め取られた。

 書記長は彼女の耳元に口を近付け、何か囁く。

『ここは食事を摂るべき場所だ。手前の都合で人様に迷惑かけんな。喧嘩したいなら、然るべき場所に呼び出せ。あたしが決闘でもデスマッチでも代理で相手してやる』

 よく聴き取れなかったけど、書記長の言葉で女生徒は座り直し、仲間を伴って去って行った。

「はぁ、気分悪くさせちまって、すまんね。中学の時は必死こいて勉強して入学したのに、高校入ってひん曲がっちまうの、案外居るのさ。こればっかりはどうしよもないんだよなあ」

「いえ……それより、葦中さんが」

 丁度注意を終えて葦中風紀委員が戻って来た。

「あたし等はこれぐらい慣れてるさ。あー、あたしも今晩は闇討ちを警戒しないとなあ」

 書記長は複雑な苦笑をして、僕が座る予定だった席に着く。

 このぐらいになると、僕の頭も冷えて来る。

 例えが果てしなく悪いけど、自首する殺人犯の気持ちかもしれない。

 酷く恥ずかしい事をした気がする。

「河原さん。私は、あなたの行動を嬉しく思います」

「お前、何してたんだ?」

「……ありがとうございます」

 三人が、それぞれ異なる言葉を僕にかけてテーブルへ。

 副会長、アンタこそ何してたんだ。

 その後は、特筆するべきじゃない時間がフツーに過ぎ、二十分。

 会長が三杯目のカレーをかっ喰らい終わりなさって、食事は終わった。

 さっきの事には全く、誰も触れなかった。

 冰さんも元気に副会長と海老天の奪い合いをしていた。

 ……やっぱり僕、やらかしたかな。

 会長はああ言ってくれたけど、僕は後悔していた。

 難しいなあ、生きるって。

 僕は十五歳の分際でそんな事を思い、心の中で重たーい息を吐いた。

 マンガ的に描くとしたら、口から出て直ぐに垂直落下して、ドスンと音を立てるレベル。

「さて、流石に一発目から仕事もありませんよね。俺はもう部活行かせてもらいますよ」

「はい。私も行かなければなりませんし、今日はこれにて解散とします。明日以降、授業が終わり次第尖塔に顔を出す様にして下さい」

 食堂から出て、副会長と会長。

 そう言うと、てってってーと、二人は消えてしまった。

 そうか、部活……どうしようかなあ。

「ふふふ、少年よ。部活に励もうか、生徒会という名の秘密の花園で安住しようか、迷っておられるな」

 いきなり戦いがあったし、安住とも違う気がするけどねぇ。

 でも、正直そっちの方が良い気もする。

「ちなみにあの二人の部活って、何なんですか」

「もえたんは茶道部、森君が弓道部。ちなみに冰たんは剣道部で、あたしは料理研究会部なのぜ」

「書記長だけ、何かアレですね」

「よく言われるぜー」

 何故か頭を掻く。

 えーと、僕は何か照れられる様な事を言ったっけな。

 でも、皆何かしら部活をしているのか。書記長は暇してそうに見えたんだけど。

「ん、そういや冰たんは部活行かなくて良いのかい?あたしのトコはまだないけど」

「いえ、私も行かないといけないのですが、直ぐそこなので」

「あー、そうだったねぇ。この学校の七不思議の一つ、何故か食堂近くにある剣道場」

 書記長、結構普通な気がしますです。

「ってーと、あたしと河ちゃんが残される流れになる訳か。ふふふ、どうする?おねーさんとデートとか、しちゃうかい」

「マジですか!?」

「うむ。楽しい楽しい、校内案内ツアーとしようではないか」

 あ、あかん。

 また似非関西弁を使ってしまうぐらい、あかん。

 さっき会長とフラグ立てたとか言っておいて難だけど、やっぱり僕は書記長の事が一番好きらしい。

 ……普通に嬉し過ぎて、軽く泣きそうだ、僕。

「すっかり杪さん、河原君がお気に入りなんですね。さっきも私に、その事ばっかり話してたじゃないですか」

「む、冰たん。そういう事は秘密にしておいてくれると嬉しいってもんさ?恥ずかしいじゃないかよー」

「あはは、ごめんなさい」

 ……両想い?両想いとか、そんな感じなのか!?

 書記長の方を見ると、言葉とは裏腹に、赤面しているとか、慌てているとかの様子はない。

 だけど、ちょっとだけ。本当にコンマレベルで、書記長が女の子っぽく見えた。

 い、いや。書記長はすごい美人で、理想的な女性なんだけど。胸もかなりあるし。

「んじゃ、冰たんはもう行くヨロシ。ここはあたしに任せて!早く行くんだ!」

「はい。わかりました。……河原君。杪さんをお願いしますね」

 何をお願いされるのかよくわからないけど、良いですとも!

 力強く頷いておいた。

 冰さんは微笑をして、くるんと百八十度ターン。剣道場があると思われる方向に歩いて行った。

 小柄な人だと、剣道は不利なイメージがある。でもきっと、冰さんはかなり強いんだろう。

「氷の風紀委員。永久凍土。万年氷河期。大体、名前で損しちゃってるんだよなあ。温かくて、良い子なのに」

「……え?」

「なーんもないよ。あたし等も、行こうとしようぜ、少年!」

 一瞬、書記長が見せた真剣な、そして、今にも泣き出してしまいそうな顔。

 そんな顔で言った言葉は、僕の耳には届かなかった。

 ほとんど発声をしておらず、僕に読唇術は無理だったから。

 そして、いつもの明るい顔に戻った書記長には、何を訊いても無駄な気がした。

 だから、僕はそれ以上追及しない。

「ああ、そーそー。河ちゃんはさっきからもしかして、あたしを役職名で呼ぶなんて事をしてしまっていたか」

「え、ええ」

「そいつぁいけないなぁ。あたしの事は親しみと、恋慕心を込めて『こずえん』と呼びたまへ」

「こずえんさん、すごく呼びにくいです」

 音だけ聴くと、来ず塩酸?

 何か理系っぽくて、格好良くはあるけどね。それも。

「むー、愛称を考えるの、難しデス。だからアナタ、『杪さん』呼ぶネ。一番安定でっしゃろー」

「ですね、杪さん」

 さっきと一文字しか違わないのに、随分と呼びやすくなった。

 にしても、改めて名前を呼んでみると、綺麗な名前だと思う。

 “杪”を使う熟語というと、杪秋とか杪春とか、少し寂しいイメージがあるけど、杪さんのハイテンションはそんなものを跳ね飛ばしてしまうレベルだけどね。

「じゃあ、まずはこの学生棟からご案内しようではないか。二階から上は三年、二年、一年の教室となっているのは周知の事実だが、一階には少し部室がある訳ですよ」

 一年の教室が四階、つまり最上階まで上らないとHR教室に行けない、という事実に悪意を感じるのは、僕の被害妄想じゃあないだろう。

 本当、なんでこう決めたんだろうか。

「後、案内する前にこれだけ注意させて欲しーんだが、あたしからはぐれちゃあいけんよ……死ぬぜ」

「は、はい」

 夏になったらよくテレビに出て来る「あの人」チックな顔の杪さん。

 と言うか、何気にえらい顔芸してませんか、アナタ。

「まずは冰たんの入ってった剣道場。その隣に柔道場。更に隣にダンス部屋があるのであった」

「何故に過去形?」

「ふははは、その方が格好良かろう、ワトスン君。ま、この辺りは後々の部活巡りで訪れる事になるから、一々行かないよ。正直、体育会系のノリ苦手だし」

 トンデモ身体能力を持つ杪さんだけど、やっぱり文化系なのか。

 そう考えると、魔本の退魔器なのもわかる気がする。

 ……あ、そういえばゆっくり話す機会があれば、色々聞きたいって思っていたんだった。

 案内してもらいながら、ちょくちょく質問させてもらおう。

「次は部活棟を襲撃するとしようか。覚悟は出来てるか?あたしは出来てないぜ!」

「出来ておいて下さいよ……」

「板書もする。会の事務もする。どっちもやらんといかんのが書記長の辛い所だ」

 杪さんは奇妙な毎日を送っておられる様だ。

 この学校に入学した時点で、僕もそんな人の一人になったのだろうけどね。

 さて、部活棟の場所ぐらい、把握している。

 正門から見て正面が教室棟、右が教員及び特別教室棟、左が部活棟で、その裏手にグラウンドが広がっていた筈だ。

 後はわからないけどね。ええ、僕に過度の期待はしないで下さい。

 近場で見ると、僕より二、三センチ身長の高い事が判明した杪さんの後ろについて歩くと、爽やかな香水の匂いがする。

 ああ、どうしてこんな良い匂いなんだろう。

「杪さん」

「ん、何かな。河ちゃん」

「黙って行くのも寂しいですし、色々と質問させてもらっても良いですか」

 直球だなぁ、このネタフリ。

 もうちょい上手い言葉もあるだろうけど、きっと杪さんの香水にあてられていたからに違いない。

 そうでなくても、そうさせて下さい。

「おー、あたしの事気にしてくれんの?嬉しいなぁ、この春、ロマンスの予感か!?」

 体をくねくねさせて、「いやん、もう」とでも言わんばかりの動き。

 あながち、それは間違いじゃないですよ。なんて言ったら、どんな反応をされるだろうか?

 い、いや。まだ僕の感情はラブじゃなくて、ライク、フェイバリットのレベルだけどね。

「あの、良いですか?」

「えー、いきなりスリーサイズ?困るなあ、大体見てもらった通りだよ。上から七八、七八、一四五!」

「縄文時代の土偶ですか!」

 どう見ても胸とか、九十ぐらい行ってそうだし。

 そもそも、そんな質問してませんからね!?

 結構真剣に杪さんのバストサイズの考察とか、一瞬してましたけど!

「じゃー、あたしも質問だ。ぶっちゃけた話、あたし、もえたん、冰たん、森君。誰が本命だい?」

「いきなりハード過ぎません!?なんか、副会長も候補に入ってますし!」

「念の為、だよ」

「……そういう事の為に学校来てないです。という答えはナシですか」

「あってたまるかー!」

 うーん、むつかしい問題だ。

 僕と一番波長が合ってるのは間違いなく杪さんで、もしお近づきになれるとしたら、杪さんが一番だろう。

 そうなんだけど、今ここで言っちゃって良いのだろうか。まだロクに他の二人とも話していないし。

 このタイミングで訊くという事は、第一印象で選べって事?

 ……深く考えないで大丈夫、だよね。

 これは現実、ここの答えが後々のルートに関係する、なんてややこしい事にはならない。

 聞いているのは杪さんだけだし。

「杪さん、かもしれません」

 うわっ。何故か今、めっちゃ顔熱い。

「そうかいそうかい。頑張れよ、少年……って、杪!?あたしじゃん!!」

 書記長はひどく赤面した。

 意外だ……こんなに杪さんが免疫ないなんて。

「そんな意外でしたか?」

「あ、い、いや……恥ずかしながら、初めてです。コクられたの」

 これ告白だったんですか!?

 そ、そんな重大な意味を持っていたなんて!

「まー、そんな事は無い訳だけど。どうしてあたしをご指名しちゃったのさ?」

「んー……色々あるんですけど、杪さんって僕と似ている気がするんですよ」

 テキトーな事を普段は言っているけど、実は熱くて、怖がり。それが僕。

 食堂で垣間見た素顔から、前二つが一致しているのはわかった。

 最後のは、どうなんだろう。杪さんは強そうな人に見える。

「あたしと、か……うむ。確かに河ちゃんはそうかもしれん。あー、だから質問してくれたのか」

「はい、そんな感じです。中々杪さんみたいな人って居ませんし。しかも女性で」

「ははは、絶滅が危惧されている訳か。逃げる前に倒したら、経験値美味いぞ!」

 だっ、と廊下を走り出す杪さん……って、悠長にモノローグしていて良いのか!?

 はぐれたら死ぬ!僕がこれから先、生存出来るかの危機でもあるし、生徒会の役員が廊下をダッシュするなんて事、しちゃヤバイでしょう!

 僕が競歩で追いかけると、部活棟の前に杪さんの姿があった。

 まだこれが部活棟に入る前で、本当に良かった。

「はー……杪さんって、すごい運動神経良いですよね。尖塔からダイブしたり、ダイブしたり、ダイブしたり」

「くくっ、だろうだろう。あたしは国語と英語意外は人並みの成績だが、体育で評定三十を叩き出す事により、生徒会役員になっているのだ」

「三十!?そんなのあるんですか」

「体育だけね。自慢じゃあないが、教師方をとっくに超越してるしね。どやっ」

 思いっきり自慢してますやん。

 確かこの学校の体育教師、元オリンピック選手とか居た筈だし。

 ……それって。

「めちゃくちゃすごくありません!?部活、運動系しないんですか」

「いやー、だからそういうのはヤーですの。そもそも、進路も決まってるしねー」

「三年の四月から、ですか」

「家のお仕事を継ぐだけの簡単なお仕事です。生まれた時点で決まってるんだぜ。うらやましーだろう」

 大きな胸を張って言うその目は、本当に嬉しそうで、自分の境遇に誇りを持っているみたいだ。

 普通、家の仕事を継がされる事に反発しそうなものだけど、喜んで継げる様な仕事ってなんだろう。

「そのお仕事とは?」

「当ててみせたまへ。何か商品を出してしまうだよ」

「多分無理です。杪さんの退魔器が本だって事実にさえ、かなり驚いたんですから」

「んー、そっか。ではヒント。そう……それは、とてもとても伝統がある仕事なのですじゃ。有史以前からあったかもしれんのう。色で言うならば、白と赤……うっ、うっ、これ以上は言えん」

 伝統があって紅白。

 ……もしかして、二次元でも大人気のあれですか?

「巫女さん、とか」

「ご名答!スーパーこずえたん人形を進呈しよう」

「が、ガチですか」

「ガッチガチですよ。退魔士の本家本元、神職。故にこの学校で学んでいるという今があるのでございますよ」

 改めて杪さんの姿を拝見させてもらう。

 中途半端に茶色に染めた、セミロングの髪。

 スカートから覗く、すらーっと長く伸びた足。

 他にも、色々と豊かな容貌。

 そこに巫女服を重ねてみる。オプションで何故か竹箒も。

「めっちゃ不良巫女じゃないですか!」

 そんな巫女さんが居てたまるか!レイヤーとしては合格過ぎるけど!

「いやいや、その時になったらちゃんと、黒髪に戻すよ?今染めてるのも、母君しか知らないしね」

「お母様?」

「そ、自由な人でねえ。すんごいカオス。呆れるぐらいテキトー。あれで巫女やってるとか、冗談にしか思えない人なんだよ。ま、あの親があって、この子が在る訳だ」

 杪さんを、そのまま大人にした様な人なんだろう。杪さんも十分、大人っぽいけど。

 もし機会があるならば、是非お会いしてみたいなあ。

「さて、案内に戻るよ。部活棟の一階は、各運動部の部室、つまりはサッカー、野球、テニスにバスケに陸上。更に森君が所属する弓道部。ちなみに弓道部は森の木を使って練習してるから、今はその辺りに近寄らないのがベターだぜ」

「やっぱり弓道部の人って、退魔器も弓なんですか?」

「大体はね。後は銃とかも居るよ。河ちゃんもどうぞな、もし」

 あの副会長と……?お、おぞましい!

 僕は苦笑してごまかし、二階に行く事にした。

「二階は茶道、花道、かるたと非常に“和”な階だね。学校屈指の綺麗所としても有名で、ナンパに来る男子生徒も居るとか、居ねーとか」

 中央階段を上ってすぐの所に茶道部室はあるらしく、抹茶の匂いが漂って来た。

 ちゃんと窓は閉めている筈なのに、上等なお茶はこんなにも香り高いのか。

「ここに会長が居るんですよね」

「そそ。茶道部的には部長さんだ。折角だし、和服姿のもえたんでも見て行くかな?」

「良いんですか?」

「良いって事よ。あの可愛さは見ておかんと」

 ……さっき言ってた、ナンパ男の心情がわかった気がする。

 会長の和服姿なんて、夢想してみるだけでお腹いっぱいだ。

「では。もえたーん!遊びに来ちまったよ!」

 ガラガラガラーッ。

 引き戸が開かれ、禁断の花園が……!

 僕の目には入って来なかった。

『杪。どうしたのですか』

『いやー、急にもえたんに会いたくなってねぇ。ふにふにふに』

『きゃっ……そんな所、やめて……』

『良いではないかー』

 気になる、気になり過ぎる!

 それなのに、何故か僕はおいてけぼりにされてしまった。

 当然、僕に戸を開けてみるなんて度胸はなく、放置プレイをされるばかり。

「……ふぅ。よかったぞ!」

 いや、そんな親指立てられましても。

「あの、僕は……」

「行って来い!」

 杪さんが出て来て、半開きだった戸の中に蹴り込まれた!?

 えっ、痛っ。何気にキック力すごいし、バランスも完全に崩れて……。

 お茶の席にヘッドパットをかましてしまった。

 湯呑みをぶっちゃけてしまうなんて事態は回避出来たんだけど、頭が痛い。

「ちっ、そのままもえたんを押し倒す展開を期待してたのに」

『期待しないで下さい!』

 会長とぴったしシンクロ。いやー、運命を感じますね。

「河原さん。頭を打ちつけましたけど、大丈夫ですか?」

「あ、はい。畳だったから、まだ板張りよりはマシかな……」

「そうですか……杪!悪ふざけが過ぎますよ」

「う、うん。萌、河原君、本当にごめん」

 ピョーンと杪さんはジャンプして、膝と手を畳に突いた。

 ……これは伝説のジャンピング土下座!?

「河原さんなら私も知っていますし、さっき一緒に入ってくれば良かったんですよ。あ、河原さん、靴は脱いで下さい」

「あ、すみません」

 そういえば、上靴のまま畳に上がってしまっていた。

 まだ一日しか履いていないから綺麗なものだけど、お座敷ではありえない行為だ。

 玄関を見ると、沢山草履があった。和服で外に出る時はこれを履くのだろう。

「………………」

 振り返って座り直してみると、初めてちゃんと会長の姿が見れた。

 え、えーと。あなたが女神様でしょうか。

 藍染の和服を身にまとい、美しく正座をしておられる。

 長い金髪はアップにされていて、後ろから見るとさぞ、うなじがセクシーな事だろう。

 日本人離れした髪の色、顔つきなのに、どうしてこんなに似合っているのか。

 どうしよう。すごく写メを撮りたい。そして、印刷して部屋に飾りたい。

「なっ!強烈だろう!」

「ですね!」

 そうこうしている内に、杪さんは復活を果たした様だ。あれ、逆に今までずっと、土下座していたのかな。

 性癖を同じくする者同士、がっちりと握手を交わしてから、一緒にお茶を頂く。

 うっ、こんなに苦いものなのか。初めて飲んだ。

「良いですね……茶道」

「良いよねぇ、茶道」

 会長以下、十数名の部員方を見ながら。

 あ、あの人も中々に僕好みだ。

「でしたら、入部も考えてみては?男子部員も歓迎ですよ」

「え、そうなんですか」

「気恥ずかしいのか、ここしばらく男子の入部はありませんが。そもそも茶道を大成したのは千利休ですし、ね」

 うーん、和服美女パラダイスか。

 男にとっては正に楽園とも言えるかもしれないけど、確かに気恥ずかしい。

「考えさせてもらいます。では、そろそろ失礼させてもらいますね。ありがとうございました」

「こちらこそ。明日以降、お昼にはお茶会を開いていますので、良ければどうぞ」

 最後に深く礼をして、席を立った。

 結局、杪さんは明日のお昼を全額奢るという形で許されたらしい。

 そんな会話が、後ろから聴こえて来た。

「河ちゃーん!河ちゃんはこんなあたしを、タダで許して下さられるのか!?」

 と思ったら、いきなり後ろから腕をホールドされた。

 やっぱり力、強い……僕ごときの細腕じゃ、へし折られはすれど、抜け出すのは無理だろう。

「はい。実は会長に優しくしてもらえて、ちょっと役得かなぁ、とか思ってましたし」

「何と。あたしの『河ちゃんラッキーすけべ計画』も強ち失敗ではなかったか」

 何計画してはるんですか。

「いや、しかしもえたんの和装は素晴らしい。純日本人のあたし以上だもんなあ」

「ですねぇ。心が澄み渡って行く様な美しさでした」

 杪さんの口ぶりからして、やっぱり会長はハーフかクォーターかなのか。

 あれだけ綺麗なプラチナブロンドの髪なんだし、かなり良い所のお嬢様だったりするのかな。

 その辺り、またご本人に訊いてみたい。

 杪さんは詳しく知っているんだろうけど、又聞きというのも、ねぇ。

「さて、三階は我が料研、漫研、手芸部、書道部、美術部の芸術系だ!おっと、料研へのツッコミはご遠慮願おうか。料理はアートさ!」

 でーん、と良い顔。

 これは名言だ。語り継いで行こう。

「僕の勝手な推測なんですけど。杪さんって料理出来なそうな人に見えて、実はプロ級に上手いとか、そういう人じゃないですか?」

「嬉しい事言ってくれるねえ。だが、それは違うぞ!あたしという人間は容易に予測出来んのだ!」

 本当、ソウデスネ。

 もう結構一緒に居るのに、謎な部分が多過ぎですよ。

 あれ、でもまだ三時間ぐらい?

 それなら、これで普通ぐらいなのかな。

「あたしは殻を入れずに卵を割った試しがない!」

 見た目以上に酷過ぎた!

「いやー、お鍋の席では最強なんだけどなー」

「食べる専門ですね……」

「だが、舌は肥えているからダメ出しは出来る!」

「それ、かなり面倒な舅さんですよね」

「んー……以上、部活棟終わり」

「逃げましたね」

 口をすぼめて、ふーふー息を吹く杪さん。そして、口笛も吹けない訳ですか。

「さて、あたしはショートカットするが、河ちゃんは窓閉めて、後からゆっくり来てくれっ!」

「またやるんですか!あれ、心臓に悪いんで……」

 言った時には、ダイブしなすっていた。

 三階……尖塔よりはましかもしれないけど、普通に大怪我、死亡する高さだ。

 本当、見ていて危なっかしい人だ。能力はすごいから、本人は危険だとは思っていないんだろうけどね。

 僕はきちんと窓を閉め、言われた通りにゆっくり階段を下りた。

 さっきは競歩だったけど、どうせ待っていてくれるとわかったから。急ぐ必要なんてないから。

 部室棟を出た。

 そこには、ちゃんと杪さんが居てくれた。

 地べたにへたり込んで、力なく笑っている杪さんが。

「ごめん、ちょっと着地ミスっちゃった。右足折れたっぽいなあ、これ」

 ……空元気でも、笑いながら言う事じゃありませんて。

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